俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回までのあらすじ。

 奉仕部の合宿を行うべく、平塚先生の車に乗って雪ノ下・由比ヶ浜・戸塚・小町は千葉村に向かった。彼女らの動きを知らない八幡は、一足先に現地でのんびり過ごしていた。だが偶然にも、彼は集団から距離を置かれた少女の姿を目撃してしまう。



02.るんるん気分には遠く彼はここでも苦い光景に遭遇する。

 昼食を兼ねた休憩を挟んで、一行は予定通りの時刻に千葉村に到着した。

 

 乗車人数と比べると車内の空間には充分な余裕があったが、出発してすぐに全員が運転席の近くに集まって、会話を弾ませながらの道中だった。車窓からは山の連なりが様々に形を変えて、見る者たちを飽きさせなかった。

 

 運転席に座っていた平塚静と助手席の雪ノ下雪乃は、長時間のドライブで体がこわばっている気がしたのだろう。車を降りた先で柔軟運動を繰り返している。

 

 それに対して、狭い思いをしながら二列目のシートに並んで座っていた三人はいたって元気な様子で、もの珍しげに辺りを見回している。

 

「千葉村ってこんな感じだったねー。あたしが覚えてるのと全然変わってないよ」

 

「小町は去年来たとこですけど、本当に現実のまんまですね」

 

「八幡のことだから、細かい部分まで頑張って再現しようとしてくれたんじゃないかな」

 

 そんな戸塚彩加の言葉に対して、二人はそれぞれ部活の仲間として、肉親として、少し誇らしげな表情を浮かべた。

 

「ヒッキーって働きたくないとか言ってるわりに、最後は真面目に頑張ってくれるよね」

 

「動く必要がない時はとことん動かないんですけどねー。小町が助けて欲しい時にはちゃんと助けてくれる辺り、要領が良いというか何というか」

 

「そういえば八幡もたしか、小町ちゃんは要領が良いからって自慢してたよ。いい兄妹だなってぼく思ったから記憶に残ってるんだけど」

 

「ヒッキー、小町ちゃんのことを話す時ってすごく嬉しそうだもんね」

 

 彼の口調を思い出しながら楽しそうにそう話す由比ヶ浜結衣。対して比企谷小町は「こういうところが」と小声で言いながら少し照れた表情を浮かべている。

 

 

「私はあちらの責任者と打ち合わせをして来るので、君達はキャンプ場のログハウスに荷物を置いて少し休んでいるといい。残りの連中もじきに来るだろう」

 

「平塚先生。その、比企谷くんは……」

 

「うまく合流できるよう手配してくれたまえ。詳細は後で聞こう」

 

 悪巧みを面白がっている口調で雪ノ下にそう答えて、教師は青少年自然の家に向けて去って行った。一行がサポートする予定の小学生たちはそこで宿泊する手筈になっている。

 

「では、歩きながら打ち合わせをしたいと思うのだけれど。彼の居場所が判らない以上は小町さんにメッセージを送ってもらって、どこかにおびき寄せるのが無難かしら」

 

「ゆきのん。ヒッキーが先に帰っちゃったとか、無いよね?」

 

「うちの兄って、出先で落ち着ける場所がないとさっさと家に帰ってくるんですけど、本屋さんとか近くで気楽に過ごせる場所があると案外そこに居座ったりするんですよ」

 

「私の予想としては、比企谷くんなら夕方までここでのんびりしようと考える気がするわね。小町さんは、今日は用事があると彼に伝えているのよね?」

 

「あ、じゃあヒッキーが早く帰る理由もないよね」

 

 小町が頷きを返す前に、由比ヶ浜がすっかり安心した口調でそう言った。これには当の小町も横で聞いていた戸塚も苦笑いを浮かべている。

 

 穏やかな雰囲気が落ち着くまで少しだけ時間を置いて、戸塚は天使らしい提案を行う。

 

「あのね。みんなで『わっ!』って驚かすのは八幡が少し可哀想だし、ぼくたちも千葉村にいるよって伝えるのはどうかな?」

 

「そうね。逃げられさえしなければ良いのだから、彼の所在を確認した後で今回はその方針でいきましょうか」

 

「うん、あたしも賛成!」

 

「それだけでも兄からすればビックリですよねー」

 

 ちょうどログハウスに到着したので、各自がいったん荷物を置いて再び建物の前に集まった。小町がメッセージアプリを立ち上げて、その内容を全員が見られる状態にする。

 

 こうして兄妹による文字での会話が始まった。

 

 

***

 

 

『お兄ちゃん、今どんな感じ?』

 

『相変わらずアバウトな質問だな。スタッフは仕事場に帰って、俺はまだ千葉村でのんびりしてる』

 

 先程やって来た小学生の集団を目にして以来、比企谷八幡は入村客の様子を見る気が失せて、ベッドで横になりながら考え事に耽っていた。そこに突然メッセージが来たので、彼は頭を切り換える目的もあってすぐに返事を送った。

 

『どこか歩き回ってるの?』

 

『おもいで広場ってあっただろ。駐車場の前の。あの近くの小屋で引き籠もってる』

 

『お兄ちゃん……。せっかく自然の中にいるんだし、外に出てみたら?』

 

『なんか朝から動いてたからか、ちょっと疲れた気分でな』

 

 実際には疲れている理由は明白なのだが、八幡はあえてこう書いた。余計なことを妹に伝える必要はないと考えたのだ。

 

『何かあったの?』

 

『何もねーよ。んじゃ、ちょっと外の空気でも吸って来るわ。つどいの像とか入り口の看板の写真を撮ってくるから、後で送るな』

 

 しかし長年にわたって連れ添った妹の鋭さは侮れない。シンプルながらも八幡には答えにくい問いかけが返って来た。八幡は少し間を置こうと考えて、先程の妹の提案を持ち出して会話を閉じようとする。しかし次に届いたメッセージを見て、彼はその場で固まってしまった。

 

『小町は今、林間キャンプ場にいるから、つどいの像の前で待っててね』

 

「……は?」

 

 こうして彼らは無事に合流した。

 

 

***

 

 

「で、なんでお前ら勢揃いしてこんなとこに居るんだ?」

 

 妹の意向に逆らうという選択肢が存在しない以上、八幡は潔く諦めて像の前で待っていた。そんな彼の視界に見知った人物たちが姿を見せる。大きくため息をついて、八幡は返答の内容をおおよそ予測しながらも基本的な質問を投げかけた。

 

「あら、言わなかったかしら。今日から二泊三日の予定で合宿を行うと」

 

「行き先がこことは言ってなかった気がするが?」

 

「詳細を告げる前に貴方が不参加を表明したのではなかったかしら?」

 

 故意であることを隠そうともせず、しかし雪ノ下は表面的には否認を貫く。二人がこの種の口論を始めた以上は傍観するのが吉だ。そう学習して久しい面々は、口を差し挟むことなく静かにしている。

 

「群馬県を作ったって言っただけなのに、なんでピンポイントにここだと判ったんだ?」

 

「それは私の説明が悪かったわね。貴方は『千葉村を作っている』とは言ったものの『群馬県を作っている』とは言っていなかったのだから。伏してお詫び申し上げ謹んで訂正させて頂きます」

 

「おい、今更すぎるだろ……」

 

 大袈裟な表現で形だけの謝罪を行う雪ノ下に、八幡は呆れたような声で応えた。だがこの時点での雪ノ下は、自身の中に八幡への甘えがあることには気付かない。もくろみがうまくいったと気をよくして、彼女はそのまま言葉を続ける。

 

「さて。こうして無事に比企谷くんも参加できる形になって、合宿は上々の滑り出しね。そういえば貴方は『合宿に参加できるなら率先して雑用を行う』などと供述していた気がするのだけれど?」

 

「俺が何かの容疑者みたいな言い方は止めてくんない?」

 

 せめて一矢でも報いてやろうと、八幡は目の前の少女を挑発しながら話を逸らそうと図る。さすがの雪ノ下も思惑が完璧に嵌まったこの状況では気の緩みが出たのか、彼の期待通りに反論を行ってきた。

 

「少なくとも私たちは、貴方に逃亡のおそれがあると思っていたのだけれど?」

 

「ま、お兄ちゃんですからねー。小町も誘ってもらったし、みんなで一緒に合宿できるんだから、いい加減に諦めたら?」

 

「ごめんねヒッキー……。でも、せっかくだし一緒に楽しもうよ」

 

「八幡が機嫌を悪くするのも解るけど……ごめんね。できたらぼくも八幡と一緒に合宿したいな」

 

「おう。じゃあ今から何をしようか。ってテニスだな。テニスに決まってるよな。じゃあ早速コートに移動して……」

 

 申し訳なさそうに話す戸塚の言葉を聞いて、なぜかほっとした表情を少し浮かべながら、八幡はたちまち態度を豹変させた。そんな彼に向けて一斉に非難の嵐が巻き起ころうとした瞬間。送迎バスがクラクションを鳴らして彼らの前を通り過ぎた。

 

 

***

 

 

「座ってばっかなのも疲れるし」

 

「葉山先輩のお話が楽しいから、わたしはぜんぜん退屈しませんでしたよ〜」

 

「はやはち運命の出逢いに向けてカウントダウンしてたから、私もちょっと疲れたかな」

 

「やっぱ運命ってあるでしょー!」

 

 バスから降りてきた騒々しい集団が、八幡たちの居る像の前に近付いて来た。彼らを代表するように葉山隼人が口を開く。

 

「やあ。俺たちのほうが遅くなったけど、今のところ予定は……」

 

「平塚先生によるとスケジュール通りに進んでいるそうよ」

 

 言葉をかぶせるように雪ノ下が答えて、そのまま口を閉じる。何とも言えない空気が漂い始めるのを嫌って、由比ヶ浜がフォローに入った。

 

「あ、えーと。あたしたちは荷物を置いてきたから、みんなも先にログハウスに行って来たら?」

 

「ログハウスって、テンション上がるでしょ。あ、でもバンガローとどう違うの隼人くーん?」

 

 普段なら相手をするのが面倒な戸部翔だが、この場では多くがほっとした表情を浮かべていた。そのまま少しだけ雑談をした後で、由比ヶ浜が彼らを先導してキャンプ場へと去って行った。

 

 

 彼らが視界から消えるのを待って、八幡が口を開く。

 

「で、なんであいつらも来たんだ?」

 

「三浦さんと一色さんに相談されたのよ。この時期は毎年インターハイが行われているのだけれど、この世界では予選にすら参加できない状況でしょう。そんな葉山くんたちを元気付けるために合同合宿を行いたいと」

 

「理屈は通ってるけど、なんか引っ掛かるな。あれじゃね。あいつらがお前や由比ヶ浜と一緒に遊びたいって目的もあるんじゃね?」

 

「そ、そうなのかしら?」

 

 珍しく挙動不審の気配を漂わせて、雪ノ下がかろうじて反応した。八幡にとっては絶好の反撃のチャンスだったのだが、続いて口を開いた人物のお陰でその機会は永遠に去ってしまった。

 

「もしかしたらそうかもね。合同合宿って言われたから、ぼく参加しても良いのかなって悩んでたんだけど。サッカー部からは葉山くんと戸部くんだけって、ちょっと変だなって思って」

 

「おいおい、戸塚は何にでも参加していいんだぞ」

 

「またお兄ちゃんの病気が始まったよ……」

 

「八幡はそう言ってくれるけど、材木座くんも締め切りがどうとかで参加できないって言うし、ちょっと不安だったんだよ?」

 

「あー、えーと。小町の家に来てもらった時も皆さん仲良さそうでしたし、三浦さんたちがまた集まりたいって思う気持ちも分かりますねー」

 

 このままでは二人の世界を作られてしまうと、慌てて小町が口を挟んだ。普段なら雪ノ下の収拾を待てば良い場面だが、先程から小町が横目で観察している限り、彼女はまだ平静を取り戻せていないように見える。

 

「それなら葉山も戸部も抜きで良かったのにな」

 

「お兄ちゃん、確かにあのイケメンが相手だとやばいよ。絶対に勝てないよ!」

 

「小町ちゃん、八幡には八幡の良さがあるよ。それに三浦さんたちも葉山くんとは一緒に来たかっただろうしね」

 

「と、戸塚さんの発言が眩しすぎる……」

 

「おいおい小町。戸塚が天使なのは当たり前だろ。まああれだ。部の合宿を名目に仲の良い連中が集まったって思えば良いんじゃね。俺まで巻き込むのはどうかと思うが」

 

「はあ……。彼女らの目的がどうあれ、学校行事に準じる形で今回の合宿を計画したので、浮ついた気持ちで参加されると困るわね。あなたたちも気を引き締めるように」

 

 一緒に遊びたいという希望も含めた相談だったのかもしれない。その可能性を指摘されて、嬉しさと照れ臭さで表情が安定しない雪ノ下は、なんとか威厳を作りながら話をまとめた。年下の女の子にまで「雪乃さん可愛いなー」と思われているなど予想だにせず、彼女は真面目な表情を頑張って維持しようと努めるのだった。

 

 

***

 

 

 幸いなことに、葉山たちが戻って来るのと時を同じくして、平塚先生も打ち合わせから戻って来た。場所をおもいで広場に移して、生徒たちは教師を前に思い思いの場所に散らばって話が始まるのを待っている。

 

「今のところ、小学生たちの林間学校は予定通りに進んでいる。今はオリエンテーリングを行っているが、特に時間を競ったりはせず気楽に楽しむ形だと言っていたな。やることがないので、あちらの責任者も暇そうにしていたよ」

 

 コースから外れて迷ったり崖から落ちたりしないように、千葉村に入村した小学生たちは行動範囲が制限されている。更には責任者の地図アプリで全員の位置が常時確認できる。

 

 現実であれば危険な場所には欠かさず監視員を配置する必要があるが、この世界では安全が保証されているために引率者も暇を持て余しているのだと彼女は説明した。

 

「君たちにサポートしてもらうのは次の飯盒炊爨からだ。といっても、我々が食べるぶんを準備しながら、手の空いた者が小学生の間を見て回る程度で問題ない。調理の手助けをするよりも、積極的に話しかけてくれると助かるな」

 

 それを聞いて八幡と雪ノ下が少し表情を硬くした。全員の反応を順番に眺めていた教師はもちろん彼らの変化に気付いていたが、あえて手を差し伸べようとはしなかった。全員の前で言う事でもないし、何を言うにしても実際に行動をした後が良いだろうと考えたのだ。

 

 

 気軽なボランティアだとか、合宿のようなものだとか、生徒たちにそう説明した彼女に嘘はない。だが、それらとは別の意図を持っていたのも確かだった。人付き合いの経験に乏しい二人にとって、この数日間が少しでも良い切っ掛けになればと彼女は考えていた。

 

 当初は奉仕部の三人に仲の良い数人を加えた編成を予定していたが、葉山たちが参加してくれたのは僥倖だったと彼女は思う。それは参加者の人間関係という意味合いだけではない。

 

 生徒たちにはあえて伝えていないのだが、「文化部と運動部が共同で、インターハイの期間中に小学生相手のボランティアを行った」ことは大きな意味を持つだろうと彼女は考えている。今後に与える影響という意味でも、サッカー部という名前が参加する意義は大いにあったのだ。

 

 この場所で過ごす三日間が生徒たちにとって実り豊かな経験になるように。そして予算を巡って揉めた後も水面下で燻り続けている文化部と運動部の対立解消に良い影響を及ぼしてくれるように。

 

 そうしたことを内心で願いながら、平塚先生は注意事項を話し終えた。

 

「小学生がこの広場にいったん集合した時に、君たちを紹介する予定になっている。……そうだな。葉山、代表で挨拶を頼めるかね?」

 

「わかりました。大丈夫です」

 

「もう少しだけ時間に余裕があるので、各々自由に過ごしていてくれたまえ」

 

 

 さすがに遠くに行こうと言い出す者もなく、広場の中で雑談の輪が広がっていた。そんな生徒たちを尻目に、八幡はゆっくりと教師のもとに近付いて行く。

 

「先生。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 

「どうした比企谷。小学生と話をするのは緊張するかね?」

 

 茶化すようなことを口にした平塚先生だったが、八幡の表情を見て口を閉ざす。彼の雰囲気が少し変だと気付いた雪ノ下と由比ヶ浜、更には戸塚と小町も八幡を追って近寄ってきた。

 

「さっき説明にあった地図アプリなんですけど、先生も確認できるんですか?」

 

「小学生たちの位置を確認するという話なら可能だが、それがどうしたのかね?」

 

「ちょっと見せてもらって良いですかね?」

 

 無言でアプリを立ち上げて、彼らにも見えるように表示を変更する。地図の上には小さな黒い点がいくつも存在していた。

 

「ちょっと拡大しますね。……たぶんこれだな」

 

 八幡が地図を限界まで拡大すると、そこには黒い点が四つ固まっていて、ほんの少しだけ離れた場所に黒い点が一つあった。オリエンテーリングは基本的に五人一組で行われているという話だ。

 

「ヒッキー、これって……」

 

 人間関係の機微に詳しい由比ヶ浜が、何かを悟ったように呟く。雪ノ下も小町も、そして戸塚も平塚先生も、すぐに彼女が言おうとしたことを理解した。

 

「小学生も大変だな……」

 

 画面から目を逸らしながら、八幡は力なくそう呟いた。

 




次回は金曜に更新予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


追記。
八幡と合流直後のシーンにて、戸塚や由比ヶ浜のセリフに変更を加え地の文を加筆・修正しました。(4/14)
細かな表現を修正し後書きを簡略にしました。大筋に変更はありません。(7/7)

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