暗い。ここはなんと暗いのだ。
それは、記憶だった。誰かの。いいや、彼女の。
幼い少女。可愛いエリザベート。高貴な君。
頭痛がする。頭痛がする。頭痛がする。
何も考えられないほどの激しい痛み。
痛い。痛い、痛い。
あまりの痛さに暴れて女中の肩を食いちぎった。悲鳴を聴いた。痛みが消えた。
それが、全てのはじまりだった。
発作の度に女中を虐待する。何よりも悲鳴を聞けば痛みが消えた。
発作の度に悲鳴が響く。
誰も彼女に教えなかった。それが、いけないことであると。
眉をひそめはするが、高貴な貴族のやることに誰も異を唱えない。
それは彼女の夫もだった。
夫。拷問を好んだ黒騎士。ナーダシュディ・フェレンツ。
彼は教えた。彼女に。より良い方法を。拷問を。彼は彼女に教えたのだ。
より残虐に。より残酷に。より凄惨に。
彼女の所業は加速する。
留守がちな夫。戦の多い時代。彼女は取り残された。
不満は募り、彼女はより深く、深く、傾倒していく。
そして、夫の死より、彼女は加速度的に堕ちていく。
爪を剥いだ。
蜜を塗り蟻に食わせた。
真っ赤に焼けた鋼で性器を焼いた。
喉を焼いた。
乳房を潰した。
口に両手を入れて左右に広げて裂いた。
逃げ出そうとした娘の足首を切断した。
血しぼり、自らの美貌の為に浴びた。
死体の数が600を越えた頃。貴族の娘の一人が逃げて、彼女のやったこと全てが明るみに出た。
そして、彼女は死ぬまでチェイテ城に幽閉されることが決定された。
彼女は、扉は疎か窓までも漆喰で塗り固められた小部屋に閉じ込められた。
トイレもなく、光りもなく、虐める娘もいない世界。
なぜ? どうして? 私、何も悪いコトはしていないのに。
彼女は窓すらもない密室の中で訴え続けた。歌い続けた。
けれど。けれど、彼女の声に答える声はない。彼女の歌を聞くものはいない。何も何も。
そして、光すら失った。
暗い、痛い。暗い暗い。痛い痛い。
そんな暗がりの暗闇で、彼女は――。
「マスター、マスター!」
「…………清姫」
心配そうにオレを見上げる彼女の姿がある。どうやらぼうっとしていたらしい。
「大丈夫ですか? お疲れでしたら少し休憩致しますか?」
「ああ、ごめん、少しぼうっとしてた」
「無理もないな。ここはいるだけで精神に変調を来す」
ここはそういう場所だから。
「だから、気を張ってろ。じゃないとおまえもおかしくなるぞ」
「……わかってる」
耐えることには慣れている。ずっと耐えてきた。だから、これぐらいは大丈夫。
そう、大丈夫。大丈夫――。
「――マスター」
「ん? なに?」
清姫がオレの手を取る。
「わたくしがいます。自分に嘘はつかず、どうかきついならおっしゃってくださいね」
「――嘘吐いてた?」
「はい、わたくしが燃やそうと思うくらいには」
「それは怖い。燃やさなくていいの?」
「はい、マスターのおかげでそういうのも受け入れていこうって思いましたので」
――何より良妻ですから。一度言われたことはすぐにでもやってみせます。
彼女はそう言い切った。
「ありがとう。じゃあ、しばらく手を貸して」
「はい、喜んで」
彼女の手。小さな手。女の子の手。
誰かの存在を感じるというのはやっぱり心が安らぐ。
「ま、まま、マスターの、のの、手、手を――」
なんか清姫が真っ赤だけど、もう少しだけ我慢してもらおう。今は、今だけは。
「さて、マスター、いちゃついているのが羨ましくて殴りたくなってくるんだけど、この部屋に誰かいるみたいだよ」
「そういうなよ全裸。一般人にはこんなとこ誰かと一緒じゃないとこれないだろ。女に頼ってるのとか情けなさすぎだけど、勘弁してやれ」
「だから全裸じゃないって!?」
「よし、入ろう」
ここにいるサーヴァントを助けるために。
扉を開く。そこは暗い部屋だった。
暗い。
ここはなんといくらいのだ。
マンションの一室だというのに、暗い。
電気がついているはずなのに、暗闇だった。暗がりだった。
そして何よりも腐臭がしている。現実として感じる臭いではなく。致命的に精神が腐り落ちてしまった。そんな精神がたてる臭いだ。
ここにいるのは狂ったもの。生前の悪行から、人々に噂され、恐れられた者。
わかっていた。彼女の未来をオレは知っているから。
わかっていた。彼女の過去をオレは知っているから。
「エリちゃん」
彼女。歌を歌ってくれた優しい諦めない彼女。
けれど。けれど、今の彼女はそうではない。
正真正銘の想われた怪物。
「あら、マスター。なに、今更引っ越し祝いでも持って来たわけ?」
――無辜の怪物。
「それにしてもマスター、アナタって美味しそうね。とても気が向いてきちゃった。今日はナンのパーティーだったかしら! なんでもいいわよね、ごちそうだもの! エビみたいに生きたまま手足をもいでいいのよね? ブタみたいに、
「ああ、まったくなんて」
清姫が視ていられないとばかりに呟く。
同感だった。オレは目を背ける。見たくないと。
知っていた。わかっていた。ただそれだけだった。
「目を背けてはいけません! あれこそ関係ないと切り捨てた本質。受け止めるのがマスターでしょう!」
メフィストがいう。
――ああ、わかっている。
――わかっているんだメフィスト。
「死んでよ、マスター」
けれど、けれど。
悲しいんだよ。いつも元気で前向きな彼女。オレに歌を聞かせてくれた彼女。
そんな彼女だからこそ、この結末を知らないふりをしてきた。見て見ぬふりをしてきた。きっと大丈夫なんだって。
「マスター! 来るよ!」
彼女はオレたちを殺す。殺しに来る。
オレは、動けない。だって、彼女は、頑張ってオレの為に歌を練習してくれたのだ。
彼女の歌を覚えている。目覚めて、聞かせてもらった歌。
初めは身構えていたけれど、とてもきれいな、彼女らしい歌だった。
「エリちゃん」
そんな君が、過去なんかに負けるなんて、オレは信じたくなかった。
――心が痛い。
彼女を殺せなんて、オレには――。
「いえいえ、だって仕方ないですもの。マスター。ここはそういう場所なのですから。恨みや悔やみ、恐怖。ああ、そういうものを抱いた英霊ほど変質しやすく、暴れやすいのですよ! だから、暴れさせてやりなさいな」
「は?」
「いわば、ガス抜きですよ。溜め込めば誰でも月まで吹っ飛ぶでしょう? ああ、それはそれで見てみたい気もしますがね。読者とか。あー、それはいいとして、止めようとか、どうやって説得しようとか考えなくていいんですよ、マスター。思う存分、戦ってやればそれで、満足するでしょうからね」
「…………」
本当に? 本当にそれでいいのか。
「いいんですよ。所詮、
「それはそれで――」
傷つくな。何もできないのは。
何もできないのは、辛い。
「だって、マスターそこまで背負いきれるわけないでしょ。自分のことで手いっぱいなんですから、そもそも人間が人間を背負うだなんて、傲慢も甚だしい。
「…………」
「おい。話しているのはいいが、さっさと決めてくれよ。おまえが
「…………式さん、お願いしてもいい」
「ま、ほかの連中じゃ無理そうだしな。いいぜ」
「じゃあ、頼む」
「ああ――」
式が駆ける。狭い部屋を存分に利用して、壁を蹴って、天井を蹴って彼女へと接近する。
ナイフが彼女の手で翻る。それだけで、エリちゃんの武器はその生を終わる。
「――――」
死にやすい部分。彼女にとってのそれを式は貫いた。
「ギ、ぐっ――痛いじゃない……いたいじゃない、痛いじゃない」
「エリ、ちゃん――」
「近づかないでよ! やめてよ、教えないでよ! せっかく切り捨ててたのに。お腹を裂くとこんなに痛いとか、そんな本当、
それは彼女の叫びだった。悲鳴だった。本音だった。
彼女の内に秘められた確かな、忘れようとしてもそこにあるもの。
「なんで!? なんで
――やめろ。
「トカゲみたい、トカゲみたい、トカゲみたい……! 地面を這いつくばって、踏みつぶされ続けろっていうの!? 耐えられない。
――やめろ。
「――違う」
これ以上、そんなことを言わないでくれ。
オレには何が正しいかなんてわからない。わからないけれど。
前に出る。彼女の前に。式がオレを守るように前に立っている。いつでもそのナイフを振れるように。
「何が違うのよ! マスターにわかるわけないじゃない! 弱い、何もできないマスターには!」
「……うん、オレは弱いよ。君を受け入れようって思っているのにそれが出来ない。駄目なマスターだ。けれど、これだけは言わないといけない。彼もきっとそういうはずだから」
「君がまだ、諦めていないのなら――待て、しかして希望せよ」
いつか君にも光が降り注ぐ。
彼女は確かにやってはいけないことをした。けれど、けれど。
こんなにも悔やんで、こんなにも泣いて。叫んで、悲鳴をあげているんだ。
女の子が、こんなにも。
そんな女の子が報われない世界なんて嘘だ。オレは認めたくない。
「――――」
ナイフの一閃がエリちゃんを切り裂く。その刹那、彼女は最後に笑ったような気がした。
「…………」
彼女の秘められた叫びを聞いた。悲鳴を聞いた。
心が痛い。
何よりも。
「待てって、何様なんだろうね、オレは」
「ま、いいんじゃない。今は無理でもいつか、なんて誰もが思うことじゃないか。少なくともあんたは諦める気はないんだろ?」
「…………ああ」
「さあ! この階も終わり、さあ、次の階へ行きましょう!」
「ハサミ男、おまえが仕切るのかよ――」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それは幸せな時間だった。
夫がいて、娘がいて。
幸せだった。
けれど、けれど。
夫の死後、全てが覆る。
ローマ帝国は王国を併合した。領土や財産は有無を言わさず没収され、重税を課され、貴族たちは奴隷のように扱われた。
元首の娘は犯され、自身も鞭で打たれた。
ああ、ああ。なぜ。なぜだ。
ただ幸せを願っただけだ。
娘に領地や財産を残そうとして何が悪い。
女だからと相続権がない。
ああ。ああ、知っている。だから根回しをしたというのに。
そんな父親の愛すらおまえたちは否定するのか。
許さない。
許せるはずがない。
ゆえに、立ち上がるほかなかった。
全てを奪ったローマへの反抗を。愛する故郷の守護を。
彼女の意思は勝利となり。
ローマ帝国へと大打撃を与えた。
けれど、けれど――。
その復讐は為されない。
偉大なりしローマ帝国。
彼女は討たれた。
そして、彼女は英霊になったのだ。
「――――」
三階の四号室。そこにいたのは普段通りのブーディカさんだった。
「シチュー、おいしいです」
「ありがとう。ほら、あなたも食べる?」
「いや、オレは良い」
彼女はおいしいシチューをごちそうしてくれた。
とりあえず食べる。いつも通りの彼女なら大丈夫だろうと思って。
食べ終えて、
「帰りましょう」
「帰る?」
その瞬間、彼女の雰囲気が変わる。普段の彼女からは考えられないほどに苛烈に。
「――帰る? ふざけたコトを言わないで。帰る、ですって? あたしは帰らない」
「え、あ、な、なんで、ブーディカ――」
「だって、全部、おまえたちが奪ったんだ――!」
「――――!」
思わず悲鳴を上げそうになった。肩をつかまれる。ぎちり、ぎちりとみしり、みしりと音が鳴る。
「い、いた――」
「あのひとの親族はあたしたちだけだった。王には、あたしと娘しかいなかった! それなのに、それなのに!!」
「ぐぁぁ――――」
「マスター!!」
「それなのに、全部、奪っていった。
ねえ、マスター! あたしは忘れてた。人類史を守る、なんて大義名分で誤魔化していたの。この怒りを、この憎しみを。この復讐を――」
強い憎しみをぶつけられる。その覇気に恐怖した。呼吸を忘れ、吐きそうになる。
そして、それ以上に後悔が心を掻き毟る。
彼女に縋っていた自分。優しく包んでくれる彼女。
甘えていた。存分に。彼女が何を抱えているのかをちゃんと見ようともせずに。
「それを邪魔するものは誰であろうと許さない。マスター、君でも。勝利の女王の名の下に、その首を晒すがいい……!」
ああ、ここで首を斬られる。それで彼女が満足するのならそれでもいいかもしれない。
けれど。けれど。
「オレは、死なない。死にたくない」
怖い。恐ろしい。
「それに」
さんざんお世話になった。そんな彼女を、このままにしておくなんてできない。
帰る場所がないなんて嘘だ。
「ブー、ディカ、さん、帰る場所なら……ある。あなたの、帰る場所は……ある!!」
ローマに滅ぼされたあなたの故郷。哀しい出来事。けれど、今のあなたには帰る場所がある。
ないわけない。
「それに、オレには、あなたが必要なんだ!」
正直、いつ失敗してしまうか気が気じゃなくて。子守歌がなければ眠れないし。いつまでも手を握ってくれるから安心できる。
「そんな、あなたをこんなところに残していけるわけないでしょう――!! 式!」
「ったく、動くなよ――」
「――――」
「遅いよ」
ナイフが翻る。
ブーディカさんのオレをつかんでいた腕が切れる。
「んじゃ、少しは仕事しようか――」
そこにダビデが突っ込んで彼女を叩き伏せ、メッフィーがダビデごと爆発させる。
「ちょっとぉお!? なんで、僕ごとやったの!?」
「ああ、いたんですか全裸じゃないからわかりませんでした!」
「だから、全裸じゃないって!?」
「ちょっと、ダビデ黙ってて」
ブーディカさんが正気に戻った。その言葉が聞こえないじゃないか。
「――……ああ……あたし……何を……そっか……恥ずかしいところ、見せちゃったな……」
「そんな――」
「ううん。勝利の女王ヴィクトリア、なんて―――たはは……あたし、大事な戦じゃあ、いつも負けていたのにね……?」
「ブーディカさん」
「ごめんね、マスター。迷惑かけちゃってさ。でも、目覚めたんだ、よかったよ」
「……オレ、頼りないですか」
「え?」
「オレ、たぶん頼りないと思います。けど、少しでも悩みとか言いたいことがあるなら聞きます。エリちゃんの時もそうだけど、やっぱりオレ知りたい。みんなのこと。だから――」
「――――」
ブーディカさんは驚いたように目を見開いて。
「あはは」
いつものように笑ってくれた。
「うん、うん――大きくなったんだねぇ」
「ちょ、ちょっ」
「いい子いい子。その帽子、似合ってるよ――それから、うん、今度からは話、聞いてもらおうかな。もちろん、君のもね」
そう言って、彼女はカルデアへと帰還した。
「……行こう。ここで何が起きているのか。絶対に突き止める」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「もうすぐ四階も終わりですね」
「なんにもなかったな。というか、ゾンビも悪霊もいないってどういうことなの」
「オレに聞かれても――ぐはっ」
何かが降ってきた。
「なんだ?」
それは袋だった。白い袋。見おぼえのある。
「来たな、トナカイ!」
「サンタさん!?」
「………………(突然のサンタの登場に呆然としている)」
「フン。少しはましになって戻ってきたようだな。それでこそトナカイだ」
あれ、なんだかいつも通り?
「何を不思議そうな顔をしている。この私が、このマンション程度で暴れるとでも本当に思っているのか。そうだとしたらトナカイ。貴様を叩きなおす必要があるらしいな」
「あ、いいえ、滅相もありません!!」
「気に食わんが。まあいいだろう。さて、マスター。そういうわけだ」
彼女が聖剣を構えた。いや姿も変わる。
かつてのセイバ―のような――。
「は?」
「力を示せ。これより先は今までとは桁が違う。今のおまえで超えられるかどうか、直々に審判を下してやる――」
「ちょ――」
脚が震えた。かつての敵がそこにいる。
あの時とは違う。けれど。けれど。
何よりもマシュがいない。
これでは――。
「マスター。指示を」
「清……姫……」
「大丈夫です。マスター。わたくしたちがおります。マスターからすれば頼りないかもしれませんが、それでもマスターを守ります」
「そんなこと……」
「そうそう信じて信じて。なんとかなるって。ね」
「なんで、そこでオレに振るんだよ全裸」
「だから、全裸じゃないからね!?」
「イヒヒヒ、イヤー、もう浄化されそう。あ、浄化されて善いメフィストになってるんでした!」
「――――」
そうだ。落ち着け。あの時とは違う。
オレだって。
それになんだかんだ言いながらサンタオルタさんなんだから――。
「わかった。みんな力を貸してくれ」
でも、全力でぶつかってやる。
「――ふ」
激しい戦闘。なんか四階が吹っ飛んだけど崩れないマンションの耐久性が恐ろしい。
「ふむ、強くなったなトナカイ。これなら槍を持って来ればよかったか」
「なんか恐ろしそうなのでやめてください。死んでしまいます」
「まあいい。強くなったなトナカイ」
「――――ああ」
「ならばもう止めん。私も行くぞ。その女がいれば不死だろうが殺せるだろうしな」
さらに上へ。
この先に待ち構えているであろうマシュを迎えに行くために――。
さあ、次でラスト、になるといいなぁ――。
ならなかったら詠をプラスします
あとカルデアに来ていないサーヴァントは必然的に省略するので悪しからず。
そして、FGOは魔法のカードを用いて、一回目で酒呑童子が当たりました。
ありがとう神様酒呑童子様。
あと鬼ころし級いってみました。一回目は敗北しましたが二回目でどうにかこうにか耐久勝ちしました。
360万くらいは削ったかな。あと240万。頑張ればいけるかな。
イベントで送れるかもですがではまた。