――いかないで。
それは、誰かの
――はなれないで。
それは、誰かの
――わたしを、おいていかないで。
置いて行かれた誰かの、
もう二度と戻らぬ
叫びの
何もない赤い嘆きの海に朗々と響き渡る。
遍く海に響くその叫び声は、されど誰にも届かない。
もはや、聞かせる誰かは、もういないのだから。
それは、原罪の一つ。その二つ目。
人間が持つ罪業の一つ。■から離れ、楽園を去った
人類が抱える
人類が滅ぼす悪が、ここにある。
その名を、知っている。
その名を、忘れてはいけない。
その名を、思い出さなければならない。
原初の海なりし女神の名を、人類よ忘れるな。
それは誰の声だったか。
それは、一体、誰の声だったか。
何一つわかることはない。
だが、一つだけわかることがあった。
これは、なんて――。
「なんて、悲しい――」
ただ一つ、それだけが、浮かんだ。それだけが、この夢の中から持ち出せたものだった――。
「あれは……いったい……」
目覚めればまだ、真夜中だった。静かすぎる中、月明かりがオレの部屋を照らしていた。
まるで時が止まっているかのように、音も何もなかった。遠くに感じるウルクの夜の営みは遠い。本当に時でも止まってしまったようだった。
「おにいちゃん、ママの、夢をみたの?」
「アリス……?」
銀光の中に立つ、裸の少女は、どこか悲しそうにそう言った。彼女の姿なんて忘れるほどに神秘的な、姿に言葉を失う。
何より、その言葉が、深く突き刺さる。
「それはね、忘れたちゃだめ。ママの夢。遠い過去に、離れてしまった。ママの夢」
「ママ?、アリス、それは、いったい――アリス!」
糸が切れたように眠るアリスの身体を受け止める。もうこたえは得られないだろう。そんな直感があった。きっと、目が覚めたのならきっと、彼女はいつもの彼女なのだろう。
「…………ママ、か……」
母親。彼女は粘土板の世界に生まれた。いったい彼女の母親とは何なのだろう。彼の世界を作った人じゃない。きっと、そういうことではないと直感が告げている。
結局、こたえは、わからず夜が更けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――以上になります」
「そうか」
「では」
「ああ、待て――」
恒例のギルガメッシュ王への報告の最後に、オレの名前が呼ばれた。
「ああ、呼ぶ価値のあるものなら呼ぶ。当然であろう。なかなかの業績に、うらや――面白いトラブルばかりだな。だが、有用であることを示した貴様らに、仕事をくれてやろう。詳細はマーリンから聞くが良い。せいぜい、励むことだ」
そう言って彼はいつもの報告に戻った。最近はなにやら溜まり気味であるが、そんなことより――。
「やりましたよ、先輩! ギルガメッシュ王からのお仕事です!」
「ああ、外に出る許可ももらえた」
これで、ウルクから出てこの世界を知ることが出来る。この世界を救うために動くことが出来る。
救わなければいけないだろう。滅ぼしたくない。約一か月、20日も生活したウルクを滅ぼさせたくなんてない。すっかりと愛着なんてものが生まれてしまったのだ。
あの通りのお菓子屋の菓子はおいしいし、酒場の女の子は、可愛いし? マシュの方が可愛いけど。そこはそれとして。
「いやぁ、おめでとう。まさか王様の方から折れるなんて予想外だ」
「それで、マーリン仕事は?」
「うん、行き先はウルクの南にあるウルという市さ。今や帰らずの森と化している密林地帯の調査になる」
「なるほど」
行った者は戻らぬという帰らずの密林。確実に女神の領域だろう。どのような危険があるかはわからないが、全員で行くわけにもいかない。
メンバーを選出して、なるべく少数で行こう。調査だけだし、大人数で動くには密林というのは動きにくそうだ。
「おめでとうございます! マスター殿!」
これからのことを考えていると、牛若丸がやってきた。
「ありがとう、牛若」
「ありがとうございます、牛若丸さん」
「いや本当に目出度い、後白河法皇から官位をいただいた時と同じ気持ちです」
「うむうむ、そうですなぁ。しかし、義経殿? そのたとえはマズイですぞ?」
「何がマズイか二行で言ってみろ弁慶。出来なければ、首を落としてやろう」
この主従はいつも通りだが、こちらを祝ってくれているのがわかる。
「レオニダスさんに報告できないのが残念ですね」
「今度報告しよう。きっと喜んでくれるよね」
王様に認められたといったら、あのレオニダス王はなんというだろうか。きっととても暑苦しく喜んでくれるに違いない。
「しかし、ウルですか。あと一日早ければ我々も同行で来たのですが」
「レオニダス殿より、魔獣戦線に動きありという連絡がありましてな」
「ゆえに――弁慶、アレをやるぞ」
「アレですな」
そう言って二人は戦闘態勢を取った。
「あ、これは――」
「さあ、行きますよマスター殿!」
「さあさあ、どうぞかかっていらっしゃい!」
「なぜか、戦闘に!?」
源氏の皆さん苦労してたんだろうなぁ、などと思いつつ。
「マシュ、マーリン、やるぞ」
「はい、マスター!」
「えぇ、私としては休みたいのだけどね――」
「マーリン……請求書見たい?」
「――よしよし、肉体労働もたまにはしておくとしよう」
これは祝いの戦闘というものだ。
剣舞によって、相手を祝う彼らなりの祝福であり、士気高揚のためのもの。
されど、その剣戟は何よりも鋭い。本気でやらなければこちらの首を切るとでも言わんばかりの
それをやっぱりと弁慶が思いながらも、彼はその薙刀の薙ぎを緩めることはない。マーリンは、どこから出したか剣でもってそれを受けて、魔術による反撃をしている。
相変わらず真面目にやれば出来るのにやらない辺りダビデと同タイプだ。
「マシュ」
「はい、マスター!」
こちらも気を抜くわけにはいかない。
放たれる剣閃は、ただただ鋭い。縦横無尽に橋の欄干、壁を足場に放たれる変幻自在の剣は、人を相手にして得られる斬撃とはまったくもって違っていた。
天狗とはまさしくこのことか。その一刀一刀が尋常でなく鋭い。サーヴァントとしての膂力関係なく、ただ鋭いのだ。
力強さなどどこにもなく、ただ鋭利。
斬撃は残像をにじませ、嵐のような閃撃には、舌を巻く。その技量は、何よりも高いが、ここに決まった型というものは混じらない。
いや、在るのだろうが、おそらく、それを牛若丸は己の感性と天稟のみで御している。生前はどれだけ天才だったんだろうか。
並大抵の達人では程遠い。
だが、マシュもまた、並大抵の達人ではない。六つの特異点を越えて積み上げて来た経験がある。何より、彼女の後ろにはマスターがいる。
牛若丸の動きを
ならば、機先を制すこともできる。
「おお、さすがですマシュ殿」
「マスターのおかげです」
「では、もう少し早くしましょうか」
技の回転率が上がる。鋭利すぎる切れ味に膂力を乗せた一撃が混じり、マシュの楯を揺らす。怒涛の三連撃にかまいたちの如き斬撃は、地面を深くえぐるほどの威力を内包していた。
マシュの盾でなければ両断されているところだろう。大気すら二分する疾風の居合は、一瞬だが空間でも斬れたのではないかと錯覚するほどの鋭さを持っていた。
さらにいえば、その技を中断させようとも、型を崩そうとも、天狗は頓着しない。
「斬れてしまえばなにも問題ありませんし」
剣術の極点とは、ただ断つことだ。技や型はその為の手段であり過程に過ぎない。結果として、斬れていればもうなんでもいいのだ。
だと思えば――。
「斬れない盾があればですね――」
その盾を己の刀で絡めていなし、盾の中に刃を滑り込ませてみせもする。斬ることと技巧の使い分けが巧いどころではない。
だが――。
「ガンド!」
盾の中に入った刃をガンドで逸らし
「やあああ!!!」
裂帛の気合いとともにマシュの一撃が放たれる。
「おおぉ! ――さすがはマスター殿とマシュ殿。さすがですね」
「ひとまずはここまでにしますか」
「そうだな弁慶。これならば、外でもやっていけるでしょう。どうか気を付けて行ってください。あそこから戻らなかったのは兵士だけではありません」
「はい、ギルガメッシュ王が召喚したサーヴァントもまた戻りませんでした」
天草四郎と風魔小太郎。
その二人は南の密林に向かい、戻ってこなかった。
何があるかわからないからこそ、最大の注意をするべきだと彼らは言った。
「ありがとう。それにしても天草四郎に風魔小太郎かぁ」
日本の英霊ばかりだ。
牛若丸曰く、どうやらほかにも茨木童子と巴御前がいたらしい。
巴御前は魔獣を統括していたリーダーであるギルタブリルと相討ちになったらしい。彼女がいなければ、魔獣戦線はここまで保てなかったという話だ。
茨木童子はというと、逃げて盗賊団を作っているとかなんとか。いったい何をしているんだ茨木ちゃん……。
ともあれ、準備を整えメンバーを決めて出発する。
今回、ウルに向かうのは、オレ、マシュ、アナ、マーリン、清姫、式、リリィ、クロだ。
「ついにますたぁの頑張りが認められたのですね! 初の王様からのお仕事、頑張りましょうね、ますたぁ」
「やっと外ね、頑張ろうね、お兄ちゃん♡」
「そうだね、頑張ろう」
「よろしく願いしますね、マーリン」
「まあ、まあ、気楽に行こうよ。今から頑張ったら疲れちゃうからね」
「マーリンはもうちょっと頑張るべきなのです」
ウルクの門へと向かうと。
「お、あんたか、ついに許可証がもらえたんだな」
門番さんがこちらに気が付いて話しかけてきてくれた。
「ええ、なんとか」
「あんたらの頑張りは聞いてるよ。おめでとう」
「ありがとうございます」
「そうだ。お嬢ちゃんも外に出るんだな。はい、頑張るんだよ」
といって門番さんは、しゃがんでアナに砂糖菓子を渡す。
「アナ」
「……はい、ありがとうございます」
門番さんは笑って、いってらっしゃいと言ってくれた。彼にまたただいまを言えるように、みんなで生きて帰ろう。
街道を歩くが、やはり魔獣の襲撃を受ける。その数は多く、北の戦線から結構な数がこちらに来ているようだった。
戦線は、今頃大変なのだろう。だからこそ、オレたちはオレたちの出来ることをまずはコツコツとしていかなければ。
「それにしても、この魔物、なんなんだろうなぁ」
「ムシュマッヘですね……どうやら、北も相当なことになっているようです」
「ムシュマッヘ?」
「そうティアマトの十一の子供たちの一つさ」
「ティアマトはこのメソポタミアにおける原初の海の女神ですよ、マスター」
「じゃあ、十一の子供たちってのは?」
『神々と戦うべくティアマトが生み出した十一の怪物のことだよ』
ムシュマッヘ、ウシュムガル、バシュム、ムシュフシュ、ラフム、ウガル、ウリディンム、ギルタブリル、ウム・ダブルチュ、クルール、クサリク。
神々と戦うために生み出されたとされる怪物たち。
それと同じ魔獣が戦線に現れているのだという。
「北の女神がティアマトの再臨ではないか、と言われている理由がこれさ」
『そうだとしたら相当厄介だぞぅ。何が厄介って女神としてティアマトが持ち合わせているだろう権能だ』
回帰の権能。万物を生み出す力の具現で、これにより大地から生まれたものは母なる神の権能に逆らうことが出来ない。
何より恐ろしいのは、資材さえあれば、無限に生命を生み出せるという極悪さだ。
『敵の軍勢は尽きることはないと考えた方がいいね。相対するとしたら、本当に気を付けるんだ』
「ありがとうドクター」
だが、何があろうとも、誰が敵であろうとも、必ずこの世界を救う。そう決めている。あのウルクでの日々を忘れないように。
あのウルクが壊されないように。滅ぼされないように。
「頑張ろう」
「まあ、そう気張るなよマスター。普段通り構えとけ。人間、頑張りすぎたって良いことなんてあんまないからな」
「ありがとう、式、そうするよ」
オレたちは、ついに帰らずの密林へと足を踏み入れる。
この先にいったい何が待ち受けているのか、それはわからないが、それでもこの世界を救うために、オレたちは前に進む――。
次回、ジャガーマン登場。
何のためにクロを入れたと思っているんだ!
さあ、だんだん楽しくなってきて、ちょっとコアトル姉さん戦だけちょびっと書いたら。
どこぞの蝋翼君と冥狼君みたいなことになったぐだとイシュタル。
「イシュタル――!!
「――ああ、もう、そんなに素直に願われたら、叶えないと女神失格じゃない! みなまで言わないで、力を貸すわよ――!」
「祝福しマース。アナタの末路は、英雄デース」
などと口走るコアトル姉さんが生まれてしまった。
やはり天翔ケル蝋ノ翼、狂イ哭キテ焔ニ堕ツを聞きながら書くとテンションが変な方向にいくなw
では、感想などありましたら気軽にどうぞー。
それにしてもエドモンとメルトリリスが好きすぎて、一部クリアラスマスカルデアに呼びてぇとか思っている私がいる。
まあ、とまれ、次回も待て、しかして希望せよ。