Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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今回はケルト式癒し? というかなんというか。
すまんな愉悦部諸君。だが、今は溜めの期間だ。
上げて、上げて、バンジーさせようじゃないか。


魔境の主
魔境の主


 全てが燃え盛っていた。

 僕はその光景を覚えている。

 最初の特異点。炎上汚染都市。冬木。

 僕らの旅のハジマリ。

 

「どうして」

 

 なんで。なんでまた、ここに。

 

「せん……ぱい……」

「マシュ」

「ここは……冬木市のようですね……ですが」

「レイシフトをした覚えはない、よね」

 

 マシュと二人っきり。まさにあの時の再現だった

 時を越える? まさか、そんなことは魔法の領域だと聞いた。僕らができるようなことじゃない。

 それに記憶自体がおかしかった。日課のチビノブもみもみをしてからベッドに入って。

 

 そこから先の記憶がまるでなかった。

 

「サーヴァントとマスターの夢の共有ってやつかな」

「それにしては、炎が熱いです先輩」

 

 そうここはまるであの人とマシュの三人で廻った冬木市そのものだった。

 時代がどうなのか。場所がどうなのかはわからない。

 

「そうか、お主たちは斯様にして視るのだな」

 

 その時、声が響いた。若いながら老成したかのような。一度、どこかで聞いたことのあるような声だった。

 声とともに女性が現れた。

 

 女性。美しい女性だった。ケルト特有の黒い戦装束に身を包んだ美女。

 

「名は既に知っている。名乗らずとも好い」

「あなたは――」

「……あなたは、どなた……ですか? 魔力の在り方などは確かにサーヴァントであるかのようなのですが、大きく異なっているような。それに冬木ではあなたに会った覚えはありません」

「どこかで声を聞いたような、それにその槍――」

 

 どこかで、会ったことがあるような気がした。

 それにその槍は夢の中でクー・フーリンが持っていた槍に似ている。

 そうクー・フーリンの槍の名は、ゲイボルグ。

 

「ん。何やら熱い視線が注がれているではないか。いや。私ではなく槍を見ているな? その年で武具の目利きが出来るのは良いことじゃ。だが、まあ、そう期待されても期待には応えられんな。海の神(マナナン)の手ずから作り出した神造なりし兵装という由来もない。ただの槍よ」

「…………」

 

 ただの槍。じゃあ、それを持つあなたは何物なんだ。

 サーヴァントのようでサーヴァントではない。それも異様に異なる何かだとマシュは言っていた。

 

「ん。なんだ、それともアレか? 槍を見ているフリをして私を見ておったのか? ふふ。おまえ、アルスターの女を見るのは初めてか」

「先輩、お気持ちはわかりますが今は自重を」

「あ、いや、そうじゃなくて」

「確かに、その……均整の取れた、もう黄金比としか思えないプロポーションの方ですけど……」

「フォウ!」

「違うよ、ただ誰なのか気になって」

 

 なぜかはわからないけれど、ずっと見守られていたような。そんな気分がするんだ。

 

「あなたは、いったい、誰なんです――」

「ふむ、名を語るのも久しいのう。みな、はじめからワシがなんであるか知った上でワシを恐れた。お主のように偏見なく名を問うてくる奴は久方ぶりじゃ。であれば語るか」

 

 彼女は語る。

 自らを。

 それは自己紹介などというものではない。

 語り。自らを語り、相手に知らしめる行為。

 かつては誰もが彼女を目指した。その栄光と恐れを今彼女は語るのだ。

 

「私は、世界の外側に在り続けるモノ。

 老いず、死なず。永遠にあり続ける「何か」であったはずのモノ。

 我が名はスカサハ。真名などというのはこそばゆい。異境にして魔境たる影の国のあるじである」

 

 スカサハ。ケルト・アルスター伝説の戦士にして女王。彼女には多くの名、多くの役職がある。

 彼女は異境・魔境「影の国」の女王にして門番それでいて戦士でもある。

 

「……………………!?」

「キャーッ!?」

「スカサハ……」

 

 そう彼女はまさしく正しく戦士だ。大英雄クー・フーリンの師匠にして稀代の大魔術師でありながら無双の戦士でもある。

 マシュが彼女について興奮したように早口に語る。

 

「正解だ。点数をやろう。しかし、惜しいな。早口であったからな星3つじゃ。お主の場合、静かに語ったほうが効果的だろう。何事も内に潜め、静かに燃える炎であるが良い」

「あ、ありがとうございます」

「うむ、……といかん、しみついた癖だな。悠長に話をしている場合ではなかった。その目を開くが良い。来るぞ。常ならざるものが」

「AAAAAAAAAA――」

 

 敵が来た。

 

「マシュ!」

「はい、迎撃します!」

「ふむ、良い。ここまで時代を超えただけのことはある。なかなかの反応に士気だ。だが――そうだな。ワシにも一席用意してもらおう」

「スカサハさん!?」

「良い良い気にするな。まずは戦え。考える前にまずは戦うこと。悩みや後悔、考え惑うことは戦の後、生き残った生者の特権よ。ゆえに、戦え、戦って勝ち取れ。それがケルト流だ!」

「応――!」

「せんぱい!?」

 

 思わずそう答えてしまった。彼女の熱気に充てられて。

 ただ。そう、ただ悪い気分ではなかった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「歯ごたえどころか存在感すら薄い連中であったな。まったく、さほど難敵というわけではなかったか」

「スカサハさんには別の何かに見えるのですか? 前に戦った敵のようにも見えましたが」

「ただの煙かモヤよ。私にはうすぼんやりしたモノにしか見えぬさ。なにせ、死を予感したことなどないからな」

「死を、予感したことがない――」

 

 ああ、そうとも。だが、おまえは違う。

 マスター。最後に残った希望にならなければならぬもの。運命に翻弄された哀れな子。

 ああ、まったく運命という奴はどうしてこうもままならぬのか。

 

 傷ついた心が手に取るようにわかる。

 ああ、そうとも。

 彼はアルスターの戦士どものような勇士ではない。信念を裏打ちする力もなければ、目的を遂げるための怪物すら凌駕するような圧倒的であるべき意思もない。

 

 彼はただ(びと)よ。現代風にいうのであれば一般人というべきだ。巻き込まれただけの民と変わらぬ。

 本来であれば、このような戦など似合わぬ幼子。友と語らい、女と恋をするべき者。

 人知れずどこかで幸せを享受すべき者だ。

 

 けれど、運命は幼子を駆り立てた。ただ一人の希望にならねばならぬ運命を背負わされた。

 もしも、彼が悪人であったのなら、関係ないと役目を放り捨てることもできただろう。

 もしも、何も考えぬ阿呆であったのなら、言われるままに行動してここまで悩むこともなかっただろう。

 もしも、突き抜けた馬鹿であったのなら、悩むことなくただ己が道をまい進しただろう。

 

 ここまでひどいことにはならなかったはずだ。

 だが、現実はこれだ。

 彼はただの人。

 何ら特別はない。

 普通に笑い、普通に泣き、普通に怒り、普通に死ねる。

 ワシとは違うふつうの男の子よ。

 

 善人で、責任感があって、何より()いた女子(おなご)の為に一生懸命になれる男の子。

 ゆえに常人では及ばぬ、この世全ての命を救うという偉業を成すためにその身を、その心を、魂を砕いておる。

 

 ――なんとも尊き輝きよ。

 

 英雄が偉業を成すのは当然よ。ゆえにそれは当たり前のことなのだ。

 そう在るべくして英雄は作られる。人類史によって必要と判断され、必要となる場所に英雄は現れる。

 それが人類史。それが英雄というもの。

 

 だが、彼は違う。

 その輝きは凡庸で、どこにでもある普遍的なものだ。

 されど、彼こそを英雄と呼ぶべきだろう。

 逃げ出すこともできた。全てを忘れることも。

 それでも自分しかいないからと奮起して見せた。

 

 その覚悟を、その尊さ、まさに英雄と言っても良いだろう

 あるべくしてそうなったのではなく。なろうとしてなったわけでもない。

 状況とその選択の果てにそうなってしまったもの。

 まさに英雄だ。

 

 それを尊いといわずしてなんという。

 

「……」

「スカサハさん?」

「ん。ああ、何でもない」

 

 ゆえにこそ、この場を切り抜けねばならぬ。

 

「あれは死よ。ゆえに、私には見えぬ。だが、お主たちには見えよう。死の姿に」

 

 何人が恐れる死の具現。哀れなりし死の残骸ども。

 死にすら置いて行かれた残骸。

 哀れなりし者ども。

 

「人理を救わんと、守らんと、戦うお主たちが目にした死の、残骸よ」

「死の残骸」

 

 そうお主たちが見た死。死すらも業火で滅却する如き偉業。

 

「神すらも超えた偉業の果ての異形どもよ。お主たちの内側(こころ)よりあふれ出すな」

「そ、それでは」

「もう、オレたちは侵食されている?」

 

 怖かろう。ああ、怯えているのがわかる。

 だが、お主はそれでもマシュを見る。

 彼女が怯えている。不安に駆られている。

 であれば、おそらくはお主のいうことは変わらぬのだろう。

 

「――何とかなる。ふたりでカルデアへ戻ろう」

「……先輩。そう、ですよね」

 

 ああ、まったく。

 そうでなければならない。そう在らねばならない。それを押し付けられて怒ることも、嘆くこともせず。

 ただ、そう在ろうと努力する。

 

 尊い。ああ、実に愛い。

 

 ――ああ、脆く儚くも右手を伸ばすのだな。二千年を経ても変わらぬ愛しい人間たちめ。

 

 ならば、もはや。

 ワシもまた、ここで座っているわけにはいかぬ。

 

「――さあ、行くぞ。ついてくるが良い。お主たちの中を埋め尽くさんとする残骸のことごとくを滅ぼす」

 

 神に見放され、死にすら置いて行かれた哀れなるものども。

 そして、肉体を砕き、心を砕き、魂を砕き、前に進まんとする、愛おしき最後のマスター。

 

 ――救ってやる。神が救わぬのならこのワシが救うまで。

 

 それにマスター。

 お主はきっと何を言われようと、何があろうとも止まらん。

 恐怖に震え、自らの力のなさに嘆き、救えなかった命に後悔し、重責に押しつぶされそうになり心を罅割れさせながらも。

 

 あるいは、壊れてしまっても。その胸に一つの輝きがある限り。

 お主は止まらぬ。

 その右手を伸ばし続ける。

 

 ああ、その輝きは我ら英雄とはまったく違う。

 だが、何よりも英雄だ。

 それに好いた女子の為に頑張る男を応援せんでどうする。

 

「行くぞ、自信を持て。怖れを捨てろともいわん。恐怖は何よりも生きる上で大事なものだ。お主はそれを知っている。

 強くなれとも私は言わん。お主はお主だ。お主に従うサーヴァントどももおそらくお主に強くなれなどと一言も言わん」

「――――」

「これだけは言っておくぞ。お主の輝きは何よりも尊いものだ。マスター。こう呼ぼう。最後に残った人類の希望。その希望は絶望の果てに必ずや世界を照らすだろう」

「スカサハ、さん」

「ゆえに、今を生き抜け。辛かろう。苦しかろう。それでも手を伸ばすと決めたのであれば、右手を伸ばせ、諦めるな。

 そして、忘れるな。お主が愛おしいと思う者を。たとえ何があろうとも、それさえ忘れなければお主はきっと前に進める」

「――――」

「進め、唯一の希望にして最後のマスター。なに、気負うな。お主は尊き輝きを持っておる。数多のサーヴァントを従えるに値するとも。誰もお主を笑わぬ。馬鹿にせん。だから、生き抜いてみせろ――!」

「――――応!」

「先輩!?」

「ふふ、さあ、行くぞ――」

 

 ――しばらくはこれで持つだろう。

 

 少しだけ、記憶にふたをする。辛い記憶。苦しい記憶。怖い記憶。

 言葉に混ぜたルーンによって少しばかり記憶に迷彩を施す。

 

 尊き幼子に祝福あれ。どうか、生きろ。

 辛く苦しい戦いの果ては、必ず報われねばならぬ。幸せになれなければ嘘だ。

 

 生きろ。生きろ。生きろ。

 多くは求めん。生きろ。

 そのための力、そのための知恵、その為の技、全て我らが貸してやる。

 

 ゆえに、生き抜け――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 進む。進む。死を越えて。死を越えて。

 進む。たとえ何があろうとも、マシュ。僕のデミ・サーヴァント。愛しい僕の女の子。

 君がいるから。君と二人で、帰るんだ。

 カルデアに。みんながいるあの場所に。

 絶対に。

 

 ――何かがひび割れる音がしている。

 

 それでも僕らは進む。燃え盛る冬木の街を。

 

「来たれ、神なる稲妻の具現をその手に携えしモノ、古きアルスターの守り手よ」

 

 身体が、びりびりとする。

 

「むむ、今の若い子の中はこんな仕組か。魔術師の肉体も変わったものよ。ふ、この初心い反応がまことに――ああ、そうではない。仮初の契約だ。新たな力を貸そう」

 

 現れる。勇猛なるもの。猛きもの。稲妻の具現を携えし、螺旋なりし虹の剣。

 

「ははははは! 漸くか!! 待ちくたびれたぞ。アルスターは赤枝騎士団が若頭! フェルグス・マック・ロイ、召喚に応じて参上した。ほう、おまえが新米だな」

「ああ、そうだ。よろしくしてやってくれ」

「ふむ、なるほど。こりゃスカサハ姐でも手を焼くか」

「ああ実に鍛え甲斐があるというものだ」

「おお、それは、うん、あれだな。よし、とりあえず全力で回すか」

 

 フェルグス・マック・ロイ。豪快な人。

 彼の剣戟によって、巨大な竜がなぎ倒されてる。

 これが英雄。僕にはない力――。

 

 ――何かのひび「気にするな」

 

「え?」

「気にするなといった。おまえはおまえといっただろう。気休めではない。私の本心だ。マスター。この私が認めた。お主は世界を救うに値する男であるとな。

 ゆえに、力不足など嘆くな。嘆いている暇があるのなら前を向け。足を止めるな。足を止めたものから戦場では死ぬ。最後の瞬間まで前を向いて、お主はお主の為すべきことを成せ」

 

 ――音が、消えた。

 

 彼女が微笑む笑み。綺麗な笑みだった。マシュとは違う、綺麗な笑みだ。

 けれど、どこか悲しそうな。

 

「あの、何か、悲しいことでも――」

「――ふふ。いや、本当に良い男よなお主は。初心な反応も可愛いし、ふふ味見をしても良いかもしれん」

「うえ!?」

「冗談だ。おまえにはそれと決めた相手がいるのだろう」

「あ、いや」

「隠すな隠すな。求められれば、そうだなおまえ相手には少しくらい手加減して相手をしてやっても良い。もし勝てたのなら(ねや)に呼んでも良いぞ」

 

 ――ちょっ!?

 

 いきなり、この人は何を言っているんだ。初対面でそれほど時間も経っていないというのに、いきなり。

 ふと、彼女が笑っていることに気が付く。

 

「もしかして」

「ふふ、冗談だ。私は一流の戦士しか閨に呼ばんからな。おまえがそこまで至れたらの話だよ」

 

 ――びっくりした。まったくもって心臓に悪い。

 

「しかし、ま、このワシを心配するか」

「あ、いえ」

「良い良い。別に責めておるわけではないからな。こそばゆいだけよ。心配されたことなど今の一度もなかったからな」

 

 そういう彼女は、どこか悲し気に微笑んだ。

 

「なに、なすべきことを成せずというのは、私も同然ゆえにな。生物としてははなはだ不出来だ。なにせ死ぬことすらできん」

 

 死ぬことすらできない。それはいったい、どういう気持ちなのだろうか。

 

「さて、私のことは良い。それよりも頭を出すがいい」

「はい?」

 

 いきなり頭を出せと彼女は言う。

 言われた通り頭を出すと。

 

「うむ、いい子だ。よしよし」

 

 ――な、なでられた!?

 

 なでられた。なでられた。なでられた。

 

 優しい手つきで。まるで母にされたように。

 いい子、いい子。

 よく頑張った。よくできました。良い子だね。

 

「おまえはつい頑張りすぎるからな。何度でも言っておくぞ。いいか、絶対にこれだけは忘れるな。人はなるようにしかならぬし、おまえはおまえ以外のモノにはならぬ。絶対にな」

「…………」

「おまえは、おまえになればいい。飾る必要もない。変わる必要もない。今のままのおまえでいればいい」

 

 それから彼女は戦いを終えて戻ってきたマシュへも手を伸ばす。

 

「おまえもだ。よしよし」

「は、あ、あの、頭、撫で……」

「さて、もう少し戯れも良いが――」

 

 地面が揺れる。揺れて、大地が割れて、現れるのは巨大な柱。いつかどこかで見た魔神の柱。

 全てを滅却せんとする討滅の波動が放たれる。

 

「こ、これは! 圧倒的な魔力量です……! しかもまだ、大きく――あれには明確な敵意と殺意が、こっちを見て――」

 

 混乱するマシュ。怖がりの女の子。

 大丈夫。僕がここにいるから。

 

 ――何かがひび割れる音がしている。

 

 震える手を隠して、震える声を隠して。彼女が安心するように柔らかく力強く。

 僕にできることはこれくらいだから。

 マシュ。マシュ・キリエライト。怖がりな僕のデミ・サーヴァント。愛しい君。

 僕は君の為ならどんなことだってしてみせる。

 

 ――何かがひび割れる音がしている。

 

 その手を握って、君が落ち着くように僕はこう言おう。

 

「マシュ、落ち着いて。今までの敵とそう変わらないよ」

「……はい先輩、一瞬混乱しました。おかげで、大丈夫です。戦えます!」

「そういう反応になるか。マシュ。アレはそうまでして恐れるものか?」

「……はい、怖いです。とても。いえ、きっと、わたしには戦うことそのものが」

 

 怖いのだと彼女は言った。

 

「でも、もっと怖いことがあります」

 

 彼女は僕を見ていった。

 

「だから、今は戦います。その必要があるのですから」

「ふむ、それがいつか、おまえの命を奪い取るかもしれぬ、としてもか?」

「もちろんです。わたしの恐怖と、わたしの命は別のものです」

 

 ――それに、何もしない、何も残せないという寂しさをわたしは知っています。

 

 彼女はそういった。

 

 ――ああ、そうか。

 

 僕はこのときはじめて理解した。どうして君に惹かれるのかを。

 君も一緒なんだ。何もしない。何も残せないことの寂しさを知っている。

 だから、僕は君にとって、理想でありたいと思うのだ。

 全てが違うかもしれないけれど、きっと僕たちは似ているから。

 

「マシュ。帰ろう。必ず。死の残骸どもを倒してカルデアへ」

「……はい、マスター!」

「……そうか。ならばもうワシからいうことは何もない」

「覚悟は決まっていたのか。ならば俺もまた自分の仕事をしないとなぁ」

 

 フェルグスの叔父貴がそう言ってカラドボルグを突き出す。

 その圧倒的な破壊が巻き起こる。魔神の柱を破壊し、さらに破壊が伝播する。

 だが、

 

「破壊する」

 

 破壊を破壊で塗り替えて、破壊の大王が来る。

 

「進め、俺の剣であればアレをとどめて置ける」

「でも――」

 

 それじゃ、あなたはどうなる。

 勇猛なるもの。英雄フェルグス。あなたはどうなる。

 

「気にするな。俺には俺の、おまえにはお前の役割がある。アレを相手にするなら相性的に俺ということだ。スカサハ姐はおまえたちを導く役割がある。だからここは俺が残るのが正解だ」

「すまんなフェルグス。後は任せる」

「光栄のいたり! ではいずれ会おう友よ! 縁を結んだ以上は、再び巡り合えるとも!」

「…………はい!」

「応――!」

 

 走って。走って。

 

 フェルグスの叔父貴は大丈夫だろうか。

 

「そのような顔をするでない。ケルトの勇士が強者と戦うのは習性のようなものだ。それに、お主たちが生きている。ならば奴は目的を果たしたのだ」

「でも」

「ふぅ、本当に優しいなおまえは。ならばせいぜい笑ってやるが良いさ。何も要らぬと奴は言うだろうが、手向けるならばそれだけでいい」

「ははは――」

 

 笑う。またいつか、どこかで会うことを願って。

 

「そうだ。笑え。笑えば悲しみを吹き飛ばしてくれる。無理をして笑えというわけではないからな。そこをおまえは勘違いしそうだから先に言っておく。

 辛いとき、悲しいときは泣け。楽しいとき、うれしいときは笑え。憤ったのなら怒れ。いつでも超然としていらるほど人間は強くない」

「ええ、ですが、だからこそ人は尊いのです」

 

 声が響く。男の声が響いてくる。燃え盛る炎に負けない声が。

 

「来たか。私が用立てた最後の英霊、栄光の騎士団の一番槍」

「真名ディルムッド・オディナ。仮初の召喚ではありますが、ランサーとして現界した。最後の試練。あなたたちとともに戦おう。スカサハ。盾の乙女、そして、仮初のマスターよ」

 

 二槍を手にした男。ディルムッド。

 彼は僕の前に跪く。傅いて、忠義を捧げるという。

 

「仮初の契約ではあるが、それでも我が主同然。この槍は今こそ、あなたたちの力となりましょう」

 

 まっすぐに向けられる忠節。忠義。

 嘘偽りのない彼の気持ちだとわかる。

 応えなければ。彼の忠義に。それが僕にできることだから。

 

「……よろしく頼む、ディルムッド。ともに戦ってくれるのは心強いよ」

「――ああ、なんと心地よい返答か。貴殿の心に偽りはないのだな。であれば、このディルムッド・オディナ、全霊を尽くして貴殿の槍となろう。我が主に勝利を捧げる!」

 

 その言葉通り、彼の二槍は敵を刺し穿つ。最後の試練で現れた月の女神相手に獅子奮迅の働きを見せるのだ。

 

 ――何かがひび割れる音が「待て――」

 

「――っ」

「気張るな。そう言っただろう。おまえは、おまえにしかなれない。おまえが思うままにすればいい。無理をして誰かの理想なんぞになるな。おまえはおまえの理想になればいい」

「オレの、理想」

「そうだ。ああ、待て。心を削るような、魂を削るような理想になれとかそういうことじゃない。おまえがおまえらしくあれということだ。おまえはおまえにしかなれない。おまえは誰かの理想にはなれないんだ」

 

 誰かの理想にはなれない。彼女はそう繰り返し言った。何度も、言い聞かせるように。

 

「だったら――」

「なんだ?」

「いえ」

 

 その言葉を言ってしまえば、駄目になる。

 

「ふぅ、そうか……」

「主! このディルムッドが討ち取りましたぞ!」

 

 月の女神を倒した。

 

「ありがとうディルムッド」

「主が、私を臣下として信頼してくれたからこそです。では、いつかまた。出会えるその時まで――」

 

 ディルムッドは満足げに去っていった。

 

「さて、これで終わりだ。よく頑張った満点をやろう」

「これで、全て終わったのですね」

「ああ、そうだともマシュ。死の残骸はこれで全て滅した。私もここまでになる」

「スカサハさん――」

「安心すると良い。お主たちと縁はつながった。またいつかどこかで出会えるだろう」

「はい――!」

 

 そして、僕らは夢から覚めた――。




今回も癒し。
いや、本当、すまんな愉悦部諸君。我も辛い。

次回はサンタオルタ。
オルタには聖剣ぶっぱされて殺されかけたことがあるので、そこらへんトラウマですヨ。つまり遭遇自体がアレなのだ(愉悦)
ただしやっぱり王様なので、ぐだの現状には気がついちゃうかもしれない。

そろそろ更新に時間がかかるかもしれんが、まあそうなったらゆったり待っていてくださいな。
――待て、しかして希望せよ、です。

ちなみに、ぐだ男編がFGOの現状に追いついた場合。超絶鋼メンタル最強のぐだ子編が始まります。
あえて言おう。真逆。むしろリヨ。
逸般人です。一般人ではない。
とりあえず、根源にでも接続させとく? あ、所長は救出するのでご安心を。固有結界でも持たせてもいいし、直死でも与えても良いな。
とりあえずサーヴァントと一緒に戦場に飛び出すレベル。
まあ、予定は未定だけどネ。

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