Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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第二特異点 永続狂気帝国 セプテム
永続狂気帝国 セプテム


「よく眠れましたか、先輩?」

 

 あの日、彼女は僕にそういった。

 

「それなりに」

 

 僕はそう答えた。

 

「そうなんですか? 先輩、休息は可能な限りしっかり取ってください」

 

 わかっているよと、僕はそう答えた。

 

「それから、その何か夢をみましたか?」

 

 特に何も。僕はそう答える。彼女は安堵した様子だった。

 彼女はどういうわけか僕に夢を見られるのが困るらしい。

 

 ――大丈夫だよマシュ。

 

 可愛い可愛い僕のデミ・サーヴァント。君の心配は杞憂だ。

 休息なんてものはとれていない。

 

 清姫の夜這いに悪夢だ。

 眠れるのは朝が来る少し前に少しだけ。

 眠れない、眠っても悪夢がやってくる。死がやって来る。別れがやってくる。

 悲しいそれは耐えられないほどではない。

 悲しいけれど、辛いけれどそれでも前に進むと決めたから。それだけでは耐えられないほどではない。

 

 耐えられないのは手を伸ばしても届かないこと。

 いくら手を伸ばしても届かない。救えない。

 それが何よりも苦痛だった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 特異点を巡る旅は続き、二つ目の特異点を修復した。

 第二の特異点はローマだった。狂気渦巻く異形なりし歴史を刻むローマ帝国で、僕らは戦った――。

 

 第一特異点と比べてこの第二特異点は戦いはまた大きく異なっていた。あちらはまさに異形戦争。ワイバーンが飛び交いサーヴァントが襲い来る。

 だが、このローマは違った。人と人の戦争だった。真なるローマ帝国と偽りのローマ帝国の戦い。

 偽りなりし歴史の中で、実現したローマの始祖との闘い。

 

 断言する。フランスよりも厳しい戦いだった。相手は人間だった。戦ったのはマシュたちサーヴァントでも、戦えと指示を出したのは僕だ。

 なるべく死なないようにしたが、それ以外の戦いではそうもいかない。殺さなければ殺される。ローマ兵たちの死がそこにはあった。

 

 圧倒的なサーヴァントの力が大軍を蹴散らしていく。英雄とはそういうものだということを見せつけられた。

 一人殺せば殺人者で百万人殺せば英雄となる。数が殺害を神聖化して人を英雄へと祭り上げていく。英雄とはつまるところそういう存在だ。

 輝かしい歴史を持つ英雄は、そういうものだとこのときはじめて理解した。そして、その重みを感じた。サーヴァントとして従ってくれる彼らの重みを。

 

 背負わなければいけない。彼らの行うこと。彼らがなすこと。その責任を背負わなければいけない。

 だって、僕はマスターだから。

 最後のマスター。48番目。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「ん、ああ、大丈夫だよマシュ」

 

 マシュ。可愛い可愛いマシュ。僕のデミ・サーヴァント。

 それでも得たものはあった。あの営みを守れた。だから大丈夫。

 

 栄光なりしローマ帝国。その都の営みを覚えている。

 皇帝ネロが治めた輝かしきローマ帝国の黄金の輝きを僕は覚えている。

 たくさんの死や別れがあった。けれど、そう、けれど――確かにローマ帝国に暮らしていた人々の生活を確かに守ることができたのだ。

 

「だから、大丈夫だ」

「先輩?」

「ん、なんでもない。さて、疲れたし、部屋に戻るよ」

「はい先輩、おやすみなさい。夜更かしは駄目ですよ?」

「わかってるって」

 

 そういって部屋(マイルーム)に戻る。

 誰もいないことを確認して、ベッドへと倒れこむ。

 

「はは――なんとかなった」

 

 なんとかなった。今回も、どうにか。

 

 辛く厳しい戦いだった。激しい戦いだ。何度も死にそうな目にあった。

 それでも、彼女はマシュ僕には言った。楽しい旅だったと。

 

「楽しい、か――」

 

 華やかな彼女、賑やかな彼女。偉大なりしローマ帝国をおさめる皇帝陛下

 ネロ・クラウディウス。

 僕らの旅に同行してくれた可愛らしい陛下。

 客将というだけでなく、友としてともに在れたことをいつまでも覚えていよう。

 その誇りがあればきっと僕は進める。

 

「でも、それもなかったことになる」

 

 それだけが心残りだった。修正された特異点の記憶は僕ら以外には残らない。

 あの瞬間の彼女の顔を覚えている。寂しそうに笑っていた。

 あの瞬間だけは、彼女は一人だった。

 

「寂しいな、それはやっぱり」

 

 楽しい旅だった。

 そう今は思う。そう思う。思い続ける。

 その裏にあるものを見ないように目を背けて。

 

 それを見てしまえばきっと僕は壊れてしまう。

 永続なりし狂気の帝国。

 そこにあったのは戦だ。

 暗く辛い戦だ。

 

 華々しい皇帝に彩られた帝国の暗部には確かに暗がりがある。むしろ華が輝くほどにその暗がりは大きくなる。それが彼の戦いだったといえる。

 その事実を見てはいけない。

 その事実を残してはいけない。

 その事実はなかったこと。

 

 誰かが死んだことも、誰かが悲しんだことも。全てはなかったことだから。

 楽しい旅とふたをして今は前に進もう。

 それだけが48番目にして世界最後のマスターとしてできること。

 

「――――」

 

 何かがひび割れる音が聞こえた。

 

 ――僕は聞こえないふりをする。

 

 ――気が付くとそこは暗がりだった。

 

 それが夢だとすぐに気が付く。夢の最後。そこは暗がり。

 

 カルデアでもなく、特異点でもない。

 どこかの暗がり。必死に前に進む泥のような、あるいは沼のような感覚を引きずって僕はただ前に進む。

 それ以外にやるべきことがないから。

 それ以外にできることがないから。

 

 一歩進むたびに杭が突き刺さるかのような痛みが走る。そのたびに、ここで歩むのをやめてしまおうと思う。

 辛く苦しいことは嫌だ。だって、そうだろう。誰でも辛いことや痛いことは嫌だ。

 けれど、これは僕にしかできない。

 選ばれたマスターたちは重症でコールドスリープしていなければ死んでしまう。

 

 ほかにマスターとなれる者はおらず、サーヴァントにはマスターが必要。

 選択肢など初めからない。僕がやらなければ世界は滅ぶ。

 ゆっくりとカルデアもまた滅びへと向かうのだ。

 

 だから、前に進む。

 一歩。

 杭が身体を貫く。

 一歩。

 杭が身体を貫く。

 

 痛みで心が張り裂けそうになる。

 痛みで身体が動くことをやめそうになる。

 心がやめていいんじゃないかと叫びだす。

 身体がそれに従ってしまいそうになる。

 

 けれど、けれど――。

 

 ――僕は歩みを止めない。

 

 なぜなら、痛みに貫かれるたびに、彼女の顔が見えるのだ。

 

 マシュ。マシュ・キリエライト

 可愛い可愛いデミ・サーヴァント。愛すべき僕の健気な後輩。

 

 彼女の笑顔が見えるのだ。声が聞こえるのだ。

 

 ――先輩。

 

 そうただの一言。笑顔で僕を先輩と呼ぶ彼女が見えるのだ。

 

 だから、僕は前に進む。

 僕の目の前には門が見える。

 どこでもない。どこか世界のはざまに存在するという■の国の門。

 それが何かはわからない。

 

 黄金でない瞳では。碩学ならぬ身では。神ならぬ身では。

 

 けれど、それに触れなければ、それに届かなければと思う。救うべきものがそこにあるのだと誰かが言っているような気がしたから。

 

「まったく無茶をする」

 

 誰かの声が響く。

 

「そうまでしておまえになんの得がある」

 

 誰かの声。女の人の声。若くされど老成したような。

 

「ない」

「ほう、ないか。ではなぜそうまでして進む」

「諦めたく、ない」

 

 諦めたくない。だから手を伸ばす。

 

 けれど――。

 

 ――届かない。

 

 この場所からでは。僕の手では届かない。それがたまらなく苦しい。

 もっと進まなければ。

 そう思って一歩踏み出す。

 痛みが突き刺さる。

 

 止まりそうになるたびに愛しいあの子の姿を見ながら前へと進む。

 

 その間、ずっと何かがひび割れる音が響いていた――。

 

「――旦那様(ますたぁ)

 

 ――目を覚ますと、甘い声が聞こえてくる。

 

 甘えるような甘酸っぱい果実の声。女の声。少女の声。

 華のような少女の匂いが鼻腔をくすぐる。音を拾い始めた耳は衣擦れの音を感じ取り、僕の上にいる誰かを感覚する。

 

「――清姫」

「はい、旦那様」

 

 電気が付いたままの自室(マイルーム)。時計を見ればいつの間にか眠ってからさほど時間は経っていないようだった。

 叫びださなくてよかった。そう思う。

 

「顔が近いよ」

「近づけていますから当然です」

「……そう。それで、何か用?」

「旦那様と常に在ることこそ良妻」

「――つまり理由はない? ごめん、今は少し疲れているんだ。だから」

「いえ、いいえ、旦那様。旦那様がお疲れなのはわたくしも理解しています。ですが、お食事をとらぬまま寝るのはいかがなものでしょう。疲労を癒すにも食事は欠かせぬはず」

 

 彼女の言うことも一理あった。

 

「腕によりをかけておつくりしました夕餉をどうか召し上がってくださいまし」

「わかった。食堂に行くよ」

 

 なら行こう。せっかく用意してくれているというのであればそれを無駄にさせるのは駄目だろう。

 

 いつものように彼女は後ろをついてくる。

 

「ああ、やっと来たね。おそいよ君」

 

 食堂に入るとエプロンを付けたブーディカさんがめっというようにつんと額をつついて来た。

 

「すみませんブーディカさん」

 

 ブーディカさん。ライダーとして新しく加わったサーヴァント。僕らの新しい仲間。やさしいお姉さん。

 ローマでもお世話になった人だった。

 

「今日は清姫とあたしでいっぱい作ったからいくらでも食べていいからねー」

「おう、もう食ってるぜ」

 

 そう返すのはとっくに食堂で自分に割り振られた分に食らいついているキャスターのクー・フーリン。

 

「いや、うめえうめえ。龍の嬢ちゃんの方はわかってたが、あんたも相当だな」

「ありがと。でも、マスターより先に食べるサーヴァントがいるかな」

「いいじゃねえの。マスターもこれくらい気にしないだろ」

「よし、燃やしていいよ清姫」

「はい、では」

「いや待てオイ!」

 

 先に食べていたクー・フーリンはおいておいて、席に着く。隣にはマシュが座っていた。

 

「やあマシュ」

「すごいですよ先輩、今日はとても豪勢です」

「そうだね」

 

 清姫とブーディカさんが作った料理はすごい豪勢だ。

 みんな揃って食べ始める。

 

「さあ、旦那様あーん」

 

 いつものように清姫が隣から食べ物を差し出してくる。

 微動だにしないそれにため息を軽く吐いてから食べる。

 

「うん、おいしい」

 

 好みドストライクの味。

 

「はい、当然です。マスターに合わせて作りましたから」

「うん、ありがとう」

 

 正直怖い。

 いつも間にか全ての好みが把握されている。恐怖だった。

 

「先輩、こちらもどうぞ。じつはブーディカさんに教わりながらつくったんです」

 

 そういって隣からマシュも料理を差し出してくる。

 背後に感じる無言の圧力に気が付かないふりをしながらマシュのも食べる。

 

「うん、おいしいよマシュ」

「ありがとうございます!」

 

 次はまた清姫が、と落ち着く間もなく食事は続く。一瞬でも気を抜けば焼かれかねない緊張感の中で食事は驚くほど味がしなかった。

 

「ふぅ」

 

 風呂場でも清姫の乱入などで落ち着く暇などなく、ようやく落ち着いたのは深夜を回ったくらいだった。明け方まで数時間。

 眠らなければと思うが、眠れそうにない。

 

「何か飲むか」

 

 喉が渇いたから食堂に何か飲み物を探しに行く。

 

「あれ?」

 

 食堂に明かりがついていた。まさか清姫か? と警戒しながら中をの覗くと、

 

「ブーディカさん?」

「ん、ああ、君かどうしたんだい?」

「どうしたんだいって、それはこっちのセリフなんですけど」

「あたしは、明日の下ごしらえかな。あと君がそろそろ来るんじゃないかと思ってホットミルクを用意していたんだよ」

 

 暖められたミルクが差し出される。

 

「ありがとうございます」

 

 それはとても甘い味がした。

 

「ん、いいよ。眠れそう?」

「どうでしょう」

「それなら少し部屋に戻ってお姉さんとお話ししよっか」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 マスター。君。

 頑張り屋の男の子。

 世界最後のマスターになってしまった子。

 

 清姫に追いかけられてどうにか逃げて、そろそろ来るかなと思って待っていたらやっぱり来た。

 疲れた様子で、でもそれを悟られまいとしている。

 だからあたしは何も聞かずに子供が眠るときに飲むホットミルクを差し出した。すこしだけはちみつの入った甘い特製。

 

 それを飲んでから部屋に戻って、そこで話をする。そのまま眠ってしまえるから。

 

「それで何の話を?」

「ほら、あたしって来たばかりだし、マスターの好きなものとか、あたしの好きなもの、嫌いなものとかお話ししようかなって。お互いを知ることは大事でしょ?」

「そうですね。お互いを知ることは大事です」

「なら決まり。それじゃあ、まずは好きなものから」

「そうですね――」

 

 関係のない話。彼はいぶかし気に思っているだろう。

 けれどそれでいいのだ。少なくともこういう話をしている間は辛い戦いのことなんて考えなくて済むはずだから。

 

「あたしは、空と大地と、人のつながり。あとは美味しいご飯があればさいこーっ! かな。君の嫌いなものは?」

「あまりないです」

「あたしとおんなじだね。でもしいて言うなら、ローマだけは好きになれないかな」

 

 あたしから全てを奪っていったローマ。思うことがないといえば嘘になる。けれど、人類史を守る。そのために今は忘れる。

 

「…………」

「ああ、もうそんな顔しないの。あたしは大丈夫だよー」

 

 それでも君は、優しい君は心配してくれるんだね。

 だからあたしはこう言おう

 

「君、いい奴だよね」

「はい? どこが?」

「どこがって? そりゃ、こんな大変な戦いに参加してる。一般人って聞いたよ。それなのにあんなに必死に、あんなに一生懸命に。だけじゃなく、あたしみたいな地味ーなサーヴァントに付き合ってくれてるでしょ? 心配もしてくれる」

「当たり前ですよ」

 

 当たり前。その当たり前が難しいんだよ。

 だから、あたしはこう言おう。

 

「無理、してない?」

 

 きっと君は無理をしている。

 

「…………ええ、もちろん」

 

 ほら、だって君は必死にそういわないようにしているから。

 

「……そっか」

 

 だから、あたしは何も言えなくなってしまう。

 必死に、必死に、マスターであろうとする君。小さくて弱くてけれど誰よりも強い君。

 その決意に、その覚悟に、あたしは何も言えない。言いたくない。

 

 君の心がひび割れる音が聞こえているのに、君は聞こえないふりをする。

 それはとても悲しいこと。いつか壊れてしまうかもしれない。

 でも、君はそれでも前に進むんだね。

 

「わかった。でも、何かしてほしいことがあったらいうんだよ。あたしにできることなら何でもするから。遠慮しなくていいんだよ。よし、じゃあまずは子守歌を歌ってあげよう。君が眠れるようにね」

 

 だから、あたしは精一杯君を支えよう。君が辛くなって壊れそうなときは、この胸を貸してあげる。

 今は子守歌を。

 

 眠れていない君に安らかな眠りを――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ブーディカさんの歌が響く。歌が響く。

 

 彼女の言葉に、全てを吐き出しそうになった。

 彼女は優しい。誰よりも優しい女王様。

 

 それでも、僕は差し出されたその手を取らなかった。

 きっと、そうすれば何もできなくなってしまう。良いよって言われたら、もうだめだ。

 僕は弱い。それはよくわかっている。

 

 それでもやるしかないから前に進めている。そうでないのなら僕はきっと前に進めていない。

 人は楽な方へ苦しくない方へ行く生き物だから。

 僕はサーヴァントたちのように強くない。選ばれたマスターたちのように覚悟もないから。

 甘えたらきっと前に進めないから。

 

 ――何かがひび割れる音が響く。

 

 けれど、それに混じってブーディカさんの子守歌が聞こえる。

 すぅっと耳に響く声。

 安心する。ベッドに入った僕の手を握って、ぽんぽんと子守歌とともに幼い子にするように。

 

 すぅっといつの間にか眠りへと落ちていた。

 夢は見なかった。望んでいた眠り、癒しがそこにはあった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ん、寝ちゃったね」

 

 眠った君の顔はとても安らかだ。きっとずいぶんと眠れていなかったんだろう。

 

「さて、あたしも――」

 

 部屋を出ようと思ったらずっと手が握られている。

 まるでいかないでというように。

 

「ふふ、もー、子供なんだから」

 

 おやすみマスター。良い夢を。君が目覚めるまでここにいてあげるからね。

 




ブーディカ姉に溺れたい。

徐々に、徐々に、ゆっくりと。
壊れていけ、磨耗していけ。

さて、次回は月見か、三章か、ハロウィンかなぁ。
意外にも好評なようでびっくりです。

で、決定、月見やります。ギャグです。でもぐだの心労はマシマシでいきます。
それから、出してほしいサーヴァントなどありましたら活動報告の方に言ってもらえると助かります。

ではまた次回。

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