Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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邪竜百年戦争 オルレアン 8

 西側へ向かうと、しばらくしてジャンヌと合流できた。

 

「良かった。そちらは」

「ゲオルギウスと呼ばれています」

 

 無事に聖人も保護できたようだ。だが――。

 

「マリーさんは?」

 

 マリーさんの姿がどこにもない。

 

「マリーは……」

 

 ジャンヌは答えない。

 

 ――いいや。彼女は明確に答えている。

 

 言いよどむその姿が、明確に答えを注げていた。ワイバーンの襲撃。そこからサーヴァントの襲撃。逃げきれないと悟り、残ったのだ。こちらに希望をつなぐために。

 

「そんな……」

「そうか。んー、なら仕方ないな。僕らがいても彼女は残っただろう」

「アマデウス、それはあまりにも……」

 

 淡泊すぎるだろう。悲しくないのか。

 涙をこらえるのに必死だというのに。

 

「はは。そうだね。でも、わかっていたことさ。マリアは限りない博愛主義者だからね」

 

 アマデウスは言った。普段通りの調子で。

 

「そういう生き方をして、そういう死に方をする女さ」

「でも……」

「未練がましすぎるよ。それに、こうしている間に敵が来るかもしれない。だから、早くジークフリートの呪いを解いてやってよ。ここで彼の呪いを解けなかったら、それこそマリアに合わせる顔がない」

「は、はい!」

 

 わからない。どうして、そんな風に笑えるのかが。

 別れもできなかったというに。

 

「別れならできたよ」

「え……?」

「マリアがピアノの話をしただろう? アレ、彼女なりの別れの言葉なのさ。生前一度も叶わなかったからね」

 

 だからこそ、それが別れの言葉になる。

 ピアノを聴かせて。

 

 それは、生前叶わなかったからこその言葉ではなく、生前叶わなかった。死に分かれたからこその言葉。

 

「だから、僕には止めようがない。ああ、でもまあ、さすがに二度の別れは堪えるね。一度目より辛い。なにせ、もう出会えないかと思うと余計にね」

「だったら……」

 

 ――だったらなんで、おまえは、そんな風に笑えるんだ。

 

 アマデウス・ヴォルフガング・モーツァルト。

 どうして、君は、そんな風に笑えるんだ。

 

 別れは辛いじゃないか。

 だったら、泣き叫んだっておかしくないだろう。僕なら、きっとそうなってしまうというのに。

 どうして、あなたは……。

 

「はは。僕はクズだからね。でもまあ、疲れたよ。だから、少し席を外すよ」

「アマデウス……」

「ま――」

「マシュ、駄目だ」

 

 わかった。わかってしまった。彼だってそう、辛いのだ。けれど、笑うのだ。きっとそれは、こちらに心配を書けないようにするためのものでもあるし。

 そういう顔を見せたくないのだということもあるのかもしれない。

 

「そうよね……誰だって1人になりたいときだってあるわよね」

「ええ、マシュは男心がわかっていません」

「……なんでいるんですか?」

 

 エリザベートと清姫。勝手についてきていた。

 

「別にいいじゃない」

「わたくしたちがいて不満ですか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

「ではよいではありませんか。ああ、そうでした。マスター?」

「オレ?」

「はい、貴方です。仮ですが、マスター契約を結んでくださいますか?」

 

 仮契約? それは味方になってくれるということ?

 

「ええ、そうです。そう考えてもらっても構いません」

「えっと、それじゃあ」

 

 清姫に手を差し出す。そして、指切りげんまん。

 

「はい、これで契約は完了です。以後、わたくしに嘘をついた場合、針を千本吞んでもらいます」

「は? え……」

「よろしいですね? それでは、よろしくお願いします」

 

 悪寒が背中を走る抜ける。何か嫌な予感がしたのだが、その正体は掴めず、その予感もジークフリートの呪いが解けたことによってすっかりと忘れ去ってしまった。

 ジャンヌ一人ではどうしても不可能だっただろう。だが、ゲオルギウスのおかげで無事に解呪が出来た。

 

 そして、それはすべてマリーさんが身を挺して守ってくれたからだ。

 

「私は、彼女がその身を挺して守ろうとしたものを守りたいと思います――この時代、この世界、この国を。

 だから、倒しましょう。竜の魔女を……そして、竜を倒しましょう」

「――すまない。ようやく動けるようになった。感謝する。マスター。あなたたちが骨を折ってくれたこと、心より感謝する。

 そして、返礼として、剣を預ける。この身はマスターの剣であり、盾である」

「ありがとう」

 

 心強いサーヴァントが味方になってくれた。これならば、きっと勝てるかもしれない。彼のようなサーヴァントを従えるなんて、できるはずがない。

 けれど――それでも。

 

「――行こう、オルレアンへ」

「はい、了解しましたマスター!」

「そういうコトなら、手伝ってあげてもいいわよ、子イヌ」

「あら、エリザベート。わたくしの想い人(マスター)に子イヌとは失敬ですよ」

「アンタ、いまとんでもない変換しなかった? まあ、いいわ」

 

 オルレアンへと僕らは向かう。

 

「行きましょう、世界を救うために。どうか、マスター」

「ああ、行こう」

 

 みんなが期待するマスターとして。

 

 ――何かがひび割れる音がした。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「今夜はここで野営だ。ルーンを刻んだから安心して休みな。明日は決戦だからな」

 

 オルレアンの手前で最後の野営をする。すっかりと野営になれたといえばいいのだろうか。てきぱきと動けるようになっていた。

 食事がただのワイバーン焼きなのだけは勘弁してほしいと思ったが、この時だけは違った。清姫が料理が出来たのだ。

 

 ワイバーンの肉があれよあれよと美味しい料理になってしまった。どういうわけか、僕の好みの味付けで。

 

「おいしいですか、旦那様(ますたぁ)?」

「うん、おいしいよ」

 

 おいしすぎる。怖いくらいに。

 でもそれは言わない。彼女は、僕の為に作ってくれたのだから。

 

「――あら、アマデウスさんとマシュさんは?」

 

 食事を終えると、アマデウスとマシュがいない。水汲みにいったようだけど、何か話をしているのだろうか。

 

「どこかで話をしていると思う」

「そうですか……」

「不安?」

「……ええ、少し」

 

 ジャンヌも不安に思うことがあるんだ。そう思った。

 

「サーヴァントとは言え、今の私は、少しだけ遠いですから。不安も感じます」

「…………」

「ごめんなさい。明日は決戦だというのに」

「ううん、謝る必要はないよ。きっと誰だって不安になるよ」

 

 明日は命を懸けた決戦なのだから。負ければすべてが終わってしまう。絶対に勝たなければならない戦争なのだから。

 

「でも、大丈夫。なんとかなるよ」

「……不思議ですね。貴方にそう言われると、本当にそうなると思えてしまいます。どうか、明日はよろしくお願いします」

「うん、こちらこそよろしく」

 

 そんな風に話しているとマシュとアマデウスが戻ってきた。

 

「おかえり。何か話していたの?」

「ただいま帰りました、先輩。はい、アマデウスさんに少し質問を」

「そっか……」

「先輩、先輩は……いえ。なんでもありません。明日は頑張りましょう」

「うん、頑張ろう」

 

 頑張ろう。頑張ろう。頑張ろう。

 自分に言い聞かせる。今にも逃げ出してしまいそうな弱い自分に。何もできない自分に。

 

 横になってもずっと一晩中そう言い聞かせ続けた。

 

「作戦だが――正面突破しかないだろう」

 

 翌朝、作戦会議を行う。こちらの数は少なく、相手に居場所を知られている。正面突破。

 

「ファヴニールは、俺とマスターのグループが受け持とう。他は、サーヴァントとワイバーンたちから俺たちを守ってほしい」

 

 正面突破する上で、勝利する上で、重要なのはファヴニールをジークフリートが倒せるかどうかだ。

 そのために、戦いに専念してもらうために、他を押さえるのは定石といえるだろう。

 

「あ、(アタシ)は、倒さなくちゃいけない相手がいるから、そいつに専念してもいいかしら」

「構わないよ」

 

 もとよりサーヴァントを押さえてもらおうと思っていたのだ。だからエリザベートが、一体でも抑えてくれるのならば助かる。

 

(アタシ)的には、それさえ達成すれば文句はないわ。暇だったらその後も手伝ってあげる」

「私は必然的に、竜の魔女を相手にすることになりますね」

「勝てますか?」

 

 ゲオルギウスが、ジャンヌに問う。

 

「勝ちます」

 

 彼女はそう言った。強く。強く。相手が何であっても勝つと。

 

「んー、僕は特に……ああ、いや、一人いたな。なら、僕もそいつに専念させてもらうさ。おそらく、僕が相手をしないといけないだろうからね」

「では、わたくしは旦那様のおそばで適当に火を吐いておりますね」

「同じく、マスターのところで敵を燃やしてやるよ」

「うむ、全員問題ないということだな」

「――よし、行こう、オルレアンへ!」

 

 オルレアンへ向かって、僕らは進軍を始める。その途中で、狂化したアーチャーに襲われた。

 本来ならば、竜の魔女の下につくようなものではないアーチャー。哀れな彼女。

 

 僕らは彼女を倒して、先を急ぐ。

 

「これでいい。まったくもって、厄介でどうしようもなく損な役回りだった」

 

 彼女はそう言って消えていった。

 

 そして、僕らは、黒ジャンヌと相対する。

 

「あら、私の残り滓ではありませんか」

「私は貴女の残骸ではありません。そもそも、貴女ではありません」

「? 何を言っているのでしょう」

「今、何を言っても聞かないでしょう。この戦いが終わってから、存分にお話しさせていただきます」

「ほざけ!」

 

 この軍勢が見えないのかと彼女は叫ぶ。ワイバーンの竜の軍勢。もはやフランスは竜の巣。

 あらゆるものは喰われ、すべては滅びる。

 

 これで、世界は終わる。

 これで、世界は破綻する。

 

 それこそが真の百年戦争。

 あらゆる全てを滅ぼして、あらゆる全てが消え失せる。

 それこそが、邪竜百年戦争。

 

「そうか――」

 

 だが――。

 

「何……!?」

 

 現れる英雄。これより先、悲劇に出番はない。お前の出番は終わりだ。疾く、舞台より降りるが良い。

 これより先は、英雄の舞台。悲劇などありえない。

 さあ刮目せよ、いざ讃えん。その姿に人々は希望を見るがいい。

 あふれ出る閃光の煌めきが闇夜を照らす。まさしく、世界を照らす英雄(キボウ)が降り立った。

 

 彼は紛れもなく英雄だった。鎧を身にまとい、大剣を手にし、邪竜の前に立つ男の姿は、希望そのもの。

 

 だが、それだけではない。

 

「撃て!」

 

 ファヴニールに放たれる砲撃。

 

「ここがフランスを守れるかどうかの瀬戸際だ! 全砲弾を撃って撃って、撃ちまくれ!!」

「ジル……!」

 

 ここにはまだ、諦めていない者たちがいる。

 

「こちらには聖女が付いている!! 勝利は、我らの手の中にあるのだ!!」

 

 フランスが奮起している。滅びることなどないと。

 

「すごいな……」

 

 人間はこんなにも強いのだと見せてくれる。

 

「ジークフリート」

「ああ――」

 

 三度目の相対。

 これより先は、決戦だ。

 

「邪悪なる竜よ! 俺は此処にいるぞ!!」

 

 決戦が始まる。

 

「我がサーヴァントたちよ、前に!!」

 

 現れるヴラド三世とデオン。

 

「クー・フーリン、マシュ!」

「はい!」

「応よ!」

 

 ジークフリートの邪魔はさせない。

 

「やあ!!」

 

 マシュの盾の一撃が放たれる。

 

「く――」

 

 デオンの剣がそれを受け止める。

 

「はあ!」

 

 デオンの剣が放たれるが、それをマシュはすべて盾で受け止める。受け止めて、盾を振るう。攻防一体。

 デオンが懸命に剣技を放つも、その全てはマシュの盾の前には通じない。あの盾はどうやっても破れない。

 

「これで、倒れて!」

「く――」

 

 マシュの一撃がデオンへと叩き込まれる。

 

「ぬぅ、貴様、キャスターではなかったのか」

「さてねえ!!」

 

 ヴラド三世を相手に、クー・フーリンは杖を槍のかわりにして近距離戦を挑んでいた。キャスターという非力なサーヴァントとは思えないほどに巧みな杖捌き。

 いいや、アレは槍だ。ルーンによる炎の槍。それがヴラド三世の槍と激突し、衝撃をまき散らしている。

 

「こいつで、仕舞いだ!」

「ぐ――」

 

 デオンとヴラド三世が倒れる。

 

「――これでいい」

「ああ、これで良い」

 

 2人まるでここで消えることを望んでいたかのようだった。

 

「これでようやくやめることができる。王妃には謝罪を」

「余の夢も、野望も潰えた。フッ、だが、これでよいのだろうな――」

 

 デオンもヴラド三世も消滅する。

 

「――最後は、俺か」

 

 最後はファヴニール。あいつを倒せばこの場における趨勢が決まる。

 

「ジークフリート」

「すまない。絶対に勝てる、とは言えない。あれは勝利して当然の戦いではなく、無数の敗北から、わずかな勝ちを拾い上げるような戦いだった」

 

 ――ちょ!?

 

「どういて勝てたのか、俺もわからない。だが――マスター。

 

 慎重に策せ。

 大胆に動け。

 広い範囲で物事を視ろ。

 深く一点に集中しろ」

 

 海のように。

 空のように。

 光のように。

 闇のように。

 

「矛盾する二つの行動をとれ。邪悪なる竜と戦うためではなく、これから先も戦うのなら、マスター、覚えておいてほしい。この竜を殺すしか能がないサーヴァントの言葉でも覚えておいてほしい」

「――わかった」

「覚悟はいいか?」

「ああ!」

 

 ――そんなわけはなかった。

 

 でも――やるしかないのだ。

 もう何度もやってきた。

 

 いい加減なれただろう。

 

「ああ、行こう!!」

 

 ――何かがひび割れる音がした。

 

「大胆なマスターだ……では、行くぞ、ファヴニール! 土にかえるが良い!!」

 

 そして、黄昏の剣が――邪竜を打ち倒す。

 

 それはまるで、いいや、本当の英雄譚だった――。

 


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