Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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邪竜百年戦争 オルレアン 4

 まずは森を抜けてオルレアンへと向かう。直接乗り込むのは難しいが周辺の村や町で聞き込みを行うのだ。まず向かうのはラ・シャリテ。

 

「ここで、情報を得られれば良いのですが。今の戦力で勝てるかどうか、確証が得られなければオルレアンに攻め込むわけにはいきませんし」

「慎重ですね」

「……いえ、正直、焦っています」

 

 黒ジャンヌはどう考えても正気ではないからと彼女は言った。オルレアンを支配している怪物が、何をするのか容易に想像できる。

 力、憎悪。それらがある閾値を超えた瞬間、それは猛毒に変わる。どのような聖者であろうとも、どれほど高潔な人間であろうとも、復讐の炎、怨嗟の呪縛は、いともたやすく人間性を剥奪し、復讐の鬼へとヒトを落とすのだ。

 

 そんな怪物となったヒトが何をするのか、そんなものひとつしかないだろう。

 

「…………」

「ですから、なるべくは急ぎたい」

「――待った。前方にサーヴァント反応だ!」

「!!」

「ラ・シャリテにある。でも、あれ、おかしいな。遠ざかっていくぞ。駄目だ、ロストした。速すぎる」

「フォウ、フォーウ」

「どうしたんですか、フォウさん? 頭に乗って――」

 

 街が燃えていた。漂う焔の臭いはここまで来ている。

 

「急ぎましょう――!」

 

 ジャンヌが駆ける。僕たちは、それに続く。

 近づくたびに、悪臭が鼻を突き、嫌悪感を抱かせる。燃えている。燃えている。燃えている。

 

 あらゆる全てが燃えている。一目でわかった。生存者などいるはずがない。燃え盛る炎は例外なく、あらゆる全ての生命を飲み込んで成長を続けている。

 木々を燃やし、家を灰にして、石を喰らう。人などただの炭になる。阿鼻叫喚の地獄が再び、ここに顕現していた。

 

 絶望をくべる火の番人は止まらない。ここまでの殺戮、絶望を増大させてなお、いまだに足りぬとばかりに薪をくべるのだ。

 希望が燃え尽きて、すべてが灰燼と化す。その時まで、地獄の歯車の回転は止まらない。糜爛した歯車の回転は、加速度的に高まって全てを、轢き潰そうと運命は駆動する。

 

 ラ・シャリテは、もはや燃えカスだった。

 

「ドクター、生存者は!」

 

 マシュがドクターに生存者の有無を問う。ありえないだろう。この瓦礫、廃墟の中、一瞬にして出来上がった町という名の墓標。

 ここは墓場だ。生者など存在しない。存在することは許されない。

 

「……駄目だ……そこにはもう、生命と呼べるものは残っていない」

「ひでえことしやがる」

「待ってください、今、音が――」

 

 がらりと、瓦礫が音を立てた。誰か生き残りがいたのか――。

 

 いや、いいや違う。運命が、そんな希望など用意するはずがないだろう。

 地獄の坂を転がり落ちる運命に、そんな希望など用意があるものか。

 そこにいるのは――。

 

「ぁあ……そん、な……」

 

 屍だ。

 生きた屍だ。

 

 地獄はもはや満杯だ。死者は溢れだし、現世で生者の血肉を貪る者となる。羨ましい、羨ましい。羨ましい。

 生きているおまえたちが羨ましい。だから、ヨコセ、ヨコセ、ヨコセ。その輝くもの(たましい)をヨコセ。簒奪の念。恨みの情念が加速する。

 

「はあ……はあ――」

「大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫――です」

 

 だが、絶望はまだ終わっていない。

 事態は一向に好転の兆しを見せず。地獄を創りだした者の首魁の手によって、更なる地獄へと加速度的に落ちていく。

 

 運命は、誰も、逃しは、しない。

 

 絶滅せよ、人類。滅びよ、フランス。

 人類討滅の意思が、地獄を顕現させる。

 

「――また、なのか……」

 

 一つ終われば、別の困難がやってくる。乗り越えても、乗り越えても、次の試練が訪れる。リビングデッドの次は、ワイバーン。

 死体を喰らっている。人間など餌でしかないと、こちらに示すかのように。

 

「やめなさい……!」

 

 ジャンヌが、叫ぶ。

 

「マスター! 行きます――!」

「行くぞ」

「あ、ああ――」

 

 サーヴァントの力で、再びワイバーンの群れを撃退する。だが、一行に事態が好転していると思えないのはなぜだ。

 むしろより――ドツボに嵌り、底なし沼に沈み込まされているかのような感覚は――。

 

「どうして――」

 

 ――どれほど、人を憎めばこのような諸行が行えるのか。

 

 ジャンヌのつぶやきは、ただ風に乗って消える。答える者はいない。

 

 いや――来た。そのつぶやきを聞いたわけではないだろう。だが、事実、この事態、どうしてこうなったのかを知るであろう者どもが来る。

 それはサーヴァント。遠ざかっていたサーヴァントがこちらに気がつき、戻ってきている。

 

「――なんて、ことだ」

 

 ドクターの驚愕が木霊する。

 サーヴァントの数は、五騎。

 

「速度が速い……これは、ライダーか何かか!? と、ともかく逃げろ!」

「ああ、撤退だ。今のメンツで五騎のサーヴァントを相手にしようものなら、確実にマスターの類が及ぶ」

「――ごめんなさい」

「ジャンヌさん!?」

「私は、逃げません。彼らの真意を問いただすまでは!」

「ああ、もう逃げられない――こうなったら、逃げることだけを考えるんだ! いいね、マシュ!」

 

 現れる五騎のサーヴァント。その中には黒ジャンヌもいた。

 

「――なんて、こと、まさか、まさかこんなことが起こるなんて。ねえ。お願い。誰か私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの。やばいの。本気でおかしくなりそうなの」

 

 黒ジャンヌは、嗤う。嗤う。嗤う。

 

 なんて滑稽なのか。なんて、哀れなのか。

 

「ねえ、ジル! なにあれ、ばっかじゃないのアレ! ああ、ジルはいないんだった」

「――あなたは……あなたは、誰ですか!」

「それはこちらの質問ですが……ジャンヌ・ダルクですよ、もう一人の私」

 

 ジャンヌと黒ジャンヌが会話している。

 だが、それが遠い。遠すぎる。

 

 五騎のサーヴァント。それもシャドウサーヴァントではない。正規のそれ。そんなものが、眼の前にいるのだ。こちらを睥睨し、その暴威を隠すことなく晒している。

 逃げろ逃げろ逃げろ、と本能が叫んでいる。だが、とっくの昔に肉体は、あらゆる行動の全てを放棄していた。呼吸、逃げること、あらゆる全ての義務と権利を放棄して、ただあるだけの肉袋になっていた。

 

 息苦しさを感じる意識すら、希薄。もはや絶望を通り越し、生存本能が振り切れて、エラーを吐き出している勢いだ。

 死ぬ、死んだ。死ぬ、死んだ。死んでいる。あまりの威圧感、あまりの恐怖に、精神の均衡をとることなど望めるはずもなし。

 

「何故、このようなことを――」

「なぜ、どうして、そんなものは明白でしょうに」

 

 憎いから。この国が、すべてが。

 

「人類種が存続する限り、この憎悪は収まらない」

 

 それは明確な人類廃滅の意思。死に絶えろ死に絶えろ。廃絶の意思が、波動となって広がってあらゆる全てを口させていく。

 

「これこそが、死を迎えて成長し、新しい私になったジャンヌ・ダルクの救国方法。貴女には理解できないでしょうね。いつまでも聖人気取りで、憎しみも、喜びも、見ないフリをして、人間的成長をまったくしなくなったお綺麗な聖処女様にはね!」

「な……」

「ええ……サーヴァントに人間的成長って……」

「うるさい蠅がいるわね」

「!? ちょ、コンソールが燃えだしたぞ!? あのサーヴァント、睨むだけで相手を呪うのか!?」

「……貴女は、本当に、私なのですか……」

 

 その言葉に、黒ジャンヌは呆れたようだった。同一存在でありながら、どうしてこうもここまで、愚かなのだろうかと。

 そして、得心が言ったように告げるのだ。

 

「ああ、所詮、私が捨てた残り滓だからですか。ならば、納得というものでしょう――バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン。その田舎娘を始末なさい」

 

 前に出るのは後ろに控えていた四騎のうちの二騎。

 闇に溶け込みそうなほどに黒い貴族服を着た王と茨を思わせるドレスを纏い、仮面をつけた淑女。

 

「――よろしい。では、私は血を戴こう」

「いけませんわ王様。私は、彼女の肉と血、そして腸を戴きたいのだもの」

「強欲であるな。では、魂はどちらが戴くか」

「魂など、要りません。名誉や誇りで、どうして美貌が保てましょうや」

「よろしい。では、魂は私が戴くとしよう」

 

 二人の間で同意が成された。

 もはや止まらない。もとより止まらない。

 彼らは標的を定めている。その美しさを、求めている。

 

 ゆえに、止まらぬ。もとより最初から止まるはずがない。

 

「マスター!」

 

 マシュの声が聞こえる。

 恐怖に麻痺した思考でも、彼女の言葉だけは逃さない。彼女が求めていることを言おう。どのみちそれしかないのだから。

 だったら、無様な姿なんて、見せられるはずもない。

 

 ――僕しかいないんだから。

 

 最後のマスターとして、顔を上げて、ただまっすぐに。

 

「行くぞ!」

 

 ――何かのひび割れる音がしていた。

 

「はい! 来ます、構えてください、ジャンヌさん!」

「わ、わかりました!」

「相手は二人、こっちは三人だが――油断すんじゃねえぞ。ありゃあ、かなりマズイ!」

 

 まず来たのはランサー。漆黒の衣装の王。凄まじいまでの脚力の加速は音を置き去りにしたかのよう。人間であれば反応不可能の攻撃。

 だが、受けるのはこちらも人間ではない。正規の英霊ではないが、デミ・サーヴァント。力は同じ。

 

「はあっ!!」

「ほう」

 

 マシュの盾が槍の一撃を受ける。大地に根差した大樹のように、その守りは頑強。衝撃もあらゆるすべてを英霊が与えてくれた力、技術によって受け流して見せる。

 だが――速度がそれなら、膂力とて化け物だ。

 

「く、ああ――」

「よくぞ受け止めた。大した守りだ娘よ。我が公国もまた、それほどの守りがあったのならばと思わずにはいられぬが――甘い」

「なァ――!?」

 

 怪物の力を止めるのに経験が、足りぬよ。

 巨人の如き力で踏みつけられた大地が震動する。力とはこういうことよとでも言わんばかりに。身体が宙に浮く。

 そして、攻撃はそれだけにとどまらない。

 

「我が伝承を受けるが良い――」

 

 彼の偉業がここに成立する――。

 

 突き立てた槍を基点に、杭が生まれる。血の杭。漆黒に染まった串刺しの偉業が、牙を剥く。空中に投げ出された身では防ぐことなどできやしない。

 

「なろ――」

 

 マシュや不完全なジャンヌでは防ぐことは不可能。ならば、ここで動くのは彼だ。

 キャスタークー・フーリン。原初のルーンが煌き、起死回生の一手を打つ。

 

 ――風のルーン(ラド)が刻まれる。

 

 チャンスの風、旅立ちの守護、上昇気流に乗る力。ここで与えられるべき力は、上昇気流に乗る力だ。気流が吹きあがり、杭よりも高くマシュやジャンヌ、僕の体を浮き上がらせる。

 

「ありがとうございます、クー・フーリンさん!」

「礼はいい、構えな、来るぜ!」

 

 次に来るのは、アサシンの女。手に持った杖から放たれる。魔術のようなもの。対魔力があれば防げるが、その一撃ばかりに気をとられてはいけない。

 霧へと姿を変えたランサーが迫りくる。

 

 ――強い。

 

 強すぎるほどに。こんなものにどうやって勝てというのか。勝てるはずがないだろう。そもそも――何をされている。

 速すぎて、何が起きているのかわからない。

 

「良く防ぐ。さぞ、善き英霊なのだろうな――」

「あらあら、顔に似合わずお優しい。悪魔(ドラクル)と謳われた吸血鬼(バケモノ)らしくありませんわね」

悪魔(ドラクル)……! まさか……!」

「ヴラド三世……ルーマニア最大の英雄、串刺し公か……!」

 

 串刺し公。ヴラド三世。名前だけならば聞いたことがある。彼は確か、ドラキュラのモデルとなった歴史上の人物――。

 

「……不愉快だ。我が真名を、人前で露わにするとはな……」

「あら、私は好みですよ。その方が、よいではありませんか。いつだって、よい声で哭くのは、これで逃げられると思った、子リスたちなのですから」

「はは。これは滑稽だ。最後の最後、真に逃げ延びた者に追い詰められ破滅したのはどちらだったか。エリザベート・バートリー。いいや、カーミラ」

 

 血の伯爵夫人。美貌を保つために多くを殺した女性。

 

「まったく無粋な方」

「――何をしているのです。好きに貪れとは言いましたが――遊びを許可した覚えはありません」

「わかっているとも」

「ええ、そこだけははき違えていないつもりですわ」

 

 停滞から再び、こちらに敵意を向けるヴラド三世とカーミラ。殺意は衰えることなく――むしろ増大していく。こんなもの生き残れるはずがない。

 そう思っているのに。なぜか、生き残れている。こちらが数が多いことなど問題ではないだろう。相手の力はこちらを凌駕している。

 

 だが、生き残れているのには理由があった。相手が、どうにも本気になり切れていない。

 

「なるほど――」

「ええ、理解しました。この違和感。心構えが未熟でありながら、技だけは熟練の矛盾」

「デミ・サーヴァントでしょう。その異質さ、確かに本気を出すにはどこかいささか大きすぎることはわかります。これは私の失策ですね。貴方たちは、他の者より残忍ですが、遊びが過ぎる」

 

 ただ殺せばいいのに、残忍であるがゆえに、残虐に奔らねば気が済まない。自らに焼き付けられた伝承に従って残酷に、残虐に殺さなければ気が済まない。

 

「貴方たちは下がりなさい。そいつらの始末は、遊びのないあいつに任せます」

「待て、聖女の血は我らのものだ。その血の輝きをただの処刑人どもに譲るなど」

「黙れ、恥を知れ――まったく人間的成長がない。血を吸いたいがために手加減をするなど。私は嫌いです。だから、そこで下がっていなさい」

「っ――逃げてください、ここは私が食い止めます!」

 

 残りの三騎が襲い来る。ジャンヌが食い止めると言っても、それには限度がある。逃げきれない。どうやっても逃げることなど不可能。

 

 その時、ガラスの薔薇が咲き誇った――。

 

「――まったくもって優雅ではありません」

 

 戦場に響く新たな声。

 それは否定する声。

 

「貴女はそんなにも美しいのに。まったくよろしくないわ」

 

 街の有り様も、戦い方も。

 思想も、主義も、あらゆる全てがよろしくない。

 

「サーヴァント、ですか」

 

 もう一騎のサーヴァントがここに現れる。

 それは優雅な、赤い衣装に身を包んだ女性。

 

「ええ、そうよ。嬉しいわ。これが正義の味方として、名乗りをあげるということなのね!」

 

 優雅に、とても楽しそうに彼女は笑顔を浮かべて現れる。

 

「正直に告白してしまうと、今までで一番怖いのだけれど――貴女がこの国を侵すというのなら、わたしは、ドレスを破ってでも、貴女に戦いを挑みます」

「あなた――は……!」

 

 襲い来る三騎のうち、女騎士が声を上げた。

 

「まあ。わたしの真名をご存じ? お知り合いなのかしら、素敵な女騎士さん?」

「あなたは――」

「ふふ、頑張り屋さんの素敵な男の子さん。わたくしを知らない? いいわ。わたしは、マリー・アントワネット。この国の未来の王妃よ!」

「マリー・アントワネット王妃!?」

「はい! ええ、ありがとう。わたしの名を呼んでくれて! さあ、わたしはその名のままに、わたしの役割を担いましょう」

 

 彼女の参戦で何が変わるのだろうか。状況は、いまだに、何一つ変わってはいない。だが――風が変わったのを感じた。

 

「質問するわ、竜の魔女さん。貴女は、邪悪なのかしら」

 

 革命を止めることが出来なかった王妃よりも、何よりも邪悪なのかしら。

 

「黙りなさい。貴女如きの質問になど答える義務はないわ。それどころか――戦いに関わる権利すらありません。宮廷で、蝶よ花よと育てられた貴女に私の憎悪がわかるとでも?」

「そうね、わからないわ」

 

 でも――。

 

「わからないからって、そんなに突き放さないで。わからないのなら、教えてほしい。知りたいわ。貴女を知りたいの、竜の魔女さん」

「なに……」

「わたしは見逃せないもの。あなたを。憧れの聖女様を。だって、八つ当たりしているようにしか見えませんもの。だから、わたしは――そっちのわかりやすいジャンヌ・ダルクの方につきます。そして、貴女の体も心も手に入れるの!」

「ええ?」

「えっと……はい?」

「ああ、しっぱいしっぱい」

「――ええい、うるさいうるさい。茶番はそこまで。いいでしょう。敵です。貴女は、まぎれもなく私の」

 

 溢れだす、骸骨兵ども。現れるワイバーンの群れ。

 

「サーヴァントどもは、お姫様を殺せ。雑兵は、煩わしい連中をつぶせ」

 

 サーヴァントたちがマリー・アントワネットへ向かって行く。こちらには骸骨兵とワイバーンの大群が向かってくる。

 

「く、これではマリー王妃を助けにいけません!」

「落ち着け嬢ちゃん、まずは目の前の敵だ。あのお姫様もそれまで持ちこたえるだろ」

 

 フランス王家の紋章が入ったガラスで構成されている美しい馬に乗って、きらきらと輝く光の粒子を撒きながら戦場を駆け抜けるマリー・アントワネット。

 サーヴァントたちは、彼女に近づくたびにダメージを受けているようだった。アレならば少しはもつだろう。

 

「だから、まずはこっちだ」

「はい! マスター、指示を、お願いします!」

「お願いします」

 

 ――無理だ、という言葉を必死に飲み込む。

 

 戦わなければ死ぬ。死んでしまう。

 何より、僕が死ねば、すべてが終わってしまうという重責が、逃げ道を壊していく。

 

 それゆえに――わかったような気がした。

 

「ああ!」

 

 ――何かのひび割れる音がしている。

 

 敵の動きが見えたような気がした。

 

 ――不可能。

 ――三騎のサーヴァントでは越えられない。

 

 だから――。

 

「クー・フーリンは、薙ぎ払って」

「了解だ、一気に決めるぜ――我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社――倒壊するはウィッカー・マン! オラ、善悪問わず土に還りな――!」

 

 魔力が持っていかれる感覚。身体の底から冷えるような感覚の次に現れたのは莫大な熱量。

 無数の細木の枝で構成された巨人が燃え盛りながら現れる。

 ビルほどもある巨人。燃え盛るままに、腕を振るい骸骨兵を薙ぎ払っていく。ワイバーンの炎を受けてなお、その巨人は、何よりも強くワイバーンと骸骨兵を薙ぎ払って道を作った。

 

「超えました!」

「あらあら、すごいわ! でも、あまりはしゃぐわけにもいかないわね。ここは戦場ですもの――お待たせしましたアマデウス。ウィーンのようにやっちゃって!」

「任せたまえ。死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

 

 それは、世界の敵が殺した人々への鎮魂歌。

 この曲を聞いたものは、動けなくなる。敵のサーヴァントたちが動けなくなる。

 荘厳なる曲によって。

 

「それではごきげんよう皆さま。オ・ルヴォワール!」

 

 彼らが足止めをされている間に、僕らは逃げ出した――。

 


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