俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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ボス戦に向けた会議です。



17.どんな相手でも彼女はしっかり報復する。

 放課後の部室では、奉仕部の3人と戸塚彩加がテスト勉強の支度をしながら、平塚静顧問が来るのを待っていた。

 

 今日は中学生組の2人はこの教室には居ない。彼女らもテスト直前の時期であり、更に高校受験を控えている身分である。連日のように連れ回すのは避けた方が良いという判断から、比企谷八幡はこの日の朝に妹の比企谷小町に対して不参加を打診したのであった。

 

 話し合いの後で夕食を大勢と共にするのを楽しみにしていた小町は少しご機嫌斜めだったが、前日と同様の濃厚な勉強会が行われる事を仄めかすと物怖じした様子だった。なんでも、確かに効率はとても良かったのだが疲労感も半端ではなく、昨日は家で頭を使った事が何もできなかったらしい。喩えるなら、色んな道を上手くショートカットしながら進むのに長けた小町に、いきなりコース無視の直線的な全力疾走をやらせたようなものだったのだろう。

 

 まだ何も知らなかったカフェでの初遭遇の際に、雪ノ下雪乃からの勉強会の誘いを「高校生組だけでどうぞ」と回避した過去の自分を改めて絶賛している小町を眺めながら、勉強のやり方やペースにも人それぞれあるんだなと朝から黄昏れていた八幡であった。結局、話し合いの結果を後で報告する事にして、今日の放課後は別行動となったのである。

 

 

 昨夜、八幡からの連絡を受けた平塚先生は、即断即決で行動に出た。その場で身支度を調えて家を出ると、帰宅が深夜になる事を見越して、移動しながらその時点での簡単な経緯をまとめて生徒達に周知していたのである。

 

 彼女の予想通り帰宅は午前様になったので、翌朝の通勤途上に「昨日得た情報を基に相談したいので、放課後に部室集合でお願いします。それ以外の時間はしっかり勉強するように」というメッセージを送っていた。それ以上の詳細を書かなかったのは彼女の茶目っ気な性格に原因の大半があるが、文章では上手く伝わらない可能性を危惧した事も確かである。

 

 彼女の生徒達は簡単に噂を広めるような性格ではなく、更に葉山の依頼の際に噂が錯綜して面倒な目に遭ったところなので、中途半端な情報を得たからといって変に騒ぐような事はしないだろうと思う。だが同時に、奉仕部の3人も戸塚も心根の優しい生徒達だ。不完全な情報であっても第三者の為であれば、特に同学年であり大半がクラスメイトでもある川崎沙希の為であれば何か行動に出ないとも限らない。

 

 そうした意図から、彼女は朝の時点では詳しい情報を知らせる事なく、全てを放課後に先送りしたのであった。

 

 

 程なくして、いつものように荒々しく教室の扉が開いて、平塚先生が珍しく誰も伴わず部室へと入って来た。教室内の4人の生徒達を見渡して、「遅くなった」と呟きながら依頼人席へと腰を下ろす。

 

 雪ノ下と由比ヶ浜結衣の席は普段と変わらず、八幡の位置も変わらない。戸塚の席は今日は八幡寄りになっている。つまり長机の両端に男女別に2人ずつ座っていて、長机の長辺半ばにて平塚先生が彼らと対面する構図になっていた。戸塚の性別が本当に男なのであれば、綺麗に別れた形になっていると言って良いのだろう。

 

 改めて八幡、戸塚、由比ヶ浜の順に顔を見回した後に、教師は雪ノ下に向かって1つ頷く。それを受けた雪ノ下が口を開いて、この日の会議が始まるのであった。

 

 

***

 

 

「では、まず先生から昨夜の詳細を報告して頂けますか?」

 

「うむ。結論から言うと、川崎が昨日のバーのお得意様だという可能性は無い。それに店内だけでなく、この世界全体で未成年者の飲酒・喫煙は禁止されているそうだ。バーテンダーによると、システム的に禁止されているので大人が強制的に飲ませるのも無理という話だ」

 

 平塚先生の返事を受けて、各々がそれを頭の中で検討している。由比ヶ浜は川崎がバー通いをしていなかった事を喜んでいるし、戸塚は無理に飲まされるような事態が起こり得ないと知って安心している様子である。

 

「……という事は、川崎の件は振り出しに戻ったって事ですかね?」

 

 一方で八幡は冷静に物事を捉えていた。酒や大人絡みの最悪の展開は免れた反面、得られたと思っていた手掛かりが手の中をすり抜けて行ったと受け止めていた。可能性を否定する情報が有用なのは確かだが、同時にまた最初から出直しになる事の意味を噛みしめていたのである。それは雪ノ下も同様だったが、彼女は少しだけ顧問の思考を読んでいた点が八幡とは違っていた。

 

「いえ。情報がこれだけなら、平塚先生は朝のメッセージでそう書いたのではないかしら?つまり、メッセージでは伝えきれない他の情報があると考えた方が良いと思うのだけれど」

 

 雪ノ下にしては珍しく、八幡をからかう台詞を含まない真っ当な返事であった。喋りながら、平塚先生がまだ開示していない他の情報について考えていたからなのだろう。

 

「雪ノ下の推測で正解だが。……勿体ぶっているわけではなく、全員に理解して貰う為にも順を追って話したいのだよ。雪ノ下1人が理解しても、他の者の理解が追いついていなければ話し合いにならないからな」

 

 教師らしく雪ノ下をたしなめる平塚先生であったが、実のところ勿体ぶっている側面は否定できない。雪ノ下や八幡を見る彼女の笑顔からはそうした側面が明らかに感じられるのだが、そこを指摘するとまた話が長くなってしまう。仕方がないので後で反撃してやろうと、密かに心に誓う八幡と雪ノ下であった。

 

 

「では、他に得た情報を教えて頂けますか?」

 

「そうだな……。まず高校生は夜の10時に店を追い出される。それから高校生の客はいるみたいだが、馬鹿騒ぎをしたり問題行動を起こす類いの客層とは縁が無いそうだ。それと未成年で独りで来る客はいないとバーテンダーに断言された。……ここまでは大丈夫か?」

 

 雪ノ下は頷きながら、傍らの女子生徒へと視線を移す。由比ヶ浜の理解力を懸念しての行動ではあるのだが、雪ノ下の眼差しは優しく隣の少女へと向けられている。それを受ける由比ヶ浜も特に反発もなければ気負いもなく、尊敬できる仲の良い少女に向けて力強く頷き返していた。そんな彼女らの耳に、意外な声が聞こえて来る。

 

「あの……。ぼく、夜に勉強してて喉が渇いたからコンビニに行った事があって……」

 

 そう話しながら、戸塚が少し恥ずかしそうに顔を赤らめている。話の先が読めないので周囲が困惑する中、由比ヶ浜が大きく頷いて彼に話の続きを促した。

 

「えっと、夜の10時を過ぎて外に出るのはダメだって知ってたけど、その、我慢できなくて……」

 

「ふむ。私はなぜか少し耳が遠くなったみたいだ。気にしないで続けてくれたまえ」

 

 何となく彼の言いたい事を悟って、平塚先生は明後日の方向を向きながら彼の発言を励ます。普段の八幡であれば「それは加齢のせいで」などと余計な事を言って怒られていたのだろうが、戸塚に関する事である故に変な茶々を入れず、傍らの性別不詳の同級生を静かに応援していた。

 

「……夜の10時を過ぎてもコンビニに入れたんだけど、あれってどういう事だったんだろ?」

 

 側に居る八幡に向けて、可愛らしく疑問を口にする戸塚であった。戸塚の魅力の前ではどんな制限もフリーパスになるのではないかと八幡は仮説を立てるが、この2ヶ月弱の付き合いによって八幡の戸塚絡みの奇行は完璧に把握されている。彼が馬鹿な事を言い出す前に、雪ノ下が口を開いた。

 

「おそらく、厳密に時間と年齢で制限を課すお店と、その辺りが曖昧なお店とが、この世界で混在しているのでしょうね」

 

「そうだな。バーテンダーによると運営は教育という側面を重視しているそうだが、同時に何でもかんでも制限するという意図も無いようだ。推測だが、大人が夜に行くような店だけが制限されているのかもしれないな。……ああ、戸塚が夜に何をしたのかは聞こえなかったので安心したまえ」

 

 悪戯っぽい表情を浮かべて、戸塚に話し掛ける平塚先生であった。そして2人の推測を受けて八幡が口を開く。

 

「これは俺の友達の友達の話なんですけど……」

「ダウト!」

「だから反応が良すぎんだろ……。とにかく俺と全く関係ない奴の話だが、高校生でもチェーン店のコーヒー屋とかファーストフード店とかに深夜入れるみたいだぞ」

 

 余人が口を挟む隙間もなく、予定調和のやり取りをする八幡と雪ノ下であった。いつものやり取りに苦笑しながら、同時に少し心配そうな表情を浮かべて由比ヶ浜が心配事を漏らす。

 

「でもさ、そういうお店に行ってるんだったら、尾行?とかしないと見付けられないよね」

 

「……そうね。最悪の場合はそうした手段も考えるとして、まずは平塚先生が持ち帰ってくれた情報をもう少し精査してみましょう」

 

 雪ノ下はそう言いながら、顔を顧問の方へと向ける。生徒からの無言の要請を受けて、平塚先生は情報の続きを説明するのであった。

 

 

「否定の確認の続きになるが、連絡だけでまだ来店していない客の中にも高校生はいないそうだ。そもそもバーテンダーによると、高校生で頻繁にバーに来る客は皆無だという。ここまでは良いかね?」

 

「ええ。つまり次が本題という事ですね?」

 

 話を盛り上げる為に一度区切ったつもりが、雪ノ下に意図を完全に見抜かれている平塚先生であった。そして部長の言葉を受けた部員2人と、今回は助っ人として奉仕部に協力している戸塚が、各々の表情を引き締める。少し予定していた雰囲気とは違った事を残念がりながら、顧問は問題の核心に近付く情報を告げるのであった。

 

「……だが、だ。平日にバイトに来る高校生がいるらしい」

 

「……っ、そのバイトが川崎さんだという確証は?」

 

 この世界で金銭に困る事は稀な為に、バイトという可能性は全員の頭の中からすっかり抜けていた。盲点になっていた事を思いがけず突き付けられて、しかし雪ノ下は即座に驚きから復帰して必要な情報を確認する。だが、それに対する教師の返答は芳しいものではなかった。

 

「バイトの個人情報は流せないとバーテンダーに拒否されたよ。だが、その高校生のバイトは今日も店にいるという事だけは確認できた」

 

「なるほど。……何時頃に店に行けば、そのバイトに会えると思いますか?」

 

 すっかり自分で行く気満々の雪ノ下であった。どうやら水を向ける必要も無かったなと内心で満足しながら、平塚先生は自分の考えを伝える。

 

「客と同様にバイトも10時までには帰らせるだろうな。着替えや諸々を考えると、実際に店内で働くのは9時半が限度ではないかね?」

 

「それですと、もしも2時間だけのバイトでも7時半には店内にいるという事ですね」

 

 問題の解決に繋がる具体的な行動を検討できる事になって、雪ノ下の頭は高速で回転を続けている。そして傍らの女子生徒も、かつてのバイト経験を基に助言を行う。

 

「バイトの曜日が決まってたら、もう少し時間を限定できそうだけど……。昨日あれからバイトに行ったとしたら、5時半からだとギリギリだし。6時からだとしても、もう少し焦ってたかも」

 

「いや、雪ノ下と口論していた時もそうだったが、川崎はあまり表情に出さないタイプかもしれん。だが由比ヶ浜が言う通り、5時半だと時間的に厳しいから……」

 

「早くて6時からって考えていいかもね」

 

 更には八幡と戸塚も考察に加わる。時間を完璧に推測する事は難しいが、ある程度の範囲に絞る事はできそうである。

 

「先生。ホテルの中でどこか集合に適した場所はありますか?」

 

「ふむ。1階のエレベーターホールの付近はどうかね?」

 

「では、そこに7時半に集合して、10分後を目安にお店に入る予定にしましょうか。念の為、5時半から2時間のバイトだった場合に、入れ違いになる可能性を除外したいのですが……」

 

「ああ。元々そのつもりだったが、1階のラウンジで私も待機しておこう。一緒に付いて行かなくても大丈夫かね?」

 

 付いて行く気などさらさら無いのに、敢えて教え子を挑発する平塚先生であった。そしてこの期待に応えない雪ノ下ではない。

 

「ええ、私の方は大丈夫なのですが……。先生はお気に入りのバーテンダーに会いに行けなくても大丈夫なのですか?」

 

 勿体ぶった情報の小出しを散々続けられた恨みを一気に晴らすべく、発言の端々に登場したバーテンダーを話題に出して、恩師を追い詰める雪ノ下であった。八幡の観察によると、この時の雪ノ下はこの日一番の良い笑顔だった模様である。

 

「え、平塚先生、そうなんですか?お、大人だ……」

 

 恋愛話が大好きな由比ヶ浜が少し顔を赤くしながら食い付いて、教室の中では平塚先生の悲鳴が轟いていた。束の間の気晴らしを存分にさせた上で、雪ノ下は機を見て大きく柏手を打ち自分に注意を集める。

 

「では集合場所にはフォーマルな服装で来る事。由比ヶ浜さんはその手の持ち合わせはあるのかしら?」

 

「うげ。多分ちゃんとした恰好って持ってないし。……もしかして、あたしだけ居残り?」

 

「なら、私のを貸すから一緒に家まで来て貰えるかしら?」

 

「え、ゆきのんのお家に行って良いの?やった!」

 

「遊びではないのだし、抱き付かないでくれると嬉しいのだけれど。戸塚くんと比企谷くんは?」

 

「俺は親父のがあると思う。俺で着せ替えする為に、小町が親父の服まで色々写真に撮ってたみたいでな」

 

「ぼくは……持ってないかも」

 

 意気消沈する戸塚に助言をしようとした雪ノ下だが、必死の勢いで戸塚を誘う男の姿があった。

 

「なら戸塚くんは比企谷くんの……」

「なら戸塚も俺んちで一緒に着替えようぜ!」

 

 すっかり発言を台無しにされて、雪ノ下は静かに怒りに震える。しばし息を整えてから、彼女は改めて今後の方針を語るのであった。

 

「では、時間まで勉強会をした後いったん解散して、7時半にホテル・ロイヤルオークラの1階エレベーターホールで集合ね。それまで各自、川崎さんがバイトをする理由について検討しておいて貰えるかしら?比企谷くんは妹さんと川崎くんに連絡して、話を通しておいてくれると嬉しいのだけれど」

 

「ん、了解」

 

 雪ノ下の指示に各自が無言で力強く頷く。そして名前を挙げられた八幡が端的に返事を返したところで、平塚先生が口を挟んだ。

 

「念の為に繰り返すが、バイトの高校生が川崎だという確証は取れていない。他の高校の生徒だった場合、君達はどうするのかね?」

 

「そうですね……。実在の高校生である事には変わりないのだし、乗りかかった船という事でいかがでしょうか?」

 

「ふむ。そうして貰えると嬉しいが深入りは禁物だ。話がこじれた場合はすぐに1階にいる私を呼び出すように」

 

 

 こうして話の大枠は済んだ。そろそろ勉強会に頭を切り換えるべき時間である。雪ノ下の口から勉強会の開始が宣言されるのを待っていた面々だが、意外な事に彼女は全く違う話を持ち出した。

 

「勉強会を行う前に、少し考えたのだけれど……。戸塚くんも由比ヶ浜さんと一緒にうちで着替えても良いわよ?もっとも、うちには男物は無いのだけれど」

 

「えっ……?」

 

「さいちゃんと一緒に、着替え?」

 

「戸塚が……女物の服を?」

 

 女物の服装をする事を恥ずかしがる戸塚と、彼と一緒に着替えをする事を恥ずかしがる由比ヶ浜。そして戸塚の女装姿を想像してしまい、すっかり挙動不審になる八幡であった。そんな彼の様子を見ながら、発言を台無しにされた先程の意趣返しができた事を雪ノ下は喜ぶ。平塚先生の観察によると、この時の雪ノ下はこの日一番の良い笑顔だった模様である。

 

 ひとしきり盛り上がった後で、彼らはしっかり勉強会を行ったのであった。

 




次回は日曜日に更新です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。(11/15,2/20)

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