「ああ糞、槍がほしいぜ!」
角を生やした巨大な頭、鋭いトゲを持つ亀の甲羅、六本の脚、蠍のような長い尾を持った
あれの突撃を真正面から受けるわけにはいかない。その突撃を止めるのであれば、脚を地面に縫い付けるくらいする必要があるだろう。
何より、敵はタラスクだけではないのだ。杖から放たれる光弾。聖女マルタもまた、敵なのだ。竜という強大な敵に合わせて、あのマルタもまた戦いなれている。
「ジャンヌとマリーはマルタを! マシュ、クー・フーリン、アマデウスは、タラスクを頼む!」
「応!」
まずはタラスクからだ。あちらは二対一。ならばまずはタラスクを何とかしなければ。
「マシュ、頼む!」
「はい、先輩!」
灼熱を放つタラスクをマシュの盾が防ぐ。
「やあ!!」
そのまま盾でタラスクを殴りつける。
「――――」
効いているようだった。タラスクは堅いがマシュの盾も堅い。同等の固さであれば、攻撃は通る。
「さて、僕の音楽が効くと良いが――」
音楽だけでなく、悪魔の音楽に興味があったたためか、魔術もたしなんでいるアマデウス。音楽神の加護により、音楽魔術だけはかなりのものだった。
流れるレクイエム。タラスクの動きが、これ見よがしに落ちる。
「知性があるのなら、僕の音楽は竜すらも魅了する――うん、言ってみただけど、なんとか効いてよかったよ。さあ、あとは頼むよー、僕ができるのはこれくらいだ」
「はい、ありがとうございます!」
マシュがタラスクへと向かって行く。尾や腕、顎の一撃を盾で防ぐ。先ほどまでは掠っただけでも、轢き潰されるだけの威力であったが、アマデウスの支援によって今では、マシュでも防げる。
さらにクー・フーリンのルーンでマシュの能力を強化している。その殴打は、この場にいる誰よりも強いだろう。
「休む間もなく攻めるんだ!」
「はい! 行きます――これで、倒れて!」
殴打、殴打。
マシュの一撃がタラスクへと入っていく。弱ったタラスクと強化されたマシュ。その戦いは、一進一退と言えた。
これだけやってもタラスクの暴虐は止まらにない。攻撃が緩むことはなく、ただただ、強い一撃を加えてくる。だが、マシュも負けていない。
タラスクの攻撃を受けて、衝撃威力を全て流す。その能力は、一度敵の攻撃を受けるごとに磨かれているかのようだった。
技術が身体になじんでいっているかのよう。事実、彼女は、サーヴァントの技術を体になじませている途中だった。
デミ・サーヴァントと言えど、使ったことのない技術だ。それに慣れるには時間がかかる。だが、決死の戦闘が、彼女の能力を大きく開花させていた。
「これで――!」
ついに、マシュの一撃がタラスクを鎮める。
「タラスク!」
「あらあら、よそ見なんてしている暇などありませんわ」
マリーの攻撃がマルタを追い詰める。ジャンヌが前衛。旗を槍のように使い、休ませることなく攻撃を仕掛けていく。
「――――」
「これで!」
足蹴りが入る。ガードした杖が腕ごと上に浮き、そのままサーヴァントの身体能力で空中一回転で復帰したジャンヌ。
この隙を見逃すことはない。高速復帰、人間であれば筋線維のいくつかや骨が駄目になりそうであるが、サーヴァントの肉体では問題なく、引き戻されるマルタの杖に会わせて、槍を差し込み跳ね上げる。
宙を舞うマルタの杖。
「これで――」
迫るジャンヌの旗。
「――ヤコブ様、モーセ様。お許しください……マルタ、拳を解禁します」
握られた拳が旗を防いでいる。
「――!」
「タラスクがやられた以上、すぐにあちらがやってくるでしょう。であれば、私も少しばかり本気を出させていただきます――封印した素手。これを乗り越えてこそ、貴方方は竜の魔女と戦えるでしょうから――」
「ガッ――!?」
「ジャンヌ!」
鈍い音が二発響く。ジャンヌの体に拳がめり込んだ音だった。中空へと浮かぶジャンヌの体に容赦なく拳が叩き込まれる。
「かっったいわね、あんた本当に人間? 要塞って言った方がいいんじゃないかしら」
「ジャンヌさん!」
「――アンサズ!」
炎がマルタへと向かうが、
「チィ! やっぱり、対魔力持ちかよ。厄介極まりねえ――ならっ!」
それが防がれた瞬間、マルタがクー・フーリンへと走り込んでいる。
放たれる拳。
その拳圧は、防いだとして背後の木々をなぎ倒す。
「へえ、貴方、ただのキャスターではないわね」
「そりゃどうも――オタクもただのライダーでないようで!」
拳をキャスターの杖が受ける。ルーンで強化された身体性能によって、キャスターの身でありながら近接戦闘に興じる。
もとより槍を持つケルトの大英雄たるクー・フーリン。キャスターとは言えど、聖女と近接戦闘を挑むことすら可能だ。
「チィ、やっぱ槍がほしいぜ!」
仕留めきれない。
「マシュ!」
「はい!」
だから、さらにもう一枚。タラスクを倒した今、全員で彼女を狙える。卑怯と言われても、それでも負けるわけにはいかない。勝たなくてはいけないのだ。
アマデウスの音楽により、敵のステータスを下げて、マシュとクー・フーリンで殴り倒す。
そして――。
「ここまでね」
「はあ、はあ……」
「やり、ました……」
何とか打ち勝った。
「聖女、マルタ……あなたは――」
「手を抜いたなんて、言うんじゃないわよ。あのひとにもらった杖を放り投げて、拳で戦ったのよ。本気も本気よ、これでいいの。聖女に虐殺なんてさせんじゃないわよ、まったく……でも、竜の魔女には勝てない。勝つためには、リヨンへ行きなさい。彼女が従える竜種に勝つには、リヨンへ」
「リヨン……そこに何が……」
「決まってるじゃない。竜を倒すのは、聖女でも、姫でもないでしょう」
龍を殺すのは古今東西――
「それじゃあ、そういうわけよ――タラスク、ごめんなさい。今度は、もっとまともに召喚されたいわね」
そうして、聖女マルタは消滅した。
「いやはや、苛烈な聖女だった。アレだね、タラスクは説教で沈めたとか、嘘だね」
「ああ、ありゃあ、絶対力ずくだぞ」
「ともあれ、目的地がわかったんだ。行くとしようとも」
「……意外です。アマデウスさんは、あまり徒歩での移動を好まないと思っていたのですが」
「あら。アマデウスは無類の旅好きよ」
「そうなんですか!?」
「ええ、子供のころからいろいろな国を渡り歩いていたもの。うふふ、楽しみね。リヨンには誰がいるのかしら!」
僕らは、リヨンへと向かうべく針路をとった。
その途中の街で、情報収集。
「うふふ。情報を得られたわね」
「そうですね……」
ジャンヌは、街に入れないからマリーさんと僕で行っている。というか、ほとんど彼女が話していて僕はほとんど相槌を打つくらい。
さすがは王妃というべきなのだろう。僕なんかよりよっぽど役に立つ。
「あら、そういうことはないわ。貴方がいるのといないのとでは違うもの」
「そうかな……」
「ええ、そう。それに、今が駄目でも、これからも駄目なんて決まりはないわ。だって、貴方はまだ歩き出したばかりじゃない。もう終わってしまったわたしたちと比べてはいけないわ。だってわたしたちはある意味で卑怯をしているようなものだもの
だから、わたしは貴方の方がすごいと思うもの。もし、未熟を嘆くのなら、これから頑張ればいいのよ」
「…………」
「さあ、戻りましょう。きっとみんな、待ちくたびれているわ」
マリーさんに手を引かれれ、街の外へ。
「お帰りなさいマスター。どうでしたか?」
「うん、マリーさんのおかげでわかったよ」
結論から告げる。まず、リヨンという街は少し前に滅ぼされてしまっている。今や、彼の街は、怪物が跋扈している、地獄の街と化してしまっているのだ。
ただ重要なのはそれではない。その前の話が重要だった。その前の話。リヨンには守り神がいたというものだ。僕とマリーはそれがサーヴァントではないのかと推測した。
そのサーヴァントは複数のサーヴァントに襲われて行方不明になったという。そうしてリヨンは滅びてしまったが、聖女マルタが行けと言ったのなら、おそらく、そのリヨンには行方不明になったサーヴァントがいるのか、その行き先がわかるものがあるはずだ。
もちろん、聖女マルタの言葉を信じればであるが。本当に敵の言葉を信じていいのかはわからない。だが、それ以外に道がないのも確かなのだ。
「生きていてくださればよいのですが……」
「そうだね……」
「なに、竜を殺せるような英霊がそう簡単にくたばるかよ」
クー・フーリンがいうのならそうなのかもしれない。
「ああ、そうそう。シャルル七世が殺された後混乱した兵士たちは、ジル・ド・レェ元帥がまとめているそうよ」
「ジルが……!」
「リヨンを取り戻すために、今、兵を集めているらしいわ」
「合流は難しいでしょうね」
「なぜかしら? 彼はジャンヌの信奉者でしょう?」
彼個人ならばなんとかなるかもしれない。だが、兵士たちは、そうはいかないだろう。もし、元帥がジャンヌを受け入れてしまえば、事情を知らない兵士たちからしたら、いきなり竜の魔女と自分たちの元帥が仲良くしているという風に見える。
それはジル元帥の不信につながるだろう。統率が取れなくなってしまう。そうなってしまえば、フランスは抵抗できなくなり、終わる。
「なるほど……では仕方ないわ。リヨンを彼らも取り戻しに行くというから、一緒に行ければと思ったのだけれど」
「残念ですが……」
「それができないのなら、急いだほうがいいだろうぜ」
「クー・フーリンの言う通りだね。リヨンの街に住み着いた怪物を普通の兵士が倒せるとは思えない」
「マスターの言うとおりね!」
「ええ、行きましょう……」
ジャンヌが不安そうだ。
ここは、こう言おう。
「――大丈夫、勝てるさ」
「ふふ。そうね。指揮官はそう言わないとね。……それじゃあ、ご褒美」
「んな!?」
ちゅっと、キスされた。
「ふふ、よかった?」
「…………ありがとう、ございます」
「……先輩、頬が緩んでますよ、先輩」
「あ、いや……」
緩んでない。僕は、マシュ一筋だ。
「ああ、ついに出てしまった」
知っているのか、アマデウス。
「マリアはね、何でもかんでもベーゼするのさ。悪い癖でねぇ、そのせいで宮廷は大変なことになったものさ」
そんな楽しそうに言わないでほしいが。
「いやいや、楽しそうなものか。なにせ、ベーゼ一つで派閥ができるんだ。下手したら、革命前に自滅していた可能性だってあるんだぞ」
それは、確かに笑えない。
「マスター、しゃきっとしてください。ほらほら、しゃきっと!」
「え? みんなはしないの、ベーゼ? こう、ハートがぐぐ――って、なったらしちゃうものでしょう? ね、ジャンヌ?」
「し、しません、しません! そういうのは結婚を前提とした! と、ともかく出発しましょう、行きましょう!」
これ以上はまずいと思ったのか、ジャンヌがせかす。
時間もあまりない。だから、それ以上はマリーも言わず、すぐにリヨンへ向けて出発した。
リヨンの都市はぼろぼろだった。
「生体反応は――」
「あれ。ドクター? マシュ?」
「申し訳ありません。通信の調子が悪いようです」
「なら、手分けして探しましょう」
「なら、競争ね! わたしとアマデウスは西側を選びます」
「では、東側はオレたちが」
二手に分かれて、サーヴァントを探す。街は完全に破壊され、住人たちは生ける屍に落とされていた。もう救えない彼らを倒しながら、僕らはここにいるという竜殺しを探す。
しかし、ゾロゾロゾロゾロと数が多い。マリーたちは無事だろうか。
「ああ、やっぱり!」
マリーの声が響いた。
「マリー、無事だったか」
「ええ、マスターたちも無事でよかったわ。許せないわね。まずは、彼らに安らぎを与えましょう」
「ええ、安らぎを――」
生ける屍たちを掃討する。どうか、彼らに安らぎがあることを願って。
――それにしても、もう何も感じないな。
彼らに対する恐怖がすっかり薄れている。嫌悪感が薄れている。慣れたのだろうか。それとも、どこかが壊れてしまったのだろうか。
恐ろしいものはサーヴァントたち。もはや生ける屍は怖がるような存在ではなくなっていた。恐ろしくないわけじゃない。でももっと恐ろしいものがある。
それがわかったからだろうか。ともかく、怖ろしさはない。怖さはない。
むしろ、楽だった。癒しだとすら思えるほどに――。
「彼らに安らぎを」
「安らぎ……安らぎを望むか……それは、あまりに愚かな言動だ……」
「――!」
突然現れたサーヴァント。仮面をつけた男。
「サーヴァント!」
「何者です!」
「
――さあ、さあ、さあ。君たちは、どうする――」
――どうする?
そんなもの一つしかない。
僕に、選択肢は与えられていないのだから――。
「おまえを倒す! 行くぞマシュ!」
「そうだろうな――ゆえに」
歌声が響き渡った。
「――っ、すみま、せ、ん――」
「マシュ!?」
「これ、は……なんという」
「ジャンヌ!」
「あら、あらあら?」
マリーさんまで。これは一体なんだ。
「奴のスキルかなんかだ、あの歌声だろうな。しゃあねえ、ここはオレらでやるしかないようだぜ」
「ああ、まったく。オペラ座の怪人とは! いいだろう、音楽対決としゃれこもうじゃないか」
女性陣は戦えない。
クー・フーリンとアマデウスが戦うしかない。
「安心しな、オレが前衛だ」
身体性能を強化し、杖を構える。
「――」
歌いながら、彼は異形の爪を構える。オペラ座の怪人。
「さて、あまり歌声をかき消すマネはしたくないのだけどね。死神のための葬送曲――」
「――――」
相手の動きが遅くなり、さらに苦悶の表情をファントムは浮かべる。
「クー・フーリン!」
「ああ。槍じゃあねえが――!」
巧みに杖を振るい、ファントムを追い詰めていく。ファントムは元々役者。戦う者ではないゆえに、生粋の戦闘者であるクー・フーリンの巧みな戦闘技術に追い詰められていく。
「クク――」
だが、それでもなお、ファントムは笑みを崩さない。まるで、それでいいとでも言わんばかりだ。歌声は響き続ける。
歌声は響き続ける。
歌声は響き続ける。
女性を魅了する美星が響き渡る。
「はは――」
ファントムが駆ける。クー・フーリンを弾いて、女性たちへと迫る。マシュへと――迫る。
「――――」
「マスター!」
思わず飛び出していた。マシュを守るために、その前に飛び出していた。
――なに、してるんだ、僕は。
飛び出したところで何ができるというんだろうか。
何もできるはずがない。木っ端のように殺されてしまうだろう。
――でも、それでも。
マシュを守らないと。
その気持ちだけが僕の体を突き動かす。
彼女だけだ、彼女の為ならば、僕は頑張れるんだ。
「良いガッツだけど無茶もほどほどにだよまったく――」
「――っ」
アマデウスの魔術がファントムを吹き飛ばす。
「おら、アンサズ!!」
燃え盛る炎がファントムを包み込む。
「――――」
悲鳴が響き渡る。
オペラ座の怪人、それは確か――。
だが、悲鳴はいつしか、歌に変わっていた。
「喝采せよ、聖女! おまえの邪悪は、オマエ以上に成長した! 竜殺しは諦めるが良い――果ての果てまで逃げ去れば、あるいは生きることができるやもしれない。邪悪な竜が来るぞ!」
「やれやれ、しつこい。君は此処までだ」
アマデウスの一撃にファントムが消滅する。
だが、その瞬間、極大の邪悪が来る――。
「――やっとつながった! 今すぐそこから離れるんだ! サーヴァントじゃない、極大の生命反応が猛烈な速度でやってくるぞ!!」
「そんなものありえるんですか!?」
「あるところにはあるもんさ! ――さらにそれだけじゃあない、サーヴァントも三騎追従してきている」
「彼らですね」
「逃げるしかない。さっさと逃げようぜ」
「ですが」
「はい。サーヴァントを上回る生体反応があるのなら、竜殺しを諦めるわけにはいきません。マスター、指示を!」
――どうしてこうなる!!
どうして、一つの困難を乗り越えたら、次の困難がやってくる。僕が一体何をしたっていうんだ。
だが、時間がない。決めなければ。
「――竜殺しを探そう」
戦っても勝ち目がない。なら、わずかな希望にかけて、竜殺しを探す。それしか道はない。
「さて、アマデウス――」
「言わずとも。君はいつもように笑っていればいい」
「ドクター! サーヴァントの反応は!」
「今調べている――出た、目の前の城だ!」
マリーさんとアマデウスが時間稼ぎをしている間に、僕らは竜殺しがいるという城へと急いだ。