俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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お久しぶりです。今日からまた定期的に更新したいと思っていますので、よろしくお願いします。

今回は雪ノ下視点の番外編です。本筋には書いていない内容を詰め合わせたものになります。



番外編:なぜか彼女は会議に追われる日々を送る。

 とある月曜日の放課後のこと。雪ノ下雪乃は部室へ向かう道すがら、ここ最近あったことを思い出してこう呟いた。

 

「気のせいか、妙に会議に縁のある一週間だった気がするのだけれど……」

 

 

***

 

 

 それは1週間前の月曜日だった。運営の仕事場を訪れた彼女らは、まずは別々の部署で職場見学を行っていた。

 

「今週末にアップデート予定なのは知ってるよね?この世界でもペットの飼育が可能になるんだけど、今から流す動画はそれを最終決定した時の会議を編集したやつね」

 

「了解です。もしも途中で質問があれば発言しても?」

 

「遠慮なく言ってくれたら良いよ。それと、途中で何度か意見を聞こうと思うんだけど、緊張しないで……」

 

「ええ。では遠慮なく意見を述べさせて頂きます」

 

 高校生離れした堂々たる態度の雪ノ下に、案内する側が苦笑している。差し迫った仕事を抱えていないスタッフが何人か加わって、彼女以外は全て大人という状況だ。普通なら気後れしそうなものだが、雪ノ下はこうした環境に慣れていた。

 

 

 動画の再生が始まってしばらくして、雪ノ下が内容に、ついて来られているのか確認するために担当者が口を開く。

 

「少し議論が停滞してるけど、現状の論点は解る?」

 

「先ほど経理の方が指摘した問題点を、営業の方が論点を逸らす形で回避しようとして、話が平行線になっていますね」

 

「理解が早いねー。じゃあ、さくさく進めるね」

 

 返答内容によっては理解を誘導する質問をしてあげよう。そう思いながら身構えていた運営の面々は、またもや苦笑いを浮かべていた。会議の様子を見ても物怖じせず、議論の流れも把握できている。ならばこの場で会議を疑似体験させても問題ないだろうと、大人たちは判断した。

 

 

 なにぶん専門的な知識も実務経験も不足しているだけに、雪ノ下の意見は的外れなものも少なくなかった。そもそも第三者の立場で会議の内容を理解するのと、実際に参加しながら状況を把握するのとでは難度が違う。

 

 それでも雪ノ下は最後まで怯むことなく自分の考えを表明し続けた。雪ノ下の娘として過ごして来た過去の経験によって、彼女は不用意な発言を許されない場面とそうでない場面とを判別することができた。今は間違いを怖れず意見を述べて、将来の糧にすべき時だと彼女は考えたのである。

 

「……これで動画は全部だけど、予想以上に早く終わったねー」

 

 ゆえに担当者が会議の幕引きを示唆した時も、雪ノ下は迷わなかった。

 

「ひとつ、提案したいことがあるのですが」

 

「お、頼もしいね。ぜひ聞かせて貰えるかな?」

 

「では、『現実世界で飼っていたペットをこの世界でも飼うことができる』という要素と、『この世界で新たにペットを飼い始めることができる』という要素に加えて、『この世界でのペットの記憶を現実に戻った後も何らかの形で残すことができる』という要素を実現することは可能でしょうか?」

 

「それは……うん、成る程ね。ここは会議の場なので、もう少し詳しい説明をお願いできるかな?」

 

「ええ。たとえこの世界で動物を飼ったとしても現実に戻ったら無駄になるというのでは、二の足を踏む人が多いのではないかと思います。もしもこの世界でのペットとの時間が何かの形で残るのであれば、もっと気兼ねなく……」

 

「うん。提案の内容はだいたい解ったけど、それを実現するには各部門を説得する必要があるよね。技術畑はもちろんだけど営業や広報、何より経理にも承諾を得る必要があるんじゃない?まあ順番に片付けるとして、まずは貴女の提案を一言でまとめるとしたら、何て言えば良いと思う?」

 

 雪ノ下の発言を遮って担当者が口を挟んだが、その発言内容は彼女を誘導するためのものだった。少し呼吸を置いて熟慮したあとで、彼女は再び口を開く。

 

「そうですね。では、『継続性』という表現ではいかがですか?これで広報は納得できるのではないかと」

 

「うん、その表現は良いね。営業の手助けにもなると思うし、多くのプレイヤーに喜んで貰えると思う。長々と説明するのも大事だけど、明確な目標を掲げること、象徴的なワン・フレーズを上手く使うことも覚えておいてね。じゃあ、次は技術的な話かな。漠然とした意見で充分だから、貴女が考えていることを教えて貰えるかな?」

 

「上手く言えないのですが、例えば現実世界に残してきたペットに、こちらの世界で体験した記憶を睡眠学習のような形で伝えることができないかと考えたのですが……」

 

 この雪ノ下の発想を受けて、技術系のスタッフが補足を加えてくれた。この世界の情報を脳に直接入力している技術を応用して、夢を利用する形で実現できるかもしれないと。それに満足げに頷きながら担当者が話を続ける。

 

「じゃあ最後にコストの問題を検討しようか。物理的な側面と金銭的な側面があるけど、どう思う?」

 

「物理的な面は、先程の『継続性』を盾に押し通す形で。金銭的な面も、それを御旗にして営業の方に寄付の依頼を頑張って貰うのと、この世界でのペットの売り上げ増に繋がるという理由で押し切れば良いかと思ったのですが」

 

「うーん。まあ物理的な面は最終的にはそれしかないけど、金銭的な面はもう少し具体的な話が欲しいかな」

 

「では何かのイベントで、例えば毎年この時期に行われている東京わんにゃんショーなどに重ねて宣伝を打つのはいかがですか?」

 

「そうだね。既にそのイベントは告知済みだけど、直前のサプライズとしては面白いかも。それで、あとは主張をとにかく押すって方針なんだよね?」

 

 今までの問い掛けとは重みの違う、軽く付け足されたような確認の言葉に、雪ノ下は首を傾げながらも頷いた。

 

「ええ。理はこちらにあると思うのですが、何か問題でも?」

 

「貴女ぐらいの年齢なら、とことん正論を追い求めるのも悪くはないんだけどね。でも他人を説得するつもりなら、こちらの主張を繰り返すだけじゃなくてね。相手が満足するまで話を聴いてあげることで納得して貰う方法もあるってことを、心の片隅で覚えておいてくれると嬉しいかな」

 

 それは常に正面から事に当たり正論を貫いて来た雪ノ下にとっては、すぐには頷けないことだった。そもそも真っ向から彼女に物申すことなく、陰で文句を言い触らすような輩の話など聞きたくもないと雪ノ下は思う。対話をする価値を見出せない相手は過去に大勢いたのだ。

 

 しかし同時に、彼女は薄々そうした方法にも慣れる必要性を感じていた。大きな目標のためには小異を捨てる選択も有用だと考え始めていただけに、この忠告は彼女の胸にすとんと落ちた。

 

 その後、提案が通った充実感といくつかの課題を得た満足感を胸に、雪ノ下は部員2名と合流してゲームマスターとの対談に臨んだ。ちょうど1週間前のことだった。

 

 

***

 

 

 次の会議は3日後の木曜日に行われた。高校の会議室で開催された、部費の分配が課題の部長会議。生徒会長からの依頼で、雪ノ下はそこに公平な裁定者として招かれていた。彼女が司会を務める形で会議が始まる。

 

「では、まず各部長の意見を確認したいと思います。目で見て分かりやすいように、席替えをお願いしたいと思うのですが、それに反対の方はおられますか?……では、生徒会が示した妥協案に賛成・反対・態度保留で分かれて下さい」

 

 第三の選択肢を設けたおかげもあってか、反対意見も出ず移動はスムーズに済んだ。ロの字型に配置された長机の長辺最奥に座る雪ノ下と同じ側には賛成派が、机を挟んで彼らと向かい合う位置には反対派が、そして教室の下座に当たる短辺には中間派が固まる形だ。生徒会の役員たちは先程と変わらず、上座側の短辺に並んでいる。

 

「それでは、反対派の意見からお願いします」

 

 雪ノ下の凛とした態度に気圧されたのか、事前の情報では過激派と見られていた面々からの発言はない。誰も何も言わないならと、おずおずと手を上げた最初の生徒は、雪ノ下に見つめられながら話を聞いて貰えただけで満足したのだろう。まとまりのない主張を話し終えてすぐ、いそいそと賛成派の側に移動した。

 

 

「運動部と比べて、俺たち文化部はずっと少ない予算でやってきたわけだしさ。環境が変わったんだから、今度は運動部が少ない予算でやり繰りしてくれても良いと思うんだけど」

 

「そうそう。それに今まで『予算を多く貰って当然』って態度だったわけだし、何か一言あって良いと思うんだよな」

 

 だが、それで納得してくれる生徒達ばかりではない。脱落者が多く出ないうちにと考えたのだろう。冷静に理屈を組み立てられる反対派の生徒が次に発言を求め、血気盛んな生徒がそれに続いた。

 

 成る程。運動部に謝罪を求めるような生徒が居るのでは、話がまとまらないのも当然だと雪ノ下は思う。あの2人には別々の面倒臭さがあると考えながらも、彼女は私見を述べることなく引き続き意見を募った。

 

「少し良いかな?この会議で、運動部と文化部の対立が深まるような展開は誰も望んでいない。そうだよね?もしも文化部のことを見下すような態度の生徒が居るなら、見付けしだい教えて欲しい。こちらでちゃんと言い含めて、そんな態度を取らせないようにするからさ」

 

 会議室の雰囲気が悪くなりかけたところで、賛成派の葉山隼人が発言を始めた。場の調和を乱されそうになった時の反応は相変わらずだなと雪ノ下は思う。あまり認めたくはないが、彼の存在は会議を上手く収拾する為には有用なのだろう。

 

「でもさ、こっちで調子に乗ってる奴が居るなら注意するけど、文化部だって『予算が多くなるのは当たり前』って威張ってる奴が居るじゃん。そういうのはどうなのよ?」

 

 だが運動部にも頭に血が上りやすい生徒は少なからず存在している。彼らは火消しをするという葉山の意図に気付かず、逆に今こそ葉山が作ってくれたチャンスだとばかりに攻勢に出た。

 

 

 お互いに相手側を守銭奴扱いして罵り合って、会議室の中が騒然としてきても雪ノ下は動かない。先日の忠告を胸に、話を聴く態度を崩さないようにしようと自制心を働かせていた彼女は、静かであるがゆえに喧噪の中にあって次第に存在感を発揮し始めていた。

 

 葉山はそんな彼女を意外そうな表情で眺める。過去の雪ノ下であれば、議題から外れたほんの些細な雑談でも厳しくたしなめていたはずだ。少しずつざわめきが収まって行く教室の中で、今までとは全く違ったやり方で衆人の注目を集めている彼女。彼が知らない彼女の姿を目の当たりにして、葉山は目を逸らすことができない。

 

「では、賛否両派の意見はひとまず出尽くしたと考えて、態度保留の方々に意見を伺いたいと思います。同時に、賛否を決意された方々は移動して頂いて構いません」

 

 やがて室内が静寂を取り戻し、そこでやっと雪ノ下が口を開いた。ここまで彼女は意見を述べず、ただ進行役に徹していた。だが彼女の意図が生徒会の妥協案に近いものであろうとは簡単に推測できる。彼女の言葉ではなく態度に説得される形で、中間派からは多くが賛成派の位置に移動した。

 

「俺の部は生徒会の案でも予算がかなり増えてるし、もっと増えるなら嬉しいし、正直なところ賛否はどっちでも良いんだけどさ。予算が余ったら来年度に減らされるから無理にでも使ってしまえ、みたいな話が運動部とかでよくあったじゃん。金の分配よりもそういうのを先に改善して欲しいから、俺は態度保留にしてるんだけど」

 

 ただ1人出た中間派からの意見に対しても、雪ノ下は確たる返事を返さなかった。視線だけで生徒会役員を指名して無駄な出費の調査・改善を約束させ、同時にそれが高圧的で窮屈なものにならないよう気を付けることも表明させた。

 

 その解答に満足したのか発言者が席を移動するのに合わせて、反対派の中からも賛成派に鞍替えする生徒が出始める。しかし。

 

「生徒会の雑用を増やさないためにも、無駄な出費をするつもりは無いけどさ。この世界で大会に出られない運動部の代わりに、外の世界でも作品を見て貰える俺たち文化部が、総武高校を代表して頑張ろうとしてるんだしさ。もう少し予算が増えても良いと思うんだよね」

 

「そうだよな。こんな程度じゃ絶対に納得できないな」

 

 

 反対派に残ったのは、どうしても予算案に納得できない一派と、感情的に反対を決め込んでいる一派だった。ここが勝負所だし、そろそろ論破に移るべきか。

 

 雪ノ下が内心でそんな検討を始めた瞬間、隣の席から軽く脇腹を突かれた。奉仕部で彼女の心が逸る時に、彼女が必要以上に部員への口撃をエスカレートさせた時に、いつも適切なタイミングで窘めてくれた女子生徒の存在を思い出す。だが、今この場で隣に居るのはあの少女ではない。彼女の親友とも呼べる存在・海老名姫菜が楽しそうな表情で、目だけで意図を訴えていた。「まだ早い」と。

 

「あのな。それだったら俺の部の予算を削ってくれて良いから、そろそろ話をまとめようぜ。このまま決着がつかず明日も部活が休みになるほうが、俺も部員も嫌なんだけど」

 

 意外なことを言い始めた人物に教室内の視線が集中する。柔道部部長の城山は特に緊張の色も見せず、そのまま話を続ける。

 

「俺たちは最悪、畳があれば活動できるし、部費がゼロでも何とかなるんだわ。柔道着がダメになったらTシャツで乱取りとかやれば良いし、それでも部活中止よりはよっぽどマシだわな」

 

 強い先輩が卒業して弱小クラブを率いることになって、更にはこの世界に巻き込まれて大会への出場もできなくなって、かつて彼は鬱屈した日々を過ごしていた。だが、今はこの教室で裁定者として存在感を放っている雪ノ下が、柔道の楽しさを思い出させてくれた。

 

 テニス勝負の時に言われた彼女の言葉を、彼は今でも諳んじることができる。今の彼が柔道を楽しめているのも、部員達が戻って来てくれたのも、全ては雪ノ下のお陰だと思う城山は、恩を返すは今とばかりに堂々と己の意見を言い切った。

 

 

 そして、彼に続く生徒が現れる。

 

「うん。ぼくも城山くんと同じ意見かな。男テニの部費を削ってくれても良いから、今日で話を終わらせようよ」

 

 城山よりも更に奉仕部との縁が深い戸塚彩加が、健気に力強く表明する。男女を問わず庇護欲をそそられる容姿はそのままに、同時に瞳には強い決意を秘めて。

 

「明日から何日か駅前のテニススクールで体験募集をしててね。ぼく、ちょっと行ってみようと思ってるんだ。良さそうなら自費で通おうかなって。学校の予算が無くたって、部活をしたいと思ってる限りは何とかなるよ」

 

 大勢の前で話すことに慣れていない戸塚は独り言のように呟くだけだったが、彼の意思は教室に居る多くの生徒の耳に届いた。

 

 

 今こそ議論を収束させる絶好の機会だ。雪ノ下はそう考えたものの、今度は自らの意思によって動かないことを選択した。彼女の傍らでは海老名が満足そうな表情を浮かべている。少し腹立たしいが、今日の議論の幕引きの役目はあの生徒に任せたほうが良いと、雪ノ下は考えたのだ。

 

 この期に及んでも雪ノ下が動かないのを見て、彼は苦笑いを浮かべながら口を開いた。

 

「柔道部と男子テニス部だけに、手柄を掠われるわけにはいかないからね。運動部全体として、一律の予算削減を受け入れるよ。こちらの内部での説得は俺が責任を持って行うから、それで納得してくれないかな」

 

 葉山がそこまで言うのであればと、ここまで反対派で頑張っていた面々も次々と賛成派に鞍替えした。それどころか、運動部にここまで言わせても良いのかと、文化部の中からも予算カットを申し出る生徒が現れ始めた。意地になって反対の旗を降ろそうとしない一部の生徒を除けば、大勢は決したと見て良いだろう。

 

 

 そろそろ締めの言葉を口にすべきだと、ようやく雪ノ下は行動に出る決意を下した。今度は隣からも何の異論も出ない。

 

「では運動部全体、および申し出のあった文化部からは予算を一律カットして、それを全て予算増を希望する部活に配分します。昨年度と今年度の生徒会案で部費の増減を一覧にした表は、この会議が終わると同時に全校生徒に自動的に配布されます。今日の会議によって生じた差額については、一両日中の配布を約束します」

 

 たとえ反対派の部長たちが意地を貫こうとしたところで、金の亡者とは呼ばれたくないと部員達に突き上げられれば、結局は予算の増額を返上することになるだろう。事実、今も反対を主張している少数の生徒を除けば、ほぼ全てのクラブが予算カットを申し出ている。

 

 結果が落ち着くべきところに落ち着くのであれば、この程度の脅しは許されても良いだろう。雪ノ下はそんなことを考えながら、会議の閉会を宣言した。今から4日前の話になる。

 

 

***

 

 

 翌金曜日の昼休み。雪ノ下は奉仕部の部室に何人かの生徒を招集した。週の初めから続く奉仕部内の問題を解決すべく、動く時が来たのだ。

 

「最初に平塚先生、彼の動向について報告をお願いします」

 

「ああ。今は私が用意した教室に居るみたいだな。比企谷が放課後もそこで過ごすようなら、教室を出て施錠した時点で自動的に私に報告が来るから、すぐに全員宛に連絡しよう」

 

 平塚静は教師としての温情により、休み時間を過ごす場所に困っていた彼に空き教室を提供した。とはいえ、そこに罠が全く無いとは限らない。彼を陥れるための罠ではなく、彼を元気付けるために利用するだけなのだから許して貰おうと、彼女は内心でそんな言い訳を考えていた。

 

 

「次に川崎さん。昨夜の彼の様子を報告してくれるかしら」

 

「ああ。妹の影響が大きいと思うんだけど、一昨日と比べても回復してるのは明らかだったよ。別にこちらから動かなくても大丈夫かなってあたしは思ったんだけど」

 

「ええ。それも一つの選択だとは思うのだけれど、みんなの意見はどうかしら?」

 

「ぼくは、やっぱり八幡が落ち込んでるなら元気付けてあげたいなって思うよ」

 

「ほむん。落ち込んでいる時に手を差し伸べるのが真の漢というものであろう」

 

「うん。ヒッキーならそのうち自分で立ち直れるかもだけど、あたしに協力できることがあるなら何かしてあげたいなって。ゆきのんは?」

 

「そうね。相手の動きを待つよりも、私なら自分から動きたいところね」

 

 雪ノ下の発言を耳にして、由比ヶ浜結衣は心底から感動したとでも言いたげな目を向けている。場の雰囲気を読んで自らの行動を制限しがちな彼女だからこそ、「自分から動く」と迷いなく口にする彼女の言葉に思うところがあるのだろう。

 

 戸塚も材木座義輝も、彼のために動くことは当然と考えている。そもそも関与に否定的な意見を出した川崎沙希ですら、何か悪い傾向が現れた時には動くことをためらわないだろう。この中では彼と接した時間がいちばん少なく、彼のために取れる行動が限られているために、納得して情報収集の役割を引き受けているに過ぎない。

 

 傍観者に徹している平塚先生を横目で確認して、有益な情報を知らせてくれた川崎に目だけでお礼を伝えて、雪ノ下は残る面々に発破をかけた。職場見学で学んだことを織り込みながら。

 

「では、今回の戦略目標を確認します。比企谷くんを元気付けて元の調子に戻すこと。そして奉仕部を辞めないと約束させること。以上の2点です。()()()()()()、奉仕部を『元通り』にすること。この目標に向けて、各々が全力を尽くして下さい」

 

 

 彼女の言葉にやる気を漲らせる面々を順に眺めて、そのまま雪ノ下は手順の確認に移る。

 

「では、今日の放課後にまず戸塚くんが接触します。最初だからといって遠慮は不要よ。誰が彼から『奉仕部を辞めない』という言質を取れるのか、競争だと考えてくれても良いわ」

 

「そうだね。競争には興味がないけど、八幡に恩返しができるのなら、機会を逃したくないな」

 

 先鋒の戸塚は静かに闘志を燃やしている。

 

「次は明日に接触予定の由比ヶ浜さんね。彼が東京わんにゃんショーに来ることは確実なのね?」

 

「うん。今夜もう一度、小町ちゃんにも確認するし。サブレも助けてくれると思うから」

 

 次鋒の由比ヶ浜もいつになく真剣な表情で大きく頷いている。

 

「私も現場には待機しているので、場合によっては彼に接触することにするわ。でも本命は最後ね」

 

 中堅の雪ノ下は、総指揮の立場ゆえにか個人の武功には拘っていない様子である。彼女はそのまま次の生徒に話し掛ける。

 

「週末で決着がつかなかった場合、材木座くんにも頑張って貰うことになるのだけれど。もう一度、貴方の計画を説明してくれないかしら?」

 

「うむ。我に遊戯部との因縁あり。八幡に助っ人を依頼して、ゲームで勝負を行う予定である。真剣勝負の中でこそ、人の本音は語られるものである。おのおのがた、貴奴の心の叫びを聞き逃さぬよう気を付けられよ」

 

 副将に遊技部を推薦して、材木座は彼とともに戦う道を選ぶ。よもや雪ノ下と由比ヶ浜を加えた全員での勝負になるとは思ってもいない材木座だが、彼の八幡への想いが尽きることは無い。

 

「材木座くんの計画でもダメだった場合は、その日の放課後にこの部室で。私と由比ヶ浜さんの2人で彼に引導を渡す予定なのだけれど。それまでに決着を付けて貰えるとありがたいわね」

 

 最後に控える大将は、雪ノ下と由比ヶ浜の2人。だが雪ノ下の口調に迷いはない。この場所で、由比ヶ浜と2人でならば、必ず奉仕部を『元通り』にできる。そう確信しながら、彼女は改めて競争を煽った。これが3日前の出来事だった。

 

 

***

 

 

 再び月曜日の放課後。部室に着いた雪ノ下は頭の中で状況の整理を行った。

 

「(比企谷くんは、材木座くんが依頼に来ることを知らない。由比ヶ浜さんのお誕生日を祝うことは知っている。それを理由に、由比ヶ浜さんが教室を出たらメッセージを送るよう命じてあるので、連絡が来たらすぐに材木座くんを召還する。この教室で余計な話題が出る前に、遊技部との勝負に話を持って行く必要があるわね)」

 

「(由比ヶ浜さんは、材木座くんの依頼のことは知っているのだけれど、実行は延期になったと思っている。比企谷くんが予想以上に歩み寄ってきてくれたお陰なのだけれど、これで話がややこしくなったわね。でも依頼を知らないと装って貰うには彼女は正直すぎるから、逆に良かったかもしれないわ。とはいえ、彼女のお誕生日をどういう風に祝ってあげたら良いのかしら)」

 

 ただ1人、あらゆる事の成り行きを把握している雪ノ下は、全ての結果が出ているのであろう数時間後の未来を思い浮かべる。そして考える。どうして自分は、奉仕部に『元通り』になって欲しいと思っているのだろうか。

 

 

 色々と欠点はあれども高く評価もしている男子生徒が、彼女が見限る前に離れようとするのを惜しむ気持ちがあるからか。

 

 それとも、彼女が懇意に思うもう一人の部員の気持ちを慮っているからか。

 

 

 まず前提条件として、自分は彼に対して恋愛感情も無ければ友達という意識もないことを雪ノ下は確認する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。では、少し目線を変えてみよう。

 

 今日の計画をどう考えたら良いのだろうか。この1週間の一連の会議を通して、確実に成長できたと手応えを覚えた彼女が、今度は自分が誰かを育てようと考えて勝負の場を用意したに過ぎないのか。城廻が自分にしてくれたことを、今度は自分が彼にしてあげようと思って、舞台を整えているだけなのか。

 

 確かにそれはあると彼女は思う。だがそれは、彼への期待がなければそもそも成立しないことでもある。ならばやはり、彼を惜しむ気持ちがあるということなのだろうか?

 

 思考が堂々巡りに陥ったまま、彼らが部室にやって来る時間が近づいてくる。3人で過ごす時間が近づいてくる。3人で依頼を……。

 

『この3人でどんな風に依頼を解決できるのか、先の未来を見てみたい』

 

 そう。彼女は突然にその気付きを得る。分かってしまえば単純なことだったのだ。雪ノ下はそう考えて苦笑する。これ以上の解答など、今の彼女には考えられない。

 

 

 袋小路に陥った思考を解きほぐすことができて、ゆっくりと息を吐く彼女の耳に、彼からのメッセージが届いた音が聞こえてきた。

 

 

 

 原作4巻につづく。

 




次回は木曜日か金曜日の更新になります。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
説明が足りないと思えた部分に補足を加え、細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(3/27,4/6,4/14)

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