Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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監獄塔に復讐鬼は哭く 中編

 ――シャトー・ディフ。

 

 それはフランスがマルセイユ沖に存在した監獄塔。十六世紀に建造された要塞だった。

 政治犯、思想的犯罪者を収監していた。

 このシャトー・ディフが世界的に有名になったのには理由(わけ)がある。

 それは大デュマ――アレクサンドル・デュマによる小説作品。

 確か、題名(タイトル)は――。

 

「――聞こえるか、マスター」

「あ、あれ?」

 

 何かを思い出していたようなそんな気がした。何か大切なことを。

 

「何を呆けている。いや、おまえの呆けた顔は良い味わいだ」

「なんだ、そりゃ。けど、また牢屋に戻ってるな」

「始まりはいつもここだ。ここが始まりだ。全ての」

 

 彼はそういった。彼はそう言って僕のいるベッドを見る。懐かしむような。あるいは、何かに重ねているかのように僕を。

 

「アヴェンジャー?」

「気にするな。始まりは此処だ。空間の概念が異なっている。だから、行く先は異なる」

「便利なのか。そうじゃないのか、わからないな」

「そういったのはおまえが初だろう。さあ、行くぞ。第二の裁きがおまえを待っている」

「わかった」

 

 行きたくないけれど、行くしかない。此処にいたら死んでしまう。だから、行く。

 

 廊下に出ると女のひとの声がしていた。

 

「だれか……ああ……だれも、いないのですか……」

「ん――」

「いま、女性の声がした!」

 

 助けにいこう。そう思ってアヴェンジャーを見る。

 

「なんだ、その反応は。助けに行くとでも言いたげな顔をして」

「だって、女のひとの声が」

「それは正義感という奴か? はははは、自分だけで手いっぱいの人間が、それでも人を救おうというのか? 随分と余裕があるじゃあないか」

「決めたんだ。助けるって。誰かを助けられないのは嫌なんだ」

「はは、昨日と違って言うじゃないか。良いだろう。オレも興味がある。おまえの為ではないが、声の主を助けに行っても構わん。だが、良いな、くれぐれも警戒を怠るな。死ぬぞ」

「心配してくれているのか?」

「そんなわけないだろう」

 

 そう言って彼はさっさと先へ進んでしまう。声の方へ。

 僕も慌ててそれに続いた。

 声の方へ行くと、そこには女性がいた。

 

「私、気が付いたら、一人、このくらがりにいたのです……。ここはいったい、どこ、なのでしょうか。ひどく暗くて、怖気がします」

「大丈夫?」

 

 僕は駆け寄って彼女の手を取る。

 不安そうな彼女が少しでも楽になればいいと思って。

 

「ふん」

 

 アヴェンジャーはどこか不満そうだった。

 

「ありがとうございます」

「どうしてここに?」

「はい、気が付いたら、私、ここに立っていたのです」

 

 ここに。ここ。シャトー・ディフ。暗がりの監獄塔。

 罪人を収監する牢獄。誰の魂も捕らえられるというここ。

 彼女もそうなのか。

 そうアヴェンジャーに視線を向けるが、彼は答えない。答えないまま。

 

「女。貴様、名は在るか」

「私、私……いいえ、ごめんなさい。わからないのです。なぜ此処にいるのかも、ここがどこかもわかりません。それに名前、自分の名前も思い出せない。何か、大切なものを……探して……求めていたような……」

「フン、名と記憶を奪われた女か。面白い。ならばおまえはメルセデスと名乗れ」

「……メルセデス……」

「かつてこのシャトー・ディフにて、名と存在のすべてを奪われた男にまつわる女の名だ」

 

 シャトー・ディフ。

 すべてを奪われた男。

 メルセデス。

 

 何かを思い出しそうになる。

 何か。彼に関する記憶。

 けれど。けれど、水泡のようにつかんだ端から抜けて消えてしまう。

 

「マスター、穢れた世界を救わんと歩む愚者よ。このメルセデスをおまえはどうする」

 

 おまえが決めろ。そう彼は言った。

 

「だから、僕は」

「おまえが決めろ。オレはおまえの判断に従う。ここに置いていくも良い。牢獄に入れておくのも良い。決められないのならば、彼女に問え」

「……君は、どうしたい?」

「ひとりは、嫌です……良くないモノが、私を見つめている気がして……」

「……連れていく」

「勝手にしろ」

 

 ――おまえがなすべきことはなにも変わらない。

 

 そう彼は言って、先を行く。

 

「あなたたちは、見も知らぬ私のことを、助けてくださるのですか……?」

「もちろんだよ」

 

 だってもう助けられないのは嫌だから。誰かを見捨てるなんてしたくない。

 手を伸ばしても届かない思いはもう嫌だ。

 これは変わらない僕の本心だから。

 

「…………ありがとう、ございます。どうか、主の恵みがあなたたちにありますように」

「フン」

「さあ、行こう」

「はい」

 

 つかんだ手を離さないように。いつか抱えて走った彼女のように。

 

「さて、マスター――劣情を抱いたことはあるか?」

「は?」

 

 ――は? は?

 

 おもむろに、何かを言うと思ったらいきなり何を言っているのか。

 僕は一瞬理解できなかった。

 

 劣情? は?

 

「わからぬか? 第二の裁きの間にて、オレはおまえに尋ねる。マスター。一箇の人格として成立する他者に対して、その肉体に触れたいと願った経験は?

 理性と知性を敢えて己の外に置いて、獣の如き衝動に身をゆだねて猛り狂った経験は?」

 

 後者はともかく前者は――

 

「無論あるとも!!」

 

 誰かの声。僕と同じ。

 

「あるとも。ないはずがない。ありまくるに決まっていようが! 獣欲の一つも抱かずして如何な勇士か英雄か!」

「あなたは――」

 

 第二の裁きの間、その支配者。

 

「俺の在り方が罪だというのならば、ふははは、良いともさ! 俺は大罪人として此処に立つまで。赤枝騎士団筆頭にして、元アルスター王たる俺は!」

 

 男は宣言する。心のままに。欲のままに。

 

「主に女が大好きだ!!」

「最低だよ!?」

「心を覗け。目をそらすな」

 

 彼は言う。

 

 誰しもが抱くゆえに、誰一人として逃れることはできない。

 

 ――他者を求め、震え、浅ましき涙を導くもの

 

 色欲の罪――。

 

「なァにが、浅ましきだッ!!! 抱きたいときに抱き、食いたいときに食う! それこそが人の真理! それこそが生の醍醐味であろう!」

「いやいやいや」

 

 時と場合を選ぶだろう普通。

 

「文句があるのか、そこなマスター」

「ありありだよ」

「これが俺だ。ん? んんん? おお! そこな女よ、おまえは尊敬に値し、組み敷くに困難な女だ、俺にはわかる!」

 

 男の視線がメルセデスに向く。

 

「わ、私、ですか……?」

「しみったれた監獄にひとり酒ひとり寝かと肝が冷えたが、重畳、重畳。今宵は最高。俺は! おまえを! 戴く!」

「…………っ!」

「させるか!」

「ほうほう、邪魔をするか。そうか、ならば殺す」

「――――ひぃ」

 

 男が、フェルグスが殺気を放つ。

 たったそれだけで、メルセデスを守るという意気が萎えていく。

 脚が震える。呼吸が出来なくなる。

 

「まったく世話が焼ける」

 

 アヴェンジャーが僕の前に立つ。

 

 たったそれだけで、恐怖が軽くなる。

 

「おまえはトゥヌクダルスの幻視を知っているか」

「とぅ、なに?」

「トゥヌクダルスの幻視だ。アレはアルスターの勇士フェルグスではない。かつての中世、この世ならざる異界へと堕ちて恐怖を識った騎士トゥヌクダルスが見たものだ」

 

 それは主の威光により形作られた煉獄の第四拷問場。

 燃える丘が如き巨獣の顎を持ち上げし獄卒。

 ――それ即ち、煉獄の悪魔。

 主の威光はない。

 ここはシャトー・ディフ。救われぬ者が集う場所。

 

「その女を寄越せえええ!!」

「…………ひっ!」

「さあ、マスター。決めろ。おまえはどうする?

 気のいい英雄とやらに見知らぬ女をくれてやるか?

 それとも、自らの名さえ知らぬ女を――」

「力を貸せアヴェンジャー!!」

 

 逡巡もなく僕は答える。

 助けると決めた。

 あの人を救えなかったあの日から。

 僕は、救うと決めた。

 

「いいだろう! 煉獄の獣鬼に、復讐に猛る虎の牙が通じるか否か!」

 

 戦う。アヴェンジャーが。

 

 その最中、声が聞こえるのだ。

 

「さて、質問の続きだマスター」

 

 アヴェンジャーの声が。

 

 ――一箇の人格として成立する他者に対して、その肉体に触れたいと願った経験は?

 ――理性と知性を敢えて己の外に置いて、獣の如き衝動に身をゆだねて猛り狂った経験は?

 

 アヴェンジャーが問う。

 

「そ、それは――」

「あるのかないのかで答えろ」

「…………」

 

 ないといえば嘘になる。

 夜這いする彼女に触れられる。彼女が良いという。それに従いそうになる気持ちもある。

 僕を先輩と呼ぶ彼女。彼女と触れ合いたいという気持ちは確かにある。

 僕の背後にいる彼女。メルセデス。

 彼女を――。

 

 そう思う気持ちは確かにある。

 男であるからこそ獣欲からは逃れられない。

 どんなに理性で抑えようともそこには必ずあるのだ。

 

「そうだ。ある、逃れられぬ。人であるゆえに」

「けれど、これは」

「醜いか? 酷いか? それがどうした。それが人だ。人間というものだ。押し込めるな正直になれ。言っただろう、どんなおまえだろうとオレが肯定してやるとも」

 

 だからいうが良い。

 

「女を寄越せぇ!」

「やるか! 僕のだ! おまえに抱かせるならオレが抱くわ! つか抱きたいわ! あんな綺麗どころの多いカルデアで、何もできないとか地獄でしかないわこの野郎!!」

「え、え……!!」

「ははははは――だそうだ、女、応えるかは好きにしろ」

「あ、いえ、私は……」

「そして、おまえはここで消えろ――」

 

 煉獄の悪魔はアヴェンジャーの一撃で消え失せた。

 

 僕は思い出す。

 ローマを救ったことを。

 

 そして、牢屋に戻ってきた。

 

「では、オレは外に出ておく。安心しろ。聞き耳を立てる趣味はない」

 

 そう言って彼はさっさと出ていった。

 

「…………」

「………………」

 

 気まずい。勢いで言った。割と嘘偽りのない気持ちだった。

 男なのだ。そういう感情を抱かないわけがない。

 それを抑えるのは、結構辛いのだ。

 

「あ、あの、……名前も記憶もない私がお役に立てるのであれば……その、どうぞ……」

「――――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 夢を見た。

 夢を見た。夢を見た。

 それは、かつての特異点を超えた恐怖のそれ。

 

 それに飲み込まれそうになったとき――。

 

「お加減はいかがですか? ああ、そのままでいて下さいね。寝台から無理に起き上がらなくても大丈夫。うなされていたようですが、何か夢を見ましたか?」

 

 彼女の声で目覚めた。

 

「ちょっと、恐ろしい夢を」

 

 そう答えるが、思い出せない。どこかまだ目が覚めていないような気分だった。

 

「悪夢ですか。当然でしょう。このような場所なのですから」

「…………」

「女に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのはどうだ? 悪い気分ではないだろう。シャトー・ディフで女にメイドの真似なぞさせた豪傑はおまえが初めてだろうよ、マスター」

 

 頭がうまく働いていない。

 

「呆けているな。それも無理はない。丸一日眠り呆けていたのだからな」

「そんなに」

「さて、だがそんなでも聞け。仮初のマスター。

 ――怠惰を貪ったことはあるか」

 

 ――成し遂げるべきことの数々を知りながら、立ち向かわず、努力せず、安寧の誘惑に溺れた経験は?

 

 ――社会を構成する歯車の個ではなく、ただ己の快楽が求める個として振る舞った経験は?

 

「それは――」

「ああ、今の、僕だ」

「それは違います、ただ疲労が――」

「いいや、違わないよメルセデスさん」

 

 怠惰。

 今だからこそ分かることがある。

 誰かに言われ続けた言葉は忘れていても僕の中に残っている。

 今だからわかるのだ。

 

 僕は、努力を怠った。

 直すべきことがわかっていたはず。言われていたはず。

 だというのに、それから目を背けた。

 怠ったのだ。

 努力を。

 

 それは怠惰だ。

 

「はは――随分と殊勝になったものだ」

「そりゃな、こんな僕でもおまえは肯定してくれるんだろう」

「…………ああ、無論。オレはおまえを肯定しよう。全てを否定するがゆえに、おまえを肯定するとも」

「だからだよ。はじめから、そう言ってくれるのがわかる。だから、僕はこう言えるんだ」

 

 これが怠惰。

 僕はもっと早くこうすべきだったのだと、思うのだ。

 全てをさらけ出す努力を怠った。

 だから、僕は怠惰だ。

 

「さて、ではどうする。おまえは、此処で安寧を貪ることができる。

 立ち上がり、第三の裁きに立ち向かうこともできる」

 

 怠惰は楽だ。人が求めるもの楽。ゆえに怠惰こそが最も抗いがたい罪。

 けれど、けれど。

 

「行くよ」

「はは。そうだ。それでいい! おまえの魂が続く限り、オレが見届けてやろう。心配などいらぬ。たとえ、おまえがどのようになろうとも、どんなものであっても、オレが最後まで見届ける。おまえを肯定しその終わりを見届ける」

「ああ、頼むよ、アヴェンジャー」

 

 牢屋を出る。

 廊下を歩く。

 アヴェンジャーは歩く速度を緩めない。

 疲労に身体が重くとも。

 

 裁きの間の扉が開く。

 

「此なる舞台に我を降ろしたもうたは貴方か! ならば宜しい、私は悲劇にも喜劇にも応えられようぞ」

 

 そこにいたのはかつてフランスで戦ったジル・ド・レェ元帥だった。聖女への愛ゆえに狂ったキャスター。

 しかし、

 

「怠惰?」

 

 彼のどこが?

 

「言っているだろう彼自身が」

 

 輝かしきモノよ、地に堕ちよ。

 聖なるモノよ、穢れよ。

 それこそが真なる祝福である。

 

「アレこそが怠惰の極みだろう」

 

 騎士たる者の高潔さを忘れている。

 旗の聖女が掲げたモノが何であったのかを忘れている。

 堕落するままに魂を腐敗させた男。

 ヒトの成れの果て。

 神への祈りを怠った怠惰の者。

 

「お褒めにあずかり恐悦!!」

 

 彼は殺し方を知っている。魂の咀嚼方法を知っている。

 

「さあ、殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「わかっているさ、アヴェンジャー。行くぞ!」

 

 戦い。

 結果は、アヴェンジャーの勝利で第三の裁きは終わった。

 

 彼の霊核が砕かれるその刹那。また声が聞こえた。

 彼の声。

 僕に向けた最後の言葉。

 

「申し訳ない。迷惑をおかけしたご様子。ですが、心配は要らないようです。私の知る限り、貴方の魂の輝きは無二のもの。我ら英霊とも違う。尊き輝き。ゆえに、堕としたいとも思いますが、此度はこのまま去るといたしましょう」

「無二の、輝き?」

「ええ、ええ。貴方は、前に進もうとした。壊れたとはいえど、貴方の判断、貴方の決断は、称賛されてしかるべきものなのです。何より、愛する者の為に前に進む。その思いがある限り、貴方も私のように止まることはないでしょう」

 

 それはどうなのだろうか。

 

「大丈夫。貴方にはきっと我が聖女の加護があるでしょう」

 

 彼はそう言って消えたのだ。

 

 彼が消えるのと同時に、僕はまた一つ自分の記憶を思い出していた。

 辛く苦しい、記憶を――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ああ、よかった」

 

 夢を見た。 

 それはかつてフランスでともに旅をした聖女の夢。

 いや、あるいはそれは現実なのかもしれないが。

 彼女は言っていた。

 

「あなたに、聞かせたいお話があるのです。それは、遠い過去の日々の記録であり、恩讐の果てに、誰しもに忘れ去られても、決して朽ちることのなかった想いの物語」

 

 ――ああ、それはきっと。

 

「ええ、そう。一人の男の物語です」

 

 目を開く。

 

「おはようございます。小声で失礼しますね」

 

 メルセデスの顔が近くにある。耳に彼女の吐息がかかる。

 くすぐったいそれ。

 

「実は、アヴェンジャー様のご機嫌があまり宜しくないようなのです。ですから、あまり、刺激しない方が」

「そんなに?」

「はい」

「…………」

 

 頷いて彼が来るのを待つ。確かに彼はいつもと違う雰囲気を纏っていた。あらぶっているような。

 

「…………目覚めたか。第四の裁きへと赴くぞ。遅れるな」

 

 彼に続いて牢屋を出る。

 

「…………先に言っておく。おまえが殺す相手。第四の裁きの間にいるのは、憤怒の具現だ」

 

 憤怒。怒り、憤り。

 それは最も強き感情であるとアヴェンジャーが定義しているモノ。

 自らに起因する怒りたる私憤。

 世界に対しての怒りたる公憤。

 等しく、正当な憤怒こそが最もヒトを惹き付ける。

 時に、怒りが導く悲劇さえもヒトは讃える。

 見事な仇討ちであると。

 

 ――それは。

 復讐譚。復讐劇。

 怒りに起因し、怒りでもって進められる復讐を描くもの。

 もっとも有名な復讐譚を僕は知っている。

 それは――。

 

「だが、それを奴は認めない。否定する。もっとも純粋たる想いを否定する。第四の支配者に配置されておきながら、さも当然とばかりに救いと赦しを口にし続ける。

 許されぬ。許されぬ。おお、偽りの救い手など反吐が出ようというものだ」

 

 彼はそういった。

 そして、第四の扉は開かれるのだ。

 

「来ましたね。迷える魂を更なる淀みに引き込む者、正義の敵よ。このジル・ド・レェが旗に集う騎士として、あなたたちを断罪しよう」

 

 そして、その奥に、旗を掲げる彼女の姿がある。

 オルレアンで別れた彼女が。

 

「ジャンヌ」

「ええ、お久しぶりですマスター」

「ああ、忌々しい。このオレを止めにでも来たか」

「ええ、その通りです」

 

 彼女が憤怒?

 それはきっと間違いだよ。

 彼女に怒りはない。そう怒りがないからこそルーラーなのだ。

 いつか彼女に聞いた。

 それはきっと変わらない。

 

「たぶん彼女は――」

 

 復讐者(アヴェンジャー)を救いに来たのだ。

 

「私が貴方を救います」

「黙れ。黙れ。黙れ!! マスター一人、正しく導けなかった貴様がオレを救う? 寝言は寝てから言え!!」

「ええ、わかっています。それでも、私は貴方を救うのです復讐者」

 

 彼は復讐者だ。

 そう彼は復讐者なのだ。

 そう在るように描かれた。

 モンテ・クリスト伯。

 巌窟王。

 

 もはや、彼の愛したエデはいない。

 尊きファリア神父はいない。

 誰も彼を救えない。

 

「殺せ。戦うぞ。マスター。裁きの時間だ!」

 

 声が響く。

 声が響く。

 それは彼女の声。

 

「戦ってください。私のことは気にせず。といっても、マスターは気にするのでしょうけれど」

「うん、君とは、一緒に戦ったから」

「ええ、ええ。わかっています。ですが、だからこそです。ここにいる私は偽り。本来の私ではありません」

「…………」

「一つ、話をさせてください」

 

 とある1人の男の物語。

 

 男はマルセイユの一等航海士だった。

 美しい恋人と将来の約束を交わした、幸せな人物。

 

「でも、裏切られた」

「ええ、そう。彼はその果てに監獄塔。地獄と絶望の島。このシャトー・ディフへと閉じ込められたのです」

 

 そして、男は14年の月日を失った。

 

「けれど諦めなかった」

「ええ、そう。なにより彼には導きがありました」

 

 ファリア神父。独房に繋がれた老賢者。

 希望を与えたのだ。絶望の底で、神父は確かに男に希望を渡したのだ。

 

「そして、男は監獄を脱出し、そして、復讐を始めた」

 

 酷く残酷でむごい物語だ。

 けれど、それは絶賛されたのだ。喝采されたのだ。人々はそういうモノが好きだから。

 ゆえに、男は復讐鬼という型に嵌められた。

 

「ははははははは――」

 

 哄笑が響く。

 ジル・ド・レェがアヴェンジャーにやられた。

 

「此度は貴方の勝利でしょう。ですが、必ず止める。私は、諦めない――」

 

 そう言ってジャンヌは消えた。

 

「はは。逃げられるものか。此処はシャトー・ディフ。誰も彼も、生きて此処を出ることは叶わないのだから!」

 

 哄笑が響く。哄笑が裁きの間に木霊する――。

 

 誰も出られない。ならアヴェンジャー、君は――。

 

 




さあ、どんどん行くぞ。

え、メルセデスと何かあったかって? ナニモナイヨ、タブン。

憤怒だけは、もう何とかなってるんだよね。発狂におけるアレも一応は怒りに間違いはない。
その激情を思い出せばいい。

さあ、残る試練はあとわずか。
順調に回復している様子のぐだ男ですが、思い出せば思い出すほど苦痛も増えるというね!
それにしてもエドモンが良い相棒過ぎて辛い。これと引きはがさねばならないとか、辛い(ニヤリ)

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