「ベディヴィエールとマスターは寝かせて来たぜ。ベディヴィエールの方は目立った外傷はないが、とにかく体力を消耗してる。マスターの方も、微細な血管がはじけただけで血は流れてるがそれほど重症ってわけじゃない。ただ、かなりの無茶をしたな。こっちに治療専門のサーヴァントがいればよかったんだがな……。俺も呪腕殿もそのへんはからきしだ」
「わたしも、治療魔術は習得していませんので……」
また……また……。
また、わたしは守れなかった。盾の英霊だというのに、また、わたしは守れなかった。先輩に無理をさせてしまった。ベディヴィエールさんもです。
わたしは、ずっと誰かに頼ってばかりです。先輩に、ベディヴィエールさんに。みなさんに……。わたしにもっと力があれば、守れたのでしょうか。
先輩が無理をしなくても済んだのでしょうか。信長さんは、犠牲にならずに済んだのでしょうか。
わかりません。答えてくれる先輩は、今も、眠り続けています。ずっと、ずっと――。また目覚めなかったら、どうすればよいのでしょう。
あの時、わたしは――。
「わたしは……」
「どうにもならねえよ。お嬢ちゃんが、何を思ってもな。こりゃ、オレたち全員の問題だ」
「クー・フーリンさん……ですが……」
「ですがじゃねえ、オレもこのざまだ。ったく、情けねえ」
結果として、わたしたちはモードレッドさんを退却させることが出来ました。しかし、そのために払った犠牲は大きく、被害もまた同様です。
わたしたちがもっと強ければ、被害は抑えられたはずです。
「…………」
「そう悔やむな。円卓相手におまえさんらはよくやった。上出来だろう。あそこで諦めていたら、今頃この村はなくなっていた。後先考えない行動ではあったが、おまえたちの主の賭けは正しかった。無茶苦茶だったけどな!」
「ええ、村の様子を見て回ってきたところですが、皆様のおかげでどうにか村の被害は最小限に抑えられました。斬られた山が敵がやってきた道を塞いでくれたおかげで、ここへの侵攻は容易ではなくなったことでしょう。この呪腕、西の村の頭目に代わり、礼を言います。まことにかたじけない……」
「はい、ありがとうございます……マスターも喜ぶと思います」
「ひとまずは、マスター殿が起きるまでゆっくりと休んで下され、その間にこちらもこの村の頭目に話を通しておきましょう」
そう言ってハサンさんとアーラシュさんが部屋を出ていきます。被害を免れた空き家を貸し与えていただきました。そこにマスターとベディヴィエールさんは眠っています。
「嬢ちゃんも少し休め。気を張ってるともたねえぞ」
「見張りはオレがしておくから、オマエは休め」
「……はい……」
見張りをクー・フーリンさんと式さんに任せます。でも、それでも、先輩の枕元に座って、その寝顔を見続ける。
――先輩。
――先輩、先輩。
――先輩。先輩、先輩。
心の中でずっと呼び続ける。ずっと。ずっと。先輩を想って、想って。想い続けて、どうか目を覚ましてと泣きじゃくる子供のように。
ああ、どうしてわたしはいつも見ていることしかできないのだろう。盾のサーヴァントで一番前で攻撃を受け止めているはずなのに。
わたしはどうしようもなく、何も守れない。
「先輩、わたしは、わたし、は……」
先輩の左腕。わたしの罪の証。わたしが、奪ったもの。奪ってしまったもの。温かさはなく鋼鉄の冷たさがそこにはある。
血の通わぬ鋼鉄の腕。わたしの罪。
駄目。駄目――。
それはもう昔のこと。
今は、もっと
でも、でも――。
考えてしまう。わたしは、考える。犠牲になった人々のことを。守れなかった人々のことを。いいえ、いいえ。違う。それだけではなく、犠牲になった仲間のことも。
ブーディカさん、清姫さん、信長さん。みんな、先輩の為に先輩を守って倒れました。なのに、わたしは何をしているの?
先輩。大好きな、憧れの人は、今、目の前で目を閉じて。
「ちゃんと、しないと」
ちゃんと。ちゃんとしないといけない。ちゃんと――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……ん、ぁ……ここは……」
目覚めた場所は見知らぬ部屋だった。僅かに、東の村と似たような雰囲気がある。
作りが同じだから。
素材が同じだから。
雰囲気が同じだから。
ぼんやりとそう考えながら、起き上がる。
――頭の奥底が痛んで、記憶が、霞む。
――はっきりと、思い出せない。
自分が何をしたのか。何をしていたのか。どうして倒れているのか、霞がかかった記憶ではわからない。ナニカ無理をしたのだろうか。
なんだか、とても清々しい気分であったような気がする。まるで全てがわかるとでも言わんばかりの。切れ切れの篆刻写真のような記憶。
細かな出来事までは記憶には残っていなかった。忘れているということでもなく、そこだけ記憶が崩れて消え去ってしまっているようにぽっかりと穴が開いている。
それでも、感触だけが残っている。
――全能感ともいうべき、自らの究極系を垣間見た。
言葉として出た未来を見て来たかのような指示のあとが唇に残っている。
目で見たあらゆる予測の影が目に残っている。
ぽっかりと記憶は消えても、それは体に染みついている。あの時、確かにオレが掴んだモノ。勝つために必要な、オレというパーツが全て嵌り込んだ巨大機関になった感覚を。
「目覚めましたか――」
――声。それは式の声、だった。
――いけないことなど何もないというのに思わずびくりとしてしまったのはそれがいつもの彼女ではなかったから。
風光明媚で、たおやかな。いつもの式とは違う。「両儀式」であったから。
「おはようございます。お久しぶり、なんですかね」
「おはよう。どうかしら、いつもあっているようなものだし」
彼女は式であって、式ではない。だが、両儀式である。
「今回は、どうしたんです?」
「あなた、私に何かしてほしいこと、ある?」
彼女はそういった。それは、本当はいけないことをずいぶんと昔に彼女に言われたような気がすること。記憶が、だいぶ穴あきになっているのを現在進行形で自覚する。
これが無理をし過ぎた代償ということだろうか。ならば、大丈夫だ。まだ、大切なことは覚えているから。
それよりも
――してほしいこと。
思わず、ちょっと変な方向に思考がブレそうになったが起き上がったことで少しずれて自分の足の上で眠る後輩の顔が目に入ったから。
「いいえ。ありません」
「…………そう。ふふ」
両儀式は笑う。その顔にあるのはやっぱりという確信。
だって、彼女に願ってしまえばそれはきっと叶うのだ。叶ってしまうのだ。きっとそれは。でも、それは、同じことだから。
願いたいことはいっぱいある。いっぱいあった。でも、今は、この重みと温かさと、息遣いがあればそれでいい。
マシュ。可愛い後輩。君がいるのなら、どんなになっても僕はきっと前に進めるから。
ふと、部屋の中を朝日が照らす。いつの間にか日が山から顔を出してきていた。
「くらむような朝焼けね、マスター。あなたにとって私は一時の夢ということね。この刀をおいていくわ。式にとって必要と思うのなら、渡してあげて」
「ありがとう」
そう言って彼女は、朝焼けの中へと消えていった。後に残ったのは、いつもの式で。
「…………なんだよ。目が覚めたのなら言え」
「いや、なんでもないし。今さっき目覚めたばかり」
「そうかよ。ならもう少し寝とけ。そっちのマシュマロと一緒にな」
「……そうする」
そう言って背を向ける式の言いつけはとりあえず守らない。まだもう少しだけ、見ていたいのだ。焼き付けておきたいのだ。
マシュの寝顔を見つめて、その髪に手を伸ばす。さらりとした髪。手櫛でそっとすいていく。毛がからんでいたくならないように細心の注意を払う。
マシュの髪は綺麗だから、そんな注意なんていらないだろうけれど。そうやって右手で髪をすきながら、左手で頭に触れる。
そこに感じられる熱はない。触覚も、温かさもないのだ。鋼鐵の腕。仕方ないとは言えど、マシュの温かさを感じられないのは残念に思う。
「ん――ん、ぅ……せん、ぱい……?」
「おっと」
「っ、先輩!」
どうやら起こしてしまったようだ。失敗。飛び起きた後輩は、オレの頬などをぺたぺたと触ってけがなどはないか、無事かどうかを確認する。
服の下まで見ようとしたのはさすがに恥ずかしかったので抵抗したがサーヴァントに敵うはずもなく。全身を確認されてしまった。大丈夫だと言っているのに心配性の後輩である。
「良かったです」
「だから、言ったよ大丈夫だって」
「いいえ、先輩は無理をなさりますから」
「そうかな」
「そうです!」
「はは。ごめん。そうだね……うん……」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
大丈夫。何ともない。元気だ。問題はない。
――ただ。
両親の名が、思い出せなくなっていた――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……」
「少し、良いかい?」
「ドクター……なに?」
マシュを眠らせて、オレはひとり寝床を抜け出していた。式とクー・フーリンにはたぶんバレているだろうけれど。何も言わずに外に出してくれたのはありがたい。
「単刀直入に言うよ。記憶障害かなにか、起きていないかい?」
それはきっと確信があるのだろう。そうでなければ、そんな確信をもっていうことはできない。何より、オレの状態の全てをモニタリングしているドクターならば気が付かない方がおかしいのだ。
いつもならば、言わないでいてくれるが、今日は違った。それだけ深刻なのかもしれない。
「……まあ、少し。両親の名前と顔が思い出せないんですよ……」
「やっぱりね。こちらでモニタリングしていた君の状態、少しだけ脳のマッピングに変化が生じている」
曰く、脳細胞の一部が死んでいると。
今回は記憶に関する部分。海馬の一部が死んでいるらしい。
「それはきっと君がやったことが原因だろう。過剰な脳の活性をこちらはモニタリングした。君がしていることはわかっているよ」
疑似的な未来視。未来視を持たぬものが、個人の脳であらゆる状況を計算し、未来を予測する。相手の行動を読むとかそういったものを極めた先にあるものだ。
心眼、直感、観察眼。極めて高い精度のそれらによって引き起こすもの。
普通そんな計算を人がやるのがおかしい。人の頭で、気象衛星と同じことをしているようなものなのだ。しかも、ありえないほどの高精度を求めて。
魔力によって脳を異常活性させ、生じさせた計算能力によって全てを演算する。人がそれを行うには脳に負荷がかかりすぎる。いいや、かかりすぎた。
だからこそドクターが警告してきているのだから。
「例えるなら、普通のパソコンでスパコン並みの計算を連続させてやったようなものだ。まだ記憶を失う程度で済んで、マシな方だと思うよ」
「…………」
「だから、専属医としていうよ。もう二度と、あんな無茶はやめてくれ」
もう一度やれば記憶を失うだけでは済まない可能性がある。脳全体の負荷なのだ。どこにどのような障害が出るかわからない。
身体機能、感覚、記憶に、思考。どれに影響が出てもおかしくなく、治療は不可能だとドクターは言った。脳の治療はできない。設備もない、薬もなにもかもが足りないのだ。
「死んだ部位は二度と戻らない。他で補助はできるだろうけれど、記憶ならば破壊させた時点で思いだすなんてことができない。完全に失われる」
「…………でも……オレは……」
オレにはこれしかないから。オレができることはこれくらいだ。他には何もできない。サーヴァントのように戦うことはできない。
ただ後ろから指示をする。ならばこそ、求めるのは最善。相手の先読みこそやるべきことだ。それに全力を傾けた、それだけのことだ。
――怖いさ。
記憶が失われる恐怖。身体が動かなくなるかもしれない恐怖。何も感じなくなるかもしれない恐怖。
恐怖、恐怖、恐怖――。
この第六の特異点に来てから、もはやそれしか感じていない。
でも――。
それ以上に。
怖いものがあるのだ。
「ドクター。ごめん、たぶん、使うなって言われてもオレ、使うと思う」
だって、オレなんかが死ぬよりも、みんなが死ぬ方が怖いから。
何度も彼女たちが死ぬ光景をオレは見てきた。特異点の旅の間、何度、仲間が死ぬのを見ただろう。もう見たくないのだ。
だから、オレができることは何があろうともやる。恐怖はある、でも、諦めない限りは、前に進むと約束した。
「だから、オレは」
「はぁ。まったく。そういうと思ったよ。でも、いいかい。これだけは言っておくよ。君がやろうとしていることは、危険だ。僕としては絶対にオススメしたくない。でも、君が積み上げてきたものを否定する気もないんだ。僕らに付き合ってくれたのは君の方だからね。君が、いいのなら、僕はもう止めない。でも、覚えておいてほしい。何かあったら、いうんだ。必ず力になる」
「ありがとうドクター。さて、みんなを起こそう」
休んでいる暇はないのだから――。
待たせたな! すまない、イベントとか信天翁航海録とかやってたら遅くなったんじゃ。クロ可愛いよクロ。
まあ、それは置いておいて、ぐだ男から無茶をやった代償を取り立てです。
あんな未来視もどきをリスクなしで使わせると思ったか! 使えば使うほど、ぐだ男の何かが物理的に削れていきます。でも、六章は使わないと勝てない仕様。
精神だけでなく肉体の方も削るよ。いっぱい削る。
最後に残るのは決まっているマシュの記憶さ。それだけは最後まで残すよ。
徐々に徐々に真綿で絞め殺すように、ぐだ男を追い詰めていきます。
そんな中でも足掻く彼の姿をどうか最後までよろしくお願いします。
それにしても歴史の修正力には笑ったw。まさか、メンテやらサーバーが重たくなるやら、ここまでハロウィンイベントが再現されるとは思わなかった。
とりあえず、済まないハロエリちゃん。二人目の君は、マナプリ行きなんじゃ。すまない。