そうして、オレたちは、城まで辿り着いた――。
「さあ皆! ピラミッドに巣食う、あの魔女を倒すのよ!――」
とエリちゃんが声をあげるのだが――。
「………………」
「…………」
誰も彼女の声に続かない。
「ちょっと!?」
「あら、トカゲさん、どうしたのですかそんなに大きな声を出して。母は今、忙しいのです」
あの頼光さん、やめてください、どこから、この衣装を出してきたんですかねぇ。
今現在、オレはなぜか頼光さんの着せ替え人形にされてしまっている。溶岩地帯を抜けたと思ったら、この調子である。
エドモンからもらったインバネスと帽子があるからいいといったのに、着てくれないのですかと涙目になられたら着せ替え人形になるしかないだろう。
女の涙ほど強い武器はない。勝てない。
「金時は、こういうことさせてくれませんでしたので、ここぞとばかりに。機会を逃したこと、私は一度もありません。そのおかげで鬼も退治できました」
「不意打ちだったがの」
「なにか、言いました、虫。虫の頭目がいなければ何もできぬ羅生門の鬼が」
「そんな鬼を逃がしたのは、どこの誰だったか、もしゃ」
台無し、台無しだよ茨木ちゃん! もしゃもしゃ食ってるから、口の周りにチョコレートついてるよ。
「ほら、お口にいっぱいついてるから拭こうねー」
「もむあ――」
そして、ブーディカさんに拭かれる。鬼とはいったい。しかし、こうしてみると親子のようにも見える。というかブーディカさん娘がいたから、本当に娘みたいに接しているのだろう。
「帰りたくなってきたな」
「ちょっと、グリーンが帰ったらどーするのよ!」
「いや、だってなぁオレがいなくてもなんとかなるだろ」
「そう言って帰りたいだけでしょ! 嫌よ、あんたがいなくなったら、
「だから帰りたいんだよ……」
しかし、城門の前に来たということは後も少しということ。当然のように門番がいるだろうが、これだけの戦力がいれば、というか、たぶん頼光さんがいれば――
「母と。頼光お母さんと」
頼光――おか、あさん……がいれば、なんとかなりそうな――。
「しかし、上へ下への大騒ぎで、大分汚れてしまいました。貴方、マスターなのですから、浴室の一つや二つ、魔術で取り出せないのですか?」
取り出したいです! ぜひともそれは取り出してあげたいです! でも、オレ、そんなことできるほど魔術に精通してません!
く、ここはドクターに頼んで。
「話は聞かせてもらった――!」
「ドクター!」
「今すぐ、浴室を転送するよ! それもみんなで入れる大浴場をね!」
さすがだ、ドクター! サムズアップで応える。
「では、母が洗ってあげましょう」
「いいえ、ここはわたくしが」
「…………」
くいくいとわたしもと言わんばかりに裾をひいてくる静謐ちゃん。
「いえ、先輩の御背中をお流しする役目はわたしが――」
「ちょっとー! パーティーメンバーをねぎらうのは勇者の役目! つまり子イヌを洗うのは
「え、えっと、で、では、同盟者をねぎらうのもファラオの務め、この私自ら、洗って差し上げましょう。泣いて喜ぶとよいです」
――あ、これ、選択を間違ったかもしれない。
「こらこら、マスターが困ってるよ」
おお、ブーディカさん、さすがです。
「喧嘩するんなら、あたしが洗っちゃうよ。だから、喧嘩しないこと」
「…………」
とかなんとかやっていたら、門番がこちらを見ていることに気が付いた。血のついた黒い鎧を着た男だ。その男はこちらを見ていた。
いいや、敵視していた。エリちゃんを――。
「って、おじ様――――!?」
そんな彼を見て、エリちゃんは叫ぶ。おじ様、と。
おじ様、つまりは、ヴラド三世。彼女がおじ様と呼ぶのは彼だ。去年、出会った。だが、違う。彼とは今目の前の彼は違う。
オレが会ったことがあるのは闇に溶け込みそうなほどに黒い貴族服を着た王様だったはず。マシュなどアップリケを教えてくれる優しいおじさんだった。
だが、目の前の男は違う。違うが――同じものだとオレの観察眼が告げている。彼もまた、同じヴラド三世なのだ。
「良き観察眼だ」
ヴラド三世はオレの思考を読んだように言った。
サーヴァントとは、一人の英雄の一つの側面を抽出して召喚するもの。ゆえに、同一人物でありながら、様々なバリエーションを持つことがある。
そのもっともたる例がアーサー王なのだとドクターは言っていた。彼女には多くの可能性が存在しているのだと。
ヴラド公にも別の側面があったということ。かつて出会ったヴラド三世が王としての側面を抽出した存在であるとすれば、今目の前にいるヴラド三世は、あらゆる悪を糺す武人としての側面をもって出てきたということ。
そんな彼は、エリちゃんを睨み付けている。悪を糺す武人はエリちゃんをただ睨み付けている。それは、まるで、彼女が悪であるというように。
「あ、あの、おじ様?
エリちゃんにその心当たりはないらしい。だが、確かにエリちゃんは、反英雄、その関係かとも思ったが――。
「エリザベート・バートリー!
「え、ええぇ! おじ様が!?」
「問答は無用。汝は罪ありき存在――これより、あらゆる不徳と不義を罰してくれようぞ!」
あの吸血鬼呼ばわり以外には鷹揚なヴラド公が此処までの怒りをあらわにしている。それほどまでのことをエリちゃんがしたというのか?
――いいや、たとえそうだとしても。
「マシュ!」
「はい! ――っ」
ヴラド公の攻撃をマシュが防ぐ。
「エリちゃん、今は戦って!」
「邪魔をするか」
「ああ、エリちゃんは、大切な仲間だからな!!」
だが――。
「なんだ、これ――」
仕留めきれない。こちらが初見なのもあるが、なんだ、あの動き! ヴラド公と違いすぎる。本当に同一人物かよ!
何より、用兵が巧い。的確に指示を出し頼光さんを押さえつけ、容易に攻撃させないようにしている。女王騎士など頼光さんの敵ではないが、女王騎士を倒した瞬間をヴラド公は狙ってくる。
「それでも、まだ、終わりじゃない」
まだまだ反撃はここから――。
「――いいや、もう終わりだ。やはり、汝は理解しておらぬ」
「え……?」
「やり直すが良い。今一度、さもなくば、あの女王の眼前に立つこと敵わぬ。その戦装束で勇者を名乗るのであれば! それを理解してからにせよ!」
それは怒りではあったが、まるで、何かを教えるかのようで――。
「一体なんのこと――はえ?」
――……い。
「は?」
――……ない。
――……まない。
「すまない……唐突ですまない……」
「はいぃ!?」
空に浮かぶ巨大なジークフリート。
「え、あの……えー!?」
「本当にすまないのだが……ここまで死闘を繰り広げた皆には、すまないと思うのだがもう一度、最初からやり直してほしい。
――コホン。これは別にシステム的なものではなく、ちゃんと意味があるものなので……ここは踏ん張りどころだと思ってほしい……では、すまないが、ワープしてもらおう」
全員が思わず叫んだ。
「なんでー!?」
犬猿の仲である頼光と茨木ですら、合わせて叫ぶほどに、よくわからないままに、オレたちは墓場へとワープさせられてしまったのであった。
「……戻ってきちゃった……」
「…………」
さすがにクルなぁ……、というか、なんだろう、こういうゲームを昔見た覚えがあるような気がする。まあ、それはさておいて、強くて二週目ということで納得しよう。
それよりも、だ。
「集合ー」
エリちゃんが理解していないことについて考えなければ。
「というわけで、話を聞こうかロビン」
「ド直球だね。だが、生憎――」
「呵々、呆けるなよ緑の人。先ほど、お主だけが、戸惑わず、これはしたりという顔をしていたであろう」
「そういうこと、知っているのなら、教えてもらうよ」
なにせ、エリちゃんに考えさせたら、いつまでたっても進まない。なにせ、本人がわからないといけないことなのに、本人には一切、心当たりがないのだ。
「何! なんなの、
「……オタクさ、街の様子見て、気が付かなかったか?」
街? そういえば、ハロウィンだというのに、ゴーストもいなければ、活気もなかった。ハロウィンの支度をしていなかったのだ。みんな閉じこもっている。
それをエリちゃんは女王がハロウィンを禁止したからだと言っていたが、そうじゃない? ――!
「ロビン、もしかしてさ、ハロウィンの準備をしてなかったのって、女王が来る前から?」
「相変わらず鋭いね、ああ、そうだ」
あー、わかった。なるほど、そういうことか。女王が原因でないのなら、原因はエリちゃんだ。なるほど、そういうことか。
「さて、エリちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん? なによ子イヌ」
「エリちゃんは、このチェイテを治めてるんだよね」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、聞くけど、最近、執政とかした?」
「……………………あ……」
やっぱりか。
「あ、じゃ、ねえーですよ! オタクがなーんにもしないから、街の連中は祭りの準備をしていいのかわからねえし! 兵士たちは準備を進めるべきか、止めるべきかで大混乱だっつーの!」
「あわ、あわわ、あわわわわわ!」
言われて初めて事の重大さがわかったのだろう。エリちゃん、ものすごくあわあわしている。
ブーディカさんなど、あちゃーと目を覆っている。ニトクリスはこれはひどいとあきれ顔。茨木ちゃんも、部下の面倒も見ずに何が頭領かと呆れ顔。
「ど、どうしよう、子イヌー!」
「どうしようって」
「やればいいのよ――」
アイリさんが手を合わせて楽しそうに言う。
「ハロウィンを今からやればいいのよ。少し遅れただけじゃない? なら、今からやればいいのよ。遅れた分をとりかえすように、盛大に盛り上げる。とっても楽しいと思うの」
アイリさんの言う通りだ。
「ここでちゃんとハロウィンを開催して、もう一度怒られに行こう」
「そ、そうよね!」
さて、そうなるといろいろと準備しないとね。
カボチャに、お菓子はもちろん、子供たちの為の仮装の準備。
「ブーディカさん、頼めるかな?」
「うん、大丈夫、というか、とっくの昔に準備はできてるんだ」
「さて、そう来たら――というわけで、エリちゃん、宣言して」
「ほえ?」
「エリちゃんが宣言しないと始まらないからね」
「わかったわ!」
エリちゃんが告げる、ハロウィンの開催を。ちゃんと謝りながら、ハロウィンの開催を告げた。宣言とともに亡者が噴出する。
「さて、倒して回りますか」
「――子イヌ……
「うん、エリちゃんならできるって信じてるよ」
オレたちは亡者を倒し、カボチャを回収しながら、城下町へと向かった。
「んー、まだ全然人がいないわね」
「踏ん切りがつかないんだね。どっちの女王に従うのがいいのか迷ってるんだと思う」
「だったら、頼んで回ろう」
ならば足を使うのみだ。
「そうだな。そこのマスターの言う通りだ」
ロビンも賛成してくれたし、全員で手分けして頼んで回ることにした――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ハロウィンの宣言をヒトヅマンスロットは聞いていた。
「……我々が行かねばなるまい」
ポロロンと音が鳴る。
「トリスタン」
「……私は、悲しい……」
居眠りして折檻されて全身が痛くて悲しいという意。
「女王からの命か」
「…………」
トリスタンは頷いた。
「カルデアと戦う事になろうとはな……」
第六の特異点では随分と迷惑をかけてしまった手前このまま出ていくのはどうだろうか。いろいろと黒歴史だし、何よりマシュがいるためひどく躊躇われる。
念願のお父さん呼び、心臓が止まりそうだが、嬉しいのは嬉しいのだ。だからこそ――ここは、正体を隠そう、そうしよう。
「私は覚えていないのですが、迷惑をかけたのでしょうね……ああ、悲しい……」
「…………落ち込むなトリスタン卿。聞けば、カルデア一行には人妻がいるらしい」
「……私は、悲しい……」
どうして早く教えてくれなかったんだという意。
「さあ、行きましょうランスロット卿」
「ごく普通に飛んでいった、だと!?」
人妻好きどもが、カルデア一行に向けて進軍を開始する。それを見送った門番は果てしなく呆れていたそうだが、忘れているのだろうかヒトヅマンスロットは。
カルデア一行には、自分の
そして、こんな気持ちで向かっていることがバレたらどうなるか、それが本当にわかったうえで、彼らはカルデア一行の下へ向かっているのだろうか。
おそらくどころか、絶対に忘れている。人妻は、そんな些事と比べて、はるかに重いのだから――。
なお、その時になって後悔し出すのがランスロットである。
さて、というわけでぐだ男たちはふりだしに戻る。
すまないさんの登場は本当卑怯だったw。
そして、次回人妻好きがやってくる。
イベントの方は、サンタジャンヌが最終再臨しました。可愛い。
次はイシュタル様かな。早く最終再臨させたい。
とにかくもっと靴下をくれぇー