地下から最短ルートで地上へ出る。幸い妨害はない。もう既にアグラヴェインは逃げていったのだろう。すんなりと砦を出ることができた。
百貌も無事。何やらお怒りのご様子だが、こっちだって大変だったのだ。まあ、どっちもどっちで流すとしよう。何より静謐のハサンがいるのを見て怒りも静まった。
「……よくやったものだな。私の激闘も徒労ではなかったようだ」
「うん、ありがとう。お疲れ様」
「まだ生き残りがいるようだが、そちらは任せるとする。私は馬を奪ってくる。もう頭が働かぬ。ああ、甘い果物が食べたい……」
「お饅頭もってくればよかったな」
「オマンジュウ……? ロクムのようなものか? なんであれ差し入れなら大歓迎だ。我々の村は慢性的な食糧不足だからな。子供たちに甘いものぐらい食べさせてやりたい」
あとでドクターにお饅頭を送ってもらおう。少しなら送ってもらえるだろう。さすがに村人全員に配る分はカルデアが干上がるから無理だろうけど、彼女と子供たちの分くらいなら渡してもいいだろう。
それに食糧問題は何やら藤太がいればどうにかなるらしい。彼の宝具が関係するというのだが、はてさてなんなのだろうね。
「そうだね。でもその前に」
「ああ、そうだ。静謐の翁よ。その腕をこやつに見せる時だ。これからは、こやつが我らの旗頭となる。何ができるかをアピールしておけ」
「それは、はい! お任せ下さい!」
同時に砦の兵士たちがこちらにやってくる。ありったけのゴーレムを引き連れてやってくる。いまさらそんなものに手間取るオレたちではない。
スプリガンタイプのゴーレム。一度見た動きは読める。調子がいい。頭痛は相変わらずひどいが、一度見ただけでも相手の動きが読めるなんて、オレはどうしてしまったのだろうか。
ここに来て才能が開花とか、遅すぎるがまあ、そんなことはありえない。おそらくは、なりふり構っていられないからだろうと観察眼が告げる。
やらなければ、できなければ死ぬ。いわば火事場の馬鹿力。いつものオレならばどうあがいたところで、こんな芸当はできるはずがない。
ただひたすら死の危険にさらされて脳がリミッターを外しているのだとわかる。無茶に無理を重ねればどうなるだろうか、それはわかっている。その末路をオレは知っている。
「…………」
それでも、この身がたとえ砕けようとも。必ず世界とマシュを、救うんだ。
あとは毒があたりを包み全てを死へと追いやる。麻痺へと追いやる。死の舞踏。死者が舞う、生者が舞う。毒の舞踏。美しい彼女が輝き、そして、すべてが終わりへといざなわれていく。
そして、終わる。
「……ふぅ。以上が私の性能です。どうか思うままに使い捨ててくださいますよう」
「使い捨てない。みんなで生きよう。最後までみんなで、一緒に、ね」
「……はい。なんとお優しい言葉。ありがとうございます」
「馬の準備が出来もうした。早急に砦を離れましょう」
「ああ」
アグラヴェインは取り逃がしたが、藤太と静謐のハサンを助けることができた。戦力が増えたのだ。ならば欲をかくべきではない。
それにこちらの疲労も大きい。
「マシュ、大丈夫?」
「……は、はい。大丈夫です」
マシュが一番前で戦っているからその疲労は大きいだろう。急いで馬に乗り砦を離脱する。西の村へと急ぐ。アーラシュとベディヴィエール、クー・フーリンがいるとは言えど後者の二人は負傷している。心配だ。
それでも朝方になる頃には無事に村にたどり着くことができ、村もまた何も問題なくそこにあった。出迎えてくれたのはアーラシュ。人を安心させるような笑顔でオレたちを出迎えてくれる。
「あれ、ベディは?」
「ああ、奴さんならあそこだ。民家の陰に隠れてないで、功労者はちゃんと迎えてやらないとな?」
民家の陰に隠れるようにしてこちらをうかがっていたベディヴィエールがおずおずとこちらに出てくる。大方、オレたちが戦っている間に倒れていたことを気にしているのだろう。
気にしなくてもいいのにと言ってもおそらくは気にするだろうから、難儀な性格をしているといえる。だから――。
「ただいま、ベディヴィエール卿!」
そんなもの吹っ飛べと大きな声でただいまをいう。
「は、はいお帰りなさい。……本当に、よくご無事で。アグラヴェイン卿と鉢合わせた、と聞いた時は肝を冷やしましたが」
「それはこっちも。でも、今回はこっちが勝った」
「ふふ。ええ。あの鉄のアグラヴェインを撤退させるとは、さすがのご活躍。私も同席したかった」
「はは。今度は一緒にね」
アグラヴェイン。他の円卓と違いギフトがないために強さでは及ばないだろう。だが、彼の用兵の前にオレたちは敗北しかけたことを忘れてはいけない。
静謐のハサンがいなければあそこでオレたちは終わっていた。次はない。かろうじて勝ったが辛勝ということを忘れてはいけないのだ。
「ま、そう気張りなさんな。そっちの二人が追加の二人だろう? 紹介してもらいたいね」
「ああ、アーラシュ。こっちが、玄奘三蔵法師」
「よろしく! 玄奘三蔵よ、御仏の加護を届けに来たわ!」
「で、こっちが俵藤太」
「おう、拙者が俵藤太。観ての通り巻き込まれた通行人だが。うむ、村の様子は聞いていた。であれば――長話も挨拶も後にしよう!」
そういうと彼は抱えていた俵をどさりとおろす。
「まずはコイツをお見舞いしてやらねばなァ! さあさあ、よってらっしゃいみてらっしゃい!!」
藤太の大きな声が村中に響き渡る。なんだなんだ、と村の人たちが気になって出てきたところで、彼は喜色満面、口上一つ。
「悪虫退治に工夫を凝らし、三上山を往来すれば
汲めども汲めども尽きぬ幸――」
輝く俵。生じる現象は、信じられないようなもので。
「お山を七巻き、まだ足りぬ。
お山を鉢巻、なんのその。
どうせ食うならお山を渦巻き、龍神様の太っ腹、釜を開けば大漁満席!」
光り輝く俵。
さあ、行くぞと掛け声一つ。
宝具 真名を結ぶ――。
「対宴宝具――美味いお米が、どーん、どーん!」
その
彼が対宴宝具と呼ぶ、宝具にして、その効果は。
「な」
「な」
「な」
「?」
「なんだそりゃあ――!?」
汲めども汲めども溢れる米、米、米!
山海の幸、幸、幸!
龍神たちから御礼として、米の尽きない米俵
龍神の化身に乞われて、山を七巻き半すると言われる三上山の大百足を退治したことにより、龍神たちから御礼として頂いた米の尽きない米俵。
なるほど、ドクターが言っていた意味はこれか。確かにこれは。
「すごいな……」
「ななな、なんだこの滝のような穀物は!? 食べ物か!? 食べ物なのかー!?」
「はい……! これは間違いなくお米です!」
百貌のハサンがつい仮面を外してしまうほどの衝撃。
「はは、なんだそりゃあ、すげえアーチャーだなアンタ! コイツはなにより頼もしい助っ人だ!」
「ええ。これ込みで御仏の加護よ? だからトータとあたしは出会ったんだから、ね!」
山のような食料。山のような酒。
さあ、その二つがあればどうする?
決まっている――宴会だ!
「ほわたたたたたたたあ! あちょお――!!」
すっかり夜も更けて、されど村に明かりは灯ったまま。大人も子供も食うや飲めやの大騒ぎ。三蔵ちゃんは何やらすさまじい速度でおにぎりを握っている。
炊き上げたつるつるの白米を握って握って三角おにぎり。ふっくらとふくらんだ米は光り輝く様で何もつけないでいても甘さを感じるほどの素晴らしいごはん。
ああ、日本人の心とはまさしくこれなのだと思いながら、オレはドクターから有りっ丈送ってもらった味噌を使って味噌汁を作っていた。
大鍋小鍋。有りっ丈の鍋に有りっ丈の山の幸、海の幸を入れ込んだ豪華絢爛ゴージャス味噌汁! おにぎりに合う一品。
ずずりと啜ればおにぎりを食べたくなり、おにぎりを食べればまた味噌汁とエンドレスまちがいなし! なぜって? 作った本人がそうなのだから、みんなそうなのである。
村の子供たちは食べるのと同時に三蔵ちゃんの手さばきに見入っているようだ。大人たちは杯に酒をついでは飲み干しのどんちゃん騒ぎ。
少し羨ましいと思ってしまうが、ドクターとマシュにお酒は止められてしまった。未成年だからというらしい。少しくらいは無礼講なのだしと思ったりもしたのだが、駄目の一点張り。
「はっはっは! いやはや天晴な飲みっぷり! 一升を一息とは、アーラシュ殿もいける口ですな!」
「いやはや何の、トータ殿も気持ちいい食いっぷり! あの大魚をぺろりと一口とは御見それいたしたぞ」
藤太とアーラシュはもう人一倍食うわ飲むわで楽しそうで、少しばかり羨ましい。サーヴァントについていけるはずもないので、ゆっくりしておくのがいいだろう。
久しぶりの大人数の料理で疲れたし、あとは三蔵ちゃんに任せるとする。楽しそうだし。何よりオレも山海の幸を食いたい。
「先輩先輩! どうぞ、キープしていました。きちんと小骨までしっかりととってほぐしてあります」
「ん、ありがとうマシュ。ああ、うまい」
マシュがキープしてくれていたのは焼き魚。さて、元はどんな魚なのかすっかりと骨を取られて食べやすいようにほぐされているためわからないが、一口食べれば広がる大海原。
脳内思考を波がかっさらっていく。塩で焼いただけとは思えぬ美味さ。下ごしらえの巧みさもさることながら、もとは巨大な魚の芯まで均等に火を通す火加減の妙もまた筆舌に尽くしがたし。
何より塩だけというシンプルな味付け。疲労が濃いので、それに合わせた濃いめの味付けではあれど、感じられる大魚の風味は米がほしくなる美味さ。
「はい、先輩おにぎりです。先輩の為にお醤油をかけて少々炙っておきました」
「おお、焼きおにぎり」
香ばしい香りの正体はこれだったのか。焦げ目麗しく焼けた三角おにぎり。口にすれば広がる醤油の香ばしさ。
「うん、うまい」
「……あの、こちらも、どうです、か?」
静謐のハサンも隣からおにぎりを差し出してくる。真似して作ってみたのだろう。少々不格好だが食べられないわけでもない。
味は、美味しい。
「うん、おいしいよ」
「……よかった、です」
「む、マスター、どうぞお茶です。よく冷やしてあるのでどうぞ、ぐぐっと」
「ん、ありがとう」
「……こちらもどうぞ」
――あ、なんかこれ、駄目な奴だ。
と気が付いた時には時すでに遅し。あとはもう差し出されるものを食べていくだけの装置になってしまった。
「はは、なんだありゃ、マシュと暗殺者に挟まれて楽しいことになってるじゃねえの」
「油断が過ぎますな」
「お叱りかい、呪腕のハサン」
「大地が燃えて、聖都が襲われてからこの半年、毎日が節制の連続でしたからなあ。今ぐらいは村の者たちにも良い思いをさせてやりたい」
「あの俵ってやつには感謝だな」
「で、アンタはいいのか? 酒も、食いもんもそれほど食ってねえみたいだが。やっぱ、その腕か」
クー・フーリンが指摘する右腕。呪腕のハサンはええ、と頷く。
「私は歴代の山の翁の中でも平凡なものでしたので」
万事はそれなりにこなせるが特筆すべきことがなかった。本来ならば山の翁、ハサン・サッバーハなど名乗れまい。
名乗れるのは、ひとえに、右腕が
その顔を捨て、人を捨て、恋しい女すらも捨てた果てに誰でもない何者かになり果てた。それが呪腕のハサン。
「そうかい」
辛気臭い空気を飲み干すべく、クー・フーリンは酒を煽るが、
「かぁ―やっぱ合わねえわこの米の酒は。もうちっと甘い酒がいいんだがなぁ」
「俵殿のお酒は強いですからなあ」
男二人、酔えぬものと米の酒が飲めぬゆえに酔いも回らぬ英雄二人。宴会の明かりより少し離れた影の中で楽しく笑う者たちを見つめる。
「なんだ、オマエら、男二人で」
「両儀の嬢ちゃんか。そういうアンタこそ何してんだ?」
「いや、良くない気配がしてるからな」
「気が付かれていましたか」
「そいじゃ、ま、行きますか」
「けが人はじっとしてろよ」
「もう治ってるつーの。それに動いてなきゃなまるからな」
「では宴を乱さぬようにこっそりと」
呪腕のハサンとクー・フーリン、式は静かに宴の輪から外れて村の外へ。それを止めずに見届けたのはオレたちのことを彼らが思ってくれていたからだろう。
宴もたけなわ、飲んで騒いで、食って、そして寝る。誰もが広場で満足したように笑顔で眠りこけていた。静謐のハサンも疲れたのだろう。眠ってしまった。
「ふぅ、くった食った」
「そうですね、とてもおいしかったです」
そして、起きているのはオレとマシュの二人だけ。
「……どうだった宴会」
「はい、楽しかったです。トータさんの米俵から大量のお米や山海の幸が出てきて。三蔵さんとトータさんと先輩がそれを炊いて、たくさんの炒め物を作って」
「チャーハンね。オレの得意料理というか、まあ、簡単だからね。本当、すごい宝具だよ」
「はい。戦闘には使用できませんが」
軍隊における補給に使えるから間接的にとは言え戦いに使えるとはまあ、言わないでおこう。そういうことじゃない。
「戦えない宝具。サーヴァントのスペシャルアーツ。でも、あの宝具の評価はEXランクです。戦わず、ああして人々の飢えを満たす。そんな宝具もあるのだと初めて知りました」
「オレもだよ。あんなに大変な人たちの顔を一気に笑顔にしちゃえるんだから」
「……すごいですね。誰もが笑顔でした。あの米俵はそういう宝具なんですね。わたしは予想したこともありませんでした。人を害する、つまりは倒す宝具もまた、人を救うことに繋がる。でも――」
マシュはそこで言葉を詰まらせる。
「すみません。言葉にできません」
「オレもうまく言葉にはできないけど……そうだな……倒す宝具も人を救う宝具。だけど、あの宝具は倒すんじゃなくて、ただ人を幸せにする宝具。だから、すごいって思うんだ」
「はい……はい、そうですね……あの、先輩。わかっているとは思うのですが、この特異点で発生するすべての事象は本来はありえない歪みであり、修正されればなかったことになります」
記憶も事象もあらゆるすべては修正されて元通りになる。
カルデアにとっても、オレにとっても、だれにとっても、本当に意味がある行為は人理定礎を復元することだけなのだ。
けれど――。
眠る人々を眺める。
こうして、彼らと交友することは決して無意味なことなんかじゃない。
「でも、意味がないことなんてない。記録には、残らないのかもしれない。消えるだけのものなのかもしれない。だけど、オレたちの中に、マシュの中に、きっと意味は残るはずだよ」
「意味は、残る、ですか? 記録には残らないのに?」
「ああ」
「……もしかして、逆、なんでしょうか」
たとえ誰に記録されず、カルデアにも記録されないとしても。
「知られなかったけれど、そういう人生があった。という事自体が、人類史の要素の一つだと?」
「ああ、だって誰かに知られるようなことだけが人類史のはずがないよ」
人類史に名を遺すような英雄だけが世界を形作っているわけではない。知られなかったけれど、人知れず世界を救ったなんて誰かもいるのかもしれない。
あるいは、苦悩しながら、誰かを救うべく抗い続けた誰かもまたいたのかもしれない。
オレはそれを知らないけれど、確かにその人生は、人類史の中にあって、世界を進める原動力になっているなずなのだ。
世界を形作るのは個ではなくて、
「大多数のきっと、ここに眠っているような人たちなんだから」
「……そうですね。難しくてわたしにはわかりませんが――その表現は大変すばらしいと思います。たとえ、みんなから忘れられても。その時に合った気持ちが、今を積み重ねていくのだと」
「お、まだ起きてたのかマスター」
話し込んでいるとクー・フーリンたちが戻ってきたようだった。
「おかえり」
「ったく、敵わねえわマスターには。まあいい。二人が起きてたのなら好都合だ。良いもん作った、リラックスできるぜ」
「?」
「なんでしょう」
わからないが、手招きするクー・フーリンについて行くと、湯の匂いがしてきた。
「まさか」
「おう、そのまさかだ」
岩陰に作られた窪みに小さな露天風呂がこしらえてあった。
「マスターが無茶やるからな少しくらい疲労回復になろうとルーンで作っておいたわけよ。ま、師匠のようにはいかねえが元の霊基がキャスターだからな多少は無理も利く。で、作ったわけだ」
「すごいです先輩。まさかの露天風呂です!」
「けが人がこんなの作ってなにやってんだか」
「暇だったんだよ。だいたいルーンで治したんだ。ま、重症にはかわりなかったが休んでるわけにもいかないだろうからな。多少無茶でも治したら、暇で仕方なくてな」
だから作ったのだという。
「さあ、入れよ」
といって脱衣所にマシュと押し込まれる。
――いや、ちょっと待て。
「行きましょう先輩。露天風呂です。お背中お流ししますね」
「あ、いや、ちょ、ま――」
実に素晴らしい、時間だった――。
宴会じゃー。さあ、なごむのは終わりだ。諸君、次なる絶望に向けて上げに上げた。ならば次は落とすのみだ。
そして、唐突にぐだ男を風呂に入れたくなったので、風呂に入れた。マシュマロと一緒じゃ。疲労も取れるじゃろ。
ちなみにマシュマロマッサージを受けました(非エロ)。というかぐだ男が途中で寝落ちしました。マシュの子守歌聞きながらのマッサージとか絶対眠れる。
さて、ハロウィンですね。シナリオ楽しいのう。拾ってくださいとか笑ったw。
活動報告でも言いましたが、クレオパトラ当たりました。マシュケベも当たりました。というか、今回のピックアップ全種類当たりました。大勝利です。
使った金額は、諭吉1枚分です。五千円分あまりましたので貯蓄します。
クレオさんモーション好き。というか、腰とか足が最高なんじゃがなにアレ。しかもくぎゅうとかもう強すぎない?
あとは、ぽんこつパーティの良心ロビンの頑張りを応援してます。
茨木童子は、もしゃもしゃ食ってるのが可愛かった。いっぱい食べる君が好きー。
ただし特攻鯖ほとんど育ってない。ぽんこつ魔術師いるのに育てられてない……。
種火を、種火をくれぇ。
とまあ、いろいろ楽しんでおります。