Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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みなさん、今回は癒しですよ!


歌うカボチャ城の冒険
歌うカボチャ城の冒険


「おはようございます先輩、突然ですが招待状が届いてますよ?」

 

 ハジマリは、マシュの言葉だった。

 マシュ。可愛いマシュ。僕のデミ・サーヴァント。愛しい後輩。

 

 彼女が朝に古式ゆかしい、大変丁寧な封筒を持ってきた。

 差出人は不明。けれど、そこには確かに僕の名前が書かれていた。

 見出しからするとハロウィンパーティーのお知らせだという。ここは季節感がないからわかりにくいがもうそんな時期なのかと驚いた。

 

 もう季節の感覚も曜日の感覚すら曖昧だった。特異点に行かない日はずっとカルデアで訓練をしている。少しでも役に立てるように。

 足を引っ張らないように。生き残れるように。

 

「ハロウィンか」

「はい、どうしましょう」

 

 マシュでも、ましてやドクターでもない。ダヴィンチちゃんがこんな気の利いたことをするとは思えない。彼女ならもっと突拍子がないだろう。

 だから、誰からの招待状かわからない。そんなものに行くわけにはいかなかった。

 

「ともかく読んでみましょう。ご安心を、カミソリなどの危険物は混入してませんでした」

 

 それなら安心して読める。

 

 ――すてき――。

 

「エリザベートだ」

 

 とりあえず、一行目を読んだだけでなんかわかった。エリザベート。エリちゃん。可愛いアイドルの女の子(サーヴァント)

 

「歌への誘いが三回も強調されているのがたまらなく不吉です」

 

 不吉だった彼女の未来を知っているだけに。

 彼女、エリザベートの未来を僕は知っている。

 

「どうしましょう先輩」

「僕としては何も知らない方が良いと思うんだけどね。確証ないし。そうやって人生の難局を乗り切ってきた僕としては知らないでいたかったよ、うん」

「ドクター、そうはいってもこれは……」

 

 こんなことやりそうなサーヴァントは彼女以外に思いつかない。というかチェイテ城とか書いてある時点でもう確定だった。

 

「とりあえず、どうしようか」

「……」

「マシュ?」

「あの、先輩、その、ですね。招待に応じるのですか?」

「怪しいし、危険かもしれない。オレとしては、あまり行く気はしないけど、マシュは違う?」

「ええと……私こういう催しは初めてで興味が……あ、いえ、先輩がいかないというのなら――」

「行こう」

「ええ!? どうしちゃったの、いきなり精一杯のイケボで、どうしたんだ」

「ドクターは黙ってて」

 

 いろいろと言ってくるドクターを黙らせて、僕はマシュへと向き直る。

 マシュ。可愛い僕のデミ・サーヴァント。誰よりも大切な後輩。

 興味があるのに、僕の為に諦めようとする。

 けれど彼女を見ればわかる。行きたそうにしている。だったら、やることは一つだった。

 たとえ、どんな危険があるとしても彼女の願いは叶える。

 

 ――何かのひび割れる音が聞こえた。

 

 マシュ。可愛い僕の後輩。愛すべきデミ・サーヴァント。君の初めてを僕は応援する。

 

「ドクター」

「まあ、手紙に残留していた霊子情報をもとに座標は特定してあるからいつでもいけるよ」

「――マシュ、一緒にお祭りに行こう」

 

 僕の一言に彼女の表情がほころぶ。

 

「はい! ぜひご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」

「それじゃあ、目的地夢のテーマパークに二名様ご案内ー」

「うわぁ!? ダヴィンチちゃんどっからわいてきたの?!」

「細かいことはいいでしょロマニ。さあさあ、お二人さん準備はいいかにゃー」

「あ、ちょっと待ってください」

 

 マシュが今にもレイシフトを開始しそうなダヴィンチちゃんを止める。

 

「あ、あの先輩、こういうのは初めてなのですが……その、これでも勉強は欠かしていませんでした。その……こういう時はお弁当を持って行った方がいいんですよね?」

 

 ――それは、手作りを作ってくれるということですか!

 

「そうだね、こういうときはそれが一般的だね」

「わかりました! では、少し待っていてください。先輩の為に作ってきます!」

 

 お弁当を用意して、僕らはその場所へと降り立った。

 

「到着です。どうやらヨーロッパのようですね」

「年代がわからないし、なんだろうこの雰囲気」

「怖いような、なんだか楽しいような、不思議な雰囲気です!」

「ハロウィンねぇ。懐かしいな」

「知っているのかクー・フーリン!」

「まあな。ハロウィンってのは古代ケルトが発祥だ。アルスターでもそういうことやったな。師匠のところじゃ、そもそも必要なかったが」

 

 もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であったとクー・フーリンは言う。

 

「そうなんだ」

「まあ、現代じゃそうじゃないわな」

 

 現代では祝祭本来の宗教的な意味合いはなくなり、ただ単に仮装してお菓子を貰うといったような行事となっている。

 

「しっかし、こりゃ本格的な方だ」

 

 そういってクー・フーリンが空中にルーンを描く。輝くルーン。それは彼がよく使うアンサス。火のルーン。

 圧倒的な業火。現代ルーンでは考えられない高威力の原初のルーンが、近づいてきた悪霊たちを薙ぎ払う。

 それでもどこからともなく現れる悪霊や骸骨。

 

「すごいです先輩! あちこちからジャック・オー・ランタンがふわふわ浮いてきます!」

「それに骸骨が楽しそうに踊ってるね」

「フォーウ!」

「これはちょっと予想外だぞ。本格的だな。いいなぁ。僕も行きたいよ」

 

 とても楽しそうな光景だ。

 

「おいマスター、観光気分も良いが、中には襲ってくるのもいるから気をつけろよ」

「まあまあ、いいじゃないクー・フーリン。マスターが楽しそうにしてるんだからね。あたしとしてはそっちの方が大事かな」

「ま、俺らでどうにかすりゃいいか。それより、あの龍の嬢ちゃんはどこいった」

「そういえば、朝から姿が見えないね」

「おーい、二人とも行くよー」

「考えるのはあとだね」

「槍がありゃあ、もうちょい楽できるんだがなぁ」

「フォウ――!? (なにやら悪寒に振り返る)」

 

 僕らは進む。警戒をしながらではあるが、本格的なハロウィンとあってなかなかに楽しいことになっている。

 

「やはりあの怪しげなお城に向かうのが良いと思います」

「そうだね」

 

 怪しげなお城。そびえたつそれは、あからさまに僕らを招いている。

 城門を開け放って、さあどうぞと言わんばかりに城下町をネオンで照らし、僕らへの道しるべとしている。

 ああ、頑張ったんだなと、そう思う。

 

 恐ろしく、それでいて華やかで楽し気な。

 そんなお祭りが繰り広げられている。

 

「すごいです先輩、かぼちゃの街です。何がすごいのかどんななのかまったく言葉にできませんがかぼちゃの街です!」

 

 かぼちゃの街。言葉にできないけれど、とにかくすごいことだけがわかる。

 ワイワイガヤガヤ。そこではお祭り騒ぎだ。骸骨と幽霊が楽し気にダンスを踊ったりしている。

 

 時おり襲って来るのがいなければ良いのに。

 お祭り騒ぎに紛れて襲って来るのがいる。見えない敵。警戒を緩められない。

 進む度に何かいるのではないかと思わずにはいられない。

 来なければよかった。そんな思いがけない鎌首をもたげてくる。

 

 けれど、けれど、マシュ、愛しい僕のデミ・サーヴァント。

 君がとても楽しそうにしている。戻る選択肢は選べない。君のためなら僕は何でも出来るのだ。

 

 ――何かがひび割れる音が聞こえた。

 

「敵はいなさそうだな」

「みたいだね」

 

 クー・フーリンとブーディカさんが周りを見渡してそういう。

 僕も見渡してみる。確かに敵はいなさそうだった。二人が言うのなら間違いはないのかもしれない。

 

「こちらでも探査したけれどエネミーの反応はなかった。そこは安全だよ」

「では、お弁当タイムですね! スーパーランチタイム出撃します!」

 

 楽し気なマシュ。可愛い僕のデミ・サーヴァント。

 気は休まらないけれど、来てよかったそう思える。

 

「じゃあ、オレは敷物を敷くよ」

「では、旦那様、そちらを持ってください」

「うん、わかったよ」

 

 敷物をしいて腰かけて。

 

「はい、旦那様(ますたぁ)。お手製の焼きおにぎりです」

「ありがとう」

「こちらお茶です」

「美味しい」

「まあ、そんな……」

「ところで」

「はい、なんでしょうか?」

「なんでここに? というか今までどこに」

 

 驚きすぎると冷静になってしまうということに僕は気がつく。まったく驚きという感情が湧きあがらず、ああ、またかと思ってしまう。

 いや、いいや、これでも驚いている。何よりその格好が僕に驚きを与える。

 彼女の姿はいつもと違う。

 仮装。ハロウィンのコスプレ。可愛らしい牙と羽をはやした小悪魔のような際どい恰好。

 

 そんな彼女が僕の隣にいた。

 ここでマシュも気が付いた。

 

「はっ!? そうです清姫さんいったいいつの間に」

「フォフォーーーウ!」

「あら、連れ合い(サーヴァント)ならば当然のことでしょう? 実は朝からはハロウィンの準備をしておりました。ちゃんとリボンもつけた贈呈用の箱に入ってまっていましたのに。旦那様ったらつれないんですもの」

 

 思い出す。部屋(マイルーム)においてあった不自然な箱のことを。

 あからさま過ぎて視界から外して気が付かないふりをしていたアレを思い出す。

 見たくないから見ようとしていなかったアレ。

 

「それに、あのような招待状に引っかかるなどあなたの妻(サーヴァント)として見過ごせません。というわけでついて行きますね。そこのお二人とマシュでは戦力としては足りないでしょうから」

「いや、嬢ちゃんほとんどマスターの隣から動かねえじゃねえの」

「あら、(マスター)を守る。それが(サーヴァント)であるわたくしの役目ならば近くにいなければいけませんもの」

 

 ぴたりといつもとは違う際どい服装に照れているように顔を紅潮させながら清姫がその顔を近づけてくる。

 吐息がかかるほどの距離。耳元に彼女の吐息が熱を運ぶ。

 

「わたくしが、ずっとおそばにいてお守りいたしますわ。24時間、古今東西ありとあらゆる場所に、どこにいようとも絶対に見つけ出して御傍でお守りいたします」

 

 彼女の言葉に嘘偽りはない。彼女の言葉は真実で。彼女の言葉は何よりも深い愛情がある。

 彼女の目を見た。真っ直ぐな瞳を見た。何よりも深く恐ろしい瞳を見た。

 恐怖のままに彼女を振りほどきそうになる。けれど、それは出来ない。

 彼女の生前を僕は知っている。

 

 ――何かがひび割れる音がした。

 

「健全なお付き合いをお願いします」

「あら、つれない御方ですこと。でも、そういうところも魅力的なのですけれど。うふふふふふ」

「はいはい、清姫、マスターが困ってるからそこまでね」

 

 助かった。ブーディカさんありがとう。

 

 ブーディカさんが清姫を引きはがしてくれた。

 それからゆっくりと食事。

 マシュの手作り弁当。重箱五段重ねのすごい奴。

 すごいいっぱい、すごいおいしい。

 

「おいしいよ、マシュ」

「ありがとうございます先輩。ささ、みなさんもどうぞ」

「旦那様、こちらもどうぞ」

 

 清姫もちお手製のおにぎりを差し出してくる。

 

「……うん、ありがとう」

 

 これもおいしい。好みの真ん中。怖いくらいに。

 マシュのを食べればこちらも食べますよね、と彼女の料理がさしだされる。

 笑顔の圧力。味が感じられない。

 

「――そろそろいこっか」

「そうですね」

 

 ブーディカさんの一声で針のむしろのような空間に別れを告げる。

 

「あの、清姫、歩きにくいんだけど」

 

 清姫は、僕の腕を組んで離れない。

 

「大丈夫ですよ、旦那様、なにも心配はいりません。わたくしがお守りします」

 

 幼い齢に比べて良く育った胸に僕の腕が挟まれている。いつもと違って強調された胸の谷間に僕の腕は捕らわれている。

 動かせない。

 

「うふふふ、可愛らしい招待客さんね。幻想飛び交うハロウィンパーティーにようこそ。私はマタ・ハリ。今宵一夜限りのお祭り騒ぎどうか楽しんでくださいませ」

「いけません旦那様!」

「ちょっ!? なに!?」

 

 いきなり目を塞がれた。

 

「ドフォーウ!?」

「ちょ、いきなり何脱いでるんですか!」

「へぇ、こりゃ」

「うーん、マスター、さすがに今回は清姫の方が正しいかも」

 

 ――まずは何があったのかを教えてほしい。

 

「駄目です旦那様、目が穢れます」

「あら、酷い。私こういうのが得意ですのに」

「旦那様の目に毒です。はしたない」

 

 ……とりあえず、何やら女性が脱いでいるらしい。

 

 とりあえず目がつぶれそうな勢いで押さえつけられているので、どうにかしてほしい。

 

 清姫にそれを言う。

 

「駄目です。旦那様はわたくしだけ見ていればいいのです」

「痛いんだけど」

「では、しゃがんでくださいまし」

「……?」

 

 言われた通りしゃがむ。すると手が外されて、視界が確保されたと思ったら。

 

「――!?」

 

 今度は別の何かにふさがれた。やわらかい。

 

「さあ、旦那様はわたくしがお守りします。今のうちにその女性を成敗するのです!」

「え、いや、清姫さん、どうして先輩の頭を抱え込んでいるんですか!?」

「フォーウ、フォーウ!」

「いや、どうしようこれ。あたしじゃ手に負えないかも」

「よし、じゃあ、スパイの姉ちゃんやろうや――」

「あらあら私はそれでもいいわよ」

 

 何やらマタ・ハリと戦っているらしい。どういう状況なんだ。

 

「清姫、頼むから離して」

「駄目です。旦那様には目の毒ですから」

 

 そのまま抱えられたまま城の中に入った。なにもしてない。なにも出来ていない。

 

「清姫――」

「旦那様はなにもせずとも良いのです。良き夫とは、なにもせずに構えておけば良くなすは良妻と決まっているのです。だから、心配せずわたくしに任せてくださいまし。さあ、行きましょう」

 

 ――待ってくれ。

 

 何もしない、何もできない。マスターとしての指示を出すことすら、しなくていい? だったら――だったら、僕にどんな価値があるんだ――。

 

 歩かされ放された時には城の中だった。

 

「先輩? どうかしましたか? 大丈夫ですか? 気分が悪いのならちょうど良い椅子があります。ふかふかです、少し休みますか?」

「あ、ああ、大丈夫だよ。行こう」

「だったら良かったです。やっぱり先輩の指示がないとうまくいきませんから」

 

 ああ。マシュ。愛しいデミ・サーヴァント。

 君がそう言ってくれるだけで、僕は救われる――何かがひび割れる音がしている。

 君がそう言ってくれるだけで、僕は前に進める――何かがひび割れる音がしている。

 君が期待してくれるから、僕は応えようって思えるんだ――何かがひび割れる音がしている。

 君がいてくれるから。

 

「行こう」

 

 城を進む。華やかに飾り付けられた城の廊下を歩いていく。

 

「み、視てください!」

 

 マシュが見つけた。何かを。

 マシュの視線の先にいるのは、いかにもな魔女のような恰好をした女性。フランスで一度会っている。カーミラ。

 世界で最も有名な吸血鬼の名を冠する彼女。成熟したエリザベート。

 

 彼女はどういうわけか掃除をしていた。それも激しく駄目な方法で。

 

「腰が入っていませんわ!」

「ひゃぁっ!?」

 

 何やら可愛らしい悲鳴を上げて飛び上がるカーミラ。どうしよう、やっぱり中身はエリちゃんなんだなと僕は思った。

 フランスの時は必死で気が付かなかったけれど、今はどこか。そうぽんこつっぽい。

 

「み。見たわね、このカーミラの、あまりに陰惨な血の宴を!」

「血の宴要素あったかなぁ」

 

 ドクター、そこは黙っていてあげて。

 

「あ、あったのよ! 見えないところに! 私、担当はトマト料理だから!」

「じゃあ、なんで掃除を? あたしたちが来るからあわててってわけじゃなさそうだけど」

「あの娘に命令されたのよ。あの娘、聖杯持っているから。ああ、忌々しい」

「聖杯!? 聖杯があるのですか!?」

 

 嘘だろ。誰もがそう思った。聖杯。あの聖杯だ。特異点を形成している。全ての現況と言えるアレ。そんなものがこんなところにある。

 カーミラはうなずいた。

 

「嘘だろ」

「じゃなきゃ、私がこんなところでこんなことしているわけないじゃない」

 

 すごい説得力だ。

 

「聖杯がある。それがサーヴァントの願いすら叶える。ふふ、うふふふふふ」

 

 ――やばい。

 

 僕はそう思った。爆弾の導火線に火が付いた。そう確信した。

 

「わたくしが聖杯を手に入れれば――観光気分でしたが気が変わりました。旦那様。この城を陥落させ、聖杯を手に入れます。それでよろしいですね。旦那様?」

 

 どうしよう。それでいいとはひどく言いたくない。

 

「大丈夫。ちゃんとあたしが止めてあげるからね」

 

 ウインクしながらブーディカさんはそう言ってくれた。

 

 ――あなたが神か。

 

「これより、聖杯を手に入れます――転身火生三昧」

「ちょ――」

 

 焔の龍がカーミラを焼き尽くし、進撃を開始する。

 

「やばい、ヤバイヤバイ! マシュ――!」

「はい、先輩!」

 

 マシュに抱えられて清姫を追いかける。

 

「ふむ。人食いの龍か。しかし、ただで通すわけにはいかぬな」

 

 広間に清姫が差し掛かった瞬間、杭が刺し貫く。

 

「く――」

「カーミラを倒しここまで来た。であれば、この悪魔公(ドラクル)ヴラド・ツェペシュと戦うことだ」

「いつになくまっとうな戦士ですわね。通してくださいな」

「なに、余興を飛ばしてはつまらなかろう。何より今、貴様の行動はマスターの望むところではあるまい。それを見ようともせぬのは、まこと狂戦士といったところではある。余とて破綻している身ゆえに強くは言えぬが、それゆえに今更正道になど戻れぬと知るが良い」

「あ、今ちょっとイラッとしました。こう逆鱗に触れられた気がします」

「当然であろう。先も言ったがこれは余興よ。本気でかからねば面白くあるまい。それに役者がそろわねば余興ともいえぬ。観覧者(マスター)、主賓がおらぬところではじめてはせっかくの娯楽も意味を成すまい」

「すごい、先輩あのヴラドさんは正気です!」

 

 追いついて、二人の会話を聞いた感想はマシュとまったく同じだった。

 

「さあ、マスターが来たのであれば始めるとしよう。だが、あまり期待してくれるな詩は苦手でな。余が得意とするのは刺繍でな」

「刺繍? ヴラドさんは刺繍が得意なのですか?」

「うむ。そうだな。少女が望むのであれば後程手ほどきをしよう。主を想う祈りのアップリケはさぞマスターの服に似合うだろう」

「ヴラドさん…………!」

「では、荒事と行こう。盛り上げてくれと頼まれているのでな」

 

 そして、ヴラド公との激しい戦いが始まった。

 

「し、死ぬかと思った――」

 

 容赦なく僕も狙われた。ブーディカさんがいなかったらどうなっていたことか。

 

「ふふ、なに大人げなく本気を出したのであるからな」

「こっちも本気だったよ」

「だが、安心せよ。これより先はまあ、いろいろとあるだろうがそれほどひどいことにはならぬよ」

 

 だからどうか、あの娘の戯れにのってやってくれと彼は言った。優しい父親のような表情で。

 

「吸血鬼と謗られるのは意外に堪えるのでな」

「わかった」

 

 彼の広間に別れを告げて次なる広間に行けば、そこはパーティー会場。いわば食堂とでもいうべき場所だった。

 色とりどりの料理が並べられている。それはどれもこれもおいしそうであった。かぼちゃを使ったたくさんの料理が所狭しとテーブルの上に並べられている。

 

「呼ばれず飛び出ず、それでも飛び出すのがメイドのたしなみだワン!」

 

 脈絡もなく登場するのはタマモキャットだった。

 

「また脈絡もなく登場しましたね」

「褒めるでない蛇娘。その着物で爪をといでも構わないと」

「構います。近寄らないで」

「む、近寄るなとな。つまり、どちらかが死ぬしかないというワケか?」

「よし、待とう話し合おう」

「おお、さすがはご主人(仮)。インテリここに極まれりなのだな。では、対話だな。キャットはニンジンが好きだぞ」

 

 対話しようとして脈絡のない話を始めるのはやめてほしかったけれど、とりあえず話はできそうなので安心する。

 

「さあ、動いておなか減ったご主人(仮)。たらふく食べるである。キャットはそのためにここにいるのである。あ、ただし、一つだけご主人が作ったのが混ざっているのだワン!」

 

 いや、安心できないロシアンルーレットだった。

 

「先輩、どうしましょう。わかりません!」

「あー。マシュ多分大丈夫」

 

 あからさまに赤いのがあるから多分それだと思う。

 

「あ、言い忘れていたゾ。実は失敗作も混じっているのだワン!」

 

 よし、帰ろう。

 

「あ、待ってのだご主人(仮)。さすがにこのままじゃなんか話が進まないっぽいのでもうゴールに案内してもいいぞ?」

「よろしく」

「では、こっちだワン!」

 

 キャットに案内されたのは――、

 

「はい、オレの、部屋?」

 

 僕の部屋だった。ただ変わり果てた姿になっている。

 カボチャやらなんやらハロウィンっぽい部屋になっている。いろいろありすぎて足の踏み場がない。

 

 

「ふふ、来たわね子イヌ! どう、私のコーデ! アナタたちが戦っている間に聖杯でチョチョイと改装させてもらったわ! どう驚いた?!」

「――――」

「先輩! 大変ですドクター! 先輩があまりの光景に立ったまま気絶を!」

「自分の憩いの空間がこんなけったいなことになってりゃそりゃ誰でもこうなるわな」

「クー・フーリンさん、そう言っている場合じゃないですよ。先輩、先輩!」

「――はっ!」

 

 意識が飛んでいた。何があったんだろう。ああ、そういえば部屋が――。

 

「オレの、部屋――」

「え、ちょっと、そこは泣いて喜ぶところじゃないの!?」

「いやー、さすがに自分の憩いの部屋が知らぬ間にこんなになってたらさすがのあたしでも喜べないかな」

「えー!?」

 

 激しくブーディカさんに同意した。

 

「で、ドラバカ」

「ドラバカ!?」

「ええ、ドラバカ、何が目的なのでしょう。なんで、わたくしたちは戦わされたのでしょうか」

「ほよ、目的? そんなの決まっているじゃない。激しい戦いを繰り広げてきたでしょう」

「まあ」

「疲れてるでしょう」

「…………」

「そんなアナタたちがたどり着いたのは、永遠の楽園! つまり、ね。子イヌの為に部屋で歌うワンナイトコンサート! (アタシ)歌うのよ! どう感激でしょ」

 

 開いた口がふさがらない。というか聖杯をそんなことに使っていたのかとみんな思う。

 

「さあ、行くわよ、(アタシ)の本気を聞きなさぁああい!」

 

 そして、僕の意識は、

 

「ちょっと、ご主人(仮)がさっきからすごい痙攣してるぞ」

「ま、マスターーー!?」

 

 ――吹っ飛んだ――。

 

 




今回は(前回に比べて)癒しでした。

このあとアンコールまで聞かされたぐだ男はそのまま幸せそうに寝ていたとか(エリザベート視点)
あれはヤバイ痙攣だったのだ。このキャットがブレてまともになってしまうくらいにやばい痙攣だったのだワン!

あのあとはエリザベートが加入。大切に育ててねとか言っているのは変わりません。

さて、次は三章。皆さん大好きヘラクレスとの鬼ごっこが待っている。
理不尽な女神もいてぐだ男の精神は果たして持つのだろうか。

まあ、何があろうとも変わらずゆっくりとやすりで削っていきます。
では、また次回。

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