その瞬間、光の壁が生じた。時空閉鎖レベルの壁。王の領域まであと一息だというのに、光の壁が王城を取り囲んでいる。それはロンゴミニアドの外殻。
それはつまり、世界が閉じ始めたということに他ならない。
「始まった。くそ――」
「はは――」
その時、誰かの笑いが太陽の如く降り注いだ気がした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ははは。それなりに追い詰められたか獅子王」
玉座の間で太陽王は笑っていた。異邦のマスターが参戦したのだから、こうなるのは決まっている。いいや、これくらいせねばならないのだ。
だからこそ楽しそうに笑う。
「であれば、余も褒美をやらねばな」
大神殿が目を開き、デンデラ大電球が起動する。
「対粛清防御に使っていた魔力は大電球に回せ。これより我が大神殿の全貯蓄を用い、聖都に超遠距離大神罰を与えるものとする!」
「は……! ピラミッド複合装甲、解除! 大電球、魔力圧縮加速儀式、開始! 出力、アブホル級からメセケテット級まで安定させよ!」
デンデラ大電球。超絶の雷撃を交えた大灼熱の太陽光を生み出す最強の矛。
「ふ、獅子王め、余を忘れたな?」
最果ての塔を建てている間は、裁きの光は放てない。ゆえに、これこそが好機。今ここに太古の神々の神威さえ思わせる威力を持つ大神罰が決行される。
「その聖槍、余の神雷がへしおってくれよう」
「いいえ、裁きの光であれば私が防ぎます! ファラオはどうか、大電球の操縦に専念を!」
「言われずともそのつもりよ。おまえはそこで扇でも煽っておけ」
ファラオは不敵に笑う。
「あらゆる裁きはファラオが下すもの! 神ならざる人の王如きが……否、もはや貴様は女神に等しいモノであるが、しかし! ファラオが余であり、余こそがファラオなれば! 神王を名乗る年季の違いを知るが良い!」
大電球アモン・ラーが開眼する。これこそが
超遠距離大神罰が放たれてその一撃が最果ての塔へと直撃する。
しかし、まだである。直撃はしたが届いてはいない。魔力障壁がそれを防いでいる。対策を講じていたのはオジマンディアスのみにあらず。
「ならば――あと十撃はくれてやる!」
霊基の半分を魔力へと変換し、大神殿を加速させる。
「聖都の障壁など紙も同然! ふはは、憐れなり最果ての塔!」
障壁を突き抜けて大電雷はついに最果ての塔へと届く。その代償は、オジマンディアスの霊基の半分。あと一撃。
「――ファラオ」
「振り返るな、ニトクリス! 余を気遣う事は許さぬ!」
「――っ、ファラオ、聖都に動き在り、裁きの光です!」
「!」
「――お暇をいただきます!」
防御はもとよりニトクリスの役割なれば!
「っっっっ、き、づ…………!!!!」
裁きの光を受け止める。冥界の鏡にて、上空から落ちてきた裁きの光を防いでいる。その好機、逃がすオジマンディアスではない。
ニトクリスへの助けは不要。もとより彼女はそれを望まない。ならばこそ、ファラオの中のファラオとして、神王は更なる一撃をくれてやるのだ。
「ふっ――宝具の打ち合いは貴様の勝ちだ、獅子王よ。だが、勝負そのものは痛み分けにしてやろう!」
獅子王が犯した最大のミスを教えてやろう。オジマンディアスの首を狙ったその一撃だ。未だ、宝具は健在なり。
「貴様には余の墓をくれてやろう」
主神殿ピラミッドを射出。如何な、聖槍であろうとも、大質量の前には木っ端の如し。超巨大質量ピラミッドが聖槍の外殻を破壊する。
そしてまた、ファラオもまた、光の中へ――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
突然のピラミッドの落下。それはもうありえない光景であり、最果ての塔を下してしまったのだ。
「はは。なんて力技だ!」
「今のは致命的だ。あとは――」
獅子王の下へ!
もはや円卓の妨害はない。兵隊の妨害すらもない。城下町を抜けて、王城へと侵入を果たす。
「よくぞご無事で」
「呪腕さんも。行こう!」
ハサンたちとも合流して、オレたちは最終決戦へと挑む。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「っ――」
「ここまでだ」
ランスロットはアグラヴェインと相対していた。王城にマスターたちが入ったのを見て、自らも追い掛けた。だが、合流はしなかった。
それよりも先に、此処に来たのは、償わせるためだ。
「王の補佐として行った数々の非道、償ってもらうぞ」
「はは、ははははははは」
「アグラヴェイン――く」
アグラヴェインの一撃がランスロットを弾き飛ばす。
「……私の母親は、狂っていた」
そして、語る。狂ったように。
――いつかブリテンを統べる王になる、などと。私は枕言葉に、その怨念を聞かされて育った
――私は母親モルガンの企みで、おまえたちの席に座った。円卓など、なりたくもなかったが、それが最短距離だった。
――私は、アーサー王から円卓を奪い、母親に渡すためだけの、道具だった。
――私はそれに同意した。ブリテンには強い王が必要だと理解していたからだ。
――私の目的はブリテンの存続だけだ。その為にアーサー王を利用した。
――利用、したのだ。
再び彼の一撃がランスロットを吹き飛ばす。これほどの力、いったいどうやって。
「私が求めたのは、うまく働く王だ。ブリテンをわずかでも長らえさせるための王だ。私の計画に見合う者がいればいい。誰を王にするかなど、私にとってはどうでもいい。ただ、結果としてアーサー王が最適だった。モルガンよりアーサー王の方が使いやすかっただけだ」
それは偽りではない真実。
「私は女は嫌いだ」
――モルガンは醜く淫蕩だった。清らかさを謳うたったギネヴィアは貴様との愛に落ちた。
――私は生涯、女というものを嫌悪し続ける。人間というものを軽蔑し続ける。
――愛などという感情を憎み続ける。
「その、私が―――はじめて。嫌われる事を恐れた者が、男性であった時の安堵が、おまえに分かるか。……それが。貴様とギネヴィアのふざけた末路で。王の苦悩を知った時の、私の空白が、おまえに分かるか!!」
アグラヴェインの周囲に見せなかった自身の、そして王への偽らざる本心。
何のことはない彼もまた、忠義の騎士であった。ただ、それだけなのだ。
ゆえに、此度のことも全て忠義。それでしかないのだ。彼の王がそう望むのならば――騎士王が、獅子王となろうとも変わらない。
ただ一人、最初は偽りだったかもしれない忠義は、本物へとなったのだから――。
「ならば!」
「貴様の言葉は聞かぬ、裏切り者め!」
「聞け、アグラヴェイン、我が王は――!」
「聞かぬ。私にはまだやるべきことが残っている――報いを受けろ。貴様はまた、我が王を裏切った」
「ぐおおお――」
「私は鉄のアグラヴェイン。堅きアグラヴェインとも呼ばれたことがある。侮ってもらっては困る。円卓最強がいつまでも貴様などと思わぬことだ。忠義を忘れ、裏切り者になどになる貴様に、私は負けぬ――」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
玉座の間へと続く通路。この先に獅子王がいる。凄まじい魔力反応を感じる。ついにここまで来たのだ。
「行こう――」
「はい! 第六グランドオーダー、最終工程――開始します!」
扉を押し開き、玉座の前と入る。荘厳な空気が立ち込めていた。玉座に、王は確かにいた。そこに座っていた。兜を外し、素顔を晒して。
その姿はやはりアルトリア・ペンドラゴンその人だ。
「――答えよ」
静かな言葉が玉座に響き渡る。
「――答えよ。おまえたちは何者か。何をもって我が城に。何をもって我が前にその身を晒す者か。
我は獅子王。嵐の王にして最果ての主。聖槍ロンゴミニアドを司る、英霊の残滓である」
声だけで身体が縮み上がる。さながらギアスが如きそれ。それはオレだけでなくサーヴァントたちにすら感じられるほどの威圧。
いいや、王気というべきか。それとも神威か。あるいは両方か。
あれが獅子王。聖槍を持ち続けたアーサー王というのか。
確かに人間ではない。相対してわかった。アレはもはや人間などでは断じてない。
「――答えよ。おまえたちは私を呼ぶ者か。おまえたちは私を拒む者か。遥かなカルデアより訪れた最後のマスターよ。おまえは、何のためにこの果てに訪れた?」
答えろ。答えろ。答えろ。
恐ろしいのに、答えなければと思う。この問いには答えなければならないと強迫観念にすらかられるほどだ。それでも意思を奮い立たせて。
「おまえを止めて、人理を正すために来た!」
「そうか。それは同じことだ。人理を正す事と、我が命を断つことは等しい」
つまり――おまえは私を殺しに来たのだな。
その言葉が何よりも重く響き渡ったように感じられた。
「残念だ。おまえは、聖槍には選ばれない」
その魂は善を知りながら悪を成す。善にありながら悪を赦す。
それは悪と同義と彼女は断じる。
「我が足下まで辿り着いた、最新の人間に期待したが――死ぬが良い。私の作る理想都市に、おまえの魂は不要である――では円卓を解放する。見るが良い。これが、最果ての波。世界の表面を剥いだ、この惑星の真の姿だ」
玉座の向こうに荒波が見える。これが世界の果て。初めから、彼女は世界の果てにいたのだ。それと同時に玉座より獅子王が立ち上がる。
戦闘態勢へと入る。
「マスター!」
「おまえの理想都市なんて、こっちから願い下げだ!」
「先輩……!?」
気が付けば、オレは言葉を紡いでいた。ああもういろいろともらしそうなほど怖いのに、今すぐ逃げ出してそこらへんの隅っこでガタガタ震えていたいっていうのに!
それほどまでの神格を正確に読み取っているというのに、オレは叫んでいた。認められない。そんなものは認められないと。
だって、そうだろう。
そんなものが理想であってなるものか。
人間を選別し標本のようにして閉じ込めるなど、理想のはずがない。
だって、希望はそんなものではなく。理想はそれほど閉じたものではなく。
だって、希望は切なる願いの上で、成り立っているもののはずだから。そう信じているから。
オレは希望を待つのだ。耐えて、耐えて――その先に希望があると信じている。
――待て、しかして希望せよ。
「だから、そんな理想なんてくそくらえだ!」
「いいぞいいぞー言ってやれ言ってやれ! それは人間であるキミにしかできないことだ!」
「私を否定するか。ならば、私もおまえたちを否定しよう。死にたくないならば――歯向かうな人間」
戦闘が始まる――その刹那――。
「式!!」
「――――」
ここで刀を手渡す。ただ一度きり。あれは神秘を内包した宝具ではない。ゆえにただ一度だけ。この一戦に限り使用できる切り札。
「――生きているのなら、神様だって殺してみせる」
自己暗示によって戦闘用に作り替えられる。駆け抜けるは最速――。平時とは段違いの身体活用。それだけに留まらない。
獅子王のあらゆる攻撃を未来予知にて察知して躱して――必殺の一刀を叩き込まんとする。
「マシュ!」
無論、躱せぬ範囲攻撃もある。それを防ぐのはマシュの役割。
盾は砕けない。それは何があろうとも砕けることのないものだから。
「隙、ですな」
一方にかかりっきりになればその背後から呪腕のハサンが。そちらに対応すればさらに背後から百貌が。それに対応して見せれば静謐がさらに死角から突く。
だが、戦闘直感は神となりすべてを見通すかの如くあらゆる攻撃を躱していく。
「なら範囲攻撃よ!」
エリちゃんの宝具もまた放たれるが――。
「フン――」
それの意味はなく、振るわれた聖槍は例外なくこちらを貫いた。
「く――シバが数枚ぶっとんだ――――!? こっちまで魔力が届くのか!? みんな無事かい!?」
槍の一振りだけでシバがぶっとんだらしい。ありえないほどの魔力。そして、段違いの火力。
「これは、お話にならない、な……火力が違いすぎる。万能を上回る神域の力……」
ただの槍の一振りで、エリちゃん、金時、百貌と静謐のハサンたちを消し去ってしまった。跡形もなく消し飛ばした。呪腕が助かったのは理由があるのか。
一瞬だが見えた。剣閃が走ったのを確かに見た。
だが、それでどうにかなるなどという希望はありはしない。絶望するが良い。それこそが神に逆らった罰だとでも言わんばかりに。
助かったのはマシュに守られた、オレとベディヴィエールとダ・ヴィンチちゃん。それから呪腕と何とか躱して見せた式。
もはや並みのサーヴァントでは相手にできないほどの権能。
「っ……! 足が……前に出ない……! あの方は間違っている、あの方のためにも戦わねばならないというのに……! 体が、言うことを、聞かない……!」
「これ……ダメだ……」
思わず口にしてしまった言葉は、諦めだった。
「終わりだ。おまえたちの消滅を以て、最果てを解き放つ」
獅子王は言う。嘆くなと。ここで果てることこそが、理想都市に至ることこそが幸福であると。
「限りある命に永遠を」
価値が変動しないようにすることこそが究極の救済なのだと言って――。
「それは違う! 違う、ことです!」
「マシュ――!」
オレが諦めかけたというのに、その少女はただ強く震えながら前に踏み出した。
「貴女は間違っています! 貴女のいう幸福を認めません! なぜなら、わたしは! この時代で、多くの命を見て来たから! 子供を助けるために命を落とした人がいました! そのことを嘆く人がいました! そして――それでも、生き続けると。自分が生きている限り、お母さんとの人生は続くと顔を上げた人がいました!」
それは、ルシュドの――。
「終わりは無意味ではないのです。命は先に続くもの、その場限りのものではなく! いつまでもいつまでも、多くのものが失われても、広く広く繋がっていくものなのです!」
マシュの言葉が何よりも心に届いた。萎えかけていた戦意を再び燃え上がらせてくれる。ああ、やっぱり、
「キミが、オレの――」
だから、オレも立ち上がる。
「あなたが、荒波、世界の果てだというのなら! わたしは全力で、これと戦います!」
「いいだろう。では、見せてやろう!」
聖槍の呼ぶ嵐が、今ここに顕現する。
「聖槍、抜錨――」
其は、空を裂き、地を繋ぐ嵐の錨。
「最果てより光を放て……! ロンゴ、ミニアド――!」
「いきます……! マスター、わたしに力を……!」
「ああ、――マシュ!!」
令呪が消費される――。
マシュの力になりたいという願いに応えて――それは強き力となって彼女の背を押す。
「見ていてください所長――今こそ、人理の礎を証明します……!!!」
今ここに、彼女の宝具が真の姿を現す――。
六章最終話は〇時投稿です。