Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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特異点F 炎上汚染都市 冬木
炎上汚染都市 冬木 1


「フォーウ、フォウ、フォーウ!」

 

 何かの声が聞こえる。それはどこかで聞いた小動物の声に思えた。いや、それだけではない。声だけでなく音も聞こえる。

 何かが燃えている音。匂いも、何かが燃えているような――。

 

「先輩――」

「ん」

「先輩、起きてください。先輩……起きません。ここは、正式な敬称で呼びかけるべきでしょうか。マスター。マスター、起きてください」

「ん……んん?」

「良かった目が覚めましたね先輩。無事で何よりです」

「ま、マシュ!? ぶじ、なのか……? それに、その鎧は……?」

「それは後程説明します。今は、周りをご覧ください」

「周り?」

 

 言われた通り周りを見渡す。僕の周りにあるのは――。

 

「なんだ……これ……」

 

 燃え盛る街だった。あらゆる全てが燃え盛っている。だが、不思議と、ヒトは燃えていないように思えた。生命がいない。

 あらゆる全てが燃え盛ってる中で生きているのは、僕と彼女だけ。

 

 足が震える。その事実に、わけのわからない事態に。体が震える。けれど、彼女がいる。マシュ。マシュ・キリエライトと名乗った女の子。

 鎧をまとった彼女がいるのだ。ならば、男として見っとも無いところは見せられない。

 

「マスター、ぼけっとしないでください。殺しますよ」

「え!?」

「……言い間違えました。正しくは殺されますよ、でした」

 

 さらに現実は僕を追い詰める。どれほど嫌と叫んでも運命は逃がしはしないのだとでも言わんばかりに。

 

「GOAAAAAAA――――!!!」

 

 咆哮を上げる何かに僕は漸く気が付いた。

 

「な、なんなんだ、アレは!?」

 

 黒いクマのような何かがオレたちを取り囲んでいる。

 

「――言語による意思の疎通は不可能のようです。敵性生物と判断します」

 

 敵性生物? なんだそれはと思う前に、もう戦いは始まっているのだと言わんばかりにクマが攻撃をしかけてくる。

 殺される。そう思った。

 

「う、うわあ!?」

 

 死ぬ。死んでしまう。嫌だ、死にたくない――。

 

 だが、至極当然の行動を身体は取ることができない。視界が歪む。息が止まる。全身が震えて動くことはなく、向かってくるクマのような敵性体を見ることしかできない。

 咆哮の衝撃が僕の逃げようとする意気を消し飛ばし、恐怖は呼吸を止めて、酸素の供給をストップする。視界がゆがむ、世界が回る。

 

 どうしようもなく、人間というものは無力であると思い知らされる。僕如きが立ち向かえるようなものではない。

 あの爪、あの牙。どちらも総じて致命的。触れただけで死に至るだろう。いいや、それはある意味幸運な結果なのかもしれない。

 

 もし生き残ってしまったらと思うとゾっとすらしてしまう。痛いのは嫌だ、死ぬのは嫌だ。だが、苦しいのも嫌だった。

 だからこそ、矛盾した思い。生きたいという思いと、苦しみたくないという思いが自己矛盾を引き起こす。

 

 混濁する意識の中で、いつまでも訪れない死に疑問を抱き目を開く。

 

「マシュ……」

 

 そこに、彼女がいた。巨大な盾を構えた、クマの攻撃を防いでいる。

 

「マスター、どうか……指示を。二人で、この事態を乗り越えましょう!」

 

 その言葉に、呼吸が戻る。その言葉で、僕は確かに、救われたのだ。

 

 ――ああ、やっぱり、彼女は……。

 

「わ。わかった」

「では、マシュ・キリエライト――行きます!」

 

 ――なんだ、これ……。

 

 何が起きているのか、わからない。

 何をされているのかも、わからない。

 彼女は、何をしている?

 何が起きた。

 

 なんだ、これは。

 

 疑問が渦巻いて行く。わからない。わからない。わからない。

 

 でも――。

 何かしなければ、と、思った。

 

 彼女一人に戦わせてはいけないのだと、漠然と思った。

 

「マシュ……先に右だ!」

 

 だから、指示を、と言われたから、僕は、指示を出した。

 

「――はい!」

 

 右から迫るクマが見えた。だから、そちらを倒すように言った。目の前の敵を盾で弾き飛ばす。小柄な女の子が出す力ではない。

 けれど、それが今は頼もしい。迫りくる敵を盾で殴り倒していく。それはまるで違うナニカのようにも感じてしまう。

 

「…………――ふぅ、戦闘、終了。なんとかなりましたね」

「あ、ああ……」

 

 何とかすべての敵を倒して、一息つく。どうにか勝つことができた。生きている。今も、生きていることがこんなにも素晴らしいことだとは思いもしなかった。

 

「お怪我はありませんか、先輩?」

「大丈夫だよ。それよりも、アレはいったいなんだったんだ!? それに、ここは!?」

「……申し訳ありません。わたしも、先輩にご納得いただけるような答えは有していないのです」

 

 何もわからない。ただ、この時代には存在していないかのようなものではないというもの。この特異点というものに関わるものであると言っても差し支えないような、ものであるらしいが。

 わけがわからない。もうこんなところにいたくない。なんとかできないのかと思っていると。

 

「ああ、やっとつながった! もしもし、こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい!」

 

 ドクターの声が聞こえた。通信がつながる。

 

「ドクター!」

「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在、特異点Fにシフト完了しました」

 

 マシュが現状を告げる。良かった。これでどうにかなるかもしれない。その安堵に思わず、安堵の溜め息を吐いてしまう。

 できることなら座り込みたいが、マシュが立っているのに、自分だけ座るなんて、出来ないだろう。

 

「話は分かった。どうやらそちらに無事シフトできたのはキミだけのようだ」

 

 マシュとの話が終わったのか、こちらに話しかけてくるドクター。

 

「すまない。事情を説明しないままこんなことになってしまって」

 

 ああ、本当だよ、と素直に言いそうになったのを慌てて止める。彼が悪いわけじゃないのだ。

 

「いえ……大丈夫、です」

「そうか……ともかく安心していい。キミには強力な武器がある。マシュ、という人類最強の兵器がね」

 

 マシュが、人類最強の兵器?

 それはどういうことなのだろうか。

 

「……最強、というのはどうかと。たぶん言いすぎです。後で責められるのはわたしです」

「それでも、少しは安心していい。マシュ、つまり、サーヴァントは頼もしい味方だ。けれど、弱点ももちろんある。それは、魔力の供給源となる人間……マスターがいなければ消えてしまう」

 

 マシュが、消える!?

 

「ああ、そんなに不安にならなくても大丈夫。確認した限り、キミとマシュの間で契約がなされている。つまり、キミがマシュの(マスター)だ」

「僕が……?」

「そう。キミが初めて契約した英霊。それがマシュ・キリエライトさ。まあ、マシュは普通のサーヴァントとは少し違うのだけれど、それはまたあとにしよう。まずはこの事態を終息させなければ。

 ともあれ、まずはそこから2キロほど移動してほしい。不安定な通信を、安定させるにはレイラインを確保する必要があるからね」

「了解です、ドクター」

 

 それと同時に通信が消える。消えてしまった。

 どうすればいいのか、指示はされた。けれど、燃え盛る街の中を進むなど正気じゃない。ここから一歩でも動いたらまた、襲われるのではないだろうかと、嫌な想像が止まない。

 

「さあ、先輩、行きましょう。まずはドクターの言っていた座標へ。そこまで行けば、ベースキャンプも作れると思います」

「あ。ああ……」

 

 けれど、けれど。

 僕の脚は前に進んではくれない。周りは、炎。大気に油分は混じっていないために、人間の死体などはないのだろう。

 あらゆる全てが消えて、焼却されてしまっている。

 

 熱量はあるのだ。熱はある。何よりも熱く、このカルデアの制服とやらを着ているおかげでなんとかなっているが、それでも、灼熱が肌を焼く。肌だけでなく心も。

 熱い、辛い、苦しい。炎の中、本来ならばあるはずの怨嗟の幻聴が、耳を犯す。

 

 熱で息が苦しくなり、荒くなる。頭が痛い。

 けれど、けれど――君が行くというのなら、一歩、確かめるように足を出して、また一歩と一歩ずつ歩いて行く。

 

 何かいるのではないか、怯えながら進む。

 それはじわりじわりと、心の中をかきむしられているかのような不安に苛まれる。

 一歩歩くごとに、前に進んでいるのかわからなくなる。

 

 僕の許容範囲を超えた事態に理解が追いつかず、脳がその役割を放棄でもしてしまったかのようにすら感じる。息をするたびに、僕の中にある何かががらがらと崩れていくかのような感覚。

 

 ――何かの、ひび割れる音が、聞こえていた。

 

 それでも、前に進むのは僕の前を進む少女がいたからだ。マシュ。マシュ・キリエライト。彼女が前を進むのなら、僕も進まないといけない。

 だって、ドクターが言った。僕は、彼女のマスターだから。

 

 マスターがどういうものなのかもわからない。けれど、守られるだけの存在でいいはずがない。マシュは戦闘になると指示を求める。

 何度かの戦闘。僕は彼女に指示を求められた。

 

 何をしているのか、わからない。

 何をされているのかも、わからない。

 

 僕は、女の子に戦わせるしかできない。屑なのかもしれない。そう思うたびに、何かが軋んだ。

 

 ――何かの、ひび割れる音が響く。

 

「先輩。もうじきドクターに指定されたポイントです」

「ようやく、か……」

「はい。先輩のおかげで、何とか無事に到着できそうです。さすがは、先輩です」

 

 ――やめてほしい。

 

 と思った。

 僕は何もしていないのだから。ただ指示を出しただけ。その指示も彼女は的確だと言ってくれるけれど、それが何の役に立つ。

 でも、でも――彼女がそう、望むのなら。

 

「……うん、ありがとう」

「それにしても、辺り一面火の海です。資料では、フユキ(ここ)は、平均的な地方都市であり、2004年にこんな災害が起きたことはないはずですが……」

 

 マシュが疑問を口にする。確かに、僕もそんな災害は聞いたことがない。

 

「大気中の魔力(マナ)濃度も異常です。これではまるで古代の地球のような……! そうです、先輩、ご気分は如何でしょうか。体調不良などはないでしょうか?」

「……大丈夫、かな。熱さで、気持ち悪いのはあるとは思うけれど……」

「そうですか、よか――」

「きゃあ――――!!」

 

 その時、悲鳴が響いた。甲高い、女性の、悲鳴。

 

「女性の悲鳴です。急ぎましょう、先輩!」

「あ、ああ」

 

 次から次へとやってくる困難。困難。困難。

 ふざけるなという言葉は呑み込んだ。

 マシュがいるから。

 

「なんなの、なんなのよ、コイツラ!? なんだってわたしばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないの!? もういやぁ!」

 

 唸り声を上げる獣どもの中に、所長がいた。レフさんに助けを求めている。

 

「オルガマリー所長……!?」

「あなたたち……!? もー、何がいったいどうなって、るのよー!?」

「所長、混乱するのもわかりますが、今は、落ち着いて。エネミーの真っただ中です。マスター、指示を、オルガマリー所長を助け出し、ここを離脱しましょう」

「あ、ああ――」

 

 なら、敵の薄いところを探せばいいんだな。こちらが来た道は、新たな敵によって塞がれてしまった。だから、新しく逃げる場所がいる。

 

 ――見つけた。

 

 その場所はすぐに見つかった。死にたくないという思いが、命の危機が、僕の観察眼を強化してくれているかのように、すぐにそれは見つかった。

 一か所、炎が強く、敵の囲みが薄い場所がある。

 

 あまりの恐怖に、頭がどうかしてしまったのかもしれない。

 

「マシュ、あそこだ!」

「はい、マスター! やあああ!」

 

 マシュの盾が敵を吹き飛ばし、そこへの道を切り開く。

 

「走って!」

「は? な、なによ、なんなのよもう!?」

 

 僕は、所長の手を引いて走った。そうしなければ、死ぬのだと漠然とした直感が僕を突き動かしていた。所長が文句を言っているが、そんな余裕などない。

 背後からくる圧力に無様に逃げ惑うだけだ。炎の中へ……。

 

「マシュ、離脱した!」

 

 マシュも離脱し、ドクターの指定されたポイントまでやってきた。

 

「どういうこと……」

「ああ、わたしの状況ですね。信じられない――」

「わかってるわよ、そんなの見たらわかる! サーヴァントとの融合、デミ・サーヴァントでしょう!? わたしが言っているのはね! そこの一般人!」

「はい……?」

「わたしの一世一代の演説に遅刻してきた一般人!! それが、どうして、こんなところに、いるのかってことよ!!!」

 

 それは理不尽な怒りのようだった。

 

「どうしてマスターになってるのよ! あなたみたいな一般人が、マスターになれるはずがないじゃない! どんな乱暴をその子に働いて、言いなりにしたの!?」

「誤解だ!?」

「何が誤解してるのよ!? そうでもしないと、あなたみたいなのが、マスターになれるはずがないじゃない!」

「所長、経緯を説明させてください。その方が、この事態についてもわかりやすいと思います」

 

 マシュがオルガマリー所長にこれまでの経緯を説明する。

 それによって、どうにかこうにか、誤解は解けたようだった――。

 


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