帰らずの密林へと足を踏み入れた、オレたちを迎えたのは、尋常ではない蒸し暑さだった。
足を吹見れた途端に空気が変わった。いや、これは世界が変わったと言ってもいいのかもしれない。それほどまでに変化は急激だった。
広がる密林。空を見上げても青空は見えない。樹木が天を覆っている。かろうじて見える青は、遠く離れているようにも感じた。
何より暑い。蒸し暑い。戦闘があるからと、着こんできたのが、間違いだったと後悔してきた。少なくとも、いくら防御術式を付与されているからと言ってインバネスに帽子なんて完全装備するのはバカだった。
いや、一応、空調系術式とかついているのだが、それでもこの蒸し暑さはいかんともしがたい。
「蒸し暑い、蝿が多い、歩きにくい! しかも、なんだこれ、凄まじいエーテル濃度だ。ブリテン島が可愛いレベルだよ」
『こっちの観測機も全然だね。これはこの前のエジプト領と同じみたいだ』
『さしものダ・ヴィンチちゃんでも、観測機器がつかえないんじゃぁ、お手上げだにゃー』
この樹木さえどうにかすればなんとかなるかもしれないが、この密林がどれだけ広いのかもわからなければ、難しいだろう。
「先輩、大丈夫ですか? お水は要りますか?」
「ああ、うん貰うよ。ありがとう」
「クロさんは大丈夫ですか?」
「平気よ」
「清姫さんは」
「暑いですが、そこはそれ、ますたぁの為にも今変化で、どうにか冷たい蛇になれないかと試し中です」
「出来るんですか?」
「思いこめば不可能はありません。なによりますたぁの為なら、と燃えております」
逆にそれじゃあ、駄目なんじゃとか思ったけれど言わないとして。
「この先にいる人たちは大丈夫だろうか」
「さて、この先に何がいるにしろ、女神がいるのならば、腕が鳴るわ」
スカサハ師匠がいつぞやの水着姿になっている。暑いんですね。
「む、どうした、そんな恨めしそうな顔をして。儂に欲情でもしたか?」
「まあ、そんな感じです」
「ふむ、清姫?」
「ぎるてぃ、というわけで接吻ですね!」
「え、いや、なんで!?」
いかん、あまりの暑さにゆだっている。いかんいかん、冷静にな成るんだ。
「むゅー」
あれ、なんかキスされてません? おかしいなー……。
「先輩!?」
「キャー、ふけつだわ!?」
「はっはっは、みんな暑いのに元気だねー、羨ましいよ!!」
「そーだそーだー。マスターだけズルイぞー」
「やめとけよ、あれはマスターだからできる芸当で全裸と花野郎がしたら死ぬだけだぞ」
「だから全裸じゃないよ!?」
うーむ、賑やか賑やか。
「あぁ、ますたぁとのせっぷん、もう死んでいいです」
「いや、頼むから生きててね。君が必要なんだから」
「かはっ」
「清姫が死んだー!?」
うむ、あまりの暑さになんかだ頭が働かないなぁ。
「うむ、いかんなこれはいかん。というわけで、弟子」
「オレがやんのかよ、師匠がやったらどうだ?」
「儂がやり続けてはまたスカサハ師匠かよと言われてしまうだろう」
「誰にだよ……。わかった刻んでくんよ」
暑さ緩和のルーンで 思考を清浄化する。
「なにやらすごい酷い状態だった気がする」
「とても幸せだった気がします!」
ともあれ、唐突な色ボケも終わったところで、密林を進む。険しい密林ではあるが、どうにも違和感がある。オレは、魔獣戦線というか今現在のこの時代の様子との差異を明確に感じ取っていた。
魔獣がいないのだ。いや、いないというわけではない。現に、ここを進み始めてからは陽っきりになしにキメラやら狼男のようなものやらに襲われている。
だが、いないと断言する。より正確にいうならば、絶対魔獣戦線にてこの世界を脅かしている、ティアマトの子供たちであるところの十一の魔獣がここにはいないのだ。
「それはそうだろうね」
「マーリンは何かわかるの?」
「まあ、詳しくはわからないけれど、ここのエーテル濃度はかつてのブリテン島が可愛いくらいの濃度でね。完全に神話体系が違う」
「ああ、そういうことか」
やはりエジプト領と同じということだ。完全に異なる時代の異なる法則がここに展開されているということ。この密林ということは。
「南米かなぁ」
密林で思い浮かんだのがアマゾンという安直な結び付けだが、直感はそれが正解だと言っている。
南米の神話体系で女神。該当する奴らが多すぎるからもう少し絞る情報がほしいところではある。それもこれもこのまま先に進みウルにたどりつければわかると良いが。
「しかし、これはガイドがほしいね! ガイド、ガイドはいないのかい? 密林というからには、現地人ガイドが必要だろう。カルデアTVのふしぎ発見番組で見たよ」
「現地ガイドですか。先輩、どこかで現地人は見ましたか? ダビデさんがガイドをご所望らしく」
「そんなのがいたら何がなんでも雇うよ」
などといるわけないと言ったわけだが――。
「ヘーイ、良い心がけだなメェーン! ジャングルを征くならばガイドは必須、ガイド失くして明日はない! それこそが、ジャングル。密林なめんな! そうそれこそがジャンゴークルーズ!」
何やら意味不明な言葉が響いた。それは樹上から響いた。
「マスター! 姿は見えませんが、どうやら樹上を高速で移動しているようです!」
「わかってる!」
どこにいる。感じられる気配がわけわからん、なんだこれ。意味わからん。
「そこか」
よって、ここは式の第六感頼り。彼女が、ナイフを一閃すれば、木々が倒れ、上から落っこちてくるなぞの、なぞの――。
「あー! せっかく颯爽登場しようと向上考えながら移動していたというのに! なにをするだァー!」
「え、なに、あれ……」
女性なのだろうが、着ぐるみを着ている。トラ?
「うん、多分バカだと思うよ」
「誰がカバだ、なぜどいつもこいつも私をカバと例える!」
「うわー、バカよ、バカがいるわ。それも売れないアイドルのアルバイトみたいな格好してる……」
「フッ、よくわかったな、私こそが密林のアイドゥ、えーっと、なんだっけ、誰だっけ。なんというか、そう直感的に本質を言えと言われると、迷うというか。美人であるところは間違いないんだけど」
まったくもって謎の存在は、意味不明なことを口走っている。だが――。
「やばいな、これ……」
ふざけているが、霊基的にはまったくもっておふざけなしとはどういう了見だこれ。完全に、こいつは、神霊だ。
「って、クロ!?」
「うそでしょ……いや、本当、勘弁してほしいわ……」
地面に膝ついて両手を地面について打ちひしがれている。何やら目にハイライトがないというか、目が死んでるんですが、なに、どうしたのなにがあったの!?
すさまじい大ダメージだ。これはもうクロは戦えないかもしれない。とりあえず、そのままにしておくのはマズイのでこっちで抱える。
走って逃げることもあるかもしれないから。そのまま謎の彼女に話しかける。
「おま――あなたが、この密林の主か」
「おーう、ボーイ、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。なにせ、私は、ジャガー。そう、誰もが畏れるジャガー」
トラの間違いでは――と反射的に突っ込みそうになったが辛うじてとどめる。下手に戦うとどうなるかわかったものじゃない。
こいつは、強い。それに、どうやら周囲の茂みの中にいるわいるわのキメラどもからワーウルフ。密林の敵大集合。
どうやら完全にこちらを包囲している。
「ゆえに、行くぞ! 一年間温めたキャッチコピーをいざ! 最強の虎ここに降臨! もうタイガーとは言わせない!」
バーンという効果音が聞こえそうなほどのドヤ顔で言ってのけた。さっきジャガーとか言ったくせに虎っていってるよ、どっちなんだよ。
などとそんなことはもうどうでもよく――。
気配が変わった。もはやここは戦場。戦うと息まいた獣が襲ってくる前兆。張り詰めた糸がちぎれそうだった。
「指示を――指示を下さい。早く! ウル市の冷たい水が待っています」
アナの言葉が糸を切った。
「ほう、来るなら来いチビッコ。ジャガーの戦士、ジャガーマンはどんな奴の挑戦でも受ける!」
ジャガーマン。
中南米に伝わる古き神霊の一柱。
ジャガーとはすなわち「戦い」と「死」を象徴し、各時代の中南米文明で永く崇められている存在であり、過去にはたびたび地上に姿を見せたという。
本気でやらなければヤバイ。
一斉に、獣が茂みから飛び出し、乱戦が始まった。
「アナ!」
「わかっています!!」
「にゃははははははは――!!」
まずは樹上。
機動力と地の利を生かした超高速戦闘機動のジャガーマンが樹上を疾走している。手にもった玩具なのか槍なのかわからない武器で穴と空中戦を演じる。
その技量、ふざけた言動とはくらべものにならない。なにより、ステータスも高い。なんだそれ、ふざけてるのかレベルで隙が無い。
援護しようにも樹上を縦横無尽に駆け回り、地上に降りて無作為にこちらに攻撃を仕掛けてくる。
「ふざけているのに、この強さ――」
「アナ!」
「だい、じょうぶ、です!!」
振るわれる不死殺しの槍は、されどジャガーマンを貫くには届かない。
「にゃははははは、そう焦るな、焦るとほら、アレ、アレだよアレ」
なにやら慣用句を引き出したかったらしいが、出てこないらしい。
「カリバーン!!」
「おーう! グレイズグレイズ」
不意打ちで放ったカリバーンですら、簡単に避けられてしまう。なんという機動性。密林では勝ち目がなさそうだ。
何よりあの無軌道。いつかのキャットを見ているかのようだ。
「だったら――」
全部予測してやる。
「おーう、嫌な雲行きだったらまずは、キミねらーい」
「っ――!」
「マスター!!」
「式――!!」
「おう、降りてきてくれて助かる」
オレへのジャガーマンへの攻撃を式が防ぐ。
「おーう、その目はヤバーイとジャガーシックスセンス、略してジャガンスが言っている! ヤバイと! だいたい直死ってチートすぎると思うんだけど、その辺どうなんだって話だよ」
「さあ、ね!!」
振りぬいたナイフの一線。されど、それを躱してジャガーは再び跳ぼうとする。
「逃がすなリリィ!」
「はい!」
さらに背後からリリィが強襲。
「おっとぉい! マスターがいると厄介だにゃー」
「どこぞの神霊か、腕がなる――」
さらに、ジャガーに参戦するのはザコを狩りつくしたスカサハ。
「滾るわ! 欲求不満でな、少々付き合ってもらうぞ!」
振るわれる槍二連。連続する技の接続に淀みはなく、技巧の活かされていない場所などありはしない。されど、それはジャガーマンも同じだった。
振るわれる槍の突き、払いで打ち落とし、そのまま突きへ。スカサハがそれを払い落とせば薙ぎへと。技巧比べが続く。
「はっはっは、本来の霊基とマスターの枷があるなかで、どこまでやれるかな!」
「余裕そうじゃのう。ならばもう少しギアをあげるとしよう」
「にゃっはっは、無駄無駄無駄ァ!」
大喝破が響き渡る。それはジャガーの咆哮。さらにあふれ出す軍勢。
「さあ、ここまで来るが良い勇者よ!」
その背後に跳んで魔王みたいなことを言い出した。
「待てー!」
「リリィ深追いするな!」
「もらった―!」
ジャガーマンを追おうとしたリリィに向って隠れていたキメラの軍勢が飛び出してきた。更に、飛び出してきたジャガーマン。キメラに対応すればジャガーマンにやられる。
ジャガーマンに対応すればキメラにやられる。迷っている間に、やられる。
「ノッブ!」
「厄介な織田ノッブは封じさせてもらうぜェ!」
咆哮一つで、現れる魔獣の軍勢。
「チィ――」
これでは届かない。
「ダビデは!」
遠い。そこからでは――。
「あっ――」
「――チッ!」
リリィのピンチを救ったのは式だった。襟首をつかんで投げ飛ばし場所を入れ替わる。
「式!」
「式さん!」
「ホント、いい迷惑……」
ジャガーマンの一撃を受けて、式がキメラの軍勢に飲み込まれた。消失を感じる――。
「くそ!」
「――――!!」
「おおっとおぉ!」
勝ち誇っていたジャガーマンに頭上からアナの一撃が降り注ぐ。がっちりとマーリンの強力な強化魔術を受けた一撃が叩き込まれた。
「よし、だいたい分かった。オマエタチウマソウダナ」
一瞬にして、樹上に跳躍し撤退していった。一番厄介な式を潰した途端、こちらを押し込めたというのに撤退。ふざけているが、戦闘に関してはふざけていない。
「くそ……」
完全にこちらの敗北だ。
「すみません……わたしが、抑えられなかったから……」
「いいえ、わたしが、突っ込んだせいで……」
「いや、アナのせいでもリリィのせいでもない。オレが未熟なだけだ」
もっとうまくやれたはずだった。甘かったのだ。勝てると思い込んでいた。それが間違いだった。今まで勝ってきたからこそ、調子に乗っていたのだ。
勝てるだろう。そう思ってしまった。
「この代償は、必ず払ってもらうぞ」
次は勝つ。
そう誓い、オレたちはウルへと行きついた――。
式、脱落。
いや、ここプレイしててガチで式やられて焦った場所です。ぐだ男の内心はたぶんほとんど私と同じ。
勝てると思ってた。そしたら、強くて勝てなかった……。
ここから油断を捨てました。
配布縛りガチ編成で行きました。絆上げ礼装つけてる場合じゃなかったんだ……。
あとは宣伝ですが。
私、カクヨムさんの方で、太陽堕としの迷宮踏破という小説を連載はじめました。
これはコンテストにも出している作品でして、よければ読んで応援コメントやらレビューなどいただければと思います。
書籍化したいぜ……。下のURLから行けます。よろしくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883312325