Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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神聖円卓領域 キャメロット 20

 砦は重々しい空気に包まれている。重厚な石の建物による圧迫だけではない。緊張感が砦を支配しているのが見て取れた。

 

「あれが騎士どもの砦だ。守備こそ固いが、なに、見張りは夜目も利かぬカカシども。恐れるに足りぬ」

「哨戒の兵士は外壁にそれぞれ十人、城壁の上に十人、といったところでしょうか」

「ドクター、中の様子は?」

「随分と広い構造物だね。大きな建物が二つ。小さな建物が一つ……これは馬小屋かな。それと地下にも空間があるようだ。地下牢と見て間違いない」

「地下牢か。さぞ惨い真似をしてきたのだろう。魔術師殿、サーヴァント反応は?」

「地下に二騎だ。すまない、それ以上はなんとも」

 

 どうやら地下は古い遺跡を利用しているらしい。そのため通常のエコーロケーションではわからないのだということだが、それだけわかれば十分だろう。

 目指す場所もわからずに敵陣の中を移動するなど無謀極まりないことをしなくてよいのだから。まさかどこぞの蛇のように、見つからずに侵入できるわけもないのだから。

 

 どうするかを考える。サーヴァントであれば、城門を跳び越えられるだろう。うまく見張りの兵士の目を盗むことが出来ればであるが、見張りは十人だ。一瞬の死角を作り出すことが出来れば、問題なく侵入することが出来よう。

 問題は――。

 

「この陰の()ね」

 

 オレの懸念を三蔵ちゃんが代弁する。

 

「前に来たときよりも、ピリピリするわ」

 

 砦が緊張状態なのだ。まるで今から襲撃されることがわかっているかのようである。

 

「警戒されているというのか? ……いや、円卓のひとりを迎撃したのだ。聖都の者どもも我らの動きに敏感になっているということか……フ」

 

 そこで喜ぶ百貌であるが、それは逆にまずい。油断していてもらわないと困るのだ。こちらは少数。弱小だ。円卓に対抗する手段は未だベディヴィエールの銀の腕のみ。

 油断でもして個別に来てくれないと困る。油断なく同時に圧殺に来られたらこちらの敗北は揺るがない。一矢報いることすらできないだろう。

 

 何より粛清騎士という戦力もある。円卓だけを注意していいわけではないのだ。そうなるとここは機を改めるべきなのだ。

 

「ここは一日、様子を見ましょう」

「呪腕も同じ意見か」

「ええ。奴らの緊張が長続きするとは思えませぬ。果報は寝て待て。危険を冒すよりは……む?」

「みんな隠れて! 近くに兵士の反応だ」

 

 ロマンの言葉を聞く前に、一斉に隠れる。近くの岩陰に隠れたが、兵士はそこまでやってきた。こちらに気が付いたようではない。彼らは話に夢中だった。

 

 ――まったく勘弁してほしいよな。

 

 兵士の一人が辟易した様子で言った。夜更けに出張ることに対してぐちぐちと文句を言っている。

 

 ――仕方なかろう。円卓の騎士様がお忍びでいらっしゃるのだ。

 

 もうひとりの兵士が漏らしたのは重大な情報だった。円卓の騎士がこちらに来る。それも事前準備もなく、いきなりの来訪。

 来るのは獅子王の補佐官である鉄のアグラヴェイン。アーサー王伝説において、オークニーのロット王の息子にして、ガウェイン卿の弟であり、さらにはアーサー王の甥にも当たる人物。

 

 ギネヴィアとランスロットの不貞を告発し、脱出しようとしたランスロットにより斬り殺された円卓の騎士だ。彼の死が円卓崩壊の呼び水とも言われていることがある。

 特に冒険譚などもなくあるのは、それのみだ。そのうえで、彼は悪役にされることが多い。ランスロット卿の不正を告発した勇者と称えられてもおかしくはないはずなのにだ。

 

 邪悪な騎士との烙印まで押されている記述もある。また、王国の崩壊についてその全てはアグラヴェイン卿とモードレッド卿が原因であるとの記述まである始末だ。

 ただ記述を紐解けば、アーサー王伝説が形成された初期においてはそれほどアグラヴェイン卿の扱いは悪いものではなかった。立派な騎士であるという記述もある。

 

 しかし、この特異点での話を聞く限り、あまりいい騎士といえる噂は何一つなかった。今の円卓のナンバー2。円卓随一の尋問官。拷問技術の巧みさは河馬すら、タスケテと助命を願う。

 実質、この円卓の騎士の争乱の渦中の人物。いや、すべては獅子王の命令だとしても、おそらく実働の指示は彼なのだろう。

 

 同じ穴の狢というか、指示を出す者だからこそ多少はわかるような気がするのだ。何より、あの獅子王が細かく指示を出しているとは思えない。

 あれは、人間をおそらくは――。

 

「……」

「先輩。どうしましょう。大変なことになりました」

「事情が変わってしまったようね。アグラヴェインがやってくるなら急がないと。あいつは円卓の騎士以外のサーヴァントを認めないわ。一晩もまっていられない。トータがやられちゃう!」

 

 トータという男の名前についてとりあえずお師さんに聞きたいことがあるのだが、それはひとまず置いておく。囚われているハサンも危険だ。

 大層美しい美女とか。そりゃもう助けるに決まっているが、アグラヴェインが来るとなると悠長にしていられない。

 

 未だ、アグラヴェインは砦についていないのならば、今が好機だ。

 

「行くぞ――」

「待たれよ。私からもよろしいですかな? 我が耳は千里先の落ちた針の音も聞き取れます。……この砦に近づく馬の一団はすぐそこまで。おそらく牢から出た時に鉢合わせになりましょう。それでは脱出は困難となる」

 

 そこまで言われたら呪腕の言いたいことも分かった。

 

「二手に分かれるのか」

「はい。一方が救出。一方はこちらに残り、アグラヴェインの一団が現れた後、頃合いを見て砦を奇襲、陽動を行う」

「でも、それは無理じゃないか?」

 

 こちらにいるのはマシュ、三蔵ちゃん、式、呪腕に百貌のみ。たったの五人。ひとりで砦を奇襲したところで――。

 そこまで思考を回して気が付く。

 

「そうか」

「…………それは私に任せるが良い。おまえたちは地下牢へ侵入しろ」

 

 頭に思い描いた人物がそう自ら提案する。

 

 彼女は、そう百の貌を持つハサンなのだ。名前とモードレッドとの戦闘を思い出す。彼女は、その気になれば、百にすら増えることが可能なのだろう。

 現に彼女は増えている。

 

「数での暗殺ならば私の独壇場だ。円卓の騎士のようなサーヴァントには及ばないが、兵士相手なら私ほど使えるサーヴァントはいないだろう」

 

 粛清騎士もいないのであれば、砦の兵士など木っ端の如く。まさしく彼女の独壇場だ。

 

「おまえたちは静謐とトータとやらを助け出してこい」

「任せろ」

「御託は言い。さっさと行け」

「ではそのように。行きますぞ。城壁を跳び越え、地下牢への入り口を探さねば」

「え? この壁を跳び越えるの? 音もなしで? そんなの、あたし無理なんだけど……」

「三蔵殿は私が抱きかかえましょう」

「では、先輩は私が」

「うん、よろしく。ドキドキするね」

 

 マシュに抱えられるのは何度目だろうか。何度抱えられても、ビーストだ。ああ、実にビーストだ。

 

「は、はい。見つからないように、頑張ります! もうマスターにはご迷惑はかけません」

 

 城門を跳び越える。力強い踏み込みであったが、サーヴァントとしては軽めのそれ。音もなくされど素早く上空へと身体を浮かび上がらせる。

 せりあがってくる浮遊感に思わず悲鳴を上げそうになって必死に口を塞いだ。ここで悲鳴を漏らしてしまえばせっかく無音で跳んだのが意味がなくなる。

 

 一足で城門の上へ。さらに城門を蹴り、砦の内部へと侵入を果たす。月明りの中、

 

「あちらですね――」

 

 風に乗ってかすかな声が響く。それは指向性を持たせた言語による会話術。呪腕が指さす先が地下牢の入り口であることを示しており、降り立つのはそこだ。

 マシュが膝を曲げて衝撃を殺す。割れ物でも扱われるように丁寧に殺された衝撃はこちらを揺るがすことはなく。さらに音もない。

 

 全員が、着地を成功させたことにうなずき合って地下牢へと入っていく。人の気配はない。ここには今現在見張りもいないようだ。

 

「ぷはぁー。やっと話せる。すごいわガイコツの人! こんなにあっさり地下牢に入れるなんて! もしかして怪盗のサーヴァントだったの!? リュパン? リュパンだったのね!」

「お師さんはしゃぎすぎ。一応は敵地だし。たぶん、暗殺者としての基本なんだと思うよ。オレでもたぶんここかなーくらいはわかったし」

「そんな、一番弟子が怪盗だったなんて!? 今すぐ罪を悔いて仏門に帰依するのよ! そうすれば、死後は涅槃に至れる。まだ間に合うわ!」

「いや、そうじゃなくて」

 

 呪腕に助けを求める。

 

「いやいや三蔵殿。そうではありませぬ。砦というのはどこも似たり寄ったりのつくりなのです。まして地下牢の入り口など、人間の心理を辿ればたやすく見つけられまする」

「そうなの?」

 

 なんで、オレに確認するのかはさておき。

 

「そう。だって地下牢って外部に漏らしたくはないし、内部の仲間たちもあまり近づかせたくない場所のはずでしょ」

 

 牢獄というそれだけで忌避を感じさせる場所である上に地下牢。どうあがいても良い印象など抱きようがない。故に隠す。

 人間の心理とはそういうもので、ここで行われることを考えれば、基本として最下層、最奥に隠す。収監されるのは敵の要人なりなんなり。

 

 逃げられないように。かつ拷問という悪辣がバレないようにするために最奥、最下層に設置する。そこから考えれば入り口を見つけるのはあまり難しくない。

 要は、ここを作った人間がどういったことを考えたのかを想像すること。いつもと変わらない。観察眼を鍛えれば、誰でもできること。

 

 特異点を越えてこういった小技ばかり賢しくなっていくことに苦笑を禁じ得ないが、今は、ここに捉えられているであろうトータ何某と静謐のハサンを助け出すのが先決だ。

 だから捜索を開始するが――。

 

「想像以上に広く、複雑な作りですね……。もう砦の敷地以上は歩いているはずですが」

 

 なかなか見つけられない。

 

「陰湿な造りの地下牢よ。入ってきた者から捕らえる気のようだ。気が付いておられますかな? マシュ殿、三蔵殿、ここは既に地下三階だったりしますぞ?」

「そんな!?」

「ええ!?」

「やっぱりな」

「式さんは気が付いていたんですか!?」

「暗がりしかないからな。もっと面倒くさいマンションを見て来たんだ、マスターも気が付いていたみたいだぜ?」

 

 こっちに話を振らないでと、マシュが泣きそうな目でこっち見てくるから。あと三蔵ちゃんも涙目だから。

 

 この地下牢は最初から道が傾いているのだ。だから知らぬ間に下って行っている。それに慣れていないものは気が付かない。

 オレが気が付けたのは、式の言う通りオガワハイムでの経験があったからだ。あの階段、気を抜くと一階上がったはずが二階分上がっていたりするのだ。

 

 壁の傷、階段の傾斜なんかの作用で、自分がどこにいるのか、どれくらいあがったのかを錯覚させている。それを見ていたからこそ、暗がりで隠されたわずかな道の傾斜に気が付けたのだ。

 

「だが、どうする。ここは相手の腹の中(地下迷宮)も同然だ。厄介なことこの上ないぞ」

「わかったわ!」

「お師さん?」

「おーい、トータ~、どこー……お~~~~~いっ!」

 

 見つからないなら呼んでみなっと言わんばかりに三蔵ちゃんはトータの名を呼ぶ。しかし、返事はない。帰ってくる声は、ない。

 三蔵ちゃんの声が反響して消えて、再び無音という大音量が暗闇の中を満たす。

 

「うぅ……、こんなに探しても見つからないなんて……もしかして、もうやられちゃったとか……? そんなのやだ……。うう……あたしの……せいだ……あたし、お師匠様なのに……お弟子ひとり助けられないなんて、ごめん、ごめんトータ……!」

「お師さん……いいや、違うよ。お師さんは、弟子を助けられない師匠じゃない。だって、オレを助けてくれたじゃないか」

 

 三蔵ちゃんが来てくれて、一番助かったのはオレだ。一番、嬉しかったのはオレなんだ。また彼女に会えたこともそうだし、この恐怖しかない特異点で、始めて明るさというものを与えてくれた彼女。

 あたたかな太陽の日差しのような三蔵ちゃんのおかげで、どれだけ、オレが救われたと思っているんだ。

 

「うぅ、弟子ぃ。そんな嬉しいこと、いってくれるなんて……うぅ……」

「だから、ほら泣かないで、いつものように笑っていてよ。笑ったお師さんの顔が、オレは好きだよ」

「………………」

 

 ――なんで、そこで赤くなる!? 

 

「むむむ――」

 

 ――マシュもなんでそこで唸るの!?

 

「フォーウフォーウ」

 

 駄目だこりゃって? 余計なお世話だよフォウさん!

 

「って、フォウさん、寄り道は駄目です。遊んでいる暇は――あ! マスター! こちらに隠し道が! 奥に牢があります!」

「お手柄だフォウさん!」

 

 加えて、牢の前には守衛と思われる敵影あり。奥にいるのはサーヴァント。

 

「本当!? 待って、すぐ行く、すぐに行くわ!!」

 

 がばっと立ち上がり、豊かなお胸様を揺らして走りだそうとする三蔵ちゃんに牢屋の方から声がする。

 

「ん? この落ち着きのない困った声……おーい! もしや三蔵か――!」

「トータ! 今の声、トータだわ! お――い! そうよ、あたしよ――!」

 

 弟子の危機なら垣根も越える乾闥婆城(けんだつばじょう)もなんの園。

 

「ふふん、守衛でもなんでもかかってきなさい! 阿毘達磨を論ずれば、すなわち経蔵、律蔵、論蔵なり!

 これぞ御仏に至る道、すべてを修める三蔵法師! 玄奘三蔵、遅刻したけど戻ってきたわ! さあ、なんでもかかってきなさい!」

「おおその罰当たりな大見得はまさしく! しかし、嬉しいが気をつけろと言っておこう! 牢の前にあるのは拙者に並ぶ怪力無双! そうら、今お主の前に向かっていったぞ! 特に蹴りが痛いぞ、蹴りが。わはは、まともに受ければ内臓がでんぐり返しよ!」

「って、きゃ―――!」

 

 大見得切っていったというのに、可愛い悲鳴を上げる困った三蔵ちゃん。って、なんで、オレの後ろに来るの!?

 

「ちょ、離して」

「いや――、なんとかしてでしぃ――」

「何とかしてほしいのはこっちぃい、三蔵ちゃんゴー! ゴー!」

「ほら、あたしって、やっぱり聖職者系キャスターだし」

「御仏パワーはどうした!? さんざんがすがす殴ってたじゃん!?」

「だって、トータがあんなに脅すんだもんんん!」

「ああ、わかった大丈夫だから。ただのスプリガンだから――マシュ、式!」

「はい、マスター! 戦闘、開始します!」

「任せな――」

 

 色々騒ぎながらもとりあえずスプリガンとの戦闘を開始した――。

 




いやー、お師さん、シリアスの中の清涼剤。まさしく、この六章の救世主。
まあ、楽しく過ごすほど別れがとてもとてもつらくなるんですがねぇ(愉悦)

ともかくこれまた六章の要のトータ君登場。
次回は静謐ちゃんとのキスかな。
新たな癒しとなるか。それとも……

公よ、早く礼装ください。

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