俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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いわゆる倒叙型の構成になっています。



04.どんな世界でも彼らは同じ状況に陥る。

 放課後に誰かと待ち合わせて遊びに行った経験のない比企谷八幡は、今日の勉強会が現地集合というメッセージを見てほんの僅かに違和感を覚えたものの、少し考えた末にそういうものかと納得した。どうせ現地で一緒に長い時間を過ごすのだから、そこに向かうまでの短い時間まで共に過ごす必要はないと考え、八幡は浮かんだ疑問を己の中で解決したのである。それに単独行動は彼にとっても望むところだ。

 

 彼はいつものように静かに教室を出て廊下を歩き、上履きを履き替えて校門に向かう。普段は意識していなかったが、その道中のそこかしこで生徒たちが待ち合わせをしている光景が彼の目に飛び込んで来た。なるほど確かに、こうして普通に観察してみると待つとはとても目立つ行為である。待ち合わせに遅れるべきではないと妹から厳しい教育を受けている彼は、下校途中の他の生徒たちに訝しげな目を向けられる立場に陥らずに済んだ事を悟り、クラスメイトの女子生徒に密かに感謝をするのであった。

 

 

「あ、ここか」

 

 足が覚えているとはよく言ったもので、ぼんやりと考え事をしながら歩いていた八幡は、気が付くと目的のファミレスに着いていた。ざっと席を見渡してみるが、彼が教室を出た時にまだお喋りをしていた由比ヶ浜結衣の姿はもちろん、普段は必ず部室に一番乗りを果たす雪ノ下雪乃の姿も見えない。入り口から見付けやすい席に陣取って、注文は後回しにして、彼はそわそわした気持ちで部活仲間の来訪を待つ。

 

「てか、あいつら……来るよな?」

 

 罰ゲームによる嘘の告白や、女子に手紙を代筆させた男子生徒の悪戯で呼び出された一件など、彼は過去の待ち合わせで碌な目にあった事がない。もし今日もそんなオチが待ち受けていれば、号泣では済まない深刻なダメージを受けてしまうと気付いて彼は少し身構える。

 

「はぁ……そん時はそん時だ」

 

 とはいえ今さら何ができるでもない。1ヶ月半という期間を共に過ごした彼女たちを信じるしかないのである。そこまで考えて八幡は、他人を信じようとする自身の心の動きを自覚して少し呆気に取られたが、それも悪くはないのかもなと思い直し苦笑いを浮かべるのであった。

 

 

***

 

 

「えーと。……あ、ヒッキーいた。やっはろー!」

 

「……遅くなってごめんなさい。その、こうしたお店に来たことがあまり無くて」

 

 しばらくして、待ち合わせ相手の女子生徒2人が揃って姿を見せた。どうやらお店の場所があやふやな雪ノ下の事を考えて、念のため一緒に来る事にしたようだ。彼女らが普通に来てくれて八幡は密かに胸を撫で下ろすのだが、同時にそんな事にすら疑いの目を向けていた自分に幻滅する。複雑に考え過ぎてドツボに嵌まる、いつもの彼の平常運転であった。

 

「じゃあ、先に飲物を取りに行こっか。ゆきのん、こっち」

 

 雪ノ下は最初の外出の際には珈琲店に行ったようで、ドリンクバーの仕組みが分からず戸惑っていた。そんな彼女に破顔しながら、由比ヶ浜が何くれと世話を焼き始める。今までの人生でドリンクバーを経験した事がなかったらしい彼女に驚きながらも、由比ヶ浜の指示に従ってアイスティーをコップに注ぐ彼女の真剣な眼差しを見ると、八幡は彼女を茶化す気持ちが湧いて来なかった。飲み物を無事に入手した彼女がこちらに向けた視線を意識しながら、彼は温かいココアの注ぎ方を実演してみせる。目を輝かせながら納得する彼女を見て、ふと八幡は妹が幼かった頃の事を思い出すのであった。

 

 

「では、勉強会を始めましょう」

 

「ん、了解」

 

「え……。なんで二人とも音楽を聞くの?」

 

 みんなで勉強会をするというのに、ヘッドホンやイヤホンを装着して各々の世界に旅立とうとする2人に呆れる由比ヶ浜だったが、勉強は個人個人で積み上げていくものだと言われると反論できない。中間試験の期日は迫って来ていて、のんびりとお喋りをしている暇はあまり無いのだ。残念に思う気持ちもあったが、真剣に勉強に取り組む2人に触発されて、彼女もまた勉強に取りかかる事にした。しかしその集中力は長くは続かない。

 

 あ、と声を上げた由比ヶ浜の様子に気付いて、八幡がイヤホンを外す。声が聞こえたわけではなく気配を感じ取った様子で、八幡は少し首を傾げながら目だけで彼女に事情を尋ねる。ふと机から目を上げた際に見付けた、見知った少女の後ろ姿を指差す由比ヶ浜。彼女の指に従って入口の方を眺めると、顔は見えずとも彼には見間違えようはずもない大切な妹が、制服姿の男子生徒と並んでお店を出て行く姿が見えた。

 

「妹だ。悪い、ちょっと……」

 

 それだけを告げて妹を追った八幡だが、ちょうど入って来た団体客に邪魔されている間に見失ってしまったらしい。気落ちした様子で席に着いた八幡に由比ヶ浜が声を掛けた。

 

 

「妹さん、追い付けなかったの?」

 

「ああ。何故あいつが男子なんかとファミレスに……」

 

「デートだったりして?」

 

「馬鹿な!ありえん……」

 

「だって小町ちゃん可愛いから、彼氏がいても不思議じゃないじゃん」

 

「よし分かった。やっぱあいつをSATSUGAIして来るわ」

 

「比企谷くん、公共の場で犯罪予告は止めなさい」

 

 ヘッドホンを片方だけ持ち上げた状態で2人の会話を聞いていた雪ノ下が注意を促す。ネタ元の説明をするのは面倒なので、八幡は己の心情を説明する事にした。

 

「あー、すまん。さっきのは言葉のあやだから忘れてくれ。だがな、俺の妹が正体不明の男に連れ去られたんだぞ」

 

「どう見てもただの中学生だったじゃん」

 

「いや、あんなに可愛い俺の妹が相手だ。いつ豹変しても不思議じゃねーだろ」

 

「……ヒッキーって、もしかして、シスコン?」

 

「シスコンじゃねーよ。むしろ妹としてではなく女性として……って冗談だから!ナイフを握りしめるのは止めて!」

 

 

 妹に向ける歪んだ愛情にトラウマでもあるのだろうかと思えてしまうほど機敏な反応で、迷いなくナイフを逆手に握った雪ノ下の姿を見て、八幡は慌てて全力で謝罪する。何が彼女の逆鱗に触れたのか判らないが、倫理に悖る言動に雪ノ下が厳しいのは充分に理解できる。彼の心からの謝罪に対して、彼女は抑揚のない口調でこう答えるのであった。

 

「お兄さんはとんでもない大嘘つきですね。ブチ殺しますよ?」

 

「あ……。やせ我慢もできないほど怖いんだが。つか、棒読みなのになんでそんなに上手いんだよ。妹の事は大事だが、女性として云々は冗談だからな」

 

「さすがはお兄様です」

 

「全く褒められてる気がしないってか、もしかして実刑は確定済み?……ゆきノ下、ちょっと頼むから考え直してくれ」

 

 命の危険すら覚える八幡には気の毒な事だが、端から見れば仲の良い高校生男女がじゃれているようにしか見えない。勉強の成果は今ひとつだったが、こうして彼らの放課後は今日も平穏に過ぎていくのであった。

 

 

***

 

 

 大和は子供の頃から体格が良く、運動の得意な少年だった。温和な顔つきも影響したのか、彼は小学生の頃からクラスの中心として過ごして来た。しかしクラス替えが済んで間もないある日の体育の時間の事。他のクラスメイトが走り終えて暇そうにしている姿は見れば分かるだろうに、ちんたらとグラウンドを走り続ける男子生徒がいた。彼はその生徒に近付いて叱咤激励し、全力で走るように促した。直後に事情を知ったのだが、その生徒は生まれた時から心臓に病気を抱えていて、医師に激しい運動を制限されていたのである。彼は自分の軽はずみな行動を後悔して、同時にクラスの中心としての資質に疑問を持つようになった。

 

 中学生になって、彼は相変わらずクラスをまとめる役割を果たしていた。しかし小学生の頃に抱いた自身の能力への不信感は年々増していた。周囲の友人たちの反応をこっそり窺ってみると、彼が何か決断を下した時に、それに不満を抱いている者が少なくないと嫌でも理解できた。彼の判定に不服なら代案を出せば良いし、いっそ彼に代わってクラスのまとめ役をしてくれたら良いのに。彼はそんな事を考えながら、表立っては行動しないくせに裏で自分を悪く言うクラスメイトに嫌気が差していた。次第に決断をためらう事が多くなり、問題の裁定を他の生徒たちに委ねる機会も増えた。それでも彼は中学卒業までは、己に課せられた役割を何とか果たして来たのである。

 

 優柔不断な行動が増えた事と相関するかのように、彼の成績は上向いていった。人間関係には正解がなく、むしろ周囲を失望させてしまう事が多い。しかし学校の勉強には何でも正解があって、そして教師にやれと言われた事を素直に実行しているだけで、気付いたら結果が伴っていた。彼はそのお陰で、付近では進学校として有名な総武高校に入学できたのである。

 

 

 高校生になって、彼は今までのようにクラスの中心として過ごすのはこりごりだと思っていた。自分には物事の問題点を整理して対処法を提示したり、集団の中で意見が分かれた時にそれを収拾できる能力は無い。誰かの指示に従って愚直にそれを実行する立場がお似合いだと思った彼は、上下関係が厳しい運動部で高校生活を過ごす事にした。ラグビー部での1年間は、時に上級生から理不尽な命令もあったものの、概ね平穏に過ぎていった。

 

 部活動を優先してクラスを顧みなかった彼も、高校2年に進級すると少し認識を改める必要を感じていた。下級生が入って来る以上は、今までのように先輩の命令を盾にしてクラスから逃げ出す事がやりにくくなるだろう。ならばクラスでもそれなりの関係を築いておかなければならない。1年間を部活優先で過ごして来た為に、優柔不断な性格など中学時代に彼の短所とされていた事はクラス内でほとんど知られていない。クラスのトップに祭り上げられない限りは大丈夫だろうと思いながら、彼は自分が庇護を受けられる存在がいないものかと教室を見渡す。そして運良く、同じ運動部に所属している事で多少の面識があった葉山隼人とクラスで一緒に過ごす事になったのであった。

 

 

 大岡は今でこそ小柄な体格だが、小学生の頃は背も高かったし今と同様に足がとても速かった。そんな彼がクラスに君臨する事になるのは当然の成り行きだろう。彼が他のクラスメイトに指示する内容は間違っている事も多かったが、それが笑って許されたのは彼の性格が原因である。どこか憎めない彼の性格は、子供の頃からの特徴であった。

 

 中学でも彼は同じように過ごせると思っていたが、不安材料が2つあった。1つは彼が低学年の頃に憧れの目を向けていた、彼よりも足の速い高学年の先輩たちが、中学から高校へと進学していく中でかつての輝きを失くしていった様子を目の当たりにしたからである。足が速いだけで楽しい毎日を送れるほど中学や高校は甘くないと知っていた彼は、新しい環境に内心密かに怯えていた。

 

 もう1つは彼の身長が伸び出すのが早く、そして成長期が早いと最終的な身長は伸びにくくなるという話を耳にした事である。同級生よりも身長が高い事は彼の自信の源でもあり、そして彼の立場が尊重されている理由の1つでもあると彼はしっかり認識していた。もしもその優位が失われてしまえば、今までのようなクラスでの過ごし方は難しくなるだろう。

 

 彼はできる限り筋トレを避け牛乳を飲み、思い付く限りの対策を行ったものの、結果は芳しくなかった。小学生の頃からの経験と足の速さを売りに鳴り物入りで加入した野球部でも、彼の地位は徐々に低下して行った。中2の途中で成長が止まった事を認めざるをえなくなった時、彼は既にクラスの中心ではなかったし、周囲の友人も彼を特別扱いする事はなかった。それどころか彼が小学生の頃の適当な発言を今頃になって持ち出して、冗談交じりではあったが当時の苦労を語られたりした。

 

 相手の立場に応じて豹変する同級生の態度には辟易したが、かといって彼に残った数少ない友人を袖にするわけにもいかない。この時から彼は周囲に細かな気を配りながら過ごすようになり、やがてそれは彼の生来の人懐こさと共存して、彼の性格を特徴付ける事になる。彼は残りの中学生活を要領良く過ごす事に成功して、それは学業面でも同様であった。志望校のランクが高いと彼を危ぶむ声もあったのだが、何とか彼は総武高校に合格できたのである。

 

 

 高校に入学して、彼はやはり野球部に入る事にした。陸上などの個人競技よりも団体競技の方が自分には向いていると思ったし、足の速い部員が少ないこの高校の野球部なら出番も多くあるだろう。彼は事前に幾つかの部活を見学した末にそう判断したのである。部活を通した友人関係は簡潔でさっぱりしていて、発言や行動の裏を読む必要はほとんど無かった。そうした運動部の良い面が出ていた事も彼には幸運だった。

 

 だが、高校2年に進級する頃、彼はまた少し人間関係に不満を覚えるようになった。中学の途中から彼の特徴になった周囲への気配りだが、それを当然と思われたり、それに気づかれない事に少しずつ嫌気が差して来たのである。彼は自分が周囲に行っている配慮を誰かに気付いて認めて欲しいと思い始めていた。

 

 そんな折に進級に伴うクラス替えが行われ、彼は葉山隼人と同じクラスになった。運動部同士で交流があったので顔と名前は知っていた葉山が、何気ない雑談の中で野球部のムードメーカーとしての彼の働きを褒めてくれた時、彼は自分が求めていたものが目の前にある事に気付いた。こうして彼はクラスでは葉山と行動を共にする事になったのである。

 

 

 大和も大岡も、最初の1ヶ月は葉山グループで大過なく過ごす事ができた。グループ内では葉山を介して繋がる線が非常に強く、葉山以外の面々との直接的な繋がりは希薄だったが、彼らは2人ともそれで良いと思っていた。彼らが求めているのはグループではなく、葉山という個人だったからである。

 

 しかし、そんな関係にも危機が忍び寄っていた。3人1組で行われる職場見学。普段から葉山と彼のサッカー部の同輩を加えた4人で行動しているグループから、1人だけが脱落する。最初の学校外への外出の時には4人が上限だったので問題なかったが、今回は誰かが必ず離れなければならない。

 

 普通に考えると、サッカー部という繋がりがある以上は大和か大岡が別のグループに回る可能性が非常に高い。しかし、ここに来て状況がまた少し変化していた。1年の頃からクラスで孤立していたとある男子生徒の存在がその原因である。

 

 誰とも交わらないはずのその男子生徒と葉山との間には、テニス勝負などのイベントを経て、細くともしっかりした繋がりができていた。現に先月の外出の際にも彼は自転車置き場まで一緒だったし、その後も葉山が機会を見つけては教室で話し掛けている。もしも葉山が彼と一緒の組になる事を望めば、残る枠は1つである。その場合はサッカー部の彼が最後の座を占め、大和も大岡も別のグループに行かされてしまう未来が最も考えられる。

 

 従来であれば彼ら2人には共闘のメリットは無い。しかしライバル2人を蹴落とすという点では彼らは目的を共有する事ができる。もしも首尾よく2人とも排除できて、葉山と大和と大岡で同じグループになれるのであれば、2人としても文句は全く無いのである。

 

 

 その噂を広めようと謀ったのは2人のどちらが先だったのか、詳しい事は判らない。現実の世界であれば適当なアドレスを利用してクラス内にチェーンメールで広める事もできたのだが、この世界ではメッセージの送り主を隠す事はできない。だからこっそりと少しずつ、クラス内で噂を広めるしかなかった。

 

 同じクラブの友人との会話で話を誘導するなどして、彼らは少しずつクラス内で噂を広めていった。最初はクラス内で孤立している男子生徒に関する噂を。そしてサッカー部の彼の噂は、疑われないように彼ら2人の噂と共に。

 

 ライバルの彼らが決定的にクラスの嫌われ者になるような酷い噂を流すつもりは2人には無かった。ただ職場見学さえ乗り切れれば良いのだ。同じサッカー部なら今後いくらでも交流の機会があるだろうし、普段から独りで過ごしているのだから葉山と同じグループになるのを譲ってくれても良いはずだ。悪い噂を真に受けて、今回だけ遠慮してくれればそれで充分なのである。

 

 彼らは注意深く行動していたが、しかし効果については正直疑問であった。最終的に葉山と別のグループになるなら仕方が無いが、やるだけやってみるかという程度の、覚悟も見通しも足りない行動であった。それが予想以上に上手くいって、クラス内に不穏な噂が囁かれるようになって、いちばん慌てたのは彼ら2人である。しかし今更それを悔いたところで、動き出した話は途中で止められないのである。

 

 

 かくして、クラス内の黒い噂に心を痛めた葉山隼人は、それを相談する為にとある部室を訪れる事になるのであった。




次回は週の半ばの更新になります。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
少し地の文が多く読みにくいように思えたので、幾つか会話を付け足しました。(9/7)
感想でのご指摘を受けて、小学生の頃から野球経験がある設定に変更しました。(9/7)
誤用などを修正し表現に訂正を加えました。(9/21,11/15)
苗字だけだと響きが良くないかと思い、本話で取り上げた2人に名前を付けてみたのですが、読み返すと単に寒いだけにも思えたのでカットしました。それに伴い前書きを書き直しました。(2/20)

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