Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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邪竜百年戦争 オルレアン 3

 戦闘は終わった。

 被害は大きいなんてものじゃない。ほとんど壊滅に近い打撃を受けてしまっている。

 

 負傷者、死傷者、何もかもが多すぎる。

 現実感が薄すぎる。

 なんだ、これは。本当に現実のことなのかわからない。

 

 だが、全身にまとわりついた油分が、煤が、血が、それが現実なのだと教えてくれる。知りたくないのに、眼を背けるなと言わんばかりに。

 膝から崩れ落ちそうだ。

 

「フォウ、キュゥ」

「…………」

 

 フォウさんが、僕を慰めるようにすり寄ってくる。それに応える余裕等あるはずもない。もう休みたかった。気持ちが悪い、頭が痛い、吐き気が止まらない。

 ぐるぐる、ぐるぐるとリフレインする悲鳴と慟哭と怨嗟が、脳髄を蹂躙している。

 

「そんな、貴女は――いや、おまえは! 逃げろ! 魔女が出たぞ!」

 

 そんな時、声があがる。

 

「え、魔女――?」

 

 助けてくれたはずの存在にフランス兵は魔女と吐き捨てていた。

 

「…………」

 

 彼女は何も言わず、憂いを浮かべてその言葉を受け入れている。そして、こちらに気が付くと、こちらに声をかける。

 

「あの、ありがとうございます」

 

 それはフランスの兵士たちを救ったからだろうか。そんなお礼を言われることなどしていない。

 

「そんな、お礼を言われることじゃ、ないです」

「いいえ。それでも、私は感謝します。私は、ルーラー。サーヴァント、ルーラー。真名を、ジャンヌ・ダルクと申します」

「え――」

 

 ジャンヌ・ダルク。彼女はそう名乗った。魔女になったはずの、このフランスを滅ぼそうとしている名前を。

 

「詳しい事情は後程お話しします。……彼らの前で、話すことではありませんから。どうか、こちらに来てください。お願いします」

「……先輩、どうしましょう」

「さて、虎穴に入らずんば虎子を得ず、っていうが、どうするよ、マスター」

 

 どうもこうも、着いて行かなければ情報は手に入らない。ならば、行くしかないのだ。どのみち、選択肢などほとんどありはしないのだから。

 

「ついて行こう……」

「ボクも賛成だ。彼女は、今は弱まっているようだけれど、サーヴァントだ。少なくとも敵ではないのならついて行ってみよう」

 

 ドクターの賛同もあって、僕たちはジャンヌについて森へと入る。森の奥、開けた場所へとやってきた。もともとは軍の野営地でもあったのだろう。

 水場と火を扱うことができる場所がある。ここならばゆっくりと話すことができるだろう。

 

「アンサズ――っと、で、こっちに魔避けのルーンを刻んで、良し。これで安全だ」

「ありがとう。クー・フーリン」

「ありがとうございます。これで落ち着けます。――まずは、貴方たちのお名前を聞かせてください」

 

 言われた通り、僕は名乗る。

 

「わたしはマシュ・キリエライトです。先輩のサーヴァントです」

「オレは、まあ、真名を隠す必要はねえか。クー・フーリン。ま、よろしく頼むわ」

「この聖杯戦争にも、マスターがいるのですね。それに、ケルトの大英雄まで……二騎のサーヴァントを従えるとは……」

「はい、先輩はすごいのです」

 

 ――全然そんなことはないよ、マシュ。

 

 誇らしげに言うマシュに、何も言うことはできなかった。

 

「ですが、わたしはデミ・サーヴァントにすぎません。また、この事態は聖杯戦争とは別のことになります」

「デミ・サーヴァント……? それに、ただの聖杯戦争ではない……」

「正規の英霊ではないのです。御存じありませんか?」

「……そうですね。まずは、そこからハッキりさせておくべきでしょう」

 

 ジャンヌは、サーヴァントであり、ルーラーというエクストラクラスである。聖杯戦争を監視し、聖杯戦争を守るためのクラス。

 だが、本来与えられるべき聖杯戦争に関する知識の大部分が今、存在していない状態にあるのだという。それどころか、知識だけでなくステータスも、スキルですら低下している始末。

 

「じゃあ、竜の魔女について、何か知りませんか?」

「……私も数時間前に現界したばかりで、詳細は定かではないのですが……」

 

 どうやら、今、この世界には二人のジャンヌ・ダルクがいるのだという。一人は今、目の前にいる彼女。もう一人は、フランス王シャルル七世を殺し、オルレアンにて大虐殺を行っているという。

 

「それは、同時代に同じサーヴァントが二体召喚されたということでしょうか……?」

 

 マシュが当然の疑問を口にする。それ以外に、この事態に説明がつかないからだ。

 

「まあ、聖杯戦争だ、何が起きるかわからねえ。そういうこともあるだろうさ」

「ミスタ・クー・フーリンの言う通りだ。そういう事例もあるかもしれない。だから、そこを考えるよりは、確定したことを話そう。

 シャルル七世が死に、オルレアンが占拠された。これが、この特異点において人理を破壊している原因。ボクたちが修正すべき事柄だろう」

 

 なぜならば、それはフランスという国家の破壊だからだ。

 

 ドクターの説明によれば、フランスという国は人間の自由と平等を謳った初めての国であり、多くの国がそれに追従した。

 自由と平等。その権利が百年遅れるだけでも、文明はそれだけの期間、停滞する。もしも認められないという事態に陥ってしまえば、いまだに人類は中世と同じ生活を繰り返していた可能性すらある。

 

「声だけが、聞こえる……今のは魔術ですか? 貴方たちは一体――」

「おっと、推論だけ先に言ってしまった。はじめまして、聖女ジャンヌ・ダルク。ボクは、ロマニ・アーキマン。みんなからはドクターロマンと呼ばれています。三人のサポートをしている者です」

「なるほど、ロマン。夢見がちな人なんですね!」

 

 この人、天然なのかな?

 

「失礼しました。マドモアゼル・ジャンヌ。次は、我々の番ですね。わたしたちの目的は、この歪んでしまった歴史の修正です。

 ――カルデア。わたしたちは、そう呼ばれる組織に所属しています」

 

 マシュがジャンヌに事情を説明していく。全てを聞き終えた、ジャンヌの顔は険しいものになっていた。

 

「世界そのものの焼却とは……。そんな事態だというのに、私は、小さな悩みなどを抱いてしまって……。ですが、今の私は――」

「フォウ?」

「サーヴァントとして万全ではなく、自分でさえ、自分を信用できずにいるのです」

 

 その理由は、オルレアンを支配している、自分(ジャンヌ)とワイバーンが理由だった。ワイバーンはこの時代には存在しない。そんな記録はない。

 であれば、あのワイバーンは人為的に呼び出されたものになる。誰が呼び出して、誰が操っているのか。その答えはフランス兵が言っていた言葉にある。

 

 ――竜の魔女。

 

 彼らはジャンヌのことをそう呼んでいた。導き出される結論は一つだ。

 ワイバーンは、オルレアンにいるジャンヌが操っている。

 

「どうやって操っているのか。私は、生前、思いつきもしませんでしたし。竜の召喚は最上級の魔術。まして、是だけの数」

 

 現代でも、過去の魔術でも不可能。

 

「そうなると、ますます聖杯が関わっている可能性が高くなってくるわけだ。憶測でしかないが、ボクらも他人事じゃなくなってきたね」

「そうですね。まだ、憶測でしかありませんが、ある程度の把握はできたかと思います。マドモアゼル・ジャンヌ。貴女はこれから、どうするのですか?」

「目的は決まっています」

 

 オルレアンへ向かい、都市を奪還し、すべての元凶たるジャンヌ・ダルクを排除する。

 

「主からの啓示はなく、その手段は見えませんが、ここで目を背けることはできませんから」

 

 ――ひとりでも戦うというのか。

 

 それは、なんて――まぶしいんだ。

 

 まぶしすぎる。やはり、彼女は、英雄なのだなと思い知らされる。

 

「マスター、ドクター、わたしたちの目的は彼女と合致していると思います。今後のことなのですが、彼女に協力する、というのはどうでしょうか」

「ボクとしては異論はない。あとは、マスターがどうするかだ」

 

 最終決定は、僕だった。

 

 ――わかっているよ。

 ――そうするしか、ないじゃないか。

 

 それ以外に方法などない。

 いい考えなど浮かばない。

 だから、やるしかない。

 

 ――何かがひび割れている音がしている。

 

「……協力するよ。よろしくお願いします」

「そんな……よろしいのですか……いえ、こちらこそお願いします。本当に、ありがとうございます。どれほど、感謝しても足りないほどです。貴方たちとともに戦えるのならば、きっと竜の魔女にも勝てるでしょう。

 ですが、まずは情報収集を。このまま突撃しても、竜の魔女には勝てませんから」

「そうだね。まだボクらには拠点もない。魔女ジャンヌ――いや、黒ジャンヌのことも何も知らない」

 

 情報は力だ。知っているのと知らないのでは大きな違いだろう。

 

「それに、戦力を集めることは重要だ。今のままじゃ勝てないというのなら、勝てるだけの戦力を集めないと」

「ドクターの言う通りだ。おい、聖女さんよ、オレらのほかにサーヴァントの反応はあったか? ルーラーってんなら、わかるだろ」

「申し訳ありません、光の御子殿。ルーラーが持っているサーヴァントの探知機能も、今の私には使用不可なのです。今では、通常のサーヴァントと同じようにしか知覚できません」

「なるほど――いや、待て。なら、黒ジャンヌの方はどうだ」

「――! 確かにもう一人の私――黒ジャンヌもサーヴァントならば、クラスはルーラーのはず。その場合、我々の居場所は、即座に感づかれる……いつでも戦う準備は必要です」

「なら、街での情報収集は最小限にした方がいいだろうな」

 

 詳しくはわからないが、ルーラーというのは、サーヴァント感知能力に長けているらしい。どこにいても気が付かれる可能性がある。

 

「明日の早朝には出発しましょう」

 

 長く一か所に留まれば相手に気取られる危険性が高いからだ。

 

「マスター……とお呼びしますね。マスターは人間ですし眠ったほうがいいでしょう」

「……そうするよ……」

「はい、おやすみなさい」

 

 そういって、横になる。

 

「彼は、眠りましたか?」

「ええ、慣れない野宿でしょうに、意外とあっさり」

 

 ――違うよ、マシュ。

 

 眠ったわけではない。寝たふりだ。

 

「…………そう、ですか」

 

 眠れるはずがないじゃないか。どうして、眠れるというんだ。眠れるはずがない。だって、そうだろう。

 この耳には、悲鳴が、慟哭が、怨嗟がこびりついて離れない。

 この目には、凄惨な光景が、地獄が、魔女の窯の底が、焼き付いて離れない。

 この鼻には、腐臭が、ヒトの焼ける臭いが、炎の臭いが、油のにおいが、染みついて離れない。

 

 眠れるはずがない。目を閉じれは、再生される阿鼻叫喚の光景。それが、反芻される。リフレインするそれは、悪夢以上に悪夢だった。

 疲労、痛み、魔力消費。あらゆる全てが睡眠を欲している。だが――眠れない。眠りたくない。眠ってしまったら、悪夢を見る。

 

 横になっただけだった。幸い、三人の話を聞くことができるから、それが終わるまでは眠れないで済む。三人はジャンヌがまだ話していないことについて、話していた。

 

「実は、私というサーヴァントの召喚が、不完全だったせいでしょうか。あるいは、生前の私が数日前に死んだばかりだからでしょうか。今の私はサーヴァントの新人のような感覚なんです」

「新人、ですか?」

「はい」

 

 英霊の座には過去も未来もない。だが、その記録にすらジャンヌは触れることが出来ず、サーヴァントとして振る舞うことが難しい。

 

「だから、まるで生前の、初陣のような、感覚で……私に救国の聖女であることを期待されても、私には、その力はありません……ですので、その……私の方こそ、貴方方の足手まといになるのではないか、と」

「それならば大丈夫です」

「え……?」

「わたしも初陣みたいなものですから。同じです。それにデミ・サーヴァントでもあります。英霊としての力を全て発揮できているわけではありませんから」

「なに、アンタらはよくやってる。英霊のオレが言うんだから、気にせず、いつも通りやりゃあいい。ここにはマスターがいるんだからな」

「ありがとうございます。明日からよろしくお願いします」

 

 話はそれで、終わった。

 

 そして、朝になる。

 

「おはようございます。先輩。よく眠れましたか?」

「うん、おかげさまでね」

 

 結局、朝になった。眠れていない。全然、眠れていない。眠さは、薬を使って騙す。今日から、本格的に動くのだ。眠そうにしていたら駄目だ。

 

「さあ、行こう」

 

 朝日を浴びる。清々しい朝には程遠く、体は痛む、心が痛む。

 止めたい、逃げ出したい、帰りたい。

 

 ――だが。

 

 やめることはできない。逃げることはできない。帰ることはできない。

 

 僕しかいないから。

 

 ――何かがひび割れる音がしていた。

 


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