左翼を相手取るのは武蔵坊弁慶。
その名が示す通り、相手をその場に釘付けにして離さない。
それも当然だ。誰もかれもが武蔵坊弁慶という男を無視することなどできない。彼は英雄だ。源義経に仕えた忠実なる男。
まさしく最強の大男。義経と共に数多の戦を戦い抜き、倒れることなく散った英雄だ。極東の島国に在りし大英雄。
その威容は、サーヴァントとなった今ですら不滅。いいや、語る者であるがゆえに、それは語られたがゆえに、何よりも強大になっている。
薙刀を振るえば、たちまち雑兵の体など容易く吹き飛び、吠えたてる喝破の声すらも強大な兵器としての威力を内包している。
振るえば吹き飛ぶ雑兵ども。その威圧、その圧力に何人たりとも抗う事能わず。これこそが武蔵坊弁慶であると言わんばかりの剛力無双がここに顕現する。
強いなんてものでは足りない。最と強の二文字こそを求める。
「さあさあ、この程度で拙僧を止めようなどと! まったくもって足りませぬ!!!」
振り荒れる薙刀の嵐。巻き起こる風はあらゆる全てを切り裂くが如し。
「まったくハッスルしすぎただが、良いぞ、弁慶。そのまま暴れていろ。その間に、もう少しもらっていく」
「ははは――なんと良きことか――では、もっと暴れますかな!」
その風にのって飛ぶは主たる牛若丸。右翼まで届くほどの激風に乗り、舞い踊る天女が如く、首を刈る。降る血しぶき、つみあがる死体に、流れる血。
屍山血河を築いてなお、主従は止まらない。
離れてなお、途切れぬ連携。もとより絶対魔獣戦線において戦い続けるサーヴァントである。一騎当千など当然であり、この程度の軍勢に後れを取ることなどありえない。
「しかし、数が多いな。これでは、主殿に届けるのも一苦労だ」
「そうですなぁ、集めるのも一苦労です」
「まあ、集めるのは貴様だがな弁慶」
「なんと!?」
物騒な会話だが、それをやるくらいには余裕だという証拠。しかし、いつまでこれが続くか。敵の軍勢は多い。こんなものがウルクの地下から這い出して来たのなら、地上はさらに混乱の坩堝だ。
阿鼻叫喚の地獄がウルクを覆いつくす。そうなれば、絶対魔獣戦線などと言ってもいられないだろう。
「ウルク、敵が多すぎるだろ」
こんな地下の軍勢にまで狙われているというのだから、本当に悲惨というかなんというか。
「ええ、全くです」
同意したのは清姫だった。
後方に火を吐き死体を積み上げて炎の壁を創り出している彼女。今日の彼女は一味違う。浮気という彼女における禁忌を前に、彼女は今、猛っている。
女であるがゆえに、女の不義が許せない。自らはそんなことなど絶対にしないという自負が、焔となってヨヒメンたちに襲い掛かる。
だが、それでは足りない。ゆえに――
「やっと来た」
「いっくわよー!!」
音の衝撃とともに援軍が到着する。
後方。敵の背後から、援軍として一人のサーヴァントが参戦する。
フリフリの衣装に身を包んだサーヴァント。
エリザベート・バートリ。
音を束ねた咆哮が、敵を後方から食い破る。
「――どうして援軍があのドラ娘なのでしょう」
「なんか文句あんの田舎リス!」
「はい。大ありです」
「はいはい、喧嘩しないの。すぐにこれそうだったのが、エリちゃんだけだったんだから仕方ないでしょ」
エリちゃんだからねとしか言いようがない。営業の仕事とか言っていたけれど、宣伝ライブでもやったのだろう。そのおかげで、早々に追い返されたらしい。
もっと頑張りましょうというハンコをあとで額に押してあげるとして、戦力としての彼女は実に良い。
今は、だいぶマシになっているとは言えど、知らない他人相手だとこうなるのだから、怖いものだ。まあ、わざと出している分も今ではある。
なんというか、頑張りすぎて上達しまくったおかげで、攻撃にならなくなってくるので、戦闘時はあんな調子にしているわけなのだが。
「ちょっと、子イヌ!? 今、
「言ってないよ。
「明らかにおかしいわよね!?
何もしてない。ただ、ちょっとこうね、エリちゃんって、褒めるとすぐ調子に乗るし、こちらの計算を超えてすごいことしだす。
あと、実は、ずっと言おうと思っていたんだけど、大切な素材を勝手に食べ――。
「あーあー、きーこーえーなーいー」
まあ、来てくれたことには素直に感謝だ。どう考えても手が足りなかったところに、彼女の参戦は感謝以外の何物でもない。
オレが参戦してなかったのは、彼女の誘導もあった。
「さて、戦力としてはこれで充分か。あとは――」
これをどうやって終わらせるかだ。
これを全て殲滅するのは出来なくはない。ただ、それは心情的にどうなのだろう。相手はこちらと似たような種族であり、いや、角とかあるが、個体的には似ている。
全滅させるのは、ちょっとで済ませていい問題じゃないし、人理的にこれを滅ぼして大丈夫なのか定かではない。
このような場所の常としてドクターと連絡が取れないのが悲しいところだ。ヨヒメンなる種族について調べてもらったら早いのだが。
「やっぱり撤退するか」
却下。
ここまで来て、ここまで戦って見逃してくれるはずもない。
まずは、この戦闘を止める激烈な変化。それが必要だった。
エリちゃんの参戦もそこまでには至らない。
「――お待ちください!」
その時だった。声が戦場に響き渡り、戦場のあらゆる行動が止まる。それは、ヨヒメンの一人だった。一目でわかった。それは、浮気調査でオレたちが尾行していた奥さんだ。
「姫様!」
多くの兵士が彼女の登場に傅く。どうやら、彼女は、聞く通りの姫様なのだろう。
「これ以上の戦いはなりません」
「ですが、奴らは地上人、我らの敵なのですぞ!」
「そうでしょう。しかし――私は知ったのです。地上人も、我らと何一つ変わらないと。それに、私はあの人を愛してしまった」
地上を征服するために、自ら、そこに赴き、情報を収集していた時、ヨヒメンである彼女はキッシナムウ氏と出会い、愛を知ったのだという。
ゆえに、彼女は地底に戻り、戦を止めようとしたのだという。愛する人のために、愛する人を守るために。
「私たちは手を取り合えるのです。私と彼がその証明となるでしょう。私は、彼を愛しているのです!
だから、今は、矛をおさめましょう。もう、無駄な血など流したくはないのです」
「ですが――」
「皆さんにも待つ者はいるでしょう。なにより、我々から始めた戦です。その犠牲は、我らの責。殺そうとするのです、殺されもするでしょう」
その言葉に、誰もが武器を下げていく。そして、奥さんはこちらにやってきた。
「我が同胞が失礼をしました」
「いえ、大丈夫です」
「ありがとう。我々は、地上の穴を塞ぎます。そして、地下で再び手を取り合えるようになるのを待つつもりです」
「でも――」
「あのひとには、私は浮気をしていたと、伝えてください」
それでいいのか。
彼女はただ頷いた。
「ちょっと、それでいいの!?」
「そうです。夫を愛しているのならば――」
「愛しているが故です。私が地上に残ればそれがまた波乱を呼ぶことになるでしょう。主流派のほとんどは、停戦に応じましたが、いまだ、過激派がなにをするかわかりません。
私が地上に残っていれば、あのひとに迷惑をかけることになるかもしれません。ですから、我らと地上の王が手を取り合えるその日が、いつか来るまで、地下で待ちます」
「…………それでいいの?」
「はい」
「わかった。だったら――待て、しかして希望せよ、だ」
いつかなんて言わない。すぐにでも、ギルガメッシュ王に他種族との交流について相談する。あの王様のことだ、地下帝国の住人だろうが、その懐に抱え込める。
何より、サーヴァントとも戦えるような精強な軍勢ならこの絶対魔獣戦線を支えるために否とはいわないだろう。
「いつになるかはちょっとわからないけれど、すぐに地上に出てこれるさ」
「ありがとう、異邦の方」
そうして、浮気騒動からのヨヒメン騒動は幕を閉じた。
「まさか、あの方の一言で戦いが止まるとは」
「愛だね」
「愛、ですか……すごいですね、愛」
ともあれ、依頼としてはこれで解決だろう。キッシナムウ氏には本当のことを包み隠さず話すことにして、あとはギルガメッシュ王に、今回にことを報告して、相談できれば一番だ。
それが一番の高難易度だが、やるだけのことはやるさ。
「――そして、ヨヒメンという種族に遭遇しました」
「おい、待て、どうして浮気調査がそんなことになる」
そういうわけで、ギルガメッシュ王に報告に来たのだが、意外にも食いつきが良い。
「それから、愛が――」
ごくりと喉を鳴らすギルガメッシュ王。
「あの、王?」
シドゥリさんの報告のついでで、どうせ面白くないだろうからと報告していたのだが、途中からこちらに聞き入っているようだった。
「決算であろう、聞いていたわ。いいところで水を差しおって! 我の宝物庫からニサバの帯をくえれてやれ。エレシュ市の巫女長であればそれで釣りがくるわ。
ともあれ、報告は理解した。他種族との婚姻と、ヨヒメンどもとの同盟であろう。前向きに検討してやる。サーヴァントに圧倒されはしたが、それだけの軍事力、遊ばせておくなど愚か者のすることよ」
とりあえず、いい感じの約束も取り付けられたとして、今回の仕事は終了した。
「聞き入ってたな、ギルガメッシュ王」
「はい。ですが、浮気調査と思ったら、ヨヒメンという他種族が出てきた、というお話であれば、わたしもきっとああなると思います」
「ヨヒメン――なんという良妻。わたくしも斯くありたいと思います」
「きよひーは、もう十分、良妻だと思う」
「――――」
「清姫が、無言で鼻血を出して倒れた!?」
「清姫さん!?」
「あははは」
「はは」
そんなオレたちの慌てぶりを見て笑う牛若主従。
「いやはや、マスター殿を見ていると飽きないですね!」
「まったくもってその通りですね、義経殿」
「いや、わらってないで、手伝って!?」
「おっと、では拙僧がおぶっていくとしましょう」
倒れた清姫を弁慶に抱えてもらって、帰路につく。相変わらずウルクの大市はにぎわっている。
「三女神同盟に攻められているとは思えないな」
滅びに瀕してなお、笑えるというのは、それだけ滅びになれているということなのだろうか。本当に、頭があがらない。
この人たちはオレたちなんかよりもよっぽど強いのだなと感じてしまう。
「北の魔獣戦線と南の密林。あとはイシュタルの無差別爆撃。ウルクは三方から別の侵略を受けています」
北はレオニダスによってなんとかなっているが他はどうにもできない。密林はなんだかわからない。誰も帰還しない。
そう牛若丸が言う。なるほど、聞けば聞くほど困難な状況だ。オレだったら、きっと笑っていられない。
「それにしても三女神同盟の狙いはなんなんだろう」
「狙いはウルクの大杯でしょう。莫大な魔力を持つ器だという話です」
「ん?」
「ちょっと待った――色々と聞きたいことはあるんだけど、今、ウルクの大杯と言ったかい? それは、あのギルガメッシュ王が持つ聖杯のことかい?」
「ドクター殿? ええ、言いましたが? ウルクにある聖杯といったらそれですが?」
――やっぱり。
「ああ、そうか。くそう、マーリンめ、言ってくれればいいのに!」
「ドクター? いったいどうしたというのです?」
「ギルガメッシュ王が持ってる聖杯。あれは、ボクらの探している聖杯じゃないんだよ」
「そうなんですか!?」
「そうなると、この時代のどこに聖杯があるのか探さないと。あるとしたら、三女神同盟なんだろうけど」
この都市から出ることが現状出来ない以上、考えてもしかたない。今は、ひたすら回される仕事をこなしていくだけだ。
そうやって帰っていると、他のメンツも丁度帰りだったようだ。
「お、マスターじゃねえか。そっちも終わったか? って、なんだ。一筋縄じゃあいかなかったみたいだな」
クー・フーリンが言う通り、まさしくそうだったわけなのだが。
「まあ、帰ったら話すよ」
ともあれ、今日の仕事も無事終了。
みんなも無事に給料をもらって、思い思いの過ごし方を夢想しているのだろう。
一部を共有の生活費として貯蓄して、残りはみんなでわける。遊ぶには少し足りないだろうが、これからの生活でもっと稼げることもあるだろう。
このウルクには、まだまだ様々な仕事が眠っているのだ。
マシュがつくった料理に舌鼓を打ち、今日もまた夜が来る――。
というわけで、絶対魔獣戦線に戦力補充というところで一つ。
バレンタインイベ来週かららしいですね。
エレナさんにチョコ貰いに行ってエドモンにチョコあげるんだぁ。
あとは、武蔵ちゃんからももらいたいし、楽しみだなぁ。