「いたた……お尻から落ちてしまいました。みなさん、いらっしゃいますか……? 落下音は全員分ありましたが……」
「出席番号一番いまーす」
「華麗に着地できました。ベディヴィエール、ここに」
「……苦厄、舎利子色不異空……はい……玄奘三蔵、ちゃんと出席してますー……」
「ずいぶんと落下したな……それにしては空気があるな?」
「フォウ」
「両儀式、まあ、問題なく着地だ」
「はーい、僕は無事だよ」
「私も無事です」
「僕も何とかね。ハイドに代わっておいてよかったよ」
「うむ、しかしここはどのような場所なのだろうな。空気があるのは良いがさて――」
「いったぁーい、なによ、ドッキリならもっとこうなんかあるでしょー!」
「とりえず、ベアー号起こすか」
とりあえず全員無事らしい。
「それは結構。どうやら全員脱出できたようだね。けが人もなく何よりだ」
「――っ!!」
突然響く声。
「では明かりをつけよう。少々眩暈がするだろうが、そこはご愛敬だ」
あかりが付くと同時にそこに立っていた人物が目に張る。インバネスコートにパイプを持った人物。紳士風の誰か。
「やあ、こんにちは諸君。そしてようこそ、神秘遥かなりしアトラス院へ。私はシャーロック。そうシャーロック・ホームズ。世界最高にして唯一の民間諮問探偵。
探偵という概念の結晶、明かす者の代表。キミたちを真相に導く最後の鍵というわけだ!」
それは名探偵の名だった。世界有数の頭脳を持つとされ、特に植物学・化学・地質学に長ける彼の名探偵の名前だった。
彼。英国の探偵王、シャーロック・ホームズ。
小説家にして、騎士の称号を得たアーサー・コナン・ドイルが語る、最高の探偵。
常人離れした推理力、観察力を持ち、推理の基礎となる知識も相当なもの。過去の犯罪事件に精通している事はもちろん、タバコの灰の鑑別に関しての著作があったり、血液検出の為の試薬を自ら作り出したりしている探偵として破格。
だが、探偵として必要なもの以外はその悉くが灰色の頭脳からは零れ落ちている。
犯罪と関係のない知識に関しては一般人以下の水準であり、たとえば地動説を知らなかったとしてワトソン医師に呆れられている描写がある。
だが、これは単に無知だからというわけではない。世界最高の探偵が地動説を知らないはずもなく、彼は自分の仕事に関係の無い知識は進んで忘れるよう心がけているのだ。
それほどまでに事件解決に特化した人物。誰もが憧れる名探偵がオレたちの目の前にいた。
「では、信じられないだろうから、一つお約束と行こうじゃないか。まずは、そこの着物に革ジャンのミセス」
「オレか」
「そうだともサーヴァント・式」
なぜ彼女の真名が式だとわかった。
「……」
「おっと、警戒しないでくれたまえ。君は自分から名乗っているゆえに推理するまでもない」
だが、暗闇の中で誰が式かなんて判別できるはずもない。声だってそれほど出したわけでもないというのに。
「簡単なことだ。ミセス・式は暗闇の中でこう言ったのだ。まあ、問題なく着地だとね。他の者たちが大なり小なり砂汚れがあるなか彼女には汚れがない。他に汚れがないのはそちらにいる騎士サー・ベディヴィエールだが、日本名の騎士などいるはずもない。それならば和服の彼女こそが適任だ」
理にかなっている。
「すごいです、まさに本物です!」
「次だ。さて、そちらのお嬢さん」
「あたし?」
「そうだともサーヴァント・玄奘三蔵」
「わ、当たってる」
「彼女もまたわかりやすい。着ている袈裟もそうだが、何より君自身が放つ功徳の気配はなんともわかりやすい。わかりにくいというのならば君だなサーヴァント・坂田金時。現代風の格好かね。ベアー号という言葉から連想していってようやくだよ。
サーヴァント・ジェロニモ、君はわかりやすいな。民族衣装だ。その特徴とシャーマニズムを重んじる装飾から確定だろう。
サーヴァント・ジキル。君も答えを言っていたね。ハイドに変わっていたとなれば、もはやただ一人しかいない。
サーヴァント・エリザベート。君の方は一度ポスターを見ていたからね。すぐにわかったよ。
サーヴァント・俵藤太は、その大きな俵に弓だ。そんなものを持ち歩いている英霊といえばキミくらいの者だろう。
そして、君が、マスター、君がミス・マシュ。そちらは、ほう――円卓の騎士が仲間とはね。サー・ベディヴィエール。同郷の人間として親近感を覚えずにはいられないね。そちらの騎士君もね。名は伏せておくとしよう」
全員の真名をこともなく言い当てて見せた。
「どうしてオレたちの名を」
「なに、初歩的なことだよ諸君」
「(お決まりの名台詞、来ました……! この方は本物のミスター・ホームズです……!)」
とてもうれしそうにマシュがいう。目をきらきらとさせてホームズを見ている。
――む、オレだってそれくらい……できるわけがない……。
ホームズを観察してわかったが、オレなんかが及ばない観察眼を持っている。いいや、観察眼というか、これはもはや知っているのではないかというぐらいのそれだ。
もはや勝負するというレベルではないのだ。隔絶している。
――持っているものは、やっぱすごいな……うらやましいよ……。
「なに、こんなものは初歩的なことだ。なによりキミたちと私は既に接触を果たしている。こうして顔を合わせる前に、情報を介してね」
「情報、ですか?」
「ロンドンでは、私が魔術協会に残した情報を無事に入手してくれただろう? 単なる書物整理だったが、あの時は値千金の仕事だったはずだ」
道理で必要な情報だけをまとめて読みやすいように並べられていたはずだ。彼が整理して残しておいたのだから。
アンデルセンが言っていたことだ。オレたちが来る前に誰かがまとめていたと。それが彼の仕事だったというわけだ。
「君たちは、この殺人事件にかかわるためにあの情報が必要だったはずだ」
「殺人事件?」
「ああ、殺人事件だ」
彼は言った。彼ですら経験したことのない、人理焼却による根底からの霊長類の殺害。神話級の殺人事件と彼は評した。ゆえに私が呼ばれたとも。
「なるほど」
「あの……」
「どうしたのベディ?」
「彼は何者なのでしょう。ホームズ……そんな騎士に覚えはないのですが……」
「それは悲しい。確かに私は
そのホームズの答えにますますわからないと首をかしげるベディ。それに答えるのはホームズ大好きマシュだ。
「彼は探偵です。正真正銘、あらゆる探偵の祖となる人物です。クラスは……たぶん、キャスターですよね。ああ、モニターが生きていればドクターも大喜びのはず。わたしの感動もひとしおです! シャーロック・ホームズは実在しました! つまり、サー・コナン・ドイルの小説はワトソン博士による伝記だったのです!」
マシュ大興奮。ここまで瞳を輝かせて何かを語るマシュは初めてではないだろうか。
「ふ。無垢なる少女に手放しで喜ばれるのなら、私もワトソンの小銭稼ぎも報われるというものだ。ですが、ミス・キリエライト。私の正体、本質は貴女が思うものとはいささか異なります。それを語ることは残念ながらできない。私はまだ、貴方の依頼を受けることができないのですから」
「え……そうなんですか? ミスター・ホームズが変装もせず、素顔ででてきたものですから、てっきり……」
「ははははは! これはよい愛読者だ! 私の性格をよく心得ている!」
だが、それでも協力はできないという。依頼された順番というものがあるというのだ。彼はバベッジ卿にこの事件の解明を依頼されたのだという。
ゆえにバベッジ卿の依頼が終わるまでは、カルデアに縁を結ぶことができない。それはつまり彼を召喚することができないということだ。
カルデアの召喚式は同意がなければ、縁を結んでいなければ、あるいは可能性を観測していなければ英霊をサーヴァントとして存在を結ぶことができない。
元より彼は戦うものではないのだ。解き明かす者。ゆえに、戦いは数多の英霊に任せて彼は謎を解くのだという。
「なぞ?」
「それはこれからレクチャーするとしよう。なにしろ道中は長そうだ」
そして、彼とともにアトラス院の中心部へと向かうこととなった。通路は折り重なりまさに地下迷宮になっており、更には防犯トラップなどがわんさかある。
そこを突破しながら、進んでいく。その途中途中で、彼の講義が挟まった。
アトラス院について。魔術協会、その三大部門の一つ、蓄積と計測の院。それは世界の理を解明する錬金術師の集団とのこと。
アトラス院についてはよくわからなかったが、ただひとつだけオレの心に刻まれた言葉がある。
――自らが最強である必要はない。
――我々は最強であるものを創り出すのだ。
それが彼らの信条。多くの兵器を生み出した源泉。もしオレが魔術師だったのならきっとここの学徒だったのかもしれない。
ともかくここはとても物騒な場所だ。誰もかれもが発明し、それを失敗作として封じた場所。世界を滅ぼせる魔術礼装すらここにはあるという。
そんな話を聞いておっかなびっくりオレたちは進む。
「ふむ、君の采配、その感想を述べても良いかな?」
何度目かの戦闘を終えた時、彼はそんなことを言いだした。
「どうぞ」
世界最高峰の探偵の所見聞いてみたくもある。
「私は驚いているよ。戦闘能力の高さも驚嘆に値するが、それはあくまで二次的なものだ。キミの強さの根底にある者は、その契約形式にあると言ってもいい。これほど多くのサーヴァントを繋ぎ止めた魔術師は過去に例を見ないだろう」
彼はそういった。さらに脅威的なのは継続時間だとも。
本来、サーヴァント召喚は一時的なもの。その戦場でのみ成立する夢幻のようなもの。永続的に続く契約などありえない。
「かといって、君に秘密があるわけでもない。これはすなわち――」
「即ち?」
「――ところでミス・キリエライト」
「おい!?」
「見たところ、キミはまだ宝具を扱えていないね?」
話がそれていく。まったくもって、なんなんだと言いたいが話はマシュの宝具の話に。丁度いい機会なので邪魔をするのも忍びないので引き下がる。
どうせ、彼は言っても教えてはくれないだろう。なんとなくそんな気がするのだ。
「……はい。わたしはまだ、わたしに力を譲渡された英霊の真名を知らないのです……」
だから宝具が使えないのだとマシュは言う。
「それは違う。真名はそう大きな問題ではない。キミはただ、踏み出す足を間違えているだけだ」
彼はそう言う。ようは考え方なのだろう。マシュはもう宝具が使えるはずなのだ。だから、あとは彼女次第なのだ。
「その答えはこの先にある」
中心部に行けばおのずとわかるだろうと彼は言う。そして、謎の深淵へと歩を進めていく。
彼が挑む謎とは、すなわち魔術王の正体に他ならない。
「ゆえにぜひともダビデ王、キミの話を聞いてみたいものだ。なにせ、結びつかないのだ。どうしてもソロモン王に結びつかない。痕跡があってもそれがつながらないのだ」
「そう言われてもね。僕としても不思議なのさ。直に会った今でも、信じられないくらいさ」
「なに!?」
「……あったよ、魔術王に」
「キミは重要参考人でもあったのか! ではぜひ話してほしい!」
ぐいぐいとこちらに寄ってきて問いを投げかける。
姿、声質、魔術系統、直接感じた印象。
違和感。
魔術王を見た時にかんじたことを言えと彼は言う。
――それだけで震えが走った。
思い出される赤。赤、赤。死んでいく仲間たちの姿を思い出す――。
「――かっひゅ――」
思わず過呼吸になりかけて――自らの服装を見て、思い出した。彼の嘲笑を、彼の笑いを。
――残念だったなという彼の言葉を。
魔術王とて完璧ではないということを思い出す。
ゆえに呼吸ができるようになる。
「大丈夫かね」
「ええ、足りないものがあった気がします。外見で、一つだけ、何かが足りないような……」
「なるほど……悪いがスケッチをお願いしても? ここならば呪われることはない」
だからこそ道すがら全員で思い出しながらスケッチをする。特にタビデなんかが役に立った。生前と比べて何が足りないのかを彼だけが把握しているのだから。
「ま、ほとんど見てないんだけどね!」
相変わらず親失格なのは変わらないが。
「あのミスタ・ホームズ。わたしからもひとつよろしいでしょうか」
マシュもまた問う。
それは魔術王のこと。彼は相対した時、おかしかった。乱暴であり、冷静であり、時にこちらに無関心であり、時に魔術王の如く王気に満ち溢れていた。
魔術王との会話をホームズに話して問う。
「ふむ、君たちが彼とどのような会話をしたかを聞いた限り、魔術王は鏡のような性質を持っているようだ」
鏡。前に立ったものを映す鏡。話した者を映す鏡。
乱雑な者が前に立てば彼は粗野に見える。賢明なるものが語り掛ければ、彼は真摯に応える。残忍な者は彼を残忍な者に捉え、穏やかな者は彼を穏やかな者と捉える。
それは鏡。自分がないわけでもなく、多重人格ということでもない。魔術王は属性を複数持っている。それどころか持ちすぎているとミスタ・ホームズは言った。
「だったらおかしいのはここかい。ミスタ・ホームズ。生命に価値がないと思っている者がいないはずなのに、彼が発言したこと」
「イエス。さすがはダビデ王。そこだ。私が怖ろしいのはそこなんだ」
人間に関心がない。
それは魔術王にとって真実の一つ。何故ならば、彼は既に人類を滅ぼしているのだ。今この時代を消滅させようとしている獅子王とは違う。
彼は既に人類を滅ぼしている。既に魔術王は勝者なのだ。関心がないのは当然のこと。既に次の仕事に移っているのだから、関心なぞあるはずもない。
しかし、一つの奇蹟が起きた。カルデアが存在していること。しかし、すでに終わった仕事ゆえに関心がない。
「だからこそ、その次に行っている仕事が問題なのだ。何を行っているのか。それを知る必要がある」
そして、その全てが七つの特異点に関わるのだ。
「聖槍について、人理焼却の謎についても。全ては知らなければならない」
そうしなければ舞台に立つことすらできないのだ。
最後のトラップを越えて、中枢部へと行きついた。
「地下なのに空があります、マスター!」
「すごい……」
ひとつの街ほどの空間。生活に必要なものがそろっている。
そして、その中心にあるオベリスクがアトラス院最大の記憶媒体である疑似霊子円残機トライヘルメス。カルデアに送られたトリスメギストスのオリジナルだ。
「アクセス権は獲得してある。スタッフに声をかけたいが、無人ゆえに無断で使わせてもらうとしよう」
「しかし、なんで誰もいないだ?」
「それは明白だ。ここは2016年のアトラス院だからだ」
それはオレたちの時代の――。それは確かダ・ヴィンチちゃんが言っていた。エジプト領の中に、さらに時代の違う異物があると。
それがここだったのか。
「では本題に行こうか」
彼が調べるのは2004年の日本でおきた、聖杯戦争の顛末。
発端ではないが重要なファクター。
その結末とは、カルデアの前所長マリスビリー・アニムスフィアの勝利というそれだった。万能の願望器を手に入れたのだと記録には残っていた。
さらにマリスビリーには助手がいたという。聖杯戦争時にも連れていた助手。名を――。
「ロマニ・アーキマン……だって……? いや、でも――」
それはおかしいだろう。
だって、それではドクターは、カルデアに来る前から、前所長と知り合いで、聖杯戦争なんかに関わっていることになる。
「さらにどう調べても彼の聖杯戦争以前の記録を見つけ出せない」
更に、あるべきものがない。その事実が重くのしかかる。何かを隠している。真相に近い何か。彼は人間だが、信用できないとホームズは言った。
――嘘だと言いたい。
だが、観察眼が、告げている。ホームズの言葉に偽りはない。得た情報をどう検討しても、それを嘘と断じるに足る情報も、本当だと判断する情報もなにもかもが足りない。
ゆえに疑わしい。疑心が暗鬼を呼ぶ。心に生じたそれは、小さなものであっても、心を蝕んでいく。疑いたくないのに、疑ってしまう。
「それに問題はまだあるのだよ。レフ・ライノール。彼がカルデアにやってきたのは1999年のことだ」
それは2004年以前の話。つまりその頃から何かカルデアには魔術王が目をつける何かがあったということになるのだ。
マリスビリーも良識ある人物だとホームズがいった。利用されたか、知らず破滅の地雷を踏んだのか。
ゆえに、話の焦点はドクターに行くのだ。
なぜならば彼は――どうしているのかわからないが、事件とは無関係の、別にいてもいなくてもいい傍迷惑な謎の人物という結論すらも出てくるのだ。
だが、それすらも気休めにはならないだろう。ドクターは、聖杯戦争の結末を知ったうえで、黙っているのだから。
「さて、私が知りたかったことは知り得た。ゆえに、ミス・キリエライト。キミの問いの答えよう」
「問い……それは、わたしに力を譲渡した英霊の真名についてですか」
「そうだとも」
「しかし、それはレディが自ら見つけ出すもののはず」
「いいや、私は打ち明ける! 誰もがもう答えに気付いている以上はね!」
「マスターからも言ってください。彼の英霊の真名は――」
「いいや、違うよベディ。マシュ、知りたい?」
「……はい、わたしは、知りたいです」
「ならば聞こうじゃないか」
知りたいのならば教えてあげよう。それにもういいのだ。必要なことは既に、彼女が持っている。
「そうだとも。マシュ・キリエライトの精神は既に完成している! 彼女の恐れは、宝具のあるなしで変わるものではない!」
たとえ宝具が展開せずとも、マシュならば立ち上がることをやめない。だってそうだろう?
「――オレが好きになったのはそういう女の子なんだから」
――声に出てた……。
「はは。ははっははは! なんともロマンチックではないか。では、告げる役割はキミに任せよう。それこそがマスターたる者の役目だろう! 愛する者の言葉で立ち上がる。ああ、なんともロマンのある展開だとは思わんかね」
「あ、あの、マスター……」
「……」
一度息を吸って、マシュを正面に見据える。
可愛い後輩。オレのサーヴァント。愛しい愛しいマシュ・キリエライト。
「君の名は――」
なんかすさまじく長くなりそうなので、次回に続く!
ここら辺は本当にマシュが中心なので、余計な人たちがしゃべる余裕がない!
あとアルトニウムじゃなくてアルトリウムだった。感想で指摘された初めて気が付いた。そういえばそうだよ。
そして、ガウェイン卿の相手が決まりました。
もうここぞという時にキャストオフしてもらおうかと思います。
ゆえに初代山の翁の役割は砂嵐を起こすだけだ。