息が止まるかのような攻防。手に汗握るほどの熱狂。狂気。戦場の狂騒はあらゆる全てを飲み込んで、血が舞う、肉がはじけ飛ぶ。
その果てに、ファヴニールがついに地に倒れ伏した。
「すごい……」
これが英雄。これが英霊。これがサーヴァント。人智を超えた戦い。つくづくマスターのちっぽけさを思い知らされる。
それでもなるしかないのだ。彼らを率いるマスターに。
「あとは、黒ジャンヌだけだ!」
「く――」
「お引き下さい、ジャンヌ!!」
「ジル――!」
「ジル!? っ、待ちなさい!」
逃げる黒ジャンヌを追う。彼女を倒せば、終わりだ。
「マスター、ここは俺たちに任せて先に行け。エリザベートと清姫を連れていけ――」
――ああ、耳が痛いし、敵味方関係なく炎吐くもんね……。
正直、ここに残していきたい筆頭のサーヴァントだ。でも、ここは大事だ。フランスの人々を救うためにも、彼らには頑張ってもらわなければならない。
「なんで
「まあ、言われずともついて行きますが」
理由をいうわけにもいかないので。
「行くぞ、二人とも!」
二人を連れて強引にジャンヌと共に黒ジャンヌを追う。遅れてしまえば、また新たなサーヴァントが呼ばれてしまう。
だが、あまりにも血なまぐさい。生々しい血の跡が足の歩みを遅くさせる。
「――おやおや、お久しぶりですな」
さらに、僕らの足を止める者が現れる。それは黒ジャンヌにジルと呼ばれていた男だ。気味の悪い男だった。本を手にした、ぎょろりとした目をした男。
笑みを浮かべた男は、心底こちらを歓迎したようであるが、底冷えするような悪寒が床から昇ってくる。戦いの熱狂はここにはなく、冷徹の冷気が昇ってくる。
「本当に、ここまで来るとは、正直申し上げまして、感服いたしました。――しかし、しかしだ! 聖女とその仲間たちよ! 何故、私の邪魔をする!? なぜ私の世界に踏み入り、ジャンヌ・ダルクを殺そうとする!!」
「――その点に関して、私は一つ、質問があるのです。彼女は、本当に、私ですか?」
「……何と、なんという、暴言! 彼女こそ、あなたの闇に他ならない――!」
ゆえに死に絶えろ、死に絶えろ、死に絶えろ。
現れる異形。正気を内側から削ってくる異形の怪物が迫りくる。
だが、弱い。数は多いが、サーヴァントほどではない。
「清姫」
「汚らわしいですが――わかりました」
清姫の炎が異形の怪物を焼き払う。
「おのれ、おのれ、おのれ! 盟友プレラーティよ! 我に力を!」
焼き払った先でジル・ド・レェがこちらに向かってくる。
「ただのキャスターなんぞ、敵じゃねえ!」
数はこちらが圧倒的に上、異形など敵ではない。
「マスター、ここはオレとこいつらで押さえる。先に行って、本丸を叩いて来い!」
「クー・フーリンさん。わかりました! 行きましょう!!」
「ジャンヌ!」
「はい、行きます!」
ジル・ド・レェをクー・フーリンたちに任せて、僕らは竜の魔女の下へ向かう。邪魔はもういない。これでこの戦いが終わると信じて、玉座へと急いだ――。
「――思ったよりも早かったですね……術式を組み替える暇もありませんか。ジルは足止め――まあいいです。こちらも準備はできています」
「……貴女に伝えるべきことを伝えろ――これは、マリーの言葉です」
ジャンヌは伝える。黒ジャンヌに。
「貴女は、自分の家族を覚えていますか」
「…………え?」
それは簡単な問いかけ。親を持つ者ならだれでも答えられる質問。
だが――だが、黒ジャンヌは答えられなかった。
ジャンヌ・ダルクは聖女である。だが、同時に彼女はただの田舎娘でもあったのだ。ゆえに、その記憶というものは、どうやっても聖女の時のものよりも、多くが牧歌的な田舎の風景、生活を忘れられない。
闇の側面であろうともそれは変わらないはずだった。いや、それはむしろ、忘れられないからこそ裏切りや憎悪に絶望し、嘆き、憤怒を持ったはずなのだ。
「私……は……」
だが、彼女には記憶がない。
「そ、それが、どうした! ジャンヌ・ダルクであることに変わりは――」
「そう、変わりはありません」
「――っ! サーヴァント!!」
召喚されるシャドウサーヴァント。冬木にいた、サーヴァント。
「マスター、どうか」
「ああ」
怖いけど、行かなければいけないから。
――何かがひび割れる音がしていた。
同時に何かの切れる音がした――。
「行くぞ!」
「はい、先輩!!」
ジャンヌとマシュ。二人で、サーヴァントを打ち倒していく。サンソンたちよりも弱い。バーサーカーよりも弱い。戦える。
「群れを突破したか!」
「これで最後です!!」
群れを突破して、ジャンヌと黒ジャンヌの戦いが始まる。かがみ合わせのようにな攻防。聖杯を持っている黒ジャンヌが有利のはずだった。
だが――
「なんで――なぜ、なんで!!」
「はああ!!」
ジャンヌの方が押していた。
全てにおいて、黒ジャンヌの方が勝っているはずだった。
そのはずが、ジャンヌの方が押している。
「なんで!! ありえない、嘘だ! 私は、聖杯を持っているのに! なんで!」
黒ジャンヌの叫びが木霊する。なぜだと。
「わかりませんか。いえ――わからないのでしょうね」
「なに――を!」
ジャンヌの旗が黒ジャンヌの旗を弾き飛ばす。
「ジャンヌ!!」
黒ジャンヌに旗をつきつけた時、足止めされていたはずのジル・ド・レェが駆け込んできた。ぼろぼろのままここにやってきた。
「逃がさねえぞ!」
クー・フーリンたちもやってくる。
「おお、ジャンヌ! ジャンヌよ、なんという痛ましいお姿に……」
ジルが全てを引き受けて、黒ジャンヌは消滅する。その中からは聖杯。
「やはりそうだったのですね」
ジャンヌはそれを見て確信したように言葉を紡ぐ。
「どういうこと?」
「竜の魔女は、私ではなかった。聖杯を持っていたのは、彼女ではなかった。だが、あの強大な力――それはきっと」
「はい、それこそが私の望みでした」
それこそがジル・ド・レェの望み。
聖杯を用い、聖女を甦らそうとした。だが、それは叶えられず、彼は造った。竜の魔女を。
だってそうだろう。あんなことがあったのだ。彼女はきっと、復讐に走るはずだと、思ったゆえに。
「私は復活しても、そうはなりませんよ」
「でしょう。ですが――」
ジル・ド・レェは憎かった。この国を恨んだ。
ジャンヌは全てを赦すだろう。
だが、ジル・ド・レェは許せなかった。
だからこそ、邪竜百年戦争は勃発し、あらゆる全てが狂ったのだ。
「――だからこそ、私の道を阻むなジャンヌ・ダルクぅぅうう!!」
狂った男は狂ったまま、歩みを止めることはできない。
「いいえ。阻みましょう。私は裁定者。この聖杯戦争を裁定し――貴方の道を阻みます!!」
最後の戦いがはじまる。これが最後だ。
「行くぞ――」
「はい、マシュ・キリエライト、聖杯を回収します!」
聖杯の力を用い、巨大な異形の怪物を生み出すジル・ド・レェ。
その触腕が振るわれ、すべてを破壊する。
「クー・フーリン!」
「応! ウィッカーマン!!!」
その大きさに対応することができるのはクー・フーリンのウィッカーマンだ。巨人と異形がぶつかり合う。燃え盛る巨人の拳が異形とぶつかる。
砕ける異形。巨大とはいえ、その強さはさほど変わらない。だが――再生力は高い。力も上がっている。厄介さは大いに大きい。
だから――。
「エリザベート! 清姫!」
「了解よ!」
「承知しました、旦那様」
エリザベートの宝具と清姫の宝具をそこに重ねる。
木の巨人ウィッカーマン。そこにさらに炎が重なり、大音量の衝撃が炸裂する。相乗された威力は、いかに再生力が高かろうとも、再生しきるのは難しい。
だが、これだけやってもまだ倒しきれない。これを倒すには、あの冬木のセイバーの聖剣の一撃が必要だと思う。
「マシュ!!」
「はい!!」
異形の肉塊の中、ジル・ド・レェがいるのが見えた。ゆっくりと再生する異形の中心、術を行使しているジル・ド・レェを倒す。
そのために道を開くのがマシュだ。
「今です、ジャンヌさん!」
「ありがとうございます! ――ジル!!」
「おお、ジャンヌ――」
ジャンヌの一撃が、ジル・ド・レェを貫いた――。
「ジル、私は、私の屍が、その先に続くだれかの道になればいいと、それだけでいいと思っていたのです」
「あ、ああ……ああ……ジャンヌ……」
ジル・ド・レェは、しずかに消えて、最後には聖杯が残った。
「聖杯、回収しました」
「良し。すぐに時代が修正されるぞ。レイシフトするから、準備してくれ」
「わかりました――」
「もう、行かれるのですか?」
「うん、やるべきことがあるから……」
全てが終わった。
現実感はないが、終わったのだ。
だが、これが始まりだ。まだ、始まったばかりなのだ。
そう思うと気が滅入るが、それでも歩いて行ける。
「ふぅん、じゃあね、子イヌ。悪くない戦いぶりだったわ」
「――まあ、ここで離ればなれなんて、でも安心してください、旦那様。すぐにそちらに参りますので、ごきげんよう――」
「さようなら。そして、ありがとう。いつかまた、すべてが虚構に消え去るとしてもきっと残るのものがあります――」
「はい、ありがとうございました!」
「じゃあな」
別れを告げて、僕らは、カルデアへと帰還した。
「おかえり」
僕らを迎えてくれるのはドクターロマン。
「初のグランドオーダーは無事遂行された。本当によくやってくれた。これ以上ない成果だ。君は、僕らカルデアが誇るマスターだ。
次もあるが、今は休んでくれ」
「はい、ありがとうございます」
先に行くわと出ていったクー・フーリンと別れて、 マシュと二人で廊下を歩く。
「お疲れ様です、先輩」
「マシュもお疲れ。身体とか、大丈夫? かなり無理させたと思うけど」
「ありがとうございます、大丈夫です。ただ――」
「ただ?」
「ジル・ド・レェのことを考えてしまいます」
ジル・ド・レェ。ジャンヌの死によって心の壊れてしまった男。正しい歴史では、何百人もの子供を殺した殺人鬼。
「彼の望みは、ジャンヌさんだけでした……それが、世界を滅ぼすまでになるだなんて……人間の感情って、すごいですね」
「うん……それが人間だからね」
むき出しの感情はすごいのは当たり前だ。だって、そうなのだ。心の奥底からあふれ出してくる感情は、何よりも強く、走る力を与えてくれる。
「アマデウスさんもそんなことを言っていました。わたしには、皆さんほど経験がありませんから、まだわからないです。でも、学んでいきたいと思っています」
「うん、全部わからなくても、少しずつ学んでいけばいいと思うよ」
「はい! ありがとうございます、先輩! どうか良い夢を」
マシュと別れて、自室に入る。
「――」
トイレへと駆け込んで吐いた――。