Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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神聖円卓領域 キャメロット 26

 鉄のアグラヴェイン。彼は、自らの執務室にて地図を睨み付けていた。そこにあるのは、この終末の地の地図。精巧なものとはいいがたいが、ある程度の地形は見て取れるものであり、縮尺もある程度は正確。

 その上にはいくつもの駒が置かれている。

 

 一つは王を示す駒。それが二つ地図上には置いてある。一つはここ聖都。白き駒。もうひとつは西。エジプト領の黄金の駒。

 いくつかの駒は山岳地帯に散らばっている。

 

 その中の一つ、ポーンの駒をアグラヴェインは見ていた。ポーン。それは弱い人間の駒。彼のマスターの駒だ。だが、どこで成るかがわからぬ駒でもあった。

 報告を聞く限り、ガウェインから逃げおおせ、ランスロットからも隠れ続け、そして、このアグラヴェインを撤退させた。

 

 アグラヴェインが知る限り、円卓を相手に三度も命を永らえさせているのだ。

 

「認めるしかないだろうな」

 

 その天運、その力を。もはや粛清騎士のみで討滅は不可能となれば円卓の騎士を動かさなければならない。ランスロットだけでは心もとない。

 ゆえにアグラヴェインは次の一手を打つ。一つの駒。

 

「動かせるのはトリスタン卿のみ。だが、問題はない」

 

 ガウェインは動かせぬ。ゆえに、動かすのはトリスタン。妖弦であればこの砦から逃げおおせたその足跡を追う事も出来よう。

 その思惑があり、トリスタンを動かす。

 

「さて、どう動く天文台(カルデア)のマスター」

 

 おそらくは山の翁たちが隠していたものを手に入れに行くだろう。そうして聖都へと上がってくる。あのマスターならばどうするかを考えようとして――。

 

「いいや不要か(・・・)

 

 その必要もないことをアグラヴェインは思い出す。

 

「我が王の前であっては、何事であろうとも、何者であろうとも」

 

 ならばこそやるべきことを為すのだ。

 

「やるべきことがあるのだ。些事にかまけている暇などはない――今回こそは必ず。ああ、必ずや――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「――――」

 

 村を出て山を登る。そこに何一つ問題がないなどということはないだろうと予測はしていたが。

 

「これは……ちょっと――」

 

 足が震えて前に進むことが難しい。それほどまでに道は険しく何よりも絶壁だった。一歩でも踏み外せば谷底へ落ちてしまうのではないかという思いが去来する。

 

「これは、聞いてなかったかと、マスター! 率直な意見を述べてよろしいでしょうかっ!」

「足、震えてるよ、マシュ」

 

 怖い。恐ろしい、ヤバイ。あのアーラシュフライトなんかよりもこちらの方が現実的である分。自らの足で進む分、怖ろしい。

 

「怖いのでしたら、どうぞ私におつかまりください。……その、何があっても離しませんので」

「……いえ、いけます、慣れました。静謐さんは前方を注意してくだされば」

「はい。それではマスターにピッタリとくっついて、前方を注意しますね」

「あわわ……ちょっと待って、弟子の腕はあたし! あたしの! 落ちる、もう前を見ているだけで目がちかちかして落ちちゃう! あたし、こういうのダメ――!」

「ええい、暑さ寒さも地下も高所も駄目と来た! お主、それでも三蔵法師か!?」

 

 あれでも三蔵法師なんです。天竺までの旅の時は、気合い入れてたから大丈夫だったんだろうけど、事前に気合いいれもなければ如何な三蔵法師とて試練に耐えられはしない。

 あの旅で、どんなに高尚な人間で、浮世離れしているとしてもやっぱり人間なのだと思うことができた。そういう意味では三蔵ちゃんは本当にいいお師匠さんだ。

 

 ――まあ、いきなりは本当、何事もダメなんだけどね。

 

 しかし、抱き着かれると歩きにくいというか、オレが崖の方に押しやられるというか。ぴったりとくっついて支えてくれてる静謐ちゃんがいなかったらオレ落っこちてるんじゃなかなと思う。

 でも、これはこれでいい気分。落ち着くというか、人肌はやっぱり落ち着く。それに柔らかいし。

 

「うむ。賑やかさに精霊も楽しそうだ。ここまで賑やかなのは初めてなのだろうな」

「ジェロニモ殿はシャーマンであったか。そうか楽しそうですか。よもやあの廟への向かうこの道がこうも賑やかになるとは。運命とはわからぬものだ」

「おや。人生とは分からぬものだ、ではなく?」

「そこはそれ、我が身は今や英霊ですからな」

 

 人としての生は、すでに答えを出しているのだと彼は言った。無念しかない人生だった。これはもう変えようのない結末である。成功したつもりが、こざかしいだけの愚かな人間だったのだと呪腕は言う。

 それを英霊として身体を得た今、思い知らされているのだと。

 

「そうね」

 

 それに同意したのはエリちゃんだった。

 

(アタシ)は、生前いっぱい駄目なことやっちゃった。だって誰も教えてくれなかったんだもの。でも、英霊になって、こんな(アタシ)でも必要だって呼んでくれたのがマスター」

 

 あれ、アレは押しかけて来たんじゃなかったっけ?

 

「英霊になっても間違えて、間違えて。見捨てられてもおかしくなかったのに、子イヌはこういったのよ」

 

 ――待て、しかして希望せよ

 

「おかしいでしょ。英霊になった(アタシ)たちはもう何も変わらないのに。でも、その言葉を聞いたら、なんか変わる気がしたの。それにいっぱい駄目っていわれた。生前は誰も言ってくれなかった、怒ってくれなかったのに、マスターは怒ってくれたから。だったら、今度こそって思ったわ――だから」

「だから、運命はわからない。こういうことがある。だから、虚しくもある」

 

 それは自らの生前の行いが、どれほど愚かしく、無意味で、どれほどの罪であったのかを思い知ることもあるだろうから。

 

「だが、楽しくもある」

 

 生前ではなし得なかったことを、為せることがあるのかもしれない。誰も言ってくれなかった言葉を、誰かが言ってくれることもあるのかもしれない。

 だからこそ、運命はわからない。もしかしたら、救われなかった誰かも、英霊となって救われるのかもしれない。

 救いたいと願った、誰かが英霊となって、誰かを救うのかもしれない。

 

 それは誰にもわからない。もしかしたら、別の世界のことなのかもしれないけれど。それは確かに虚しくはあれど、決して悲嘆すべきものではなく、楽しむべきものだ。

 

 ゆえに人生は終えた、だからこそ、運命に言葉を変えて、わからぬと前を向くのだ。

 

「はは。そう思えば、この愚かしい身も悪くはないのですなぁ」

「お話し中悪いが、敵性反応だ!」

 

 現れる人影。それはもはやこの世ならざる者。晩鐘が鳴り響く幽谷なれば、立ち寄る者はない。獣すらも誰もここには至らない。

 だが、今は尋常ならざる時ゆえに。

 

「狂気にあてられたか。精霊も混じっている。応戦するぞマスター」

「ああ、行くぞ、マシュ――!」

「はい!」

 

 立ちふさがる敵を倒す。獅子王に追われた人々。もはや行き場もなくこのような場所にいることしかできない憐れな人。

 

「まあ、それはいいとして。なんで戦わなかったの三蔵ちゃん」

「ぎゃてぇ! あたし高いのこわーい!」

「ええい、言い訳はそれだけか!」

「……なんにせよ、廟まで夜を明かす必要があります。まずは野営に適した場所まで登りましょう」

「夕刻までには巡礼用の小屋に辿りつけましょう。滅多に使われないもの故、くたびれてはおりますが」

「なに、雨風が凌げるのならそれで十分。うまい飯は拙者に任せておけ!」

「その前にアンコールが聞きたいみたいね。行くわよ!」

 

 亡者の如き群れを蹴散らしてオレたちは巡礼用の小屋までやってきた。

 

「ぎゃてぇぎゃてぇ」

 

 怒られてぐずぐず泣きながら藤太に正座させれている三蔵ちゃんは見ないふりして、脚を揉む。

 

「ふぅ」

 

 さすがに登山ともなると疲れる。

 

「明日も早い。今日はもう寝ましょう」

 

 野営地で眠る夜。オレは横になってはいたけれど、どうしても眠れなかった。そんな時、マシュと三蔵ちゃんの話が聞こえてきた。

 

「おや、三蔵さんまだ起きていたのですか。その紙束は?」

「これ? 寝る前に今日の出来事を書き留めていただけ。弟子は? みんな寝ちゃった?」

「はい、お疲れでしたのでしょう。ぐっすりとです。ドクターも仮眠をとっているようですし」

「そっか。カルデアも大変ね。ううん。大変っていうよりすごいのよね」

 

 みんなを時間旅行させている。それだけでもすごいのにサーヴァントシステムもそうだ。本来、英霊というものはこんな風には現れない。

 現世の人間が英霊を召喚した場合、それは、その英霊にちなんだ現象を借りるだけ。

 

「具体的に言えば、三蔵召喚! 頭がよくなった! みたいなね」

 

 聖杯が特異点を作ってしまえば、出てくる英霊もいるのだろうが、時空の歪みのないところで英霊そのものを召喚して、かつ使役するなんてことは普通は絶対に無理。不可能。

 一体どのような奇蹟がカルデアにはあるのだろうか。マシュもそれについては知らない。ただグランドオーダーが発令されるまで、カルデアの英霊召喚は失敗続きだった。

 カルデアが独自に召喚できたのは三体。そのうちの二人目がマシュに力を預けてくれた英霊。ダ・ヴィンチちゃん。そしてもう一人。召喚成功例第一号。

 

「視る眼あるのねそいつ。ま、そいつももったいないって思ったんじゃないかな」

「もったいない、ですか?」

「そう。サーヴァントとして召喚されることは、英霊たちにとっても奇蹟みたいなものだから」

 

 そう奇蹟なのだ。英霊とはただの力であるから。だからこう思うのだ。

 

 ――こんな奇蹟はもう二度とないだろう。

 

 だからこそ、英霊はそれぞれの目的で行動する。絶対にありえない、気を抜くと目覚めてしまう泡沫の夢。二度目の生。

 

 生前の理念で過ごす者もいるだろう。

 生前の無念を晴らそうとするものもいるだろう。

 だが、

 

「あたしは、残酷だなって思う」

 

 仮初であれ、個人としての生命を獲得したのに、英霊はただのお客様なのだ。

 もはや、現世に彼らの居場所なんてものはないのである。その時代の住人になれるのではなく、違う時代の異物として、ずっと仲間はずれ。

 

「そんな事は……ないと思います。皆さんが異物だなんて思ったことは……」

 

 オレの気持ちをマシュが代弁する。

 

「ありがと。でも気にしないで。疎外感は己の裡から生じるもの」

 

 それはどうしようもないものなのだ。たとえ、受け入れてくれたとしても、自分は違うのだというどうしようもない焦燥がくすぶり続ける。

 

「だから、気にしない気にしない。弟子やマシュがあたしを頼ってくれていることはわかるから」

「はい、三蔵さんのこと頼りにしてます」

「でしょでしょー? なにしろ旅のエキスパートだものね、あたし!」

「西遊記ですね! でも、ひとつ疑問が。どうして貴女は、そこまでの旅をつづけたのですか?」

「もっちろん、ありがたいお経を取ってきて、えらくなって、雷音寺で左うちわの生活をするため! なんて、ね。それもまあ、本当だけど、あたし、諦めが悪いの」

 

 とても凄く悪い。三度、九度生まれ変わったくらいでは全然懲りない。そして、天竺に行こうではなく、絶対に天竺に行くと誓っていた。

 だから険しい旅を乗り越えて、天竺にまで旅をしたのだ。

 

 それは仏教の誓願ではなく、誓いだ。解脱のためではなく、ただ己に課す必ずや守ると決めた誓い。

 三蔵ちゃんが天竺に絶対に行くというものならば。

 

 ――オレは、マシュを、世界を救う。

 

 それがオレの誓い。

 マシュの寿命を聞いて、オレが誓った、新しい誓い。世界を救うっていうんじゃなくて、マシュと世界を救う。

 

 ――やるべきと感じたことを、胸を張って信じてやるだけだ。

 

 信じてくれた誰かのために。こんなオレを肯定してくれた彼の為に。

 こんなオレに好意を向けてくれる彼女たちの為に。

 

 だから、オレは前に進む。

 たとえ、この身が砕けようとも。何があろうとも前に進むと決めたなら、やるしかない。

 

 全てを抱えて小さな人間のまま進もう。こんなオレを肯定してくれたあいつに笑われる。

 

「……寝よう」

 

 そうして夜は更けていく。マシュの話はどうなったのだろうか、オレは最後まで聞かなかった。アレはマシュが聞くべき話だろうから。

 

「さあ、行こう」

 

 アズライールの廟に翌朝たどり着く。門番を越えて、アズライールの廟へと足を踏み入れた。

 雰囲気が変わる。外界とここは違うのだと一歩足を踏み入れた途端に感じた。

 すさまじい重圧。サーヴァント反応も、魔力反応も、物音も、生命の気配も何もない。そのはずなのに全身が震える。

 精神ではない、魂が、この寺院に留まることを全力で拒んでいるのだ。

 

 鍛えられた観察眼が心眼が、直感が叫ぶ。

 

 ――逃げろ。にげろ、ニゲロ

 

 恐怖に、あらゆるセンサーが無理やりに鋭敏になっていく。最悪だった。最悪の気分の中過去最高に己の臆病心(センサー)は研ぎ澄まされ、風の流れすらも見切る。

 

「――――マシュっ!!」

 

 だから、それに気が付いた。風切り音とともに刃が奔った。その瞬間。マシュが防いだというのに、オレは、死んだ――。

 

 ドクターも言っている反応が一瞬消えたと。モニター上ではオレは死んでいるのだと。そうオレは今、死んだ。そもそもこの寺院に生きたものなどいらぬとでも言わんばかりに刈り取られた。

 だが、生きているそれはこの寺院が狭間にあるからだろう。生と死のはざま。死を告げるアズライールの託宣を待つ場所であるから。

 

「――魔術の徒よ」

 

 死を見届けて、声が響く。その声にハサンたちが平伏す。

 

「動くな。誰ひとりとして、なんということだ。まさに死だ、これは――」

「え、え?」

「エリザベート、絶対に何も余計なことはするな」

「え、ジェロニモどういうこと?」

「マスターが死ぬぞ。襲われればひとたまりもない」

「っ――」

「三蔵お主もじゃ。こりゃあ、今の拙者があと三十、いや四十、歳を取ってようやく一射届くか、という武の極みだぞ、これは……」

 

 それほどの相手。オレにもわかる。全身の震えが止まらない。いや、震えていない。もはや身体が動かない。震えを超越して硬直している。

 偽死の如く、身体が動かない。ただ魂が震えるのだ。吐き気もなにもないほどの静謐。ただただ、暗闇。死、死、死。

 

 そう死だ。これは死だ。――何かが、崩れる音を聞いた。

 

 精神の中、崩れてはいけない一線がいともたやすく崩れ落ちた。震えはない。恐怖もない。ただ、もはやここでオレという存在は終わっていた。

 

「――魔術の徒よ。そして、人ならざるモノたちよ。汝らの声は届いている。時代を救わんとする意義を、我が剣は認めている。だが――我が廟に踏み入る者は、悉く死なねばならない。死者として戦い、生をもぎ取るべし。その儀を以て、我が姿を晒す魔を赦す。静謐の翁よ、これに。汝に祭祀を委ねる。――見事、果たして見せよ」

「ぁ――あああ、あああああ!? ひぃやあ…………!?」

 

 かくして、静謐の翁が祭祀となり立ちはだかる。

 

「静謐殿……! この気配、意識を乗っ取られましたか……!」

「初代様! お使いになれるのでしたら、私を……! 静謐には荷が重すぎまする!」

「たわけ。貴様の首を落とすのは我が剣。儀式につかえるものではない。静謐の翁の首、この者たちの供物とせん。天秤は一方にのみ召し上げよう。過程は問わぬ。結果のみを見定める」

 

 オレはただ、その様子を見ていた。マシュが、エリちゃんが、オレを呼ぶ声を聞きながら、オレは一切の反応を返せずにいた。

 それもそうだ。オレは死んだのだから。死んで、ただ一つの最後の一線が斬られた。もはや、動くことは敵わず、死に逆らう気力すらも萎えていた。

 

 もはや理解してしまったのだ。この気配が、魔術王とまったくの同一であるということに。かつて敗れた記憶が思い起こされる。

 押し流される。恐怖に。いいや、恐怖すらももはや感じる前に、全てが終わっていたのだ。つまるところ、オレは何も変わっていないということだった。ただ、それだけだ。

 

「――駄目ですよますたぁ」

 

 その時だった。その時、首筋に熱が奔った。血の通わぬ冷めきった死人のような体に熱が灯る。

 

「何を呆けているのですか。目の前で誰かが犠牲になってしまおうとしているというのに。何を呆けているのですかますたぁ。本当に(わたくし)が大好きなますたぁですか? 頑張って、ますたぁ。貴方ならばきっとやれます」

 

 頑張れ、か。

 

 あんなの相手にまだ頑張れって? 静謐のハサンを殺せと?

 

「あら、何を弱気なことを。(わたくし)のますたぁなら、両方もぎ取るはず。貴方は誰かが犠牲になろうとしていたら殴ってでも止めに行く、浮気性なのが玉に瑕な気の多いますたぁなのでしょう。

 それが、■■■■。(わたくし)が好きになった、(わたくし)に本当の愛を教えてくれた人でしょう?」

 

 言葉が脳裏に響いて、身体に熱が灯る。

 

「さあ、視て。ますたぁ。貴方ならば、勝てます」

「――ああ、わかった。そうだ。そうだ――死にたくない、殺したくないのなら。やるしかない。全部、視りゃいいんだろうが!!」

「先輩!?」

「初代、山の翁、お前の思い通りになんてさせてやるか! 行くぞマシュ!!」

「っはい!!」

 

 死の舞踏にマシュが挑む。

 

 オレはただ、視る、視る、視る。

 

 死の舞踏を舞う、静謐の翁を見る。

 

 その動き、ああ、まさしく静謐のそれ。だが、強化された霊基が彼女の力を押し上げている。だが、どうした――。

 

「視てやる! 視てやる!!」

 

 視て、視て、視て。その動きの全てを予測する。

 

 イメージしろ――未来を。

 

 静謐のハサンの全てを思い出す。彼女の舞踏はすべて見た。覚えている。だが、それだけではな足りない。もっと、もっともっと。

 ぴったりと引っ付いてきた際に感じた全てを情報に変換しろ。彼女の体つき、筋肉の突き方、骨格、性格に至るまで、全てをくみ上げろ。論理に組み込め、すべて思い出し、イメージしろ。

 

 思考を回す。回し続ける。脳の許容限界を超えて、未来を演算する。

 

 記憶から静謐のハサンの動き全てを読み取る。

 足りない情報を蓄積された経験で補完する。

 目に見える全てを逃さず、見続けて情報を更新する。

 

 あらゆる全てを取りこぼさずに完璧な予測へと近づける。

 

 ひとつでも読み間違えれば彼女が死ぬ。

 

 妥協するな、目指すは完璧の一つのみ。誰も死なない幸福な結末を。三流でもいいハッピーエンドを目指す。

 駄作になっても、ご都合展開だと揶揄されても構わない。誰もが幸福で笑っていられるのがいいのだ。だからその動きに先んじて自らのイメージが重なるまで、オレは視続ける――。

 

 微細な血管が破れ血が流れるのもいとわずに、そのイメージが重なり、さらに先へと進んでいく。一秒後では殺してしまう。二秒後では傷が残る。三秒後でも足りぬ。

 五秒先を。十秒先を。その先を――未来を予知するかのように、全てを予測し続ける。

 

 脳が焼けているかのように熱く、どこかで血管がはじけ、致命的なまでに破滅の足音が迫っている。

 それすらも無視して、魔力を回し脳を動かし続ける。普通の人間には到底不可能な稼働に脳がはじけ飛びそうなほど。

 頭の内部からはじけ飛びそうなほどの頭痛に血涙が流れ出す。もはや周りの音が聞こえない。騒ぐ三蔵ちゃんやエリちゃんの声も今は聞こえない。

 

 今はただ視続ける。

 

「視えた――」

 

 そして、勝利を見た――。

 

「マシュ!」

 

 ただ言葉一つ。

 

「マシュ!」

 

 ただそれだけでいい。

 それだけで、彼女は動いてくれる。オレの言葉の意志を読み取って、彼女は盾を振るう。

 たとえ静謐のハサンが何をして来ようとも無駄だ。その全て、彼女の体で何ができるのかを全て予測し結末を演算している。

 もはや無駄。霊基強化されたからといって、その肉体、その技術はすべて静謐のハサンのものだ。ならば、そこを基点に枝葉を広げていけばいい。

 

 根源を手にしてさえいれば、あらゆる全てを予測することができる。

 

「これで、終わりだ」

 

 最後の一撃。静謐のハサンに何もさせずに無力化した。

 

「――ぁ――みなさん……ごめん、なさい」

「……生をもぎ取れ、とは言ったが、どちらも取るとは、気の多い男よ。だが、結果だけを見るといったのはこちらだ。過程の善し悪しは問わぬ――解なりや」

 

 試練はこうして、終わりを告げる。

 

「っ――」

 

 倒れるな、まだ、まだ――。

 

 だが、オレの意志に反して身体は言うことを聞いてはくれない。無茶の反動は大きく。脳を酷使したはずなのに、影響は全身に出ている。

 血みどろで倒れ伏す姿というのは、ちょっとどころではない焦燥感を仲間たちに与えていた。

 

「先輩!」

「子イヌ! ちょっと、子イヌ!?」

「ちょ、どうすればいいの、これ、ねえ、どうすればいいの、ねえ、トータぁぁ!?」

「ええい、落ち着け、三蔵。ジェロニモ殿、ベディヴィエール殿!」

 

 藤太が女衆を収めている間にジェロニモとベディヴィエールが傷を診ていく。

 

「傷を診ましょう。ジェロニモさん!」

「ゆっくりとだ。まずは血をぬぐう。微細な血管が破裂しただけだ。呼吸は正常だ。心拍も問題はない。だが――」

「ええ、熱が異常です。これはあの時と――」

 

 今にも失いそうな意識を必死にとどめる。まだ、終わっていないのだ。

 

「っ――」

 

 現れる初代山の翁。

 

「よくぞ我が廟に参った。山の翁ハサン・サッバーハである」

 

 その姿は剣士だった。山の翁の初代が剣士。だが、そんなことよりも、過負荷によって過剰に活性化したオレの脳は即座にその存在を看過していた。

 

「ああ、やっぱり――」

「そのアサシンは――まさか、グラ――」

「無粋な発言は控えよ、魔術師。汝らの召喚者、その蛮勇の値を損なおう」

 

 断ち切られるドクター。映像が消え、あらゆる全てがそうカルデアの通信があろうことか断ち切られたのだ。

 

「ぐぁ――」

「無理はするものではない。静謐の翁の命を救うため、命を賭ける。その心意気や良し。ゆえに横になったままで良い」

「……初代様。恥を承知で、この廟を訪れたこと、お許しいただきたい。この者たちは獅子王と戦う者。されど王に届く牙があと一つ足りませぬ。どうか、静謐の為己の命を賭けた彼の為にも、我らが山の民の未来のためにも、どうか――どうかお力をお貸しいただきたい」

「……二つ、間違えているな。以前と変わらぬ浅慮さだ、呪腕――魔術の徒に問う。獅子王と戦う者――これは誠か?」

 

 答えなければならない。全ては結果なのだ。過程はどうでもよい。全ては結果。勝ち取った結果。もぎ取った結果。ならば、マスターとしての責任を果たさなければならない。

 今だけでいい。倒れるのはあとで、だから――。

 

「答えよ魔術の徒よ。汝らは神に堕ちた獅子王の首を求めている。その言に間違いはないか?」

「それ……は……」

 

 わからない。獅子王を討つべきなのかオレにはわからないのだ。だって、オレたちはまだ、獅子王の顔すら見ていないのだ。

 どんな風に笑い、どんなふうにしゃべり、どんなふうに、何を願うのかも何も知らないのだ。だから、殺していいのかもわからない。

 

 極論、獅子王も太陽王も、すべては自国の民を救うべく動いているのだから。

 

「そしてもう一つ。牙が足りぬと申したな。果たして、あと一つで良いのか?」

「全然……足りないかもしれない。わからない……」

「……魔術の徒よ。汝らは知らねばならぬ」

 

 獅子王の真意。

 太陽王の戯言。

 人理の綻び。

 そして――すべてのはじまり。

 

「汝らは知らねばならぬ」

 

 そしてそれが叶ったのならば。

 

「我が剣は戦の先陣を切ろう。太陽の騎士、ガウェインといったか。

 我が剣は猛禽となってあの者の目玉を啄もう。我が黒衣は夜となって聖都を呑み込もう。

 ゆえに行け。砂漠のただ中に異界あり。汝らが求めるもの、その全てはその中に」

 

 そこは太陽王の手の届かぬ領域。砂に埋もれし知識の蔵。

 

 その名は――。

 

「その名を、アトラス院という。魔術の徒よ。人理滅却の因果を知る時だ。それが叶った時、我は戦場に現れる。――天命を告げる剣として」

 

 そして、告げるだけ告げて、

 

「では呪腕の翁よ、首をだせい」

 

 代価に死を告げるのだ。

 呪腕の首をとるのだ。

 

 彼の面は翁の死。

 彼の剣は翁の裁き。

 

 山の翁にとっての山の翁。それが初代ハサン・サッバーハ。

 山の翁として道を違えたのならば、山の翁が堕落したのならば、その咎を裁く者。

 ハサンを殺すハサン。

 

「歴代の山の翁はみな、最期に我が面を見た」

 

 ただ一人も、彼の剣を免れた者はいない。彼の面を見た者こそが真の翁。

 

「その時代のハサンが我に救いを求めるということは、そういうことだ」

 

 それはつまり、己には翁の資格はないと宣言するに等しい。

 

「じゅ、腕――」

「…………」

 

 彼は己の運命を受け入れてここに来たのだ。知らなかったでは済まされない。

 

 ――ふざけるな。

 

 ふざけるな。オレがどうしてこうして寝ていると思っているんだ。何を勝手に死ぬ覚悟を、いや、諦めているんだ呪腕のハサン。

 そんな自分を犠牲にして頼るようなものなら――。

 

 立ち上がる。動かぬからを無理やりに動かして。左腕だけは動かすことができるから、天井にロケットパンチしてワイヤーを巻き取るようにして無理やりに立ち上がる。

 

「オレは、おまえの助けなんていらない! 呪腕は殺させない」

「……呪腕よ。一時の同胞とは言え、己が運命を明かさなかったのか。やはり貴様は何も変わってはおらぬ。諦観が早すぎる……面を上げよ、呪腕。既に恥を晒した貴様に、上積みは赦されぬ。この者たちと共に責務を果たせ。それが成った時、貴様の首を断ち切ってやろう」

「やらせないって言ってるだろう!」

「……良いのですよ――ありがたきお言葉。山の翁の名にかけて」

「では行け。アトラス院へと急ぐが良い。残された時間は少ない。獅子王の槍が真の姿に戻る前に聖地を――聖なるものを、返還するのだ銀の旅人よ」

 

 その言葉を最後に初代山の翁は消え失せた。気配はもはや感じられない。

 オレの意識もまた闇に沈む。ただ、その刹那、彼の最後の言葉を向けられたベディヴィエールがどうしても気になった――。

 

 




今回は長めになってしまった。とりあえず、初代の協力を取り付けました。
さあ、まだまだ絶望が来るよー。
次なる絶望は、聖槍の裁き。

さて、今回の代償は、味覚か。まあ、無難なところ。

次回
降り注ぐ獅子王の裁き。だが、ヒトヅマンスロットさんがダビデ王に意味深な一言残して消えてくれるので、多分逃げ切れるんじゃないかなぁとか思ったり。
出来ればモーさんとアーラシュさん戦わせてあげたかったり。
ファイナル釈迦如来掌の前に、モーさんとクラレントとステラの撃ち合いで道をこじ開けるのもありなんじゃなかろうかとかいろいろと思ったり。
ファイナル釈迦如来掌はオジマンとともに時空断絶の壁のところでできるのではないかと。
そうしたら、ほら、三蔵ちゃんがぐだ男たちの目の前で果てられて愉悦できるのではないかと思ったり。

まあ、次回は決まってません!
どうしようかなぁ。アーラシュさん最大の見せ場だからそのままやってもいいが。うーむ。

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