西側へ向かうと、しばらくしてジャンヌと合流できた。
「良かった。そちらは」
「ゲオルギウスと呼ばれています」
無事に聖人も保護できたようだ。だが――。
「マリーさんは?」
マリーさんの姿がどこにもない。
「マリーは……」
ジャンヌは答えない。
――いいや。彼女は明確に答えている。
言いよどむその姿が、明確に答えを注げていた。ワイバーンの襲撃。そこからサーヴァントの襲撃。逃げきれないと悟り、残ったのだ。こちらに希望をつなぐために。
「そんな……」
「そうか。んー、なら仕方ないな。僕らがいても彼女は残っただろう」
「アマデウス、それはあまりにも……」
淡泊すぎるだろう。悲しくないのか。
涙をこらえるのに必死だというのに。
「はは。そうだね。でも、わかっていたことさ。マリアは限りない博愛主義者だからね」
アマデウスは言った。普段通りの調子で。
「そういう生き方をして、そういう死に方をする女さ」
「でも……」
「未練がましすぎるよ。それに、こうしている間に敵が来るかもしれない。だから、早くジークフリートの呪いを解いてやってよ。ここで彼の呪いを解けなかったら、それこそマリアに合わせる顔がない」
「は、はい!」
わからない。どうして、そんな風に笑えるのかが。
別れもできなかったというに。
「別れならできたよ」
「え……?」
「マリアがピアノの話をしただろう? アレ、彼女なりの別れの言葉なのさ。生前一度も叶わなかったからね」
だからこそ、それが別れの言葉になる。
ピアノを聴かせて。
それは、生前叶わなかったからこその言葉ではなく、生前叶わなかった。死に分かれたからこその言葉。
「だから、僕には止めようがない。ああ、でもまあ、さすがに二度の別れは堪えるね。一度目より辛い。なにせ、もう出会えないかと思うと余計にね」
「だったら……」
――だったらなんで、おまえは、そんな風に笑えるんだ。
アマデウス・ヴォルフガング・モーツァルト。
どうして、君は、そんな風に笑えるんだ。
別れは辛いじゃないか。
だったら、泣き叫んだっておかしくないだろう。僕なら、きっとそうなってしまうというのに。
どうして、あなたは……。
「はは。僕はクズだからね。でもまあ、疲れたよ。だから、少し席を外すよ」
「アマデウス……」
「ま――」
「マシュ、駄目だ」
わかった。わかってしまった。彼だってそう、辛いのだ。けれど、笑うのだ。きっとそれは、こちらに心配を書けないようにするためのものでもあるし。
そういう顔を見せたくないのだということもあるのかもしれない。
「そうよね……誰だって1人になりたいときだってあるわよね」
「ええ、マシュは男心がわかっていません」
「……なんでいるんですか?」
エリザベートと清姫。勝手についてきていた。
「別にいいじゃない」
「わたくしたちがいて不満ですか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「ではよいではありませんか。ああ、そうでした。マスター?」
「オレ?」
「はい、貴方です。仮ですが、マスター契約を結んでくださいますか?」
仮契約? それは味方になってくれるということ?
「ええ、そうです。そう考えてもらっても構いません」
「えっと、それじゃあ」
清姫に手を差し出す。そして、指切りげんまん。
「はい、これで契約は完了です。以後、わたくしに嘘をついた場合、針を千本吞んでもらいます」
「は? え……」
「よろしいですね? それでは、よろしくお願いします」
悪寒が背中を走る抜ける。何か嫌な予感がしたのだが、その正体は掴めず、その予感もジークフリートの呪いが解けたことによってすっかりと忘れ去ってしまった。
ジャンヌ一人ではどうしても不可能だっただろう。だが、ゲオルギウスのおかげで無事に解呪が出来た。
そして、それはすべてマリーさんが身を挺して守ってくれたからだ。
「私は、彼女がその身を挺して守ろうとしたものを守りたいと思います――この時代、この世界、この国を。
だから、倒しましょう。竜の魔女を……そして、竜を倒しましょう」
「――すまない。ようやく動けるようになった。感謝する。マスター。あなたたちが骨を折ってくれたこと、心より感謝する。
そして、返礼として、剣を預ける。この身はマスターの剣であり、盾である」
「ありがとう」
心強いサーヴァントが味方になってくれた。これならば、きっと勝てるかもしれない。彼のようなサーヴァントを従えるなんて、できるはずがない。
けれど――それでも。
「――行こう、オルレアンへ」
「はい、了解しましたマスター!」
「そういうコトなら、手伝ってあげてもいいわよ、子イヌ」
「あら、エリザベート。わたくしの
「アンタ、いまとんでもない変換しなかった? まあ、いいわ」
オルレアンへと僕らは向かう。
「行きましょう、世界を救うために。どうか、マスター」
「ああ、行こう」
みんなが期待するマスターとして。
――何かがひび割れる音がした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「今夜はここで野営だ。ルーンを刻んだから安心して休みな。明日は決戦だからな」
オルレアンの手前で最後の野営をする。すっかりと野営になれたといえばいいのだろうか。てきぱきと動けるようになっていた。
食事がただのワイバーン焼きなのだけは勘弁してほしいと思ったが、この時だけは違った。清姫が料理が出来たのだ。
ワイバーンの肉があれよあれよと美味しい料理になってしまった。どういうわけか、僕の好みの味付けで。
「おいしいですか、
「うん、おいしいよ」
おいしすぎる。怖いくらいに。
でもそれは言わない。彼女は、僕の為に作ってくれたのだから。
「――あら、アマデウスさんとマシュさんは?」
食事を終えると、アマデウスとマシュがいない。水汲みにいったようだけど、何か話をしているのだろうか。
「どこかで話をしていると思う」
「そうですか……」
「不安?」
「……ええ、少し」
ジャンヌも不安に思うことがあるんだ。そう思った。
「サーヴァントとは言え、今の私は、少しだけ遠いですから。不安も感じます」
「…………」
「ごめんなさい。明日は決戦だというのに」
「ううん、謝る必要はないよ。きっと誰だって不安になるよ」
明日は命を懸けた決戦なのだから。負ければすべてが終わってしまう。絶対に勝たなければならない戦争なのだから。
「でも、大丈夫。なんとかなるよ」
「……不思議ですね。貴方にそう言われると、本当にそうなると思えてしまいます。どうか、明日はよろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく」
そんな風に話しているとマシュとアマデウスが戻ってきた。
「おかえり。何か話していたの?」
「ただいま帰りました、先輩。はい、アマデウスさんに少し質問を」
「そっか……」
「先輩、先輩は……いえ。なんでもありません。明日は頑張りましょう」
「うん、頑張ろう」
頑張ろう。頑張ろう。頑張ろう。
自分に言い聞かせる。今にも逃げ出してしまいそうな弱い自分に。何もできない自分に。
横になってもずっと一晩中そう言い聞かせ続けた。
「作戦だが――正面突破しかないだろう」
翌朝、作戦会議を行う。こちらの数は少なく、相手に居場所を知られている。正面突破。
「ファヴニールは、俺とマスターのグループが受け持とう。他は、サーヴァントとワイバーンたちから俺たちを守ってほしい」
正面突破する上で、勝利する上で、重要なのはファヴニールをジークフリートが倒せるかどうかだ。
そのために、戦いに専念してもらうために、他を押さえるのは定石といえるだろう。
「あ、
「構わないよ」
もとよりサーヴァントを押さえてもらおうと思っていたのだ。だからエリザベートが、一体でも抑えてくれるのならば助かる。
「
「私は必然的に、竜の魔女を相手にすることになりますね」
「勝てますか?」
ゲオルギウスが、ジャンヌに問う。
「勝ちます」
彼女はそう言った。強く。強く。相手が何であっても勝つと。
「んー、僕は特に……ああ、いや、一人いたな。なら、僕もそいつに専念させてもらうさ。おそらく、僕が相手をしないといけないだろうからね」
「では、わたくしは旦那様のおそばで適当に火を吐いておりますね」
「同じく、マスターのところで敵を燃やしてやるよ」
「うむ、全員問題ないということだな」
「――よし、行こう、オルレアンへ!」
オルレアンへ向かって、僕らは進軍を始める。その途中で、狂化したアーチャーに襲われた。
本来ならば、竜の魔女の下につくようなものではないアーチャー。哀れな彼女。
僕らは彼女を倒して、先を急ぐ。
「これでいい。まったくもって、厄介でどうしようもなく損な役回りだった」
彼女はそう言って消えていった。
そして、僕らは、黒ジャンヌと相対する。
「あら、私の残り滓ではありませんか」
「私は貴女の残骸ではありません。そもそも、貴女ではありません」
「? 何を言っているのでしょう」
「今、何を言っても聞かないでしょう。この戦いが終わってから、存分にお話しさせていただきます」
「ほざけ!」
この軍勢が見えないのかと彼女は叫ぶ。ワイバーンの竜の軍勢。もはやフランスは竜の巣。
あらゆるものは喰われ、すべては滅びる。
これで、世界は終わる。
これで、世界は破綻する。
それこそが真の百年戦争。
あらゆる全てを滅ぼして、あらゆる全てが消え失せる。
それこそが、邪竜百年戦争。
「そうか――」
だが――。
「何……!?」
現れる英雄。これより先、悲劇に出番はない。お前の出番は終わりだ。疾く、舞台より降りるが良い。
これより先は、英雄の舞台。悲劇などありえない。
さあ刮目せよ、いざ讃えん。その姿に人々は希望を見るがいい。
あふれ出る閃光の煌めきが闇夜を照らす。まさしく、世界を照らす
彼は紛れもなく英雄だった。鎧を身にまとい、大剣を手にし、邪竜の前に立つ男の姿は、希望そのもの。
だが、それだけではない。
「撃て!」
ファヴニールに放たれる砲撃。
「ここがフランスを守れるかどうかの瀬戸際だ! 全砲弾を撃って撃って、撃ちまくれ!!」
「ジル……!」
ここにはまだ、諦めていない者たちがいる。
「こちらには聖女が付いている!! 勝利は、我らの手の中にあるのだ!!」
フランスが奮起している。滅びることなどないと。
「すごいな……」
人間はこんなにも強いのだと見せてくれる。
「ジークフリート」
「ああ――」
三度目の相対。
これより先は、決戦だ。
「邪悪なる竜よ! 俺は此処にいるぞ!!」
決戦が始まる。
「我がサーヴァントたちよ、前に!!」
現れるヴラド三世とデオン。
「クー・フーリン、マシュ!」
「はい!」
「応よ!」
ジークフリートの邪魔はさせない。
「やあ!!」
マシュの盾の一撃が放たれる。
「く――」
デオンの剣がそれを受け止める。
「はあ!」
デオンの剣が放たれるが、それをマシュはすべて盾で受け止める。受け止めて、盾を振るう。攻防一体。
デオンが懸命に剣技を放つも、その全てはマシュの盾の前には通じない。あの盾はどうやっても破れない。
「これで、倒れて!」
「く――」
マシュの一撃がデオンへと叩き込まれる。
「ぬぅ、貴様、キャスターではなかったのか」
「さてねえ!!」
ヴラド三世を相手に、クー・フーリンは杖を槍のかわりにして近距離戦を挑んでいた。キャスターという非力なサーヴァントとは思えないほどに巧みな杖捌き。
いいや、アレは槍だ。ルーンによる炎の槍。それがヴラド三世の槍と激突し、衝撃をまき散らしている。
「こいつで、仕舞いだ!」
「ぐ――」
デオンとヴラド三世が倒れる。
「――これでいい」
「ああ、これで良い」
2人まるでここで消えることを望んでいたかのようだった。
「これでようやくやめることができる。王妃には謝罪を」
「余の夢も、野望も潰えた。フッ、だが、これでよいのだろうな――」
デオンもヴラド三世も消滅する。
「――最後は、俺か」
最後はファヴニール。あいつを倒せばこの場における趨勢が決まる。
「ジークフリート」
「すまない。絶対に勝てる、とは言えない。あれは勝利して当然の戦いではなく、無数の敗北から、わずかな勝ちを拾い上げるような戦いだった」
――ちょ!?
「どういて勝てたのか、俺もわからない。だが――マスター。
慎重に策せ。
大胆に動け。
広い範囲で物事を視ろ。
深く一点に集中しろ」
海のように。
空のように。
光のように。
闇のように。
「矛盾する二つの行動をとれ。邪悪なる竜と戦うためではなく、これから先も戦うのなら、マスター、覚えておいてほしい。この竜を殺すしか能がないサーヴァントの言葉でも覚えておいてほしい」
「――わかった」
「覚悟はいいか?」
「ああ!」
――そんなわけはなかった。
でも――やるしかないのだ。
もう何度もやってきた。
いい加減なれただろう。
「ああ、行こう!!」
――何かがひび割れる音がした。
「大胆なマスターだ……では、行くぞ、ファヴニール! 土にかえるが良い!!」
そして、黄昏の剣が――邪竜を打ち倒す。
それはまるで、いいや、本当の英雄譚だった――。