ドクターの大声が響き渡る。
「マーリン!? マーリンだって!?」
そうだ。マーリンだ。ブリテン島の大魔術師、夢魔と人間の混血。
世界有数のキングメーカーにして、ドクター曰く最高峰のろくでなし。
世界の終わりまで死ぬことのないはずのモノ。
「そんな冠位の魔術師がサーヴァントとして、ここにいる!? いやいやいや、どんな冗談だいそれは!?」
「ふははは! 予想通りの紹介ありがとう、ロマニ・アーキマン! そう、私はグランドキャスター・マーリンお兄さん。魔術師の中の魔術師だ。まあ、言った通りグランドの資格があるだけで、霊基は普通なんだけどね」
「あーりーえーなーいー! マーリンが英霊化しているものか! どこからどう見ても本人だけど、嘘つけ、この偽マーリン! 本物なら正体をあらわせ」
なんなのだろうか、このやり取りは。
いつものドクターらしくないというか。妙になれなれしさがあるような。ドクターなら、マーリンクラスのキャスターを相手にしたらもっとこう、丁寧に相対しそうなものなんだが。
ここまで、何の考えもなく子供のように言葉を叫んでいるのは、初めて見たというか。
「なんで、ドクターはああなってるの?」
「それは……おそらく、魔術師マーリンの伝承との齟齬からでしょう」
彼は自らアヴァロンの中に塔を作って幽閉された。死ぬことなく、その狭い塔の中から、世界を見渡し続ける。それが魔術師マーリンという存在。
英霊の座になど登録されるはずもない。なぜならば、彼は未だ生きているのだ。だから、何があろうとも英霊になどならない。
サーヴァントとして召喚されることなどありえない。もし、それがありえるとしたら最上級のイレギュラーだ。スカサハ師匠もその点としては同じか。
影の国がなくなったがゆえに、死んだものとして英霊として座に登録された。もしかしたら、マーリンもそうなのかもしれない。
「それだけ?」
だから、そう思ってしまう。
スカサハ師匠と同じなのだ。オレの背後で、正座させられて、エリちゃんに正論をぶつけられまくる、という拷問を受けているスカサハ師匠と。
ただそれだけのことだ。マーリンも、おそらくは同一の事情によって召喚されたはずだ。召喚されるということはそういうこと。
アヴァロンが消滅するとは考えられない。なにせ、ベディがいた場所だ。第六特異点において、間接的ではあるが、アヴァロンの健在は確認されている。
もとよりアヴァロンは世界の果てにある塔。人類史が終わるまで消えることのない時間の外側だ。人理滅却程度では消滅しない。
であれば、この時代では生まれてないとか、そんな反則というか屁理屈的な理由で召喚されたのかもしれない。
「そう、その可能性はある。けど、そもそも、その男は戦闘面においては、何の役にも立たない! 冠位の資格を持つ魔術師はみな、優れた千里眼を保有する」
ソロモンの過去と未来を見渡す眼。
ギルガメッシュの未来を見渡す眼。
マーリンの現在の全てを見渡す眼。
それぞれに精度、距離の違いはある。
だが、いずれも監視者としての力を持つ。
「それでも、基本は視るだけの異能だ。特にマーリンは一番ひどい! だって、すごく便利なだけだからね!」
マーリンにできることとはアヴァロンの塔から地球中をのぞき見するぐらいだとドクターはいった。確かに、便利なだけだ。
それ、いわば監視カメラとかそういうのとほとんど変わらない。
「そう。現代で言うなら、すべてのネットワークを自由に閲覧できる程度の――あ」
「それはそれですごいと思うけどなぁ」
「はーい、横から失礼~☆」
横からダ・ヴィンチちゃんの登場。どうやらドクターは何かに気が付いたらしく固まってしまったらしい。だから、出てきた。
代わりにマーリンに質問するのだという。
「まずは感謝だ。キミ、今まで何度か秘密裡に魔力リソースの提供をしてくれたでしょう?」
「それ、本当?」
「ああ、人理焼却によって世界は滅んだが、彼のいるアヴァロンはまだ健在だ。だから、レイシフトじみた補給法でカルデアの炉……プロメテウスの火に薪をいれてくれた。魔術王にバレないよう、本当に必要なタイミングにのみこっそりとね。素晴らしい腕前だ」
「そうだったのか……」
だとしたら恩人ということになるのだろう、マーリンは。彼がいなければ、魔力リソースのやりくりとかで全力で叩けていたかわからない。
みんなを維持するのだって大変だった可能性もある。誰か魔力切れで消滅なんてことになった可能性すらある。
「本当、感謝ね。魔力切れの消滅なんて、ホント嫌だもの」
「はは。褐色のお嬢さん、なに、サービスだよ、サービス。なにしろ、私は世界最長のひきこもりだ。他にやることもなかったから、ちょっとロマニ君に塩を送っただけだ」
「だが。となると、やはりキミが英霊化しているのはおかしい」
アヴァロンは健在。
カルデアの支援すらもしてくれている。
それはつまり、彼は未だアヴァロンにいるということだからだとダ・ヴィンチちゃんは言う。
「マスターは、キミを信用するだろう。彼はそういう男さ。そこが良いところだ。
けれど、こちらはそうはいかない。理由と方法。その二つを語ってもらえないと、こちらとしては信用できない」
何しろ、先ほどカルデアが立てた探索計画においてもっとも信頼していたナビゲーター候補でったエルキドゥに裏切られたばかりだから、そういうのもわかる。
オレも少し軽率だったか。彼が敵だった場合のことを考えていなかった。反省しよう。もし敵であったのなら、彼の策を受け入れた時点で終わっていた。
いかに、苦しかったからといって安易に策に乗るべきではなかった。
「んー……そうか。それでそんなに怒っていたのか、あのバカ。仕方ないなあ。けど理由については語れない。この特異点に縁がある、とだけ言っておくよ。けど方法は明かしておこう。というか単純な話だよ、ダ・ヴィンチ君。この特異点は、私が地球に発生する前の時代だ」
――それでいいのか。
というか、そんな単純な理由でいいのかよ。
「物事は単純なものだよ。身体がない、ということは、その世界において私は死んでいると仮定できる」
予想はしていたが、なんという屁理屈。身体がないからって死んだことにする。そうすることによって、英霊化したというのか。
「めちゃくちゃだなぁ」
と言いつつ、なんだか嬉しそうなブーディカさん。たぶん、心境的には長年ひきこもりだった弟とか、そう言った存在がようやく外に出てきてくれたから嬉しいとかそういう感じなのだと思う。
彼女にとってブリテンの英雄は全員後輩とか、弟とか、妹みたいなものだから。
「ともあれ、そう仮定してサーヴァント化した。無論、強い召喚者に呼ばれた、というのもあるがね」
「召喚者に呼ばれた……この時代に、先輩意外にもマスターがいるのですか!?」
「ああ、いるとも。私はその男に呼ばれ、今は宮廷魔術師として仕えている」
宮廷魔術師? 仕える? このメソポタミアで、今の王っていえば――ギルガメッシュ王!? え、なにギルガメッシュ王は、そんなこともできちゃうの?
本格的に、オレ、いらないんじゃ……。
「意外だな」
「式、意外って?」
「オマエなら喜ぶと思っていたからな。だってそうだろ。役割を半分でも押し付けられるんだから」
「あ……」
そうだ。確かに。
「まあ、それだけオマエも、その立場に立つ人間になったってことか」
「それなら良いんだけど」
話を戻す。次はアナのこと。
彼女は聖杯の影響によって呼ばれたマスターを持たないはぐれサーヴァントだ。
「彼女と知り合ったのは二日前でね。この森で迷っていたら出会い、意気投合のすえ、契約したのさ。互いの目的のために力を合わせよう、と」
ええ、ほんとうでござるか~。
と言いたくなった。アナの性格を考えると、このマーリンとそんな風に意気投合するとはまったくもって思えないのだ。
「……した……」
「え?」
「……騙され、ました」
「…………」
「最低だよ、この男! マスター、この男は最低のクズだよ!」
そうだね、詐欺師だね。でも、ダビデが言う事じゃないと思う。
「控えめにいって、マーリンはこの世全ての不誠実がカタチになったような魔術師です」
「ふふ。いやだなあ、よしてくれないか! 本当のことをストレートに語るのは!」
なんでそんなにうれしそうなんだろうか。
「フォウ、フォーウ!」
「なるほど、そちらの事情はおおむね把握した。……ロマニ、諦めて、あのマーリンは本物だよ」
「うう、胃が痛くなってきた……ただでさえ混乱している状況でマーリン登板とは……でも、えり好みはしていられない。ろくでなしとはいえ、最高峰の魔術師であることは事実だ。
――魔術師マーリン。キミはカルデアに協力するために現れたのか? 特異点を修復し、人理焼却をなくし、人類史を存続させるために戦ってくれるのか?」
「もちろん」
マーリンは躊躇うそぶりも、何かを考えるそぶりもなく、そう答えた。
「私の趣味は現在を見ることだ。その現在が失われてしまったら、私は塔の中の
それに、だ」
ドクターと話していたマーリンがこちらを向いて笑みを作る。
「ここまでキミたちのマスターを応援していたのは、キミたちだけとは思わないでくれないかな? 私――いや、僕だって手に汗握って、ここまでの戦いを見て来たんだ」
――見てきた。
カルデアで愛しい女の子の為に手をのばす男の子を。
冬木の地で、彼の王の聖剣を防ぐために女の子の手を取った男の子を。
オルレアンでフランスを救うために、必死に戦った男の子を。
ローマで、震えながら人と戦ってでも、世界を救おうとした男の子を。
オケアノスの海で、怖がりながらも英雄を相手に自らの足で立ち向かった男の子のことを。
ロンドンで、心が壊されても、それでも愛しい女の子のために立ち上がった男の子のことを。
アメリカで自分らしく、震えながらも自らの役割を見出した男の子を。
エルサレムの地で血反吐を吐きながら、ベディヴィエールの為に、世界の為に足掻いてくれた男の子のことを。
――見てきた。
「今更、仲間はずれにするとか大人げないぞ? まあ、キャスターとして私が脅威なのはわかるけどね! 何しろ冠位の魔術師だ。あの魔術王と同格の選ばれた魔術師さ。他のサーヴァント、特にキャスターのサーヴァントが私をうらやみ、妬み――」
「別に羨むことはねえな。そんなことより槍が持ちてえ」
「
「む、私はキャスター、魔術師というよりも戦士である。だから、特に妬みなどは抱いてはいない」
「冠位……凄すぎて、実感がわかないわ。そもそもアイリさんはサーヴァントといっても特殊だし。イラっとしたらいいのかしら、この場合……?」
うちのキャスター陣、あまり気にしてないんですけど。ああ、ダ・ヴィンチちゃんはイラっとしてる!
まあ、とりあえず戦力になるということなのかな。
「トナカイ、あまりアレを当てにするなよ。大事になるからな」
「我が王の言葉の通りで、反論できず申し訳ありません、魔術師殿」
「旧知の仲なんだから、少しくらいは――っと、そうも言っていられないか。みんな、気を付けて! ワイバーンがやってくるぞ!」
「ちょ、それはボクの台詞だ!? ともかく、戦闘だ。そのろくでなしを一発殴っておいてくれ!」
ともあれワイバーンとの戦闘だ。
「マスターは休んでいてください」
「さあ、きりきり働くのよスカサハ! でも、やりすぎたらまたお仕置きだからね!」
「わ、わかっている」
エリちゃんとスカサハ師匠の関係が、思いっきり逆転したなぁ……。
ともあれ、ワイバーン程度ならばオレが指示を出すまでもないというか、正直、座り込んだまま動けそうにない。
エルキドゥとの闘いが尾を引いているが、頭痛が酷い。
未来視もどきを使った反動なのは確かだ。エルキドゥの為に無理をしたから、そのせいだろう。反動が軽減されていても少しずつ蓄積されているとダ・ヴィンチちゃんが言っていた。
あまり無理をするなということだろう。
――でも、戦う時は、全力を出さないと。
次にエルキドゥに会った時、また、同じ作戦が通じるとは限らないのだ。
今は勝てなくてもいい、でも、次も勝てないではダメだ。
「ますたぁ、焦らないで、わたくしが側におりますから」
「うん、ありがとう……」
ワイバーンとの闘い。前線でマシュが攻撃を防ぎ、そこを仕留めていく。
群れとの闘いだが、ジキル博士とジェロニモが司令塔になってよくやってくれている。何より、この時代、ノッブと相性が良すぎる。
まさしくノッブ無双だ。神秘が濃いから、何もかもが波旬の餌食にできる。
「わし最強!」
調子に乗らなければいいけど。
ともあれ、ワイバーンを倒したオレたちはウルクへと向かうことになった。
エリちゃんとスカサハ師匠の力関係が変化してしまった!
是非もないよネ!
さて、みなさん、絆上げはどうですか。シナリオは進んでますか?
私は、後輩と素敵なお姉さんと社畜で挑むつもりです。
もうすぐ終章です。頑張りましょう。