俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

89 / 170
前回までのあらすじ。

 ゲームを利用して加害者たちの関係に亀裂を入れ、ゲームの実況を行うことで小学生全体を取り巻く空気を改善する。八幡のこの計画は、留美がゲームで結果を残したこと、更には土壇場で加害者たちに手を差し伸べたことで、予想以上の成果をもたらした。



16.はっきりと彼らはお互いを視野に入れた。

 小学生たちがキャンプファイヤーで盛り上がっている。この日の朝、点呼が終わって自由行動に移った時の盛り上がりと比べても、今は格段の違いがあった。朝ですら小学生の元気にはついて行けないと考えていた中高生たちだったが、もはや呆れるしかない心境に至っていた。

 

 体育館で色んな班に混じって小学生と遊んだおかげか、その後の夕食時にも今のキャンプファイヤーの時にもボランティアの面々は事あるごとに子供たちから話しかけられていた。そのために落ち着いた話が未だできておらず、後片付けが終わった後で彼らは引率者用のログハウスに集合する手筈になっている。

 

「全体の空気は改善できたと考えて良さそうね」

 

「だな。しかし、ここまで上手く行くとはな」

 

 盛り上がる小学生たちも、接する機会がほとんどなかった雪ノ下雪乃と比企谷八幡には話しかけにくいものがあるのだろう。だから二人は人混みからは少し離れて、燃えさかる炎を眺めていた。

 

「もしかすると、私たちが手を出すまでもなく、留美さんなら上手く解決ができていたのかもしれないわね」

 

「かもな。あの加害者連中がノーミスで行かない限り、留美のターンになった時点で反撃されて終わり、みたいな感じかね」

 

「そうね。でもそう考えると、相手が主導権を手放さない限りは留美さんですら動けない状況だったのだから、貴方のプランは有益だったと言って良いと思うのだけれど」

 

「プランの時点だと、やってみてどうなるかっていう不確定要素が色々あったからな。お前が加害者連中から上手い具合に話を取り付けて、分かりやすい展開にできたのが大きかったんじゃね?」

 

 雪ノ下は主にプランの面で、八幡は主に実行の面で、各々に改善の余地があったと考えているからなのだが、結果として二人は互いを褒め合う形で会話を進めていた。負けず嫌いで自分に厳しく他人に寛容な今の彼らは、傍目から見れば似たもの同士の二人だった。

 

「噂をすれば、留美さんが何だか疲れたような足取りで歩いてくるわね」

 

「あれだけ実況で盛り上げられたらどうにもならんだろうな。俺なら五秒で倒れる自信があるぞ」

 

 胸を張りながら妙な自慢を始める八幡を横目に、雪ノ下は鶴見留美の周囲を注意深く眺める。推測した通りに、留美の後ろには同じ班の小学生四人が少し距離を置いて続いていた。

 

 

 彼女たちの班はキャンプファイヤーの盛り上がりから取り残されていた。留美だけは色んな班から声をかけられ、時には大勢の中に強引に連れて行かれて、ゲームの話や高校生の話を根掘り葉掘り聞かれていた。こうした扱いを受けるのが得意ではない留美は口ごもることが多かったが、小学生たちは寛容だった。彼らとしては留美と何かを話せたらそれで満足という心境だったのかもしれない。

 

 留美が疲れていることは誰が見ても明らかなので、それほど長くは拘束されずに済んでいた。しかし話が終わるとまた別の小学生が近付いてくるので、完全に解放されるまでには時間がかかった。そしてその間、同じ班の残り四人は留美と微妙な距離を保ったまま、身を縮めながら話が終わるのを待つしかなかった。

 

 ようやく一区切りついて、自分に話しかけてくる子がいなくなったのを確認して、留美は引率の教師を探して一足早い解散を了承してもらった。特別に班長会議も班会議も免除してもらって、彼女らは部屋に帰るところだった。

 

「あ……」

 

 進む先に二人の高校生がいると最初に気付いたのは留美だったが、思わず立ち止まった上に声まで出してしまったことで、全員が八幡と雪ノ下を認識した。四人は思わず俯いてしまったが、ほどなく留美が彼らに向かって歩き始めたことで、四人もそれに従うしかなかった。

 

 先程まで一緒にゲームをしていた高校生に向かって、笑顔を浮かべそうになる。留美はそれを必死で堪え、表情を消したまま二人に軽く頭を下げて、立ち止まることなくすぐ横を通り過ぎた。下を向いたまま目だけで様子を窺っていた四人もそれに続いて、小学生たちは自分の部屋へと帰って行った。

 

 

「なんてか、報われねーな」

 

「報われたいと思って実行したわけでもなし、『結果が良ければ、嫌な思いぐらいは安いもの』だと言ったはずよ」

 

「つっても、あの時にわざわざ名前を聞き直したのって、他の連中がいる前でも話せるようにってことだろ?」

 

「そうね。でもそれは、今すぐでなくても良いと思うのだけれど」

 

 雪ノ下の苦しい言い訳に、八幡は苦笑いを浮かべて応える。

 

 深刻な話だけではなく、先程のゲームの感想とか振り返りとか、あるいはもっと気楽な話も含めて留美と色んな会話をしてみたい。彼女と接するごとにそんな思いを強くしていた二人だったが、それは今すぐには叶いそうにない。

 

 だがこの世界にいる限り、その気になればいつでもメッセージを送ることができる。小学生ながら二人を思わず脱帽させてしまった留美との繋がりは、これで消えるわけでは無いのだ。

 

「そのな、今さっきの留美の行動は意図が分からんけど、悪い感じじゃないと思うんだわ」

 

「そうね」

 

「昨日ここに来た時に運営の人に言われてな。『時間が経つと受け取り方も変わる』とか、『その時には解らなかったことでも、後になって突然理解できることがある』とか言ってたかな。留美もまだ小学生だし、一日でこれだけ状況が変わったら、どう受け取って良いのか分からないんじゃね?」

 

「……逆に、今の私たちが留美さんの意図を受け取り損ねていて、もう少し時間が経てば理解できるのかもしれないわね」

 

 傍らの女の子を宥めていたつもりが別の解釈を持ち出されて、八幡は再び苦笑した。そのまま彼は自らが話題に出した運営とのやり取りに思いを馳せる。

 

 八幡が作ったこの千葉村の記憶が、今はまだ嫌な印象が勝っていたとしても、いつか留美にとって楽しい記憶に変わりますように。時間はいくらかかっても良いから、いつかそうなって欲しいと八幡は静かに願う。

 

 視線の先では、キャンプファイヤーの火がずいぶんと小さくなっていた。

 

 

***

 

 

 引率者用のログハウスにて、お昼と同じ配置で中高生が席を並べていた。既に遊戯部の二人は帰宅している。生徒たちの顔ぶれを見渡して、口火を切るのは教師の役目とばかりに平塚静が口を開く。

 

「さて、ご苦労だったな。実況を聞いていただけで、ゲームの様子を詳しく知っているわけではないのだが、概ね予定通りに事が運んだと受け取って良いのかね?」

 

「予定以上の結果と考えて良いと思います。まさかあの場面で、加害者に手を差し伸べるような行動に出るとは完全に予想外でした」

 

「マジかー。それってかなり凄くね?」

 

 雪ノ下の説明を聞いて、下座では戸部翔が盛り上がっている。全員があの時の実況を聞いてはいたが、「手を差し伸べて」という説明が文字通りの意味だったと知って誰もが驚いている。普段なら戸部のノリには面倒な気持ちが先に立つのだが、今日この時ばかりはみな同じ気持ちだった。

 

 全員の気持ちを代弁したご褒美だとでも言うように、代表して海老名姫菜が同調する。

 

「とべっちが言う通りだね。小学生でそれって、しかも雪ノ下さんの前で行動に出たのは凄いよねー」

 

「その凄さはあーしが保証するし」

 

「俺も保証しようかな」

 

「んじゃ俺も」

 

 雪ノ下と向き合うのがいかに困難でいかに凄いことなのか、三浦優美子ほどそれを保証できる人材も少ないだろう。そう思っていた一同だったが、爽やかな口調で、更には面倒そうな口調で同調する声の主を見て、その都度納得してしまった。

 

「みんな、ゆきのんと正面から向き合えて凄いなー」

 

「ぼく、由比ヶ浜さんも充分に向き合えてると思うんだけど」

 

「由比ヶ浜のは向き合うっつーか、手綱を握ってるって感じだけどな」

 

「お兄ちゃん、雪乃さんが額に手を当てて呆れてるよ。早く謝らないと!」

 

「でも雪ノ下先輩って意外に面倒見が良いし、外からの印象とは違いますよね〜」

 

「一色さん、意外とはどういう意味かしら?」

 

「や、だってゆきのんの優しさって伝わりにくいって言うかさ。あたしたちが解ってるからそれでいいやって気もするんだけど」

 

「そろそろ雪ノ下の限界が近そうだから、その辺りにしておきたまえ」

 

 めいめいが好き勝手なことを言い合っている様子を微笑ましく眺めながら、しかし話が終わらなくなりそうなので教師がストップをかけた。

 

「はあ……。真面目な話に戻しますが、今回の結果によって被害者の状況は改善できたと思います。それから加害者と被害者が入れ替わる可能性も、あの子の性格を考えると大丈夫ではないかと思うのですが、……」

 

「なるほど。今朝の時点では逼迫した状況だったのだし、今日のところはそれで満足しても良いのではないかね?」

 

 雪ノ下の言葉を途中で遮って、平塚先生が話をまとめにかかる。教師の意図を理解して、雪ノ下は一つ頷いた後で別の話を持ち出すために口を開いた。

 

「それで、比企谷くんから話があるのですが」

 

「……ああ、あれか」

 

 二人の何やら訳ありげなやり取りを聞いて、葉山隼人と由比ヶ浜結衣が思わず身構える。とはいえ当然ながら、八幡の話は二人が危惧するような内容ではなかった。

 

「まずは状況を改善することを考えていたので、説明してなかったんですけど……」

 

 八幡の説明を聞き終えて、雪ノ下を除く中高生たちは呆れたような表情で彼を眺めている。そして平塚先生は。

 

「今から順次打ち合わせをして来るが、君はもう少し報告連絡相談を考えて動きたまえ。せっかく発想が良くても、それを実現するには他人に動いてもらう必要があると、君も理解できているだろう?」

 

 大急ぎでお小言を告げると、そのまま勢いよくログハウスから去って行った。

 

 

***

 

 

 集まりはそのままお開きになって、教師の帰りを待つという女性陣に後を任せて男性陣は自分たちのログハウスへと移動していた。

 

「八幡は、今日は……?」

 

「あー、それな。ちょっと一緒に行くか」

 

 八幡がこのまま一人で個室に帰ってしまうのではないか。内心でそんな恐れを抱きつつ戸塚彩加が尋ねてみると、要領を得ない返事が返って来た。少なくともログハウスまでは同行してくれそうなので、戸塚は八幡と並んで歩き始める。昨日と同じで、先を歩くサッカー部の二人について行く形だ。

 

「その、ちょっと戸塚に話すことがあってな」

 

「ん、どうしたの?」

 

 どう話を切り出したものかと悩んでいる様子だったが、戸塚が我慢強く待っていると、八幡はゆっくりと話し始めた。

 

「昨日、ここで合流した時のことなんだが。その、話をややこしくしない為に、戸塚を理由に合流のあれこれを有耶無耶にして会話を切ろうとしただろ?」

 

「えっと、ぼく何か変なことでも言ったっけ?」

 

「いや、そうじゃなくてだな。戸塚が取りなしてくれたのに乗っかって、話の流れを誤魔化したっつーか、それが戸塚に申し訳なかったっつーか、えっとだな……」

 

 もっと深刻な話かと少し緊張していた戸塚は少し噴き出して、身体の力を抜きながらゆっくりと答える。

 

「八幡ってば、気にしすぎだって。ぼくも悪い風には受け取ってないし、他のみんなもそうだと思うよ」

 

「それなら良いんだけど、あれだな。人間関係ってどこまで気を遣ったら良いのかよく解らんよな……」

 

 昨夜の女性陣との話し合いがあっただけに、身近な他者との距離感に八幡は悩んでいた。そうした詳しい事情は把握できていないものの、八幡を優しく眺めながら、自分にも教えられることがあると知って内心で喜びながら戸塚は口を開く。

 

「ある程度は適当で良いと思うけどね。よっぽどの事でもないと、由比ヶ浜さんや雪ノ下さんが八幡を悪く思うとか無さそうだし。だから、後から気付いたことがあったらその時に謝るとか、他のことで借りを返すとか、そんな風に思っていれば良いんじゃない?」

 

「そっか。なんか由比ヶ浜も同じようなことを言ってた気がするな」

 

「じゃあ尚更それでいいんじゃないかな。ぼくだったら、気を遣うぐらいなら一緒に遊びに行ってチャラって感じで……あ、じゃあ夏休みのうちに一緒に遊びに行くの、昨日も言ったけど約束ね!」

 

 そう言って戸塚は眩しい笑顔を見せる。それに応えようとして、ようやく八幡はぎこちない笑顔を浮かべることができた。

 

「ああ。んじゃ約束な」

 

 実は八幡としては、昨夜こうして並んで歩いていた時に戸塚から「葉山には話題になるほどの失敗がなかった」という情報を聞いて、思わずそれを疑ってしまったことも気になっていた。

 

 もちろんそれは内心での反応であって、表に出したわけではない。そもそも情報を吟味しようとしただけで疑ったわけではないのだが、色んなことが積み重なってみると何が正しいのか分からなくなって来たのだった。

 

 八幡は昨年度まではぼっちを満喫していたので、妹との関係さえ考えていればそれで済んでいた。しかし今年度になって交友関係が一気に広がって、更には失いたくないと思う対象が増えたせいで八幡は悩みごとが増えた。

 

 だがこうした悩みも、八幡なら別の機会に上手く活かしていくことになるのだろう。今日もまた自分の意志で、八幡は男性陣と一緒にログハウスに泊まることを決めた。

 

 

***

 

 

 懸案事項が片付いたので、昨日とは打って変わってどうでもいい話ばかりで盛り上がって、男子生徒たちは日が変わるまでには寝床に就いた。戸塚が一番最初に眠そうな顔になったのだが、布団に入って寝入ったのは戸部が一番早かった。

 

 妙に冴えた頭で、八幡は嫌な予感を感じ取っていた。平塚先生のログハウスに全員が集まっていた時にしろ、先程まで男子生徒だけで盛り上がっていた時にしろ、八幡は葉山と喋っていても嫌な感じは受けなかった。だがおそらく、今は違う。

 

 キャンプファイヤーの準備をしながら休憩時に話をした時や、お昼にプランの打ち合わせをしていた時、特に葉山の案を却下した時の彼の様子を八幡は思い出す。それらにどんな共通点があるのか判らないが、今この場にいるのは確実に、話をしていても落ち着かない時の葉山だろうと八幡は思った。

 

「ヒキタニくんはさ」

 

 果たして、こちらが起きているのか確認すらせず葉山が口を開いた。

 

「雪ノ下さんの代わりに俺があのゲームを一緒にしていたら、どうなってたと思う?」

 

「さあな。もう終わっちまったことだし、今さら無意味な仮定だな」

 

「思考実験だと思って、少しだけでもお願いできないかな?」

 

「そう言われてもなぁ……。あれじゃね、お前が小学生四人を引き連れて攻めてきて、俺が呆気なく滅亡するとかじゃね?」

 

「それだと、被害者の状況を改善することはできなかっただろうな」

 

 考えるのが面倒になって、八幡は天井を眺めながら適当な答えを口にする。だが葉山はその答えに頷ける部分があったのか、静かに独り言のように呟いた。

 

「逆に聞きたいんだが、ゲームの目的は昼間に話したよな。それを理解して、その上でお前は容赦なく小学生を攻められるか?」

 

「……難しいだろうね。別の方法がないか模索しながら、現状維持を続ける気がするな」

 

「その時点で、お前はあのゲームには向いてねーよ。実際、俺らが優勢になったのは、小学生が時間を浪費してくれたおかげだしな」

 

「でもさ、本来あのゲームで重要なのは外交だったよね。その辺りに、何か別の方法がなかったのかなって」

 

 葉山の指摘を受けて八幡は少しだけ考えを広げてみる。自分と雪ノ下が適任だと思ったのは方針がほぼ決まっていたからだった。だが別の方法なら、葉山の能力が発揮できるような方法なら、また別の結果を得られたのだろうか。

 

「お前なら、小学生四人に言うことを聞かせるのはできたかもな。それでも五人全員は無理な気がするが、どう思う?」

 

「五人目の被害者の子か……。その子を一緒にすることで、他の四人も言う事を聞かなくなるって意味だよね?」

 

「たぶんな。で、そうなった時にお前は四人を見捨てられないだろ?」

 

「見捨てるべきじゃないって俺は思うんだよ。加害者を何とかするってのは、ヒキタニくんの戦略と同じじゃないかな?」

 

「違うな。俺は加害者を潰すために動いたんだわ。小学生を相手に本気を出してな。お前の場合は加害者の過激な行動を抑制しようとして、結果的に加害者を守る形になってねーか?」

 

 大きくため息をついて、葉山は言われた内容を整理する。被害者を入れると収拾がつかないので加害者とだけ向き合って、彼らの酷い行動を抑えているつもりが、外から見れば加害者の盾として機能している自分。整理しなくても納得できた話を、彼はもう一度自分の中で受け止めた。

 

「特に被害者の目線で考えれば、俺と君の行動はまるで違って見えるんだな。ここまで言われないと解らなかったよ」

 

「全員を仲裁して、それで成り立つゲームなら良かったんだろうけどな」

 

 得体の知れなかった葉山の実体が定まっていくような気配を感じて、八幡はぽつりと呟く。人生をこの上ないクソゲーだと考えていた過去の自分と、そうでもないかもしれないと考え始めた今の自分を頭の中で比較しながら。

 

「それでも……比企谷くんとは仲良くできなかったろうな」

 

 だから八幡は葉山の言葉に反応するのが遅れてしまった。思わず顔を横に向けると、葉山は仰向けの体勢のまま虚空に向かって言葉を続ける。

 

「全員を仲裁できたら全員が良い結末を迎えられるゲームがあったとしても、きっと別の最適解を見付け出すんだろうな」

 

「囚人のジレンマみたいな話だな。まあ、どう考えてもディストピアとしか思えねーし、そもそも買いかぶり過ぎじゃね?」

 

「そんなことは無いって、否定されると思うけどな。……結衣とか、戸塚とかに」

 

「どうだかな。みんなと仲良くできるお前が仲良くできないとか言い出すほど、俺ってぼっち気質みたいだしな。さすがにちょっと傷付くぞ?」

 

「役に立つことを教えてもらったお礼だよ。どうでもいい奴に嫌われたところで、そんなに傷付かないんじゃない?」

 

 先程までとは関係が一変して、悟りを開いたかのように淀みなく話す葉山に、八幡が頭を働かせて何とかついていく形になっていた。自分の中の何かが深い部分まで見通されているような気がして、八幡は適当な受け答えを止める。

 

「どうでもいいって思ってても、気付いたらどうでもよくなかったって時があるからな。それにぼっちは他との関わりが少ない分だけ、一撃の記憶が残るんだわ。傷付かないとか無理だろ」

 

「そっか。なら訂正するよ。悪い冗談だった」

 

 あっさりと前言を翻した葉山を八幡は再度眺める。視線の先には、右手を身体の正面に突き出し大きく掌を開いて虚空を掴もうとする葉山の姿があった。一つ息を吐いて、この妙な空気を変えようと八幡は言葉を発する。

 

「なんか、変な話になっちまったな」

 

「いや、俺は有意義だったよ。だからもしもヒキタニくんを傷付けたのなら、改めて謝るよ」

 

 いつもの葉山に、それも一緒に話をしても気にならない葉山に戻った気がして、八幡はかぶりを振った。そのまま八幡は口を開く。

 

「変な合宿だったな」

 

「たぶん、ずっと先になっても覚えてる気がするよ。良い思い出としてね。おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

 この合宿を良い思い出にするという静かな決意を胸に、葉山は会話を打ち切った。

 

 それを聞いた八幡は、自分にとってどうでもよくない連中が、失いたくない対象が、繋がりを持つ人たちが、ここ千葉村での二泊三日を良い思い出として持ち帰ってくれるように願いつつ、ゆっくりと眠りに落ちていった。




更新が遅れて申し訳ありません。
明日の夜もどうなるかわからないので、普段とは違う時間帯ですが今夜のうちに更新することにしました。

次回は月曜に更新する予定です。もし火曜になったらごめんなさい。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(7/26,7/28)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。