暗い。
暗い。
暗い。
そこは何よりも暗い暗がりであった。
生命の息吹を感じる暗がり。
されど、そこは温かみのある場所では決してない。
光の届かない暗がり。暗闇の中は、怪物の胎内のような場所。
そこに男がいた。
首を垂れて、慈悲を乞うている。
自らが助かるために。
だが、無意味だ。
怪物に潰されて死ぬ。
女がいた。
女は自らの市に住まう二等市民を家畜として差し出した。
自らが助かるために。
だが、無意味だ。
怪物に潰されて死ぬ。
意味などない。意味などない。意味などない。
そう意味などないのだ。首を垂れて慈悲を願っても、どれほどの家畜を差し出そうとも意味はない。
「ほとほと呆れる。人類は一匹たりとも残さぬと告げたであろう」
この空間の主たる女神は、呆れていた。
その猿以下の脳味噌に。
食うに値しない無価値な人類に。
蛇腹でミンチになった人間を見て、声を上げるのはこの場にいる三人の女神の内の一人。
「だからって、蛇腹でミンチにするのは良くないと思うの。ここは一応、私たちの集会場でしょう? 捕まえた
「なんだ、蛇は嫌いか? 今のはおまえ好みの遊びだと思ったがな」
「そうね……力勝負で負けたらミンチ、というのは確かに私の好きな戦い方だけど……やっぱりナシでーす、さすがに階級差とか気にしマース! アナタの殺り方とても雑デース」
「これでも丁寧に扱ったつもりなのだがな。人間どもがもろすぎるだけだ」
そう言いながら、人間をつぶしていた女神が現状を告げる。
エシュヌンア、シッパル、キシュ、カザル。
メソポタミア北部の市を呑み込んだということを。
ニップル市陥落までもう僅か。
北壁を叩き潰すまで一か月もかからない。
そう告げる。
それは自らの勝利が目前であるという宣誓だ。
だが、それに返すのはもう一人、この場にいる三人目の女神。
「あら。図体も大きければ、口も大きいのね、あなた。半年もかけておいて、あとひと月追加、ですって? 地を埋め尽くすほどの魔獣たちを使って、できたことが、北部の制圧だけなんて、本当にあとひと月であの戦線を崩せるのかしら? 私たち、手助けしなくてよろしいの?」
「良いとも。我らは互いに不可侵を契った同盟。おまえたちの手は借りぬ。第一――人間どもを一息に殺してしまっては、それこそつり合いが取れぬというもの。魔獣たちには人間はどう扱ってもよいと命じてある」
巣に引き込み嬲り殺すのも良い。
生きたまま食い殺すのも良い。
あるいは――女神の神殿の材料にするのも良い。
全ては命じてある。すきにしろと。
「……神殿の素材、ね。どうりで前来た時よりくさいと思ったわ。どこもかしこも生々しくて吐き気がする。本来、死は正常なものなのにね」
「その通りデース! 殺したものをまだ殺さずにとっておくとか、ちょっと考えられませーん!」
しかし、それは責めている風でもない。
全ては弱肉強食の結果ゆえに。
互いに、互いの方針には干渉しないという盟約ゆえに。
どのみち、やることはすべて同じなのだ。
一人一人、殺して、この時代の王を殺し、聖杯を手に入れた女神こそが、この世界の支配者となる。
それが――三女神同盟の契約。
ゆえに、二人目の女神は三人目の女神に問う。
「それで? そんなことをいうアナタは、今更気が乗らなくなった? どれほど愚かな人間でも処理するのはかわいそうになったの? ねえ、この時代に一人だけ残ってしまった正統なシュメルの女神様としては?」
まさか、馬鹿を言わないでと三人目の女神は返す。
「私こそ、望む通りよ。もともとウルクは私の世界。気まぐれで人間どもに貸してやっていただけ。今更、慈悲も義理もないわ。三女神同盟の一柱として、人間を地上から一掃して見せる」
「フ……土着の女神にさえ見捨てられるとは、この時代の人間どもも、救いがたい下等種よな」
そう互いが、互いの意思を再確認したところで、声が響く。
それは少年の声だった。
「良かった。皆さんの意思は堅いようだ。これなら母上も安心できる。同盟の誓いは永遠だと」
「……そなたか。いつ戻ったのだ? 戻ったのなら母の元に参れと何度言えばいい」
一番目の女神がやってきた少年にいう。
それは、粗相をした子を叱る母のようである。
「だからこの通り、すぐにはせ参じたのです。母上の方こそ、単独で彼女たちと会合するのは控えてほしい」
それに応える声は淡泊だ。そして、諫めるような声色がある。
それも当然だった。
二番目、三番目の女神は同盟を組んだ同胞ではある。
だが――それは決して味方というわけではない。
彼らは敵。
何しろ、一番目の女神を殺し得る
聖杯ほしさに二人が手を組めば、騙し討ちも可能だろう。
そんな少年の言葉に、三番目の女神が返す。
「しないわよ、そんなの」
女神の同盟は安くはない。
同盟を破れば、その攻撃は天罰となり自分自身に返る。手を上げた方が消滅するのだ。それゆえに、聖杯の奪取こそが肝要。
誰よりも早く、ウルクの王が持つ聖杯を手に入れれば、その女神の勝利となる。それが最大の攻撃。
聖杯を手に入れた女神こそが、人理が焼却された後の世界を支配するのだ。
それが、聖杯をこの地に送った魔術王が示した、ただ一つの契約。
ゆえに、各々がみずからの
魔獣でもって人間を殺しつくし、奪おうとする。
自然とともに手を伸ばして征服する。
人に気が付かれぬように、死を与える。
思う通りにやればいい。
そして、少年は最後に、警告を発する。
「人理を守る最後の魔術師が、この世界にようやく現れたようです」
終わりの時の到来を、少年は告げる。
全ての終末は、今やすぐそこに――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこは――空だった。
高度二百メートル。
落下まで七秒。
観察眼が算出する情報羅列。
「フォ――――ウゥゥゥゥゥ!」
「きゃ――――ああああああ!! 落ちてる、落ちてます! バンジーです! ママママ、マスター、指示を! わたしは、どうすれば!?」
マシュの悲鳴が響き渡る。
みんなは、どうにかできる。問題なのはオレとマシュのみ。
「マシュ!!」
「――っ! はい、先輩!! はい、マシュ・キリエライト、最善を尽くします! マスター、手を!」
マシュへと手を伸ばす。
掴んだ!
「はい、キャッチOKです! そのままわたしの腰につかまってくださ――い!!」
くそう、こんな展開でなければ、いろいろと感想があるのにそんな暇すらない!
「フォウ、フォ――ウ!!」
「宝具、展開……! ギャラハッドさん、お力、お借りします……!」
地面へ激突する瞬間に宝具を展開し、衝撃を防御。砕けぬ白亜の城はすべての衝撃を受けきって無事に着地成功。
オレたちは無事に地面へと降り立った。
「っ……先輩……いえ、マスター。お怪我はありませんか?」
「……なんとか、ありがとう、マシュ」
「いえ、お礼を言うのはこちらです。わたし、咄嗟のことで頭が真っ白で――真っ白で………あの。ぴったり、密着していますね、先輩」
うむ、していますね密着。
着地した瞬間に、オレの腰にも清姫が密着してますね。
「フォフォフォーウ。フーッ、フォウ!」
「あ……フォウさんも盾の内側に隠れてくれたのですね。無事でよかったです」
「フォウ、フォウ」
こやつ、わかっててやってないだろうか。
「ともあれ、先輩立てますか?」
「うん、大丈夫」
名残惜しいが、立ち上がって身体の調子を見る。
インバネス、問題なし。帽子、問題なし。義手、動く。生身もオーケー。
「はい、点呼ー」
落ち着いたところで、全員いるかを確認。問題なく全員いる。それぞれの着地方法で着地しているし、それないの範囲をキャメロットでガードしたので、ヤバかった人たちも問題なしだ。
「もう、墜落は、こりごりです……」
「ジャンヌは大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です。トナカイさん!」
全員の無事を確認していると、
「あれ、クー・フーリン、槍は?」
「ん? ああ、なんか知らんがどうにもレイシフトした瞬間に霊基改良の術式が全部吹っ飛んだ」
「なんですと?」
「ふむ、おそらくはこの上空へのレイシフトが原因だろうな。私までそうなってないのは、この霊基で登録していたからか。そこなドラゴン娘は、ダブルクラスゆえだろう」
となると今回は、クー・フーリンの槍には頼れないということか。それにしても、どうしてあんな上空に出てしまったのやら。
「みんな無事かい!? 無事だね!?」
ちょうどよくドクターの通信だ。
「ああ、無事だよ。ドクター」
「先輩のおかげです。ですが、上空に放り出されるというのは例をみなアクシデントです。ドクター、一体なにが起きたのでしょう」
「……それが、レイシフトを意図的に妨害されたようなんだ」
妨害。
レイシフト先は常に、その時代の最大の都市に転移するようにセッティングされている。しかし、ドクター曰く、レイシフトが成功した瞬間に、強制的に弾かれ手この場所に出たというらしい。
この何もない廃墟の街に。
「魔術王の妨害なのでしょうか?」
「うーん。それは違うんじゃないかな」
「うん。ボクも同意見だ」
魔術王が手を出してくるのは、この特異点を修復したその時だ。だから、違う。
「おそらくキミたちをはじいたのは都市の力だ。ソロモンだって万能じゃない。そんな四六時中、いつ現れるかわからないボクらを警戒できないさ」
「はい、話の途中にゴメンね~☆ ロマン、結果が出た。今のは結界による強制退去だよ。ウルク市には防御結界が張られているようだ。襲撃を見据えてのものだろう」
都市の防衛機能に弾かれた。だとしたら、何かしらの防衛が行われているということか。ということはそのウルク市に危険が迫っているのは確実だ。
ともかく、まずは状況の再確認。
空の光帯はこの時代にも見える。そして、どう見てもここは廃墟だ。見渡す限りの廃墟。生命反応もなく、食料を探す事も情報収集もできない。
ただ問題なくダ・ヴィンチちゃんのマフラーは機能している。
「それはよかった。何か問題があったらいうんだよ?」
「それじゃあ、何やら鳴き声が聞こえる」
「鼓膜に異常が? いや、鳴き声が聞こえるってことは――」
「マスター! 精霊が敵を察知した!」
ジェロニモの声が響くと現れる敵性体。それは獅子のような魔獣の群れ。こちらに敵意を向けて唸り声をあげている。
シュメルでの初戦闘。
「行くぞ――みんな!!」
「応――」
マシュがオレを護るように前で盾を構える。後ろには、清姫とが付き、隣にはジャンヌとジキル博士、ジェロニモ、アイリさんが控える。
彼らはオレの守りであり、博士とジェロニモはオレとともに全体を俯瞰する指揮官の補佐官で、アイリさんは回復を担当してもらっている。
「敵の数は?」
「莫大な数だな」
ジェロニモが、精霊にてもうすぐここに到着する魔獣たちを偵察する。
「まっすぐにこっちに来ている?」
「ああ、まっすぐだ」
「クー・フーリン! ルーンを地面に」
「おう、任せな!」
炎のルーンを地面に刻む。そこに足を踏み入れれば最後、業火が魔獣を焼き尽く。
刻んだ瞬間、第一陣が姿を現す。迷いなく、明確な殺意をもってこちらに突っ込んでくる魔獣。アレは、普通の魔獣ではない。
今まで多くの敵と戦ってきた。その中には魔獣もいたが、そのどれとも違う。彼らには殺意がある。殺意という感情が。
人間に向けた憎悪のようなそれ。妖しく、瞳を朱に輝かせ、気炎を上げる様は、獲物を狙うといった風ではない。確実に殺すためにこちらへと向かってきている。
普通ではない。魔獣の多くは、こちらを獲物に、食料にするために狙ってきた。だが、アレはなんだ。まったくの別物だ。
巻き起こる莫大な焔に怯えることすらなく突っ込んでくる様は、狂っているとしか言いようがない。
だが――
「今更、この程度で、ひるむか!」
今までどれだけの特異点を超えて来たと思っているんだ。今更、魔獣に恐れるほど弱くはない。
「とりあえず――エリちゃん、思いっきりやっちゃって!」
「わかったわ、行くわよ、子イヌ!!」
雷鳴のドラゴンの威風が炸裂する。増幅された声が、莫大な圧となって魔獣を襲う。物理的な圧力。音圧によって宙を舞う四足の魔獣。
空中では何もできないだろう。空を飛ぶ翼のない魔獣では、もはやそこでは何もできない。
「ノッブ、スカサハ師匠!」
「鴨撃ちじゃ、そうれそうれ!!」
炸裂する火縄銃による一斉射撃。神代の時代に存在する魔獣には効果覿面だ。織田信長としての力、神仏の否定が今、ここに炸裂する。
「はっは、神代、良いの! わしの相性勝ちじゃわ。それに、どこぞの神の眷属じゃろアレ。ますますわし、大勝利ーじゃ!」
「ならば、どれ、私も混ぜろ――」
蹴り放たれる死棘の槍。ただの一投は、されど数十に分裂して刺し穿つ。ただの一匹たりとも逃がさない。
「正面は、これで終わり――」
次は側面。ジェロニモが担当する。
「――ダビデ殿」
「はいはい、お任せっと――」
投擲される五つの石。当たれば意識を奪う。先頭を突っ走る魔獣に必中させ、あとを詰まらせていく。
「リリィ殿、サンタ殿」
「ふん、行くぞ」
「はい!」
放たれる漆黒と黄金の光。詰まった瞬間の全てを呑み込んで消し飛ばす。あとには、死体も残らない。
ジェロニモの方も済んだ。あとはジキル博士。
「――金時君!」
「おう、行くぜ!!」
「クロエ君は、敵の足止めを」
「了解――」
剣軍が投影され、放たれ穿つ。狙いは足。剣が杭となり、壁となり、魔獣の行く手を阻む。
その瞬間を、金時がベアー号で全てを雷神の下に轢き潰した。
さて、次回、ついに金星の悪魔が! じゃなかった、女神様が登場します。
しかし、調べれば調べるほど面白いというか。
メソポタミアの娼館はイシュタル様を祀る場所とか、そういう感じの雑学が増えて行っておりますw。
イシュタル様娼婦とか、男娼の守護神でもあったらしいとか、いろいろと調べると面白いですねぇ。
ともあれ、次回、ぐだ男が揉みます。
コアトル姉さんのピックアップ来た!
ジャガ村先生のピックアップも来た!
これは引けと、いうことですね?
コアトル姉さんの全身絵見たら、猶更ほしくなった。足元がイイヨネ。