Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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邪竜百年戦争 オルレアン 9

 息が止まるかのような攻防。手に汗握るほどの熱狂。狂気。戦場の狂騒はあらゆる全てを飲み込んで、血が舞う、肉がはじけ飛ぶ。

 その果てに、ファヴニールがついに地に倒れ伏した。

 

「すごい……」

 

 これが英雄。これが英霊。これがサーヴァント。人智を超えた戦い。つくづくマスターのちっぽけさを思い知らされる。

 それでもなるしかないのだ。彼らを率いるマスターに。

 

「あとは、黒ジャンヌだけだ!」

「く――」

「お引き下さい、ジャンヌ!!」

「ジル――!」

「ジル!? っ、待ちなさい!」

 

 逃げる黒ジャンヌを追う。彼女を倒せば、終わりだ。

 

「マスター、ここは俺たちに任せて先に行け。エリザベートと清姫を連れていけ――」

 

 ――ああ、耳が痛いし、敵味方関係なく炎吐くもんね……。

 

 正直、ここに残していきたい筆頭のサーヴァントだ。でも、ここは大事だ。フランスの人々を救うためにも、彼らには頑張ってもらわなければならない。

 

「なんで(アタシ)たち?」

「まあ、言われずともついて行きますが」

 

 理由をいうわけにもいかないので。

 

「行くぞ、二人とも!」

 

 二人を連れて強引にジャンヌと共に黒ジャンヌを追う。遅れてしまえば、また新たなサーヴァントが呼ばれてしまう。

 だが、あまりにも血なまぐさい。生々しい血の跡が足の歩みを遅くさせる。

 

「――おやおや、お久しぶりですな」

 

 さらに、僕らの足を止める者が現れる。それは黒ジャンヌにジルと呼ばれていた男だ。気味の悪い男だった。本を手にした、ぎょろりとした目をした男。

 笑みを浮かべた男は、心底こちらを歓迎したようであるが、底冷えするような悪寒が床から昇ってくる。戦いの熱狂はここにはなく、冷徹の冷気が昇ってくる。

 

「本当に、ここまで来るとは、正直申し上げまして、感服いたしました。――しかし、しかしだ! 聖女とその仲間たちよ! 何故、私の邪魔をする!? なぜ私の世界に踏み入り、ジャンヌ・ダルクを殺そうとする!!」

「――その点に関して、私は一つ、質問があるのです。彼女は、本当に、私ですか?」

「……何と、なんという、暴言! 彼女こそ、あなたの闇に他ならない――!」

 

 ゆえに死に絶えろ、死に絶えろ、死に絶えろ。

 現れる異形。正気を内側から削ってくる異形の怪物が迫りくる。

 だが、弱い。数は多いが、サーヴァントほどではない。

 

「清姫」

「汚らわしいですが――わかりました」

 

 清姫の炎が異形の怪物を焼き払う。

 

「おのれ、おのれ、おのれ! 盟友プレラーティよ! 我に力を!」

 

 焼き払った先でジル・ド・レェがこちらに向かってくる。

 

「ただのキャスターなんぞ、敵じゃねえ!」

 

 数はこちらが圧倒的に上、異形など敵ではない。

 

「マスター、ここはオレとこいつらで押さえる。先に行って、本丸を叩いて来い!」

「クー・フーリンさん。わかりました! 行きましょう!!」

「ジャンヌ!」

「はい、行きます!」

 

 ジル・ド・レェをクー・フーリンたちに任せて、僕らは竜の魔女の下へ向かう。邪魔はもういない。これでこの戦いが終わると信じて、玉座へと急いだ――。

 

「――思ったよりも早かったですね……術式を組み替える暇もありませんか。ジルは足止め――まあいいです。こちらも準備はできています」

「……貴女に伝えるべきことを伝えろ――これは、マリーの言葉です」

 

 ジャンヌは伝える。黒ジャンヌに。

 

「貴女は、自分の家族を覚えていますか」

「…………え?」

 

 それは簡単な問いかけ。親を持つ者ならだれでも答えられる質問。

 だが――だが、黒ジャンヌは答えられなかった。

 

 ジャンヌ・ダルクは聖女である。だが、同時に彼女はただの田舎娘でもあったのだ。ゆえに、その記憶というものは、どうやっても聖女の時のものよりも、多くが牧歌的な田舎の風景、生活を忘れられない。

 闇の側面であろうともそれは変わらないはずだった。いや、それはむしろ、忘れられないからこそ裏切りや憎悪に絶望し、嘆き、憤怒を持ったはずなのだ。

 

「私……は……」

 

 だが、彼女には記憶がない。

 

「そ、それが、どうした! ジャンヌ・ダルクであることに変わりは――」

「そう、変わりはありません」

「――っ! サーヴァント!!」

 

 召喚されるシャドウサーヴァント。冬木にいた、サーヴァント。

 

「マスター、どうか」

「ああ」

 

 怖いけど、行かなければいけないから。

 

 ――何かがひび割れる音がしていた。

 

 同時に何かの切れる音がした――。

 

「行くぞ!」

「はい、先輩!!」

 

 ジャンヌとマシュ。二人で、サーヴァントを打ち倒していく。サンソンたちよりも弱い。バーサーカーよりも弱い。戦える。

 

「群れを突破したか!」

「これで最後です!!」

 

 群れを突破して、ジャンヌと黒ジャンヌの戦いが始まる。かがみ合わせのようにな攻防。聖杯を持っている黒ジャンヌが有利のはずだった。

 だが――

 

「なんで――なぜ、なんで!!」

「はああ!!」

 

 ジャンヌの方が押していた。

 全てにおいて、黒ジャンヌの方が勝っているはずだった。

 そのはずが、ジャンヌの方が押している。

 

「なんで!! ありえない、嘘だ! 私は、聖杯を持っているのに! なんで!」

 

 黒ジャンヌの叫びが木霊する。なぜだと。

 

「わかりませんか。いえ――わからないのでしょうね」

「なに――を!」

 

 ジャンヌの旗が黒ジャンヌの旗を弾き飛ばす。

 

「ジャンヌ!!」

 

 黒ジャンヌに旗をつきつけた時、足止めされていたはずのジル・ド・レェが駆け込んできた。ぼろぼろのままここにやってきた。

 

「逃がさねえぞ!」

 

 クー・フーリンたちもやってくる。

 

「おお、ジャンヌ! ジャンヌよ、なんという痛ましいお姿に……」

 

 ジルが全てを引き受けて、黒ジャンヌは消滅する。その中からは聖杯。

 

「やはりそうだったのですね」

 

 ジャンヌはそれを見て確信したように言葉を紡ぐ。

 

「どういうこと?」

「竜の魔女は、私ではなかった。聖杯を持っていたのは、彼女ではなかった。だが、あの強大な力――それはきっと」

「はい、それこそが私の望みでした」

 

 それこそがジル・ド・レェの望み。

 聖杯を用い、聖女を甦らそうとした。だが、それは叶えられず、彼は造った。竜の魔女を。

 だってそうだろう。あんなことがあったのだ。彼女はきっと、復讐に走るはずだと、思ったゆえに。

 

「私は復活しても、そうはなりませんよ」

「でしょう。ですが――」

 

 ジル・ド・レェは憎かった。この国を恨んだ。

 ジャンヌは全てを赦すだろう。

 だが、ジル・ド・レェは許せなかった。

 

 だからこそ、邪竜百年戦争は勃発し、あらゆる全てが狂ったのだ。

 

「――だからこそ、私の道を阻むなジャンヌ・ダルクぅぅうう!!」

 

 狂った男は狂ったまま、歩みを止めることはできない。

 

「いいえ。阻みましょう。私は裁定者。この聖杯戦争を裁定し――貴方の道を阻みます!!」

 

 最後の戦いがはじまる。これが最後だ。

 

「行くぞ――」

「はい、マシュ・キリエライト、聖杯を回収します!」

 

 聖杯の力を用い、巨大な異形の怪物を生み出すジル・ド・レェ。

 その触腕が振るわれ、すべてを破壊する。

 

「クー・フーリン!」

「応! ウィッカーマン!!!」

 

 その大きさに対応することができるのはクー・フーリンのウィッカーマンだ。巨人と異形がぶつかり合う。燃え盛る巨人の拳が異形とぶつかる。

 砕ける異形。巨大とはいえ、その強さはさほど変わらない。だが――再生力は高い。力も上がっている。厄介さは大いに大きい。

 

 だから――。

 

「エリザベート! 清姫!」

「了解よ!」

「承知しました、旦那様」

 

 エリザベートの宝具と清姫の宝具をそこに重ねる。

 木の巨人ウィッカーマン。そこにさらに炎が重なり、大音量の衝撃が炸裂する。相乗された威力は、いかに再生力が高かろうとも、再生しきるのは難しい。

 だが、これだけやってもまだ倒しきれない。これを倒すには、あの冬木のセイバーの聖剣の一撃が必要だと思う。

 

「マシュ!!」

「はい!!」

 

 異形の肉塊の中、ジル・ド・レェがいるのが見えた。ゆっくりと再生する異形の中心、術を行使しているジル・ド・レェを倒す。

 そのために道を開くのがマシュだ。

 

「今です、ジャンヌさん!」

「ありがとうございます! ――ジル!!」

「おお、ジャンヌ――」

 

 ジャンヌの一撃が、ジル・ド・レェを貫いた――。

 

「ジル、私は、私の屍が、その先に続くだれかの道になればいいと、それだけでいいと思っていたのです」

「あ、ああ……ああ……ジャンヌ……」

 

 ジル・ド・レェは、しずかに消えて、最後には聖杯が残った。

 

「聖杯、回収しました」

「良し。すぐに時代が修正されるぞ。レイシフトするから、準備してくれ」

「わかりました――」

「もう、行かれるのですか?」

「うん、やるべきことがあるから……」

 

 全てが終わった。

 現実感はないが、終わったのだ。

 だが、これが始まりだ。まだ、始まったばかりなのだ。

 そう思うと気が滅入るが、それでも歩いて行ける。

 

「ふぅん、じゃあね、子イヌ。悪くない戦いぶりだったわ」

「――まあ、ここで離ればなれなんて、でも安心してください、旦那様。すぐにそちらに参りますので、ごきげんよう――」

「さようなら。そして、ありがとう。いつかまた、すべてが虚構に消え去るとしてもきっと残るのものがあります――」

「はい、ありがとうございました!」

「じゃあな」

 

 別れを告げて、僕らは、カルデアへと帰還した。

 

「おかえり」

 

 僕らを迎えてくれるのはドクターロマン。

 

「初のグランドオーダーは無事遂行された。本当によくやってくれた。これ以上ない成果だ。君は、僕らカルデアが誇るマスターだ。

 次もあるが、今は休んでくれ」

「はい、ありがとうございます」

 

 先に行くわと出ていったクー・フーリンと別れて、 マシュと二人で廊下を歩く。

 

「お疲れ様です、先輩」

「マシュもお疲れ。身体とか、大丈夫? かなり無理させたと思うけど」

「ありがとうございます、大丈夫です。ただ――」

「ただ?」

「ジル・ド・レェのことを考えてしまいます」

 

 ジル・ド・レェ。ジャンヌの死によって心の壊れてしまった男。正しい歴史では、何百人もの子供を殺した殺人鬼。

 

「彼の望みは、ジャンヌさんだけでした……それが、世界を滅ぼすまでになるだなんて……人間の感情って、すごいですね」

「うん……それが人間だからね」

 

 むき出しの感情はすごいのは当たり前だ。だって、そうなのだ。心の奥底からあふれ出してくる感情は、何よりも強く、走る力を与えてくれる。

 

「アマデウスさんもそんなことを言っていました。わたしには、皆さんほど経験がありませんから、まだわからないです。でも、学んでいきたいと思っています」

「うん、全部わからなくても、少しずつ学んでいけばいいと思うよ」

「はい! ありがとうございます、先輩! どうか良い夢を」

 

 マシュと別れて、自室に入る。

 

「――」

 

 トイレへと駆け込んで吐いた――。

 


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