俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回から原作4巻の内容に入ります。
本章から読み始めてみようという方々には、前話にて簡単なまとめを用意しましたので、先にそれに目を通して頂けると嬉しいです。
では、本章もよろしくお願いします。



原作4巻
01.つまるところ彼は必然的に巻き込まれる。


 強い日差しが照りつけている。付近を歩く人たちは一様に疲れた表情で足を動かしている。一刻も早く涼しい場所に避難したいと思いながらも、これ以上は汗をかきたくないと我慢して歩いているのだろう。

 

 八月初日、平塚静はそんな歩行者たちを日陰からぼんやりと眺めながら、生徒たちが来るのを待っていた。集合場所に指定した駅前のロータリーで、彼女は少し早めの時間から待機していた。

 

「平塚先生、おはようございます。お早いですね」

 

「ん、雪ノ下か。おはよう。昨日はよく眠れたかね?」

 

「ええ。新しく解放されたエリアをアップデート初日に体験できるわけですが。それに興奮して眠れないほど子供ではありませんので」

 

「お見通しなら仕方がないが、現地までは自動運転にするつもりだから安心したまえ」

 

 苦笑しながら教師はそう答えた。雪ノ下雪乃に睡眠不足とその理由をあっさり見抜かれたわけだが、彼女ら姉妹と付き合いの長い平塚は慣れたものだった。

 

 それに集合時間にはまだ充分な余裕がある。にもかかわらず雪ノ下が現れたのは、彼女もまた今回の遠出を楽しみにしていたからだろう。眠れないほど子供ではないが、逸る気持ちを抑えられるほど大人ではないといったところか。

 

 おそらく以前の雪ノ下であれば、きっちり五分前に到着していたのではないか。それに比べると現状の変化は、彼女にとって好ましいものだと平塚は思う。精神年齢が高いのも善し悪しなのだ。私のような若々しい行動とまではいかなくとも、これで充分に可愛らしい行動だと言えるだろう。

 

「由比ヶ浜さんは、おそらく最後でしょうね」

 

「ふむ。その根拠は?」

 

「今日を楽しみにして前日までに支度を終えていたにもかかわらず、やっぱりあれも持っていこうとか、どうしてこれを荷物に含めていなかったのか等々、時間が許す限り悩んでいる姿が想像できるのですが」

 

「なるほど。それに由比ヶ浜はあちらとの調整もあるだろうしな」

 

「意外に大人数になってしまいましたね。先生にはお手数をおかけしますが……」

 

「なに、この程度の手間など問題ではないよ。君達は今回の合宿をしっかり楽しみたまえ。もちろん働いてもらう部分はちゃんと働いてもらうがね」

 

 

 そんな雑談を続けていると、戸塚彩加と比企谷小町が連れ立って現れた。なんでも駅の手前で偶然いっしょになったらしい。疲れた様子など微塵も感じられない元気な声で小町が挨拶をした。

 

「おはようございます。今日は小町も誘ってもらって嬉しいです!」

 

「現地では雑用もあるのだし、お礼を言いたいのはこちらのほうだよ。そのかわり時間には余裕があるので、用事がない時は好きに過ごしてくれたまえ」

 

「今日は、比企谷くんは予定通りに?」

 

「はい。朝早くから出かけてました。たぶんビックリしますよねー」

 

「八幡を驚かせるのはちょっと気が引けるけど、こういう悪巧みも()()()()悪くないよね」

 

「お、戸塚さんもワルですなー。でもでも、気兼ねなくイタズラができる関係っていいですよね」

 

 高二に進級してこの世界に巻き込まれてから、兄の交友関係は飛躍的に広がった。なにせ高一の時は友人と呼べる関係など皆無に等しかったのだ。かろうじて体育の時間に言葉を交わす相手がいた程度で、それも深い付き合いではないと小町は聞いていた。

 

 兄が中学の頃は悪ふざけに巻き込まれることが時々あって、そのたびに彼の目は淀みがひどくなっていった。濁ったとも腐ったとも評される彼の目は、好きこのんで身に着けたものではない。同級生の悪意に晒されても自分を見失わないように、自衛のために身に着けたに過ぎない。

 

 そうした経緯を身内ゆえに誰よりもよく知っている小町は、兄を取り巻く環境の変化を人一倍喜んでいた。悪意のかけらも感じられないイタズラを気兼ねなくやり合える仲間。兄がそれを得られたことを、小町は我が事のように嬉しく思っていたのだ。

 

「小町ちゃんとは違ってぼくは家族じゃないし、八幡が気を悪くしないかなって」

 

 晴れやかな笑顔を浮かべている小町に向かって胸に抱く疑念を伝えるのは忍びなく、戸塚は小声でぽつりとつぶやいた。先ほど遠慮がちに示唆した言葉も、その真意は彼女には届いていないのだろう。内心で危ぶんでいることが杞憂に終わることを、天使はこっそりと願った。

 

 長くカースト底辺にあって、時には愚痴をこぼしつつも腐ることなく日々を過ごしてきた兄の境遇を、小町が体験したことはない。捻デレゆえに余人には解りにくい兄のプラスの感情を、彼女はつぶさに把握することができる。しかし彼のマイナスの感情を小町は把握し切れていなかった。

 

 この時点での小町は、兄への甘えが無意識に出ていることには気付いていなかった。彼女がそれを知るにはこの日の夜を待たなければならない。

 

 

「ま、間に合った……。やっはろー」

 

 二分前に現れた由比ヶ浜結衣は、疲れた表情ながらも普段通りの挨拶を口にした。苦笑しながらも小町と戸塚は同じ挨拶を元気に返し、雪ノ下はきちんと挨拶を行う。

 

「では出発しようか。道中の景色を楽しみながら行くとしよう」

 

 くわえていた電子たばこを片手に取って、健康への害について何か言いたそうにしている雪ノ下に目だけで謝意を伝えて、平塚はロータリーに佇むワンボックスカーに足を向ける。

 

「お兄ちゃん、今頃なにしてるかなー」

 

 教師の後を追ってゆっくりと移動していると、不意に小町がそうつぶやいた。

 

「八幡のことだから、新しい世界を楽しんでるんじゃないかな」

 

「ええ。面倒事は避けるのが普通の比企谷くんにしては、終業式の時からそわそわしていたものね」

 

「うん。いつもと違って目が少し輝いてる感じだったよね」

 

 夏休み前の最後の日に、奉仕部の三人は部室に集まってしばしの時を過ごした。その時に見た彼の姿を、今日が待ちきれない様子だった彼の姿を思い出しながら、雪ノ下と由比ヶ浜は先行する二人に続いて車の中へと入っていった。

 

 

***

 

 

「合宿?」

 

「ええ。半分はボランティアなのだけれど、平塚先生は自由な時間も多く取れると言っていたわね。だから奉仕部の合宿と考えてくれたら良いと」

 

 終業式が終わってあとは夏休みを迎えるだけの木曜日。一学期の簡単な振り返りをするという理由で比企谷八幡は部室に招集された。

 

 とはいえこの一ヶ月は簡単な依頼しか来ていないので、本来の用事はすでに済んでいる。女子生徒二人が雑談に花を咲かせる様子を眺めながら、彼は夏休みの過ごしかたについて思いを馳せていた。

 

「何だか楽しそうじゃん。でもちょっと急な話だよね」

 

「話は前々からあったのだけれど、どこかで情報が止まっていたみたいね。夏休み直前にそれに気付いて、慌てて対応を練ったというところかしら」

 

「ふぅん。ヒッキーはどう?」

 

「おい、いきなり話を振らないで欲しいんだけど」

 

「そうは言いつつも、話の流れは把握しているのでしょう、聞き谷くん?」

 

「俺がいつも聞き耳を立ててるような呼び方は止めてくれませんかね。たしか合宿って言葉が聞こえた気がするんだが、夏休みにわざわざ何かやんの?」

 

「ヒッキー、やる気なさすぎだし」

 

 呆れた声色の由比ヶ浜だが、苦笑交じりの表情といい八幡を咎める様子はない。それは雪ノ下も同様で、面倒を避けるという彼の習性は部内で周知されて久しい。今さらそんな程度のことを問題にするほど三人の関係は浅いものではなかった。

 

「来月一日から二泊三日の予定なのだけれど、二人の都合を教えてもらえるかしら?」

 

「あー。それは俺、ダメだわ」

 

「貴方がそう言い切るのは珍しいわね。大抵はどんな理由を捏造しようかとあたふたしていたはずなのだけれど」

 

「うん。ヒッキーの言い訳って分かりやすいよね」

 

「お前らな……。あれだ、来月になると同時にアップデートがあるだろ。職場見学の時に俺が手掛けた場所を見に来ないかって、運営に誘われてんだよ」

 

「今は東京と千葉の二都県だけなのが、アップデートで関東一円にまで世界が広がるという話だったわね」

 

「アップデートにはもう一つ目玉があるらしいけどな。そっちは俺は何も知らんけど、世界を構築するのは楽しかったぞ。いちおう口止めされてるから、詳しいことを喋れないのが残念だが」

 

「あら。俺は群馬県を作っているんだと、職場見学のお昼休みに得意げに語っていたのは誰だったかしら?」

 

「え、俺そんなこと言ったっけ?」

 

 雪ノ下の記憶力の良さに改めておののきながらも、八幡は彼女を忌避することも揶揄することもない。

 

 あの時に別々の部署で行った見学については、自分も楽しかったし他の二人も楽しそうだったという印象が八幡には残っている。それにしても昼休みに合流したときにそんなことを喋っていたとは迂闊だった。とはいえ運営に守秘義務を言われる前のことだしバレるまで黙っておこうと、八幡はそんなことを考えていた。

 

「ええ。『俺はこの世界の神だ』などと言い出しかねない口調だったわよ。何か変な病気でも再燃したのかと……」

 

「速やかに忘れて下さいごめんなさい」

 

 頼むからこれ以上は誰にも広まることなく闇に消えて欲しいなと、八幡は己の過去を反省する。

 

「で、でもさ。ヒッキーが作ったって場所も、いつかみんなで行ってみたいよね」

 

「そうね。()()()その話は実現させるとして、では比企谷くんは()()()()不参加という形にしておくわね。由比ヶ浜さん、合宿の詳しい話は近々また連絡するわ」

 

「うん、分かった!」

 

「俺も行きたかったんだけど、用事があるから仕方ないよなー。お前ら二人で楽しんできてくれよ」

 

「ヒッキー、わざとらしいこと言ってるし」

 

「ふっ。由比ヶ浜さん、堂々とサボれる理由を手に入れて有頂天になっているだけなのだから、たまには大目に見てあげましょう」

 

「お、どうした雪ノ下。今日は妙に優しいな。いやホント、俺も合宿とか行きたかったなー」

 

 もしも見目麗しい二人の部活仲間と一緒に合宿を行う話が現実になれば、おそらく八幡は挙動不審に陥っていただろう。思春期男子なら仕方のないことだが、その反動もあってか今の八幡は安心感に包まれ饒舌になっていた。

 

「合宿といっても、ボランティアや雑用の時間もそれなりにあるみたいだから、比企谷くんは不参加で良かったかもしれないわね」

 

「おいおい、専業主夫志望の俺をなめるなよ。もし参加できていたら率先して雑用とかやるに決まってんだろ。陰ながら支えるとか超得意だぞ」

 

「ヒッキーは認識されてないだけじゃん……」

 

「由比ヶ浜さん、今日のところは言わせておきましょう。()()()貴方が合宿に参加していたなら、人一倍熱心に働いてくれたでしょうに。それを思うと残念ね」

 

「ま、仮定法で話をしても仕方がないからな。こっちはこっちで楽しんでくるわ」

 

 珍しく目を輝かせながら話している八幡を、雪ノ下は柔らかい笑顔で眺める。熱中できる対象を得て彼が楽しそうにしているがゆえに。そして、近い未来に彼を待ち受けている展開を把握しているがゆえに。

 

「では、今学期の奉仕部の活動はこれで終了とします。各自、充実した夏休みを過ごして下さい」

 

「あ、でも、夏休みも時々集まろうね!」

 

「ま、予定が合えばな」

 

 由比ヶ浜の提案に水を差すようなことを言う八幡だが、彼をどう誘い出せば良いかは既に二人とも充分に理解している。それぞれに思惑を抱えながら、こうして三人による今学期の部活動は無事終了した。

 

 

***

 

 

 ここは仮想空間だというのに、気のせいか千葉の街中よりも空気が美味しい気がする。八幡はそんなことを考えながら目的地へと到着した。彼を待ってくれていた運営の人と合流して、そのまま各所を見て回ることにする。

 

「月初めに朝からお疲れさん。見学の時と同じように、気楽に話してくれたらいいからな」

 

「うす。今日はお世話になります」

 

「一般プレイヤーが立入禁止の間に、ひととおり回っておこう」

 

 そう言って歩き始める運営スタッフに従いながら、八幡はふと思い付いた疑問を口にした。

 

「あ、そういえば。電車とバスですんなりここまで来られたんですけど、一般への開放はまだなんですよね?」

 

「ああ。君の情報は登録しておいたから自由に行き来が出来るけど、他の人たちは正午以降だな」

 

「0時のアップデートと同時に解放しなかったのは、どうしてですか?」

 

「それでも良かったんだけど、夜中に移動する人が多く出るのも不健康だし、不測の事態に備えるなら昼間のほうが良いって話になってな。それに最初のアップデートの時、君たちの高校でも教師の権限で出入りを制限されただろ?」

 

「ああ、そういえば放課後までは外出禁止になってましたね」

 

「そうした行為も考慮して決定したって感じだな」

 

 運営に送られた要望に対応する部署を、たしか由比ヶ浜が最初に見学していたはずだ。八幡はそんなことをふと思い出す。この世界に多くの人を幽閉した件については何ら悪びれる様子のない運営だが、細かな部分では対応がちゃんとしてるんだよなと、八幡は複雑な表情で考え込んでしまった。

 

 

「じゃあ、今度は俺からの質問だ。どうして君はこの施設をこの世界で再現しようと思ったんだ?」

 

 設備の老朽化や利用者の減少を理由に、千葉市はこの施設の運営から手を引くことを表明した。そうした動きを受けて、運営の当初の案ではここは立入禁止区域になる予定だったのだ。

 

「千葉の中学生って、何だかんだでみんなここに来るんですよ。自然教室とかそんな感じで。うちの妹も去年来たんですけど、もし現実で施設が廃止になったら、それより下の世代と話が合わなくなるじゃないですか」

 

「ああ、確かにそれは寂しいわな」

 

「あと、どこかの変な運営がやらかしてくれたお陰で、この世界に巻き込まれた千葉の中二の生徒たちって、ここに来られないんですよね」

 

「まあ、その批判は甘んじて受ける。なるほどな」

 

「発想としては、現実では撤退したはずのお店が駅前で健在だったのを見たからですけどね。例のシアトル発祥のコーヒーチェーン店です。最初のアップデートの時にクーポン配ってましたよね」

 

「あれか。スポンサーの意向に従っただけだと記憶しているが、それを契機に発想を広げた君の思考力は面白いな」

 

「ゲームマスターにも視野の広さと関連性を見付ける能力とやらは褒めてもらいましたよ。もっとも、直後に上げて落とされるのを体験しましたが」

 

「ははは。まあ、あの人に言われたら仕方ないわな。で、どうだ。君の記憶通りの施設になってるか?」

 

「ええ。何だか懐かしいですね」

 

 

 そのまま無言で、二人はしばらく時間を掛けて周囲を見て回った。

 

 この世界なら設備の老朽化を心配する必要もないし、定員なども考えなくて済む。中学生の頃を懐かしむ千葉出身者にも楽しんでもらえるだろうし、この世界にいる中二や中一の連中も同じ体験を共有できるだろう。

 

 八幡には中学時代に良い記憶がほとんどない。ここに来た時も、周囲から注目されないようにと静かに時間が経つのを待っていただけで、集団行動を強いられるのが嫌で仕方がなかった。正直に言って、早く家に帰りたいと思いながら過ごしていた記憶しかない。

 

 だが、数年という時間を経て現実そっくりのこの場所を歩き回っていると、八幡はなぜか過去を嫌悪する気持ちよりも、過去を懐かしむ気持ちを強く感じた。

 

 そもそもは、妹が下の世代と断絶する要素を取り除いてやろうと思っただけなのに。今では八幡自身が、下の世代にもこの場所の記憶を持ち帰って欲しいと思っている。できれば自分のようなつまらない記憶ではなく、楽しい思い出として。

 

「場所の記憶って、そこで嫌なことがあったら一緒に嫌悪しそうなものですけど。切り離して考えたほうが良いんですかね?」

 

「その年で、君はなかなか達観しているみたいだな。俺もまだまだ未熟だから、偉そうな事は言えないが。強いて言えば、一緒にするのも切り離すのも自由じゃないかな」

 

「あー。なんか上手いこと言いますね。でも、なるほどなぁ」

 

「あとは、時間が経つと受け取り方も変わるみたいだな。だから自分の中で拘りのある出来事なら、時間を置いて考え続けたほうが良いって、上の先輩が言ってたな。その時には解らなかったことでも、後になって突然理解できることがあるからって」

 

 そこまでの話になると、まだ高校生に過ぎない八幡には遠い話のように思えてしまった。柄にもなく来し方を振り返ってしまったが、今の彼は目先の問題に対処するだけで精一杯なのだ。過去の失敗を考え直すよりも、せっかく得られた今の環境でどう過ごすかが彼にとっては最優先される。

 

 

「お、そろそろ開放の時間だけど、これからどうする?」

 

「特に用事はないんですけどね。早く帰って変なボランティアに巻き込まれるのも嫌だし、夕方ぐらいまではここでのんびりしようかなと」

 

 八幡は少し考えた末にそう答えた。おそらく彼ならそう考えるだろうと、とある部長が予測していた通りに。

 

「なんなら泊まってくれてもいいぞ。ここは君が作った施設だから、利用料金も必要ないしな。友達に心配さえかけなければ、ここで好きなだけ過ごしたら良い」

 

「それも良いかもしれませんね。妹も何か用事があるとか言ってたし」

 

「俺は仕事場に帰るけど、もし残るなら、一般への解放前からここに居たことがバレないように頼むな」

 

「じゃあ、お客の様子をこっそり窺いながら、しばらく個室で引き籠もってますよ」

 

「そのまま出て来ないとかはやめてくれな。見学時の君の協力と、今日の下見に付き合ってくれたことに感謝する。君の将来を楽しみにしているよ。お世辞じゃなくてな」

 

 そう言って運営スタッフは去って行った。気を遣って話しやすい雰囲気を作ってくれていたのは八幡も充分に理解している。そのお陰で、彼にしては口数も多かったし、誤解を怖れることなく思い付いた先から喋っていた気がする。

 

 だが一人になってみると、やはり無意識に身構えていたのだなと自覚してしまう。大きく息をはいて、八幡は個室の手配をしてその部屋へと移動した。

 

 

***

 

 

 どれほど時間が経ったのだろうか。先ほど運営スタッフに言われたことを頭の中で再考しながら窓の外をぼんやり眺めていた八幡の視界に、大型のバスが映り込んだ。

 

 そのまま見るとはなしに見ていると、バスからは小学生とおぼしき集団が順番に降りてきた。この世界はR-12の設定だが、特例として受験を考えている6年生は塾によってはログインを許可されたはずだ。おそらくは、そういうことなのだろう。

 

 自分の中で納得して、八幡は小学生から視線を逸らそうとした。気のせいか女子の比率が高い。女子小学生をこっそり覗く高校生など、誰かにバレたら致命的だ。

 

「あ、あれで全部か」

 

 しかし八幡が目を別に向ける前に、乗降口からは人影が途絶えた。結果的に全ての児童が降りてくる様子を見てしまったわけだが、済んだ事は仕方がない。要はバレなければ良いのだ。

 

「あ、いや。まだいたのか」

 

 紫がかった黒髪をストレートに下ろした少女が一人、バスから降りてきた。そのまま他の児童との距離を少し空けた状態で集団の後をゆっくり追い掛けて行く。

 

 健康的な彼女の様子からは、バスで気分が悪くなったとは考えられない。距離を保っていることを考えると、忘れ物をしたから遅れたという理由でもないのだろう。

 

 

 その時、ふと彼女が振り返った。そして真っ直ぐに宿泊施設の方角を、八幡が隠れている個室の窓を鋭く射貫く。視線をぶつけられたまま、八幡は目を逸らすことができなかった。

 

 やがて彼女は少し俯いて、そして勢いよく振り返って早足で集団の後を追った。

 

 八幡は彼女が視界から消えるまで、少女の後ろ姿から目を離せなかった。




本章からアラビア数字よりも漢数字を多めにするなど、細かな表現上の変更を行っています。
特に大きな変更はありませんが、気になった方が居られましたら申し訳ありません。
今後も、より読み易い形を模索したいと考えています。

次回は月曜に更新する予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


追記。
冒頭で小町と戸塚が登場するシーンにて、戸塚のセリフと地の文を書き加えました。(4/14)
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(7/7)

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