食事を終えて小学生が去った炊事場で、中高生たちは話し合いを行った。グループで孤立している女の子に何ができるのか。意見を述べ合いながら、それぞれがかつての自分を振り返り、そして同席している他者の過去を思いやっていた。
ともに「何とかしたい」という気持ちは一致しながらも、葉山の関与に対して雪ノ下は否定的な意見を述べる。教師は二人を落ち着かせ、八幡と海老名に話をまとめさせた。当人の意思を確認し尊重すること。介入するなら具体案を考えること。それらを承認して全体での話し合いは解散となった。
「じゃあ、お先に」
話し合いに続いて起きた流血騒動を、女性陣が手慣れた様子で処理している。先に行ってくれて良いとの提案を受けて、男性陣は別れの挨拶を済ませログハウスへと向かった。
比企谷八幡は個室を確保しているので別行動でも良かったはずだが、彼にしては珍しく大人しく同行している。戸塚彩加と離れがたいという気持ちも少なからずあるものの、話し合いのまとめを任された責任感が彼の行動を後押ししていた。
先程はひとまず落ち着けたが、よくよく妥結事項を確認すると何も決まっていないことがすぐに分かる。もうしばらく付き合うしかないだろう。八幡は消極的ではあったが自分の意志で、男性陣ともう少しともに過ごすことを決めたのだった。
「あのね。八幡や海老名さんが話をまとめてすぐに解散したのって、葉山くんと雪ノ下さんを引き離すためなんだよね?」
「あーっと。もしかして、露骨だったか?」
先を歩く二人には届かない小声で戸塚が八幡に話しかけた。意図を見抜かれてどう反応したものかと少し悩んだ末に、八幡は小さく頷いて、逆に気になったことを問い返した。
「ううんっ。別に無理矢理みたいな感じは受けなかったよ。でも、みんな薄々そうしたほうが良いって思ってたんじゃないかな」
「そっか。葉山の行動は俺もどうかと思ったし、さっきもストレートに釘は刺したつもりなんだが。雪ノ下の言い方は俺以上に容赦なかったからな」
「葉山くんの反応を見てると、雪ノ下さんの指摘は全て納得してるって感じだったよね」
「いつだっけ、戸塚と遊びに行った時に教えてくれたよな。あの二人が一年の頃から色々な場に担ぎ出されてたって。そん時に葉山が何かヘマをして雪ノ下が尻拭いしたとかかね?」
「部長会議の翌日だよ。ぼくはちゃんと覚えてるのにな……」
一緒に遊びに行った日のことを戸塚はきちんと覚えているというのに、八幡は日付があやふやらしい。それが不満で、戸塚は少し拗ねたような口調とともに八幡を上目遣いで眺めた。
途端にあたふたし始めた姿を見て、戸塚の心の中に一瞬にして嬉しい気持ちが沸き上がってきた。あの日のことを蔑ろにしているわけではなく、八幡なりに良い思い出として記憶してくれているのだと、確認できた気がしたのだ。八幡に言い訳をさせるのは気の毒なので、戸塚は話を元に戻す。
「でもどうだろ。葉山くんって自分のミスもちゃんと認めるっていうか、隠すような性格じゃないと思うんだけど」
「えーと、どういう意味だ?」
「その、葉山くんが何か大きな失敗をしたのなら、話題になるんじゃないかなって」
「あー、そういうことか。つっても俺は校内の話題とは縁がなかったから分からんけど。話題になるほどの失敗がなかったのなら、あの二人は何を念頭に置いて言い合いをしてたんだろな」
慌てた気持ちを引きずって、八幡は戸塚の意図がすぐには理解できなかった。補足してもらって納得はできたが、今度はぼっちゆえに戸塚の意見を吟味することができない。戸塚に嘘はないと信じて、話題にならなかったという情報は事実だと考えるしかないだろう。
「ただ単に、あの女の子への対応に怒ってただけかもしれないけどね。雪ノ下さん、意思さえ確認できたら何としてでも助けるとか、そんな勢いだったよね」
「俺らが考えすぎてるだけで、案外そうなのかもな。それだと引き離す意味はなかったことになるけど、あの人数で話し合いってのも効率悪いしなあ……」
「うん。男女で分かれたのは良かったと思うよ」
今更ながらに「戸塚ってやっぱ男……だよな?」と考え込んでしまう八幡だった。そんな迷いを振り払うべく「戸塚の性別は戸塚」などと内心で繰り返しながら、八幡は少し気合いを入れ直した。
「んじゃ、しっかり話し合いを続けますかね」
「八幡って、やっぱり真面目だよね。奉仕部の依頼とか、真剣に仕事をしてる八幡も良いけど、たまには気軽に遊びに行こうね」
八幡の決意表明に思わず吹き出しながら、戸塚は親しい仲の友人をそう評した。続けて遊びの誘いを口にすると八幡は黙って大きく頷いてくれた。八幡に口を開く余裕がないとはつゆ知らず、戸塚は男同士の簡潔な意思疎通を嬉しく思う。
ふと進行方向を見ると、前を歩いていた二人の姿がログハウスに吸い込まれていくところだった。
***
二階建てのログハウスに入って、まずは一通りの間取りを確認した後で、四人は一階のリビングに腰を下ろした。もともと置かれていた大きなダイニングテーブルと椅子はキャンセルして、気軽に寛げるように背の低いテーブルとソファに変更する。
キッチンに置かれていたお菓子などをテーブルに移して、冷蔵庫から飲物を取り出してコップに分けて、まず彼らは乾杯を行った。
「んじゃ、隼人くんも戸塚もヒキタニくんも、お疲れーっす!」
「戸部も盛り上げとかお疲れさん」
「ぼく、戸部くんの昔の話を聞けて良かったなって。ね、八幡」
「おう。なんつーか、見直したわ」
戸部翔の音頭に従って、各々が一口ずつ喉を潤してから、葉山隼人が戸部をねぎらう。続けて戸塚が口を開き、そのまま話を振ってくれたおかげで、八幡もすんなりと輪の中に入り込むことができた。
「いやー、照れるっしょ。でも、俺が何かしたわけじゃなくて、あいつにもともと才能があっただけだべ」
「才能があっても、きっかけとか活かせる場面が無いと持ち腐れだからな。正直、騒ぐだけのお調子者かと思ってたけど、いいとこあんだな」
「ちょ、ヒキタニくん酷いっしょー。本音で話してくれるのは嬉しいけど、俺だって……あー、騒いでるだけかもー」
自らの額を叩きながら戸部が笑っている。カースト上位にありがちな他の生徒を見下す雰囲気はそこには無い。彼のノリをうざったいと思う気持ちに変わりはないが、八幡は彼の過去の話を聞いて、更には彼の性格に身近に接して、気楽に話ができるようになっていた。
「そういや、あとの二人は来なかったんだな」
「ああ。大和と大岡も誘ってはみたんだけどね。その、雪ノ下さんが怖いって」
「あの昼飯の時の雪ノ下さん怖かったわー。俺っち被害者なのに、警察に行きたくないみたいな感じっつーか」
二年F組で変な噂が広まりだした時に、雪ノ下は三浦と結託してクラス内で脅しを入れたことがあった。あの事件の犯人や詳細は不明なまま終わってしまったが、噂がぴたりと止んだのは彼女の功績だろう。三浦と一緒に実行したはずなのになぜ自分だけが怖がられるのかと、雪ノ下本人は腑に落ちない様子だったが。
「あー。関係のない余罪とかまで自分から白状しそうだもんな」
「だしょ。朝練の時の早弁とか絶対にバレるわーって」
実は戸部と大岡・大和では恐怖の理由が異なる。彼らが結託して班分けのライバルたる戸部と八幡の
「あの時はヒキタニくんにも迷惑をかけたね。俺とよく本の話で盛り上がってるからって、まさかヒキタニくんの悪い噂まで流そうとするとはね」
「いや、あんま盛り上がってねーだろ。基本お前が強引に絡んで来るだけで。まあ、ちょっと楽しいのも確かだけどな」
「八幡、また小町ちゃんに捻デレって言われちゃうよ」
「海老名さんも盛り上がるっしょ!」
「それ、噂よりも海老名さんのが怖いよな。だからまあ、気にすんな」
「そう言ってくれると助かるけど、俺がもっとしっかりしてればってね。大和も大岡も、あれ以来クラスの連中と積極的に話すようになったし、結果的には良い方向に進んだ気もするけどさ。ちょっと俺たちとは壁ができた部分もあってね」
「隼人くんと一緒のグループになるために、誰かが俺ら
「あー、そういうことか。でもま、犯人が勝手な考えでやったことまで、お前が責任を引き受けるのは違うだろ。頭がおかしい奴らの妄想に付き合ってたらキリがないぞ」
「そうは思うんだけど、何か違った結果にできたんじゃないかって気持ちが俺の中で残っててさ。あの二人、優美子たちとも少し距離ができててね」
「それ、ぼく何となく分かるな。女の子に助けられた形だから、ちょっと恥ずかしいっていうか情けないみたいな気持ちになっちゃったんじゃないかな」
「戸塚が言ったのと同じことを言ってたよ。結衣とか姫菜も、俺たちの前で誕生日の話をしないように気を遣ってたみたいだし。普通に遊びに行くぐらいなら問題ないみたいだけど、誕生日の集まりとかだと身構えるみたいでさ。なかなか上手く行かないもんだね」
少しだけ疲れた様子を見せながら、葉山は苦笑いを浮かべた。あの事件に関しては彼には何ら責任がないというのに、実は一番割を食ったのは葉山だった。彼にだって悩みはあるし、できないことも多々あるのだ。
八幡はふと、なぜ自分がこいつらと仲良く過ごしているのかと不思議に思う。校内で誰もが認める男子のカースト最上位であっても、悩み事は尽きないのだと理解して、八幡は葉山との距離が少し縮まったのを自覚した。それが逆に彼に俯瞰の視点をもたらしたのだろう。
同時に本来の議題を思い出して、八幡は口を開いた。
「ま、その辺は文化祭とか、クラスで一緒に盛り上がってたら、おいおい解決するんじゃね。だから今は、目の前の問題を片付けるか」
***
「さっきの話し合いは、意思確認の方法と介入の具体案を検討するって結論だったね。俺はできれば、問題が目の前にあるのに見逃すようなことはしたくないな」
「だからって、当人を説得するとか論外だぞ。由比ヶ浜が言ってたように、今の状況で俺らが接触したら、それだけで更にあいつが不利になるだけだしな」
「戸部くんでも話しかけるのは無理かな?」
「やー、適当に話を続けるだけなら、って感じっしょ。事情を聞き出すとか説得とかだと無理だべ」
予想以上に冷静に自己分析ができている戸部を、八幡は不思議そうに眺める。
とはいえ、よくよく考えれば彼も総武高校の入学試験に合格しているのだ。今までは成績を見せ合って盛り上がっているリア充を理解できなかったが、実は得意教科や成績という側面から相互理解を深めようとしての行動ではないか。漠然と決めつけていた「優越感に浸る」以外の動機もあるのかもなと八幡は思った。
「そういえば戸塚って、カレーを作ってた時は積極的に関与するような意見じゃなかったか?」
「八幡、ぼくが言ったことを覚えててくれたんだ……。できることがあれば協力したいって気持ちは今も変わってないんだけどね。ぼくたちが動いて、逆に状況が悪くなるかもって可能性を知っちゃうと、どうしても慎重になるよね」
「なるほどな、そういうことか。教育実習のたとえ話も解りやすかったし、恒久的に問題を解決するってやっぱ難しいよな……」
「ヒキタニくんの妹ちゃんって、時間が解決するかもって言ってたっしょ?」
「ああ。けどそれだと葉山が納得いかねーんだろ?」
「そうだね。俺たちが介入して事態が悪化する可能性もあるけど、放置することでもっと酷い事態に陥る可能性もあるからさ」
「確かにそれもあるんだよな……。あー、ちょっと話を進めるか。もし介入するとしたら、どんな手がある?」
「小学生全員を集めて、ってのは反対されるよね」
「葉山も解ってるだろ。表面的に素直な返事をしてみせるだけで、何も変わらんと思うぞ」
「引率の先生にこっそり事情を説明するのはどうかな?」
「戸塚の意見はアリと言えばアリだけど、たぶん向こうも事情は把握してると思うぞ?」
「俺たちが一日目で気付いたぐらいだからね。それに教師を引っ張り出して来ても、こういう場合は無力なだけじゃないかな」
奇妙な説得力を伴わせて葉山がそう述べた。今の状況を見る限り、教師は頼りにできないと。彼に賛成した上で、八幡は更に情報を重ねる。
「あの感じだと、他の小学生も頼れなさそうだよな。……いっそ何か事件でも起こすか?」
「ヒ、ヒキタニくん過激っしょ。てか事件を起こしたら解決するんだべ?」
「まあ、学校内の関係が全てじゃないって解らせれば、色々と雰囲気は変わると思うんだがな」
「姫菜の案を相手方に適用するみたいな感じかな?」
「そっか、そういう理解の仕方もあるか。海老名さんの案だと、本人の意識を変えるために趣味とかを紹介するって感じだったよな」
「ああ。ヒキタニくんが言った事件を起こす案だと、周囲全体の意識を無理矢理にでも変えるって形だよね」
「でも、それって問題にならないのかな?」
「分からん。ただ、戸塚がやると問題になりそうだけどな」
「えっ、八幡それどういう意味?」
「実行犯に求められるのは、素直さとかじゃないってことだ。戸部も無理だろうし、たぶん葉山もダメだろうな」
「それで君にしわ寄せが行くんだったら、俺としては反対したいところだな。対案を出せと言われると難しいけどさ」
「まだ時間はあるからな。そういうのは最後の手段に取っておいて、そのまま使わずに済むのがベストだな」
「時間はあっても、あの子と接触して情報をもっと得られない限りは、この辺りが議論の限界かもしれないね」
「葉山はそう言うけどな。小学生連中を支配している空気を変えれば何とかなりそうだって思い付けただけでも、この話し合いの価値はあったんじゃね?」
「もしかして八幡って、最初から思い付いてたの?」
「マジかー。隼人くんも凄いけど、実はヒキタニくんってスゴタニくんだべ?」
「いや、さっき葉山が『教師は無力』みたいなことを言っただろ。じゃあ生徒もダメだろうなって思ったら、なんか閃いた感じだな。だから葉山をその褒め方で褒めてやってくれ」
「いや、俺は戸塚の案にダメ出ししただけだよ。でも結果的にはヒキタニくんの閃きに繋がったわけだから、戸塚の提案が良かったってことじゃないかな」
八幡もそろそろ戸部のあしらい方が見えてきたのか、彼のノリにそのまま反論するのではなく、ノリが葉山に流れるように戸部を誘導した。しかし葉山とて長年の付き合いである以上は負けていられない。戸塚を立てることで見事に回避した。
「じゃあスゴカ……って何だかICカードの名前みたいで変だべ。こうなったら、全員が凄いって結論で良いっしょ!」
今の時点で可能なことは全て終えて、しかし男子高校生たちの語らいはまだ終わらなかった。
***
「じゃあそろそろ、あれ行くべ。夜の話っていえば、恋バナっしょ!」
ますます盛り上がる戸部のノリに、他の三名は苦笑で応えている。だが既にログハウスに着いた時点で気持ちがほぐれていたことに加えて、先程までの議論ですっかり気安い雰囲気になっていたので、八幡は特に身構えることもなく口を開いた。
「あー、鯉の話な。あれだろ、家康が信長からもらった酒と鯉の料理を……」
「それって生き物の鯉の話だべ。恋バナは……」
「あー、あっちか。秀吉が死んだときに家康が鯉を……」
「だーかーらー。ヒキタニくん、家康と鯉の話に詳しすぎっしょ!」
「八幡、その話あとで教えてね」
「俺も興味があるから、その話を続けてくれても良いんだけど?」
「俺っちも正直ちょっと興味あるけど、そういう話って教室でもできるじゃん!」
思わずマニアックな話を口にしてしまった八幡だが、戸塚からの反応はともかく葉山や戸部までが興味を示してくれたことに内心で驚いていた。今までであれば、彼のこうした発言は冷笑されるだけで終わるのが常だったのだ。
八幡の驚きは少しばかりの嬉しさと、こんなことに喜んでいる自分を照れ臭く思う気持ちに発展する。それらの感情を誰から隠そうとしたのか、自分でも解らないままに八幡は優しい気持ちで口を開いた。
「じゃあ、面白い話はできねーけど、聞くだけなら付き合うぞ。どうせ話したいんだろ?」
「うん。戸部くんが話したいのなら、ぼくたちもちゃんと聞くよ」
「そういえば、大和や大岡ともこの手の話はしたことが無かったな」
「おっ、じゃあさ……。って、改めて話そうとしたら緊張するべ」
リビングにストレートな罵声と可愛らしい抗議の声と真面目にたしなめる声が響いた。
「じ、実はさ。俺、海老名さんが良いなって思ってんだよね」
「なんか理由とかきっかけとかあんのか?」
「いやー。秘めたる魅力っつーか、そういうのが良いなって」
「でも、三浦さんや由比ヶ浜さんと比べると、あんまり話してないよね?」
「そうだな。特に優美子と盛り上がってるイメージがあったけどな」
「いやー、優美子は普通に話すだけなら気楽で良いんだけど、付き合うのはちょっと怖いっしょ?」
男子しかいない環境ゆえに、なかなか容赦の無いことを言い始める戸部だった。なぜか少しだけ鼓動を強くしながら、八幡は思い付いた疑問を口にする。
「んじゃ、由比ヶ浜はどうなんだ?」
「結衣も良いなって思うけど、なんてか、競争率高いじゃん?」
「おい。それだと楽なほうを狙っただけって言ってるようにも聞こえるんだが?」
なぜ自分が苛立っているのかも解らないままに、しかし声に感情を反映させるのは可能な限り控えて、八幡は戸部を問い質す。八幡の不穏な様子を悟ったのか、戸部が答える前に葉山が口を挟んだ。
「まあ、姫菜も楽な相手だとは思わないけどね」
「でも、男子でも引いてる奴がいるし、狙い目だべ?」
「ぼく、まだ恋愛とかよく分かんないけど、そんな理由で付き合っても上手く行くのかな?」
「付き合ってから詳しく知るって流れもありっしょ?」
「俺も恋愛はよく分からんから、何とも言えんが……。新解さんにはたしか『他の全てを犠牲にしても悔いないと思い込むような愛情』って書いてたし、戸部のはなんか違う気がするんだが」
「そうだな。今の段階だと、具体的に動くのは止めておいたほうが良いかもな」
流れに乗る形で、葉山が再び戸部をたしなめる。しかし話はそれで終わらなかった。
「隼人くんが言うなら了解っしょ。その代わり、海老名さんへの気持ちがちゃんとしたものだってなったら、協力してほしいべ」
「まあ……」
「そうだね……」
「そうだな……」
行きがかり上、否定をするわけにもいかず、三人は生返事を返した。それを承諾と受け取って、戸部は再びテンションを上げる。
「あ、じゃあさ。戸塚とヒキタニくんはよく分かんないって言ってたけど、隼人くんは好きな子ぐらいいるっしょ?」
「もう恋バナは充分だろ。そろそろ寝ようぜ」
「ちょっとだけ。イニシャルだけでもいいから!」
話に興味がない八幡とおろおろしている戸塚を尻目に、葉山は深くため息をついた。このログハウスに来てから長く話をしたおかげで、彼を過剰に意識する気持ちを忘れていたというのに。
普段なら軽く流すはずの戸部の問いかけに、葉山はあえて答える気持ちになった。牽制というほど意識的なものではない。強いて言えば、葉山も口に出して言ってみたくなったのだろう。誰かに伝えるという意図はさほどないが、それによって何かが変わるのであれば、それでも構わないという程度の軽い気持ちで。
「Yだよ。じゃあ、俺は先に寝るから」
自分の発言が三人の中に染み込んでいくのを感じながら、葉山は布団が並んで敷かれている二階へと消えて行った。
次回は月曜に更新する予定です。
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追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(7/7)