俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回までのあらすじ。

 千葉村にて妹と天使を含む奉仕部の一団と合流した八幡だが、葉山グループまで現れたこと・小学生の相手をする必要があることで、ただでさえ少なかった彼のやる気は風前の灯火だった。

 集団から一人離れて入村した少女の姿が頭から離れなかった八幡は、それが到着時だけではないことを確認して何やら考え込んでしまうのだった。



03.みんなと違う行動をして彼女はみんなから孤立する。

 小学生たちの元気な声に圧倒されながらも、ボランティアの中高生は段取りよく調理を進めていた。日常的に料理を作っている生徒が多いことに加えて、奉仕部が元通りになったお祝い会の時に各々の料理スキルを披露しあっていたおかげで役割分担がスムーズに進んだのも大きかった。

 

 葉山グループの面々はおおむね陽気に過ごしている。一方で、奉仕部を中心としたその他の面々は何か気になることを抱えているかのように、楽しみきれていない様子だった。

 

 とはいえ敢えて話題にするほど深刻ではなさそうなので、まずは目の前の調理に集中しようという無言の合意が両者の間で成されていた。中高生たちの段取りの良さにはそうした理由もあったのだ。

 

「んじゃ、俺らが鍋を見てるから、お前らは小学生の相手を頼むわ」

 

「ああ。じゃあ行こうか」

 

 覇気のない声で比企谷八幡はそう提案する。葉山隼人は特に気を悪くすることもなく、笑顔でそれを了承した。グループの成員を二手に分けて別々の方角へと向かわせて、自身は一人でその中間の辺りを担当する。

 

 葉山グループの五人が去るのを待って、由比ヶ浜結衣が口を開いた。

 

「やっぱり今も、あの子だけ少し距離があるね」

 

「広場に入ってきた時も、同じぐらいの距離を空けていた気がするのだけれど」

 

「ぼくは野菜を運んでたから見てないんだけど、やっぱりそうなんだ」

 

「雑用が入っちゃったから仕方ないですけど、もう少し相談しておきたかったですね」

 

 なにぶんこの世界で林間学校を行うのは初めてだけに、ドタバタするのも仕方がないのだろう。彼女らが事態を把握して相談を始めようとしたところ、運悪く食材の運搬などが済んでいなかったことが判明して、そのまま中高生たちは作業に追われてしまった。

 

 何とかそれを済ませて広場に戻ると、間を置かず小学生に紹介された。ボランティアの中高生たちがいずれも平均を軽く超える容姿だったためか、小学生の間からは男女を問わずざわめきの声が上がっていた。

 

 なお、集団を直視するのが恥ずかしくて猫背で遠くを見ていた八幡だが、彼の老成したような雰囲気とまずまず整っている顔かたちのおかげか、意外に人気を集めていたのはここだけの話である。

 

 

「ふむ。君達は何とかしてあげたいと、そう思っているのかね?」

 

「そうですね。あの子の意思を確認するのが先決ですが、外部からの助けが必要なのであれば、力になりたいと私は思います」

 

 思いがけずキッパリと言い切る雪ノ下雪乃に、その他の面々は少し意外そうな目を向ける。しかし彼女らも気持ちは雪ノ下と同じだった。

 

「あたしも同じような経験があるんだけどさ。たぶんあの子たちも、少し前までは五人で仲良くしてたんだよね」

 

「結衣さんの時も同じだと思うんですけど、些細なきっかけであんな風になっちゃいますよね。仲が良かったはずなのに、悪意を持ってあざ笑ったりして」

 

「ぼくも見たことあるよ。止めたかったけど、すぐに終わるから心配ないって言われちゃって」

 

「ま、順番だったらすぐに終わるってのは間違いではないけどな」

 

 どこか他人事のような口調で八幡がようやく口を開いた。彼の発言の裏になにか重苦しいものを感じて、高校生たちは口をつぐんでしまった。

 

「標的が一人に決まっちゃうと、興味を持たれなくなるまで待つしかないので大変なんですよね」

 

「俺は自分でやらかしたってのもあるけどな。まあ、独りで耐えるのは結構つらいけど、それでも小町がとばっちりを食うよりは、な」

 

「お兄ちゃんがあんな感じだったから、小町は普通にしてるだけで受けが良かったし楽だったんだけどさ。お兄ちゃんに悪意を向けてた人が、小町には笑顔で話しかけてくるの。あれ、嫌だったな」

 

「悪意って、突然のように向けられるから厄介だよな。善人が、少なくとも普通の人間が『急に悪人に変わるんだから恐ろしい』って、どっかの文豪も書いてたし」

 

「たしか漱石だったかしら。他人のこころは分からないものね」

 

「嘘つきのクイズみたいに、どんな時でも嘘をつくとかだと話は楽なんだけどな。常に悪意を持ってる奴なら近寄らなければ済むんだが。急に悪意を向けてきたり、善……まあ、難しいな。やっぱり専業主夫として余計な関係を作らないのが一番だわ」

 

 話に加わってきた雪ノ下と妹の顔を順に眺めて何かを言いかけて、しかし八幡は口を閉ざして代わりに軽口を叩いた。話が深刻になりすぎていることに気付いて、これ以上は広げないようにと。同時に、自分は慣れているのだから、変に気を遣わせるような話題は避けようと考えて。

 

 

「比企谷の将来の夢は夢として、では君達はどうするかね?」

 

 何となく色々なことを察しながら、平塚静は八幡と雪ノ下以外の面々を順に眺める。彼女の視線を受けて由比ヶ浜が、ついで戸塚彩加と比企谷小町がそれぞれの意思を表明した。

 

「ゆきのんが動くなら、あたしもあの子のために頑張る!」

 

「ぼくも、今までは止められてばかりだったから。何かできることがあるなら協力したいな」

 

「小町も同じです。お兄ちゃんは大丈夫だったけど、振り返ってみたらもっと酷いことになってても不思議じゃなかったですし。他人事とは思えないです」

 

「……あのな。もしも本人が要らんお世話だって言ったら、余計な介入は避けた方がいいと思うぞ」

 

 再び覇気のない声に戻って、八幡は念の為に釘を刺した。雪ノ下だけは八幡の意図を察した様子だが、その他の面々は不思議そうな表情を浮かべている。

 

「では、続きは葉山たちも加えて夕食の時に相談したまえ。鍋は私が見ているので、君達もそろそろ小学生とたわむれて来るといい」

 

 平塚先生が話をまとめて、五人は一旦解散となった。三人は元気に、そして二人は憂鬱そうに、小学生の群れへと向かっていくのだった。

 

 

***

 

 

「ちょっと火が強すぎる」

「旨そうな匂いだな」

「早く作りすぎても後で暇になるぞ」

 

 小学生の集団の中を、八幡はステルスヒッキーを使用しながら素早く通り抜けた。全ての班を見て回って、そのうち三班には具体的な助言まで残して、ノルマを達成したと判断した彼は意気揚々と帰還を果たした。

 

 声をかけられた小学生たちが彼の存在に気付かず、「この世界にも幽霊が?」と怯えていたのはここだけの話である。

 

「……比企谷。小学生と仲良くしろとは言わないが、君はもう少し『うまくやる』ことを身に着けるべきだな。同世代が相手でも同じだが、明確に敵対したり、あるいは姿を消すのではなく、無難にやり取りができるよう意識して行動したほうが良い」

 

 だが平塚先生には彼の行動はお見通しだったようで、しっかりとお小言を喰らってしまった。八幡としても自分を案じての助言だと解っているだけに、表立って反論する気はなかった。

 

「雪ノ下が先に戻って来て、今はあそこに居る。料理は私が見ているので、君もあの辺りで休んでいたまえ」

 

 

 教師のお許しを得て、八幡は炊事場を後にした。少し歩いた先にある、金網に囲まれたゴミ捨て場の横。そこで佇む雪ノ下に近付きながら、八幡は声をかけた。

 

「俺より早いって、お前ちゃんと小学生の相手をして来たのか?」

 

「ええ。近くで調理をしていた班の子に話しかけて、じゃがいもの煮崩れの話から化学に繋がる話をしてみたのだけれど」

 

「ああ、うん。だいたい解った」

 

「私があの子たちの年齢の時に、こういう話をしてくれる先達がいればと思いながら話したのだけれど。ままならないわね」

 

「まあ、最近は趣味が多様化してるからな。あれだ。その話を由比ヶ浜とか小町にしても、同じような反応になるんじゃね」

 

「そう言われてみると、その光景がありありと思い浮かぶわね」

 

「だろ。たぶん俺らが聞いても、化学の話は葉山ぐらいしか理解できないだろうし、あんま落ち込まなくても良いんじゃね?」

 

「……そうね。じゃがいもから世界史の話に繋げれば良かったのかしら?」

 

 少しだけ口ごもって同意を返し、続けて雪ノ下は冗談を言った。彼女の軽口を八幡は苦笑することで流している。確かにそれなら、少なくとも八幡も理解はできるだろう。

 

「さっき平塚先生から、『仲良くしなくて良いからうまくやれ』的なことを言われたんだけどな」

 

「何か目的がある場合には、うまくやることはできると思うのだけれど。仲良くしなくて良いのは助かるわね」

 

「だな。問題は、必要を感じないこと、なんだろうな……」

 

「ええ。うまくやること自体は、経験や技術で何とかなると思うのだけれど。自分に理由がないのにそれをするのは……」

 

「欺瞞でしかないよな。まあ、感情を押し殺して仲良くしろって強制されるよりはマシかもしれんが」

 

 高校生らしい潔癖感を発揮しながら、二人は理解を共有できる会話を続けていた。お互いに視線を合わせることなく炊事場を眺めながら話していた二人の前に、一人の少女がゆっくりと近付いて来ていた。

 

 

***

 

 

「カレー、好き?」

 

 広場で中高生を代表して挨拶をした男の人に話しかけられて、鶴見留美(つるみるみ)は即座に身構えた。放っておいてくれたら良かったのにと内心で恨み言をつぶやいて、彼女はどう返事をしようかと考える。

 

 だが冷静に考えるほどに、状況は詰んでいるようにしか思えなかった。もしも「好き」と答えれば高校生に媚を売っていると受け取られるだろうし、「嫌い」と答えればしばらく会話が続くことになるだろう。それをどう解釈されるかは考えるまでもない。

 

「別に。どうでもいい」

 

 少女は素っ気なく返事をして、ゆっくりと炊事場から離れていく。彼女の背後では、声をかけてくれた高校生が困ったような表情を浮かべている。それは見なくても分かるのだが、だからといって彼女にはどうすることもできない。

 

 少しずつ自分の存在を自然の中に溶け込ませるように、決して目立たないようにと気を配りながら、彼女は視界の先に見えたゴミ捨て場に向けて歩いて行った。あの場所なら誰も近付いては来ないだろう。

 

 しかし彼女の予想に反して、ゴミ捨て場の付近には先客がいた。

 

 いずれも揃って容姿の整った中高生たちの中でも、一際輝く存在感を放っていた女性。そして、この歳にして既に何かを悟ったかのような奥深さを感じさせる、なぜか親しみやすさを覚える男性。二人はもしかして付き合っているのだろうか。

 

 二人から見えない位置でゆっくり立ち止まって、少女は様子を窺うことにした。

 

 こっそりと見ている限り、二人からは甘ったるい雰囲気をまるで感じない。親しい仲であることは見れば分かる。だがそれは仲の良い同性の友人に対するかのような、趣味や考え方を共有する者同士が発するような親しさだと少女には思えた。少なくとも男女の仲だとはあまり思えなかった。

 

 その時、風に乗って男性の声が耳に届いた。

 

「……感情を押し殺して仲良くしろって強制されるよりはマシかもしれんが」

 

 はっと顔を上げて、気が付けば彼女は小さく隠していた身体を二人に晒していた。ほんの少しの後悔と大きな不安を抱きながらも、彼女はすぐに動くことを決断した。ゆっくりと、他の人には気付かれないような自然な動きで、少女は二人に近付いて行った。

 

 

***

 

 

 この場所が一般に開放される前から滞在していたことがバレないように、奉仕部に合流するまで八幡は個室に隠れて外部の様子を窺っていた。その時に見た、集団から距離を置かれていた小学生の女の子。まさにその少女が自分たちに向けて近付いてくる光景に出くわして、八幡は夢を見ているような気持ちになった。

 

「ねえ。……どこかで会った?」

 

 はっきりと八幡を見据えて、少女はそう口にした。きわめて現実的な口調で、現実から遊離したような問いかけを。

 

 意外な質問に首を傾げている雪ノ下を横目に、八幡は何と答えたものかと逡巡する。覗き見がバレれば目の前の少女はもちろん、横に立つ部長様に何を言われるか分からない。最悪の場合は存在を抹殺されるまであるとおののきながら、八幡は頭を働かせていた。

 

「あ、やっぱいいや。それより、名前」

 

 一方の少女も自分の発言に驚いていた。彼が向けてくる視線になぜか懐かしさを感じて、以前にどこかで会ったような気がしてしまったのだが、よくよく考えるとそんな偶然はあり得ないだろう。自分の中でひとまず納得して、少女は先程の発言を打ち消した。

 

「名前がどうかしたのか?」

 

「名前を聞いてるって、ふつうは伝わるでしょ?」

 

「普通は伝わらないし、人に名前を尋ねるのであれば、まずは自分から名乗るべきだと思うのだけれど」

 

 ようやく少女の意図を理解できて、雪ノ下が厳しい口調で年長者らしい答えを返した。少しだけ怯みながらも、相手の言葉に納得した少女は自己紹介を行う。

 

「鶴見留美。留美でいい」

 

「そう。私は雪ノ下雪乃。彼は比企谷八幡よ」

 

「つきあってるの?」

 

 念の為に確認しようという程度の軽い気持ちだったのだが、留美は全身に寒気を覚えて軽率な発言を後悔した。唇を引き締めて何度か小さく頷いて「言われずとも理解しました」という意思を高校生に伝える。

 

「さっきの話、ホント?」

 

「どの話だ?」

 

 三人がそれぞれ話題を探して少し間が空いた後で、留美が八幡に向けて口を開いた。話を逸らしたいという思惑もあるが、それ以上に先ほど耳にした話題をもう少し詳しく知りたいと思ったのだ。

 

「えっと、『感情を押し殺して仲良くするのが』って話」

 

「そうだな。俺はできればそんなことはしたくないな」

 

「ええ。誰かと仲良くしたいという感情は、強制されるべきものではないと思うわ」

 

 留美から目を向けられて、雪ノ下も素直に答える。少し表情を明るくして、留美は会話を続けた。

 

「そういうの、私もあきちゃって。ハブられるなら一人でもべつにいいやって。あの子たちとムリに友達しなくてもいいんだよね?」

 

「そうね。とはいえ貴女が中学に入って新しい環境になったからといって、友達になりたい人が現れるとは限らないのだけれど」

 

「そっか……」

 

「たいていの場合は、今のあの子たちと一緒になって、貴女を仲間外れにするでしょうね」

 

 甘い未来を見せることなく、雪ノ下は厳しい現実を突き付ける。まるで自分が体験したことを語るかのように、彼女は留美に向かって静かに断言してみせた。

 

「……何があったんだ?」

 

「クラスでだれかをハブるブームみたいなのがあって。だいたいはハブられた子があやまって終わりだったんだけど、私の番になったらバカらしくなっちゃって」

 

「そうだな。馬鹿らしいよな」

 

 八幡にはそう答えることしかできない。いつしか留美の声には嗚咽が交じり始めていた。

 

「そっか。でも、中学でもこんな感じなのかぁ……」

 

 震える声で絞り出すように呟かれた言葉に、八幡も雪ノ下も返事を返すことはできなかった。




次回は月曜に更新する予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(4/21,7/7)

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