誕生日の翌日。朝までのどんちゃん騒ぎのあとでも、仕事は休みにならない。
騒ぎを聞き付けたウルク市民たちも混ざって祝ってもらって、本当に盛大だった。お陰でまだ疲れがある。
「おはようございます、先輩、大丈夫ですか?」
「あー、うん、ちょっと騒ぎすぎたかな。寝すぎたみたいだし」
「そうですね、ウルクの皆さんまで参加して盛大なお祭になっていました」
「オレの誕生日にそこまでしてくれなくても良かったのにね」
「それだけ、先輩が慕われているということです」
まだまだウルクに来て数日だけど、ウルクの為に働いている成果は出ているようだった。掃除から区画整備の手伝いだったり、兵士の訓練。
おすそ分けに料理を作ってもっていったり、いろいろやったおかげだろう。
「プレゼントの数々は責任をもって先輩のお部屋に運んでおきました」
「ありがとう、マシュ。えっと、今日の仕事はなんだっけ」
「はい、絵のモデルだそうです」
「そうだった」
画家のマーサー氏がカルデア大使館のうわさを聞きつけて、絵のモデルを頼みたいとのことだった。
「このお仕事が終われば明日は二日ほどお休みがもらえるようですし、頑張りましょう先輩!」
「そうだね」
今日のお仕事は、絵のモデル。
「えーっと、今日空いてるのは」
ダビデとマーリン、スカサハ師匠か。
「それじゃあ、マシュ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい先輩」
先に起きていたダビデたちと合流して、マーサー氏の
それは、大通りを一本外れた裏通りに面した場所にあった。人気のない場所であるが、やはり画家というからあまり喧騒とか好きじゃないのだろうか。
「さー、モデルだモデル、行こうじゃないか」
「うんうん、楽しみだね」
「ふむ、貴公らはいったい何を楽しみにしているのやら。ともあれ、マスター、さっそく入るとしよう」
「そうだね――あの……」
工房に声をかけてみるが、返ってくる声はない。今日、この時間に来ることは伝わっているはずなのだが、留守だろうか。
しかし、それにしては――。
「ドアとか空いてるし、不用心のような」
もちろん、ウルクでそう言った犯罪は少ないが、それにしては不用心と言えた。扉を締めていないというのは。
「ドクター?」
「ああ、中の様子を走査してみた。中にマーサー氏なる人物はいないみたいだ。ただ、どうにも変な反応がある」
「そうなると留守ってわけじゃなさそうかな」
「マスターは下がっておれ、まず私から入ろう」
「じゃあ、僕は後ろだ」
「よし、最後尾は任せたまえ」
スカサハ師匠を先頭に、ダビデ、オレ、マーリンの順で中に入る。多くの粘土板が置いてある工房だった。そこら中がぐちゃうぐちゃでよくあるようなアトリエと言った風情。
「ふむ、特に何もないが、怪しいのはあれじゃな」
これ見よがしに置いてある粘土板。
何やらたくさんの人が書かれている。ウルク市を描いたものであるようだが――。
「なんだ、これ。なんか、違和感が……」
かなりすごい絵であるようなのだが、どうにもそれだけではないように感じられて仕方がない。それに、どこかで見たような人たちが描かれているような気すらしている。
「うーん、画家のアトリエというからには、もっとこう、いろいろとあるものだと思っていたけれど、あまりないね」
「期待外れも甚だしいところではあるけれど、さて、マスター君、あまりそれに近づかない方がいい」
「マーリン、それってつまり、今、マーサー氏がここにいない理由とかこれに関係あったりする? 直感だけど、どうにもただ彼が留守にしてるとは思えないんだよね」
よく見れば描きかけだ。そんな絵をほっぽってどこかに行くものだろうか。
「行かないね。少なくとも、描き掛けのままどこかに遊びに行けるほど、画家という生き物は単純じゃない。一区切り、ここまでやる、というところまでやってから、普通はどこかに行くものさ」
ダ・ヴィンチちゃんの意見には同意だった。少なくとも、ほっぽりだしてどこかへ行くとはこの部屋を見ても思えない。
となると、何かしらがったということに他ならないだろう。特に、この絵からは何か嫌な気配を感じる。
だから、とりあえずここを出るべきだろう、そう思い、アトリエを出ると。
「あれ?」
そこは、裏通りではなかった。入ってきた通りではない。どこか別の場所に切り替わっている。ウルクであるが、ウルクではない場所に。
「おー、これはすごいというか、どうしてこんなにも波瀾万丈なんだろうね、君の
「マーリン、意味深なこと言ってないで説明してくれると助かるんだけどね」
「何のことはない。ここはあの絵の中ということさ」
「ふむ、転移の魔術などその手の気配は感じなかったが?」
「それはそうだとも影の女王。なにせ、私たちは移動していない。移動したように見えて、実はあの工房の中にいるのさ」
「それは、もしかして?」
「そう。ありていに言うと、絵の中に吸い込まれたということさ」
なんという古典的な……。
「つまりここは
「さて、どうだろうね。私としても、この絵のコンセプトなんてわかりようがない」
「なるほどな、だが、絵の中だというのなら、ここから出るにはどうすれば良い」
「アレじゃないかな?」
ダビデが指し示したのは幾分か、改造が施されているジグラットだ。
「なるほど、この世界の王様がいるのなら、そこに行ってみるのが一番か」
「そこになにもなくても、高いところから世界を見渡してみるのはいい考えだと思うね」
そういうわけで、オレたちはジグラットへ向かう。何処まで行っても人はいないように見えた。何もないのだ。オレたち以外の存在がない。
「本当に、何かいるのか?」
「うむ、マスター、警戒はしておくように。これは――いるぞ」
スカサハ師匠の言葉と同時にそれは現れた。それは彫像だった。例えるなら、チェスの駒だろう。
それは、こちらに武器を向けている。感じるは敵意。話し合いの余地などなく、今すぐお前たちを無力化すると言っている。
「師匠!」
「心得た! ダビデ王!」
「はいはいっと一つだけ残しておくよ――
ダビデの宝具により兵士の一体が行動不能となる。
「じゃあ、マーリンあれ、回収して来て」
「私は肉体労働担当ではないのだけどね」
「スカサハ師匠の代わりに戦う?」
「それはもっと難しいね。いいとも、回収してくるさ。誰かの指示を受けるのは、得難い経験だからね。何より、今はともに歩む仲間だからね」
マーリンが回収している間に、スカサハ師匠に残りを処理させる。
「師匠」
「さて、では行くとするか。指示は任せる」
「それじゃあまずは――」
兵士の駒の中で唯一違うコマ。ルークの駒を狙う。
おそらくはアレが隊長。まずは頭をどうにかすれば、他はどうとでもできる。
「では、ゆくぞ――」
スカサハ師匠が槍を構えて疾走する。ウルク衣装をたなびかせて朱槍が翻る――。
刺突がポーンの肉体を抉る。見た目通り、岩石の肉体は鋭すぎる刺突を受けて砕け散る。
さらに一歩の踏み込みから腰から身体を回す。その細い縊れに槍を当てるように、回転の力を伝播。
刺突から薙ぎへと接続し、さらにもう一体の兵士を砕く。
「もう少しやる気をだせ、これでは暇つぶしにもならんぞ」
「いやいや、スカサハ師匠の基準の敵が出てこられても困るから」
「それもそうか。マスターを危険にさらすわけにもいかんしな。ほれ、仕舞いじゃ」
一瞬にして、敵は消え失せていた。
「さて、それじゃあ、話を聞くとするか」
「どうかなマーリン?」
「焦らない焦らない。あまり急くと呪文を噛んでしまうからね」
本当、それでいいのかグランドキャスター。
「グランドキャスターと言っても、魔術の実力は問題じゃないんだよ。だよね、ドクターロマン?」
「そうそう。未来、過去、あるいは現在を見渡す千里眼を持っていること。それが冠位の――って、何を言わせるんだい!」
「はは。いいじゃないか。さてと、これで良し」
魔術が発動し、ポーンが立ち上がる。
頭に当たる部分から文字が出る。
「これは?」
「彼らはしゃべる機能はなかったからね。でも、思考はしてるみたいだったから、それを言葉に変換しているのさ」
「なるほど、それでなんて書いてあるの?」
「ここがどんな場所なのかとここの支配者の名前だね」
マーリン曰く、ここは粘土板の国だという。いわゆる、異界だ。固有結界というのが一番近い。どうにも、そう言った粘土を使って作った粘土板に、強い情念を以て絵を描いた結果、生まれた国だという。
まさしく不思議の国だった。女王が治めているらしい。そして、外の人間を引き込んでは捕まえているという話だった。
「目的は?」
「それは女王本人に聞いてみよう」
「わからないのね」
「そうともいうね」
しかし、多くの者を引き込んでいる異界の主。こういうののお約束は、外に出たいとかだと思われる。ともあれ、まずはジグラットに向かわなければ話にならない。
警戒しながら、誰もいないウルクを進む。時折、出てくる彫像の駒を倒しながら進む。スカサハ師匠の敵ではなく、出て来た端から砕いて行った。
ジグラッドまでの通りには砕けた彫像の破片の山が出来たほどだ。その攻撃はどんどん激しくなるが、スカサハ師匠およびダビデ、マーリンを抜くには至らない。
いや、マーリンは何もしていなかったけれど。
そんなわけでジグラッドまで来たわけなのだが……。
「びえーん」
何やら大泣きしている少女が玉座に座っていた。
「えーっと……」
「任せたぞマスター」
「じゃ、そういうことで、マスター」
「ガラじゃないからから頼んだよ」
「ちょ!」
サーヴァント三人はオレを前に押し出して、あとはよろしくと離れている。いや、これをどうにかしろって?
「はぁ――えーっと、あのー?」
「ひっぐ、ひぐ――」
「大丈夫? どうして泣いてるの? とりあえずほら、これで涙を拭いて。可愛い顔が台無しだよ?」
「ぐじゅ、かわ、いい?」
「うん、ほら泣き止んで、可愛い女の子が泣いてるのを見るのは忍びないからね」
「ぐじゅ……わたしの、へい、たいみんなこわされちゃったの……」
「あー」
なるほど、オレたちのせいなのか。うん、ごめん。まさか、この世界の支配者がこんな女の子だとは思いもしなかったわけで。
「お兄ちゃん、だれ? 外の人? でも、なんか違う……いつもなら石になるって、わたしのものになるのに」
「オレは、カルデアのマスター。ちょっと遠くから来たからね。たぶん、そのせいかも」
「遠く!」
「そう、とっても遠く。旅をしてきたんだ」
「旅人さん! たびびとさんなら、一杯お話知ってるよね? 聞かせてほしいなぁ」
「聞かせてあげるよ。ただし、ここに引き込んだ人たちを解放してくれるのなら」
「いいよー」
うんうん、素直な良い子でよろしい。
「かいほうしたよー、お話しよ!」
「そうだね、じゃあまずは――」
いろんな話を彼女にした。
いろんな特異点での旅の話だ。それに彼女は、目を輝かせて聞いていた。彼女は此処から出たことがない。此処しか知らない。
このウルクの街を再現した場所でひとりきり。
「マスター……」
「ああ」
「どうしたの? たびびとさん?」
「うん、そろそろ帰らないと」
「え! やだやだ! もっといっぱいお話ししたい! やっとお話しできるひとに会えたんだもん!」
「マーリン、どうにかならない?」
彼女は此処から出ることができない。大元が絵であるがゆえに出ることができないのだ。
「うーん、こればっかりは私でもなぁ」
「絵だから絵の中から出られない……あっ。もしかしたら出られるかもしれないよ」
「ふえ?」
数時間後。
「出来たぜ、いやあ、良い仕事したぜ」
マーサー氏に頼んで一つの彫刻をオレは作ってもらった。あの女の子そのままの彫刻。するとそれは突然光り輝いたと思うと、色づき動き出した。
「おにい、さん?」
「うん。ようこそ、世界へ」
「うわぁ! すごいすごい! ほんとに、そとにでられたんだ!」
絵だから出られないなら、絵じゃなくせばいいとかいうすごい屁理屈もいいところだったけど、どうにかなったようで良かった。
「さて、それじゃあとりあえず報告に行こうか。この子のことも報告しないとなぁ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「モデルの仕事か。マーサーのやつめが、酷くご機嫌だったぞ。まったく、この我を描いておけばよいものを、描き飽きたなどと言いおって」
「まあまあ。それで、今日はどうでしたか?」
「はい――」
今日の仕事について報告をする。
「いや、待て、なんだ粘土板世界とは、どこから来た」
「これですこれ」
「ただの粘土板ではないか! いや、待て、貴様の後ろにいるその小娘はなんだ。おかしな魔力の流れ方をしているぞ」
オレの後ろに隠れている少女。人見知りなのか、オレの後ろから出ようとしない。
「あー、はい、この子が粘土板の主です」
「毎度毎度、ええい、貴様、何かトラブルに見舞われるのなら一言許可をとってからにしろ!」
「そんなむちゃくちゃな」
「それで、その子はどうするのですか?」
シドゥリさんがそう聞いてくる。行く当てがないのならこちらで引き取るといいたげだが。
「どうする?」
「たびびとさんといく」
「だそうで」
まあ、カルデア大使館にはまだまだ部屋はあるし、一人増えても大丈夫だろう。
「修羅場になるな」
「修羅場だねぇ」
「いやー、本当君たちといると飽きないよ」
後ろの三人が不穏なことを言っていたが、とりあえず無視することにした。
もちろん、大変なことになったのは言うまでもない。
CCCイベ楽しみー。
さあ、幼女を手に入れたマスター。
たいへんなことになったのは言うまでもない。
え、なんで幼女を出したかって?
言わせるなよ、わかるだろ(愉悦)