俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回までのあらすじ。

 八幡と戸塚がデートしています。



15.のんけでも惑いそうな天使の魅力に彼は立ち向かう。

 しばしの時を過ごした歩道橋を後にして、比企谷八幡と戸塚彩加はゆっくりと歩いて行く。先程の会話の余韻が残っているのか、無言で足を進める2人はどこか照れ臭そうな様子で、しかし端から見ていると妙な一体感を感じさせるものがあった。

 

 視界が駅を捉え始める頃になって、戸塚は少し歩く速度を落とす。テニススクールが始まるまではまだ時間がある。できればこのまま2人でもう少し話を続けたいところだが、どこに行けば良いのだろうか。

 

 遊びに行く時は同行の女子に連れ回されることが多く、主体的な行動の経験に乏しい戸塚は、迷ったような視線を八幡に送る。歩調が緩んだことで戸塚の悩みに気付いたのだろう。八幡もこちらを見て、戸塚と同じように悩ましい表情を浮かべながら尋ねてきた。

 

「どうする?」

 

「えっと……ゆっくりお話ができるところか、少しの時間でも気晴らしになるようなところか……」

 

 戸塚としては、もっと八幡と話をしていたいというのが第一希望である。だがそれは戸塚個人の希望であり、客観的に考えると辛い気持ちで一週間を過ごして来た八幡のストレス解消になるようなことをしたほうが良いのではないかとも思う。

 

「ゆっくり話をするなら、適当にドリンクバーのある店に入るのが良いんじゃね。気晴らしだと、まあカラオケとかゲーセンとか?」

 

「どこにしよっか?」

 

 先程の対話の後だけに、戸塚が気晴らしをしたいのではなく八幡を思っての提案であることは向こうも理解しているのだろう。八幡の希望通りにしてくれて良いという意図がきちんと伝わっていることを確認できて、戸塚は柔和な笑顔を浮かべるのだが、黙考している八幡はそれに気付かない。天使からの気遣いを無駄にはできないと真剣に悩む彼からすれば仕方のないことであろう。

 

「ま、ムー大にするか。何でもあるしな」

 

「そうだね。……じゃあ行こっか」

 

 八幡も妹以外と遊びに出掛けた経験がほとんど無い。決断を迫られても断固とした返答ができるはずもなく、彼は選択を先延ばしにできることを提案する。ここで戸塚に問い返さない辺りは、一応は妹の教育の成果が出ていると言えるのだろう。

 

 八幡があっさりと行き先を決めてくれて、戸塚は安心すると同時に「何でも揃っている場所に行く」という選択を覚えておこうと密かに思う。全てを同行者まかせにするのではなく、いつか自分もみんなを主導できるように。

 

 

***

 

 

 駅のロータリーを過ぎて、ムー大の駐輪場で自転車を止めて、2人はエレベータに乗り込んだ。まずはゲーセンを見て回ることにする。

 

 エレベータの近くにはクレーンゲームが多く配置されていて、何組かのカップルが楽しそうに過ごしていた。それを見た八幡の目は即座に混濁していく。目当ての品が取れても取れなくても彼らは盛り上がるのだろうが、できればカップルの間で完結していて欲しいものだ。そんな願いとは裏腹に、すぐ隣の異性よりも明らかに周囲に意識を向けている女性を発見してしまい、着いた早々に帰りたくなってしまった八幡であった。

 

 リア充ぶりを周りに誇示するのに忙しい女性とは違って、カップルの男性のほうはゲームに熱中していた。だがどうやら諦めたらしく、付近の店員にお願いしてぬいぐるみを移動して貰っている。最近は何でもありだなと八幡は少し呆れながら、店の奥へと移動する戸塚の後を追った。

 

 

「わぁ、すごい……」

 

 奥のビデオゲームのコーナーにはカードゲームの筐体を主体に、格ゲーや麻雀やクイズなどが並んでいる。不良がいるから出入りしてはダメだと、今までの人生で何度も言われていた為にこうした場所に来たことがなかった戸塚は思わず声を漏らした。隣に立つ八幡は気持ちの悪い笑顔を浮かべているが、おおかた「戸塚の(ゲーセン)初体験の相手は俺だ」などと考えているのだろう。

 

「八幡って、いつもだと何をするの?」

 

「そうだな……2人で協力しながらクイズとかどうだ?」

 

 八幡の年齢では脱衣麻雀などできるわけもなく、その手のいかがわしいゲームを日常的に嗜んでいるなど彼には事実無根のことである。しかし戸塚には言えるはずもないその解答を禁止されてしまうと、何故か八幡には他に解答が思い浮かばなかった。いったい彼は普段ゲーセンで何をしているのだろうか。

 

 仕方がないので話題を逸らして、八幡は一緒に遊べそうなゲームを提案する。周囲の大きな音に負けないようにと考えたのか、戸塚は大きく頷いてくれた。声だけで意思疎通を行うことは半ば諦めて、八幡もクイズゲームが集まっている辺りを指さしながら移動を促す。

 

 歩き始めてすぐに、高校の自転車置き場で感じたのと同じような感触が背中から伝わって来た。おそらく戸塚がシャツの裾辺りをつまんでいるのだろう。そう意識した途端に動きがぎこちなくなる八幡だったが、内心の動揺を気付かれぬように、こんなことは特に何でもない事だと平然とした態度を頑張って維持しながら、にやけそうになる顔を何とか堪えてゆっくり歩く。誰がどう見てもリア充な、初々しい2人の姿がそこにはあった。

 

 

 格ゲーが密集している付近を過ぎる時に、八幡は正直あまり見たくなかった知り合いの姿を発見してしまった。じめじめした梅雨の時期だというのに大袈裟なコートを羽織り、腕にはパワーリストを装着して、わざとらしく偉そうに「くっくっく」などと口にしているのが聞かずとも判る。

 

 彼はどうやら誰かのプレイを眺めながら周囲と談笑している様子である。いずれも細い体躯に眼鏡をかけて遠目からは区別が難しそうな2人を相手に偉そうな素振りを見せている。どうかお友達と仲良く過ごしてくれと内心で願いながら、少し急ぎ足になって近くを通り過ぎる八幡は、自分が既に気付かれているなど夢にも思っていないのであった。

 

 

***

 

 

 無事にクイズゲームの辺りまで辿り着いて、八幡と戸塚は顔を見合わせる。しっかりと八幡のシャツを握りしめていた戸塚はようやくそれに気が付いて、恥ずかしそうに素早く手を離した。それを残念に思いながらも、照れている戸塚の姿を見てすぐさま気分が戻る八幡であった。

 

「さっきね、格ゲーのところで……」

 

「気のせいだ」

 

 食い気味に反応した八幡だったが、きょとんと意外そうな表情を浮かべる戸塚を見ると、危惧した話題ではなかった模様である。コートの男のことなど瞬時に忘れて、八幡は片手を上げて戸塚に謝りながら身振りで続きを促す。

 

「えっと、ゲームを見てるだけの人達が居たと思うんだけど……。ゲーセンだからってゲームをしなくても良いんだね」

 

「あー、そういうことか。格ゲーとかは特に、上手い人は別格だからな。見てるだけで楽しめるってのはあるんじゃね」

 

「そっか。動画サイトで色んなゲームの凄い動きとかを見てると楽しいもんね」

 

「だな。あとは集団で来て順番にゲームをするとかだと、ギャラリーが多くなるんじゃね?」

 

「あ、そっか。みんな友達って可能性もあるよね」

 

「友達ってか……あいつらの場合は、『ゲーム仲間』みたいな感じかもな。そこら辺の普通の友達連中とは、ちょっと違うような気がする」

 

 八幡の説明には少しだけ偏見のようなものが混じっていたが、戸塚には彼の言いたい事が伝わった模様である。例えば同じクラスだからという理由で友達になった場合と、同じ部活だから友達になった場合とでは微妙な違いがある。関係を繋ぐのがクラスという場所なのか、それとも共通の趣味なのかで距離感は全く違ってくるだろう。

 

 少し苦労しながらも戸塚がそうした考えを説明すると、今度は八幡が納得する番だった。何となく近くにいるから一緒にいる場合と、同じようにゲームが好きでつるんでいる場合とでは確かに違う。正直なところゲーセンで群れる連中を内心で少し見下していた八幡だったが、戸塚の説明のお陰で自分の中の何かが浄化されたような気持ちがした。

 

「共通の趣味を持つ仲間ってのも、悪くないかもしんねぇな」

 

「そうだね。ぼくと八幡もクラスメイトって言われるよりも、一緒にテニスの練習をした仲間って言われたほうが嬉しいかも」

 

 戸塚に仲間と言われて心臓を跳ねさせた八幡は、喜びが声に出ないように気を付けながらわざと怠そうな口調で話を続ける。

 

「あー、あの時は楽しかったけど、練習はきつかったなー」

 

「雪ノ下さんが作ったメニュー、ちょっと鬼だったよね」

 

「……鬼・悪魔・雪ノ下って並べても違和感ねぇな」

 

「もう、八幡ったら。あの練習で八幡も凄く上手くなったんだし、そんな言い方はダメだよ」

 

 戸塚に優しくたしなめられて、八幡は思わず頭を掻いた。クイズゲームの筐体の前でゲームをすることなく、2人だけの世界を作っている八幡と戸塚であった。

 

 

***

 

 

「そういえば、雪ノ下さん頑張ってたよ」

 

「えーっと……部長会議だよな?」

 

「うん。雪ノ下さんがまとめてくれなかったら、正直どうなってたか……。葉山くんも凄く褒めてたよ」

 

「ほーん。……そういや、葉山がまとめ役をやってないってのも意外な話だな」

 

「まあ、サッカー部は部費が多くて責められる側だったし、葉山くんも難しい立場だったからね」

 

「だから雪ノ下か……。確かにあいつを引っ張り出さないと収拾がつかなかったかもな」

 

 八幡は部長会議の詳しい内容を知っていたわけではないが、ぼっちとして観察していた事前の動きや戸塚の発言の端々から大まかな状況を理解する。この世界に巻き込まれて部費の配分で揉めていたのを、生徒会が雪ノ下を担ぎ出して収束させたという事なのだろう。

 

 そんな風に考えをまとめていた八幡の耳に、聞き逃せない話が届く。

 

「葉山くんが言ってたけど、雪ノ下さんって、昔はもっと近寄りにくい感じだったんだって」

 

「……昔って、葉山と雪ノ下は昔からの知り合いなのか?」

 

「あ、うん。ぼくもそう思って尋ねてみたら、去年の話だったみたい。2人とも高1の頃から有名だったから、色々な場に担ぎ出されてたみたいで」

 

 もちろんそれは葉山が誤魔化して言ったことなのだが、戸塚も八幡もそう言われると疑う気持ちは沸いて来ない。そもそも葉山と雪ノ下が1年の頃から頼りにされていたのは事実である以上、敢えてそれ以上を追求する者も居ないだろう。実は2人が幼馴染みだと知っている者は、未だこの高校には数えるほどしか居ないのである。

 

「そういう役割を負わされることを考えると、俺とか普通で助かってるな」

 

「八幡が普通って言われると、ちょっと疑問だけどね」

 

 戸塚には珍しく、からかうような口調で八幡の軽口に応える。悪戯っぽい目をしていても戸塚は戸塚であり、八幡はたちまち反論する気を失って苦笑いを浮かべる。2人を覆うATフィールドに対しては既にゲーセンの店員ですら匙を投げている様子だが、楽しそうに会話を続ける当人達は全く気付いていない。

 

 

「葉山くん、何て言ってたかな……。たしか『敬して遠ざけられてた』だったかな?」

 

「あー……雪ノ下らしいっちゃらしいな」

 

「八幡、意味解るの?」

 

 戸塚の問いに対して八幡は手書きアプリを立ち上げ、数文字の漢字を書いて示しながら説明を行う。

 

「もともとは論語の『敬鬼神而遠之(鬼神を敬して之を遠ざく)』から来てるんだけどな。『敬して遠ざける』って、漢字だけ拾ってみ?」

 

「敬……遠。あ、敬遠されてたって事?」

 

「まあ、早い話がそういう事だな。多分あいつの事だから、『凄いですねー』とか言われながら二階に上げられて梯子を下ろされるような扱いだったんじゃね?」

 

「そっか……」

 

 八幡としては容易に想像できる光景でもあり、そして彼女が外に向ける物腰が最近少しずつ変化して来ているのを身近で見ていただけに、あまり深刻には受け取らなかった。しかし八幡の話を聞いた戸塚は見るからに落ち込んで、心配そうな表情を浮かべている。

 

「いや、あれだ。もう昔の話だし、最近の雪ノ下はお前も知ってるだろ?」

 

「うん。……そうだね」

 

「それに『敬して遠ざける』とかって実力が無い相手にすることじゃねぇから。雪ノ下に及ばない誰かが、努力する代わりにあいつの足を引っ張ってただけだろ。そんなのに負ける奴じゃねぇよ」

 

「そうだね。……八幡は、雪ノ下さんのことをちゃんと理解してるんだね」

 

「は?……いや、理解っていうか、身体に染み込まされたっていうか……。あいつの毒舌に晒されてきたから、まあ、これぐらいはな」

 

 戸塚を目の前にしていながら、別の女性のことで恥ずかしがる八幡であった。とはいえこの程度で戸塚が不機嫌になるわけもなく、むしろ八幡と雪ノ下の仲が良いことを喜ぶような口調で話を続ける。

 

 

「今の雪ノ下さんはもう大丈夫だとして、もし同じような状況に陥ったら、どうやって助けてあげたら良いんだろ?」

 

「あー、そうだな……。戸塚は司馬懿って分かる?」

 

「えっと、三国志の人だよね?……たしか、孔明と戦った……」

 

「そうそう」

 

「戦場に出て来ないからって女装道具を贈られた……」

 

「あ、うん」

 

 目の前で頭を捻っている性別不詳の存在に女物の可愛らしい服を贈るべきかと本気で考えたくなってきた八幡であった。どうやら続く説明が出て来そうにないので、八幡は口を開く。

 

「孔明が死んだ後の話なんだが、その司馬懿が名誉職に祭り上げられてな。皇帝を教え導くみたいな役職なんだけど実権が無いんだわ。まあ『敬して遠ざける』みたいな話だわな」

 

「うんうん。それで司馬懿はどうしたの?」

 

「ボケ老人のフリをして敵を油断させて、一気にクーデター起こして数日で実権を握った」

 

「えっと……それって誰にでもできることじゃない、よね?」

 

 軽く苦笑いをしながら、戸塚が素直な感想を述べる。だが八幡にとっては期待通りの反応であり、かつこうした話ができる相手が妹以外に居なかった八幡にとっては自分の話を聞いて貰えるまたとない機会だけに、続きを話す声にも力が入る。

 

「俺の勝手な解釈なんだが、たぶんダメな時ってのはどう動いてもダメなんだわ。だからこの話の肝は、動くべき時を窺って、その時が来たら容赦なく全力で動くべきだって事だと俺は思う」

 

「うん」

 

「だから周りも下手に騒いだりせずにチャンスを待って、動くべき時が来たらそいつに全力で協力すりゃ良いんじゃね?」

 

「うん、なるほどね。さすが八幡だ!」

 

 八幡としては、かつて熱中した三国志の話を簡単に紹介しただけのつもりだが、戸塚は自分よりも遙かに物を知っている同い年の男子生徒に潤んだ目を向けて、尊敬の眼差しで見ている。きらきらと輝くような瞳を向けられた八幡は頬を赤くして、ゲーセンの天井を眺めるのであった。

 

 

***

 

 

 すっかり2人の世界を築いてしまった為に、クイズゲームの近辺から八幡と戸塚以外の人はとうに去ってしまった。八幡はその後も得意げに、司馬懿と卑弥呼の関係などを戸塚に語って聞かせている。耳慣れない知識を教えて貰えることを楽しみながら、戸塚のゲーセンでの時間は過ぎていく。せっかく来たというのに1度たりともゲームをしていない2人であった。

 

 司馬懿の話を終えて、三国志をより詳しく知る為のお薦め本とそれを読む順番についても熱く語った後で、八幡はようやく話し疲れていることを自覚して一息ついた。そんな八幡を戸塚はにこにこしながら眺めている。

 

「ずっと喋ってたけど、八幡は大丈夫?」

 

「あー、ちょっと何か飲みたいかも」

 

「じゃあ、ぼくが何か買ってくるから、八幡はここで休んでて。話を聞かせて貰ったお礼だから、気にしないでね」

 

 八幡が何かを言いたげにしているのを見て、戸塚はそれに先んじて断りを入れる。普通に毎日を過ごしていては決して話題に出ないような面白い話を、今日はたくさん教えて貰ったのだ。飲物を買って来る程度では釣り合いが取れないが、せめてそれだけでもしたいと戸塚は考えたのである。

 

 八幡の希望は「マックスコーヒーか、無ければ炭酸系」とのことだったので、戸塚はコーラを2本持って八幡の待つ場所へと戻って行く。念の為と店員さんにマックスコーヒーの有無を尋ねていたので、少し遅くなってしまった。

 

 戸塚は歩きながら、改めて今日のやり取りを思い出す。歩道橋の上では「次の依頼までは頑張る」と言ってくれて、明らかに週の初めと比べて元気を取り戻してくれた八幡だが、理想としては「奉仕部を辞めない」という言質が欲しい。

 

 戸塚は昼休みに雪ノ下雪乃が語った戦略目標を思い出していた。それは2つから成っていて、八幡を元気付けて元の調子に戻って貰う事と、八幡に奉仕部を辞めさせない事である。彼女は教室に居る面々に向かって、敢えて競争を煽っていた。だが煽られるまでもなく、戸塚は自分の手で八幡に恩返しをしたいと思っていた。

 

 ぼけっと油断している様子の八幡を遠くから眺めて、戸塚は彼に見付からないようにこっそりと近付いていく。今日の八幡の様子からして、奉仕部をいきなり辞めるような事態は考えなくても良さそうだが、はっきりと残留宣言をしてくれないものか。そんな希望を込めながら、無事に八幡の背後を取った戸塚は、彼の首筋に冷たいコーラの缶を当てて驚かすのであった。

 

 

「うおっ!……って戸塚か」

 

「八幡、ちょっと驚き過ぎだって」

 

 いたずらが成功して、目をくりんとさせながら楽しそうに呟く戸塚は小悪魔のようにも見え、しかし天使のオーラは何ものにも汚されることなく存在している。いたずらをされたというのに怒る気になれない八幡は、仕方がないので少し拗ねたような表情を浮かべている。

 

 そんな八幡を見て吹き出しそうになるのを堪えながら、戸塚はふと思い付いた疑問を尋ねてみた。

 

「さっきの話だけどね。司馬懿が名誉職に祭り上げられたって話」

 

「おー、どした?」

 

「それってもしかして、司馬懿が他の国に逃げたりしないようにって意味もあったのかな?」

 

「ああ、多分そうだろうな。反乱を起こしたり他の国に逃げたりしないように、中央で役職に縛っておくってのは良くある話っぽいよな」

 

 八幡の返答を耳にしながら、戸塚の頭の中で何か不思議な経路が繋がったような気がした。瞬時に真顔になって、戸塚は思い付いたことを口にする。

 

「じゃあさ。……もしも八幡を奉仕部の、例えば部長とかにしちゃえば、八幡は絶対に部活を辞められないよね?」

 

「……は?」

 

 

 突然奇妙なことを言い始めた戸塚の話に頭が追いついていないのか、八幡は目を白黒させている。先程のコーラに続いて彼を驚かせたことを内心で喜びながら、戸塚は説明を始める。意外にいたずら好きな天使であった。

 

「もしも八幡が部長を目指すって言ったら、雪ノ下さんも黙ってないだろうね。雪ノ下さんのことだから、八幡の部長就任を阻止した上で、八幡が絶対に奉仕部を辞めないようにしてくれるんじゃないかな」

 

「おい、その展開って、俺の奴隷化が待ったなしになりそうなんだが」

 

「でも、そんなに待遇は変わらないと思うよ」

 

 戸塚としては今の八幡の状況は優遇されたものだと思っている。そもそも時に彼ですら入り込むのを躊躇してしまう程に、今の奉仕部3人の関係性は羨ましいほどの完成度だと戸塚は認識しているのである。ちょっと悔しいので詳しく説明してあげる気はないが、八幡は戸塚の期待通りに少し落ち込んだ表情を見せてくれた。

 

「ぼくの依頼の時もだし、川崎さんの時も思ったんだけど、奉仕部って誰が欠けてもダメだって思うんだ。だからぼくは、八幡に『奉仕部を辞めない』って約束して欲しい。八幡が部活を辞めない状況に持ち込めるなら、さっきの部長作戦だってぼくは本気だよ」

 

「あー、おい。これってもしかして詰んでね?」

 

「うん。八幡が部長になるって言えばぼくは協力するし、八幡がやる気にならなくても雪ノ下さんは黙ってないだろうね」

 

 思い付いた時には正直ここまで考えていなかったが、話しながら考えを進めてみると良い作戦のように思えて来た。策士・戸塚の誕生を前にして、八幡は受けに回ることしかできていない模様である。

 

「いや……でもなぁ」

 

「もしも八幡が今ここで『奉仕部を辞めない』って宣言してくれたら、部長作戦とかしなくて済むんだけどな……」

 

 戦略目標に向けて、一直線に進む戸塚であった。事ここに至っては、戸塚の勝利は目前のように思える。だが、相手は八幡である。

 

「戸塚。その、俺な……俺の為にそこまで考えてくれて、ありがとな」

 

 急に真顔になって、歩道橋での会話を思い出したのか「俺なんか」と言いかけたのを途中で訂正して、八幡は急にお礼を言い始めた。自分の提案が受け入れられたにしては少し様子が変な八幡を不思議そうに眺めながら、戸塚は耳をそばだてる。

 

「平塚先生に無理矢理入れられたような部活だし、辞める辞めないとか正直そこまで拘りは無かったから、戸塚の期待に応えるのは簡単なんだけどな」

 

 おもわず大きな音を立てて唾を飲み込みながら、戸塚は真剣に八幡の言葉を待った。

 

「でも、誰かの為に自分の意志を曲げるような奴が、戸塚が見せてくれた姿勢に値するとは、俺には思えねぇんだわ。だから……悪いけど、戸塚の提案は全部却下だ」

 

「そっ……か。思い付きだったけど、良い案だったと思ったんだけどな」

 

「そだな。正直こうやって感情に訴えるしか手はねーよ。面倒な奴って思われるかもだけど、そこを譲れるような性格じゃねーんだわ」

 

「うん。じゃあ仕方ないし、さっきまでの話は無しね。……今日は八幡と遊べて、楽しかった!」

 

「おう。俺も戸塚と遊べて、楽しきゃったぞ」

 

 緊張の糸が切れたのか、肝心なところで噛んでしまった八幡だった。戸塚としてはもちろん残念な気持ちなのだが、同時に八幡の心の深い部分に触れられたような気がして、そこまで悪い気分では無い。それを証明するかのように陰りの無い笑顔を浮かべて、最後に戸塚は1つの希望を口にする。

 

「じゃあさ、今日遊びに来た記念に、一緒にプリクラとか、どう?」

 

「あー、じゃあ一緒にプリクラ撮って帰るか」

 

 こうして、仲良し2人の楽しいデートは終わりを迎えたのであった。

 




先鋒・戸塚の戦果。
・デートによって八幡の気分高揚に大きく貢献。
・次の依頼までは辞めないという言質を得た。

以下で少し作品の内容には関係のない話を書きます。
面白い話ではないので、興味のない方はここでブラウザバックをお願いします。

次回は月曜に更新する予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
誤字を1つ修正しました。(1/18)






 前回の更新前後に、直近の10の感想に対して一斉にbadを付けられるという出来事がありました。

 まずは該当する感想を書いて頂いた方々へ、本当に申し訳ありません。
 皆様に非はなく、本作か作者に対して何かを思っての行動だと推測できるので、お気にされないよう願っています。

 そして実行された方へ。何か言いたい事がありましたら、この作品の感想か私へのメッセージでも構いませんので、堂々とお伝え下さい。少なくとも、今後は読者様を巻き込むようなことはお止め下さい。
 こうした行動は関係する誰にとっても益の無い行為ですが、誰よりもご本人にとって時間を無駄にする行為です。
 私個人や本作に対する要求があれば、受け入れられるものは謙虚に受け入れますし異論があれば反論させて頂きますが、対話が可能な限りはそれを拒否するつもりはありません。

 以上、お目汚しで申し訳ないですが、宜しくお願いします。

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