絶対魔獣戦線 バビロニア 1
トレーニングで疲れて、いつもよりも幾分も早くベッドに入って、寝付いて間もなく不思議と目が覚めた。
今日は、誰もいない。ただ一人の
静かな静寂、無音ではない音のある静けさがマイルームに満ちている。
照明を落とした薄暗い自室。
起きたのは予感があったからだろうか。
第七のグランドオーダー。それがもうすぐ始まるのだ。
今までの旅の果てが近づいている。
不確かな記憶、壊れてから、その前の記憶は、不確かだ。
疑似的な未来視を使いつづけた弊害は、ダ・ヴィンチちゃんの礼装によって軽くなってもなお、オレを蝕んでいる。
手を閉じる。開く。
まだ動く。だが、鈍さがあるのをオレの観察眼は見抜く。記憶に霞がかかり、第四以前の特異点の細部を思い出せなくなっている。
それでも――。
直感に陰りはない。
心眼に曇りはない。
観察眼は鋭いまま。
ならば、問題はない。
まだ、身体は動く。
まだ、戦える。
これが最後の旅になる。
これで最後になる。
オレの戦いの結末は、どうなるのだろう。
千里眼を持たないオレに、未来は視えない。
千里眼を持たないオレに、過去は視えない。
千里眼を持たないオレに、現在は視えない。
それでも、今から目をそらさないことはできる。
向かう時代は、神代の時代。
これまでとは、勝手が違うだろう。
これまでとは、何もかもが違うだろう。
恐ろしい。怖い。不安に飲み込まれそうになる。
一人で部屋の中にいると、もう二度とここから出られないのではないか、闇の中に飲み込まれてしまうのではないかと思ってしまう。
それでも、そっと枕元に畳まれたインバネスと帽子掛けにかけられた帽子を見る。
それでも、オレは勇気をもらったから。
だから、前に進める。
マシュ。マシュ・キリエライト。可愛い後輩。愛しいオレのデミ・サーヴァント。
君がいるから。君がいてくれたから。
オレは前に進める。
「…………水でももらってくるか」
着替えて、水を貰いに食堂へ向かう。
「おう、マスター、どうした眠れねえのか?」
その途中で、クー・フーリンと会った。
クー・フーリン。兄貴。頼れるケルトの大英雄。彼に何度助けられただろう。初めてあの炎上した冬木で出会ってから、何度も助けられたことだけは、覚えている。
詳細を忘れてしまっても、彼に助けてもらったことだけは覚えている。ただ、ワイバーンの丸焼きだけは勘弁して欲しかった。
延々と食べ続ける肉。敵を倒せば倒すほど増える肉。
ほとんど霞がかかっているけれど、あの肉の洪水だけは、覚えている。
それだけでなくとも、いろいろと助けてもらった。ルーンによる索敵だとか、いろいろと。
「ちょっと目が覚めちゃったから、水を貰いにね」
「そうかい……緊張してるな?」
「……わかる?」
「ああ、テメエは、その手のことになると無理してるってのがわかりやすすぎる」
それは本当だった。緊張しているのかもしれない。だから、こんなにも早く目が覚めてしまったのだろう。
「しかし、あの時のヒヨッコが成長したもんだ……オレの目は確かだったって事か!」
「はは。成長出来てるのなら、良かったよ」
「ああ、本当成長したぜ、マスター。見違えるほどだ。途中、危なかったが、まあ、そりゃあ、オレらが悪い。だが、そこからテメエは立ち上がった。誰の力でもねえ、テメエの力でだ。
だから、自信を持てよマスター。ここまで来たアンタの力は、本物だ。誰に何を言われようと、アンタが培い、育ててきたものだ。オレたちも全力で応える。だから、先のことなんざ気にせず、やりたいようにやりゃあいい」
「うん、ありがとう、クー・フーリン」
「そんじゃ、オレは戻るわ」
クー・フーリンと別れて食堂に行くと、すでにいい匂いがしている。朝食の準備がされているのだろう。朝の為の仕込みだ。
早い仕込みだとは思うが、人数が多いため、夜間に仕込みをしているのだ。
トントントンと包丁の小気味よい音がしている。何かを煮込む、心地よい音がしている。炒める油の音は、それだけで食欲を誘ってくれるリズムだ。
「ああ、ますたぁ、こんばんは」
「こんばんは清姫」
料理をしていたのは清姫だった。今日の担当は清姫らしい。おいしい日本食が期待できそうだ。これがエリちゃんになると途端に死屍累々の地獄だから、気をつけなければいけないが、清姫ならば安心安全のおいしさだ。
味覚もみんなのおかげで戻ってるから、本当に彼女の料理はおいしいのがわかる。気恥ずかしくて言えないけれど、本当、良妻だと思う。
清姫は丁度、作業がひと段落ついたのか、こちらに出てきてくれる。
「お腹がすきましたか? でしたら、お待ちいただければ、何かご用意いたしますが」
「いや、ちょっと水を貰いに来ただけだから」
「わかりました。もってきます」
コップ一杯の水をすぐに出してくれた。
「ありがとう」
飲み干せば、のどの渇きも落ち着いて、気分もまた落ち着く。でも、眠くはならない。これなら寝るよりも起きている方がいいだろう。
「…………」
「ん?」
ふと、清姫がじっとこちらを見ていることに気が付く。目が合うと、ちょっとそらされる。顔も少しだけ赤い。サーヴァントだから、風邪ではないだろう。
何かしら恥ずかしがっている様子である。何か、オレに頼みたいことがあるのだろう。
そう観察眼が看過する。
そう直感が感じ取る。
そう心眼が見抜く。
「どうかした? オレに何か言いたいことある?」
「いえ、あの……こ、恋人繋ぎというものをやってみたいのですが……」
「恋人繋ぎ?」
恋人繋ぎとはあれでしょうか。お互いの指と指を絡ませあうように手を握るアレでしょうか。
「だ、だめ、ですよね。――申し訳ありません、忘れてください」
「いや、いいよ」
そっと右手で彼女の手を取り、その手を絡める。
「ああ……幸せです。わたくし、
この旅が終わって、もしまた召喚されることがあっても、それはいまのわたくしではないかもしれません。けれど、こうして、貴方の手を握った。握ることができた。わたくしは、今、とても幸せです」
彼女はそう言った。
初めて会った時は、怖かった。オレを見ていない、盲目の恋患い。それが彼女だった。
でも、彼女は変わってくれた。
たぶん、だいぶ無理をさせているのだと思う。彼女の伝承は、彼女自身に深く刻まれている。それでも、彼女は変わってくれた。
それが、嬉しく思う。その好意はやっぱりうれしく思う。そうやって、オレのことを見てくれて、好きだと言ってくれる女の子を無下に扱う事なんてできない。
時たま、ちょっと意地悪してるけど、それはノーカンで。彼女も喜んでいるし。
「ですので、ますたぁ、わたくしは二番目で構いません。本当は、一番が良いです。ですが、ちゃんと愛してくださるのなら、わたくしは二番目でも構いません。ますたぁに、嘘は吐かせたくありません。どうか、嘘など吐かず、正直に過ごしてください」
「うん、努力するよ」
「はい。ありがとうございます。それでこそ、ますたぁ、です。では、作業に戻りますね。ではマスターおやすみなさい」
「うん、おやすみ」
食堂を出る。さて、どうするか。部屋に戻るのもあれだから、トレーニングルームにでも行こうかと思っていると――。
「ブーディカさん」
「――!? わ、ととと――」
何やらこそこそとしていたブーディカさんを見つけてしまった。声をかければ驚いて、何かを取り落とす。それは、ごみ袋だった。
大量にゴミが詰まった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、君かぁ――うん、大丈夫大丈夫。でも、うーん、みっともないところ見られちゃったかな」
「全然みっともなくないですよ。掃除ですか?」
「うん、そうなんだ。ちょっと部屋のね。他人の部屋の掃除とかばっかりしちゃってて、自分のところが気が付いたらすごいことになっててね。夜のうちに片付けちゃおうかと思ったんだ」
そうなのかと、意外に思う。ブーディカさんはいつもしっかりしたお姉さんだ。家事もしっかりできるし、他人の世話までしてくれる本当にいい人だ。
それが自分のことになると、結構おろそかになるらしい。他人にばかりかまけてるからね、と彼女は言うけれど優しい人だからだろう。
「まだ、終わってないなら手伝いますよ?」
「いいの? 結構汚いし、幻滅させちゃうかも」
「ブーディカさんを幻滅なんてしませんよ。するような奴がいたらぶん殴ります」
「んー、そっか。それじゃあ、お願いしちゃおう、かな」
少し恥ずかしそうに言いながら、彼女の部屋へ。うむ、確かに汚い。けれど、汚部屋というほどでもない。多少散らかっている程度。
この程度で、汚いって言っていたら、本当の汚部屋に悪いくらいだ。ドクターの部屋とかすごいから。最近はこたつ置いてあるから入り浸ってるんだけど、凄いから。
ともあれ、ブーディカさんと一緒に掃除をする。
「――本当、君、いい奴だよね。笑わないし、あたしみたいな地味なサーヴァントとも付き合ってくれるし」
ブーディカさんが地味? どこかです?
「だって、他の子たちみたいに派手な戦い方できないし、宝具も防御宝具だしね」
「いやいやいや」
それに何度、助けられたのかというのか。彼女がいなければ死んでいた場面もある。特にガウェインの時は本当に助かった。
だから、オレは彼女を地味だなんて思わない。そもそも、サーヴァントはみんな地味とかない。
みんな凄い。
「そっかぁ……うん、うん。ちゃんと言っておかないと、あとで後悔するもんね。――大好きだよ、君のこと、マスターとしても、人間としても、好きだよ。あたし」
「――――」
「旦那のことはもちろん好きだけど、君のことも、同じくらい好き。この霊基に再臨してから、もうずっとね、君の事ばっかり考えてる。若い霊基、全盛期だからかな。だから、今、二人っきりだし言っておこうかなって」
「それは、その、ありがとう、ございます?」
「ふふ、そんなに大層なものじゃないよ。マスターを困らせる気もない。だけど、この気持ちだけは伝えておこうかなって、あたしの身勝手。ごめんね、困らせた?」
ちゃんと答えないといけないと思った。このままなあなあで流すのは駄目だと思った。真摯な気持ちには真摯な言葉を返そう。
それが、礼儀だ。彼女に対する。
「――いいえ。嬉しいです。誰かに思われることが迷惑だなんて思いません。でも――」
その続きは言えなかった。彼女の指がオレの唇を押さえている。
「本当、君はいい奴だ。ありがとう。いいよ、わかってる。それに、あたしは旦那がいるからね。そういう関係になる気もなかったの。
ただ、伝えたかっただけ。それだけ。言わないと後悔しちゃうからね――しょと、ありがとう。部屋も綺麗になったし、手伝させてごめんね」
「いえ……ありがとうございました」
「お礼はこっちが言うことだよ。それじゃあおやすみ」
「でも、言いたいんですよ。おやすみなさい」
ブーディカさんの部屋を出る。
「うおぉおおおぉお――」
とりあえず、すさまじくうれしいやら、恥ずかしいやらだ!
今なら、火がはけそう!
破壊力高いって、高すぎるって――!
「廊下でうずくまっちゃって、何してるの子イヌ」
「うひゃああ!?」
「ちょ、なんで
「な、なんでもない――」
いきなり話しかけられたから、びっくりしてしまっただけだ。そう、それだけだ。
「ふーん、まあ、いいけど」
「エリちゃんは何してるの?」
「
「検査?」
サーヴァントは病気にはならないはずだが、検査? 彼女の様子を見るに特に何かしら重大なことがあったということではないだろう。
直感はなにも告げない。心眼はなにも見ていない。観察眼も彼女が健康そのものだと結論を出している。
「そんな深刻にならないでよ。大丈夫よ。あのー、ほら、
いや、それはすさまじく初耳なんですが。
「それで、ようやく何の問題もないって検査結果が出ただけ。セイバークラスになった時は正直どうかと思ったけど、やってみるとこれはこれでやりがいがあるわ。気持ちよく戦えるのは貴方のおかげだけど」
そういえば、カルデアに来た時は確かにキャスターだった。なるほど、ダ・ヴィンチちゃんが調査したのは、彼女の霊基の状態か。
どうにもダブルクラスとかいうスキルでキャスターでもありセイバーでもあるとかいう状態になっているようである。
それにしても、ハロウィンですさまじい歌をみまってくれましたね。あの時は、昇天するかと思いましたよ。
「そ、それは言わないでよ、頑張ってるでしょ!?」
「うん、本当にね。だから、大勢の前で歌う時も頑張って」
「うぐ……そ、それはぁ、そのぉ、ぜんしょします……」
当分、大勢の前で歌うのは無理そうだなぁ。まあ、頑張るって言っているんだ、なら信じるだけだ。彼女は、きっとそういう方向に進めば、頑張れる子だから。
悪い方にも進める。善い方にも。
彼女は教えられればきっと理解できる、頑張れる。
――エリちゃんはいい子だ。
そんなオレの思考を彼女は読み取ったのか。
「……子イヌ、それは違うわよ。
「でも、償いをしようとしてる。過去は変わらなくても、
「…………」
すさまじい勢いで真っ赤になったエリちゃん。ぼふんって音が聞こえたほどだ。
「……よ、よし、誘うわ。誘っちゃうわ! 勇者らしく、勇気を出して誘うわ! 聞いてマスター!」
「は、はい!」
そして、もじもじしていたと思ったら、突然何を決意したのかこちらにすごい剣幕で迫ってくる。あまりの真剣さに、こちらも息をのんでしまうほどだ。
「……その……ね、その……
「ほほう、逢引とはマスターも隅に置けないね」
「ひゃい!? ち、ちち、違うわよ――!!」
真っ赤になって逃げて行ってしまったエリちゃん。
助かったのか、助からなかったのか。
残念に思うべきか、思わざるべきか、反応に困るが――。
「ダビデ、なにしてるんだ」
「ん? なにって、これからオペレーターのお姉さんと一夜を過ごそうかと思って行くところさ」
「…………」
まったくダビデは変わらない。
「そりゃあ、サーヴァントさ、もうほとんど変わることはないよ。まあ、変わろうとするのは悪いことではないし、今回は半分受肉しているみたいな状態だから、志一つで変われるからね」
それでもダビデは変わる気がない。女性とお金が好きさと公言し、妻だって多ければ多いほどいいと思う! と言ってはばからない。
そんなダビデだからこそ、いろいろと話せたりもした。女性のことについてはいろいろと吹き込まれ過ぎて染まってしまっている感はあるが。
それにしても本当悪友みたいなやつだ。サーヴァントで、王様のはずなのに、偉ぶらないし、悪友みたいにオレをいろいろなところに誘う。
そのおかげでできた経験は貴重だったりするし、こんな風になっちゃダメだなと思う。
「まあ、一番変わったのは君だね。いやー、本当。今の君の方がずっといい。僕たちは運命共同体だからね。やっぱりパートナーにするなら、良い奴の方がいいだろ?」
「そうだね。ただ、真夜中にいちいち、巨乳の魅力とか吹き込んでくるのはやめてくれよ」
「はっはっは、それは断る」
「まあ、いいけど――色々な知識も吹き込んでくれてるみたいだし」
「――なんのことやら。僕はただ言いたいことを好きなように言っているだけさ。じゃあ、僕は行くよ」
彼はそう言って職員の部屋に入っていった。
「やれやれ――」
ダビデと別れていろいろと回っていると、見慣れない区画に出た。
「この辺、あまり言ってなかったな――って、茶室?」
その区画に在ったのは茶室だった。誰の茶室だと思っていると、
「ん? なんじゃ、マスターか、どうした」
裸のノッブがいた。なんかもう、裸になりすぎて、正直見慣れてしまった感。もう全然、このくらいでは心が騒がないぞ。
なお、身体の方についてはノーコメントだ。
「いや、ちょっと散歩をね」
「眠れんのか。なら、ほれ、ここにでも座ってみると良い」
ノッブが隣をぽんぽんと叩くので、そこへ座ってみる。すると、景色が変わる。どうやらシミュレーションを応用しているらしい。
きれいな桜の生えた日本庭園が広がっている。
「すごいな」
「そうじゃろそうじゃろ。しかし、こうやって二人きりというのはなかなか珍しいのう。よし、わし自ら茶でもたててやろう。しかも、九十九茄子に馬蝗絆じゃ! 喜べ!」
「はは、ありがとう」
「む――おお、わし裸じゃったわ」
――今気が付いたのかよ!?
って、どこ見て気が付いた。オレのどこ見て気が付いたんだ、オイ。
「ふ、ちょっと待っておれ――」
しばらくして――綺麗な着物を着たノッブが出てきた――。
「――――」
「ん? どうした、そんなに見つめて。わしに惚れでもしたか?」
「いや、馬子にも衣裳だなって――」
「なんじゃとー!?」
「いや、というか、凄く珍しくて、正直、ヤバイ」
裸より破壊力高いです。しゃべらなければ普通に超絶美人だよ、この人。
「ほう、そうか。ならばもっと見ているが良い。眼福じゃろう」
まあ、しゃべると残念なんじゃが。
「しかし、ここまで来たのじゃな。初めて会ったときは本当に大丈夫かと思ったものじゃが、そなたは家臣としても、マスターとしても、合格じゃ。わしが、ここまで褒めるのなどそうないぞ」
「それは、嬉しいね」
ノッブ。織田信長。ぐだぐだしてるけど、本当に助けられてきた。特に、騎兵の相手とか、させると一番だし、神様とかにもかなり強い。
「うむ――ほうれ、できたぞ」
「ありがとう」
彼女の茶室で茶を飲んで、オレはまた散歩をつづけた。
最後の旅だからとその前にいろいろと夜会話イベントじゃ。
一話でまとめようと思ったら、まとまらなかったでござる。
さて、七章クリアです。
クリアしました。
素晴らしかったです。
配布サーヴァントとシナリオ上のサーヴァントだけ使用可という縛りでしたが、いやはや、本当によくクリアできたな。山のジョージ強かった。
しかし、マシュ、ブーディカのペアが硬すぎて笑った。
ゴルゴーンの攻撃がね、0とか二桁なの。すごい強気な台詞で攻撃してくるけど蚊に刺された程度なの。
そして、思う事星5って本当に強いということ。
さて、最終戦はどうしようかな、配布縛りでもいいけど、ソロモンが全体攻撃持ちなら、マシュ、ブーディカ、アイリ師匠とかジェロニモで永遠と耐久しながらちびちび削るという戦法が取れるが――さて。
とまあ、それはおいておいてぼちぼちとゆっくりと七章を開始していこうかなと思います。
相当長くなる予定。