俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回までのあらすじ。

 材木座と遊戯部の勝負に巻き込まれた奉仕部だったが、当事者の話を聞いた上で正式に依頼を受理することになった。両陣営の交渉の末にマニュアルを題材にしたクイズゲームで勝敗を決することになり、八幡は「次の依頼で結果を出す」という己の宣言を遂行すべく勝負に挑むのであった。



22.いざ尋常に彼は勝ちを義務づけられた勝負に挑む。

 遊戯部の部室で机を挟んで、6人の生徒が勝負に挑もうとしている。部屋の奥の側には遊技部の秦野と相模が座り、秦野と隣り合わせのお誕生日席には材木座義輝が、更に彼とは机の角を挟んで雪ノ下雪乃・比企谷八幡・由比ヶ浜結衣の順に並んでいる。両脇から逃亡を阻止されているような気持ちがして、相変わらず落ち着かない八幡であった。

 

 彼らは一斉にマニュアルを立ち上げてクイズモードを選択した。どこかで聞いたような声のAIに答える形でルールを説明していくと、AIは最後に両陣営に向けて作戦タイムを提案した。

 

『勝負の最中には、不適切な発言や正解をこっそり教えるような行為を禁じます。今から数分間の作戦タイムを認めますが、その際にも問題や解答を教え合う行為は厳禁します。不正は発見次第、過去に遡って検証しますので、お互いに正々堂々と勝負に挑んで下さい』

 

 そう言い終えると、AIは何らかの権限を行使したのだろう。机の対角線に沿って緞帳が下ろされ、お互いグループ内にしか声が聞こえない状態になった。念の為に設定でそれを確認した上で、八幡はゆっくりと話を始める。

 

 

「んじゃ、材木座はさっき言った通りだ。お前しか知らねーような問題を出して、あいつらに勝て。まずはそこからだ。……言っとくが、武士の情けとか馬鹿なことを考えるなよ。この勝負は本気で勝ちに行くからな」

 

「ほむん。八幡よ、本気なのだな……。お主がそう言うのであれば、我も数千年ぶりに封印を解くとしよう。我が真の姿をとくとその目に焼き付けるがよい」

 

「ま、なんでもいいから任せるわ。で、由比ヶ浜だが……」

 

 材木座を適当にあしらう八幡だが、彼から任せるという言葉を受けた材木座は鷹揚に頷きやる気をみなぎらせている。戸塚彩加が見たら羨ましがること確実な男同士の関係がそこにはあった。八幡は次いで由比ヶ浜に視線を向ける。

 

「うん。あたしも頑張るからね!……って言いたいとこだけど、どんな問題を出せばいいんだろ?」

 

「さっきAIが言ってたように、問題の内容を云々するのは御法度らしいからな。で、お願いなんだが……お前の問題の時に、こっちの誰かが間違えてあいつらが2人とも正解するパターンが一番怖い」

 

 ちらりと材木座を見やりながら、八幡は説明を続ける。彼の視界に少しだけ入った雪ノ下は泰然として控えている。

 

「だから安全策を取りたいと思うんだが、その……。それでも良いか?」

 

「うん。さっきゆきのんが言ってたように、今はヒッキーが責任者なんだよね?あたしたちに指示を出してくれるわけだから、何でも言って」

 

「じゃあ……お前には悪いが、引き分けを目指してもらう。全員が解るような問題を出して欲しいんだが……できるか?」

 

「うーんと……。あの時は中二もいたし、たぶん大丈夫!」

 

「ああ、もし材木座がしくじってもお前のせいじゃねーからな。最悪そうなっても手はあるから、心配すんな」

 

「うん。あたしも頑張るから、その……ヒッキー、絶対に勝とうね」

 

 力強い目を真っ直ぐに八幡にぶつけてくる由比ヶ浜をしっかりと見返して、八幡もまた気合いの入った表情で頷き返す。これで作戦の大半は終了である。八幡は正直なところ何の心配もしていない傍らの女子生徒に視線を移す。

 

「解ってると思うが、雪ノ下は一人勝ちを目指してくれ。お前以外に誰にも解けない問題を出してくれたらそれでいい。俺も同じ方針で行くつもりだが……お前に解けない問題ってあるのかね?」

 

「あら、そこは期待に応えて欲しいところなのだけれど?たまには私を上回れるということを、見せてくれても良いはずよ」

 

「だからお前は、なんで味方を煽ろうとするんですかね……。ま、最優先事項は勝つことだからな。お前を楽しませるのはその後でも良いだろ」

 

「ええ。これからも私と由比ヶ浜さんを楽しませてもらう必要があるのだから、こんなところでの負けは許さないわよ?」

 

「今度はプレッシャーをかけてきてますよこの人……。ま、ここまで来たらなるようにしかならんだろ。んじゃまぁ、そんな感じで、お前ら……頼むわ」

 

 八幡が締め括った言葉に三者三様の頷きを返して、こうして彼らの勝負が幕を開けるのであった。

 

 

***

 

 

 お互いの作戦タイムを終えて、あとはAIが勝負の開始を宣言するだけである。だがそこで遊戯部から待ったが入った。

 

「その、もしも勝ち星で並んだ場合って、引き分けになるんですか?」

 

「ん?あー、そうだな……。白黒付けるって言うのなら、個人で一番正答率が高かった奴の側が勝ちって感じでどうだ?」

 

 密かに機を見て言い出そうと思っていたことを相手側から話題にしてくれて、八幡は内心では喜びつつ表向きは素っ気ない態度で返答する。

 

「それは……雪ノ下さんがいる以上、不公平では?」

 

「おい、お前が怖れられ過ぎてるせいで勝負に入れないんだが、そこんとこどうなのよ?」

 

「そう言われても、貴方たちの努力不足を私のせいにされても困るわね。……では、お互い上位2名の正答数で上回った側が勝ちでどうかしら?」

 

「その場合でも、雪ノ下さんが……」

 

「正答率で勝ち負けを判定する以上、こちらのほうが不利なのは貴方たちも理解していると思うのだけれど。そんなに自信がないのかしら?」

 

「……分かりました。勝ち星で並ぶ前に勝負を決めれば良いだけですし、そのルールで行きましょう。一応その場合は公平を期して、第1問の結果は数に入れないことにしますね」

 

 雪ノ下の圧力に屈したのか、それとも煽られてその気になったのかは不明だが、秦野のその返答を受けて補足ルールが決定した。彼は悔し紛れに一言付け足したが、そんな些細なことなど雪ノ下も八幡もまるで問題にしていない。

 

 由比ヶ浜に保険をかけることができたと内心で安堵する八幡を横目に、材木座がおもむろに立ち上がる。ついに勝負が始まった。

 

 

***

 

 

『1問目。材木座くんの問題』

 

「うむ。我が愛用するこの麗しきマントとグローブの入手方法を説明せよ」

 

『考え中……』

 

 最初の勝負に挑む3人はAIの発言を受けて、一斉に手元のボードに答えを書き始めた。先程の真面目な口調から軽い口調へと変わったAIの声を耳にして、八幡は奉仕部3名にしか聞こえない設定にした上で反応する。

 

「おい……。これ、著作権とか大丈夫なのか?」

 

「ええ。運営スタッフによると、担当者が嬉々としてテレビ局に音声使用の許可を求めに行ったとか。他のどんな仕事よりも熱心だったとぼやいていたわね」

 

「ここの運営って、そんなノリの奴しかいねーのかよ……。つか材木座のマントって、そこらの店で買ったんじゃねーのか?」

 

「私の記憶が正しければ、外の世界に出られるようになる前から着ていたと思うのだけれど……」

 

「うん。あたしも覚えてるから間違いないと思う」

 

「成る程な。ま、材木座が勝ったら、打ち合わせ通りな」

 

 八幡がそう言って、幸い禁止事項に抵触することなく彼らの内緒話は終わった。どうやら制限時間も過ぎたらしい。

 

 

『秦野くんと相模くんの答え』

 

「レまむらで購入」

 

『違うよ』

 

 どうやら遊戯部の2人にも材木座がマントとグローブをどうやって入手したのかは分からなかったらしい。勝ち誇ったような表情を浮かべる材木座にAIが告げる。

 

『材木座くんの答え』

 

「購買で50回以上断られると、隠しアイテムとして登場するのである」

 

『正解者に拍手。よくできました。よくできました』

 

 部室に虚しく響くAIの声を聞き流しながら、材木座を除く一同は呆気にとられている。1問目は下りて正解だったと、当初の意図とは違った意味でしみじみと思う八幡であった。

 

 

 こうして勝負は奉仕部の1勝で始まった。続いて問題を出題すべく、由比ヶ浜が元気に立ち上がるのであった。

 

 

***

 

 

『2問目。由比ヶ浜くんの問題』

 

「えっと……。親スキルの数字とは別に、サブのスキルの数字を上げることができる。○か×か?」

 

『考え中……』

 

 各自が手にするボードは本人にしか読めない設定になっている。他の回答者が答えを書き込む様子をぼんやりと眺めながら、八幡は内心で由比ヶ浜を見直していた。確かに材木座の依頼の時に話に出した内容だし、それを更に二択形式にしたことで間違えるリスクを最小限に抑えている。八幡は少し嬉しくなって、他人には気持ち悪いと言われてしまう笑顔を思わず浮かべながら大きく解答を書き込んだ。

 

『……終わり。全員の答え』

 

「○」

 

『おみごとー』

 

 無事に任務を果たして、由比ヶ浜は嬉しげな表情である。それを見た遊戯部の2人は相手方の作戦を察知したのだが時すでに遅し。たとえ彼らの問題で2勝しても、材木座の1勝があるので奉仕部が2連勝で締め括ると勝負は終わる。だが逆に言えば相手方の、特に交渉相手でもあったあの男の先輩の問題を解くことができれば、彼らの勝ちが決まる。

 

 まずは自分達の問題できっちり勝ち切ることを。同時にあの男の先輩のペースを乱し、最終戦に勝負をかけるという方針を、秦野と相模はアイコンタクトで確認するのであった。

 

 

 これで奉仕部の1勝1分け。だが次は秦野が出題する番である。

 

 

***

 

 

『3問目。秦野くんの問題』

 

「この世界で我々は教師に引率されて、正式な学校行事として遠足に来ています。高校から徒歩で10分、そこから電車で1時間、駅を下りて徒歩10分で目的地に着いたのですが、学校に忘れ物をしてしまいました。出かける準備や高校で忘れ物を探す時間を考慮しないとして、忘れ物を取って帰ってくるまでにかかる時間を答えて下さい」

 

『考え中……』

 

 苦手な数学の文章問題を出されたみたいで八幡は瞬間的に眉をひそめた。だがよくよく聞いてみれば問題の内容は小学生レベルである。落ち着いて考えれば大丈夫なはずだと、八幡はまずは気分を落ち着かせる。

 

 秦野が告げた問題をAIがボードで提示してくれて、回答者の多くはそれを眺めながら思案している。だが秦野だけでなく相模もまた即座に解答を終えて涼しい顔でこちらを窺ってくる。問題の中に潜む罠を避けることを心掛けて、八幡は丁寧に解答を書き込んだ。

 

『……終わり。材木座くんと由比ヶ浜くんの答え』

 

「2時間40分」

 

『違うよ』

 

 材木座がうなり声を上げ、由比ヶ浜は悔しそうにしている。この時点で奉仕部側がこの問題を落とすことがほぼ確定した。秦野と相模のいずれかが間違える可能性も残ってはいるが、それは期待薄だろう。もともと相手側に2勝されるという厳しい状況に陥っても勝てる前提で戦術を練っていた以上、八幡に動揺はない。……だが。

 

『比企谷くんの答え』

 

「40分」

 

『惜しい』

 

 自分の名前だけが呼ばれるという予想外の事態を受けて、八幡は動揺する。そのままAIが非情な通知を行ったが、彼はその言葉の意味を理解することができない。

 

『秦野くん、相模くん、雪ノ下くんの答え』

 

「0分」

 

『正解者に拍手。よくできました。よくできました』

 

 八幡には理屈が解らないが、雪ノ下が答えてAIが正解と言っているからには、そちらのほうが正しいのだろう。唇を噛みしめながら、彼は雪ノ下に目だけで問い掛ける。

 

「貴方は、電車での移動時間を省略できるという理由で答えたと思うのだけれど……。正式な学校行事として教師が引率をした場合、遠足の目的地は校内の移動教室と同じ扱いになるのよ。つまり、教師の権限で複数の教室を合体して合同クラスを作ることができるのと同じように、遠足先と校内のどこか適当な教室を合体させて忘れ物を取りに行けば、行き帰りの時間は0で済むのよ」

 

『よくわかる、解説!比企谷くん、解ったかな?』

 

「……ちっ。仕方ねぇな」

 

 

 苦虫を噛みつぶしたような表情で八幡は答える。こんなはずではなかったのに。この勝負に勝って俺は堂々と奉仕部に残留するはずなのに。八幡の思考が暗いほうへと流れようとした時、傍らの2人が口を開く。

 

「ヒッキー!」

 

「比企谷くん、落ち着きなさい。今の現状は……」

 

「あ、余計な事は言わないで下さいね」

 

「不適切な発言は禁止とAIも言ってましたし、状況の分析とかをされると戦術の練り直しだと受け取られかねないですよ」

 

 だが相手もさる者で、言葉を被せながら牽制をしてきた。相模が反応して秦野が詳しい内容を警告する。相変わらずの息の合った連携ぶりに八幡は更にいらいらを募らせるが、俯いた彼はふと雪ノ下が膝の上でピースサインを出していることに気が付いた。

 

「(ピースサイン?……いや、伸ばす指を中指と薬指に変更した?……ということは、2か。どっちみち俺と雪ノ下であと2()勝すれば勝負は終わる。さっき「今の現状は」と言い始めていた雪ノ下のセリフにも合うが……。他はあれだな。俺が正解しようと不正解だろうと、2()人が間違えていた時点でこの問題を落とすのは確定的だった。だから俺の結果は幸い致命的なものではない、か)」

 

 雪ノ下の意図を完全に把握できたのか自信はないが、とりあえず思い付けるだけの内容を考えているうちに、八幡は何とか先程までの精神状態を取り戻すことができた。

 

 気持ちを入れ替えて顔を上げる八幡の表情を見て、遊戯部の2人は悔しそうにしている。彼らの問題で勝ちを伸ばすだけではなく、最終戦に備えてこの男の先輩の精神にダメージを与えられたら完璧だったのだが、持ち直されたのなら仕方がない。

 

 

 これで共に1勝1敗1分け。次は相模の問題である。

 

 

***

 

 

『4問目。相模くんの問題』

 

「個室を合体した状態で、友達の家にショートカットできる条件を教えて下さい」

 

『考え中……』

 

 今度は先程と違ってシンプルな問題である。しかし部屋を合体させる話を繰り返す辺りは挑発と見て良いのだろう。そんな程度で底辺の日々を甘受していた俺が挫けるかと、八幡は不敵に笑いながら解答を練る。

 

『材木座くんの答え』

 

「個室を合体してくれる友達を見付ける」

 

『諦めて下さい』

 

 落ち込んでいる材木座には申し訳ないが、AIの通知を受けた彼の反応を見て八幡は少し吹き出してしまい、それで更に精神状態を回復させることができた。この問題もおそらくは遊戯部の勝ちになるのだろうが、八幡には前問の時のような悲壮感は微塵もない。

 

『由比ヶ浜くん、秦野くん、相模くん、雪ノ下くん、比企谷くんの答え』

 

「外から一度、友達の家に遊びに行くことと、友達の許可をその場で得ること」

 

『正解者に拍手。よくできました。よくできました』

 

 回答者によって微妙に表現は違ったのだが、残りの5人はいずれも2つの条件を明記していた。友達がいない奴には答えられないような問題を出してくる辺りもわざとだろうなと、八幡は相手の意図を鼻で笑う。同時に内心では、いつか友達ができた時に備えてという名目でこの情報を教えてくれた最愛の妹に、八幡は惜しみない感謝を捧げるのであった。

 

 

 これで奉仕部の1勝2敗1分け。だが次はついに真打ちの登場である。雪ノ下はゆっくりと席を立ち、他の回答者を睥睨するのであった。

 

 

***

 

 

『5問目。雪ノ下くんの問題』

 

「そうね……。この世界のタウンページを入手する方法を答えなさい」

 

『考え中……』

 

 雪ノ下が出したシンプルな問題を聞いて、八幡は思わず彼女の顔を見つめてしまった。同時に彼女が先程の2という数字に更に他の意味を込めていたことを悟る。勝ち星で上回るのはもちろんだが、雪ノ下としては勝負が始まる前に出された条件をもクリアしてやろうと考えているのだろう。この負けず嫌いの部長様は、お互い上位2()名の正解数でも相手を上回ることを考えているに違いないと八幡は思う。それ以外に、八幡にも解けるような問題を彼女が敢えて出す意味がない。

 

 そもそも彼女にだけ解ける問題を選んでいれば、確実に勝ちを拾えるのである。だが問題のレベルを下げると、相手にも正解のチャンスを与えることになる。彼女はおそらくその両方を天秤にかけて、この問題ならば大丈夫だと思って出題したのだろう。

 

 それは同時に、八幡が正解を逃した先程の失態を返上する機会を与えられた事をも意味する。現場での全権を委任された身としては少し情けない気もするが、彼女のこのフォローを活かせないようでは更に情けない姿を晒してしまうことになる。八幡はホテル・ロイヤルオークラでバーに乗り込む直前に交わした会話を慎重に思い出しながら、しっかりと解答を書き込んだ。

 

 

『材木座くん、秦野くん、相模くんの答え』

 

「NTTに相談する」

 

『全員はずれ』

 

 まずは第一段階はクリアだと、八幡は逆に緊張の度合いを強くする。材木座は「我の芸術的な解答が何故?」などと嘯いているが、あの調子なら大丈夫だろう。彼が心底から落ち込む姿は八幡をしても想像できない。次いで由比ヶ浜の名前がなかったことに気付いて横目で様子を窺うと、彼女は真剣な表情でAIに名前を呼ばれるのを待っていて、集中しているのか八幡の視線にも気付いていない模様である。

 

『由比ヶ浜くんの答え』

 

「この世界で営業しているお店の傾向を研究して、運営にレポートを出す」

 

『……おまけかな』

 

 この展開には八幡も雪ノ下も心底から驚いていた。由比ヶ浜なりに記憶を辿って、不十分な内容ではあるがAIにおまけをさせるほどの解答を導き出したのである。もしや馬鹿っぽい扱いはブラフだったのかと遊戯部の2人が驚きの表情を浮かべるが、彼らに説明してやる義理もない。

 

 雪ノ下はいつか自分が由比ヶ浜の親友にされたのと同じように、彼女に向けてハイタッチを要求する。それに応える由比ヶ浜は次いで八幡にもそれを要求して、奉仕部サイドの盛り上がりは最高潮である。悔しそうな相手方はともかく、黙って彼女らが落ち着くのを待っていたAIと材木座は空気を読める存在だと褒められても良いだろう。しばしの時を経て、AIの声が響いた。

 

『雪ノ下くんと比企谷くんの答え』

 

「イベント『運営からの挑戦』に参加して、『この世界でオープンした店舗の傾向を調査した上で思う所を述べよ』という課題で、運営がお気に召す結果を出す」

 

『正解者に拍手。よくできました。よくできました』

 

 2人の解答は一字一句たりとも違わないものだった。あの時の会話を正確に思い出した八幡を褒めるべきか。それとも彼がきちんと覚えているという前提で、彼が書きそうな文章に寄せた雪ノ下を褒めるべきか。

 

 

 奉仕部にとっては最高の流れで、勝負は最後の問題に委ねられた。ここまで2勝2敗1分けと全くのイーブンである。最後の出題者たる八幡は、おもむろに席から立ち上がった。

 

 

***

 

 

『6問目。比企谷くんの問題』

 

「ゲームの世界に繋がる扉について、知っている限りのことを述べよ。ただし、最も詳しく書いた者1名のみを正解とする」

 

『考え中……』

 

 これはある意味では八幡の意地であった。自分でも馬鹿げた拘りだと思う。雪ノ下と同じように奉仕部メンバーにだけ解けそうな問題を選ぶべきだったと思うし、先程の彼女のフォローをありがたいとも思う。だが自らの失態を完全に払拭するには、最後ぐらいは一人勝ちを目指さないと、八幡の気持ちが治まらなかったのである。

 

 彼にとってこの1週間で最も印象的だった出来事は、独りで東京駅へと出かけたことだった。あの体験によって、彼の中の何かが変わったのだ。具体的に何がというわけではないが、少なくとも考え方は確実に変わった。うじうじと奉仕部を辞めることばかりを考えていた日々と今と、それらを分けるのはあの日の出来事だったのである。それを問題として採用しないという考えは八幡には思い浮かばなかった。

 

 この段階で、八幡の視界には遊戯部の2人は敵として存在していない。申し訳ないが材木座も由比ヶ浜も彼は相手にしていない。ただ雪ノ下に勝つ機会を活かそうと考えて、彼はこの問題を出したのである。

 

 そしてAIが制限時間の終了を告げる。

 

『……終わり。材木座くん、秦野くん、相模くんの答え』

 

「分かりません」

 

『全員はずれ』

 

 この時点で奉仕部の勝利が確定した。だが今の八幡にとっては積極的に意識を向けるほどの情報ではない。少しだけ由比ヶ浜の解答に期待をしながら、八幡はAIの発言を待つ。

 

『由比ヶ浜くんの答え』

 

「バーでNPCに聞いたら、東京駅に扉があるって教えてくれる」

 

『惜しい』

 

 先程の雪ノ下の問題と同じように、自分の問題にも必死に頭を働かせて答えてくれた由比ヶ浜に、八幡は深く感謝を捧げる。決して勘違いをすることなく、この大事な部活仲間と一緒にこれからも過ごすのだと、彼は改めて己の希望を心の中で繰り返す。実は友達とまで言い切る自信はないので仲間という言葉で誤魔化している八幡だが、以前と比べると彼の変化は明らかだろう。

 

『雪ノ下くんの答え』

 

「バーのNPCから情報を収集すると、扉は東京駅の0番ホームにあると教えられる。ただし普通の手段では行くことができない」

 

『惜しい、惜しい』

 

 問題を出された段階で判っていたことだが、それでも雪ノ下は思い出せる情報を正確に思い出して全力で解答を書いた。あの時に川崎沙希が教えてくれた情報はこれが全てである。つまり八幡は彼女らが知らない情報をいつの間にか掴んでいたのだろう。

 

 負けて悔しくないわけではない。それにゲームの世界に繋がる情報を得て、彼が無茶をしないかと心配する気持ちもある。だが他の大部分の生徒や教師よりも彼を知っていると自負している彼女であっても、男の子の成長は見逃してしまうものらしい。

 

 彼はどのようにして更なる情報を入手して、そして内面の成長をも成し遂げたのだろうか。たとえ「次の依頼で結果を出したら」という条件付きだったとはいえ、彼が自分から「もう少しだけ奉仕部にいさせてくれ」と言い出すなど、以前の彼からは考えられなかったことである。

 

 しばしの間を置いて、まるで雪ノ下が思考に一区切り付けるのを待っていたかのように、再びAIが発言を始める。

 

『比企谷くんの答え』

 

「バーのNPCから扉が東京駅の0番ホームにあるという情報を得た状態で、東京駅で条件をクリアしてNPCに会うと、更に詳しい扉の情報を得られる」

 

『比企谷くん、すごい!おみごとー』

 

 東京駅で成し遂げる条件を詳しく記述しなかったのは八幡が両脇の2人の女子生徒に配慮したからである。もしも彼女らが更に詳しい情報を知ってしまって、ゲームの世界に首を突っ込むような事態になったら、彼は悔やんでも悔やみきれないだろう。この世界での死は現実の死でもあるとゲームマスターが宣言していたし、彼女らの命は1つずつしかないのだから。

 

 結果的には勝てたが、確実に勝つことを優先するのであれば、もっと詳しく記述すべきだった。彼は改めてそんなことを頭の中で検討するが、得られた答えは先程と同じく否である。結果が出ようが出まいが関係なく、八幡は自分の選択に満足していた。優先順位を考えると、この答えが彼にとっては理想なのだ。

 

 

 少しだけ物思いに耽っていた八幡を、周囲は勝利を静かに噛みしめていると受け取ったのか、彼が何かを言い出すまで待ってくれている様子である。ようやく他の面々の気配に気付いて、八幡は苦笑いをしながら勝負のことを思い出した。

 

「んじゃAIに聞きたいんだが、この勝負の結果は?」

 

『成績発表。材木座くん、2問正解。由比ヶ浜くん、秦野くん、相模くん、3問正解。雪ノ下くん、比企谷くん、4問正解。おめでとう。おめでとう』

 

「ま、完勝だな。勝ったのは?」

 

『3勝2敗1分けで、奉仕部の勝ちー』

 

 

 こうして勝負は奉仕部・材木座の勝利に終わった。無事に八幡が結果を出して、材木座の依頼は奉仕部にとって最高の形で幕を閉じたのであった。

 




副将・秦野&相模の結果。
・綺麗な形で勝負に負けて、材木座の依頼を八幡が解決することに貢献。
・結果的に、微妙な雰囲気にあった奉仕部3人の仲を近付けることに成功。
・クイズゲームで真剣勝負ができて当人達も満足している模様。


補足として、各問題に言及している過去の話を以下で整理しておきます。

・材木座:1巻12話です。
・由比ヶ浜:1巻9話1巻14話など。
・秦野:教室の合体は1巻4話、電車での移動時間を短縮できる話は3巻10話、雪ノ下が解説した内容は本話が初出です。
・相模:本話が初出です。遊戯部が出す問題は読者に未知の内容を扱おうと意図的に構成しました。
・雪ノ下:2巻18話です。
・八幡:川崎情報は2巻19話、東京駅の話は3巻10話です。


何とか無事に、当初考えていた連日投稿の区切りまでを更新する事ができました。
次回で本章は終了です。その後は番外編・ぼーなすとらっく・原作との相違点及び時系列をまとめた回を挟んで原作4巻に入ります。

次回は月曜日か火曜日に更新する予定です。
その後また1ヶ月お休みを頂いて、3/27に上記の通り番外編〜という形になります。

ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(3/2,4/6,4/7)

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