俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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事件の大枠は今回で解決です。


07.あれほど怖い事は無かったと彼らは後に語る。

 翌日の2年F組の教室では、朝から普段とは違った光景がいくつか見られた。まず葉山隼人は、休み時間が来るたびに異なるクラスメイトに話し掛けては何やら小声で喋っていた。由比ヶ浜結衣が主にクラスの女子に話し掛ける後ろには三浦優美子と海老名姫菜が控えていて、適宜口を挟んでいた。そして時には葉山と3人娘が共同で行動する事もあった。

 

「噂を真に受けはしなかったけど、次はうちが悪く言われるかもって思うとねー」

 

「大丈夫だよ。俺のクラスでこれ以上好き勝手な事を言わせないために動いてるからさ」

 

「うん。もし新しい噂が出たらすぐに誰が言い始めたか調べるつもりだし、その時はあたしたちに協力してね」

 

「だから、つまんない噂にびびんなし」

 

「気分が滅入るようなら、このイラストを見て愚腐腐腐……」

 

 各々の役割分担が的確だったのか、昼休みの時間を迎える頃にはクラスの大半とは話が付いていた。なお、これを機に布教を進めようとしていた海老名だが、多くの生徒からはクラスの雰囲気を明るくする為の方便だと受け止められたようで落ち込んでいた。何事も、ライトな支持を取り付けるのはまだ容易だが、本格的に嵌まって貰うのは難しいものなのである。

 

 

 そうした彼と彼女らの動きとは対照的に、葉山グループの男子生徒3人は休み時間のたびにクラスの後ろの席に集まっていたものの、特に会話をするでもなく暗い雰囲気を周囲に放っていた。クラス内の空気が変化して来ている事には彼らも気付いていたのだろうが、まさか自分たちに関する噂が原因だったとは思ってもいなかったという様相である。

 

 自分たちの噂がこれほどクラス内に広く流布している事を昨日知らされた大和と大岡は、かなりのショックを受けている様子だったが、それは今日も変わっていない。一昨日に知らされた戸部翔も普段なら空元気を振りまくのだろうが、どうにも居心地が悪い様子で、しきりに葉山に視線を送っては彼の帰還を待ち侘びている様子だった。

 

 

 比企谷八幡はそうした彼らの様子をこっそりと観察していた。今まで彼らの事はどうでもいいと思っていたので、事前の知識が全くない。だから推測するしかないのだが、戸部の目を盗むようにして時折2人で目配せをし合っている大和と大岡は意外に仲が良いのかもしれない。そしてそんな2人にあまり話し掛ける事なく、ひたすら葉山へと視線を送っている戸部は、意外にグループ内で孤立しているのかもしれない。

 

「ヒッキー、なにか分かった?」

 

 そんな風に意識を彼らに集中していた彼の耳に、至近距離から小さく話し掛ける声が聞こえて来た。同時になにやら芳しい匂いが彼の鼻腔をくすぐり、つやつやした髪が彼の首筋をくすぐる。耳にかかる甘い吐息を感じながら、その胸の高鳴りを彼女に知られぬようにと願いながら、八幡は何とか返事を返す。

 

「あー、いや。とりあえず、すげー落ち込んでるように見えるんだが。あれ、大丈夫なのか?」

 

「うーん、そうなんだよね。……昨日、噂の話をした時からあんな感じでさ」

 

「場合によっては、観察よりもあいつらのメンタルを優先した方が良いかもな」

 

「めんたる?」

 

 横文字の発音がおばあちゃん並の由比ヶ浜であった。少しだけ頬を緩めて、お陰で余裕も出て来た八幡は、彼女の疑問に対して具体的な話を返す。

 

「なんてか、打たれ弱いみたいだから、精神的なケアっていうの?話とか聴いてやったら良いんじゃね?」

 

「そっか。じゃあ午後は隼人くんに付いて貰うとして……。クラスの根回しはだいたい終わったから、これ以上は噂は広まらないと思う」

 

「じゃあ最低限の仕事は果たしたって事か。正直あいつらを見てると、もし3人の誰かが犯人でも、これ以上は噂とか流しそうにないけどな。まあ演技だったら大したもんだが」

 

「うーん。あれだけ怯えてるんだし、演技じゃないと思うけど……。3人とも今までクラスで目立つ方だったみたいだし、ゆきのんが言ってた悪意ってのに晒された経験がなかったのかも」

 

 言っては失礼なので口には出さないが、珍しく由比ヶ浜の分析が的確なので思わず納得してしまう八幡であった。

 

「あー、なるほどな。今まで巻き込まれた事がなかったのは幸運なんだろうが、こうなると早いうちに体験しといた方が良いのかね」

 

「どうだろ?体験しないで済むなら、その方が良いと思うけどね。女子だったら無理だろうけど、たぶん隼人くんとかは体験した事ないと思うし」

 

「じゃあ、葉山が初体験の時もあんな感じで狼狽えたりすんのかね?」

 

「そんな隼人くんは想像できないけどね。あとヒッキー、ちょっと言い方が……」

 

「いいじゃん!隼人くんの初体験に思いを馳せるヒキタニくんって、これはもう久しぶりに……」

 

「いいから擬態しろし。んで結衣、お昼はそいつも一緒に混ぜるし」

 

「……え?」

 

 

 思いがけぬ三浦の提案に固まってしまう由比ヶ浜であった。先日は部室で昼食を共にしたが、衆人の目に晒された状態で一緒に食べるのは難易度がぐんと上がる。パニックに近い状態で声を出せない彼女に言い聞かせるように、血の噴出を三浦の手で事前に防がれた海老名がその狙いを説明し始めた。

 

「まず、噂の被害者という点ではヒキタニくんも同じだから、1人だけ放っておくのは良くないと思うんだよね。犯人が誰であっても、私達と仲の良い子が標的になった時だけ動くと思われたら面倒だし。言い方が悪くなっちゃうけど、クラスで孤立してるヒキタニくんがターゲットでも私達は許さないよってアピールするのは、今後を考えても大事だと思う」

 

「結衣たちが弱みを握られてるって噂も否定できるし」

 

「それに、ヒキタニくんから事情を伺ってる風に見せかけながら周りを観察して、もし怪しい動きがあったらすぐに情報を共有できるしね」

 

「あーしらがヒキオから話を聞く事にして、隼人があっちに合流したらお昼が別々になるし。少し離れてる方が観察もしやすいし」

 

 こうして口に出した理由に加えて、ついでに彼と彼女が接する機会を増やしてあげようという友人を思っての意図もあるのだが、さすがにそれは表には出さない2人であった。なぜか急に騒がしくなった教室の喧噪に紛れ込ませるように、八幡は彼女らに小声で問い掛ける。

 

「……てかお前ら、俺を疑うって事はしなくて良いのか?あいつらの誰かが犯人だって可能性があるなら、俺が犯人でもおかしくはないだろ」

 

「ヒッキーだったら、もう少し上手くやるんじゃないかな。そういう悪巧みってすこぶる得意そうだし」

 

「それにヒキオは変なところで躓いて墓穴を掘りそうだし」

 

「それと、ヒキタニくんが動くなら隼人くんの噂を一緒に流さないわけが無いと思うんだよね。はやはちの名に掛けて!」

 

「はあ……。信用されてんのか、貶されてんのか」

 

 少しうつむいて溜息を吐きながら、愚痴っぽい事を口にする八幡であった。もしもこの場に雪ノ下雪乃がいたら、止めとばかりにこんな事を言われるのだろう。

 

「だって貴方、噂を広めようにも友達が居ないじゃない」

 

 彼女のセリフから口調までを完璧に脳内で再生して、八幡は頭を上げる。目の前の3人が驚いている事に気付いた彼は、彼女らの視線を追ってゆっくりと後ろを振り向いた。そして彼は、先程の発言が幻聴ではない事を理解したのであった。

 

 

「ゆきのん、急にどうしたの?」

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん。三浦さんと海老名さんも」

 

「ちょうど良いタイミングだったし」

 

「うん。声を掛ける頃合いが完璧すぎて、ちょっとビックリだったね」

 

 そんな彼女らに向けて、雪ノ下は少しはにかんだ表情を浮かべながら事情を説明する。

 

「前もって2人には相談していたのだけれど、由比ヶ浜さんには秘密にしておいて驚かせた方が面白いと言われたものだから……。ごめんなさいね」

 

「ううんっ!じゃあ、みんなで一緒にご飯を食べられるね。ヒッキーも、嫌じゃなかったら……」

 

「嫌ってか、恥ずか死ねる感じなんだが……。まあ、今さら逃げられないんだろうし、お手柔らかに頼むわ」

 

 さっき教室内が騒がしくなったのは、こいつが急に入ってきたせいだったんだなと納得しながら、八幡はすっかり諦め口調で昼食会のお誘いを受諾したのであった。

 

 

***

 

 

「で、雪ノ下は何を2人に相談したんだ?お前が由比ヶ浜を通さないってのも珍しいよな」

 

「あまり大きな声では言えないのだけれど、要するにどうやって脅すのかという相談ね。これは由比ヶ浜さんには不向きな事だから……」

 

 男1人と女4人という珍しい構成で昼食を食べ始めた直後に、八幡は先程から抱いていた疑問をそのまま口にする。ちなみに八幡を両隣から奉仕部の2人が挟み込み、彼と向かい合って三浦と海老名が座る配置になっている。端からは八幡を尋問しているようにも慰めているようにも見えるが、少なくとも彼が女子生徒の弱みに付け込んで調子に乗っているとはとても思えぬ構図であった。

 

「犯人を探すのと平行して、クラス内で脅しを入れておこうと思ってね。優美子だけでも充分だとは思ったんだけど、どうせなら雪ノ下さんにも参加して貰って、初手で特大の一撃をお見舞いするのが一番かなって」

 

 海老名の説明を受けて八幡はだいたいを理解したが、由比ヶ浜はきょとんとしている。彼女の頭の中では「脅す相手をまだ特定していないのにどうやって?」という疑問が浮かんでいるのだが、説明するよりも実行する方が早い。それまでの小声を止めて、女王2人が静かに、しかし教室の隅々まで響き渡る口調で発言を始めた。

 

「あーし、適当な噂を碌に確認もせず広める連中って嫌なんだけど。なんでここまで広がったんだし?」

 

「三浦さんの言う通りね。私もそうした輩は好きではないわ。もうすぐ犯人が見付かると思うのだけれど、貴女たちはどんな対応をするつもりなのかしら?」

 

「二度とこんな馬鹿な事をしないと誓うなら、あーし達も今回は目を瞑るし」

 

「あら。おいたをした生徒をそのままにしておいても良いのかしら?」

 

「二度目は無いし」

 

「そう。なら私も、生徒会長から相談を受けていたのだけれど、今回だけは大目に見るように頼んでおこうかしら」

 

「クラス内の事は、あーしと隼人が何とかするから。外に広まった噂の処理はお願いするし」

 

「了解したわ。たまには別のクラスで食事をするのも良いものね」

 

 

 昨日の部室での話し合いの結果、職場見学のグループ分けが原因で、葉山グループ3人のうちの誰かが犯人ではないかという仮説が急浮上した。しかし視野を広げてみると、仮に犯行の動機を葉山と同じグループになる事に限定したとしても、葉山周囲の人間関係を破壊した上で漁夫の利を狙う第三者が犯人だという可能性は否定できない。だがその場合、最悪クラス内の生徒全員を疑う事にまでなりかねない。

 

 犯人を検挙して後顧の憂いを無くすのが最善の解決法なのは確かである。だが時間的な余裕があまり無い状況も考え合わせると、クラス全員に対する脅しを入れておくのは、事の対処としても悪い手ではない。同じような事件を未然に防げるのであれば、ベストではないがまずまず納得できる結末だと考えた彼女らは、共同で一芝居打つ事にしたのであった。

 

 教室内の反応を見て、効果は抜群だと確認して、彼女らは再び声を抑えて話し合う。

 

 

「それで、彼ら3人の様子はどうなっているのかしら?」

 

「葉山がいる今は普通なんだが、あいつら3人だとほとんど喋ってなかったな。由比ヶ浜とメンタルの弱さについて話してたんだが、あいつらって打たれ弱いのか?」

 

「そうかもしれないけど、昨日今日の話だからね。でも、弱ったところを助けてくれた隼人くんに3人は今まで以上の……」

 

「その辺にしとくし」

 

 どんどんと扱いが適当になっていく海老名であった。そんな彼女に苦笑いしながら、由比ヶ浜が話を進める。

 

「あはは……。ヒッキー、他に何か気が付いた事とかない?」

 

「後はそうだな……。大和と大岡が意外に仲が良いのか?戸部だけ少し違った感じを受けたんだが」

 

「戸部は隼人と同じサッカー部だから、付き合いに温度差があるのかもだし」

 

「でも、今の彼らの怯え様を見ると、3人の誰もが犯人でもおかしくなさそうね」

 

「お前はちょっと自分の怖さを自覚しとけ。正直さっきの脅迫沙汰はトラウマになるレベルだぞ」

 

 八幡の発言に対して、由比ヶ浜と海老名はともかく三浦まで首を縦に振る様子を見て、納得のいかない雪ノ下は反論を行う。

 

「三浦さんまで頷いている理由が解らないのだけれど。今回の私は三浦さんの迫力を増幅させる事に専念していただけなのに、どうしてそんな事を言われてしまうのかしら?」

 

「つまり、最大限に手を抜いてあの怖さって事だろ。もうお前を敵に回そうとするような生徒って居ないんじゃね?」

 

「はあ……。まあ良いわ。正論を言われて怖がるようでは、どうにもならないもの」

 

「開き直ったか。まあ、でも、あれだ。お陰で犯人の特定はともかく、事件としては収束しそうだし、これで良かったんじゃね?今回もお疲れさん」

 

 突然に雪ノ下を労うような事を言い始める八幡に、奉仕部の2人は呆気にとられ、そして三浦と海老名は微かに微笑む。彼女らの親友が彼の何に惹かれているのか、その一端を垣間見られて微笑ましい気持ちになったのである。

 

 

 その後の食事を気軽で楽しい話題と共に済ませて、放課後に簡単に話し合いをしてこの依頼を終わらせる予定を確認して、この日の昼休みは終わりを告げたのであった。




次回は日曜日に更新です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
誤字を修正しました。(9/15)
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(9/21)

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