俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

84 / 170
前回までのあらすじ。

 戸塚と顔を間近に突き合わせて目覚めた合宿二日目、八幡はこの日の夕方に予定されていた肝試しの代わりに別のイベントを考えることになった。

 夜のキャンプファイヤーの準備をしていた男子生徒たちは、休憩時に気楽な雑談を始めた。それは葉山に思わぬ閃きをもたらし、ようやく彼は意識の上では他の生徒たちに追いついた。しかし彼女が既に変化・成長していることに葉山は未だ気付いていない。

 そんな風に寛いでいた彼らに、留美から返事が来たというしらせが届いた。



11.まざまざと彼は彼女らを実感する。

 残っていた仕事を手早く片付けて、比企谷八幡は女子生徒たちに合流すべく道を急いでいた。とはいえ件の小学生からの返事は必要最低限の内容だったので、合流場所などの詳しい情報を改めて送付して、今はまた返事待ちという状況らしい。

 

 だから急ぐ必要はないと言われたのだが、八幡には足を速めるべき理由があった。

 

 小学生よりも先に自分たちが落ち込んでしまわないようにと、女性陣は相談の結果、河原で水遊びをして気分転換を図っているというのだ。更に妹から別途得た情報によると、全員が水着を持参しているとのこと。

 

 だが、自分の妹も含め女性陣はみな見目麗しい者ばかり。慮外者の不躾な視線に彼女らの肢体を晒すのは絶対に避けなければならない。胡乱な輩の企みを未然に防ぎ、その過程でちょっと目が滑って美味しい思いをするぐらいの役得があれば良いなと胡乱なことを考えながら、八幡は足を進める。

 

 要領よく仕事をこなした八幡とは違って、他の男子三名はまだ仕事が終わっていなかった。にもかかわらず、彼らは仕事を終えた八幡を引き留めるどころか、先に合流してくれと言ってくれた。戸塚彩加が天使なのは以前から知っていたが、他の二人も良い奴じゃないかと八幡は思う。葉山隼人と仲良く喋るのは慣れないなどと考えていた八幡はどこに行ってしまったのだろうか。

 

 そういえば戸塚は「水辺に行くのなら、濡れてもいい服に着替えてから合流するね」と言っていた。もしや戸塚も水着姿になるのだろうかと期待に胸を膨らませながら、八幡は素晴らしいスピードで目的地の付近に到着した。やる気のなさでは折り紙付きの彼の意識すら、情欲には勝てないということなのか。八幡もまた健全な男子高校生だったということなのだろう。

 

 

「やっぱり、気持ちいいですねー」

 

 少し無理矢理に気持ちを盛り上げているような妹の声が八幡の耳に届いた。厳しい状況にある小学生を目の当たりにしながら自分たちだけが楽しんでいることに、多少の罪悪感を覚えているのだろう。

 

 だがこちら側に気持ちのゆとりがないと、何をするにも相手に伝わりにくくなるものだ。最近ではずいぶん改善できたが、対人への緊張から挙動不審になりがちだった八幡はそれをよく知っていた。誰が提案したのか分からないが、適切な行動だと八幡は思った。

 

 真面目な顔で彼女らの行動を称賛しながら、八幡は声のする方角へと近付いて行く。せめて一目と思いながら木々が途切れる場所を目指して歩いていると、足下が疎かになっていたのだろう。ぱきっと大きな音を立てて小枝を踏み抜いてしまった。八幡の周囲の時が止まる。

 

「誰なのかしら。大人しく出て来なさい」

 

 滑らかな動きで由比ヶ浜結衣と比企谷小町の前に立って、雪ノ下雪乃が即座の投降を呼びかけた。夜に見た時とはまた印象の違う、透き通るような白い素肌をパレオで隠しながら傲然と立つ雪ノ下を木陰から眺めて、八幡は思わずごくりと唾を飲み込んだ。視線を逸らそうにも、今度はブルーのビキニにスカートが可愛らしい由比ヶ浜が目に入り、その胸元を凝視してしまう。何とか横に目をやれば、淡く黄色がかったビキニを身に着けた小町が可愛らしく首を傾げている。

 

「さっさと顔を出すし」

 

 こちらも海老名姫菜と一色いろはの一歩前へと踏み出して、三浦優美子が通達する。ラメ入りのトライアングルビキニを見事に着こなして恥じる色を見せない三浦を見て、またも八幡は目を離せなくなってしまった。次の展開を半ば予測しながら視線を動かすと、濃紺の競泳水着が映える海老名が眼鏡の奥で目を光らせたように思えた。寒気を感じて目を離すと、シンプルなピンクのビキニを身にまとい紐の結び方がどうにもあざとい一色が目に入る。

 

 ここまでの眼福を得られたのだからと、死を覚悟しながら八幡は河原に近付いて行った。両手を挙げて無抵抗を主張しながら、八幡は二人の女王の御前へと進み出た。

 

「その、いちおう急いで来たんだが。俺はどうすりゃ良いんだ?」

 

 誰も口を開かないので、仕方なく八幡はお伺いを立てることにした。見知らぬ者への緊張感が、よく知っている男子生徒への羞恥心に変化していることに気付かず、八幡は明後日の方向を眺めながら質問を発した。

 

「うりゃー!」

 

 そこで小町が動いた。兄に向けて容赦なく大量の水を浴びせかける。唖然として突っ立っている八幡の手を取って川の中へと歩いて戻り、そこで小町は手を離した。更に水をかけてやろうと思ったのだろう。しかしずぶ濡れの八幡の姿を見て、小町は思わず噴き出してしまった。

 

「この調子だと隠れて覗いてたわけでもなさそうですし、兄も反省してますので……」

 

 そんな小町の発言に全員が納得したのか、辺りの雰囲気が途端に緩まって平穏な空気が戻って来た。しかし妹にやられっぱなしで黙っている八幡ではない。空気など読むものではなく壊すものだとばかりに、八幡は容赦なく妹の背後から水をかけた。幼い頃に兄妹で水遊びをした時の事を思い出しながら。

 

「小町ちゃん、あたしと一緒にヒッキーにやり返そっ!」

 

 兄と似た表情で唖然としている小町を見て、由比ヶ浜が噴き出しながら加勢に入った。初めのうちこそ由比ヶ浜に遠慮して小町にばかりやり返していた八幡も、次第に余裕がなくなってきたので容赦なく反撃を加え始めた。そこになぜか一色が加わって、両手ですくった少量の水を小町に向けて「えいっ!」と投げる。八幡の味方というよりは小町と遊びたかったのだろう。

 

 由比ヶ浜の苦境を見逃すはずもない三浦が参戦して、海老名は両軍のバランスを取ろうとするかのように優勢な側へと攻撃を加えていた。一人だけ乗り遅れた雪ノ下が少し離れた場所でおろおろしていると、ようやく気付いた由比ヶ浜が激戦地から抜け出して、雪ノ下に手を差し伸べる。

 

「ほら、ゆきのんも一緒に!」

 

「えっ。その、急に引っ張られると……」

 

「おい、危ねーぞ……ってマジか!」

 

 二人の少女がバランスを崩して、それに気付いた男子生徒を巻き込みながら派手な水しぶきを上げた。助けの手こそ届かなかったものの、二人に怪我をさせたくない八幡は、身を挺して彼女らのダメージ軽減を図る。

 

 かくして、ラブコメの神様は再び彼に微笑んだ。

 

 

 川の深さはせいぜい膝下ぐらいしかない。水しぶきがおさまった後には、自らの身体をクッションにして雪ノ下を護り、由比ヶ浜を救うために左手を大きく伸ばした八幡の姿があった。問題は、彼のその左手が、青い布越しに何かをしっかり掴んでいることだった。

 

 今までに経験したこともないような柔らかい何かの感触が左手から伝わって来る。しかし同時に、彼の身体の前面からも、今までに経験したこともないような柔らかな感触が伝わって来る。左手と比べると遙かに控え目ではあるものの、()()の大きさとは関係なしに女の子の身体とはこれほど柔らかいものなのかと、八幡は情けない体勢で固まったままそんなことを思う。

 

 妹がスキンシップをしてくることは珍しくないが、身体の軽さや小ささを思う事はあれども、八幡はそこに女性を感じることはなかった。しかし今は違う。柔らかな感触にしろ芳しい匂いにしろ、伝わって来るのは同い年の女性が放つ圧倒的なまでの存在感だった。彼と同じく固まったままの二人からは荒い息づかいが伝わって来る。目のすぐ前には白いうなじがあって、他に視線を動かすことができない。

 

 二人の女の子もまた八幡と同様に、同い年の異性を肌越しに感じながら固まっていた。鷲掴みにされていることに加えて、彼の手首から上腕が自分のお腹に直接触れていることを由比ヶ浜は自覚している。雪ノ下に至っては、少しずれているものの正面から抱き合っている形に近い。

 

 この急展開を受けて他の面々もしばし固まっていたのだが、さすがに再起動は早かった。容赦なく一色と小町が写真を撮っては三浦に怒られ、その傍らで海老名が順番に二人の女の子を八幡から引きはがす。

 

 こうして、当事者三人には他のことなど吹き飛んでしまったかのような心境をもたらし、雰囲気が重くなりがちだった女性陣には、アクシデントも含め良い気分転換になったのだった。

 

 

***

 

 

 ここで朝食後にまで時間は遡る。作業に向かう男子生徒たちを見送って、女子生徒たちはひとまず一息ついた。グループがくっきり分かれていることを不審に思った男子もいたかもしれないが、少なくとも疑問を口に出される展開は回避できた。雪ノ下と三浦が冷戦状態にあることは、遠からず判明するにしても朝から説明したい話ではないと彼女らは考えていた。

 

「じゃあ打ち合わせ通りに分かれよっか。ゆきのんと小町ちゃんとあたしの三人が一緒に行動して、後でヒッキーとさいちゃんが合流するんだよね。そっちは優美子と姫菜といろはちゃんの三人で、隼人くんととべっち待ちだね」

 

 朝食の時点で既に班分けは済んでいたものの、由比ヶ浜がそれを改めて確認する。そもそも三浦と葉山を組ませる以上、そこに戸部翔と一色が加わるのは当然のことで、その時点でグループの可変性はほとんど残っていない。

 

 海老名と雪ノ下に部活絡みの繋がりがあることや、由比ヶ浜と一色の関係が良好なことを考えると、ここだけは入れ替えが可能に思える。しかし一色にも働いてもらうには情に訴える由比ヶ浜よりも、一色の思考を理解した上で敢えてそれを無視する形で関与を促せる海老名のほうが適任だろう。葉山の他にも雑多な意見をまとめられる人材を確保できるという点でも。

 

 一方で扱いの難しい雪ノ下や八幡に存分に動いてもらうためには、やはり海老名よりも由比ヶ浜の方が適任だ。戸塚とも関係良好な由比ヶ浜ならば、存在が埋没しがちな戸塚の発想をすくい上げることも期待できる。小町には昨夜のカルチャーショックが残っているだけに、海老名が同じ班なら身構えてしまうだろう。

 

「まず私たちが先に観察だったよね。小学生はこの建物の前に15分に集合・点呼で、9時半から動くはずだから。隼人くんたち、ちょうど小学生がいないタイミングで外に出られたのかな」

 

「葉山先輩は小学生がいても別に苦にしなさそうですけど〜」

 

「お兄ちゃんは挙動不審になりそうだから、タイミング良かったかもですねー」

 

 雪ノ下と三浦に「朝から面倒ごとは避けて欲しい」と自重を促した手前、由比ヶ浜に海老名が応える形で話が進んで行った。そこに一色が軽口を挟むと、葉山を気にしていると同時に別の誰かのことも念頭に置いているなと受け取った小町が更に軽口を添える。

 

「小学生があれだけ大勢いたら、あたしでも『うわっ』てなっちゃいそうだけどね。えっと、平塚先生。あの小学生グループがどこにいるかって判るんですよね?」

 

「うむ。比企谷が昨日あのグループの子供たちを私のアプリで確認した時に、念の為にマーキングしておいた。今はここの前で5人で固まっているようだな」

 

 年下組の会話に由比ヶ浜が軽くフォローを入れて、そのまま教師に問いかけた。平塚静は地図アプリを立ち上げながらそれに答える。時間を確認すると、そろそろ動き始める頃合いだ。

 

 

 おそらくは引率の先生が小学生に注意を与えていたのだろう。つい先程までは細々とした声が食堂にも聞こえていたのだが、それが止むと同時に小学生たちが一斉にお喋りを始めて、外は一気に賑やかになった。

 

「すごいパワーですね……」

 

 この一団では最年少の小町ですら「ついていけない」という気持ちを言外に含めたつぶやきを漏らしている。その他の面々も苦笑しながら、耳を澄ませて盛り上がりが収まるのを待っていた。

 

「……どうやら、例の女の子だけはこの建物に残っているようだ。他の四人は、おそらく仏岩コースでハイキングの可能性が高いな。往復で三時間弱の行程だったはずだ」

 

 しばらくして、じっとアプリを眺めていた教師が低い声音で情報を生徒たちに伝えた。市民ロッジを通り過ぎて北に向かって歩いて行く四人の小学生の動きを、平塚先生はそう解釈した。

 

「それって……」

 

 由比ヶ浜が途切れさせた言葉を引き継げる者はいない。暗い顔の女子生徒たちに言い聞かせるように、教師はゆっくりと口を開いた。

 

「思っていた以上に状況は逼迫しているのかもしれないな。君たちに動くなとは言わないが、まずは気分を入れ替えるように。そんな重苦しい表情では、助けられる側も困ってしまうからな。少し水遊びでもして来るかね?」

 

 あえて気楽な口調で教師はそう提案した。自らの意図がきちんと伝わっていることを確認して、彼女は再び口を開く。

 

「手に負えないと思ったらすぐに手を引いて私に連絡しなさい。私も今から別に動くつもりだが……そうだな。念のために今から10分後に小学生の位置を確認して、その後は20分おきに状況を報告しよう。宛先は由比ヶ浜と海老名で良いかね?」

 

 昨夜の雪ノ下と三浦の諍いを、平塚先生は誰に報告をされるでもなく把握していた。朝から生徒たちの動きを見ていれば、その程度を洞察するのは難しくはない。慌ただしく指示を与えると、教師は食堂から去って行った。

 

 

「交替で観察と休憩って話だったけど、これからどうしよっか?」

 

「とりあえずメッセージを送ってみるべきかもね。雪ノ下さんに任せても大丈夫かな?」

 

 由比ヶ浜が口火を切って海老名がそれに答える。観察の段階では二人にあまり仕事を振りたくはなかったのだが、この展開では仕方がない。

 

『昨日お話をした雪ノ下です。もし良かったら、今日の午前中にももう少しお話しできればと思うのですが、いかがですか』

 

 とはいえ、さすがの雪ノ下でも書ける内容はこの程度しか思い浮かばなかった。自分は貴女の味方だとか、そうした類いの言葉を加えようとしても、どうにも嘘くさくなってしまうのだ。もしも自分が彼女の立場だったら、変な事を書かれるほどに信頼性が失われるように思えた。昨日のやり取りで少しでも良い印象が残ってくれていることを願いながら、雪ノ下はシンプルなメッセージを送付した。

 

「返事が来るのを待ってる間に、先生が言ってたように気分転換でもしよっか」

 

「明日がどうなるかも分からないですし、せっかく水着を持って来たんだから、本当に水遊びに行くのも良いかもですね〜」

 

 気楽な口調で一色がそう提案する。そしてこの場に居る者達は既に、彼女が話を進めるためにわざとそんな口調で発言したことを理解している。少しだけ罪悪感を覚えながらも、女子生徒たちは支度を始めた。

 

 

『昨日の二人だけなら』

 

 水辺に移動して川の中へと足を踏み入れようとした時に、返事が届いた。青少年自然の家のどこかで落ち合うか、それとも今のこの場所にまで出て来てもらうかで意見が分かれたが、結局は両論併記で返事をすることにした。内容よりもスピードが重要だと考えたのだ。

 

 メッセージが来たらすぐに気付けるように着信音を最大にして全員に聞こえる設定にして、彼女らは川へと足を踏み入れた。




次回は金曜に更新予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(7/7)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。