「ん……んん?」
何やら寝苦しくて目が覚めた。ウルクは割と温暖で、少々寝苦しいこともあるが、それにしても何か寝苦しかった。
いったい何がと思って視て見たら。
「なるほど……」
アリスがオレの上で眠っていた。道理で寝苦しいわけだ。ただ眠っているだけだし、よく眠っているようだから問題は何一つないが――。
「ただ……」
裸なのを除けば。
最初会った時も布切れ一枚だったけど、こっちに来てからもあまり服を着たがらない。昼間は着せるけどねる時はいつも脱いでしまう。
それで、時折というかしょっちゅうオレのところに来る。気が付かれないように部屋に帰すのが大変なのだ。誰かに見つかるととてつもなくヤバイ。
「はぁ」
どうしてこうなった。嘆いていても仕方ない。とりあえず、この状況を誰かに見られるのが一番マズイ。とにかくマシュが起こしに来る前に何とかこの子を部屋に――。
「マスター、起きてるー? あれ……」
「あ……」
裸の幼女を抱えた瞬間、部屋の扉が開いて中へと最悪のタイミングで入って来たのはブーディカさんだった。一瞬のうちに心が絶望の闇に沈むが、相手を見て一気に浮上。
相手はブーディカさんだ。きちんと話せば理解してくれる人筆頭! ならば言葉を出せ、そう言い訳を――!
「えっと――いい、天気ですね」
「え、えっと、そ、そうだね」
何言ってんだ、オレー!? いや、待て、いきなりのことで混乱しているに違いない。そうそう、いつもよりも幾分も早い時間に訪ねて来たものだし、寝起きだから混乱しているんだ。
よーし、深呼吸をしろ。いざ――。
「えーっとですね、ブーディカさん、これには深い理由がありまして……」
「ああ、うん、大丈夫大丈夫。その辺については、マスターを信用しているよ。だから、おちついて。はい、深呼吸。落ち着いた?」
「ええと、はい、どうにか」
「とりあえず、彼女は寝かせておいて来てもらえる?」
「何かあったんですか?」
彼女について一階に下りながら話を聞く。
「えっとね、うちの竃っていつもお隣さんに借りてるよね?」
「ああ」
言いたいことはそれでわかった。カルデア大使館の建物には竃がない。いつまでも借りているままでは、悪いのでこちらでも竃を作ってしまおうということか。
「わかった。今日はそれ作ろうか」
「ああ、いいのいいの。マスターはマシュと遊んでおいで―。許可さえもらえたら、あとはこっちでやっておくからさ」
「あれ、良いの?」
「いいの良いの。せっかくのウルクなんだから、デートの一つでもしてこないとお姉さん逆に心配になっちゃうから」
「…………」
しかし、そこまで言われてしまったのなら、やるしかないだろう。
お休みというのなら、ウルクを見て回りたく思うけれど、仕事で回るのではなくて、純粋に観光とかしてみたりとか、しても良いのだろうか。
遠くの北壁では、今も多くの人々が戦っている。本当なら、そちらに行くべきだろうし、この事態を一刻も早く解決するのが大切だと思う。
「駄目だよー」
そう思っていたら、やっぱりブーディカさんに駄目だしされた。
「ちゃんと休まないとまーた倒れちゃうよ? お姉さん、それは嫌だなー」
「うっ、確かに、休める時にはやすまないとか、ドクターにも言われたし。わかった、それじゃあ、マシュと街を回ってみるよ」
「うんうん、お弁当も作ってあげるから楽しんでね」
そういうわけで――。
「ま、マシュ! い、一緒に街でも見に行かない?!」
「街ですか? 今日はお休みですし、先輩はわたしのことは気にせずお休みしてもらって構わないのですよ」
「いや、そうじゃなくて、えっと、一緒に出掛けようかなって」
「わたしで良いのでしょうか」
「いいの。マシュと回りたいんだ」
「わかりました。そういうことでしたら」
ブーディカさんの弁当を持って出かける。エプロンを付けたブーディカさんに見送られるのは、ちょっと母さんに見送られているようで、ちょっと懐かしさと気恥ずかしさを感じた。
「活気であふれてますね、先輩!」
「そうだねぇ」
現地の衣装を着て歩いていると、なんだかとてもなじんでいる気分になる。
ウルク。
古代メソポタミアの都市、又はそこに起こった国家で、古代メソポタミアの都市の中でも、屈指の重要性を持つ都市だという。
都市神はイナンナ、つまりは三女神同盟のイシュタル。都市神がその都市を滅ぼすなんて、あるんだろうか。少なくともあのイシュタルを見ているとそうは思えない。
確かに突然襲来するし、何やら爆撃じみたこともしているようだけれど、あの神様が本当にこのウルクを滅ぼそうとするだろうか。
「しそう……」
「どうしました、先輩?」
「いや、なんでもないよ。それより、どこに行こうか」
ゆっくりと市場を歩いてみた。時折、牛若丸が飛んで店がつぶれていたりするのだけれど、みんな慣れたものですぐ復旧する。
場所はシュメールの最南部に当たり、イラクという国名の由来になったとも言われている。
都市が起こった当時は他都市の2倍を超える250ヘクタールほどの面積であったと推察され、シュメール地方の都市国家では最大の広さを誇ったというらしいが、本当にそうなのだから、凄まじい。
「先輩は、どこに行きたいですか? わたしは、先輩の行きたいところならどこまでもお供します!」
「オレはマシュの行きたいところに行きたいかな」
「わたしので、よろしいんでしょうか」
「いいんだよ。どこか行きたいところあるの?」
「えっと、それなら――」
マシュが行きたかった場所へと向かった。
そこは、粘土板屋とでもいうべき店だ。いうなれば記録屋、つまりはこの時代の本屋みたいなものだ。
「本場のギルガメッシュ叙事詩を読んでみたかったのです」
「はは、なるほど」
楔形文字で書かれた粘土板がズラリ。何が書かれているのかまったくもってわからないが、マシュはわかるのだろうか。
気に入ったものを取り出しては、熱心に読んでいる。そんな姿も可愛い。眼鏡が良いよ、眼鏡が。
「んー、しかし、読めない」
言葉は翻訳できるけど、文字は難しいんだろう。さすがにそこまでは手が回らなかったのか。んー、いつもはシドゥリさんとかマシュに読んでもらってたから問題なかったけど。
「さすがにオレも文字覚えようかな――マシュ」
こういう時はマシュに頼むが良い。店主と話しているのをみたけど、結構常連らしいので、文字を子供に教える時の本とか有れば買うか借りよう。
「文字、ですか?」
「そう。ここで生活してるし、少しくらいは読めた方がいいかなって」
「わかりました。では、これと、これ、少し難しいですが、これが面白いですよ」
「あ、ありがとう」
予想外にいっぱいの粘土板を手渡された。
「マシュ、マシュ、さすがに多いかな」
「あっ、すみません、先輩」
「ん、良いよ。オレの為だし、とりあえずマシュのおすすめらしいこれからにしようかな」
そういうわけで、マシュのおすすめを買って次へ行く。なんでも、次は仕事をしているときに井戸端のおばちゃんたちにここに行くと良いとか言われた場所らしい。
「恋人の聖地ってやつかぁ……」
そこは公園だった。水路と水路の重なる複雑怪奇な公園だが、どうにもここにいるのはカップルとかそういった人たちばかりだ。
「見事に、カップルばかり……」
「すごいですね、先輩……」
たぶんはた目から視たら、オレたちもそういう風にみえているんだろうなぁ。
そう思うとうん、ここに来たのは悪くない。
「そろそろいい時間だし、ここらでお昼にしようか」
ブーディカさんのブリタニアランチに舌鼓を打ちながら、緩やかな風の吹く公園で一休み。
「んー、いい気持ちだ」
あたたかな日差しを受けて、寝転がっていると本当に世界の危機なのかと思ってしまうほどにのどかだった。空にある光帯さえなければ、本当に世界の危機だなんて思わないだろう。
「不思議ですね、先輩」
「そうだね。こんなにものどかだし」
「それもそうなんですが、この活気もです。滅びを前にしても、こんな風に笑っていられる、本当にすごいと思います」
「うん、凄い」
「人間とは、こんなにもすごいものなのだと、目下学習が足りないと反省中です」
「ウルク人と現代人を比べるのもどうかと思うけど」
それでも、滅びを前にしてもこんな風にいられるところは、本当にすごいから見習いたいくらいだ。けれど。
「まあ、オレはオレだし、マシュはマシュだから。一歩ずつ、自分のペースで歩んで行こうよ」
「はい、そうですね先輩! ――それで、ですね、その」
マシュが顔をほんのりと赤くしながら膝を叩いてくる。
「せっかくの陽気、お昼寝などどうでしょう」
「ああ、良いね」
直感に観察眼などいらぬ。全力でマシュの膝枕を堪能だ。
「どうでしょうか」
「うん、気持ちいいよ、マシュ」
柔らかマシュの膝枕。もうこれで、眠れない奴とか病気だわ。
そういうわけで――。
「……」
気が付けば眠っていた。
疲れていたわけではないけれど、温かな陽気とマシュの膝枕の睡眠導入効果は凄まじかった。
「先輩? おやすみなさい」
「……おやすみ……」
少しばかり、眠ることにするデートでこれって、どうなのかと思うけれど、こんな日があっても良いかと思う。ゆっくりと時間が過ぎる日があっても――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さあ、竃の話をしよう」
マーリンが何か言いだしましたが、無視に限ります。
「それで、ブーディカさん、金時さんが材料を運んできましたが、私は何をすればよいのでしょうか」
「アナちゃんは、これをこねこねしててねー」
「こねこね、なにかの生地ですか?」
「そうそう、ちょっとした料理のね。竃を使ったおいしい料理だよ。マスターの時代のものだけど、勉強したんだー」
だから作るようです。いったいどんな料理になるのでしょうか。
何やらチーズと赤いソースを使う様子。辛いのでしょうか?
「ほらほら、ダビデーさぼらないらぼらない」
「いやいや、さぼってないよブーディカ? 僕だって、いろいろとやっているところなのさ。子供相手に竪琴を聞かせるとか、お姉さん相手に竪琴の音色を聞かせて誘惑するとか」
ああ、やっぱりこの男もマーリンと同じ匂いがします。クズです。屑の臭いがしています。
「はいはい、それならせめて手を動かしてね。ああ、清姫は――そっとしておこうか」
「うぅぅ、ますたぁ、どうして、わたくしを、わたくしをぉ」
置いて行かれたから嘆いてらっしゃるらしい。マスターは罪な人ですね。
「うーん、羨ましいねぇ、どうやったら持てるんだろうね、アナ?」
「知りませんが、少なくともマーリンにはないものを持っているからだと思います」
「私が持っていないものか、さて、なんだろうね。人間は複雑怪奇だから」
「誠実さだとか真面目さだとかそう言ったものです」
「これでも、誠実に真面目に取り組んでるんだけどね」
「真面目な人は毎日夜な夜な娼館なんかに行かないと思います」
「ダビデ王と娼婦たちのケアをしに行ってるって言っても信じてくれないんだろうね」
当然です。マーリンは信用がありませんから。
「アナ、それくらいでいいよー。それ、こっちにかしてー」
「はい、どうぞ」
「さて、これを広げてーっと。クロー?」
「はいはい、ほら、ママ?」
「はーい、盛り付けは任せて」
「ああ、それからじゃなくてこっちからよ」
まん丸に広げた生地の上に、いろいろな具材を乗せていきます。
「クー・フーリン、火力をお願い。あまり強すぎないでね?」
「おう、任せろ」
竃の火力はルーンで賄うから調整可能。丁度よい火加減も瞬時のうちに。
「これは売れるね」
「こらこらダビデ王、さすがにそれはまずかろう」
「ジェロニモの言う通りだよ。さすがにそれは認められない」
「良い案だと思うんだけどなぁ、博士とジェロニモがいうのなら仕方ないね」
あとは具材を乗せた生地を竃の中へ。
「あとは焼き上がりを待つだけ」
時間が経つにつれてチーズの良い匂いがしてくる。
「あら、とても良い匂い」
シドゥリさんもやってきた。
「ただいまー。おー、竃だ。良い匂い。ピザかな」
「正解、手を洗ってくるんだよー」
マスターとマシュも帰ってきて、にぎやかになる。焼き上がったのはピザという料理らしい。
「これを切って、はい、あとはかぶりつくのみ」
「…………」
ぱくりと、ひとくち。
口の中に広がる、チーズのうまみ。
「おいしいです!」
「それは良かった」
「本当、ブーディカさんの料理はおいしいなー」
「そんなに褒めてもなにも出ないよ―。おかわりあるけど食べる?」
おかわりは出るみたいです。
「楽しいかい、アナ?」
「今、貴方の顔を見てしまったので楽しくなくなりました」
「それは手厳しい。まあ、楽しいならいいんだ。楽しむと良い。人間は、そう怖いものじゃないからね」
余計なお世話です。
楽しい食事は終わって部屋に戻ると、マスターがやってきました。
「お邪魔しまーす。わあ、いい部屋だね。お花がいっぱいだ」
「仕事先のおばあさんがくれるので」
「そっか。アナ、今、楽しい?」
「マーリンと同じことを聞くんですね」
「あれ、マーリンも聞いてたの? なんだ、だったら心配いらないか」
「何がです?」
「なんでもないよ。ああ、そうそう。はいこれ」
差し出されたのはお菓子でした。
「どうしたんですか、これ?」
「アナにお土産。それと、こっちはさっきピザの匂いに釣られてきた人たちがいたそれのもらいもの」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、ちゃんと歯を磨いてから寝るんだよー」
マスターはそう言って出ていきました。
「本当変な人ですね」
夜は、静かに更けていく。
お休み。
マシュデートを竃の話。
ちょっと活動報告の方でメルトとかの色々と流出したので良ければコメントください。
次はアイスの話かな。
では、次回も待て、しかして希望せよ。