マンションに入る。隣り合わせに建てられた半月型の十階建てマンションが二つ、一階ロビーだけが繋がった構造。
地図を見たところ非常に不便な建物だということがわかった。
「良いマンションとはいいたくないな」
それに寒い。インバネスのおかげでそうでもないが、空気が冷えている。冷え切っている。まるで終わっているかのようにだ。
冷蔵庫のような気温。いや、事実終わっているのだろう。徘徊しているゾンビがそれを証明している。ここで行われていた凄惨な何かを感じさせる。
「さて、それじゃあ、まずは掃除といくか」
「ああ、頼んでいいかな清姫」
「おまかせくださいマスター。わたくし掃除は大の得意ですので」
清姫の宝具によって焼き払う。古今東西、ゾンビと言えば炎に弱いと相場が決まっている。それに寒いのもこれでちょうどよいくらいになるだろう。
ただ、しばらく肉は食えそうにないかもしれない。
「ふーん。あいつ龍になんのか。相変わらずサーヴァントなんて連中はめちゃくちゃだな」
「オレからしたら式の方がめちゃくちゃだと思うんだけど」
ゾンビの大群に突っ込んでいったかと思ったらナイフ一本で全部
相変わらず、人のものは羨ましいものだった。そういう力があれば、オレももっとと思わずにはいられない。
――でも、オレはオレらしくだよな。
インバネスと帽子。彼からもらったもの。オレらしく生きることを彼に誓った。
「どうでしたかマスター!」
「うん、ありがとう清姫。これで一階の廊下にいたのは倒せたかな?」
「そうじゃないか。まあ、何が出てきても生きているなら、オレが殺してやるよ」
「それはいいけどさ、ここはいったい何なんだい?」
「なんだ、全裸。気になるのか」
「だから、全裸じゃないってば! ここ、明らかに普通じゃない。それは特異点だからとかじゃなくて、ここ自体が明らかにおかしいんだ」
ここに長くいれば精神に変調を来す。ここはそんな風に作られている。明らかに、人為的に、作為的に。
ここはある目的のために人を狂わせるように作られているかのようだとダビデは言った。
「へぇ、さっすが古代の王様ってのは察しがいいな。そうだよ。ここはとある魔術師が作り上げた死を集めた建物だ」
「死を?」
「ああ、そうだ。寿命、病死、事故死、暴力死。そういった、死に方を集めて飾った展覧会。廊下を徘徊しているゾンビは、以前からこの建物の住人だ。アイツらは一日、生きて、一日で死ぬようにできている。もう何年も前に死んでるのにな」
人間には持って生まれた運命なんてものがある。どれほど運命に逆らって生きても、変えられないものがある。
それは死因。人生の終着点。生の終局。
いかに超人であろうとも逃れ得ぬ終わり。英雄ですら、永遠を生きることはほとんどない。
変わらぬもの。死因。終わりの仕方。
結末だけは変えることができない。
事故死の運命を持っていれば、どんなにハッピーエンドだろうが、バットエンドだろうが全て事故死に帰結する。
このマンションはそんなことを証明しようとした男が作り上げたものだった。
「でも、それじゃあ…………」
「非人道的とでも言いたいか? ふーん。オマエたちも魔術師の仲間なのにそういうところに戸惑うんだ」
「彼はマスターであっても正式な魔術師というわけじゃないからね。でも、その建物はよくわからないな。どうして、そんな実験をしているんだ。死を集めて何が目的なんだ」
「そのあたりの事情は本人にでも聞いてくれ。もっとも、もうこの世にはいないけど」
廊下を歩きながら式は語ってくれた。このマンションの来歴を。
こんなマンションにサーヴァントたちを残しておくなんてことはやっぱりできない。何よりマシュだ。
マシュ。僕の後輩。必ず迎えに行く。
「おーい、ここ誰かいるみたいだよー」
部屋を調べていたダビデが二号室を指す。中に何かがいるらしい。
「うん、ダビデのいう通り、中にサーヴァントの反応だ」
「誰かわかるドクター?」
「いや、さすがにそこまではわからないな。ただ、覚悟していた方が良いかも知れない」
「覚悟?」
「ああ、敵として相対するね」
「……」
「ああ、そりゃ胡散臭い奴に同感だな。なにせ、このマンションにいたらおかしくなっちまうからな」
仲間と戦う覚悟。
「マスター……」
「うん、わかってる。でも、決まったわけじゃない」
もしかしたら話が通じるかもしれない。
「楽観的だな。ま、嫌いじゃないぜ。そう思うのは、大事だからな。オレは嫌いだけど」
「……良し、行こう」
一○二号室へと入る。
「ようこそ見知らぬマスター! そして、まあ、その他のみなさんを怨念渦巻くアパルトメントに転居したるはもちろんこの
そこにいたのは道化のようなサーヴァント。悪魔メフィストフェレス。キャスターのサーヴァント。
「なんだ、このハサミ男」
「さあ、なにものかというものは先ほどすでに申しましたが、そうですねもう一言付け加える必要があると申しますなら仕方ございません! 実は、今回の犯人は
「――は?」
このサーヴァントはいったい何を言った? 犯人? つまりはこの事態を引き起こした張本人。
――え、え?
あまりのぶっちゃけに理解が追いつかなかった。
ただ。ただ、今回の犯人ということは――。
「おまえが、オレのサーヴァントたちをここに引き込んだのか」
「Exactly!! 全て、
そうか。そうか。
「おまえが、マシュを連れ去ったのか」
「はて? マシュ? ああ、あのマシュマロサーヴァントのことですねェ。いえいえ、連れ去っただなんてそんな乱暴な。
「そうか――」
そうか――。
「清姫! ダビデ! こいつを、殺せ!!!」
おまえだけは、許さない――。
寛容? 知るかそんなもん。マシュに手を出した。理由はそれで十分だ。
やったあとのことはその時考える。後悔はやってからだ。とにかく今は、
「おまえをぶん殴らないと気が済まない! 頼む、二人とも!」
「はい、マスター」
「了解だよマスター」
「ええ、ここは崖の上に移動して真相を――」
「諦めろ。おまえは地雷を踏んじまったんだよ。誰にでもある、それだけはっていうな――」
式の言葉を最後に、焔が渦巻き、五つの石が飛来する。
焔は焼き焦がし、五つ目の石が悪魔の脳天を直撃する。
「式さん!」
「はいはい、任せな――」
そして、彼女のナイフが、霊核を破壊する。
「ああ、もう最悪です。人の話を……聞かないとはまさに悪手、敗着、駄目の極み」
「そうだろうな。真相を知る犯人を殺すとかって、もう今から後悔しそうだけど。少しはすっきりした」
「そうですか。じゃあ、みなさんせいぜい頭をひねってくださいねー!」
彼は消える。唯一の手がかりが消えたということになる。
だが、そんなことは関係ない。どうせ調べるなら全部調べる。じゃないと気持ちが悪い。なら話を聞いたところで変わりはない。
「よし、次の部屋に行こう」
「へえ。おまえ、切り替えが早いんだな。うん。そういうところ。いいんじゃない?」
「とはいってもやっぱり惜しい気がするね」
ドクターがそういう。
「いやはや、本当どうですねぇ! 実に残念です!
「って、はあ!?」
「ハ、ハサミ男!?」
なんで、消えた奴がここにいるんだ!
いや、なんで部屋から出てくるんだよ!?
「もう一人いたのか……! いいぜ、何度でも相手をしてや」
「おおっと、それには及びません。いまみなさんが処理したのは悪い
「わ、悪いメフィスト?」
「イエス! そう今ここにいるのは善いメフィストなのです! ほら、この状況を嘆く私と、愉しむ
それで分身した。
サーヴァントってこんなテキトーでよかったっけ?
「まあ、細かいことはいいじゃぁ、ありませんか。これからはマスターの忠実な()、ブフッ、忠実とか。まあ、そんな感じのサーヴァントなので」
「…………」
あからさまに胡散臭い。そもそも悪魔って時点で信用したら駄目だろ。
「真相を二行以内に語れ」
「良い判断だ、やっぱり筋がいいな、おまえ。ビビリだけど」
「なんと二行以内とか、そんなの無理! ですがやりますよぉ!
グランドなんとかさんの作った種を芽吹かせる苗床をかっさらってサーヴァントさらってきたのです!」
二行のような気がする。
「ダウト」
「ああ、なんて無慈悲! いや、だって真相を語れっていったじゃないですかァ。
「長い、二行で!」
「
楽しく小間使いしてました!」
これはもういろいろとダウトだろ。
「ですが、聞いてください! それもこれも全ては悪心のせい!
「…………」
笑っているし、悪魔ってだけで大分嫌なんだが、
「フォウフォーウ」
フォウさんが先を促している。
「仕方ない。連れていくか」
「大丈夫なのかい」
「何かあればわたくしがマスターをお守りします」
「うん、頼りにしてるよ。でも、あまり無茶はしないでね」
「はい!」
もう目の前で仲間が傷つくのは見たくない。
「じゃあ、ついてきてもらうよ。どのみち人手は足りないんだしね」
「おお、使えるものは使う、その精神、嫌いじゃありませんとも! ご安心を、マスターのことは裏切りませんとも」
「わかった、その言葉を信用しておくよ」
「では、先を急ぎましょう!」
「おまえが仕切るのかよ」
部屋を出て突き進むは一○四号室。
その奥に彼はいた。
「ジキル博士」
「やあ、マスター。ようこそ怨念の庭へ。歓迎するよ。僕は四号室のジキル。この廊下の管理人でもあるんだ。君たちはまだ変質していないから、まだ上の階は早いよ。ここでゆっくりしていくと良い」
「あなた、本当にジキル博士?」
何かがおかしい。何かが違う。
いや、もっとはっきりと。
何かが。決定的な何かが、足りない。
彼を彼足らしめているはずの何かが足りないのだ。
だって、そうだろう。彼は、オレなのだから。
いや。いいや、
そんな漠然とした予感。
だから、
「――――」
思わず後ろに下がった。半歩。だが、その半歩が命を救い彼女の為の場所を開けた。
振るわれたナイフを彼女のナイフがはじき返す。
「おいおい! 完ッッ璧な奇襲でしたよねぇ!? なんで、ただの人間のはずのマスターには避けられてご同輩の殺人鬼女には防がれてるんだっつーの!」
「ハイド――」
やはり。彼だった。ジキル博士の中にいるもう一人の彼。ハイド。
殺人鬼。ジキルに潜む悪の心そのものが具現化した存在。
「そりゃ、気が付くよ」
「アン?」
「おまえは、オレだったからね」
だから気が付けた。同類の匂い。決定的な違和感。
「なんだ、意外とおまえもアレだなマスター。――まあ、そういうわけだ。一人で二役演じているだけのおまえじゃ、失望もするってもんだろ」
「あー、最悪だ。最初からバレてんのかよ。穴があったら入りたい気分だ。しかも、その殺人鬼女ならまだしも、マスターにだと? いや、もう最悪だ」
「ジキル博士はどうした」
彼らは二人で一人なのだ。
ジキルがいるからハイドがいる。
逆はありえない。
ハイドはジキル博士から生まれた存在なのだから。
「知るか。俺がここに来た時にはいなかった。だから、こうしてたっつーのに」
「いやいや、それはありえませんねぇー、だって
「いいから速くしゃべれ」
「イエッサー! ええ、このマンションにいると変質するわけじゃないですかぁ。そんなわけで、ジキル博士は即座に心身ともに腐れ堕ちて、ご臨終なされていたのです!」
つまるところ最初からいなかったわけではなく、ここにきて死んでしまったということ。
それ以降、ずっと彼を演じ続けていたのだ。さながら物語の結末が如く。
「ああ、しゃらくせぇ! 死んどけや!!」
「だから、おまえじゃ話にならない。今度は、ジキル博士を連れてくるんだな――」
ハイドが襲い掛かるが――
「チッ、そうするよ、なにせ、そうでないと意味がない――」
式には通じない。一瞬のうちに腕が飛び、両足が斬れて、霊核が貫かれる。ハイドは消えた。
「カルデアに戻ったのか……?」
「うん、しばらくすれば戻ってくるはずだよ。ジキル博士も一緒にね」
「それなら良かったよ」
彼にはこれからも頼りにさせてもらうのだから。
「鍵も見つけた。あいつ本当に汚部屋だったぞ、くそ」
「これで上に行けるね。行こう」
ここから先に待ち受けるものを何も知らず、オレは進む。
これから先にあるのは、いつか彼女が言っていた、サーヴァントたちの別の面。
オレは、まだ彼女たちの本当の姿を知らなかった――。
今回は、序、破、急、終でまとめようと思います。
次回から、地獄が開始だ―。
変質したサーヴァント大集合の巻き。
エリちゃんを筆頭に、ブーディカ姐さんが続く!
さてさて、みなさん楽しくなってきたよ。
イベントですが、酒呑、悠木さんなのでほしい。ちょっと本気出すか様子見中。
さて、茨木は配布ないのかねぇ。最後の方にしれっと追加ありそう。アイリとかのように。
たぶん、彼女はあやねるだと思う。まあ、確定するまではわからないけど、私の予想ではあやねるかな。