通信機に魔力を流して、探知したマリーの霊基へと通信を送る。
「あら、あら? 何かしらこれ。まあ、マスター。ヴィヴ・ラ・フランス♪ とても久しぶりだわ! ごきげんよう」
「うん、ごきげんよう、マリー」
数秒もかからずに網膜にマリーの映像が投影され、彼女の声が脳に直接響いてくる。断られることなく彼女は通信に応じてくれた。
前にあった時と変わることなく、優雅に紅茶を飲む姿を見せてくれている。精霊を介した通信機なので、向こうの様子もそれなりに見える。
どうやら、フランス組はまた集まってお茶会をやっているようだ。
「ふふ、それでマスター? どうかしたのかしら。その格好は、またサンタさんとお仕事の最中なのかしらね。でも、残念ね、今年は私たちは何もリクエストしていないの。こんなにも早い時期なのだもの。知っていたら、ちゃあんとリクエストしたのに」
「聞きたいことがあるんだ」
「あらあら、聞きたいこと? いいわ。マスターは伴侶みたいなものだもの。なんでも答えてあげるわ♪」
――なんでも? 今なんでもって――。
って、違う違う。
「ジャンヌについて聞きたいんだ」
「ジャンヌに? それなら私に聞くよりも本人に聞いた方がいいわ。もうすぐ来ると思うから、ちょっと待っててね」
「それは助かる」
本人に聞けるのであれば、それに勝るものはない。
「いいのよ。フランスではお世話になったもの。無理をさせたもの。去年のクリスマスも、私は何もしてあげられなかったわ。だから、なんでも言ってほしいの。なんでも、私ができることなら、なんでもしてあげるもの」
「…………」
「あら、デオン? なんでもなんていっちゃだめ? どうして? サンソンに同じことを言った時のアマデウスと同じ反応よ」
それは、もういろいろとあるでしょう。苦労してるんだなぁ。
そうしみじみと思うが、懐かしんでもいられない。荊軻がいる洞窟につくのまでに時間がない。
「あ、来たわ、ジャンヌ、お久しぶりね」
「はい、お久しぶりです。誰かとお話ししていたのですか?」
「ええ、マスターとよ」
「マスター? ……これは精霊による通信? はい、こちらジャンヌ・ダルクです」
「つながった、ありがとうジャンヌ」
「いえ、マスターの為なら。お久しぶりですが、何やらあまり時間がないようですね」
「ああ、ちょっと教えてほしいことがある。とりあえずこちらの状況をかいつまんで話すよ」
こちらのおかれた状況を話す。ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィという存在について。彼女がこのままでは消えてしまうということ。
ダ・ヴィンチちゃんの知見を含めて、今の彼女の状態を話し、解決策の為に必要なことを教えてほしいと問う。それは、ジャンヌ・ダルクが正しく、抱き得る夢、願いについてだ。
「何かないかな?」
彼女は空っぽだ。空っぽゆえにサンタという役割を手にして、その存在を安定させようとした。だが、サンタは子供がなれるものではない。
だから、それでは到底彼女の芯足りえない。何もないままこの夜を終えてしまえば、彼女は存在理由を失う。サンタだけではこの夜にしか存在できない。
クリスマスが終われば、このままでは枯れ果てる種のように、儚く消滅してしまうだろう。
そして、それをオレは認めない。
かつてエドモンがオレをオレにしてくれたように、オレもまた、彼女を彼女にしたい。
そう、これはオレの我儘のようなもの。オレがただファリア神父になってみたいという、願望をかなえるためのものなのかもしれない。
けれど、それで、誰かが救えるのなら、オレは黒幕にもなろう。全てを後ろから引いて彼女を救うのだ。
「だから、教えてほしい」
彼女が存在するに足る理由を、願いを。
それを叶える記憶を与える。
それに至る心を変える。
彼女はサンタではなく、ただひとりサーヴァントとして存在できるようにする。
「…………」
「ジャンヌ?」
「そう、ですね……私には願いというものがありません。しかし、子供の頃、ひとつだけありました。故郷を出る時に、そのまま置いてきた程度の些細な夢です。そう――海を見てみたい、という」
「海を見てみたい?」
「はい。まだ村娘だった頃には海を見たことがありませんでしたので」
「いいわ。とても素敵な願いと思うわ。マスターもそう思うでしょう? その夢は叶ったのかしら」
「ええ、全てが終わったあとで、海を見たいという夢はもう抱いてはいなかったのですが。その時に、私は海をみました。その記憶すら、彼女にはないのでしょう」
だからこそ、彼女は存在が不安定で、あやふやで、泡沫なのだ。
彼女は聖人でも、復讐者でもない。だからサンタを選んだというのに、子供はサンタクロースにはなってはいけない。
サーヴァントとしてあり続けるためには何かが必要なのだ。
だから、オレは、願いを持つことを考えた。おそらくサンタアルトリアさんもそうなのだろう。ひとつかふたつかプレゼントを配ればほしいものでも浮かぶだろうとか考えているに違いない。
それでいけるのならばオレはそれでもいいと思っている。自覚できるのならばそれでいいと。だが、ことはそう甘くないのかもしれない。
楽観はできない。だから、オレは保険を掛ける。使わなければそれでいい。それでも、使う時になったのなら知っておかなければならない。
彼女の元となったジャンヌ・ダルク。彼女が子供の頃に抱いた夢を。
それを叶えよう。彼女とて、ジャンヌ・ダルクだ。同じ人間ならば、同じ夢を抱くだろう。それは本人が認めていた。
使わなければいいのだが――さて、どうなるか。まずは最初のプレゼント配りがどうなるか。もし二つ、三つ配って彼女が何も願えないのなら――。
「トナカイさん、トナカイさん!」
「――ん、ああ、ごめんごめん」
「もう、ぼぅっとしないでください。着きましたサンタとしての初仕事です!」
洞窟の中に入ると香る、料理の匂いと酒の匂い。どちらかといえば酒の匂いの方が強く、あとは酔っ払いたちの楽し気な声とだれかの怒鳴るような声が聞こえてくる。
いろんな意味で惨い感じのが。
「これを見ても、リクエストのものが良いと思えますかトナカイさん」
さて、ここで頷いてはいけないのだが、無性に頷きたくなる。どうしてこう、この人たちは残念女子会を開いてるんだよ、毎回。
みんなきれいなんだから、一緒に過ごす相手とかいてもおかしくないはずなのに、どうしてこう集まってこんなへべれけになっているんだろうか。
なぞだ、一切謎だ。オレだったらマルタさんとか、普通に結婚したいくらいにいい女だと思うのだけれど。
「昨年のことはサンタオルタさんから聞いていましたが……聞きしに勝るとはこのことですね……」
マシュですら惨いという評価。いや、まあ、たいていまともそうな……いや、牛若はいつもまともじゃないけれど、まともな人たちが酔っぱらうとこれなのだから、正当な評価ともいえるが、酒の席くらい羽目を外してもいいだろうとも思う。まあ、むごいけど。
その分世話をする人が大変だろうけど。
「あ、サンタとトナカイ」
その世話をする苦労人聖女が気が付いたようだ。
「また来たの? こんなに早くに?」
「来ました! まったく、去年と変わらずろくでなしなのですね! 何かといえばお酒に逃げて、お酒に依存して、お酒に溺れるなど、それでも大人ですか! まったくもう、バカじゃないですか!」
「……随分ちっこくなったわね。去年と比較して」
「背丈のことは言わないでください! 伸びます! これからもーっと伸ーびーまーすー!」
「なあにぃ、サーンーター?」
「ぴぃっ!」
背後からにじりよってきた荊軻に驚いてオレの後ろに隠れる。ぴぃって可愛かったな。
「あー、サンタがまた来てるー! ま、ま、ま、いっぱい、一杯」
「こらこらこら、未成年にお酒をすすめない」
成長に悪影響が出たらどうするんですかまったく
「そうですよ、荊軻殿、サンタが怯えて隠れてしまっていますし。もぐらを殺すには、煙で燻す。砦にこもった兵士たちの首をはねるには、何もかも燃やしてしまうのが一番です。というわけでザックリと燃やしましょう」
酔ってるからってやめい。
すっかり怯えてしまったし、クリスマスにふさわしくないと考えを強めてしまった。
「とりあえず、ジャンヌ? プレゼントは何を用意したの?」
「そ、そうです。プレゼントです。貴女たちへのプレゼントはこちらです!」
彼女が袋から取り出したのはビンだった。薬瓶だろうか、酒瓶だろうか。十中八九、薬瓶だろうなと思う。お酒を否定していたジャンヌがお酒をあげるわけもなし。
「あははははは、ナニコレー?」
「新しいお酒ですか?」
「変わったお味ねぇ」
荊軻も牛若丸も新しい女子会メンバーのマタ・ハリも警戒せずにそれをごきゅごきゅと飲み干してしまう。まだ何か聞いてもいないのに、どうして、飲めるのか。酔っているとは怖い。
ただ、それがまずかった。
「断酒薬です」
「「「え」」」
一瞬で酔い覚める三人。そこにジャンヌはお説教を始めてしまう。これではせっかくの女子会も台無しというもの。
しかも、断酒薬を飲んだあとに酒を飲むとダメージを受けるという。ダ・ヴィンチちゃんの特製品とかちょっと待てと言いたくなるような奴。
確か、ドクターが厳重に保管していたはずなんだけど、どうやらとられてしまったらしい。
「あちゃー……そっかー、そういう方向かー」
マルタもあちゃーと言っているから、わかったのだろう。
なにもわかっていないのはジャンヌだけ。クリスマスらしい良いプレゼントをあげられたと喜色満面だ。
「お酒の飲めない人生なんていやだー」
「むむ、これからお祝い事が続くというのに素面というのはきついですね」
「困ったわねぇ。酔った勢いを利用して、マスターとの既成事実がつくれなくなっちゃうわ」
嘆きの声が洞窟に響く響く。いや、ちょっと待て、最後。マタ・ハリさんは何言ってんだ!?
顔が赤くなる。仕方ないだろう。だって、マタ・ハリだ。最高級娼婦ともいえる彼女に見つめられて赤面しない男などいない。
「先輩……」
これはもう男の本能としての部類なので許してください!
「どうしました、トナカイさん? 顔が赤いんですが。ともかく、プレゼントは配りました、次に向かいましょうトナカイさん!」
「はいはい、ちょーっと待った」
「むがぎゅ。な、なんですか、なんですか! 私はサンタです、忙しいんです! プレゼントを配り終えた人に用はありません」
「アンタにちょっと用があるのよ」
「アンタではありません、サンタです」
「はいはい、サンタサンタ…………さて。あのプレゼント、どういう意図で選んだの」
マルタが問う。
それは彼女がプレゼントを選んだ意図。オレも聞こうと思っていたこと。
それにサンタジャンヌは答えた。
――あの人たちのためになるプレゼントを選んだつもりだ、と。
「うーん……クリスマスプレゼントは、実用性よりも喜びの方が大事じゃないかしら」
しかし、サンタには、マルタの言葉は届かない。
喜びの日に、あげるべきは、有用な贈り物が正しいという。喜ばれてはいないが、役に立つのなら喜びは不要だと彼女は思っている。
「……そっか。トナカイさん後は任せるわ。私からはもう何も言うことはない。プレゼント有りがたく頂戴します。がんばりなさい、サンタさん」
「ふふん、当然です。さあ、行きましょう――」
ソリにのって、次の目的地へと向かう。
次なる目的地は日本。
オレは、ここで作戦を発動することを決めた。
「ブーディカさん、見つかった?」
「うん、今準備中かな」
「そっか、多分お願いすると思う」
「……そう……わかった。待ってるよ」
少し厳しい旅になるかもしれないが、彼女の為だ。そのためならば、オレは心を鬼にもしよう。必ず彼女を彼女にして見せる。
待て、しかして希望せよ。
彼女には、その言葉もないのだから――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
次なる場所は日本。宴会のように、多くの日本のサーヴァントたちが集まっている。
「…………子供?」
「まあ、子供ですね」
リクエストしたのは小太郎君と、清姫。付き添いに藤太と玉藻がいる。
「子供ではありません! サンタなんですけど!」
見た目はまんま子供だから仕方ない。そして、だからこそ、誰もサンタクロースと認識できないのだ。藤太にアメをやろうと遊ばれているし。
「ともかく、プレゼントです!」
小太郎に差し出されたプレゼントは和英辞典。
清姫に差し出されたのは法律の本である。
どちらも、残念、ガッカリプレゼント以外の何物でもなかった。
「小太郎さんの宝具名は文法的にもいろいろと誤りがあります。ですので、正しい英語で、正しい宝具に! 清姫さんは、ストーカーは犯罪ですので、この機会に法律を学んで清く正しい恋愛をするようにと――」
さて、ドヤ顔で解説しているところ悪いのだが、保護者役なのか、付き添いだった藤太と玉藻がいろいろと言っている。
「むう、これは拙者にもわかるぞ。実に遊びがない。クリスマスプレゼントに和英辞典とは……」
「それはまだマシじゃないですかね。重めの清姫ちゃんが、なんかもう頑張っていろいろと健気にも頑張ってるのを視てる、玉藻ちゃんとしては、これはもういただけないどころか、最悪といいますか。ぶっちゃけ、ねえですよ」
ガッカリ度だとシュヴァイツァーの伝記と並ぶガッカリプレゼントだ。どこぞの青狸の怠け者がもらった残念すぎるプレゼントだったはずだ。
見ろ、小太郎も清姫も固まってしまっている。
「俵さんも、玉藻さんも何を言うのですか! これは二人の為になるプレゼント――」
「しかし、クリスマスはお祝い事と聞いた。拙者たち風に言えば謹賀新年に等しい」
「誰もが祝いますし、誰もが喜ぶ日。それはもう盛大に、聖夜というくらいにカップルもあっつあつ間違いなしの日!」
「であればこそ、贈り物は生活を正すものではなく、喜ばれるものが王道ではないかね?」
「そうですとも。良妻狐としては、ご主人様の満足度こそ肝要。喜ばれないプレゼントなどノーサンキュー! 賢者の贈り物のように、この玉藻、良妻として旦那様がほしいものをプレゼントする所存」
「……役に立たなければ、プレゼントなんて、意味がありません……」
ジャンヌが、絞り出すように言う。
役に立たないプレゼントなどただの自己満足だと。贈ったものが贈ったことを喜ぶだけのそれだと。
だから、何を言われようとも、実用一点張りで勝負するのが心意気だと、サンタジャンヌは言った。
「……そんなことはない」
「いいえ、あります」
「ないですわ」
「あります」
「「「むむむむむむ」」」
小太郎、清姫、サンタジャンヌの言い分は平行線だ。
だから――
「ならば、戦いで決めるほかあるまい」
「この玉藻ちゃん、今回は清姫ちゃんの味方です」
「ええ、ますたぁの為にも」
「拙者も小太郎側じゃ」
「――ええ、必ずや」
「ええ、良いでしょう! 我が名はジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ! このプレゼント、問答無用なりて――!」
戦いが始まる。
もちろん、清姫たちには手加減するように言ってある。これは、時間稼ぎだ。
「マスター、ふふ、準備万端よ」
「頼むよ、アイリさん」
「ええ、任せて頂戴。こういうこと、一度やってみたかったのよ――」
さあ、行こう。
彼女を彼女にするために――。
さて、七章ついに明日ですねぇ。楽しみですね。
配布縛りですよー。
ボックスは26箱あけました。そろそろ限界かなぁ。まあ、ギリギリまで開けますが。
大分スキルとか上げられましたが、全然まだまだ足りませんし。
ゆっくり頑張りますかねぇ。