Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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序章 2

 絶滅の確定した。そう言われても実感がなかった。そもそも未来の観測からして荒唐無稽な話だ。それこそ魔法のような部類だろうと思う。だから、魔術?

 理解が追いつかないがオルガマリー所長は話を続ける。

 

「言うまでもなく、ある日突然人類史が途絶えるなんてありえません。私たちはこの半年間、未来焼死の原因を究明し続けました。未来に原因がないのならばあるとすれば過去にある。過去2000年前での情報を洗い出し、過去に存在しなかった事象や異物を探す試みです。

 その結果、ついに我々は発見したのです。それがここ、空間特異点F。西暦2004日本のある地方都市です。ここに存在しえない観測できない領域を発見したのです。カルデアはこれを人類絶滅の原因をこれと仮定、量子転移──レイシフト実験を国連に提案。承認されました。レイシフトとは人間を量子化させて過去に送り込み、事象に介入することです」

 

 ええと、このままでは一年後2016年が終わるころまでに人類が滅亡が確定してしまうから、それをどうにか防ぐべく、タイムマシン的な何かを開発したこのカルデアという組織は原因らしき場所が見つかったから、そこにいってどうにかして来いってことらしい。

 ここにいる者たちはそのレイシフトなるタイムトラベルに適性を持った人材。魔術回路なるものとマスター適性を持った存在。

 

 レイシフトはそんな存在にしかできない為にここカルデアに集められた。少なくとも今までの話を総合するとこういうことになるらしい。

 魔術回路やらマスター適性やら、レイシフトやらまったくもって意味不明であるが、とてつもない事態に巻き込まれてしまったということを漸く実感してきた。

 

「これより一時間後、初のレイシフト実験を行います。第一段階として成績上位者八名をAチームとして特異点Fに送り込みます。Bチーム以降は、その様子をモニタリングし、第二次実験に備えること」

 

 しかし、誰も動かない。それにオルガマリー所長は不満だったらしい。

 

「何をしているの! やるべきことは説明したでしょう。それともまだ何か質問があるの! ほら、そこの君」

 

 オルガマリー所長は僕に近づいてきた。

 

「え? え?」

「そこの君よ。遅刻した君。特別に質問を赦してあげます。首をかしげているけれど、何が不満なの」

「え、あ、いや、そのそもそもタイムスリップなんて可能なんですか? それに過去を改変して問題はないんでしょうか」

 

 とりあえずあたりさわりのないことを聞く。話を聞いてなくて先生に質問される学生の気分だ。

 

「はぁ」

 

 なんか露骨に呆れた顔された。

 

「あなた、特異点と聞いてわからないの?」

「すみません。全然。わかりません。そもそも特異点ってなんですか?」

「頭が痛いわ。こんな初歩の時空論も知らないなんて。協会は何をしているのかしら。あなた、どこのチーム? ちょっと、ID見せて」

 

 IDがひったくられるように奪われる。

 

「ちょっと、配属が違うじゃない。一般協力者の、しかも実戦経験も、仮想訓練もなし!? レフ! レフ・ライノール!」

「ここにいますよ所長。何か問題でも?」

「問題だらけよ。早く、この素人をここから連れ出して。素人を関わらせて、私のカルデアスになにかあったらどうするの」

「これは嫌われたものだね──マシュ、悪いが彼を個室に案内してくれ。すまないね新人君。私はレイシフトの準備があって同行できないんだ」

「すみません」

「構わないさ」

「それでは先輩、こちらへ。先輩用の先輩ルームにご案内しますので」

 

 先輩ルーム? まあいいか、と管制室をでると。

 

「フォウ!」

「危ない!?」

 

 フォウが彼女の顔に飛びついた。

 

「問題ありません。フォウさんは、私の顔に奇襲をかけ、背中にまわり最終的に肩に落ち着きたいらしいのです。それにしても先輩、着任早々災難でしたね」

「まあ、うん」

 

 仕方ないと言えば仕方ないとは思うが、それでも多少はイラっと来た。確かに何も知らないけれど、誰も説明してくれなかったのだから仕方ないだろうと言いたい。

 

「ですが、所長の癇癪にも同情の余地ありです。失礼ながら先輩はカルデアについて無知すぎます。うっかり迷い込んだレベルです。ほぼ猫と同義です」

「猫……」

「わたしも同じようなものですが、勤めて二年になりますがよくわかりません。のんびり忍び込んだレベルです。ほぼワニと同義です」

「ワニ……」

 

 たとえ面白いというか、なんだろうワニって。でも、そこが可愛いな。うん。

 

「パンフレットにある通りですが、先輩の為に復唱します」

「お願い」

 

 彼女曰く、ここは人理保障機関カルデア。人類史を長く、何より強く存続させるため魔術、科学の区別なく研究者が集まった観測所。人類の決定的なバットエンドを防ぐために各国共同で設立された特務機関で、その出資金は各国合同だが、大部分をアニムスフィアが出資している。

 所長の実家が出していて、悪党ではないが悪人ではあるとのこと。気に入らないスタッフは平気で首を切るらしい。

 

「ああ、いえ、性格が悪い人だから悪人と言っても良いのでしょうか。すみません。先輩を励ましたいのですが、お洒落な台詞回しなど覚えていないもので」

「ありがとう。大丈夫だよ」

「そうですか──ここですね。先輩、つきました。ここが先輩用の個室になります」

「ここまでありがとう。そうだ、マシュは何チームなんだい?」

「Aチームです。ですので、すぐに戻らないと」

「フォーウ!」

 

 フォウが頭に!?

 

「フォウさんが先輩を見てくるのですね。それなら安心です。それではこれで。運が良ければまたお会いできると思います」

 

 そう言って彼女は戻っていった。

 

「運が、良ければ?」

 

 なんだろうか。まるで運が悪ければもう会えないとでも言いたげな言葉は。レイシフト実験、そんなに危険なのだろうか。

 そう思いながら部屋の扉を開ける。

 

「はーい、はいってまー──ええ!? 誰だ君は!」

 

 そこには先客がいた。

 

「あれ、間違った?」

「ここは空き部屋だぞ! 僕のサボり部屋だぞ! 誰の断りで入ってきたんだ!」

「いや、ここが僕の部屋だと言われてきたんですけど」

「ああ……そっか、ついに最後の子がきちゃったかぁ。道理でなんか荷物が置いてあると思ったよ──じゃあ、自己紹介しよう。僕はロマニ・アーキマン。医療部門のトップだ。みんなからはなぜかドクターロマンと呼ばれてる。君もぜひそう呼んでくれると嬉しいね」

「よろしく御願いします」

「それにしてもそろそろレイシフト実験のはずなのに部屋に来るってことは、君は着任早々所長の雷を受けたってところだろう」

 

 何も知らないこの人にまで当てられるということは所長の雷はわりと恒例化しているのか、かなり頻繁に落ちるものってところなのだろう。

 とりあえず、この人は所長と違って優しそうだ。レフ教授と同じでいい人そうだし、何とかやっていけそうな気がする。

 

 医療部門のトップだけど若いし、すごい人なんだろう。

 

「なら、僕と同類だ。僕も所長に怒られて待機中だったんだ。どうだい? お酒でも飲みながら管をまかないかい? いや、お酒はまだ早いか。僕も実は苦手だしね」

「いえ、大丈夫です」

「それじゃあ君の話でも聞かせてくれないかい? 今度はどんな雷が落とされたのかね」

「はあ、じゃあ──」

 

 ここに至るまでの経緯をドクター・ロマンに説明する。

 

「ってなわけで」

「なるほど。まあ、君が悪いとも言えないけれど、所長も複雑な立場なんだ。それだけはわかってほしい。良い人とは言えないけれど、所長も所長で大変なんだ」

「あの若さで所長ですしね」

「ああ、三年前に前所長。彼女のお父さんが亡くなって所長になったんだ。まだ学生だったのにね。マリーはカルデアの維持だけで精一杯。そこにカルデアスの異常だ。当然のように協会やスポンサーから非難続出さ。誰もが人類史の消滅なんて信じたくないからね」

 

 それはいったいどれほどの重圧になって、どれほど苦しいことだったのだろうか。誰かの上に立ったことのない人間にはわからない。

 きっと想像を絶する苦難だったのだろうということしか思えない。

 

「加えて、彼女にはマスター適性がなくてね。十二のロード、天文学科を司るアニムスフィアの当主にマスター適性がない。スキャンダルも良いところでね。そんな状況でも最善を尽くした。この半年、彼女は本当に頑張っている。君に辛く当たっていたのはまあ、君が嫌いだからじゃないさ」

「わかります」

 

 そんな苦境、僕だったら放り出しているかもしれない。その中でも最善を尽くしてきた。それは尊敬に値する。誰にでもできることじゃないと思ったからだ。

 

「凄い人なんですね」

「はは。そうさ、所長はすごい。今度会ったら言ってみると良い。面白い反応をしてくれると思うよ──っと」

「ロマニ、そろそろレイシフト実験を開始する。万が一に備えてこちらに来てくれ」

「ありゃ、およびだ。今から行くよ」

「今医務室だろ。そこからなら二分で到着するはずだ」

「…………」

「…………」

 

 ここは僕の部屋。医務室ではない。加えて言うのなら、二分以内で管制室まで行けるような距離じゃない。

 

「いや、まあ、まいったなはははは」

 

 参ったなじゃないだろ。

 

「でも、レフさんは今すぐ来てくれって」

「なんだ、レフとは顔見知りなのかい? 彼は近未来観測レンズ「シバ」の開発者で、天才的な力量を持った魔術師だ」

「へぇ」

 

 何やら専門用語で、いろいろな説明をしてくれていたけど、よくわからない。まあ、そのうち説明してもらえるだろう。

 その時、明かりが消える。

 

「な、なんだ!?」

 

 ──緊急事態発生、緊急事態発生。

 ──中央発電所、および中央管制室で火災が発生しました。

 ──中央区画は閉鎖されます。

 ──職員はただちに第二ゲートから退避してください

 

「爆発音!? なんだ、何が起きているんだ。モニター! 管制室の様子を映してくれ、みんなは無事なのか!?」

 

 モニターが起動し、管制室の様子が映る。そこは地獄だった──。

 

「ひ、ひどい……ちょっとまった、管制室って、マシュは!?」

「これは、全員…………君は今すぐ避難してくれ。僕は地下の発電所に行く。カルデアの火を止めるわけにはいかない。もうすぐ隔壁が閉鎖する。君だけでも外に出るんだ」

 

 そう言って、ロマンは部屋を出ていった。

 

「…………」

 

 モニターに映るのは爆発でも巻き起こったかのような有様の管制室だ。あそこには先ほどの彼女もいる。

 

 ──助けにいかないと。

 ──いいや、全員死んでるさ、逃げた方が良い。

 

「フォーウ……」

「…………そうだ。わかってる」

 

 死ぬかもしれない。逃げた方が良いに決まっている。でも、どうしても行かないといけない。そう思った。まだ、生きてるかもしれない。助けられるかもしれない。

 だったら、自分だけ逃げるなんて、できない。ちっぽけな勇気を振り絞って、

 

「行こう!」

 

 僕は管制室に向かう。

 

 ──そこで、地獄を見た。

 

 嚇炎は全てを燃やし尽くさんと火の粉を振りまいていた。地獄とはかくあるべきだとでも言わんばかりに。此処こそが地獄、これこそが地獄絵図。

 全ての阿鼻叫喚、全ての絶望を混ぜ込んだ魔女の窯の底。ぐつぐつと煮えたぎる窯の底ゆえに逃げ場など存在(あり)はしない。

 

 全てが炎上している。こここそが地獄の底だ。逃げなければと思ったが、どこへ逃げるというのか。逃げられるわけがない。逃げられる場所などありはしないのだ。

 死骸は例外なく炎に包まれて燃えている。油分が大気を汚染し、燃える死骸は酷い瘴気を撒き散らす。

 

 肌に張り付くのは死体から出た魂の如き瘴気。生者を呑み込む死者の手招き。お前も来い、お前も来い。そう絶望の中で死者が叫んでいる。

 右を見ても、左を見ても、炎が燃えている。燃えていない場所ないし死骸がない場所もない。

 

 生存者なんていない。無事なのは、カルデアスという名の地球儀だけだ。

 

 ──システムレイシフト、最終段階へと移行します。

 ──座標西暦2004年、1月30日日本

 ──マスターは最終調整に入って下さい。

 

「アナウンス、実験は、まだ続いているんだ。もう、誰も生きていないのに──」

 

 その時、何かが崩れる音を聞いた。

 

「!」

 

 誰かが生きている、そう信じてそこへ向かう。ぐしゃりと何かを踏んだ。

 

「え──」

 

 それは、死体だった。

 

「────」

 

 嫌な感触が全身を駆け巡る。それは強い衝撃となって脳髄を蝕んでいく。

 

「あああ、あああ──!」

 

 吐瀉物をまき散らし、声にならない悲鳴を上げた。死体なんて初めて見た。

 

「だ、誰か──、誰か、いないのか」

 

 だから求めた。生存者を。この地獄の中で、誰かいないのかと。ひとりは嫌だ。こんな場所で、ひとりなど絶対に――。

 またがらりと音がした。そこに走る。

 

「──マシュ!! よかった、しっかり、今──」

 

 駆け寄って初めて彼女を見た。彼女の下半身が瓦礫でつぶされていた。もう二分も持たないだろう。彼女は死ぬ、そのことだけが冷たく頭に染みわたっていった。

 

「ぁ、せん、ぱ、い」

「大丈夫、すぐに、こんな瓦礫なんて、どかすから──」

「い、ぃ、ん、です、たすかり、ま、せん。だから、にげ、て」

 

 もうすぐ死ぬというのに、自分の心配よりも僕の心配を彼女はしてくれた。泣き叫びたいほどの痛みだと思うのに、彼女は泣き叫ぶことなんてせずいつも通り。

 まるで僕の内心なんて見抜いて早く逃げても良いと言ってくれているようだった。

 

 逃げられるわけがなかった。こんな彼女を一人残していくなんて、できなかった。彼女だけは助けたい。誰も助けられなかった。

 だから、一人生きていてくれた彼女を助けたかった。

 

 その時アナウンスが響き渡る。

 

「っ──、こんどはなんだ」

 

 ──観測スタッフに警告。

 ──カルデアスに変化が生じました。

 ──近未来100年にわたり、人類の痕跡は発見できません。

 ──人類の生存を保障できません。

 

「カルデアスが、まっかになっちゃいました。いえ、そんな、こと、より」

 

 ──中央隔壁、封鎖。

 

「隔壁、しまっちゃいました」

「……うん、閉じ込められちゃったな」

 

 僕はマシュの手を握る。

 

「ぁ……」

「なんとかなるさ。こんなのなんでもない」

 

 笑顔でそういう。ひきつってないだろうか。声は震えていないだろうか。身体は震えていないだろうか。自信がなかった。

 本当なら、今にも無様に泣き叫んで助けを求めたい。でも、マシュがいる。彼女の前では、先輩と慕ってくれた彼女の前では、自分よりも僕を優先してくれた彼女の前ではかっこうつけていたかった。

 

 ここで死ぬ。なんとかならない。こんなのなんでもないわけない。

 でも、せめて、彼女が安らかになれるのなら、意味があるんじゃないかと思う。今まで無駄に過ごしてきた、僕の人生にも意味はあったんだと言えると思う。

 

 ──ああ、ちくしょう、

 

 怖い。怖い。怖い。死ぬのが怖い。迫りくる熱気が肌を焼く痛みに泣きだしたい。

 

 ──レイシフト要員規定に達していません。

 ──該当マスターを検索中

 ──発見しました。

 ──番号48をマスターとして再登録します。

 

「っ、せん、ぱい──」

「大丈夫だよ。僕はここにいる。何があっても、この手は離さないよ」

 

 それが僕にできる唯一のことだから。

 

 ──レイシフト開始まで

 ──三

 ──二

 ──一

 

 全行程クリア。ファーストオーダー実証を開始します──。

 

 そして、僕の意識は、暗闇に消えた──。

 




ファーストオーダー開始。

これよりぐだ男の長い長い旅の始まり。
序章は終わり、舞台は、特異点Fへ。

実は、ぐだ男が理想になろうとした理由の大部分はオルガマリー所長です。

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