顕現した神霊に等しいアモン・ラー。これを倒せなければ世界を救う資格などありはしない。
――怖い。
やると奮起しても怖く恐ろしい。遥か天蓋より見下ろす大神の姿にただただ恐怖しか感じない。それゆえにやはりと合致する。
聖都の門で初めて獅子王を見た時の印象が目の前のそれと重なる。それ即ち、これに勝てなければ、獅子王にも勝てないということ。
それがわかってもなお、立ち向かうには時間を要した。ダ・ヴィンチちゃん謹製の礼装がアレの正確なデータを見せてくれたからということもある。
具体的な数値は具体的な恐怖となるのだ。オレにとっては、それがどれほどの恐怖なのかを直感する材料になるゆえに。
それでも立ち向かわなくてはならない。震えていてもいい。勝てるというのだ。いいや、勝つのだ。まさしく正しい魔神柱を依り代に大神としての属性を張り付けた神に勝つのだ――。
折れてしまいそうな心と足を前に一歩でも前に。言葉にしろ――。
「行くぞ――!」
『応!』
帰ってくる皆の言葉に勇気を貰う。そこまで待ってくれたのは余裕からか。ありがたい。こちらもまた準備を整えることができた。
心構えだけだが、それでも神に立ち向かうという意気はなんとか燃え上がらせて。
それと同時に放たれるアモン・ラーの攻撃。全てを薙ぎ払わんと眼から放たれる一撃。
「さて、マスター、キミへの攻撃はすべて私が防ごう。なにせ、私は万能だ。万能ならざる大神ならば、なに、私の敵じゃないとも」
杖を一振り、形成される術式魔法陣。発動する結界は何よりも強固に。大神の攻撃すらも防ぐほどの強度を作り上げる。
「まあ、それほどもたないので、英雄諸君、ぜひとも速攻で蹴りをつけてくれたまえ」
そんなこと百も承知と一番槍の轟音を響かせて疾走する黄金の雷電。黄金の柱を殴りつける。
「ゴールデンな柱、気に入ったぜ。だが、大将の為だ、ゴールデンに打ち砕くぜ!」
雷電纏った拳、蹴りが炸裂する。
「チッ!」
しかし、大神を揺るがすには足りぬ。しかし、その威力絶大。亀裂を刻み、なおも押し切らんと猛る。
「飲むしか……ないのか! ……来た、来た来た来た来たァッ!」
ジキルからハイドへとかがみ合わせの2人が変わる。増大するステータス。爆発したかのような変貌とともにナイフが振るわれる。
切り刻み、悪となす。個人の悪を煮詰めたハイドの一撃がアモン・ラーを切り裂く。
「さあて、
矢をつがえれば湖に住む龍神の加護が与えられる。水に包まれ、龍をかたどった一矢が放たれアモン・ラーを穿つ。
龍神の加護は、同じ神たる存在にもダメージを与えるにいたる。
「そらそら、おかわりもあるぞ――!」
射られる矢は多くどれも大威力。
「――では、私も行こう」
守護のコヨーテを召喚し、あらゆる全ての力を高める。それだけでなく、シャーマニズムによる精霊利用。多くの者どもに強き精霊の加護以て、敵を打ち破らんと更なる力を付与していく。
「あたしが言ったんだもの、御仏パワー見せてあげるわ!」
そうして駆ける物理キャスター。握った手に御仏の意志を乗せて、打ち出す拳は何よりも早く、釈迦如来の如く放たれる一撃は重く鋭く、キャスターとはなんだったのかというレベルの力。
高まる御仏パワー。滾る意思は何よりも熱く、アモン・ラーへと掌の跡を刻み込む。
だが、破損した部分から瞬く間に修復されていく。
「この大複合神殿の効果だろうね」
大複合神殿がアモン・ラーに魔力を供給し続けているのだ。これこそがオジマンディアスが獅子王との決戦に備えた切り札。
この大複合神殿の中では、我らは無敵というかのように。
大神殿にいるかぎり崩れ去ることはない。民を守ることに特化した戦闘形態。
「本当に、民のことを考えているのですね」
「感心するのはいいが、これではキリがない! 到底倒しきれるものではないぞ、こいつは!」
「……ごめんなさい。謝ります、オジマンディアス王。さっきの、あたしが悪かったです……」
三蔵ちゃんに至っては、さっきまでの威勢のいい啖呵はどこへいったのやら反省を始めている。
「――だから!」
大喝破!
充填する御仏パワー。
「天竺で、如来さまにもうやんなよ、やりすぎだからと怒られて封印した業ですが、こんな醜いカタチになってまで、あたしたちを見定めようとする、その気持ちに答えます」
歩法とともに気が高まっていく。
――これあれば、かれあり
――これ生じれば、かれ生ず
――これなければ、かれなし
――これ滅すれば、かれ滅す
試し打つは五行山、鍛えに鍛えた、彼女の法輪、一念回向に縁起よし。
「いざや振るわん、釈迦の掌!」
気合いとともに打ち出されるは釈迦の掌。その一撃、先のものとはくらべものにならず、あのアモン・ラーを吹き飛ばして見せた。
今が好機――。
「マシュ!」
「はい!」
「さて、予行練習と行くか――」
式は己の役割を十全に把握している。第六感によってアモン・ラーの一撃を的確に回避し、視る、視る。視る。死を視る。
生きているのならば、それは死ぬのだ。生あるものはいずれ死ぬ。それは絶対。なぜならば生者は死ぬために生まれてくるのだ。
その死を視る眼こそが直死。現代に残った何よりも強い神秘がアモン・ラーを視通していく。
「魔神柱なんてもんを依り代にするからだ」
綻びがそこら中に。無理をしているのだから、そりゃもう見えるものだ。だが、神ゆえに視ることは容易くはない。
マシュを盾に、その綻びを見て、その一点へと刃をたたきつけた。
「オオ……オオォォオオオオオオ……!」
アモン・ラー消滅。
「ですが、これって――」
「もしかしてやりすぎちゃった? あわ、あわわわオジマンディアス王……!
「ふむ、呼んだか?」
いや、なぜ平然と立っているんでしょうか。
「しかし、あまりいいものではないな魔神柱化というものは!」
そしてなんで出てくる言葉がそんな余裕の感想なんでしょう。こっちが割と死力を尽くしたというのに、なんで貴方がそんなに余裕なのかとてつもなく気になるのですが。
「フォーウ!」
フォウさんも同じ気持ちらしい。
「当然である。余は太陽王、神々の王なれば――だが、よくぞ戦った。その力、神を気取る獅子王を相手にするにふさわしい」
「ファラオ……! ご無事ですか、何かよくないものが見えた気がしますが!?」
「ニトクリスか、よいところに来た! おまえも供をするが良い!」
「供……? いえ、お言葉とあらば喜んで! ですが、何の供をすればよろしいので!?」
「フッ、決まっていよう。こやつらは獅子王と相対する資格を示した。であれば、残る資格は一つ! 余がともに肩を並べるだけの勇者か――我が国の全て、余の兵団を貸し与えるに足る、器か否か!」
「なんという、強がりこれがオジマンディアス王か!」
「いえ、先輩、ただの負けず嫌いかと」
「讃えるな、慣れている! だが、余をその気にさせたことを後悔せぬことだ」
「後悔なんてしないさ」
「ならば良し! その力を示して見せろ!」
「つまり最終決戦なのですねファラオ! このニトクリス、全力でお照らしいたします!」
「ああ、それと大複合神殿の隅で、こちらをうかがっているクレオパトラも呼んで来るが良い」
頷いてニトクリスが呼んでくるのはもう一人のファラオだった。ファラオ・クレオパトラ。最後のファラオ。
「はい、恐縮です。私なぞに出番をいただけるとは」
「良い。ファラオとしての責務を果たせ」
「は!」
そんな思いっきり唐突な登場も何のその、気にするかさあ、最終決戦だと、ニトクリスが作り出すオジマンディアスの影とスフィンクス。
さあ、勇者よまずは超えて見せろと遥か上段から見下ろす三つの太陽――。
「いかん。アモン・ラーより怖いんですけど。震えが止まらないんですけど」
オレはそれを見てもう震えに震えていた。いやいや、無理、さっきのが前座ってのがよくわかるし、オジマンディアスの影も強さが半端ないってのがよくわかる。
「異邦のマスターよ、出し惜しみをして勝てると思うな。どのような代償を支払おうとも勝つと決めたのだろう。ならば、余にも貴様の輝きとやらを見せてみよ。肩を並べるならば、その血の一滴までも搾りつくせ」
それが勇者なのだろうから。
「ああ、わかった――」
相手を想い、かつての戦いを思い起こし――全てを見通せ――。
発動する魔術礼装。最大出力で演算される勝利への筋道。ただ一直線に、そこを駆け抜けるために指示を出す。口で足りないのならば目で、それでも足りないのならば全身で、あらゆる全て血が沸騰するほどの高揚と、代価の中で、勝利へと駒を進める。
全てのサーヴァントにその道を示してやるのがマスターの仕事――ダ・ヴィンチちゃんに言われた通り、ただ少し添えてやる。
それだけで、相手の攻撃はこちらには届かず、こちらの攻撃は何よりも効果的に相手へと届く。視ろ、視ろ、視ろ。
一秒でも先の未来を、三秒先の勝利を、五秒先の平和を。
そのために全てを絞りつくしてオジマンディアスに挑む。
「見事――」
一度戦った。それが本気でなくともそこから辿って彼の全てを手に入れる。
ニトクリスも、クレオパトラというファラオの全てを辿り、その核へと手をかける。
そうすれば――。
「マシュ、そこで防御」
熱線が通り過ぎ、
「金時、拳を突き出して」
カウンターを食らわせられる。
全てを読み取る。肩代わりされてもなお、厳しい負荷に脳が頭痛を発するが、それでも耐えて――勝利を掴んだ。
「――さて。何の話をしていたのだったか」
そして、堂々とオジマンディアスは玉座へと座り直した。
「共同戦線の話ですぞ、王よ」
「わかっておる。戦いの後では気まずかろうと、余なりの配慮だ。流さぬか、鰐頭め」
ええー。そんな配慮なんて今更だと思う次第。なにせ、敵だろうがなんだろうが、こっちは味方にしてきた経験がある。
戦ったくらいで気まずくなるようなら、マスターなんてやってられないだろう。……ごめん、気まずいです。すみません、配慮ありがたいです。
「汝らは力を示した。であれば、余も無下には扱えぬ。己の民だけを守っていては獅子王と同じ、か。玄奘三蔵。貴様のいう通りだ」
先を見据えるあまり、最も安全な道を選んだのだ。それは強固であるが、同時に狭い話でもあった。
「ふん……なまじ聖杯なぞ手にしたが故に、柄でもない事に執心しすぎたのかもしれぬ」
ゆえにそら受け取れと言わんばかりに無造作に放られる聖杯。
「わ、わわっ!」
慌ててマシュがキャッチ。
「褒美だ。くれてやる」
それに足るだけの、胸のすく戦いであったという彼なりの賞賛だ。ともかくこれで彼の協力を取り付けることができた。
「いやだけどキングハサンに報告ができそうか……」
力を借りなければガウェインをどうにかするのは難しいとわかっているが、呪腕のハサンを殺すというのだけは納得できない。
アズライールの廟に踏み入れた、力を借りに来ただけで、殺すのだから。
「どうにかできないもんか……」
感情論でイヤだと言っても無駄。なにより力を借りたから殺すのではなく、力を借りに来たから殺すのだ。
「なに? キングハサンだと? それは死神の如き姿の剣士のことか?」
「そうですけど?」
「そうであったか。ならば無駄なことをしたものだな」
「はい?」
オジマンディアスはにたりと笑う。
「余は、奴にあっている。いや、殺されたというべきか。この玉座でひとり軍策を練っていると、背筋に稲妻が走った。あまりの悪寒に振り返れば、そこには初代山の翁が立っていたのだ」
それも仕事を終えて。つまり、見事なまでの太刀筋でオジマンディアスの首を撥ねていた。
「は?」
首を撥ねられた? ――初めて会った時のアレか!?
「余の神殿での戦いでなければ――この首とうに落ちていたわ」
相変わらず規格外すぎるぞオジマンディアス。いや、初代山の翁もそうだが。これは厳しいか。どうにかして呪腕を殺されないようにできないものかと思うのだが――。
「何はともあれ」
協力してくれるというのだ。ありがたいことこのうえない。
こうしてオレたちは山の翁たちのところに戻った。
戦力はそろった――言いたいこと納得していないことは多い。けれど――。
マシュ、ベディヴィエール、式、ジキル博士、ジェロニモ、エリちゃん、金時、ダビデ、サンタさん、三蔵ちゃん、藤太、呪腕、百貌、静謐、ランスロット。
「行くぞ――最後の決戦だ! 聖都を攻め落とすぞ!」
ついにこの特異点の最後の決戦が幕を開ける。
もはや何も言わぬ。というわけで、アモン・ラー戦。
次回は、零時くらいに。一気に行きます。