「へーぇ。それで逃げ帰ってきたの。だらしないわねぇ」
暗がりに女の声が響く。それは東アメリカの全てを支配下に置く女の声だ。女王の声だ。
聞くもの全てを虜にし、その美貌にてあらゆる英雄を従えた女の声だ。
女王・メイヴの声だ。
「はっ。申し訳ありません」
それにこたえるのは美丈夫。美しき王であり、騎士でもある男。フィン・マックール。親指かむかむ。遍く英知をその親指に宿す男ですら今やただの将に過ぎない。
いや、いいや違う。それすらも生ぬるい。ただの一兵士となんらかわらない。そもそも、ここには王がいて女王がいる。それだけで全てが事足りるのだ。
だからこそ、フィン・マックールなどという男もまた不要。ここには王がいて、女王がいればいいのだ。いや、それすらもまた違う。
ここには王がいればいいのだ。ケルト最強にして最狂の王がいればいいのだ。
「ねぇ、クーちゃん。こいつらどうしよっか」
女王が王に問う。
「……ん? ああ、別に。どうでもいい」
それに答える王の声はひどくぞんざいだ。
気にしていないという。フィン・マックールほどの大英雄を前にしてもその態度に変容はない。漆黒の意思をにじませた狂乱の王。
名をクー・フーリン。アルスターサイクルにおいて、あまねく全てを魅了せしめる物語性の持ち主。太陽神ルーの子。
王たるものでなく、彼は英雄だ。だが、今や彼は王だった。王ゆえ失敗を赦すのだ。
「ガキじゃねえんだ、二度の失敗は許す。まだ、一度目だ。次までは好きに動けばいい。だが、三度から先はねえ。くだらねえ手間だけは取らせるなよ」
「了解しました。ではディルムッド、行くとしよう」
「はっ!」
謁見の間と化したホワイトハウスの一室から退室する二人の英雄。それを見て、頬を膨らませるのは女王だ。
「あまーい。ああいうのは厳しく躾けてしまわないといけないのよ、クーちゃん」
二度までなら見逃すなど甘い。甘すぎると女王は言う。
「もっとアニマルにならないと。アニマルに」
「戯けたことを。獣の流儀なら死ぬまで自由だろうがよ。あいにくこちらは王様だ。一度目の油断は許す、二度目の惜敗は讃える、三度目の敗北は弱者に甘んじる覚悟だ。それは――要らん」
――弱者に甘んじているのがいたな。
記憶の彼方。聖杯に歪められた記憶の中にそんなものがある。
一度の敗北。二度の敗北。三度の敗北を待たずに弱者に甘んじながらも前に進む男の姿がある。
――まあ、来たら潰すか。
そんな男が来たのなら、叩き潰してしまおう。それが、彼女の望む姿なのだから。
――だが、おまえならやれるだろうよ。
それは声ならざる、ここにいない誰かへの言葉だ。マスターへの言葉だ。ここにいない、この大地のどこかにいるだろうマスターへの。
「闇に堕ちてなお、らしい見解だな。いつも通りなようでところどころ闇が深いのはどういうことなのやら」
暗がりからもう一人現れる。巨剣を手にした偉丈夫。アルスターの英雄が一人。
「……アンタか」
「呼んだのはおぬしだろう?」
「いいえ、私かしら」
「おお、メイヴか。どうした、夜伽の相手にでも困っているのか? ならば喜んで引き受けよう」
「いいえ、全然困ってないから安心なさって。実は先ほどの報告で確認されたわ。この世界を修復するサーヴァントが現れたみたいよ」
「おお、それならば会ったな。挨拶に来る前に軽い運動で荒野を走っておったら戦車にのったいい女がいてな。ついつい追いかけてしまったが、たびたび投げられる妙に股間を狙ってくる石がうざくてなぁ」
「ダビデとブーディカか」
クー・フーリンの記憶の中に合致するサーヴァントがいる。
イスラエルの王ダビデにイギリスにて勝利を手にせんと立ち上がった女王だ。確かに、彼らは世界を修正しようとするカルデアのサーヴァントだ。
「ほう、知っているのか」
「さて、どうだか。それより、行きたいのなら行け」
「そうね彼らが集う前に各個撃破なんていいと思うわ」
「ふむ、ならばそうしよう。此度は、戦うことに全精力を傾ける。昂る獣性の赴くままにな」
クー・フーリンは下らないと思う。戦えば相手は死ぬ。これほどまでの充足感は他にはないと感じる心もどういうわけかあるが、基本としてそんなことに執着などしない。
今やるべきことは決まっている。このアメリカという国を平らげること。雑兵との小競り合いはただの作業でしかない。
ただ与えられた役割のままに役割を全うする。それが、此度の求められた姿。死ぬまでに、この国を無人の荒野へと変えるのが役割だ。
「ふむ……そのわりにおぬし……。いや言うまい」
何かフェルグスが言いかけたが、そんなことすらどうでもよい。
ただただ、全てを壊すだけだ。求められたままに。たとえそれが偽りであったとしても。
「愛しているわクーちゃん」
女王の言葉が響く。
「愛しているわ」
女王の言葉が響く。
「面倒くせぇ」
王の返答はただそっけないものだった。
だが、それでいいのだと女王は言う。そして夢へと導くのだ。目覚めた先に何があるのか。何かを求めながら――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あー、憂鬱だわ。マジダルい」
ロビンがそういう。
「どうしたの?」
「いや、だってよ。アメリカまで来たんだぜマスター。それなのにアイツらに会うってだけで憂鬱にもなるわ」
どうしてそこまで嫌がるのだろうか。彼らに何か因縁でもあるのだろうか?
「いやいや、生前にあんなインパクト――だけ――あるような連中に会ったことはねえですよ」
「誰だか知らないけど、ロビン・フッドの英雄譚を見れば確かにそんな相手はいなかったはずだね」
少なくとも覚えている限りはない。
だが、ロビンは言う。腐れ縁。ありそうで なかった関係があるような、それでいてなさそうな違う世界の話だと。
つまるところ平行世界の話。可能性の話。そこで会ったことがあるのだという。それはつまり――
「元カノ?」
「おお。なるほど、そういう理由でしたか。ロビンさんもスミに置けないのです」
ちょっとからかっただけ。けれどそれにマシュが乗ってきた。マシュの場合素直にそう思っている節があるけれど。
「おまっ、おまえ……想像するだけで、おっそろしいこと言うなよ……」
「あれれー、でもなんか言い方がそれっぽかったよねー」
ニヤリと笑みを作ったビリーがここぞとばかりにみんなに話を振る。
「知らん」
ジェロニモは興味がないと一刀両断。
「……余はその辺に疎い。妻のシータ一筋でな」
ラーマはシータ一筋。シータはよほど愛されていたということがわかる。だから、絶対に再会させないといけない。
「は? カノ……新しい抗生物質の名称ですね」
ナイチンゲールはそれどころじゃなかった。確か生前は独身だったはずだからまともでも話に乗れるとは思わないけどさ。
「オレに振るなよ。オレだってそういうの詳しいわけじゃないんだぜ」
式はこっちに振るんじゃないとそっぽ向く。
「わたくしもマスター一筋ですから! ね、マスター!」
清姫はいつも通りで抱き着いてくる。
「そうだね。そういう言い方だったね」
唯一話にのったのはジキル博士だった。空気を読んだようである。
「違うっての!?」
まあ、そんな風に馬鹿話をしながらロビンフッドが会ったというサーヴァントが住み込んでいるという村にたどり着いた。
「敵性反応だ」
ドクターの通信の通り。確かにケルト兵がいっぱいいる。ただ――。
「なんかみんなおとなしいというか。なにこれ。まったく動いてないんですけど」
ケルト兵が完全にストップしている。
「まあいいんじゃない倒しやすいし」
ビリーなどはそれをこれ幸いとばかりに眉間を撃ちぬいて行く。
「ええと、とりあえず倒しながら村に入ろうか」
とりあえず敵を倒しているとロビンが何やら首をかしげていた。
「やっぱおかしいよな。うん、なんかまともになってやがる」
そんなつぶやきが聞こえたと同時に、どこか聞きなれた声で、聴きなれた歌が響いてきた。
――ハートがチクチク 箱入り浪漫
――それは乙女のアイアンメイデン
それはどこかで聞いたことがあるような歌だった。
「おお、すごいなこれ。声もきれいだし」
「うむ」
――愛しいアナタを閉じ込めて
――串刺し血塗れキスの嵐としゃれこむの
「あああああ!?」
「先輩! この歌は!?」
「ドラ娘、こんなところにいたんですね」
――浮気はダメよ、マジ恋ダメよ
――アタシが傍にいるんだからネ?
そこにいたのはエリザベート、エリちゃんだった。いないと思っていたらこんなところで歌の練習というか、踊りの練習もしているっぽい。
クルっとターンして、振り向きざまに尻尾ビターンとかやってる。
なにやらいつもよりもごーじゃすな服に身を包んでいる。その理由は彼女のクラスが違うからだ。キャスターではなくランサー。
どうやらアメリカに行く際にそうやって召喚されてしまったようなのだ。
「おーい、エリちゃん?」
「ハーイ! マスター! どうどう? いつものハロウィンな衣装は季節外れ感が出てきたところだから着替えてみたのよ」
「うん、似合ってる似合ってる」
「なに、その親戚のおしゃれした子供見るような目は」
「うん、かわいいかわいい。それより、なにしてるの」
これでも心配したのだ。いや、忘れてない。忘れてないよ。うん。忘れてない。エリちゃんがいないことすっかり忘れてたとかないから。
「なにって練習よ! マスターの為に聞かせる歌の練習。あら、そういえばさっきまでいた観客は?」
「倒した」
「倒した!?」
「だって、戦争中だし。大体なんで、ここで歌ってたのさ」
「あら、マスター知らないの? ここは究極の芸能地獄」
芸能地獄? なにそれ。
「ブロードウェイなのよ!」
デデーン! とう音が鳴り響いた気がした。
「な、なんだってー!」
「先輩先輩、ぶろーどうぇい? とはなんですか?」
「嘘、マシュ、あんたしらないの? ミュージカルの本場、ブロードウェイの栄光を!?」
「すみません、そういうものにわたしはとんと疎いらしく」
ならば教えてあげるわとはりきるエリちゃん。いつものように彼女独特の説明でマシュに悪影響が出るかもしれないと心配になるけれど、
――うん、いつものエリちゃんだ。
安堵する。いつものエリちゃんだ。いなくなって、クー・フーリンが敵になったと聞いた瞬間から、不安だった。もしかしたらエリちゃんもなんじゃないかって。
良かったいつも通りだ。
「よかった」
それがわかって、思わず泣いてしまったほどだ。忘れてたけど――。
「え、ちょ、え、マスター!? なに、なんで手を握って泣いてるの!? そんなに寂しかったの!?」
やっぱり仲間が敵になるなんてことはない方が良い。やっぱり一緒が良いよ。そう思う。忘れてたけど――。
「ふふん。安心しなさいマスター。これからはいつも一緒よ専属AD子イヌ!」
「あ、そういうの良いんで」
「ちょっと!?
「はいはい。それより次はセイバーだ。行こうロビン」
「あいよー」
「あ、なによ緑ネズミじゃない。あんたも来てたの?」
「人を色で判断するのやめませんかねぇ」
エリちゃんを加えて一行はセイバーがいるという森へ。そこは巨大な樹木が立ち並ぶ森だった。ここもどうやら敵がいるらしい。
それらを倒しながら進む。
「ふぅ、汗かいたわ。マスタータオルないかしら」
「ああ、はいこれ」
「こらこらこら! 人の宝具をタオル代わりにしようとしない! そもそもタオルになりそうならおたくのマントもでしょうが」
「これは駄目だ」
「そういえば気になっていたのですますたぁ。その帽子とマントはいったいどなたから戴いたものなのです?」
いい機会だと清姫が聞いてくる。
「そうです。わたしも気になってました! 前までは着ていませんでしたよね。カルデアの服でしたし。今は黒いスーツで、帽子にインバネス。……そのかっこいいと思います」
「ありがとうマシュ」
「わたくしもかっこいいと思っておりますよ!」
「うん、ありがとう清姫」
「で、子イヌ。誰からもらったの? 女?」
女!? という言葉に過剰反応する清姫であったが、
「違うよ。全然違う。オレを導いてくれた大切な相棒――いや、親友からもらったんだ。勇気と一緒にね」
僕のファリア神父。巌窟王エドモン・ダンテス。シャトー・ディフでの日々は、僕にとって僕が僕になるのに必要な日々だった。
君からもらったこの帽子とインバネスは大切にしている。君からもらった勇気があるから、僕は、いやオレは進める。
このインバネスと帽子が残っているのは、ドクター曰く、疑似的なレイシフトの影響でサーヴァントが消滅する以前に持ち帰ったためにそのまま残ったのだという。
それはつまり、サーヴァントが消滅する前にレイシフトすればその人の何かを持って帰ることができるということらしい。
いい機会だからと彼のことについて話した。
「ふぅん、だからあの時
「うん、そう。エリちゃんならいつかきっとって、思ってね」
「むぅー」
「むぅー」
「…………。あの、ふたりともどうしたの?」
「なんでもありません先輩。いつも通りです。むぅ~」
「そうですなんでもありません。全然。ええ、ただ、そのエドモン何某を燃やしてしまいたいだなんて思っていません。むぅ」
「物騒だよ!?」
なに!? え、なんなの!? オレ何かした!?
「あー、うん、あれはいつかきっと刺されるよ」
「
「そりゃね」
「うむ、私もだ」
わけのわからないまま、セイバーがいる場所へとたどり着いた。
六章の予告が出た。テンション上がった→書き上げたぜ!
という感じで書き上げました。
いやはや六章の予告来ましたね。超絶ループして見てました。
うん、お師さんが可愛かった。
楽しみだ。イベントもありますし、全力でサーヴァントを育成中。だが、骨が塵が足りなくなりそう……。ぼすけて。
ついでに宣伝
機構聖剣の勇者召喚という小説を小説家になろうで書いてます。
簡単なあらすじというか話をいうとこのFate/Last Masterのような話です。
一般人が異世界に召喚されて世界を救うために心を砕かれる話です。
よければ、感想やら評価やらレビューやらもらえると嬉しいです。
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