俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回の後日談〜新展開です。



07.ついに彼女は決意を固める。

 総武高校の生徒教師がこの世界に捕らわれてから数日が過ぎた。彼らの生活は、少なくとも表面上は平静を保てていると言って良いだろう。

 

 生徒会長の演説があった日曜日の午前。その時点で状況は何ら変わっていなかったものの、学校を取り巻く雰囲気は明らかに一変した。

 

 そしてその日の午後。平塚静からもたらされた情報によって、この世界での日常を過ごす事に生徒も教師も同意せざるを得なくなったのだった。

 

 

 数年前から教師たちはDr○pb○xの共有フォルダに、年間行事をまとめたPDFなど色んな書類を保存するようになっていた。

 

 それはこの世界からでもアクセスできると事前に伝えられていたが、ログアウト不可になった時点で外部との繋がりは全て断たれたと思い込んでいた教師も多かったし、そもそも至急対応すべき事柄が多すぎて、そこまで頭が回らないのが実情だった。

 

 

 この世界に閉じ込められた土曜の夜に、平塚はその日の出来事をテキストにまとめて共有フォルダに保存した。

 

 保存先をそこにしたのは習慣的な行動の結果で、特に深い意図はなかった。そもそも自分たちへの戒めとして、状況を後から振り返る事ができるようにと記録したに過ぎなかったのだ。

 

 それぞれ0407R、0407Vと名付けられたそれらのテキストには、その日付に現実世界で、そしてこの世界で体験した事が簡潔にまとめられていた。

 

 

 一夜明けた日曜日。校内の空気が前向きに変化した後の昼休みに、平塚は昨日書いたテキストファイルを思い出した。今に至るまで話題になっていないのは、誰も共有フォルダを確認していないのが原因だろう。テキストの存在を周知して、確認や訂正をしてもらおうと考えたのだ。

 

 同僚に話を伝える前に共有フォルダにアクセスしてみると、そこには見覚えのないテキストファイルがあった。0407R2という名前のそれを恐る恐る開いてみると、そこには平塚らがログイン後の現実世界の出来事が記されていた。

 

 

 テキストは所々が黒塗りされていて読めなかった。おそらくは運営による修正で、この世界の人々に知られると都合の悪い情報が書かれているだろう。

 

 そのテキストにも「0407Rは全て読めたが0407Vは読めない箇所があった」と記されていたので、両方の世界に対する運営の検閲は確実だと思われた。

 

 何はともあれ外部との連絡手段が確保できたのは朗報だ。そしてテキストには、教師陣に対する今後の指示が明記されていた。

 

 

一、各教師との雇用契約は従前通りなので安心して欲しい。

 

一、毎日の授業やテストは勿論、学校行事も可能な限り現実世界と同じように実施する事。

 

一、ゲームへの参加は教師・生徒とも厳禁とする。

 

一、テスト用紙は後に確認できるよう教師と生徒でお互いに保存する事。

 

一、プライバシーに配慮しつつ学校行事の映像を各自が適度に保存する事。

 

一、学期ごとの生徒の成績表のみ共有フォルダで保存する事。こちらで保護者に送付する。

 

一、模試などの結果は受け取り次第、共有フォルダに入れて仮想世界に伝える。

 

等々。

 

 

 この時点で危うさを秘めていたのは、実は生徒よりも教師だった。なぜなら生徒には学業を修める事でこの世界を離脱するという選択肢があったが、教師は大人しく二年経つのを待つか、それともゲーム攻略を待つかの二択だったからだ。

 

 精神的に追い込まれた教師がゲーム攻略に向かう可能性は、低くはなかった。

 

 大人が高校生と比べて精神面で勝るかと言えば、そうとは限らない。成人でも精神が幼いままの者は少なくない。

 だがそうした者ほど、他者から保証を得られれば危ない橋を渡らなくなる。正確には他者に判断を任せているだけなのだが、突発的な行動に出ないだけでも周囲としては大助かりだ。

 

 

 他に何か行動のあてがあるでもなし。こうして教師と生徒はこの世界でも日常の延長で毎日を過ごす事になったのだった。

 

 

***

 

 

 今は水曜日の昼休み。二年F組の生徒たちが昼食を摂っている。

 その中に、このクラスで既にトップカーストの座を確実にしている男女のグループがあった。男子の中心的な立ち位置の生徒が、金髪の女子生徒に向けて話しかけている。

 

「そういえば、優美子たちはずっと一緒にいて疲れない?」

「あーしら超仲いーから。疲れるとかありえないし」

「ふうん。男同士だと、あんまり一緒にいると狙われてるのかと身構えちゃうけどね」

 

 この話し方では三浦優美子に通じそうにないと気付くや、葉山隼人は即座に話題を逸らして冗談にしてしまった。「そりゃないぜ隼人くーん」という声を適当にあしらいつつ、女子三人の様子をこっそり窺う。

 

 三浦は心底からそう思っているようだ。一方で「たはは」と苦笑いする由比ヶ浜結衣と、何かを我慢している様子の海老名姫菜を見てしまうと、少しは別々に過ごした方が良いのではないかと思えてしまう。

 

「今はうちのサッカー部もいまいち盛り上がりに欠けてさ。試合とか目標がないのも原因だろうけど、部活が終わってもずっと一緒の面子で過ごしてるからか、ちょっと殺伐とした感じも出て来てるんだよ。だから優美子が良ければだけど、一度見学にでも来て発破を掛けてやってくれると嬉しいんだけどな」

 

「んー。あーしが何か言って、雰囲気とか変わるもんなの?」

「優美子は有名人だからね。思ったままを言ってくれるだけで、俺も助かるんだけどな」

「んー。じゃあ仕方ないし。今日にでも見学に行くし」

 

 無事に話を誘導できた葉山は、残りの二人に向けて意味ありげな視線を送りながら。

 

「良かった。結衣と姫菜はどう?」

「えっ。そりゃ、二人とも一緒に行くし?」

「あ、あたしが行っても役に立ちそうにないと言いますか」

「私も、男子が激しくぶつかり合う様子は是非見たいんだけどね。ちょっと別に行きたいところがあるからさ」

 

 そんな二人の返事を聞いて、即座に話をまとめにかかる。

 

「他に用事があるなら仕方ないよ。優美子が来てくれるだけでも大助かりだし。二人には、またの機会にお願いして良いかな?」

 

 三浦に口を挟む隙を与えず、葉山は話を決定事項のように扱った。これで今日の放課後は別々に時間を過ごせるだろう。余計なお節介かもしれないが、共に一年間を過ごすことになる女子三人の間に、変な不協和音を起こさせるわけにはいかない。

 

 横にいる男子生徒は、首尾良く三浦だけを見学に招いた手腕に感心しているようだ。しきりに「やべー」と繰り返されたので、葉山はそれに苦笑で答える。

 

 別の話題を持ち出して適度に口を挟みながら。内心では「意外に姫菜は激しいスポーツが好きなんだな」という間違った(ある意味合ってる)知識を確認しつつ。

 男女の一団はそんなふうにして、昼休みを楽しく過ごすのだった。

 

 

***

 

 

 その日の放課後。友人二人と別れた由比ヶ浜は、昼休みの会話を思い出しながら職員室へと向かっていた。

 

 

 三浦の気持ちは未だ固まってはいない。現実世界でサッカーをしていた姿に目を奪われたのに、この世界ではそつのない表情しか見せてくれないからだ。それでも、葉山をもっと詳しく知りたいという気持ちは変わっていないようだ。

 

 今日は珍しく葉山から踏み込んで来た。「一緒にいて疲れないか」という()()を皮切りに、最後には二人に意味ありげな目配せまでして、三浦だけを部活の見学に誘ったのだ。

 それは恋に恋するお年頃である由比ヶ浜にとっては、脈がある証拠だとしか思えなかった。

 

 まさか自分たちを気遣っての行動だったとは夢にも思わず、心の中で三浦にエールを送りながら。由比ヶ浜は目的地へと辿り着いた。三人でずっと一緒に過ごす事に疲労を感じはしなかったが、一人の時にしかできない事もあるのだ。

 

 

 由比ヶ浜は職員室の扉を開けると「失礼します」と言いながら中に入った。お目当ての教師を見付けて、話し掛ける。

 

「あの、平塚先生。……奉仕部に依頼をしたいんですが」

「んっ、由比ヶ浜か。別に依頼がなくても、君ならあの教室に自由に出入りしてくれて構わないが?」

 

 優しい眼差しを向けてくれる平塚の声に、決心が少しだけ揺らぐ。「依頼は、あの二人ともう少し仲良くなってからでも」と決意を先送りする誘惑に心を引かれながらも。

 由比ヶ浜は先延ばしを拒否した。

 

「いえ。きちんと、言いたい事をちゃんと伝えたいんです。ぐずぐずしてる間に、現実ではできなくなっちゃったけど……」

 

 今にも涙目になりそうな由比ヶ浜を眺めながら、平塚は思う。「こんなに可愛い生徒にここまで言わせるとは、比企谷は果報者だな」と。生徒の頭を優しく撫でながら、教師は口を開く。

 

「もしも比企谷が変な事を言ったら、一緒に反論してやろう。君は素直に、自分が言いたい事を彼に伝えたまえ」

「はい。ありがとうございます」

 

 頬に涙をひとしずく流しながら、由比ヶ浜は笑顔を浮かべて教師にお礼の言葉を伝える。

 

 奉仕部にクッキー作りを手伝って欲しいという依頼を了承してもらって。どこかで見たような用紙に、言われるがままにクラスと名前を記入して。

 

 二人は職員室を出ると、特別棟へと足を向けた。

 

 

***

 

 

 部室では、二人の生徒が長机に向き合ったまま読み物をしている。読んでいるのはこの世界のマニュアルだった。

 

 

 こんな事件を引き起こした事や、説明に現れた時の発言の端々からも、ゲームマスターが相当な変わり者なのは伝わってきたが。それはこのマニュアルの仕様にも及んでいた。

 

 まず、初期段階ではマニュアルはとても薄い。必要最低限の事しか書かれておらず、ある程度ゲームに親しんだ者なら読まなくても済む程度の内容だ。

 

 しかし、ひとたびプレイヤーが疑問を口にして検索を命じると、マニュアルは実に豊穣な世界を提示する。読み手の理解度に合わせて、この世界で可能な事を詳しく教えてくれるのだ。

 

 それはある意味では一つのゲームだと言えた。プレイヤーがこの世界の仕様を理解すればするほど、より多くの情報をマニュアルから引き出せるようになる。その一方で、読み手が思い付かない事は、どんなに簡単な事でも決して教えてくれない。

 

 たとえ思い付いたとしても、現時点で実行可能な行動から大きく外れるような事も不可能だ。何事も一つずつ積み重ねて、できる事を少しずつ増やしていくしかない。

 

 以上のような仕様の為に、二人はともに音声出力を切って、自分とマニュアルにだけ聞こえる言葉を呟きながら解読に励んでいた。月曜から今日に至るまで依頼人はゼロだったので、二人はひたすらマニュアルが隠し持つ迷宮に挑み続けて日々を過ごしていたのだった。

 

 

「しかし、見事なまでに誰も来ないな」

 

 音声出力をオンにして、比企谷八幡は対面の女子生徒に話し掛ける。相手も丁度区切りが良かったのだろう。同じように音声を入れて雪ノ下雪乃が答える。

 

「手頃な依頼がなかなか無いのよ。依頼人には解決できないけれども高校生の私達で対応できて、他の生徒や教師に迷惑を掛けない案件じゃないと受け付けられないのだから。困った事ね」

 

「それって、無理な依頼はどうするんだ?」

「依頼は全て平塚先生を通す事になっているわ。つまり先生が許可しない依頼はこの部屋に来る事はないのよ」

 

「はあ。この部活って存在意義はあるのか?」

「徹底的に反論したいところだけれど、この現状では説得力がないのが残念ね」

 

「マニュアルの解読しかしてないもんな」

「ええ。楽しくはあるのだけれど、変わり映えのしない毎日というのも少し虚しいわね」

 

「ま、同じ場所に居続ける為に、めいっぱい走らなきゃいけない世界よりマシだろ」

「あら。じゃあここは、”A slow sort of country!”なのね」

 

 くすりと笑いながら、雪ノ下は物語の登場人物のような口調で答える。

 

 二人が友好的な関係を築けているように見える原因は、時おり挟まれるこうした会話のお陰だった。八幡も雪ノ下も小中学生向けの推薦図書はほぼ読破していたものの、感想を誰かと共有した経験がほとんど無かったので、この手のやり取りが新鮮なのだ。

 

 二人にはそれぞれ姉妹がいる。しかし雪ノ下が姉に話を振っても、思いもしなかった超解釈から難解な話をまくし立てられて終わるのが常だったし。八幡の妹はそんな小難しい事には興味がない様子だった。二人が友人と交わす会話については推して知るべしである。

 

 

 部室のドアが突然開いたのは、二人がそんな会話をしていた最中。雪ノ下が赤の女王を真似た口調で発言を終えたのと同時だった。

 




次回は可能であれば明日の日曜に、無理なら月曜更新になります。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(8/12)
改めて推敲を重ね、以下の解説を付け足し、前書きと後書きを簡略化しました。(2018/11/17)


■細かな元ネタの参照先
「同じ場所に居続ける為に、めいっぱい走らなきゃいけない世界」「”A slow sort of country!”」:ルイス・キャロル「鏡の国のアリス」

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