俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回は雪ノ下の視点です。以下、ここまでのあらすじ。

 職場見学の際に厳しい指摘を受けた雪ノ下雪乃だったが、それをそのまま受け入れ努力することで普段の調子を取り戻した。部員2名の決別を未だ知らない彼女は、落ち込んだままの比企谷八幡や空元気の気配がある由比ヶ浜結衣の様子を気に掛けつつも、事態が深刻だとは思っていない。

 そんな彼女に生徒会から相談が持ち込まれ、部長会議への対策を共に講じることになった。それと平行して雪ノ下は、彼女らを心配して訪ねて来た川崎沙希の協力を得て、月曜から続いている奉仕部内の悪い雰囲気を一掃しようと動き始めていた。



12.たゆまぬ努力を彼女は結果に繋げる。

 今日の放課後は全ての部活が中止だと、生徒会から通知が来た木曜日のお昼休み以来、校内では困惑した生徒達が落ち着かない様子で授業が終わるのを待っていた。不安げに周囲に話しかける生徒が大多数だったが、少しでも事情を知っていそうな生徒ほど口を固く閉ざしている。

 

 雪ノ下雪乃はそうした校内の様子を横目で眺めながら、ひとまず大きな騒動が起きていないことに胸をなで下ろしていた。部長会議が始まるまでは、変に騒ぎ立てられたくはない。そう考えた彼女は()()強権を発揮して、事情を知る者に箝口令を敷いた方が良いと提案したのである。

 

 雪ノ下としては生徒会の相談に乗っている立場なので、あくまでも提案に止めておくつもりだった。しかし彼女の意見を聞いた生徒会長はなぜか一切反駁することなく、そのまま彼女の案を採用したのである。事前の対策も、会議中の処し方も、そして会議の落としどころも全て。

 

 お陰で雪ノ下は完全に生徒会の側に立って部長会議を迎えることになった。もしや私を当事者として引き込むのが目的だったのかと、城廻めぐりに疑いの目を向けてみたものの、もちろん彼女からはそうした陰謀の気配をまるで感じ取れない。そもそも主導権どころか全権すら委任されかねない扱いを受けている現状では、たとえ生徒会が何かを企んでいたとしても簡単に対処できるだろう。

 

 

 雪ノ下は無益な思考を停止して、放課後に思いを馳せる。果たして、上手く対立を収めることができるだろうか。

 

 生真面目で融通の利かない性格の彼女は、実は大人数の中で意見をまとめたり裁定をした経験があまり無かった。彼女の能力やある種の公平性には同世代の誰もが一目置いたが、彼女は自身も含め誰に対しても公平に厳しすぎた。場の空気を重視して曖昧な形で丸く収めることを望む大勢の生徒からすれば、彼女に裁定を任せることは余計な火種を呼び込むことを意味する。ゆえに彼女は凄いと称賛されながら同時に頼りにはされないという奇妙な形で、孤高を貫く事態に陥ってきたのである。

 

 個人に対するように、奉仕部内で対処した時のように振る舞えば、きっと大丈夫だ。雪ノ下はそう自分に言い聞かせる。人数が多くなっただけで基本は変わらないはずだ。クッキー作りの際に部員2人の意見が対立した時だって、上手く収拾できたではないか。

 

 

 緊張の面持ちで、雪ノ下は放課後に少しだけ時間を置いて会議室へと向かった。普通の教室2つ分ほどの広さがあり、部長会議や文化祭の打ち合わせなど多くの生徒が集まる時は大抵この場所が選ばれる。

 

 会議室のドアを開くと、既に教室に着いていた生徒からの視線が一斉に集中する。だがそれに慣れている雪ノ下は、かえって先程までの緊張が解きほぐされたような気持ちになって、ゆっくりと上座に向けて歩いて行った。

 

 教室の形状に合わせる形で、長机がロの字を描いて置かれている。短辺の奥の方から生徒会長以下の役員達が順に並ぶ予定になっていて、雪ノ下の席は長辺の最奥。すなわち長方形の頂点を挟んで城廻と隣り合わせの席である。

 

 打ち合わせ通りの場所に腰を下ろして一息ついて、改めて気合いを入れ直そうと身構えた彼女に、聞き覚えのある声が掛けられた。

 

 

***

 

 

「はろはろ〜。雪ノ下さん、隣いい?」

 

 特徴的な挨拶を口にして、海老名姫菜は雪ノ下の返答も待たずに隣の席に腰を下ろす。当然この場に居てしかるべき立場であるかのように振る舞っているが、彼女はどの部活にも所属していなかったはずだ。驚きの感情が声に出るのを避けられないまま、雪ノ下は素直に疑問を伝える。

 

「海老名さん?……その、どうしてここに?」

 

「うーんと……様子見って感じかなぁ」

 

 実質的には何も情報を得られない返答を受けて、雪ノ下は少しだけ身構える。友人という言葉の定義が未だ彼女には掴みがたいのだが、横の席に座る眼鏡の少女とはそれなりに気心の知れた関係だと思っている。ゆえに警戒というよりは訝しむような表情で、彼女は目線だけで続きを促した。海老名はそれに素直に応じる。

 

「私は別にどっちにも肩入れする気はないから、それは安心してね」

 

 それは雪ノ下が最終的に確認しておきたかった内容だった。しかし色々な話をすっ飛ばしている為に、この言葉だけで安心しろと言われても難しいものがある。仕方がないので雪ノ下は根本的なところから質問をしていくことにした。

 

 

「何も知らない状態では安心しようがないので、幾つか質問をしたいのだけれど……。まず貴女はどこかの部活に所属することにしたのね?」

 

「うん。まだ正式名称は決めてないんだけど、漫画や小説の創作をする部活を作ろうと思ってて。えっち・おー・えむ・おー、って略称で何か良い名前を考えてるんだけどねー」

 

「そう。HOMO……福井先生のフロンティア軌道理論、だったかしら?私も詳しく理解できているわけではないのだけれど、漫画や小説の創作から化学反応を起こそうとする姿勢を表現するには良い名前かもしれないわね」

 

 友人と呼んでも良いかもしれない親しい仲の女子生徒に向けて、最大限に頑張って雑談を行った雪ノ下であった。場を取り持ってくれる由比ヶ浜結衣が不在のこの状況で、彼女の努力は褒められてしかるべきなのだが、残念ながら目の前の相手はそんな高尚なことは微塵も考えていない。

 

 とはいえ、海老名が暴走するのを未然に防いだという点では大いに効果があった。呆気にとられた表情を浮かべる眼鏡の女子生徒は、一拍遅れて吹き出しながら話を続ける。

 

「うん。いい名前だと私も思うんだけど、世間の風当たりが厳しくてねー。……って、こんな話を聞きたいんじゃないよね?」

 

 一応は確認をしておいて、海老名は隣に座る女子生徒が知りたいであろう情報を自主的に説明していく。念の為に外部に音声が漏れない設定に変更して、彼女は言葉を続ける。

 

「えっと、小説を書くのは問題ないんだけどね。絵を描こうとすると、ペンの違いとかがこの世界でも色々あって。それで、部費の話がどんな決着になるんだろうって興味もあったので、様子見に来てみたの」

 

「……貴女は、今日の議題が部費の話だと、どうして……?」

 

「判る人には判ると思うよ。毎年の議題だし、この状況だし。あんまり騒ぎになってなかったから裏で丸く収まったのかと思ってたんだけどね」

 

 耳の痛い話だが、海老名が皮肉を言っているわけではないと理解できているので苦笑するに止める。経緯を知ったのは昨日だったが、すっかり生徒会側に立って思考している雪ノ下であった。

 

 

 雪ノ下は相談の日付から、詳細を説明されるまでもなく事態の推移を把握していた。裏で何とかまとまりかけたが、妥結直前に片方か両方かに不満が出て、それを抑えきれなかったのだろう。その推測は正しく、交渉が決裂した直後に生徒会長は彼女に使いを送ったのである。

 

 相談を受けた雪ノ下は即座の箝口令を主張し、下手な話を言い触らしたり徒党を組んで示威行為を行うような事があれば強行策に出ると、部費を人質にするかのような通知を各部長宛に出させた。その性急さと容赦のなさは、彼女の対応が机上の論に近いものだったことを示している。

 

 だが、そんな経験に乏しい雪ノ下の発案を、生徒会長の城廻はそのまま受け入れてくれた。会議直前の今にして思えば、もう少しマイルドなやり方ができた気もするのだが、所詮は結果論である。それに一度経験を積んだことで、次の機会にはより上手く対処することができるだろう。

 

「そうね。でも、決裂した後でも大きな騒ぎは起きなかったし、何とか上手く収拾してみせるわ」

 

 しばし考えに耽った後で、自信を込めた口調で雪ノ下は答える。過剰な対応だったかもしれないが、とにかく最低限の結果は出せている。後は予定通りに落としどころへと話を持って行くだけだ。大上段から話を誘導したり強制するわけにはいかない以上、まとまった時間が必要な点は正直煩わしいが、既に結果は見えているのである。

 

「そっか。雪ノ下さんなら大丈夫だと思うけど、会議中も隣に居るから安心してね」

 

 海老名にそう言われても、友人関係の経験値が乏しい雪ノ下には、なぜ安心できることになるのか理由が解らなかった。会議中に援護射撃をしてくれるという意味ではないだろう。ただ隣に居るだけで、どうして私の安心に繋がるのだろうか。

 

 だが、そう思ったのは一瞬だった。すぐに雪ノ下はとある女子生徒の嬉しそうな表情を思い出して、海老名の言葉に納得した。確かに、その場に居てくれるだけで安心できる事も多々あるのだ。具体的な行動を起こさなくとも、一緒に責任を引き受けてくれるという姿勢を見せてくれるだけで。

 

 もしかすると、生徒会長の態度も傍らの女子生徒と同じなのかもしれない。いや、最終的な責任が彼女に行くことを思えば、城廻の姿勢は更に踏み込んだものだと言えるだろう。時間になって会議室に入って来たほんわかした外見の先輩を見つめながら、雪ノ下はふとそんな事を思い付くのであった。

 

 

***

 

 

「じゃあ、部長会議を始めるねー」

 

 心が落ち着くような温かい口調なのになぜか教室内に良く通る声で、城廻は会議の開始を宣言した。そして傍らの生徒会役員に、現時点までの経緯を説明させる。

 

 従来であれば、県大会で優秀な成果を出したり時に全国大会に出場する部活には多くの部費が出ていた。そして文化部よりも運動部のほうが多くの予算を獲得する傾向にあった。費用が掛かり、そして結果も出ている部活を優遇するのは当たり前だという理由によって。

 

 しかしこの世界に捕らわれてしまった現在、運動部には対外的な活躍の場が存在しない。つまり結果を出したくとも出せない状況である。一方の文化部だが、例えば美術部であれば作品を現実世界に送り届けるルートがある。書道部や新聞部なども同様で、それらの作品を現実世界のものと同一に扱うか否かで議論は分かれるだろうが、特別参加という形になったとしても彼らには全国大会への道は開かれているのである。

 

 合唱や弁論や演劇といった部活の場合も、この世界で本番さながらの舞台で生徒達が実演した映像を現実世界に届けることができる。他校と競い合うことはできないかもしれないが、現地で映像を流して貰うことは不可能ではない。チアリーディング部なども同じような状況だろう。

 

 だが目標にしていたインターハイなどへ出場する道を断たれ、更に部費まで大幅に削られるとなっては、運動部としても大人しく承諾できることではない。サッカーのスパイクやバスケのシューズなどにも細かな違いが存在するこの世界で、どうせなら部費で色んな道具を使ってみたいと思うのも当然のことだろう。

 

 かくしてお互いの主張は平行線を辿り、何とか妥協点を見出そうとしたのだがお互いに感情面で納得できず、結局は物別れに終わってしまったのであった。

 

 

「というわけで、生徒会の斡旋では話がまとまらなかったんだー」

 

 こんな話題だというのにどこまでもほんわかと、生徒会長は役員の説明に続けて声を発する。事態は面倒な事になっているが、それでも解決できる未来は確実にあると確信しているかのような口調で。

 

「だから、公平な裁定者を依頼しました。……みんな知ってると思うけど紹介するね。2年J組の雪ノ下さんです」

 

「……雪ノ下です。生徒会長の期待に応えるべく、できる限り公平な形で会議をまとめたいと思っています。このまま私が司会を引き継ごうと思いますが、それで問題ありませんか?」

 

 城廻を皮切りに大きな拍手が起こり、遂に会議が始まるのであった。

 

 

***

 

 

 そしてこの日の会議は終わった。そもそもの話をすれば、生徒会が出した妥協案は双方の心情をできる限り汲み上げたもので、それ以上の落としどころなど無かったのである。故に会議の目標は条件の摺り合わせではなく、いかに双方を「仕方ない」と納得させるかにあった。

 

 生徒会から裁定者として依頼された雪ノ下はよくその任務を果たし、持ち前の我慢強さで根気よく両派の不満を受け止めていった。とはいえ雪ノ下に話を聞いて貰えただけで満足してくれた人達は楽だったが、彼女としても同じ事ばかりを繰り返す生徒達には苦労した。ましてや理屈の通っていないことしか言わない連中など、普段の彼女であれば完璧に論破して泣かせていても不思議ではなかっただろう。

 

 だが既に親しい仲と言える戸塚やテニス勝負の際に縁があった城山、そして彼女としてはあまり認めたくはないが葉山の存在も大きく、彼らが他の部長の説得に回ってくれたこともあって、雪ノ下は裁定者としての勤めを最後まで果たすことができた。

 

 残念ながら当初からの懸念の通り、この日だけで全ての部長を説得することはできなかった。納得しきれない少数の生徒達には丸一日を掛けて頭を冷やして貰って、該当者だけが翌日にまた集まることになった。とはいえ明日はもう最終確認をするぐらいのもので、今さら話が紛糾することもないだろう。

 

 

 多くの生徒達が雪ノ下に挨拶をしてから会議室を去って行った。隣の席には今も海老名が控えていて、逆側には城廻がにこにこしながら座っている。明日の仕事が少しだけ残っているとはいえ、彼女は無事に大役を果たしたのである。

 

「城廻先輩、私に大役を与えて頂いて、ありがとうございました」

 

 雪ノ下はそう言って頭を下げたのだが、生徒会長は何のことやらと言いたげな表情である。だが改めて考えてみると、今回の話は生徒会だけでも解決ができただろう。落としどころが変わっていたとも思えず、解決までの道筋は彼女が助言するまでもなくおおよそ決まっていたはずである。

 

 だからこそ、問題の解決だけでなく下級生に経験を積ませる機会としても利用しようと、城廻は考えたのだろう。彼女のことだからそこまで論理的に考えてはいないのだろうが、後輩に経験を積ませてあげたいという意図があったことは明らかである。そしてそれを受け取ったのが生徒会役員ではなく自分だという点をしっかり受け止めて、雪ノ下は心から頭を下げたのである。

 

 理論を積み重ねるだけでなく実際に経験することの大切さ。そして後輩を育てるという温かな城廻の心情を受け継いで行くこと。そうした事を考えながら、雪ノ下は満足そうに笑顔を浮かべた。

 

「雪ノ下さん、お疲れー」

 

 雪ノ下の笑顔を見て、隣に座る海老名が声を出しながら片手を上げハイタッチを要求した。少し照れ臭そうに応えると、今度は逆側の城廻も同じことを要求してくる。

 

「無事に終わったぞー。おー!」

 

 いわゆるリア充のノリと、そしてほんわかしたノリに目を白黒させながらも、雪ノ下は爽快な気分だった。そして、このままの調子で奉仕部の問題も解決するのだと、改めて気持ちを引き締めるのであった。

 




次回、週の半ばの更新で年内は最後になります。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。(1/12,2/20)

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