「……二つほど聞いてよろしいですか」
彼女の言葉が会議室に沈静をもたらす。
誰もが彼女と大統王の動向を見守る。
「うむ、なにかね。他らぬ貴女の言葉だ。真摯に答えよう。紳士、真摯に答える――おお、エレガンティック! カルナ君、今のを大統王録に記しておいてくれたまえ!」
では、と前置きしてから一つ目の質問を彼女が口にする。
「……一つ目の質問です。ここに到着するまで何度か機械化兵団を見ましたが……あれは貴方の発案なのですか。あなたが言う新体制の目指すところだと?」
「うむ、その通りである!」
彼は言った。国難を打破するために、国家団結、市民一群……いや、一軍となっての新生。老若男女、分け隔てのない国家への奉仕こそが必要であるのだと。
――それはつまり、総力戦ってことじゃないか。
かつて、世界を巻き込んだ大戦の際、日本が、ドイツが、あらゆる世界を震撼させた一つの概念。
国家が国力のすべて、すなわち軍事力のみならず経済力や技術力、科学力、政治力、思想面の力を平時の体制とは異なる戦時の体制で運用して争う戦争の形態。
その勝敗が国家の存亡そのものと直結するために、途上で終結させることが難しく、またその影響は市民生活にまで及ぶ。
「いずれ全ての国民が機械化兵団となってケルトを、侵略者を討つだろう。無論、そのためには大量生産ラインを維持しなくてはならない。各地に散らばった労働力の確保。一日二十時間の労働。休むことのない監視体制。むろん、福利厚生も最上級のものを用意する。娯楽なくして労働なしだからな」
まるでディストピアだ。ユートピアの対義語。平等で秩序正しく、貧困や紛争もない理想的な社会に見えるが、実態は徹底的な管理・統制が敷かれ、自由も外見のみであったり、人としての尊厳や人間性がどこかで否定されているそんな社会。
まさに彼が語る社会体制だ。
「我々は常人の三倍遊び、三倍働き、三倍勝ち続ける! これが私の目指す、新しいアメリカの姿である!」
彼は、ニンゲンの限界を考慮していない。
オレだったら、そんなの一日で死ぬ自信がある。
「同感です先輩……エジソン氏のプランには、肉体の限界が考慮されていないと断言します」
「……そんなところに拘っているのですか」
「ん? いま、なんと?」
「いえ、独り言です。気になさらずに。では、二つ目の質問です。いかにして世界を救うつもりなのですか?」
それはオレたちが知っている。
「それでしたら、聖杯を確保すれば達成されます」
「ああ、そうだ。ケルト軍を打ち倒して、聖杯を手に入れ、そして時代を修正して――」
「いいや、時代を修正する必要はない」
「!?」
――え、え。
――エジソン氏、何をいっているんだ。
「必要はない。聖杯があれば、私が改良することで、時代の滅却を防ぐこともできよう。そうすれば、他の時代とは全く異なる時間軸にこのアメリカという世界が誕生することになる」
「な!?」
そんなことが可能なのか!?
ジキル博士を見る。
「理論上は、聖杯を使えばおそらくは。時代の滅却を可能としているんだからその正反対のことも可能だと思う」
「でも、他の時代はどうなる……」
「滅びるだろうな」
エジソンの一言は率直だった。
「それじゃあ、意味がないだろ!」
「何を言う。これほど素晴らしい意味があろうか。このアメリカを永遠に残すのだ。私の発明が、アメリカを作り直すのだ。ただ増え続け、戦い続けるケルト人どもに示してくれる。私の発明こそが人類の光、文明の力なのだとな!」
「そのために、戦線を広げるのですか。戦いで命を落とす兵士たちを切り捨てて」
「……全ての兵士を救うために奮戦した貴女らしい告発だ、ナイチンゲール婦長。私とて、私とて、う、ぐ、切り捨てたくて切り捨てるのではない、が――」
「エジソン、落ち着いて。フローレンスの言葉はただの意見よ。告発ではないわ」
「……承知している。今のはいつもの、頭痛だ、気にしなくていい。――いいかね、ナイチンゲール嬢。今の我々――私にとってはこの国が全てだ。王たる者、まずは何より自国を守護する責務がある」
「うん、間違ってないよ」
ブーディカさんがそれを肯定する。
「そうだね。王ならまずは自国民を守るのは当然だよねぇ」
ダビデもまた肯定だった。
「ふん、当然だな。王なら自国を守護するのは当然だ。だが――」
「うん」
「そうだね」
「王である前に、あたしたちは英霊」
「英霊であるなら、女の子をナンパしたり――あ、ごめんって。世界を守らないとね」
「そして、貴様にも理想や願いがあるだろう」
「ええ、今の私ですら、理性の隅でそう考えるところがあります。ミスターエジソン。それを否定するのなら、貴方はただの愛国者にすぎません」
「そうだとも。王たる私が、愛国者で何が悪い?」
彼は何があろうとも、国を取るらしい。世界よりも、国を。
ナイチンゲールさんと目があった。
「わかった。ならば、オレたちがやるべきことは一つ」
「ええ――」
「そこまでだ」
背後から声が響く。
背後から、声が響く――。
それは、英雄。それは、圧倒的強者の声。ただ一言で、その場全てを支配する英雄が一歩を踏み出した。
ただそれだけで、誰もかれもが動けない。
ただそこにあるだけそれだけで、全てを支配する。圧倒的な覇気。静かに燃える太陽の如きそれ。
声一つ。言葉一つただそれだけで心臓を握られた。
「ここでの戦闘は許さん。オレの命に代えてもな――」
「離せ……! 私は知っている! こういう目をした長は、必ず全てを破滅に導く! そうして無責任にも宣うのだ! 「こんなはずではなかった」と!」
「そうであったとしても、この場での戦闘はオレは許さない。もしこれ以上動くというのであれば――」
この場にいる全てのサーヴァントを相手にしてもこの場において戦闘は許さない。
それはつまるところ、命に代えれば、この場にいる全てを打倒できるということか。
「やってみるが良い。施しの英雄。偉大なる不死身のカルナ。第六天魔王織田信長が相手になろうぞ――」
相対するは一人の少女。ドイツの軍装に身を包んだ織田信長。
「…………」
「…………」
にらみ合う二人。
「ふむ、ではマスターに聞こうではないか。おまえは、どう思う。我々とともにケルトと戦い聖杯を奪い取るべきではないか? 三分の時間を与えよう。それまでに選ぶが良い」
「三分もいるもんか!」
ナイチンゲールがあれだけ言った。なら、オレは、マスターとして応えなければならない。
いいや、違う。そうしたいとオレが思う。彼女に、彼女ならざる彼女に救ってもらった。だから、オレは言うんだ。
「聖杯は諦めろ」
「意外だ。裏で何を策すにせよ、共闘は承知すると思っていたが」
「力で脅しておいて共闘とかできるわけないだろう。仕方ないこととは思う。けれど、今のあんたにはついて行きたくない」
「正直で結構なことだ。だが、私はゆえに、君たちを断罪せねばならない。エレナ君」
「仕方ないわね」
「先輩!」
「――――!」
気が付けば、いつの間にか大量の魔導書に囲まれている。一つ一つから圧倒的な魔力が感じられる。
「はい、動かない。動いたら、マスターが死ぬわよ」
動けない。誰一人として。
「機械化歩兵の物量で押しても良いのだが、君たちの数は多すぎる。それはそれで魅力的なのだが、私は合理主義者だ。もっと簡単に行こうじゃないか。
その通りだった。誰一人として動けない。
――またかよ、クソ!
だったら左腕の機能を――。
「ああ、やめときなさい」
「――――ぐぁ」
「先輩!」
「マスター!」
左腕が消し飛ぶ。義手が消し飛んだ。義手だけを撃ち抜かれた。
「手袋でもしていればそれが義手だってわからなかっただろうけどね」
「くそ……」
「さて、ではサーヴァント諸君は地下牢に。マスターには特別に部屋を用意してあげよう」
そして、オレはみんなと引き離された。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「…………」
「ちょっと、不機嫌なのはわかるけど、いつまでもそんな顔やめてくれる?」
「仕方ないだろ」
つかまった。しかも、サーヴァントと引き離された。それもオレの責任だ。
監視を任された彼女は仕方ないわね、と肩をすくめて隣に座ってくる。良い匂いがした。って、違う。
「なに」
「何って、お話ししましょう? あたしたちは互いに理解する必要があると思うのだけれど」
「結論は出てると思うんだけど」
「そうね。でも、あたしとあなたの間にはまだ何もないでしょ?」
「…………」
何が目的だろうか。
「なにもないわよ」
考えを見透かしたかのように彼女はそういう。
「わかった」
「素直なのは良くってよ。そうね、あなた、あの盾の子のことになると結構怒る感じだけど、そんなに好きなの?」
「――ぶっ!?」
「ちょっと、汚いじゃない」
「いきなりなに言ってんの!?」
なんで、いきなり初対面の女性からそんなこと聞かれてるのオレ!?
「だって、いきなり話するにしてもあなた警戒しまくりじゃない。だから、こうインパクトのある話をしようと思ったのよ」
「…………」
「で、どうなの? 好きなの? はっきりしなさいよ」
「…………」
なんだろう、このオカンみたいな感じ。
「告白はしたのかしら。いいこと、告白はしっかりとすべきよ。伝えたいことは伝えたいときにはっきりと言わないと」
「さすがミセスいうことが違う」
「やめてほしいわそれ。ミセスって呼ばれるのホントはいやなの。結婚した瞬間に逃げ出したわけだし?」
「離婚とかは?」
「離婚? できるもんならしてたわよ。でもね、できなかったの。そうよ、そういう時代だったの」
――まあ、時代なら仕方ないか。それにしても結婚した瞬間に逃げるってすごいよネ。
「少しは緊張はほぐれた? あなたからしたら敵地だろうけど、何もしないならあたしたちも何もしないわ」
「まあ、少しは」
「じゃあ、さっきの答えは? 好きなんでしょ。ほらほら言ってみなさいよ」
「……いや」
「む、そうそれならこっちも考えがあるわ」
なんか嫌な予感が――。
「言わないなら――」
複数の人形がいつの間にかオレを取り囲んでいた。そいつら、
「くぉ、く、くくく、くあぁははははははは――」
「こしょこしょこしょー。ほーら、言ったら楽になるわよぉ」
「く、おぁ、ちょ、それはひ、ひきょ――」
くすぐられて笑うしかできない。
「わ、わひゃ、わひゃった、いう、いう」
「よくってよ、素直な子は好きよ」
「……好き、です」
「やっぱり。ねえ、告白は? 告白はしないと駄目よ。気持ちは言わないと伝わらないんだから」
「し、しました――」
――は、恥ずかしい!
――え、なになにこれ? なんなのこれ? どういう状況なのこれ?
ひたすらに混乱する。どうして敵地ともいえる場所で、監視のひとと仲良くおしゃべりしてるの。それも恋バナ。意味がわからないんですけど。
そんなこちらの混乱など知ったことかと楽し気なエレナ。
「やっぱり若い子と話すのはいいわねー。あなた可愛いわよ」
「そういうあなたはないんですかねぇ」
「ないわねー。というか結婚した瞬間に逃げ出したわけだし。年齢差がやばくってね。そりゃもういろいろとあったわけよ」
逃げたあとは楽しかったわ、と彼女は語る。
「エジプト、ジャワ、ニッポンにインド! いろんなところに言ったわ。それはあなたもかしら」
「まあ、フランス、ローマ、オケアノスの海、イギリス、そして今度はアメリカ」
「波乱万丈の旅だったみたいね」
「でも、良い旅だったよ」
辛いことも多かったし、きついし、苦しいし、死にそうになったことも何度もあった。現に、心が割れたこともあった。
恐怖はあるし、今も辛い、きつい、悲しいことは多すぎる。特にカルナとか目の前に立たれただけで失神する自信がある。
「でも、君たち英霊に出会えたことは良かったことだって、今はそう思えるんだ」
この帽子とインバネスをくれた彼のように。出会いによって救われたこともあった。だから、この出会いに感謝したいと思う。
「……そう。よくってよ。大丈夫かしらって思ったけど杞憂だったみたいね。でも、疲れ気味じゃない?」
「確かに疲れた。何度も銃口向けられたり、したし」
くたくただし、ちょっと前まで死にかけていたから少しは休みたい。
「だからここの部屋にしたのよ。ここならゆっくり眠れるわ。お望みなら、膝枕くらいならしてあげてもよくってよ?」
確かに上等な部屋だ。牢屋とかだったらろくに眠れなかっただろう。
「膝枕は…………………………しなくて、いい」
「なんか間があったわね」
そりゃ可愛い女の子の膝枕とかちょっと良いなとか思うのは当然だろう。
――でもやっぱり膝枕はマシュにしてもらいたい。
「まあいいわ。……ねえ、あなたはどうしてエジソンの提案を断ったのかしら。途中で裏切ることもできたはずでしょう」
そうだ。確かに提案にのっているふりをしていればこんなことにはならなかった。愚かな道を選んだ。
「でも、エジソンの為だ」
「そうだったら今度はあたしがありがとうっていうべきなのかもしれないわね。彼ああみえてナイーブだから。
誰よりも国を愛してる。それが自然だと思ってる。いえ、想いこんでいる。独善極まる愛国心だけどね」
「それがわかっていてどうして君は……」
「ダーメ。あたしの発想じゃこの国は救えないから。善きにしろ悪きにしろ。ミスタエジソンだけがこの国を救える。そうじゃなきゃ今頃滅んでるわ。生前の恩義もあるしね」
「…………」
「ただ、あなたがそう言ってくれたのは、嬉しいわ。あまり嫌わないであげて。彼は、本当に子供みたいで面白い存在なのよ」
「嫌わないよ」
あんなかっこいいものを作れる人に悪い人はいない! バベッジ卿もかっこよかったけど、電気式って言葉が良いよね。
蒸気式はロマンがある。どっちも良いってこと。
「一機あの機械化歩兵のアレくれたらね」
「ダーメ。仲間になるならいいけど」
「ちぇ」
「それじゃ、ごゆっくり。今は、休んでおきなさい。たぶん、すぐに
「そうするよ――」
ベッドで眠る。戦争が起きているとは思えない柔らかなベッドだった。
レムリア!(書き上げられたの意)
原作と違ってマスター隔離。サーヴァントとマスターを一緒にすると逃げられますが、マスターを隔離するとサーヴァントにとっての抑止力になりますからね。
マスター奪還しなければならないという制約もついて、その間にカルナ君も相手にしなければならない。
さて、さて、サーヴァントたちはどうするのかな。
それにしてもエレナほしぃ。