俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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少しずつ原作との違いが出て来ます。



03.あんまりな事に彼の企みは失敗に終わる。

 翌日の昼休み。比企谷八幡は授業が終わると同時に、可能な限り静かにかつ速やかに教室を出た。そしてそのまま特別棟に向かって歩き出す。昨夜、夕食を終えて寛いでいる時間に由比ヶ浜結衣からメッセージが来て、翌火曜日の昼食を部室で3人で摂らないかと誘われたのだ。市教研に教師陣が参加する為に全ての部活が休みになるので、その代わりに昼休みに集まろうというのである。

 

 普段なら適当にはぐらかすのだが、八幡は今回に限ってその誘いに乗る事にした。それは由比ヶ浜よりも先に届いたメッセージに原因がある。昨日の夕方に平塚静教諭から、職場見学は3人1組だという事を忘れないように、と念を押されたのである。既にホームルームで伝えられていたらしいのだが、職場見学に興味が湧かなかった八幡はすっかりそれを聞き逃していた。

 

 だが、これはチャンスでもある。1人ずつ別々の職場に向かうのであれば個人の希望に沿った場所に行けるが、団体行動では個人の意志が制限される。運営の招待に応じて面倒な事に巻き込まれるのを半ば覚悟していた八幡だが、同じグループの残り2人が別の場所を希望すれば、彼の要望は取り下げざるを得ない。

 

 更に、あれほど運営からの勧誘にやる気を見せていた雪ノ下雪乃とはいえ、同じグループの残り2人の動向に左右されるのは間違いない。別の職場を見学する事になってくれればベストだが、問題を起こしにくい部署に行ってくれるだけでも万々歳である。少なくとも、彼と彼女が同じグループになるはずがないのだから、とばっちりだけは回避できるだろう。

 

 

 以上のような思惑を抱えて、八幡は足早に部室へと歩を進める。早足の理由はもちろん、由比ヶ浜と一緒に部室に向かう事になるのを避ける為である。

 

 放課後に由比ヶ浜と並んで部活に行く事を普段から避けている八幡ではあるが、特に彼女の事が嫌というわけではない。昨日は偶然、途中から一緒になったが、誰かと話しながら目的地に向かうのも良いものだなと思ったほどである。しかし日陰者の自分とトップ・カーストの彼女という身分の違いが彼に引け目を感じさせていたし、同道すべきではないという義務感のようなものがあった。それに高校生男子に特有の気恥ずかしい気持ちもある。

 

 今日はそれに加えて、いつもと違う時間帯という要素も加わっていた。昼休みに普段とは違った行動を取る事には、心を躍らせる気持ちの他に緊張感をも抱いてしまう。本日限定の特別な行動に、由比ヶ浜と並んで歩くという特別な行動を加えると、倍率は更に倍である。八幡がそれを避ける為に、いつにも増して慎重かつ迅速に動くのも、無理のない話であった。

 

 

 部室で由比ヶ浜に怒られる事は確実だろう。八幡はその光景を想像しながらも、心の何処かで安堵していた。叱られたり責められたりして喜ぶ性癖は持ち合わせていないが、彼女が怒ってくれる事を信じているのも確かである。

 

 もしも彼女が彼の行動に興味を示さなくなれば。もしも彼女が他の生徒達と同じように彼を見下すようになれば。そんな未来を想像するのは、今の八幡にはとても怖い事である。彼女ならばそんな事はしまいという信頼の気持ちを彼は彼女に抱いているので、それが裏切られる事がとても怖ろしいのである。文句を言うという事は、未だ彼女が彼を邪険に扱う意図を持っていない事の表れであり、それを確認できると思うが故にこそ、彼は怒られる事を待ち望むのである。

 

 要するに八幡は、彼女から特別扱いされる事も望んでいないが、同時に見放される事も望んでいないのである。最低限の応対をしてくれればそれで満足だと考える、攻略側からすれば面倒なヒロイン属性を持つ八幡であった。

 

 

***

 

 

 部室に現れた由比ヶ浜の怒りを宥めるという一連の定型作業を終えた後、奉仕部の3人は昼食を食べながら話に花を咲かせていた。珍しく八幡が話題を振る姿を残りの2人は訝しげに眺めるものの、昨日の部活で出た話なので、あえて疑問を口にすることは無かった。

 

「昨日の話なんだがな。職場見学って3人1組らしいんだが、お前らって誰と組むかもう決まってんの?」

 

「あたしは優美子と姫菜と組むと思うけど?」

 

「私も、普段の面々で行動する事になると思うわ」

 

「お前ってクラス内で浮いてんのかと思ってたけど、組んでくれる奴はいるんだな」

 

「人の心配よりも自分の心配をしてはどうかしら。私は別にクラスで孤立しているわけではないし、話し掛けてくれる同級生は大勢いるのよ?」

 

「俺の場合は逆にあれだ。2人組しか作れなかった所に入るしかないから、心配する必要は全くない」

 

 心の中で「計画通り」と快哉を叫びつつ腕時計を眺めながら、八幡は胸を張って自身の境遇を説明する。雪ノ下と職場見学を共にする可能性は無いと確認できて、彼は今日ここに来た目的を果たせてご満悦であった。

 

 常よりも更に奇妙な彼の態度に首を傾げながらも、彼女ら2人は春だしそんな事もあるだろうと考えて深く追求しない事にした。次なる話題は、あと2週間を切った中間試験の対策である。

 

 

「由比ヶ浜さんは、中間試験は大丈夫なのかしら?普段、勉強をしているようには見えないのだけれど」

 

「うーん。……しなきゃいけないとは思うんだけど、机に座っても続かないんだよね」

 

「義務感が先に立つと集中力が続かないのも無理はないのかもしれないけれど、最低限はクリアしておかないと後で面倒な事になるだけよ」

 

「それも解ってるんだけどねー。だから努力しないと、とは思うんだけど。なんだか面白くないっていうか、あたしに合わないんだよね。むしろ、勉強が苦手なのがあたしの個性っていうか、さ」

 

 自分の発言に問題がある事は由比ヶ浜も充分に自覚しているのだろう。少し溜息を吐いて遠くを眺めながら、彼女は独り言のように呟く。少しだけ間を置いて、彼女は再び口を開いた。

 

 

「あたしも、ゆきのんみたいに頭が良かったら、勉強が面白いって思えたりしたのかな」

 

「それは違うわ、由比ヶ浜さん。勉強ができるできないに関わらず、最初のうちはどんな勉強でも、覚える事が多くて単調で面白くないものよ。ただ、それを続けていると急に視界が開けて、その勉強の面白さや奥深さが理解できるようになるのよ」

 

「んー。じゃあゆきのんも、勉強って面白くないなーって思いながら暗記に励んでる時もあるって事?」

 

「ええ、そんな事はしょっちゅうあるわね」

 

「そっか。……うん、そうだよね」

 

「ええ、そうよ。でも、そんな時期を乗り越えて、自分が積み上げてきた物事を自覚した時には、とても充実した気持ちになれるのよ。由比ヶ浜さんもそれをクッキー作りの時に体験したでしょう?」

 

「あ、うん。そうだね。……てか、ヒッキーはちゃんと勉強してるの?」

 

 

 振り返れば自分でも子供っぽいと思ってしまう愚痴をきちんと聴いてくれて、正面から正論を説いて励ましてくれる目の前の女子生徒と向かい合うのが急に恥ずかしくなって、由比ヶ浜は半ば強引にもう一人の部員に話を振る。しかし彼の返答は簡潔で、そして彼女とは違う立場である事を表明するものであった。

 

「俺は普段からちゃんと勉強してるぞ」

 

「うそ、裏切られたっ!」

 

「最初からおバカの仲間入りはしてねぇよ。つか俺は国語だけなら学年3位だぞ」

 

「え……。ぜんぜん知らなかった」

 

「全教科で学年1位と2位は確定してるから、あれだ。人外の存在を除けば、俺は人界のトップって事だな」

 

「勝手に人外の扱いにしないで欲しいのだけれど。それに、全国に目を向ければ私以上に勉強ができる生徒は大勢居るのよ、井の中のヒキガエルくん?」

 

「だから、何でお前は俺の過去のあだ名を、いちいち的確なタイミングで披露してくれちゃうのよ?」

 

 

 いつものように、口では喧嘩をしながらも息の合ったやり取りを始める2人を眺めながら、由比ヶ浜は複雑な感情を抱いていた。雪ノ下だけでなく八幡も頭が良いという事実は、自分だけが仲間外れになったみたいで少し寂しい。しかし同時に、同級生のほとんど誰も知らないであろう彼の長所を知れた事はとても嬉しい。彼が実は頭が良くて、得意科目が国語であるという事を知っているのは、この教室に居る自分たちだけなのだ。

 

 しかし同時に彼女は、以前に教室で雑談をしていた際に葉山隼人が何気なく口にした話題を思い出した。国語担当の平塚先生が「国語では学年で3人だけが飛び抜けている」と教えてくれたという話を。あの時は、もう1人の謎の生徒は誰なのだろうと皆が無邪気に色んな名前を挙げていったのだが、挙がった中に彼の名は無かった。しかし多少の交流がある今なら、そして彼と楽しげに小説の話をしている葉山なら、既に気付いていても不思議ではない。

 

 たとえ自分が詳しくない小説の話が切っ掛けだったとしても、八幡の事で葉山に先を越されるのは少し悔しい。それに、その事をもし葉山が同じグループの面々に明かせば、最近クラス内で密かに囁かれている噂にどう影響しないとも限らない。彼女は自分で自分をおバカな存在だと思っているが、しかし人間関係の機微などには目の前の2人よりよほど敏いし頭が働く。

 

 しばらく様子見と言っていたけど気を抜かない方が良いと、彼女は心の中で決意しながら再び会話に加わるのであった。

 

 

「でもさ。ヒッキーって専業主夫志望って言ってたのに、なんでそんなに勉強してるの?」

 

「あー。……まあ、友達いねーし勉強ぐらいしかする事がないってのもあるんだけどな」

 

「実は哀しい理由だった!」

 

「あと、あれだ。俺はスカラシップを狙ってたからな」

 

「……すくらっぷ?」

 

「由比ヶ浜さん、比企谷くんの未来を示唆してあげるのは今は止めておきましょう」

 

「珍しいな、雪ノ下。俺は今もう既に廃棄物の扱いを受けてるぞ。主に自宅で」

 

「はあ……。貴方がそんな態度だと、妹さんも苦労しているのでしょうね」

 

 額を押さえるいつものポーズで呟いて、即座に失言に気付いた彼女は、間を置かず由比ヶ浜の質問に回答を返す。彼に妹が居る事をなぜ知っているのだと、2人が疑問に思う前に。

 

 

「それで由比ヶ浜さん、スカラシップの説明を簡単にするわね。要は予備校などが出す奨学金の事なのよ」

 

「最近の予備校は成績が良かったら学費を免除してくれるんだわ。だから親から予備校代を貰っておいて、スカラシップが取れたら丸々お小遣いにできるって寸法だな」

 

 八幡が説明を引き継いでくれて、何とか話題を逸らせた事に安堵する雪ノ下であった。一方で由比ヶ浜は得意げに語る同級生に白い目を向ける。

 

「それって詐欺じゃん」

 

「ばっかお前。学費を出して成績が上がれば親も満足だし、俺も成績に加えて小遣いが増える。予備校も成績優秀者を確保できて、三方一両得じゃねーか」

 

「とはいえ、その計画は既に画餅なのだけれど」

 

「そうなんだよな……。この世界の物価に合わせて予備校代もかなり安いし、そもそも金を使う機会があんまり無いからなぁ。最初に納入した学費が現金で返ってくるから旨味があったのに、仮想通貨で返って来てもなぁ……」

 

「この世界でしか存在しないものに、お金を使うのは気が進まないものね」

 

「それに、もしお金を使うとしてもベッカムで充分だよね」

 

「ベッカムじゃなくて、ベーシック・インカムな」

 

 

 この世界は所詮はデータに過ぎないという事もあって、物価はとても低く抑えられている。おおよそ外の世界の1割程度で、それでもこの世界に進出した企業からすれば充分に利益が出せる額だ。なぜならば、現実にある店舗や商品を基にして運営会社が何から何まで作成してくれるので、初期費用も維持費も人件費も必要ないからだ。要は暖簾代を得ているようなもので、現時点では大きな利益にこそなっていないものの、損をする可能性もほとんど無い。

 

 そして、この世界で用いられている仮想通貨は現実の日本円との交換が可能である。しかし企業の売り上げのように高額であれば交換する価値があるが、個人の収入程度では交換の手数料が馬鹿にならない。そして企業であれば仮想通貨を使った決済の機会も多くあるので現実の通貨に交換せずとも使い道はあるが、個人では使い道に困ることが多い。

 

 この世界では衣食住が保証されており、参考書なども一定額までは経費の扱いになるので学生達は無料で利用できる。更にはベーシック・インカムと称したお小遣いが月ごとに支給されるので、数少ない出費の機会にもそれで事足りてしまうのである。一応はこの世界でもバイトが可能であり、その代価は各企業ではなく運営から支給されるのだが、敢えてそこまでして金銭を稼ごうとする者はほとんど居ないだろう。

 

 日本円からこの世界で使用される仮想通貨に両替する際には、手数料は掛からない。その理由は、ゲームに従事する一般プレイヤーに課金を促す為である。金に糸目を付けないプレイヤー達は最初から高額な武器などを使用できるが、しかしそれでごり押しできるほど甘いゲームバランスにはなっていない。ともあれ、手数料が引かれるとしても現実の金銭として返してもらう方法が存在している事で、一般プレイヤーの多くはログイン前にかなりの額を課金していたのであった。

 

 一方で学業に従事する彼らゲストプレイヤーの場合は、保護者から受け取った授業料の中から高校や塾が課金して、この世界で必要な支出を一括で賄うという形になっている。もしも生徒達が個別に予備校などに通うのであれば、足りない費用を現実で保護者から受け取って、この世界の仮想通貨で予備校側に支払うという流れになる。この世界でのこうした仕組みによって、八幡の企みは露と消えたのであった。

 

 

「でも、勉強してないのがあたし1人って判って、ちょっとやる気が出て来たかも」

 

「そうね。できれば私も2人揃って一緒に卒業したいから、そのやる気を維持してくれると嬉しいのだけれど」

 

「ちょっと待て。今さらっと俺を除外したよね?」

 

「あら。貴方は純粋な学業よりも、泡銭を稼ぐ方が大事なのでしょう?」

 

「だからその夢は破れたんだっての」

 

「じゃ、じゃあさ。3人で一緒に卒業できるように、今日の放課後とか、試しに勉強会とかどう、かな?」

 

「おい。確か今ここに居るのって、放課後に集まれないからって理由じゃなかったか?」

 

「確かにそうだけど!なんか、そういう言い方をされると、ばりむかーってなるんだけど!」

 

 おどおどと提案していた先程の彼女はどこへやら、ぷりぷり怒って予定を進める由比ヶ浜であった。

 

「じゃ、ヒッキーは今の無神経な発言の責任を取って強制参加ね!ゆきのんも勉強会に来て欲しいんだけど……ダメ?」

 

「し、仕方がないわね」

 

 

 一瞬で事が決してしまい、その日の放課後に近くのファミレスにて勉強会を行う事になった奉仕部の面々だが、互いに隠そうとしながらも、全員の顔には少し嬉しげな笑顔が浮かんでいたのであった。

 




適度な長さになったので今回はここまでです。

次回は日曜日に更新です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
なぜこう書いたのか作者本人にも謎ですが、ケーキ→クッキーに修正しました。(9/2)
ガハマさんらしくないと思えたセリフを一部修正しました。(9/2)
細かな表現を修正しました。(9/21)

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