俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

22 / 170
お久しぶりです。今回は1巻から2巻への橋渡し回の前編です。
設定の話が多くなりがちで少し重い話もあるお話ですが、ご了承ください。
それと、地の文が多い本作ですが、たまには気分を変えて会話だけで成立している箇所を設けてみました。率直なご感想を頂ければ幸いです。



幕間
01.こうして初めての外出が行われる。


 日曜日から月曜日に日付が変わった午前0時。総武高校を覆っていた目に見えぬ障壁は跡形もなく消え去って、学校外に足を踏み出す事が可能になった。しかし深夜という時間的な問題に加えて、大人が確認する前に生徒達を校外に出すわけにもいかない。ひとまずは教師達の権限によって、彼ら全員が許可しない限りは校舎の外に出られないように制限が掛けられた。

 

 夜が明けて月曜日が本格的に稼働を始めると、授業のない教師達は順番に外の世界へと偵察に向かった。帰校した彼らの感想は概ね同じ、「現実とほとんど変わらない」というものである。人通りが多かった場所では大勢のNPCが闊歩しており、驚く事に駅前のサイゼリ○など幾つかの店は営業中である。少なくとも学校周辺には危険がないという判断を前提に、昼休みの職員室で今後の方針が話し合われた。

 

 

 決定にあたっては、「学校外であれ、ゲーム側の世界に行かない限りは危険はない」という運営の保証を内外で得られた事も大きかった。つまり、この世界でも現実世界でも運営会社の言質が取れたのである。ファイル共有を利用した現実側とのやり取りは、最近では運営による検閲が入る事も少なくなり、極めて円滑に機能していた。

 

 運営の対応がこのように協力的なのは、この世界の状況がもはや一朝一夕には変化しないという事を意味する。教師陣にとっては痛し痒しの状態だが、生命の保証に勝るものはないと無理矢理に自分を納得させるしかない。

 

 そんな複雑な思いを抱える教師たちには腹立たしい事に、「この世界での飲み心地をゲストプレイヤーに体験して欲しい」という文言と共に、駅前のサイ○か現実では撤退したはずのスタ○で使えるクーポン券が、正午ちょうどに全ての教師と生徒宛に送られて来た。

 

 運営のお膳立てに乗るのは癪な話だが、生徒たちに学校外の世界も体験させておかないと、万が一この世界に何か急激な変化が生じた時に対応が遅れる可能性がある。何もかも彼らの掌の上で踊らされている感じがして気に入らないが、利用できるものは利用すべしとの意見が出て、ようやく放課後の方針が決定したのであった。

 

 

***

 

 

 この世界で過ごす事になって半月が過ぎ、生徒たちの大部分は新たな環境に慣れたように見える。先週末のテニス勝負というイベントのお陰もあって、校内の空気はそれほど重いものではない。今日から校外に出られるという環境の変化ですらも、若い生徒たちにとっては刺激にこそなれ、憂鬱に感じる者はほとんど居なかった。教師の気苦労など、彼らにとっては何ほどの意味もなさない。

 

 2年F組の教室でも、この日の授業を終えたと同時に生徒たちが各所で口を開き、外の世界についてあれこれ想像を働かせたり、出歩くルートを再確認したりと、騒々しい放課後の幕開けとなっていた。それはこのクラスのトップ・カーストたる彼女たちも例外ではない。

 

 

「スタ○にも惹かれるけど、ドリンクバーで色々と飲んでみたいし」

 

「じゃあ、順番に家の様子を見に行って、それから駅前のサイ○で男子と合流しよっか」

 

「もし男子だけで盛り上がってたら、合流しないで観察してた方が良いんじゃないかな?」

 

「お店の中だと、姫菜が期待するような事にはならないんじゃない?」

 

「ふーん。結衣ってば、私が何を期待してるのか分かるんだね」

 

「そ、それは……みんなで仲良く勉強してる、とか?」

 

「うんうん、まさか男子があんな事に興味を持って熱心に勉強してるだなんて、想像しただけで……」

 

「だから暴走すんなし」

 

 

 と思いきや、特に普段と変わらなかった模様である。三浦優美子が端的に希望を述べ、由比ヶ浜結衣が話をまとめる。それを海老名姫菜が混ぜ返しながら趣味へと走り、手遅れになる前に三浦がブレーキをかける。それぞれが役割を弁えつつも、お互いに遠慮のない仲良し3人娘の会話は、聞く者をほっこりさせる空気を醸し出していた。

 

 今日の放課後は学校行事の扱いで、要は近場への遠足である。生徒たちが各々この世界での自宅を確認して、配布されたクーポンでお茶を飲んで学校へと帰って来る。門限は7時だが、お茶の後にそのまま店で夕食を配膳してもらう事もできる。その場合は位置情報を添えて担任にメッセージを送ることで、門限が1時間延長される。

 

 

「でも、さ。せっかく外に遊びに行けるのに、門限があって学校に戻らないとダメって、小学生じゃないんだからなんとかして欲しいよなー」

 

「……多分みんなそう思ってるよな」

 

「マジ何とかしてくれないとやべーから。いやー、やばいでしょ!」

 

「まあ、何があるか分からないし、最初だから仕方ないのかもな。何もなければすぐに自由に動けるようになるさ」

 

 

葉山隼人を中心とした男子のトップ・カーストの面々も、会話の内容こそ校外への外出の話ではあるが、普段と同じようなテンションで会話をしていた。そんな彼らの会話を耳にして、由比ヶ浜が首を傾げながら葉山に話しかける。

 

「何があるか、って、例えば?」

 

「うーん、そうだな。例えば学校に戻って来ないで、ゲーム側の世界に行ってしまうとか」

 

「それって、簡単には行けないんじゃなかったっけ?」

 

「簡単じゃないけど、不可能でもないみたいだしね。それに、ゲームの世界に行く為の方法を探して外の世界をさまよう生徒も出て来るかもな」

 

「え、それってRPGっぽくない?やべーっしょ!」

 

「そんな連中のせいで自由に出歩けないのは面倒だし」

 

「まあ、校内の雰囲気を考えても、今の段階でそんな事をする生徒がいるとは思えないけどね。教師としては心配なんだろうな」

 

 

 話を盛り上げようとして滑ってしまった葉山グループの男子生徒には気の毒な展開だが、女王様のお言葉はすべてに優先するのである。話が一段落した形だが、話を振った由比ヶ浜は何やら思案顔になっていた。

 

 彼女らは3人のグループだが、門限の時間と全員の自宅を訪問する必要がある事とを考えると、グループの人数は最大で4人が限度だろうと言われていた。それは裏を返せば、もう1人なら空きがあるという事である。

 

 結衣は、おそらく単独行動を取るのであろう部活仲間の2人の事を考えていた。雪ノ下雪乃が突然暴走するとは考え難い。しかし、もう1人の男子生徒は、いきなり無茶な事を始めて彼女たちの前から姿を消してしまうかもしれない。実際にはその可能性は限りなく低いのだが、彼が黒塗りの車に向かって躊躇なく飛び出した場面を目の当たりにしている彼女としては、心配になるのも無理のない事だろう。

 

 

 彼を誘うべきかと悩む彼女の耳に、教師の声が届く。全校生徒が一斉に動くと混乱があるかもしれないので、3年生から順に規制退場という形になっていたのだが、ようやく彼女らのクラスに外出許可が出たのである。恥ずかしいから教室ではあまり話しかけるなと言われているが、この状況では致し方ない。そう考えて彼女は席を立ち、他の生徒たちが先を争って教室の外に出ようとするのを横目に席に座ったままの男子生徒に向けて、ゆっくりと歩いて行くのであった。

 

 

***

 

 

「ヒッキー」

 

「うお……どうした?あんまクラスで話しかけられると、他の連中に注目されるから嫌なんだが」

 

「今はみんな、外に出る事に夢中になってるから良いじゃん。あと、嫌とか言われるの嫌なんだけど」

 

「お前こそ嫌とか言ってるじゃねーか。自分が嫌な事を人にするってどういう事だよ」

 

「もう!今はヒッキーの屁理屈を聞きに来たんじゃないからね」

 

「お、おう。じゃあ何の用だよ?」

 

「あのね……もし良かったら、あたしたちと一緒に行かない?」

 

「は?いや、待て。男1人女3人で行動しろってか?それに誰かに見られたらどうすんだよ」

 

「だって……嫌?」

 

「あ、その。嫌じゃねーけど、なんだ。別に3人で行けば良いじゃねーか」

 

「嫌じゃないなら、一緒に行ってもいいじゃん」

 

「あー、あれだ。俺は自転車だから無理なんだわ」

 

「自転車を置いて、バスとかで行けば良いじゃん。ここだと無料で乗れるって言ってたよ」

 

「確かに高校周辺の交通機関は全て乗り放題とか言ってたけど、そういう話じゃねぇだろ」

 

「で、行くの?行かないの?」

 

「……勘弁してくれ。恥ずかしすぎて余裕で死ねるぞ」

 

「ヒッキー!冗談でも死ぬとか言っちゃダメだからね」

 

「解ったから。もう言わねーから、一緒に行くのは堪忍して下さい」

 

「むー。じゃあ、ちゃんと帰って来てね」

 

「おう。別に、どっか行ったり消えたりしねーよ」

 

「うん。じゃあ、自転車置き場までは一緒に行こ?」

 

「……はあ。お前らに続いて三歩後ろを歩くから、それで満足してくれ」

 

 

***

 

 

 自席から立ち上がる比企谷八幡に背を向けて、結衣は身振り手振りで親友2人に移動を提案する。あちらでも会話が一区切り付いていたのか、女子生徒2人と男子生徒4人もすぐに立ち上がり、総勢8名による臨時パーティーが結成された。

 

 先頭を歩くのはもちろん三浦であり、その傍らには海老名が控えている。本来ならば葉山もその近くにいるのが自然だが、今日の彼は三浦の近くに行くでもなし、男子グループの中央に位置するでもなし、なぜか徐々に後ろの方へと近付いて来た。怪訝そうな顔をする結衣と、あからさまに嫌そうな顔をする八幡に頓着せず、彼は2人に話しかけた。

 

 

「そういえば、結衣とヒキタニくんは同じ部活だったよね。普段はどんな感じで活動してるの?」

 

「うーん。依頼が来ない時は、適当にマニュアル読んだり、お茶したりかな」

 

「そっか。ヒキタニくんは結衣より先に入部してたよね。あっちだと、どんな風に過ごしてた?」

 

「俺が出たのは1回だけだからよく知らんけど、そん時は読書して終わったな。てか、なんでそんな事を聞くんだ?」

 

「なんでって言われると困るけどさ。何となく思いついた疑問を言ってみただけだよ」

 

「ほーん。まあ、最近はともかく依頼とか普通はそんなに来ないだろうし、読書が捗りそうな環境を想像してくれ」

 

「あれ、ヒキタニくんって読書好き?」

 

「あー、ラノベとか適当に読んでるだけだ。雪ノ下みたいにハードカバーとか新書とか読まねーし」

 

「でもヒッキー、課題図書はだいたい読んだって言ってなかったっけ?」

 

「まあ、だいたいな」

 

「へえ。じゃあ今度、小説の話に付き合ってくれないかな?俺も課題図書ならだいたい読んでるし、でも本の話ができる奴があんまりいないからさ」

 

「まあ、そのうちな」

 

 

 何だか妙な話になったものだと困惑する八幡だが、敢えて強く拒否する事もない。適当に話を合わせておけばそのうち忘れるだろうと考えて応対しているうちに、自転車置き場が近付いて来た。立ち止まり、由比ヶ浜と一応は葉山にも向けて「んじゃ、ここで」と語りかけて、八幡は臨時パーティーから離脱する。

 

 道中、あまり会話がなかった葉山グループの男子生徒たちと、はやはちが会話を交わす様子を見て興奮していた女子生徒の視線に気付く事なく、彼は独り自転車にまたがって自宅を目指すのであった。

 

 

***

 

 

 通い慣れた道を自転車で走って、八幡は自宅のある場所へと辿り着いた。その外見は見慣れた我が家そのままの姿だったが、これは特に驚く事ではない。ストリー○ビューで初めて我が家を見たときの興奮は、今では遠い過去の事のように思えてしまう。外見を繕うだけなら、既存の情報だけで充分に可能なご時世なのだ。

 

 彼はいつものように門を開け、自転車を所定の場所に置いて玄関に立つ。普段と違うのは、家の鍵を取り出さなくても、生体認証によって解錠できる点である。家の中に入って施錠して、彼はこの世界で新たに作られた自宅の中を順に見て回る事にした。

 

 

 総武高校の生徒たちが新年度からVR世界を体験できると決まってからは、運営会社から数多くのスタッフが派遣されて来た。その時に、もしも生徒と保護者が希望するのであれば、各々の自宅内部を現実そっくりに設定する事も可能だと提案があったのだ。

 

 内装を担当するプログラマと家の位置情報を設定するプログラマは別にするなど、プライバシーには最大限の配慮を行う事が約束された。そして自宅内部の情報をどの程度提供するかは、それぞれの判断に任された。間取りだけを伝えても良いし、室内の写真や動画を渡しても良い。

 

 多くの生徒たちは詳細な我が家を希望した。せっかく現実そっくりのVR世界を体験できるのだ。ならば最も身近で最も長い時間を過ごして来た自分の家を、現実そっくりにしたいと思うのが、大多数の共通意見であった。八幡もその例に漏れず、彼が提供した数多くの資料によって、彼の自宅は現実そっくりになっているはずだった。

 

 

 八幡は住む人の居ない自宅を順に見て回る。リビングも風呂も両親の部屋も、全ては現実と極めて似通った構造になっていて、自宅にあった物や装飾品も含め、多くの事が再現されていた。これだけの技術を持つ会社がなぜ犯罪に加担したのか、なぜ彼らをVR世界に閉じ込めるような暴挙に出たのか、八幡にはその理由が全く解らなかった。

 

 気を取り直して、彼は自室へと向かう。妹の部屋を覗くべきか少しだけ躊躇したものの、バーチャルな世界であっても彼女に断りなく部屋に入るのは嫌がられるだろうと考えて、手付かずの状態で置いておく事にした。彼女は現実の世界で元気に過ごしているのだろうか。

 

 

 八幡は自室に入って、座り慣れたベッドの上に腰を下ろす。ぐるりを見渡すと、本棚には見慣れた書名が並んでいる。机の上の辞書、窓にかかるカーテン。それら何もかもが懐かしく、そして切ない。どうしてこんな事件に巻き込まれてしまったのだろう。

 

 彼は重力に引かれるままに背中をベッドに横たえ、物思いに耽る。由比ヶ浜の提案を断って良かった。こんな気分で彼女と会話などしたくはない。自宅を見てこんなに落ち込んでいる姿を彼女に見せたくはない。今の彼と同じように沈んだ気持ちになった彼女の事は、常に傍らに寄り添う親友2人が慰めてくれるだろう。俺がその場に居合わせる事にならなくて、本当に良かった。

 

 1人でいる事に慣れているつもりだったが、やはり独りでいるのは辛い。雪ノ下なら、少しは動揺するかもしれないが、最終的には平気な顔で乗り越えるのだろう。俺も独りで乗り越えなければならない。独りは辛いが、じゃあ誰と一緒に居たいかと問われると、こんな状況で一緒に居たいと思える奴はいない。ならば俺は独りで乗り越えるしかないのだ。

 

 

 もう少しだけこのまま横になっていようと考えていた八幡の耳に、玄関の扉が開く音が届いた。

 




前回の投稿後、お休みを頂いている間にUAが三万を突破しました。
また、遅くなりましたが、評価の際に励ましの言葉を書いて下さった方々、本当にありがとうございました。
そして、作品に直接関係する事ではないのですが、8話で雪ノ下長考の際に言及した「鏡の国のアリス」(ちくま文庫)を翻訳された柳瀬尚紀さんが先月末にお亡くなりになりました。読んで楽しい文体で書かれた多くの作品を残してくれた事に、心からの感謝を。

次回は週の半ばの更新になります。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(9/20,11/15)

誤字報告を頂いて、規制退場→規制解除に修正すべきかずいぶん悩んだのですが、これは不適用とさせて下さい。
作者としては大規模なイベントやライブ後の規制退場を意識した表現だったということ(校外への外出を退場と表現することには確かに違和感があり、それが悩んだ理由の一つです)。
そして運営の規制は日付が変わってすぐに、教師による制限も放課後になると同時に全校一斉に解除されていて、ただ各教室で待機という状況だったことがその理由です(これはシステム的な話なので、教室外への移動という規制が解除されたと考えるとご指摘の表現のほうが適切で、これも悩んだ理由です)。
とはいえ、ご報告を頂けるのは(ちゃんと読んで頂けているのだなと思えて)とても嬉しいことなので、今後も気になる表現がありましたらお気軽にお知らせ頂けると嬉しいです。ありがとうございました!(2017/10/16)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。