俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回でこの展開にも一応の幕が下ります。引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。



06.それでも彼女は希望の言葉を口にする。

 一夜明けた日曜日。全校生徒は普段よりも少し早い時間に各々の教室へと集合した。

 

 個室に引き籠もる生徒が出るかもしれないと教師たちは危惧していたが、部屋を共有した友人に説得されたり、知らぬ間に取り残される恐怖に尻を叩かれたりで、今のところ欠席者は出ていない。

 

 

 クラスごとに朝食を事務的に済ませて、朝のホームルーム(SHR)が始まった。だが教師も含め皆の雰囲気は重い。

 

 目が覚めても状況に変化がなかったので、昨日来の出来事は夢ではなかったと改めて思い知らされた気分だったし、外部からの手助けも無理そうだと理解せざるを得なかったからだ。

 

 昨日の雪ノ下雪乃の演説にあったように、せめて現実と同じように過ごす事で少しでも落ち着こうと思うものの。今日が日曜日なのがそれを困難にしていた。

 

 

 教師は早朝から集まって今日のスケジュールを話し合ったが、そもそも選択肢が限られている。授業か自習か。学活(LHR)か、それともクラブ活動か。

 

 気分を変える為に身体を動かす事をやらせようと、いったんはそんな話になったものの。

 それが一部の生徒にとっては残酷な提案になると、教師たちは気付いてしまった。

 

 サッカーであれテニスであれ、それらのクラブに所属している生徒たちは否応なく現実を突き付けられる。もうインターハイを目指すのは不可能だと。他校と練習試合を行う事すら困難なのだと。

 

 かといって、今の生徒たちに「何がしたい?」と問い掛けるわけにもいかない。偽らざる希望は「ログアウトしたい」だろうが、それを言わせようが言わせまいが悪影響しか生み出さないからだ。

 

 八方塞がりの状況の中、とりあえずの選択として昨日に続きLHRが始まった。

 

 

***

 

 

 二年F組の教室で、比企谷八幡は机に突っ伏した体勢で考えを巡らしていた。

 

 今日一日さえ乗り切ってしまえば、明日の月曜日からは普通に授業を行える。余計な事を考える時間が減れば、この雰囲気も少しはマシになるだろう。クラブ活動だって、今は運動部を中心にショックを受けている連中が多いが、結局は現状を受け入れるしかないのだ。

 

 土曜日にこの世界の稼働が始まるのに合わせて、生徒たちの日程も例年とは違ったものになっていた。金曜日までに始業式と入学式を終え、土曜日は月曜日の時間割で授業を受ける。午前の四限まではリアルで、午後の五限と六限はバーチャルで。月曜日は振替休日の予定だった。

 

 昨日のLHRで、明日の四限までは既に済ませた授業を繰り返すと決まった。生徒の精神面からも、授業を行う教師のこの世界への慣れという面からも、それが一番無難だと全クラスで合意が得られたからだ。

 

 

 そうした事を思い出しながら、八幡は思考を進める。

 

 現状の雰囲気を打破するためには誰かが行動を起こすしかない。しかし、例えば雪ノ下が生徒全員に向けて何か前向きな事を言ったとする。それを他の生徒はどう思うだろうか。

 

 素直に従う奴もいるだろうが、おそらく少なくない数の連中が雪ノ下のスペックを理由に拒否反応を示すだろう。下手をすれば「そりゃ、雪ノ下さんなら簡単にできるだろうけど、凡人には無理だよ」などと言って、動かない事を正当化しかねない。

 

 雪ノ下のハードルを上げつつ自分たちの同調者を募るような言い回しは、それが集団の足を引っ張るとは気付けない連中にしかできない事だ。

 他人の悪意に身構えながら過ごしてきた八幡には、事態が悪い方へと傾いていく未来が容易に想像できた。

 

 では、それに対して自分は何ができるだろうか。おそらく雪ノ下が何かを言った時点で話は自動的に進んでしまい、生徒であれ教師であれ、そこに口を挟んでも覆す事は難しいだろう。

 

 ならば言われる前にやるしかない。雪ノ下だけでなく、他の優等生連中が地に足の着かない事を言い出す前に、何か手を打たなければ。

 

 

 しかし今の八幡には、表立って行動するだけでも難事だ。

 

 例えば、あえて自分が悪者ぶって大多数の思考を反対方向に持って行こうにも、まずは注目されなければ意味がない。なのにこの一年というもの、八幡は他者から注目される事をこそ何よりも避けて過ごしてきたのだ。

 

 それに何か策を弄したところで、その意図がきちんと伝わらないようでは話にならない。完璧に論破されて話が終わってしまえば単なるピエロだ。

 

 昨日現実世界でもっと雪ノ下と話をしていたら、状況は変わっただろうか。

 八幡はしばし、その仮定を検討してみた。

 

 結論は、少しは変わったかもしれないが少ししか違わなかっただろうというものだった。

 そもそも、世の中には一瞬で信頼関係を築ける連中もいるのだろうが、八幡の性格では無理な話だ。

 

 いずれにせよ、今はその少しすらないのだと考えて、八幡は現実逃避を終える。

 状況は何も変わっていないが、気分はマシになった気がした。部長様をもう少し崇めるべきかねと、そんな軽口さえ叩けそうなほどだ。

 

 

 そっと辺りを見渡してみると、誰の顔にも閉塞感がにじみ出ていた。今のところは精神の平衡を保てているが、遠からず破綻が訪れるのは間違いないだろう。

 しかし八幡は、苦い顔をして歎息するしかできない。

 

 

***

 

 

 状況を動かしたのは意外な人物だった。

 

 昨日と同じように担任が教壇の横に移動したので、八幡は自分の行動が遅かったと悟り目を瞑る。しかし、教壇の上に現れたのは雪ノ下でもなければ他の生真面目な優等生でもない。ほんわかとした雰囲気を持つ上級生だった。

 

 前髪をピンで留めて綺麗なおでこを覗かせた彼女は、可愛らしい雰囲気を辺りに振り撒いている。制服の着こなしにしろ髪型にしろ目立って特徴的な点はないのだが、どこか細かい部分で違いがあるのだろう。全体として、見る人を落ち着かせるふんわりとした印象だ。

 

 昨日の雪ノ下の演説はクラス内での発言を記録して映像として再生したものだった。しかし今はそれとは違い、リアルタイムで全校生徒に話しかけようとしている。何を言うのか分からないが、とりあえず話し終えるまでは動きようがないので、八幡は先輩の言葉に耳を傾ける。

 

 

「えっと、生徒会長の城廻めぐり(しろめぐりめぐり)です。全校生徒のみなさんに、ちょっとだけ話を聞いてもらいたいと思います。……先ほど生徒会メンバーに各クラスの様子を見て来てもらったのですが、どのクラスも空気が重く、暗い表情の生徒がほとんどだと報告を受けました」

 

「私は生徒会長として、残念ながら教室に明るさをもたらすとか、皆さんに笑顔を戻すとかはできません。昨日の雪ノ下さんのように、皆さんに進む目標を示すこともできません。今も、生徒会メンバーがあれこれと助けてくれているからこうして話ができていますが、私一人だと何にもできないと思います」

 

「この世界に閉じ込められて、皆さんは昨日の晩、何を考えて過ごしましたか。……私は何にも考えられませんでした。私には想像もつかないようなスケールの大きな事件を前にして、圧倒されてしまったんです」

 

「じゃあ、ここで皆さんに質問です。皆さんは、そんな私を軽蔑しますか。生徒会長なんだからもっとしっかりしろ、って思いますか。……もしかしたら、そう思っちゃう人もいるかもしれませんね。でも私はそんな人達に、『最低だねっ!』と、明るく反論したいと思います。私には、そして誰にだって、できる事とできない事があるからです」

 

「じゃあ、そんな私を頼ってくれますか。……私一人だったら、頼ってくれる人はいなかったかもしれませんね。でもね、生徒会長は一人じゃないんです。あ、役職としては一人なんだけど、そうじゃないんです。私に力を貸してくれる頼れるメンバーがいるんです。それに、先生方や、昨日演説してくれた雪ノ下さんもいます」

 

「私は、皆さんにも力を貸して欲しいと思っています。といっても、特別な能力とかは必要ないんです。ただ、誰かが目の前で困っていたら、自分ができる範囲で手助けするとか。自分が何かに困っていたら、身近な人にちゃんと相談するとか。そんな事の積み重ねでいいんです」

 

「今、私達は、何をしたらいいのか途方に暮れている状態だと思います。遠くに目標はあるんだけど、頭や身体が動かせない状態なんだと思います。じゃあ、何でもいいから、まずは行動してみませんか。その行動が間違っていたら、誰かがそれを教えてあげればいいんです」

 

「私には、何か難しい事を考えたりはできません。今の状況を一発で解決できるような案なんて絶対に出せません。でも、この世界に閉じ込められて長い時間を過ごすんだったら、後で後悔するような過ごし方はしたくないんです」

 

「私は去年、生徒会長に立候補した時に、みんなが明るく楽しく過ごせる学校にしたいと言いました。……この世界で明るく過ごすのも楽しく過ごすのも、すぐには難しいと思います。でも、昨日よりも少しだけ明るく、昨日よりも少しだけ楽しく、って過ごし方は、皆さんの協力があればできるんじゃないかと思うんです」

 

「だから、皆さんの力を少しだけ貸して下さい。無理に笑わなくていいんです。周りに無理をしている人がいたら、気付いた人が指摘してあげて下さい。みんなが『昨日よりも少しだけ』って気持ちでこの世界で過ごせるように、生徒会もできる事は何でもします。だから、皆さんの力を、少しだけ貸して下さい」

 

 

***

 

 

 話を終えて深々と頭を下げる生徒会長を眺めながら、八幡は呆気にとられていた。この人の演説で、どうして教室の空気が一変したのだろう。生徒の気の持ちようが変化したのは何故なのか。

 

 その理由は八幡には解らない。ただ、本物(オリジナル)偽物(レプリカ)という言葉がふと、頭に浮かんだ。

 

 例えば、人生を賛歌するような流行曲は数多くある。その中には、聞くからに胡散臭い口先だけの曲もある一方で、歌詞も曲調もそんなに変わりはないはずなのに、段違いの説得力で聴き手に迫る楽曲もある。今の気持ちは、後者の作品に触れた時の感覚に近かった。

 

 おそらく自分は勿論として、たとえあの雪ノ下が会長と同じ口調で同じ内容を話したとしても、ここまでの効果は得られなかっただろう。むしろ先ほど推測したように、変な反発を生む可能性のほうが高い。

 

 会長はきっと、深く考えて発言を組み立てたわけではないのだろう。もしも先程の内容を意図的に構築して話していれば、そこに作為を感じて一歩引いて受け止めてしまう生徒が自分以外にも出たはずだ。

 

 つまり、会長が思ったままを素直に話したからこそ、ここまでの効果を生んだのだ。こんな状況でも「みんなが明るく楽しく過ごせるように」と本心から考えているからこそ、この変化が生まれたのだ。

 

 

 たっぷり一分近く頭を下げていた城廻が顔を上げると、期せずして教室のそこかしこから拍手が起きた。微かに伝わってくる音から推測するに、他のクラスでも同じ現象が起きているようだ。

 

 このタイミングで行動に出るべきだと判断した城廻は、これまでの経験から素直に自分の心情を語る事が一番効果的だとは思っていたが、この結果までは予測していなかった。

 

 それでも、この機会を逃してしまうほど城廻は初心ではない。拍手に応えておずおずと片手を挙げると。

 

「……え、えっと、……み、みんなで頑張ろう。おー!」

 

 拍手を止めて言葉を聞く姿勢になっていた生徒たちはすっかり戸惑っている。しかし城廻は怯まない。何度も「みんなで頑張ろう。おー!」と繰り返されて。苦笑しながらもセリフに合わせて声を出したり拳を突き上げる生徒が増え始めた。

 

 結果として、ほぼ全ての生徒が参加するまで繰り返しは続いた。「はい」を選ぶまで延々とループし続けるドラクエⅤのレヌール城を思い出しながら、八幡も微かに唇を動かして、ほんの少しだけみんなの輪に加わった。

 

 

 各クラスの反応を順番に確認しながら、平塚静は思う。我々教師陣も随分と切羽詰まっていたのだなと。改めて考えてみると、今朝の教師だけの話し合いもSHRでのやり取りも、事態を悪くしない事だけを考慮した選択がほとんどだったと思う。

 

 この仕事をしていて生徒から教えられる事は意外に多いのだが、今回はその最たるものかもしれない。選択した行動が間違っていても、それに気付いた誰かが指摘すればいい。誰かが落ち込んでいれば、それに気付いた誰かが力になればいい。

 

 変に悪い展開ばかりを考えず事態を見守りながら、起きた問題をそのつど確認して生徒達に助力すればいい。平塚は心の中でそう付け足しながら、久しぶりに微かな笑顔を浮かべていた。

 




次回はできれば数日後に。
可能な限り今の週二回の投稿ペースを維持したいと考えていますが、無理な場合は日曜更新になります。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
感想への言及に補足を加えました。(5/23)
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(8/12,9/20)
改めて推敲を重ね、以下の解説を付け足し、感想への言及を削除しました。(2018/11/17)


■細かな元ネタの参照先
「ドラクエⅤのレヌール城」:原作2巻p.78、原作6.5巻p.71

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