俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回は由比ヶ浜の視点です。以下、ここまでのあらすじ。

 職場見学の際に同じ部活の2人と後味の悪い別れ方をして以来、由比ヶ浜結衣は沈み込みがちに日々を過ごしていた。親しい友人たちの助力もあり、まずは自分が元気にならねばと思うのだが、状況はなかなか好転しない。力になりたいという彼女の意志とは裏腹に、当の2人は他人を頼る素振りを微塵も見せない。

 幸いに雪ノ下雪乃は独力で回復して、まだ会えてはいないがメッセージも来るようになった。だが比企谷八幡は孤独に毎日を過ごすばかりである。部活も火曜は顧問が用事で、水曜は生徒会から相談が舞い込んで中止が続いている。木曜の今日も部長会議のため全ての部活が中止になった。用事があるという海老名姫菜と別れて、由比ヶ浜は珍しく三浦優美子と2人で出掛けるのであった。



11.したたかにあざとく彼女は接近する。

 にわかに全ての部活が中止となり、思いがけず自由な時間を多くの生徒達が得られたこの日。我先に校外へと遊びに出ても不思議ではないのに、少なくない数の者達が校内に残って部長会議の結果を待っていた。だが彼らの大部分は部長会議で何が議題になっているのかも知らず、それを知る少数の生徒達も口を閉ざしているので詳細は全く伝わって来ない。

 

 会議に深く関与している事が確実な仲の良い女子生徒を思うと、由比ヶ浜結衣も教室で結果待ちをしたい気持ちになるのだが、当人からは心配するなと言われている。彼女からのメッセージを何度も読み直して、大丈夫だと書かれた言葉を信じることにして、由比ヶ浜は昼休みに打ち合わせた通り三浦優美子と2人で出掛けることにした。

 

 校内で用事があるという海老名姫菜とは今日は別行動である。何かあればすぐに知らせると言ってくれた彼女に後を任せて、落ち着かない雰囲気の校内を抜けて、2人は昇降口に辿り着く。靴を履き替えて校舎の外に出ようとした時、彼女らに聞き覚えのある声が掛けられた。

 

 

「あれ、由比ヶ浜先輩?」

 

「あ、いろはちゃん久しぶりー」

 

 一緒に歩いていた女子生徒たちに気軽な口調で「ちょっと用事が」と告げておいて、一色いろはが2人の側へと近付いてきた。少し小走りになった彼女はこんな時にも誰かに見られる可能性を忘れていないのか、可愛く元気な姿を周囲に主張している。よほど目が肥えるか腐ってでもいない限り、彼女の可愛らしさは天然物と区別がつかないだろう。

 

「今の、大丈夫だった?」

 

「大丈夫ですよ〜。サッカー部のマネージャーなんですけど、今日は部活がないですし。三浦先輩もお久しぶりです〜」

 

「ん。そっちも元気そうだし」

 

 一色からの挨拶を受けて、鷹揚に頷く三浦であった。彼女としては面倒な下級生との会話をさっさと切り上げて外に出たいところだが、逃げたような形になるのは望ましくない。直接のやり取りは由比ヶ浜に任せて適当なところで別れようと、彼女はそんな事を考えていた。

 

「お二人は、今からどちらまで?」

 

「詳しくは決めてないんだけど、適当にお店を回ってからお茶でもしよっかな、って」

 

「う〜んと……じゃあ、せっかくなのでご一緒しませんか?」

 

「……は?」

 

 君臨すれども関与せずを貫く予定だったのに、思わず声が出てしまった三浦であった。この一言でも歓迎されていないことは明らかだというのに、一色は気後れする様子もなくそのまま話を続ける。

 

「前はその、落ち着いて話せる感じじゃなかったですし。由比ヶ浜先輩とも三浦先輩とも、一度ゆっくり話してみたかったんですよ〜」

 

 表面的には憧れの先輩と話せる機会を逃してなるものかと必死にお願いをしている健気な後輩を装っているのだが、話しかけられている2人には通じない。由比ヶ浜は彼女に裏の意図があると気付いたし、三浦は彼女の言葉を額面通りには受け取れないと判断した。

 

 三浦も由比ヶ浜も、伊達で学年のトップカーストを維持しているわけではない。言葉の意味を厳密に追求した議論などは不得手だが、言葉に誤魔化されず相手の真意を探る事には長けていた。それは経験のなせるわざであり、2人の性格の違いに応じて得意な相手と苦手な相手があるのだが、結論が一致する場合は信憑性が一気に跳ね上がる。

 

 2人は顔を見合わせてお互いの抱いた感想を伝え合い、そしてやんわりと断る方向で話をまとめようと考えた。だが、一色もまた雑多な人間関係を経験してきた身である。目の前の2人が確認し合っている内容など、彼女にしてみればお見通しである。このままだと体よく断られて話が終わってしまうことも。

 

「それに、こないだの奉仕部、でしたっけ。あそこにいた男子の先輩の事で、ちょっと……」

 

 ゆえに一色は手持ちのカードを切る。サッカー部の便利な先輩に変な噂が立った時に、葉山隼人が奉仕部に相談に行って練習を休んだことがあった。彼女は2日連続で次期部長に休まれるわけにはいかないという名目で一緒に部室に乗り込んで、その時に初めて件の男子生徒を認識したのである。

 

 現時点での一色の認識は「由比ヶ浜に気を遣われている冴えない男子生徒」という程度でしかない。だが、たとえ直接の利用価値を見出せない存在でも、由比ヶ浜に対するカードになるのであれば話は別である。現に今こうして役に立っているのだから、覚えておいて損はなかったという事だろう。

 

「優美子、ごめん……」

 

「気にすんなし。じゃあ、忘れ物がないならこのまま一緒に出掛けるし」

 

 彼の話が出た以上、一色の提案を断ることは由比ヶ浜にはできない。それを百も承知の三浦は、多くを言わせる前に話をまとめにかかる。改めて一色を眺めて鞄を手にしているのを確認して、忘れ物のことまで気遣ってあげた上で、彼女はこれからの行動を宣言するのであった。

 

 

***

 

 

 すっかり顔馴染みになった喫茶店で3人は腰を下ろした。普段とは1名だけ顔ぶれが異なるが、店員がそれについて疑問を口にすることもない。半円形になったソファに由比ヶ浜を真ん中にして腰を落ち着けた3人は、飲物の注文もそこそこにして話を始めるのであった。

 

「いろはちゃん、さっきの話なんだけど……」

 

「あ、えっとですね、一昨日の火曜日に撮ったんですけど〜」

 

 周囲に男子生徒の影も形もないというのに、普段通りに可愛らしく装う一色であった。とはいえ目的通りに2人を対話の場に引っ張り出せた以上、切ったカードを延々と見せびらかすのは悪手だろう。そう考えた彼女は素直に説明を始める。

 

 彼女が取り出した写真は、雨の為にすぐには場所が判らなかったが、どうやら特別棟の一階、保健室横、購買の斜め後ろ辺りを撮ったものらしい。三浦は首を傾げているが、場所に気付いた由比ヶ浜は一気に緊張を高めた様子で身体を硬くしている。彼が1年の時からよくご飯を食べていたという、あの場所だ。

 

 写真を拡大してみると、そこには雨合羽を着た誰かが雨の中で腰を下ろしている姿が写っていた。拡大を最大にしても顔は合羽に隠れていて、それが誰なのかは判らない。しかし由比ヶ浜には、それが誰かは一目瞭然である。

 

「え、これ……?」

 

「最初は正直、危ない人がいるな〜って感じで、念の為に撮ったんですけど〜……。その人、購買に人がいなくなったら雨の当たらない場所に移動して、その時に顔が見えたんですよ〜」

 

 一色がもう1枚の写真を取り出すと、そこにはパンと飲物を片手に食事をしている男子生徒が写っていた。由比ヶ浜がよく知っている彼の姿を、彼に黙って盗み見ている気がして、こんな時だというのに顔を赤らめる純情な由比ヶ浜であった。

 

「他に誰か、これを見た奴って……」

 

「あ、多分わたしだけだと思いますよ〜。雨が降ってたので気付きにくいと思いますし、写真を撮れるのはこの方向からだけですし。変な写真を撮ってるわたしとか、噂になるのは嫌だったんで、ちゃんと周りも確認しましたし」

 

 顔を俯かせる由比ヶ浜を心配そうに眺めながら、気になることを質問しようとした三浦だったが、一色は食い気味に返事を返す。そして自身のイメージを大切にする一色が確認したのであれば、目撃者は他にいなかったと考えても良いだろう。

 

「その、誰かにこの写真を見せたりとかは……?」

 

「え、だって気持ち悪がられるだけですし」

 

 現場の目撃者という線は消したので、後はこの写真の存在を知る者が居ないか確認しようとした由比ヶ浜だったが、一色の返答は珍しく素の口調であった。自業自得とはいえ、ここまで気持ち悪がられている彼は泣いて良いかもしれない。

 

「じゃ、写真は誰にも見せずに消してくれると嬉しいし」

 

「う〜んと、いちおう何があったか教えて貰えませんか?」

 

 絶句している由比ヶ浜に代わって交渉に入る三浦だが、相手も一筋縄ではいかない。一色の要求も当然と言えるものだけに、三浦は念の為に目で確認を取ってから、簡単に説明するのであった。

 

「職場見学で厳しい事を言われて、独りになりたかっただけだと思うし。すぐに結衣たちが解決するから大丈夫だし」

 

「了解です。じゃあ、本題に移っていいですか?」

 

 写真を消すとは確約せず、話を次に移そうとする一色であった。そうした意図は三浦にはお見通しだったが、彼女がこの写真を持っていたところで自分達に対する脅しとしてはもう使えない。誰かに見せびらかす可能性も、先程の一色の反応を見る限りはまず無いと考えて良いだろう。放っておいてもそのうち消去するしかないと気付くだろうと考えて、三浦はそのまま聞き流すことにした。

 

 さりげなく三浦が自分に対する信頼の言葉を口にしたことで少し照れていた由比ヶ浜だったが、彼女も一色が話を逸らしたことには気付いていた。だが彼女としては、雨の中の写真はともかく無防備に昼食を摂っている彼の写真は消すには忍びない気持ちがあった。なにか良い交渉材料はないものかと、そんな事を考えながら、由比ヶ浜もまた聞き流すことにしたのである。

 

 こうして彼の黒歴史は闇に葬り去られぬまま生き延びたのであった。

 

 

***

 

 

「えと、本題って……隼人くんの事だよね?」

 

「ですです。以前の話し合いで、三浦先輩が部活関係の事には関与しない代わりに、わたしは普段の休み時間とかには関与しないって事になったんですけど〜」

 

 4月にテニス勝負をした時に、その直後に一色が乱入して来たことがあった。三浦に引き摺られてどこへともなく運ばれていった一色だったが、葉山の立ち会いの下でそういう形に落ち着いていたらしい。つまり葉山の依頼の際に一色が部室に現れたのは、協定違反を問うという意味合いがあったのだろう。

 

「で?なんか問題ある?」

 

 だがあの時の事も手打ちになったはずだし、協定を三浦の側から見直す必要は今のところ見出せない。もっと仲良くなりたいとは思うが、未だ付き合いたいとかそうした段階には至っていない初心な三浦からすれば、今の環境は悪くないものなのである。彼女の返答がトゲのあるものになるのも仕方のないことだろう。

 

「えっとですね、本来なら夏休みとかって、部活で忙しいはずじゃないですか?でもこの世界だと、夏のインターハイも冬の選手権も無いんですよ……」

 

「……それで?」

 

 一色が言いたい事は三浦にも由比ヶ浜にも伝わった。その点に関しては、同じくこの世界に捕らわれている身としては、少しぐらいは配慮しても良いと思わなくもない。後は程度の問題である。ゆえに三浦は端的に続きを促す。

 

「だから、夏休みに葉山先輩と一緒に出かける時は、わたしも誘って貰えると嬉しいな〜って」

 

「……は?」

 

 三浦にとって本日2回目の絶句であった。そもそも目の前の少女は同じ男子生徒を狙うライバルではないか。確かに今はまだ付き合うとかそうした仲にまで踏み込もうとは思っていないが、誰かに奪われるのを指を咥えて見ているつもりもない。だが、もし奪う気があるのならば、三浦とは別に会う機会を設けろと言ってくるのが普通ではないのか。

 

 そもそも意外な提案をしてきた後輩の少女からは、機会を見付けて何としてでも奪い取ってやるという気概は窺えない。むしろ先程は否定したものの、三浦や由比ヶ浜と仲良くなりたいという言葉の方が、まだ真実味を感じられるようにも思う。

 

 

 一色の発言の意図を完全に読み切れず困惑する三浦は、傍らの頼れる友人に助けを求める。可愛らしい外見からはそう見えないかもしれないが、特に人間関係が絡む場においては、彼女はクラスの誰よりも頼もしい存在なのである。

 

「いろはちゃんの意図を、聞かせて貰ってもいいかな?」

 

「う〜んと……単純に、先輩方と仲良くなりたいってだけだとダメなんですよね?」

 

 少し困ったような表情ながら笑顔を絶やすことはなく、一色は他に誰も見ている者が居ないにもかかわらず可愛らしい仕草を続けながら、内面では必死に頭を働かせていた。

 

 実のところ三浦や由比ヶ浜と仲良くなりたいという彼女の気持ちは偽りではない。そして正直な話、彼女としても今すぐに葉山と付き合いたいという想いまでは抱いていない。一色にも自分の感情から先輩との適切な距離感まで解らないことは山ほどあるのである。

 

 確かに一色の本音としては、同席している2人の先輩と仲良くなりたい()()ではない。彼女らと仲良くなる事で見えてくるものを知りたいがゆえに、一色は先輩たちとの仲を深めたいのである。自分は果たして葉山先輩と付き合うべきなのか。それとも特別に仲の良い後輩の座で踏み止まるべきなのか。

 

 彼女から見て葉山は確かに、男女の付き合いを検討しても良いほどの存在である。自分を安売りするつもりなど毛頭ない彼女から見ても、相手が葉山であれば文句は無い。だがそうした外部的な理由を除いてしまうと、自分が果たして葉山と付き合いたがっているのかどうか、彼女自身にも判らないのである。

 

 だから一色は、同じように葉山に異性としての好意を持っていて、しかし具体的な行動を起こそうとはしていない三浦とゆっくり話してみたいと前々から思っていた。きっと三浦と話すことで、自分の中で何か納得できるものが得られるだろうから。

 

 一方の由比ヶ浜とは、単純に仲良くなりたいという気持ちが強い。もちろん親しくなれたら色々と頼りになるだろうという打算はしっかり意識しているが、純粋に仲良くなりたいという気持ちもまた彼女の中には確かにあるのである。恥ずかしいのであまり公表したくはないが、入学式の日に由比ヶ浜に助けられた恩義というものも、一色の中にはしっかり存在していた。

 

「葉山先輩が、他の人達とどう接しているのかを知りたいんですよ。サッカー部での葉山先輩しか、わたしは知らないから……」

 

 表情や仕草を飾る余裕もないままに、一色は思い付いた事を口にする。どのみち今回のような機会はこの先なかなか得られないだろう。打算や計算ではなく、思い付いた事をなんとか言葉にしてみようと考えて、彼女はそれを2人の先輩に伝えた。受け取った2人にとっては、初めて一色が見せてくれた素の言葉だと思えた。

 

「……じゃ、予定が決まったら連絡するし」

 

 そう三浦が答えて、珍しい3人によるティータイムは終わりを告げる。店の外では、少しずつ日が差し始めていた。

 




次回は月曜に更新する予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。(1/12)

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